歓喜の八艘飛びしてます。
ペルソナ使いの青年、カンザトの借家に面霊気が住み着いてから数日が経った。初めての共同生活ということで、様々なハプニングが起こるだろうと予想していたカンザトだったが、本当に最近まで根無し草だったのかと思うほど、こころはカンザトとの同居に早々に順応した。その馴染み具合はあたかも元から同じ家に住んでいたかのようで、カンザトは彼女の適応力に舌を巻いた。
というのも、こころは生活していて何一つ不平不満を言わない。さりげなく何か要望がないか聞いてみても「特に何も」の一点張り。もしや、無理やり押しかけたことに負い目を感じていたり、住処を提供されている立場なので遠慮しているのかとも考えたが、見る限り不服がありそうな素振りは無い。相変わらずの無表情なので、些細な不満までは読み取れないというのもある。
決して無口な訳では無く、むしろ表情を崩さない割によく喋る方だと言える。だがしかし、彼女は素の自分を出していないというか……数日共に過ごしただけで根拠は無いが、カンザトはそう感じた。いつ頃まで共同生活が続くかは分からないが、共に過ごす間にもう少し打ち解けられるよう望むカンザトであった。
ちなみに、変装用の衣服を購入していないため、連れ立って外出はしていない。ふとした時に、いつの間にか居なくなっていることはあったが、近所で騒ぎになっていないところを見るに巧妙に隠れて行動しているのだろう。しかし、不用意に里を徘徊して妖怪を家に連れ込んでいる人間がいると悪評が広がっては困るため、念の為、里を出る時はどのように移動しているのか聞いたところ、どうやら彼女は姿を消すことが出来るのだと言う。全くの初耳だったが、カンザトは合点がいった。彼女は数日前に押しかけてきた際も姿を消した状態で里内を動き、カンザトの家まで辿り着いたのだろう。
そんなこんなで、最初はどこかぎこちなかったカンザトも、家に自分以外の誰かがいる生活に慣れてきていたころ。
ゴンゴン
ある日の午後、カンザトとこころが家事をしている最中、玄関の戸がやや乱暴に叩かれた。
「こころ、隠れてて」
「はーい」
当然、こころに出てもらう訳にはいかないため、隠れているよう伝える。
昼下がりに戸が叩かれるというシチュエーションに軽くデジャブを覚えつつ、カンザトが戸に手をかけようとすると……
「たのもーう!」
返事をしてもいないのに、その人物は大きな呼びかけと共に自ら玄関戸を開いた。
「久方ぶりだな、カンザト」
「布都さん……」
そこには、正徳王の腹心、物部布都がなにやら真剣な表情で仁王立ちしていた。
「先般伝えた通り、本日はお主に我の実力を示すために来た」
「はぁ……」
前回からしばらく間が空いたが、忘れていたわけではなかったのだなと、カンザトは思った。
「あれ、貴方……」
隠れているよう頼んだはずのこころがカンザトの背後からひょっこりと姿を現した。
「ちょ、ちょっとこころ。出ちゃダメだって」
「ん? お主……いつぞやの面霊気じゃないか! 何故こやつの家にいる!」
「ふ、布都さん。声抑えて」
「は? 何故だ?」
「こころが里にいることは隠してるんですよ。だからあんまり大声出されるとマズイっていうか……話すなら上がってください」
「……何やら訳ありか? まぁいい、邪魔させてもらおう」
カンザトは、訝しむ布都を中へ招いた。布都はキョロキョロと内装を見回している。
居間の中央に鎮座するちゃぶ台を3人で囲み、どっしりと胡座をかく布都にカンザトは話しかけた。
「お茶です。どうぞ」
「うむ」
「一応聞きますけど、どうやって俺の家が分かったんですか?」
カンザトはなんとなく察しがついていたが、気になったため一応尋ねた。
「近くにいた者に聞いた。快く教えてくれたぞ」
「ですよね……」
やはりこころと同様の手段だった。カンザトは、自分が思っていたより近所で有名なのかもしれないと思い、微妙に居心地の悪い気分になった。
「で、何故に妖がお主の自宅にいるのだ」
「色々あって一緒に住んでます」
「は? 正気か? ここは人里だぞ? 周囲に知れ渡れば大事だろう」
「まぁ……はい」
こころを流し目で見ると、きょとんと頭を傾げていた。危機感が薄いというか、なんというか……
「いや、はいって……その訳は話せんのか?」
「こころ、話していい?」
「構わない」
「どうしてそやつに許可を求める……ははーん、分かったぞ。お主、この面霊気に操られているな?」
「え」
「おのれ猪口才な妖め! あれから更生して大人しくしていると思っておったが、よもや人里で凶行に及ぶとは! 我がこの場で成敗してくれるわ!」
目の色を変えた布都が勢いよく立ち上がり、今にも飛びかかろうとする。
「わー! ま、待って! 話します! 話しますから落ち着いて!」
「止めるなカンザト! 同門であるお主を思ってのことだ!」
「ホント話聞かないなこの人! てか入門してないから!」
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なおも攻撃を仕掛けようとする布都をどうにかなだめて、事情を説明した。
その間、こころは時たま説明への補足のため一言二言言葉を発するだけで、何故かいつもより静かだった。どうやら2人は知り合いのようだが、もしやあまり仲が良くないのだろうか、とカンザトは思った。ちなみに、こころの頭にかかっている面は終始猿面だった。
