メインヒロイン(仮)、12話ぶりの登場。
ある日の昼下がり、カンザトは自宅にて鈴奈庵で発見した新聞記事を眺めていた。
鈴奈庵で見つけた時は何故か無性に気になったこの記事だったが、結論から言うと、記憶恢復に繋がりそうなめぼしい情報は無かった。
見出しには大きく『同時多発事故発生、死傷者多数』と書かれている。この記事は『綾凪市』という街を中心として起きた大事故を取り上げており、飛行機の墜落、自動車の集団暴走、走行中の電車の脱線など、不可解なほど連続的に発生した事故の詳細が記されている。また、死傷者多数と書かれているが、それとは別に『無気力症』という原因不明の病を発症した人が大勢いたらしい。罹患者は廃人のようになってしまう、精神病の一種と考えられている病だ。このこともあり、事故発生後の街は大混乱。医療施設は患者で溢れ返り、行方不明も多数、恐ろしいほど甚大な被害が出たようだ。
これほど凄惨な事件であれば、地震や津波などの自然災害によるものではないかと連想させられるが、そのような記載は無く、あくまでも『原因不明』のようだ。
自分は何故この事件を知っているのか。何故、鈴奈庵で見つけた時は血の気が引くほどの衝撃を受けたのか。中身を読んでもその理由は分からなかった。最も考えられるのが、自分がこの大災害の被災者だということ。その時のトラウマが記事を発見した時に蘇ったのだとすると、合点が行く。しかし、それと幻想入りしたことに何か関連性があるとは思えない。
(なんかヒントはないかと思ったんだけど……そう甘くないな)
文面から伝わってくる凄惨な事故現場を想像して気落ちしたカンザトは、特に進展がなかったことも相まって、深くため息をついた。
コンコン
その時、玄関の戸が叩かれた。この借家は呼び鈴が無いため、訪問者は声をかけるか、戸をノックするしかない。心当たりはないが、近所の人が訪ねてきたのかと思い、小走りで玄関へ向かった。
「はーい、今開けまーす」
ガラガラと戸を開けると、そこにいたのは……
博麗神社にて出会った、表情から一切感情が読み取れない妖怪少女『秦こころ』だった。
ガラガラガラ
「…………」
予想だにしない来訪者に、つい戸を閉めてしまった。久方ぶりに見る顔だったが、相変わらずの微動だにしない無表情。等身大の人形が玄関先に突っ立っているかのように見えて、叫びこそしなかったものの、心臓が跳ねた。
ガラガラガラ
「なんで閉めるの……」
驚愕から立ち直れずにいると、こころ自ら戸を開けた。その声には非難の色が混じっている。
「や、ごめん。ちょっとビックリして」
「それは私が怖かったから?」
「いや、別に」
「ホントは?」
「……結構怖かったです」
「ガーン」
自分から聞いておいてショックを受けるこころ。表情は動かさず、頭を抱えてポーズをとっている。おそらく体の動きでショックを受けたとアピールしているのだろう。
とはいえ、人に恐怖を与えるのは、むしろ妖怪として正常な行為に思える。
「たしか秦こころさん、だったよね」
「どうもどうも、お久しぶりです」
「いきなり来てどうしたの? ……というか、よく家分かったね」
「ご近所さんに教えてもらった。最近外から越してきた若い男性と聞けばすぐに分かった」
その情報だけで絞りこめる人里の狭さにも驚いたが、何より気になったのが……
「前会ったときそこまで話したっけ」
「霊夢に教えてもらった。貴方が外来人で、記憶喪失だってこと」
「あぁ、なるほど」
こころは以前、博麗神社にて能を披露していると話していたが、霊夢とは仲がいいのだろうか。カンザトは2人の関係が気になった。
「あれ、ていうか……普通に里にいて大丈夫なの?」
「というと?」
「普通妖怪は人里にいないよな。隠れて動くならまだしも、人に話しかけたんならちょっとマズいんじゃない?」