「ふぅむ、そやつを住まわせる代わりに、地底へ同行願ったと……」
「はい。俺の目的に協力してもらってるんです」
「しかし、いささか危険ではないか? 人里に妖怪を滞留させるとは」
「私は人に危害を加えるつもりなんて微塵も無い。ただ住む場所を求めて、彼の家にいさせてもらってるだけ」
「本人もこう言ってるので」
「妖怪の言うことを信じろと言われても……お主、騙されてないか? いやまぁ、この面霊気に悪意が無いことは既に承知しているが……」
それを聞いたカンザトは思わず、分かってたのに攻撃しようとしたのかよ、とツッコミたくなった。
「大丈夫ですよ。何日か一緒にいただけですけど、こころは悪い妖怪じゃないって分かりましたから」
こころはカンザトの擁護に対し、それを支持するかのように何度も頷いた。
「まぁ、家主がそういうのなら我からは何も言えぬが……おい面霊気。お主もあまり迂闊なことをするでないぞ」
「分かってる」
布都はこころに釘を指したが、対してこころは眉ひとつ動かさずに答えた。
「こころとは知り合いなんですか?」
「知り合いというか、数回やり合っただけだ」
「はい? そ、そんなに仲悪いんですか」
既に何度か衝突しているのは、仲が良くないどころではないかもしれない。カンザトは2人が犬猿の仲だったことに驚き、布都を中に通したのは失敗だったかとつい先ほどの己の行動を悔いた。
「あーいや、別に因縁がある訳ではないが……経緯を話すと少し長くなる」
「大丈夫です。教えてください」
「いいだろう。あれは約半年前、まだ夏本番とは言い難い、爽やかな風が吹く初夏のこと──」
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布都が語るには、今年の夏頃、人里周辺で宗教家同士の決闘騒ぎがあったのだという。決闘といっても殺伐とした争いではなく、常にギャラリーがつく見世物のようなものだったらしい。その盛り上がりはもはや祭りのようで、それにかこつけて出店を運営する商魂たくましい妖怪もいたのだとか。
その人妖入り乱れるらんちき騒ぎの最中、布都とこころは出会った。2人は目的のため、御多分に漏れず闘いの火花を散らした。
2人は激しい攻防の末──
「とまあそういうわけで、我はこの面霊気から勝ち星をあげて、この地に生きる者たちの人気を集めたわけだ」
「……最後は私が勝ったもん」
布都の話に一切口を挟まなかったこころが、ぼそりと不満げな声を漏らした。声色から推し量るしかないが、もしや言われっぱなしは悔しかったのだろうか。
「なにを!? 我はお主に人の感情のなんたるかを教えてやるため付き合ってやったのだぞ! 断じて負けてなどおらぬわ!」
「その節はどうもありがとうございました。しかし、お前は最終的に我に敗北し地べたに這いつくばることになったなワハハ」
「おのれ言わせておけば! 今この場で決着をつけてやろうか!」
「望むところだ! 数多の闘いを経て、より深く感情を理解した我が暗黒能楽の真髄、とくと味わうがいい!」
勢いよく立ち上がり、臨戦態勢になる2人。家の中であることも忘れ、今にも戦いの火蓋が切られようとしていた。
置いてけぼりになっていたカンザトは慌てて止めにかかる。
「ちょ、なに普通に戦おうとしてんすか! ここ里ですよ! てかウチで暴れないでください!」
「ハッ……いやしかしだな……」
「こころも止めなって! ここで暴れたら里にいられなくなるぞ!」
「あっ……ごめん……」
空気の抜けた風船が萎んでいくかのように急激にテンションが下がっていく2人。すごすごと元の位置に座り直した。流石に里内で争うのは不味いと思ったようだが、里の外ならば問答無用でおっぱじめそうだ。布都はなんとなく喧嘩っ早いタイプだろうと予想してはいたが、こころが売り言葉に買い言葉で誘いに乗るとは思わなかった。それどころか自ら煽って争いの火種をつくっていた。両者とも、売られた喧嘩は買う性分なのかもしれない。
「ゴホン! とにかく、そのお祭り騒ぎの際に便乗して何度かやり合っただけで、特段因縁があるわけではないのだ」
先程のやり取りを見ては因縁が一切無いとは考えづらいが、互いに恨みを抱いているわけではないのだろう。喧嘩友達といった間柄が適切かもしれない。
「でも、なんでそこまで騒ぎになったんですか? 今の里はそんな雰囲気ないですよね」
「あの頃は里が乱れておったのよ。人々が狂えるほどの熱を求めていた。そこで我々宗教家が里に住む人々の心を奮い立たせようと奮闘したわけだな」
「へぇ……突然そんなことになるなんて、不思議ですね」
「まぁ、しかしその原因は……」
そこまで言いかけて布都は、こころに視線を向けた。それは責めるような視線ではなく、まるで、どうする? と問いかけるような眼差しだった。
「…………」
こころは何も答えず、押し黙っている。布都と数秒見つめあった後、目線を床に落とした。それを見た布都は小さくため息をついて、再びカンザトに向き直った。
「……ともかく、重々気をつけよ。あの頃は里内で妖怪が争っても、むしろ民衆が沸いたが、活気を取り戻した今はそうはいかんだろう。表立った行動は控えることだな」
「はい、分かってます」