「あぁ、そういうこと。大丈夫、変装したから」
そう言うと、こころは懐から風呂敷を取り出して頭を覆い、鼻の前で結んだ。その姿は分かりやすく表現するなら、こそ泥スタイルだ。頭隠して尻隠さずどころか、頭も隠せていない。
赤蛮奇もそうだったが、妖怪は変装が苦手なのだろうか。それとも、自分のありのままの姿を偽りたくないのか。
「出来てなくない?」
「ムムッ、大丈夫だって。もしバレても、私は能で人前に出てるから、騒ぎにならない。たぶん」
こころはこう言ってるが、流石に妖怪が白昼堂々と姿を現せば、見かけた人は驚くだろうし霊夢も止めに来るだろう。今回騒ぎにならなかったのは単純に、話しかけられた人がこころを妖怪だと知らなかったから問題なかったのではないか、と思った。もしくは、あまりに怪しい姿に関わり合いになることを避け、早々にカンザトの家を教えたか。どちらにせよリスキーな行動には変わりないため、次からは控えた方が身のためだろう。
「まぁ、いいか……それで、何かあった?」
「……全然来てくれなかった」
「え?」
こころは俯き、恨めしそうに上目遣いでつぶやいた。
「また話聞かせてって言ったのに、全然会いに来てくれなかった」
「……」
つまり、ファーストコンタクトから1ヶ月以上経っても会いに行かなかったことを怒っているのだろう。
だがしかし。
「君、自分の居場所言ってなかったじゃん」
「……? ……あっ」
普段どこで過ごしているか告げられていなかったので、話したくても会いに行きようがない。
「……てへ★」
こころは自分の失敗に気づいたのか、チラリと舌を出して、握りこぶしを側頭部にコツンと当てた。勿論、無表情のまま。
カンザトは思わずにいられなかった。
この子、色々大丈夫か、と。
・
・
・
「お茶どうぞ」
「おかまいなく」
構わずにいられない。自宅に妖怪がいるのだから。危険はなさそうだが、カンザトは少々緊張していた。そもそも外来人のような妖怪に対する警戒心が薄い者でなければ、不用意に妖怪を家に招くなどリスクのある行動はしないだろうが……ともかく居間へ通して、話を聞くことにした。
「で、秦さんが聞きたいのは、ペルソナのことだよね」
「えぇ、心の仮面を付け替えて、精神の一部を具現化する『ペルソナ能力』。どこか惹かれるものがあるわ。ぜひ、詳しく教えて欲しい」
「えーと、前どこまで話したっけ」
「妖怪に襲われた時、謎の声が聞こえて、突如能力が発現したと聞いたわ。そして、その力は貴方の意思によって動くのではないか、と」
「だいたい話してたか。うーん、あとは……他の人からも影響を受けて、増えたり強くなるってこととか」
「それは霊夢から聞いた。貴方自身もペルソナと共に強くなっているようね」
「そうそう。ペルソナはそれぞれ得意技があるみたいで、攻撃から回復まで色々出来るんだよ」
「ほう、万能な能力なのね」
「あとは……特に話せる事ないかも。実は、俺も未だによく分かってない力なんだよね」
「それじゃ、実際に見せてくれませんか?」
「ペルソナを? ここで?」
「えぇ、出来ればいくつか」
室内で出して大丈夫だろうか。そんな不安が頭をよぎったが、サイズの小さいペルソナなら大丈夫だろうということで、何体か召喚することにした。
「分かった。じゃあまずは……」
カンザトは立ち上がり、丹田に力を込めた。ペルソナは訓練により自然体で出せるようになったものの、注視されながら行うのは少し緊張する。
まずは、細長い体をもつ犬の霊『イヌガミ』を顕現させた。
「おぉー、これがペルソナか。わずかに発光してる。実際そこにいるように見えるけど……触ってみてもいい?」
「どうぞ。というか触れるのかな」
こころがゆっくりとイヌガミの体に手を伸ばす。
「……触れる。虚像じゃなく、実体があるみたい」
「なんかくすぐったい……」