ここで里の人間であれば、危機感と恐れから妖怪が里にいると吹聴しそうなものだが、布都は注意するだけで変に騒ぎ立てないあたり、普通の人間とは妖怪に対する考え方、接し方が違うのだろう。そもそも里に住んでいないため、口出しする権利が無いし、なにより喧伝する意味がないとも言える。
「それより! 話は逸れたが、そも我がここに来たのは名誉挽回のためだ! 外に出るぞ!」
「この前の修行の続きですか?」
「そうとも言う。まぁ着いてこい」
「私も行っていい?」
「構わん。なんならお主も参加しろ」
そう言い残し、布都は出されたお茶を飲み干して、さっさと外に出て行ってしまった。
取り残されたカンザトとこころは顔を見合わせ、同時に疑問符を浮かべるのであった。
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人里の離れ。以前布都から聖徳伝説を聞いた、だだっ広い草原に3人は足を運んだ。遮蔽物が無い平野においては寒風が直接肌を撫で、カンザトはぶるりと体を震わせた。明日にでも雪が降りそうだ。
ちらりと横に並ぶこころを見ると、寒風など感じていないかのごとく涼しい顔をしていた。寒さに強いのか……はたまた気温の変化など面霊気にはあってないようなものなのか。
ちなみに、こころは人通りの多い場所では姿を消して移動していた。青白い炎を纏って、突如目の前に現れ出てる様は中々に衝撃的だった。
「ここなら多少うるさくしても問題なかろう」
「何するんですか? 走り込みでもします?」
「馬鹿言え、走るだけじゃあ真の実力は示せんだろう」
先を歩いていた布都が立ち止まり、くるりと振り返ってカンザトと向き合った。自宅に訪れた時と同じ、真剣な表情で腕組みしている。
「カンザトよ。我と手合わせ願おうか」
「……はい?」
「手っ取り早く、その身で我の力を味わってもらおうと思ってな」
「あのー、別に布都さんの実力を疑ってるわけじゃないんですけど」
「いーや、我には分かるぞ。お主、前のことで我を普段、修行もせずにぐーたらしてるうつけものだと思ったであろう」
そんなこと……と返そうとして言葉に詰まった。正直なところ、サボり癖のある人だと多少なりとも思っていたからだ。
「そうじゃないにしても、この手合わせはお主にとって悪い話じゃあない。地底の妖怪とも渡り合える実力をつけたいのであろう?」
「それはそうですけど……」
「それに、お主が戦えることは知っている。青娥殿の使役する屍から、見事勝利をもぎ取ったそうじゃないか」
「……」
「なに、我も鬼じゃない。お主はこの帽子を奪えば勝利とする。飛べないお主に合わせて、浮いて逃げることもしない」
布都が自身の被る濃紺の烏帽子を指さす。たしかに、あの脳天に置いてあるだけのような帽子を取るのみならば、十分に勝てる見込みはあるだろう。
「布都さんは?」
「お主に参ったと言わせる。分かっていると思うが、命を脅かすような蛮行はせんぞ。あくまで、修行の一環だ」
「カンザト……受けるの?」
こころがカンザトに問う。
正直、受ける義理はない。布都が一方的に仕掛けてきた決闘であり、特に目的もないカンザトが闘ったところで怪我をするだけである。
しかし、カンザトはこうも思った。これはいい機会ではないか、と。いずれ来たる記憶を奪った何者かとの対峙に向けて、戦闘経験を積むことは無駄にならない。
ならば──
「……お手柔らかにお願いします」
人間相手の戦闘は初めてだが、受けて立つことにした。布都はその自信満々な態度から察するに、戦闘においては格上だ。カンザトに戦闘術の知識は一切無いが、何かしら彼女から学べることはあるだろう。
「安心せい。手加減はする」
そう言うと布都は両腕を広袖に通して、片足立ちの体勢になった。軸にしている方の左足が地面から少し浮いている。
「面霊気、手出しするんじゃないぞ」
「……分かってる」
こころが2人の立つ位置から距離をとったことを確認すると、布都はカンザトに対し、手のひらを天に向けて手招きした。そちらから仕掛けてこい、ということだろう。
「行きます!」
カンザトは一声発すると、一気に駆け出して布都との距離を詰めた。右手を烏帽子目掛けて突き出し、奪おうとするが、布都は片足立ちのまま滑るような動きで後ろに下がり、カンザトの攻めを悠々と避けた。
「ほう、意外と動けるな。屍兵に勝っただけあって、並の人間よりは速い。だが……」
一気呵成に攻め込み、カンザトが左手を烏帽子へと伸ばすも……
「ぎこちないな。戦い慣れていない動きだ」
布都は軽く首を傾けて迫る腕を回避すると、ガラ空きになっているカンザトの胸部へ掌底打ちを放った。
「ぐっ!?」
その細い腕のどこからそんな力が出ているのかと思うほど、カンザトは背面へと勢いよく飛ばされ、地面に背中から叩きつけられた。胸の痛みを感じながら起き上がろうとするが……
「ほいっと。王手だな」
布都が倒れたカンザトの体を跨ぐように立ち、右手のひらを眼前に近づけた。本気の殺し合いならこれで終い、ということだろう。
カンガトの頬に、たらりと一滴の汗が流れた。
「……参りました」
「おいおい、こんなものじゃなかろう? この程度で悪鬼蠢く地底世界に行こうなど、命が幾つあっても足りんぞ」
「私がいるから大丈夫」
静かに観戦していたこころが口を挟んだ。
「いやいや、いくらお主といえど、戦えぬ者を庇いながら動くのは至難だ。それに、カンザト自身、自分で身を守れるに越したことはない」