こころがペタペタとイヌガミの体に触ると、同時にカンザトも体を触れられる感覚を受けていた。
これは芳香との戦闘でも分かったことだが、ペルソナと召喚者の感覚はある程度共有している。受けた全ての感覚をそのまま操作主にフィードバックしないのは幸いか。もし、ペルソナに対する外部からの刺激が一から十まで反映される場合、かなりハイリスクな戦闘を強いられることになる。例えば、敵にペルソナの体を真っ二つに切断されてしまうと、カンザトの体も同様に真っ二つになるということだ。そうなる可能性は低いが、ダメージカットの基準は不明瞭なため、ペルソナの扱いは慎重を期す必要があるだろう。
「へぇ、感覚が繋がってるんだ」
「どこ触られてるかは分かんないけど、体全体がムズムズする感じ」
「……こちょこちょ」
「うわっ!? ちょ、ちょっと秦さん? 何やってんの?」
「ふふふ、ごめん。つい」
こころにくすぐられると、体がこそばゆく感じた。どうやら微細な刺激も受け取るようだ。操作が上達すれば、精密作業なども出来るかもしれない。
「……次のペルソナ出すよ」
「ばっちこい」
次に、博麗神社にて霊夢と霖之助の前で見せたペルソナ『ネコショウグン』を召喚した。大きな旗が天井に当たらないか少々心配だったが、ネコ自体の身長が低かったため、問題はなかった。
「これはもしかして霊夢が言ってたペルソナ?」
「多分そう。神社で霊夢に見せたペルソナだよ」
「聞いたところによると、私からの影響を受けたとか?」
「うん、その可能性が高いみたい。でもなんでネコなのか分かんないんだよなぁ」
「ふーん……ネコは私と違って感情が表に出やすいから好きだよ」
おそらくそれは関係ない。
ところで、これはフォローを入れた方がいいのか、とカンザトは思った。彼女は自分が表情を崩さないことを気にしているのだろうか。
「この子はどんな技を使えるの?」
「えーっと、打撃を与えたり、自己強化出来る。出してるだけで恩恵が得られる力もあるみたいだ」
「へぇ、一体だけでも多才。使える技はどうやって分かるの?」
「なんかこう……力の使い方が頭に降りてくるんだよね。ぼや〜んと」
「不思議。天から誰かが知識を授けてるんじゃない?」
カンザトは、なるほど、そういう考え方もあるかと思った。そうなると一番怪しいのは占い師の老人だが、初めて見かけた時から再開する気配は一切ないので、確かめようがない。
「じゃあ、次の出すよ」
「にゃんにゃん。どうぞにゃん」
ネコのように手を丸めて動かし、続きを促すこころ。もしかして半分遊んでるのかと思いつつ、続いて琉球地方の聖獣『シーサー』を発現する。
「おぉ、厳めしい獣が出た」
「名前はシーサーっていうらしい」
「シーサーってたしか聖獣の……本物?」
「いや、うーん……どうだろ」
能力の全貌が見えていないのでなんとも言えない。
『精神を具現化する能力』と言い表したのは霖之助の言葉で、実は召喚術や降霊術だという可能性も消えたわけではない。もしそうなら、外の沖縄地方から幻想郷に直送されているわけだ。シーサーからしたら迷惑でしかない。
「ところでどう? 実際見て何か分かる?」
「うーん……動物のペルソナが多い」
「ごめん、それはたまたま。家で出せるサイズのペルソナって限られてくるから……」
「もっと大きいのもいるの?」
「今出せる最大サイズだと天井突き破ると思う」
「それはマズイ。使える技も見たいし、また今度外で見せて」
さりげに次の予約を取り付けられた。
もしや定期的に来訪する気なのだろうか、とカンザトは思った。
こうして、現在発現できるペルソナを次々と見せていった。途中からペルソナの研究というより、観客がこころだけのペルソナ発表会になっていた。
・
・
・
「これで最後かな」
「ふーむ、本当に多種多様なペルソナがいるのね」