「……」
布都は意外にも口が達者だ。最もな指摘だと思ったのか、こころは反論出来ずに押し黙った。
「ほれ、立たんか。まだ動けるだろう?」
「はい……大丈夫です」
カンザトは起き上がり、再度布都と向き合う。
それから2人は何度か手合わせした。その様はかつての宗教戦争の再現であるかのようだったが、あまりに一方的で、決闘の体を成していなかった。
・
・
・
「まだまだのろいぞ! 帽子を奪うためとはいえ大振りが多すぎだ! 我の動きをよく見て体を効率よく動かせ!」
「くっ……はっ!」
カンザトが大きく一歩踏み込み、帽子を奪いにかかるも、布都はひらりと宙返りして難なく避ける。カンザトが勝利を収めた芳香も布都と同等、若しくはそれ以上の手合いだったが、芳香との最大の違いは回避行動の有無だ。堅牢な肉体を持つ芳香は攻撃を避けない。避ける必要が無い。というより、避ける能がない。そのため、カンザトは今まで相手の動きを読み、先んじて動くことはなかった。
しかし、意思ある者との闘いに慣れている布都相手ではそうもいかない。やはり、彼女との手合わせで得られる学びは多いようだ。
「とおっ!」
「がっ!?」
軽やかに着地した布都が足をバネのようにして、勢いをそのままにカンザトの腕目掛けて横蹴りを入れた。腕に鈍い痛みが走り、たまらずカンザトは蹲った。
「また我の勝ちだ。悪いな、少し痛むだろう」
「い、いえ……」
実際かなり痛い。正々堂々とした試合のはずが、布都の体術に翻弄されてカンザトだけが傷ついていた。
「……おい面霊気。こやつが心配なのは分かるが、そう威嚇するな」
見ると、般若の面を付けたこころの背後にいくつものお面が浮かび、カタカタと震えていた。相変わらずの無表情だが、もしや怒りを堪えているのだろうか。
「……別に、威嚇などしていない」
「何があったか知らんが、思っていたよりも随分と懇ろなようだな」
布都がこころの様子を見て薄ら笑いを浮かべる。
カンザトもこころの反応には少々驚いていた。表情から感情が読み取れないこころは、想いが行動に表れることが多い。しかし、あんな威圧的な様子は今まで見たことがなかった。そしてなにより、布都の言う通りならこころは自分を心配していることになる。正直なところ、こころはこの一方的な手合わせを見ても何も感じず、泰然自若とした態度を崩さないと思っていた。
「どうする? ここいらで止めにするか? お主の体も限界が近いようだしな」
数回打ち合っただけだが、既にカンザトの動作は鈍くなってきていた。体を動かすだけならまだしも、回数を重ねる度に布都から手痛い一撃を受けているため、肉体が痛みに悲鳴をあげていた。手加減をすると言っていたが、とんだスパルタ教育である。
「それとも……」
余裕の笑みを浮かべていた布都の表情が、真剣さを帯びる。その顔は何かを警戒しているかのようだった。
「出してみるか? お主の、ペルソナとやらを」
実は、カンザトは修行を開始してから一度も、ペルソナを発現させていなかった。決して舐めてかかっていたわけではない。だが、彼にはひとつ気がかりがあった。
「神子さんから聞いたんですか?」
「その通り。お聞きしたところ、太子様もまだ実物は見ていないと仰った。正直、我は半信半疑であるが、いい機会だ。見せてみよ」
「……」
「というより何故初めから出さない。消耗が激しいのか?」
「……はい。長い間戦うと倒れてしまうんです」
それも理由のひとつに違いはなかった。実際、芳香との死闘に勝利した後は、気力切れで気絶した。
だが、彼の一番の懸念は……
「まさか、人に手を出すのが抵抗あるのか? なあに、それは杞憂というものだ。我はそこいらの人間より頑丈だからな」
図星だった。カンザトは人間相手にペルソナで攻撃することを躊躇している。それはキョンシー少女との戦闘経験からくるものだった。
「……さらにやる気が出ることを言ってやろうか。一度でもお主が勝てば、ひとつ頼みを聞く。これでどうだ」
「!」
なおも躊躇うカンザトを見兼ねてか、布都が魅力的な提案をもちかけた。彼女にメリットは無いはずだが、それほどまでにカンザトの本気を見たいのか、果たして。
カンザトに懸念を捨て去ってまで戦う意義は無かったが、まさに今生まれた。カンザトは、我ながら打算的だなと苦笑する。
「言いましたね」
「二言は無い」
互いに黙し数秒間、視線を衝突させる。この沈黙はカンザトが覚悟を決める準備時間であり、迷いを捨てるまでの猶予だ。
「……分かりました」
覚悟を決めたカンザトは背筋を真っ直ぐ伸ばして立ち、一度深呼吸する。そして、意識を集中させると、足元から紫色の燐光が立ち昇り、骨が体外に露出した巨鳥の悪魔『グルル』がその姿を現した。深紫色の巨大な翼をはためかせると、突風が吹き荒れ、辺りに砂埃が舞う。
「これはなんと、面妖な……」
異形の姿を目にした布都の顔つきが険しくなる。こころにペルソナを見せた時にはなかった、明らかな嫌悪の反応だ。こころがカンザトを傀儡にしていると勘違いした時もそうだったが、彼女は妖怪や異形の存在に対して忌避感をもっているように感じる。
「はあぁっ!」
気合いのこもった声をあげてカンザトが疾走し、グルルは低空飛行で追随する。その俊敏さは先ほどまでとは比べ物にならなかった。カンザトの手が烏帽子に急接近する。
(……速い!)