「どうだった? 能の参考にはなりそう?」
「……………………」
「…………」
「……たくさんみれておもしろかった」
ならなそうだ。
「でも、そうね……霊夢から聞いた時は召喚術か降霊術、もしくは神降ろしの類かと思っていたけれど、実際見ると、そういった依代を要する術とは少し差異を感じたわ」
「そうなの?」
「私はそういった術に詳しい訳じゃないから確証はないけど、感覚的にそう感じた。ペルソナが喋らないこともそう思った理由のひとつ」
こころは自分には感じ取れない何かをペルソナから感じ取っているのだろう。こうして、ペルソナを色んな人に見せて意見を伺うことも謎を解明する手段のひとつかもしれない。
「見て」
そんなことを考えていると、こころが手のひらを上に向けて、注視するよう促してきた。
ボウッ
「うわっ!?」
すると次の瞬間、何も無かった空間に青白い炎を纏った狐のお面が出現した。家に入る際につけていたものだが、いつの間にしまったのだろうか。ちなみに、今は女の能面をつけている。
「そんなに驚かなくても……」
「ご、ごめん。いきなり出たから」
「……コホン。この仮面は私の能力の一部が発現したものであり、同時に私自信でもある」
「秦さん自身? このお面が?」
「そう。私は『面霊気』と呼ばれる妖怪。このお面たち無くして、私は存在出来ない」
そう言ったかと思うと、こころの周囲に何枚ものお面が出現した。
翁の面、般若の面、猿の面……様々な顔が宙に浮いている。軽くホラーである。
「私は面を付け替えて他者と交流し、戦い、時には舞を魅せる。つまり、お面は私の感情表現。そしてこの面は、心の有り様に合わせて千変万化する、いわば……私の『心の仮面』」
「心の仮面、俺と同じ……」
「うん。私が貴方の能力に興味を惹かれたのはそれが理由。似たその能力を理解すれば、私はさらなる高みへ昇ることが出来ると思った」
「聞いてもいいかな。秦さんの目的って何?」
カンザトは、彼女の言う『高み』とは何かが気になった。
「感情を理解すること」
少し間を開け、こころはカンザトを真っ直ぐ見据えて宣言するように言った。抑揚のない声だったが、そこには強い情熱が込められているように感じた。
「全ての感情を理解し、私自身が体験した時……私は真に『感情を司る者』になれる。そんな気がするの」
『感情を司る者』とは、どういった存在を指しているのか分からなかったが、真剣な彼女の言葉に、カンザトは感心し、心から応援しようと思った。
「そうなんだ……応援するよ」
「ありがとう。じゃあ、全面的に協力してね♪」
「う、うん。俺に出来ることなら」
面霊気、秦こころの目的成就のために協力することになった……
「それで話を戻すと、ペルソナ能力が召喚術や降霊術とは違うと感じたのは、私と似ているからなの」
「似ている?」
「召喚術、降霊術は道具や自身を依代として何かを呼び出す。その場合、そこにはふたつの魂がある。混ざりあっていても、それは変わらない。しかし、ペルソナを呼び出した貴方の心は、常にペルソナと同一だった。増えもせず減りもせず、ひとつの魂の揺らぎしか感じなかった」
「……」
「ペルソナと、召喚者であるカンザトは、イコールなの。切っても切り離せない関係よ」
「つまり、ペルソナは俺の能力だけど、同時にペルソナも俺自身ってことか。あれ? それって……」
何かに気づいたカンザトに対し、こころは深くうなづいた。
「そう。私の面と同じ。やっぱり、私の存在とペルソナ能力は似ている」
カンザトは驚いていた。
ペルソナ能力がこころの能力と似通っているということもそうだが、こころからやけに納得のいく論理的な説明をされたからだ。玄関先でのやり取りで感じた彼女に対する不安感はいつのまにか消え去っていた。