驚いたのも束の間、布都はカンザトの動きに合わせて後ろに下がった。
カンザトの手は躱されたが、続けざまにグルルの足の鋭い鉤爪を烏帽子に向けて繰り出す。もし狙いが外れて布都の頭に当たるようなことがあれば、大怪我では済まないだろうが、彼女の身のこなしを持ってすれば無用の心配だろう。
「っとぉ! 危ない危ない! その悪魔は実体があるのだな!」
やはり、すんでのところで横に回避される。
布都は回避した流れのまま、体を反転させて、カンザトの脇腹に右前腕で薙ぐように手刀を食らわせた。
(!? 手応えがない……)
だが、ペルソナの発現によって膂力が増したカンザトは布都の攻撃を受けても倒れなかった。それほどまでに、ペルソナの発現による身体能力の上昇は顕著だ。
「はっ!」
布都が驚き静止した隙を逃さず、帽子を奪おうとするが、布都はすんでのところで後ろに飛び退いたため、伸ばした腕が空を切った。
「……驚いたぞ。格段に身体能力が向上している。これがペルソナの力か」
「はい。ペルソナは他にもいて、出したペルソナに応じて俺の力も増します。使える技もペルソナによって違うんです」
「まだおるのか。まるで妖怪の総大将だな」
カンザトはれっきとした人の子だが、他人から見ればそうも見える。人は未知の存在に対して恐怖を覚えるもので、数多の異形を召喚するカンザトも恐怖の対象になりうるのだろう。
「これは我も本腰を入れねばならんな」
腕を前後に大きく伸ばし、迎撃の構えをとる布都。
次の瞬間から、真の決闘が幕を開けた。
・
・
・
一分ほど互いに打ち合い、息もつかせぬような攻防が続いた。カンザトは体術の心得など微塵もなく、体の動かし方に関しては全くのド素人だったが、はるかに高まった身体能力とペルソナとの連携で、どうにか格上の存在に食らいついてた。
「徐々に我の動きについてきているな。大したものだ」
「いえ、死にものぐるいで体動かしてますよ」
実際、カンザトに余裕はこれっぽっちも無かった。それは、今まで速さを求められる戦いをしてこなかったためだ。素早い動作は可能でも、目と頭がついていかない。
「では、これはどう凌ぐ!」
布都が懐に手を突っ込んだかと思うと、こちら目掛けて何かを投げつけた。
ペルソナの身体強化により、かろうじて何かが飛んでくることを察知したカンザトは、咄嗟にグルルの翼で自身を防御する。
「っ!」
腕に、肌を切り裂かれたような鋭い痛みが走った。すぐに後退し、元いた位置を見ると、そこには円盤型の物体が浮遊していた。
「さ、皿……!?」
それは空気を切り裂きながら高速で回転する皿だった。原理は不明だが、その場に留まり続けて、か細い風切り音を発している。
「その皿は我が力を込めた特別製だ。肉体を切断するほどの殺傷力はないが、高を括って突っ込むのはお勧めしないぞ」
投擲武器は厄介だが、皿自体が追従してこないのであれば避けて通ればいいだけだと考え、カンザトは駆け出そうとする。
「当然、一枚ではないからな。よく見て対応せよ!」
だがそこに、2枚目、3枚目の皿が続けざまに投擲された。迫り来る2枚目の皿はグルルの放つ
「たぁーっ!」
「なっ!?」
皿の後を追うように、布都が全身を回転させて旋風を纏いながら突っ込んできた。慌てて防御体勢をとるも、両腕を使った横払いの攻撃により防御が崩され、無防備になった横っ腹に回転の勢いがのった回し蹴りが直撃した。
「ぐぅ……っ!」
カンザトはペルソナでの反撃も出来ずに、よろけて数歩後ずさる。重い一撃に集中が途切れ、グルルが消失してしまった。
「これこそが宗教戦争を戦い抜いた、物部の秘術を駆使した戦法! どうだ、見直したか!」
ケラケラと楽しそうに笑う布都。きっと、この状況こそが手合わせを吹っかけた一番の目的だったのだろう。どうやらカンザトが想像していたよりも、初対面時の失態を引きずっていたらしい。あの後、戻ってから神子に何か言われたのかもしれない。
「おっと、無事だった皿は回収しなければ。また太子様に注意されてしまう……」
破壊されなかった皿をいそいそと回収する布都。
彼女の強みは、小柄な体躯と柔軟な肉体による捉えにくい挙動。全身を使い、宙に浮きながら滑るようにして戦うその動きは、さながら神楽を舞っているかのようだった。
そしてなにより、相手の動線を制限させる皿の投擲。全て撃ち落として進められればいいのだが、残数が分からないこともあり、そう簡単な話ではない。こちらが先に気力切れを起こすかもしれない。
だがしかし、今求められているのは捕捉し難い対戦相手の戦闘不能でも、皿の在庫切れを誘発させる事でもない。襲い来る皿の旋風を掻い潜り、帽子を奪い取る。ただそれだけだ。
(動きをよく見て体を効率よく動かせ……か)
布都は「
ならば、その教えに則りこの試合を制してみせよう。
戦略を練ったカンザトは再び走り出した。
「まだやれるか! その根性は認めてやる!」
対して布都は、突撃してきたカンザトを迎撃するため皿を投げつける。その数は先ほどよりも多く、5枚。主の懐事情を鑑みない投げっぷりに、正徳道士の悲鳴が聞こえてくるようだった。
「出血大サービスだ。この数、捌ききってみよ!」
カンザトは、着弾するすんでのところで、長槍と大盾を構え、深紅の鎧に身を包んだ能天使『パワー』を顕現させた。貫通攻撃に耐性をもつパワーを前方に配置することで飛んでくる皿から身を守り、勇猛果敢に突進する。
「皿に対抗出来るペルソナを出したか! なれば、我直々に手を下してやるわ!」
皿が防がれたことを確認した布都は猛進する。しかし、その動きはカンザトの目論見通りだった。
「今だ!」
カンザトは急接近してくる布都に対し、
「なにぃ!? かまいたちか! ……だが!」
布都は、両足を大きく伸ばして姿勢を低くし、右腕と左腕を胸の前で交差させた。
突如、布都を中心として、皿と共に暴風が吹き荒れる。カンザトが放った風の斬撃は、いとも容易くかき消されてしまった。銀色のポニーテールと袖に付いた紐が風に吹かれて暴れている。考え無しに突入すれば体の自由が効かなくなるほどの強風だ。そんなものを周囲に発生させられたら、相手は必ず立ち止まらなければならない。
「うおぉぉ!!!」
「なっ!?」
だが、カンザトは足を止めなかった。
烈風をものともせず、彼の周囲にだけ風が吹いていないのかと錯覚するほど、減速せずに皿を次々と割りながら布都へと接近する。未だ距離が離れていると思い込んでいた布都は予想外の事態に一瞬思考が停止し、反応がワンテンポ遅れた。
やがて、カンザトの右手が勝利を掴むため烏帽子へと伸ばされ──
「くぅっ!!!」
しかし、布都は人間離れした反応速度で体を仰け反らせ、間一髪で難を逃れた。そのまま背面に飛び退き、十分な距離をとる。
「今のは惜しかったぞ! だがあと一歩──」
言いかけて、ハッとする。布都の視界の中から、居るはずの存在がいつの間にか消えていた。
(ペルソナがいない……!?)