「まぁでも、さっきも言ったけど感覚的にそう思っただけ。未知の力には変わりない」
こころがそう言うと、周囲に浮遊していたお面たちが一斉に消えた。残ったのは、こころが頭につけている能面だけだ。彼女はお面によって感情表現していると言っていたが、あのお面の時はどんな感情なのだろう。カンザトは少し気になった。
「いや、なんか凄く納得した。秦さんの言うとおり、ペルソナは俺自身なんだと思う」
「そう? ……ならよかった」
こころの付けている面が翁の面に変わった。
コロコロ変わる面を見ていると、まるでマジックを観賞しているような気分になり、なんだか楽しくなってくる。
「そういえば、この前博麗神社で能を披露してるって言ってたけど、その時はお面出すの?」
「演出にしてる。ひとりで複数の役を演じられるから評判いいよ」
「へぇ、いつか見てみたいな」
観客にお面たちを見せても怖がられないのであれば、里で人前に出ても大丈夫というのは、あながち嘘ではないのかもしれない。
「貴方も櫓に上がってみる? ペルソナで演出したらきっと盛り上がるわ」
「……騒ぎになりそうだからやめとく」
こころが出すのはお面だから問題ないのだろうが、カンザトが出すのは多種多様な魑魅魍魎。悪鬼羅刹を使役する邪悪な召喚士として、悪い意味で一躍有名人になりそうだ。
こころは一見人間に見えることも、参拝客から受け入れられている理由のひとつだと思う。では、人型のペルソナを操作すればいいのでは? という考えが頭をよぎったが、動かした際の力加減が難しそうなのでやめておく。ふとしたミスで櫓を破壊してしまいそうだ。
「新演目、百鬼夜行絵巻。面白そう」
「やらないよ?」
「えー」
・
・
・
お互いの話に花を咲かせていると、すっかり日が落ちて夜になっていた。誰かを家に招いたのは初めてで、思っていたよりも会話が弾んでしまった。突然の来訪には驚いたが、気づけば、カンザトはこころとの会話が楽しくなっていた。
しかし名残惜しいところだが、そろそろお開きにしなければならいだろう。
「もう遅い時間だけど、送ってく? 妖怪に言うのも変かもしれないけど……」
「いえ、大丈夫」
そう答えるこころだったが、依然座ったままで立ち上がる素振りはない。普段どこに住んでいるかは不明だが、まさか住所不定ではないだろう。
「お客さんに言うのもなんだけど、帰らないの?」
「…………」
返答は無く、こころは薄紅色の双眸で何かを訴えるかのようにカンザトをジッと見つめる。整った顔立ちの少女に一直線に見つめられ、思わず目を逸らしてしまう。
「……どうした?」
「……貴方の『ペルソナ』という能力、実に興味深いわ。貴方の意志によって顕現するということは、言い換えれば『心の働きを力に変える能力』ということ。繰り返しになるけど、私の『私の感情を操る能力』とも通づるところがある」
「なるほど」
「今日聞いた話はとても有意義なものだったわ。貴方と共に行動して、ペルソナ能力及び貴方自身のことを理解すれば、ついに私の悲願を達成出来る予感がする」
「……うん。つまり?」
「ここに住ませて」
「いや、ダメでしょ」
「な、なぜ……」
「突然すぎるし、倫理的にダメでしょ」
「倫理的とは?」
「里のルールはよく分かんないけど、人間と妖怪が一緒に住むのはマズイんじゃないか? しかも俺は男で、君は女……」
カンザトはそこまで言いかけてハッとした。男女と言おうとしたが、面霊気に性別という概念があるのか不確かだったためだ。気にしてるのは人間である自分だけで、こころはピンとこないのでは……と思った。それはなんだか、すごく恥ずかしい。
「大丈夫、外出時は変装するから」
「さっきの変装なら意味ないと思うよ?」
「ムムッ、そこまで言うんだったら貴方が服を選んで」
「えぇー、オレ女物の服分かんない……じゃなくて、今大事なのはそっちじゃないんだ」
「いいだろ! 減るもんじゃないし! むしろ私という存在が増えてる!」
「うわビックリした」
腕をグワッと高く掲げて、意味不明な物言いをするこころ。理由は不明だが必死さが透けて見える。ペルソナ能力の研究以外に、何か動機がありそうな……
ところで、幻想郷の妖怪達は普段どこに住んでいるかご存知だろうか。一般的に、多くの妖怪は独自のコミュニティを築き、同族と共にテリトリーに生息している。河童なら川の近く、天狗ならば山に住んでいる。例外として、赤蛮奇のように人里に隠れ住んでいるものや、里以外のどこかで居を構える妖怪もいる。
では、面霊気はどうか。こころは基本ひとりで行動しており、他に面霊気は存在していないと思われる。
つまり、人里に住むか、どこか固有の場所に住んでいるはずだが……
「もしかして……家無い?」
「ない!」
まさかの住所不定だった。
何故か声高々に答えている。
「普段どこにいるんだ?」
「特に決まってない。幻想郷に生きるあまねく全ての者達の感情を観測するため、各地を点々としている」
「つまり?」
「家がないので住まわせて下さい! 前は特に気にしてなかったんだけど、どこかに拠点が欲しくなっちゃったの」
それで他人の家を拠点にしようと思うのは、なんというかまぁ……同族がいないのであれば致し方ないのかもしれないが。
「うーん……」
「お願いします! 霊夢にも断られたから頼れるのは貴方だけなんです!」
「霊夢はなんて?」
「特に理由は言ってなかったけど、カンザトの家行けば?って言われた」
「えぇー……言い出しっぺは霊夢か」
おおよそ、家事がひとり分増えることを嫌って断ったのだろう。もしくは、これ以上同居人が増えてほしくなかったか。
カンザトとしては、ここ最近孤独を感じることが多かったため、一人同居人が増える分にはむしろ喜ばしいのだが……妖怪といえど女性との同棲をそう易々と受け入れてしまっていいのか。カンザトの倫理観が試されていた。そもそも恋愛感情が存在しているのかはさておき、恐らく彼女はカンザトを男として見ていないから、軽々しくこのような発言をしているのだろう。そう考えると、なんとも危なっかしい。
「私がいると毎日楽しいよ! 今ならこころの演舞見放題!」
(ん? 待てよ……)
別に能楽のプライベートコンサートに惹かれたわけではなく、何かを叶えてくれるというのなら、現状は渡りに船かもしれない。カンザトは今まさに協力者を求めていた。
「秦さんって戦える? 具体的に言うと、人一人守れるぐらいの力はある?」
「ん? 私は強いぞ。かつての宗教戦争では並み居る実力者達を大観衆の中、次々と打ち倒していったものよ」
こころはどこか誇らしげに己の武勲を語る。真偽はともかく、腕に自信があるならば頼もしいことこの上ない。戦争という物騒な単語が飛び出したが、今はスルーしておく。
「それならお願いがあるんだけど、住んでいい代わりに、地底に同行してくれないかな?」
「地底? ……あぁ、記憶を取り戻すためか」
「察しがいいな。地底に行って、さとり妖怪に記憶を見てもらいたいんだ」
「なるほど。いいよ」
「即答……危険だと思うけど、いいの?」
「大丈夫! まぁ、誰かを守りながらの戦闘は未経験だけど、任せてよ」
胸を張って自分に任せろと言うこころ。やけに自信満々である。
「私と貴方の、取引だね」
「取引?」
「なんだかカッコイイ響きじゃない? 私は貴方から住まいを借りる代わりに、貴方に力を貸す。win-winの関係ってヤツだね」
こころはカンザトに向けて握手を求める。
小さな手が確かな応えを欲している。
「なるほど……じゃあ、これから宜しくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。不束者ですがドーゾヨロシク」