先ほどまでカンザトの近くに浮遊していたはずの、武装した天使が忽然と姿を消した。
(時間切れか? いや……!)
まさか──
ドンッ
跳ね退いた布都の背中に、何か硬質な物が当たった。
これは一体──
布都が結論を出して行動を起こすより早く、背後の『ソレ』は頭の上の物を掠め取っていった。
「あっ……!」
「……やっと、一勝ですね」
気づいた時には、目の前に立つカンザトの手に、己が被っていたはずの烏帽子が握られていた。
布都が背後の存在を確認するため、勢いよく振り向くとそこには、長槍を持ち、大柄な赤い馬に騎乗した西洋風の騎士が佇んでいた。
「ひっ!?」
騎士の醸し出す威圧的な雰囲気にあてられた布都が小さく悲鳴をあげる。小柄な布都からすれば、突如背後に出現した自分より一回りも二回りも大きな存在は恐怖でしかない。彼女の目には、その騎士がまるで恐怖の王であるかのように映っていることだろう。
「おー」
観戦していたこころが間の抜けた声を発してパチパチと拍手した。
「い、いつの間に後ろに……ペルソナはお主に追従するのではないのか?」
「最初はそうでした。でも特訓して、ある程度近くなら自由な場所に出せるようになったんです」
基本的に、ペルソナは召喚主の傍に立つ。だが、カンザトは里の外でペルソナ操作の特訓を重ねた結果、5mほどであれば離れた任意の位置に顕現させられるようになった。先ほどは、成長して得たこの技術を作戦に取り入れた。
カンザトの考えついた策は至って単純。
『布都の癖を利用し、壁で逃げ道を失くしたところで帽子を取る』。
数回手合わせして、カンザトが見抜いた物部布都の悪癖とは、
『咄嗟に逃げようとすると必ず後ろに下がる』ということ。
まず、カンザトは布都に近づくため、耐性のある『パワー』を発現させた状態で突進した。皿を凌いだところで、次に目くらましとして、広範囲に疾風魔法を放つ。布都は避けるか、何かしらの手段で相殺するだろう。そこで足を止めず急接近することで、布都の後退を誘発させる。そして、布都の背後に体の大きな『法王』のペルソナ『ベリス』を出現させることで、布都の逃げ道を潰す。締めに、布都が混乱している内に帽子を奪いにかかる、という寸法だ。
布都が空中に逃げたり、疾風を気にせず突っ込んでくる可能性は不安材料だったが、もしそうなればトライアンドエラーで何度も繰り返そうと思っていた。全くもって脳筋な作戦である。
ひとつ想定外だったのが、布都が突如発生させた暴風の渦。あの技を見た瞬間は狼狽したカンザトだったが、パワーの疾風耐性(と気合い)でどうにか事なきを得た。風符は幻想少女の決闘『弾幕ごっこ』にて発動するスペルカードの一種なのだが、彼がそのことを知るのはしばらく後の事である。
「く、くそぅ……またしても醜態を晒すとは……」
目尻に涙を浮かべて悔しそうに歯噛みする布都。案外プライドが高いのか、よほど前回のことを気にしていたらしい。慌ててカンザトがフォローを入れる。
「醜態なんてそんな! 俺は布都さんの指導があったおかげでなんとか一勝出来たんですよ。全然かっこ悪くないです!」
「……本当か?」
「嘘じゃないですよ。なんか、俺の師匠みたいでした。な! こころ!」
「え? う、うん……その通りだと思う」
突然ボールを手渡されたこころは、面が猿面に変化し、困惑しつつも同調した。彼女は空気が読める面霊気なのだ。
「そうか……? そうかそうか! 我がお主を強くしすぎてしまったか! それなら、この敗北も師匠としては喜ばしいことかもな! うん!」
すっかり気分を良くした布都を見て、内心カンザトはホッとしていた。布都の指南で成長したことは本当だが、彼が真に求めたものは勝利の栄光や達成感などではなく、その後にある報酬だ。ここで暫定師匠に気を悪くされては困る。
「あの、それで俺の頼みなんですけど……」
「あ、あぁそうだったな。言ってしまったものは仕方ない。申せ。可能な限り応えてやる」
「ありがとうございます。じゃあ……」
この時布都は、どうせ美味いものを奢れ、程度の些細な願いだろうとお気楽に考えていた。口は災いの元というが、まさか自分の軽はずみな発言が、大いなる苦労の始まりになるとは露ほども予期していなかった。
「地底についてきてください」
「…………は?」
一瞬にして、つい先ほどまで浮かべていた明朗快活な笑顔が消え去り、呆けた顔を晒す布都。それほど大事な頼みだとは思いもよらなかった彼女は、目の前の男が発した言葉を理解できず、思考が停止した。その姿はさながら、布都の背後に広がる背景一面に無限の宇宙空間を幻視するかのようであった。
「あれ? 布都さーん?」
「ねぇカンザト。私がいれば十分だと思うよ」
「あぁ、こころの力を疑ってるわけじゃないんだ。念には念をというか、戦える人は多い方が安心じゃない?」
「貴方がそういうなら……」
「…………じゃ」
「ん?」
やっと戻ってきたのか、布都がわなわなと震えながら口を開いた。
「いやじゃあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
布都は再び目尻に涙を浮かべながら、張り裂けんばかりの叫び声を発した。中心部から大分離れているとはいえ、里の内部にまで声が届きそうだった。
「え、ちょ、布都さん」
「嫌じゃ嫌じゃ! 地底なんぞ行かんわ!」
「えー、でもさっきは地底のこと知ってそうな口ぶりだったじゃないすか」
「馬鹿言え! 話を聞いただけだ! 化け物がうじゃうじゃいるような場所に我が進んで行くかぁ!」
「虎穴に入らずんば……」
「虎子を得たいのはコイツだけだろうが! 我は無関係だもん!」
横にいるこころも加勢(?)するが、布都は断固として首を縦に振らない。危険なのは間違いないので、あまり無理強いは出来ないが、彼女は貴重な協力者であるため、なるべくご同行願いたい。
カンザトがどうしたものかと考えていると……
「神様に言うぞ。カンザトへ一方的に喧嘩吹っかけた挙句、負けたくせに約束を守らなかった、とな」
「え」
こころが冷ややかな表情で、布都に対し強烈な一撃を放った。バタバタと拒否反応を体全体で示していた布都の動きがピタリと止まる。
「神様?」
「正徳王のこと。我々を生み出した人だから、私にとっては神様なの」
「えっ! そうだったの!?」
さらりと今までの日常会話では聞かなかった新情報がお出しされた。こころが66枚のお面から構成される付喪神だとは既に聞いていたが、その生みの親が聖徳太子ということは知らなかった。カンザトは神子の多芸多才に驚嘆するばかりであった。
「面霊気。そ、それだけは……太子様に愛想をつかれてしまう」
「じゃあ、大人しく着いてくることね♪」
「ぐっ……ぐぐぅ〜……」
「ほれほれ、どうする? 今ここで確約しないとうっかり口が滑っちゃうかもなー」
火男の面を付けたこころが、苦悶に満ちた表情の布都を攻め立てる。なんだか楽しそうだが、もしや先の意趣返しなのだろうか。
「わ、分かった。お主らの旅に同行しよう」
「ホントですか! ありがとうございます!」
「いぇーい」
「うぅ……」
かくして、地底行きの旅の仲間が一人増えたのであった。
嫌気に満ちた胸中で、物部布都は思考する。
(それにしても、ペルソナという能力……中々に侮れぬ。消耗が激しいと言っていたが、上手く運用すれば半永久的に二対一の戦いに持ち込み、常に数的有利を取れる。相手からすればたまったものではない。召喚術のように異形だけが強いのならまだしも、ペルソナ能力は術者本人も発現させる異形に比例して身体能力が跳ね上がる。カンザト本人はまだまだ未熟だが……こやつが数多の戦闘経験を経た時、それは比類なき戦士の誕生を意味するだろう)
続けて布都は先の試合を分析する。
(だがなにより恐るべきは……驚異的なまでの『戦略の幅広さ』。何体ペルソナがいるのかは知らんが、小さいペルソナなら素早い動きで相手を翻弄させられるし、大きいペルソナなら質量攻めするだけで圧倒出来るだろう。しかも、それらのペルソナはそれぞれ能力が違うと言う。我との試合では鳥と翼を生やした兵士の技しか見せなかったが、おそらく他にも多岐にわたる能力を秘めているはず)
布都の考察通り、ペルソナ能力は操作主の技量によって無限の可能性を生み出す力であり、カンザトの見せた技は未だ氷山の一角だ。
すっかり緊張感など消え失せて、おめでたい顔を晒しながら面霊気と話す男を、布都は忌々しげに睨みつける。
(解せんのは、それらの能力を駆使すればこやつがより有利に戦えた、ということだ! 我も手加減していたが、同様にこやつも力を抑えていたことになる)
強力な技を上手く使いこなせないため使わなかった、という可能性はある。だが、手加減されていたかもしれない事実を一度考えてしまうと、布都は悔しくてたまらなかった。
(まさか本当に我を傷つけることを恐れたというのか? そんな訳が……)
そんな訳がない、と思いかけて、布都はハッとする。
(……いや、こやつは戦い慣れていない。幻想郷に染まっていない。それに、我と違って純粋な人間だ。なら、そういうことも……ある……のか?)