2人は固く握手を交わした。
正直未だに不純ではないかと思わなくもないが……目的のために仕方ないと、カンザトは思考を止めた。
それから2人は同じ食卓で食事をとり、床についた。
こころは食事をとらなくても問題ないようだが、同居人を差し置いてひとりで食べるのもはばかられるため、一緒に食事をとってもらった。誰かとの食事は布都との修行以来だが、自宅は初めてのことだったため、どうしてか心が温かくなった。
ちなみに、同じ布団で寝てはいない。こころ用の布団は後日購入するとして、今日は余っていた毛布を使ってもらった。こころは気にしなさそうだが、流石にそこは超えては行けない一線だろう。それに、カンザトのキャパシティが破裂してしまう。
・
・
・
──にいちゃん……
──お別れだ。■■。
夢を見た。
大切な人が離れていく、胸が張り裂けそうなほど悲しい夢。
無力な自分は、とても計り知れない覚悟を背負った大きな背中が遠くなっていくのを、ただ、涙をこらえながら見ていることしか出来なかった。
・
・
・
(……また夢か)
借家に住み始めてからというもの、カンザトは頻繁に夢を見るようになった。夢を見るのは、脳が過去の体験や情報を整理するためらしいが、よもや彼の海馬は喪失した記憶を掘り起こしているのだろうか。
記憶とは無関係なのかもしれないが、覚めてなお続く胸の切なさは、それがただの夢ではないことを物語っていた。
カンザトは上体を起こし、己の手のひらを見つめる。
時々、不安になる。
聖徳王からも指摘されたことだが、もし蘇った記憶が自分の望んだものでは無かったら。記憶を取り戻した己の隣には、誰かがいるのか。誰も、いないのか。今考えても詮無きこととは理解していても、こんな夢を見てしまっては否が応でも懊悩してしまう。
悶々とした気持ちを洗い流すため、洗面所へ行こうと起き上がると、横から声がかけられた。
「おはよう、カンザト」
そこにいたのは桜色の髪の少女。部屋に差し込む陽の光で、流麗な髪が淡く輝いている。
そうだ、今日からひとりではないのだと、カンザトはハッとした。
「……どうしたの?」
同居人の存在を覚えているはずなのに、驚いた顔をするカンザトを不思議そうに見るこころ。頭を少し横に傾けて疑問符を浮かべている。
カンザトは彼女の顔をジッと見つめる。
夢を醒ますような朝日に照らされた少女は、まるで精巧な人形のように端麗な顔立ちをしていて、とても、美しかった。なんだか気恥ずかしくなり、カンザトは思わず顔を背けた。
「……泣いてるの?」
「え?」
陽光を受けて白く光るまつ毛をパチパチと動かし、こころは尋ねた。
カンザトは自分の目元を触るが、涙は出ていなかった。
「泣いてないよ、ほら」
「……そう? なんだか貴方が、悲しくて泣いてるように感じたわ」
そんなことまで分かるのか、とカンザトは思った。彼女の前では嘘をつけなさそうだ。
「大丈夫。ちょっと悪夢見ただけ。顔洗ってくる」
カンザトが立ち上がり歩き出そうとすると、こころがその手を掴んだ。
「……どうした?」
数秒間の沈黙の後、こころは宝石のように透き通った瞳でカンザトを見つめて、短く言葉を発した。
「私は、ここにいるから」
それだけ。たったそれだけの言葉だったが、カンザトの心を覆っていた灰色のモヤは霧散した。感情を読めるこころは、全てを見透かしているのかと思うほど、カンザトが求めていた言葉をかけてくれた。
「ありがとう、こころ」
その日から、こころと過ごす真新しい日々が始まった。
会ったばかりの男の家に上がり込むこころちゃん。
この男も歴代ペルソナ主人公の例に漏れず自動的にマリンカリンを発動しているのかもしれない。
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