布都は、なんだか目の前の男が哀れに思えてきた。己が誰かも分からず、望まずに得た強大な力。使いようによって悪魔にも英雄にもなり得る、取り扱いを誤れば己の身を滅ぼす諸刃の剣だ。
上手くコントロールするには指導者の存在が必要不可欠か──
そう考えると、使命感のようなものがムクムクと膨れ上がってきた。
「おい、カンザト」
「なんですか?」
「ひとまずはお主の実力を認めてやる。だが我は負けたわけではないからな。また修行に付き合え」
「また教えてくれるんですか?」
「本当に地底に行くなら、お主には一層強くなってもらわねば困る。お守りはごめんだ」
「そうですよね……よろしくお願いします」
「他人事ではなくなってしまったからな……はぁ」
深いため息を吐く布都。嫌々な彼女には悪いが、カンザトからすると願ったり叶ったりな提案だった。
物部布都に戦闘の腕前を認められたようだ……
「じゃあ、次は私と手合わせする? 布都」
「えっ」
「今日はもう終いだ。萎えてしまったわ」
「そう……」
何故か残念そうなこころを尻目に、その日はお開きとなった。
布都は鬱々とした心中で思う。
(あぁ……地底行きたくないなぁ。太子様に言えば助けていただけないだろうか……)
・
・
・
布都と別れた帰り道。カンザトとこころは横に並んでゆっくりと歩いていた。何故かこころは俯き、一言も言葉を発さない。
「こころ、もしかして……怒ってる?」
「……そんなことない」
カンザトはこころの心情がなんとなく察せられた。普段は不平不満を言わない彼女だが、今は間違いなく不服を感じている。だがその原因は皆目検討がつかず、頭を捻っていると、こころが突然歩みを止めた。
「こころ?」
「なぜ、最初からペルソナを出さなかったの? それに、ペルソナで布都を直接攻撃すれば、もっと楽に帽子を取れたはず」
決して責めるような口調ではないが、その声色は真剣味を帯びていた。
「布都を傷つけないようにしてたのは分かる。でも、あの娘はそんなにやわじゃない」
「……うん」
「殺し合いじゃないなら苦痛を伴わない、なんて生温いことを言いたいわけじゃないの。ただそれでも、貴方が必要以上に痛い思いをする意味はなかったわ」
あぁそういうことか、とカンザトは思った。こころは今、見たことのない面を付けているが、あの面が示す感情はきっと怒りや困惑ではなく、『心配』だ。
彼女にそんな感情を抱かせてしまうほど、自分の悪戦苦闘する姿は見ていられなかったのだろうか。そう思うと、少し申し訳なくなった。
「芳香と戦った時にさ……あ、芳香は前話したキョンシーのことね」
「命蓮寺裏の墓地にいるっていうあの……」
「そうそう。それで芳香と戦った時に、強すぎるペルソナの技を使ったせいで、バラバラにしちゃったんだ」
「バ、バラバラ」
「それからペルソナを人相手に使うのはちょっと抵抗あるっていうか……いや、妖怪だったら遠慮なくやれるって意味ではないんだけどさ。何か間違って重症でも負わせたらって考えたら、躊躇っちゃうんだ」
カンザトは苦笑しながら心の内を吐露する。ペルソナを使わない戦闘法を模索しようかとも考えたが、強敵を相手取るならばそうもいかない。いずれ人間相手にこの力を振るう時が訪れるのかもしれない。そう思うと、ペルソナという過ぎる力の扱い方に迷いを覚えた。
「そう……そうだったの」
こころは何か納得したようだった。
数歩歩いてカンザトの横に立つと、彼の顔を見上げた。春の桜を思わせる透き通った瞳が青年の黒い瞳を見つめる。無表情なのだが、何故だろう、カンザトには優しさに満ちた表情に感じられた。
「それなら大丈夫。私は、カンザトがいたずらに誰かを傷つけるような人じゃないって知ってるから。貴方と過ごした時間は短いけれど、それはよく分かってるつもり」
よどみなく断言するこころ。純真な厚意を受けて、カンザトは小さく驚くと同時に、こそばゆい気持ちになった。
「……ありがとう」
「万が一誰かを怪我させちゃったら、私と一緒にごめんなさいだね」
「ごめんなさいか……あははは、じゃあ安心だ」
連帯責任にするつもりは毛頭無いが、こころの気の抜けるような言葉に、自然と笑みが零れた。
「なんか……意外だった」
「なにが?」
「こころが心配してくれてたこと。正直、全然気にしてないと思ってた」
「……同居人が傷ついてる場面を見て平然としてられるほど、私は薄情じゃない」
またしても不服そうな声を出すこころ。彼女の顔面は感情表現が乏しいが、心の内は決して薄情ではない。少々失礼な物言いだったかもしれないと思い、カンザトはすぐに謝罪する。
「そうだよな、ごめん」
「次、危険なことしたら私が力ずくで止めてあげる」
「お、おぉ。よろしくお願いします……」
思いがけず、自分のストッパー的存在ができてしまったカンザト。こころは本心から自分の身を案じ、信用してくれている。もしかしたら、打ち解けられていないと勝手に思っていたのはカンザトだけで、こころはとうに自然体だったのかもしれない。
彼女がいる限り自分が道を踏み外すことはない。そう思うと、気持ちが少し軽くなった。
こころの胸の内をわずかに理解出来た気がする……
2人は先の旅に思いを馳せ、穏やかな足取りで帰路に着いた。肌を撫でる寒風は、どうしてか広場に訪れた時より気にならなかった。
布都はかなり手加減してます。もし今本気でやり合っても、流石にボコボコにされるでしょう。状態異常技を連打したらワンチャンあるかも。
●ランクupしたコミュ
『法王』物部 布都:ランク2
『星』秦 こころ:ランク3
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない