PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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前回からかなり間が空いてしまいました。年度末は何かと忙しいですね。
予定していたアンケートですが、今回が長くなって予定していた箇所まで書けなかったので、次回に延期します。


古道具屋に依る金策のすゝめ

 立冬、某日。

 数日前まで秋だった事実を忘れたかのように、外ではしんしんと雪が降っている。人里の住民達は例年より早い降雪に、慌ただしく冬支度を始めている。

 それは外来人であるカンザトも同様なのだが、彼には冬支度よりも重大で深刻な、目先の問題があった。

 

 

「う〜〜ん……」

 

「どうしたの? そんな声出して」

 

 

 カンザトがちゃぶ台の前に腰を下ろし、うんうんと唸っていたところ、背後からこころがひょっこりと顔を出して妙な声を出す理由を尋ねてきた。

 

 

「流石にお金が無くなってきてさ。ちょくちょく森近さんの手伝いとかで貰ってたけど、そろそろ限界」

 

「ふーん」

 

 

 切羽詰まった様子のカンザトとは対照に、こころは関心なさげに相槌を打った。妖怪は金銭に執着しない者が多いが、面霊気であるこころもその内の一人なのだろう。

 

 

「私が持ってるお金あげようか?」

 

「え、あるの?」

 

「多少は」

 

「……一応訊くけど、どうやって手に入れたんだ?」

 

 

 こころに限って盗賊まがいの行為はしないだろうと思ったが、念のためお金の出処を訊いた。

 

 

「能の公演をした時に霊夢から分前をもらった。私はお金を必要としないけど、多少は貰っておけって言うから」

 

 

 なるほど、とカンザトは納得した。どうやら至極真っ当に稼いだお金のようだ。所有者本人が不要なら、ありがたく頂戴しても問題ないのかもしれない。

 

 

「……い、いや。そのお金はこころが持ってて」

 

 

 しかし、カンザトはその提案に乗らなかった。

 彼の返事が予想外だったのか、こころは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「何で? 住ませてもらってるんだから共有財産にしていいよ」

 

「俺のプライドがね……許さないのよ」

 

「……? よく分かんない」

 

 

 非常事態といえど、ヒモにはなりたくない。それはちっぽけな意地だったが、彼にとっては最低限守りたいプライドでもあった。

 

 

「働くか……」

 

 

 考えた末にボソリと呟いたのは、最もシンプルで、なおかつ現実的なものだった。旅へ出るにも先立つものが必要だ。旅の日数は不明瞭であるため、少額でも持っているに越したことはないだろう。

 

 

「定職に就いたら地底に行くのが遠のきそうだけど」

 

「それもそうか。短期バイト……仕事探すよ。その間は家にいないと思うけど、こころは好きに過ごしてていいから」

 

「だめ」

 

 

 話の流れを断ち切るように、こころはカンザトの立てた方針を一言で却下した。彼女が明確に拒否反応を示すことは稀なため、カンザトは面食らった。

 

 

「え……な、なんで?」

 

「住ませて貰ってるのに、貴方一人に苦労させるわけにはいかない。私も働く」

 

 

 何を言い出すかと思えば、同居人を気遣った義理堅い提案だった。住まわせて貰っている分、多少の責任を感じているのかもしれない。

 だが……

 

 

「気持ちは嬉しいけど、こころは正体バレたらマズイからやめた方がいいと思う」

 

「それは……むぅ」

 

 

 こころは不服そうな声を漏らした。それを見たカンザトは、こころが人里で労働に励む姿をイメージしてみる。

 

 客によって柔軟な応対が求められる接客業は、マイペースなこころにはいささか不向きに思える。

 技術職は短期間でこなせるようなものでは無いし……妖怪であるこころには力仕事が天職なのかもしれないが、男だらけの現場でひょいひょいと重量物を運ぶ少女はかなり目立つだろう。

 

 では、万事屋でも開いて依頼を請け負うか。

 しかしながら、外から来た得体の知れない男に依頼する者がいるとは思えないし、なにより基本受け身になるため、いつ金が入ってくるかも分からず根本的な解決にはならない。

 色々と考えたが、やはり自分が短期間で給金の出る仕事を探すのが得策な気がする。

 

 

「まぁ、ちょっと考えてみる」

 

「私も手伝える仕事はないかなー。変装すれば大丈夫、きっと」

 

「うーん……」

 

 

 普段欲しがらない彼女の意思は可能な限り尊重したいが、ただでさえ目立つこころが里の人間に紛れて働くのは困難だろうと思った。彼女の言うとおり、変装着でもあれば見込みはあるが……

 何はともあれ、カンザトは求人情報を見るついでに、日用品の購入に向かうことにした。

 

 

「どこ行くの?」

 

「買い物」

 

「……」

 

「霧雨店行くだけだから! 離して!」

 

「ひとりで働くつもりでしょ」

 

「そんなすぐは見つかんないよ……」

 

 

 真面目なのか優しさなのか、家の主ひとりに苦労はさせまいという彼女の意思は固いようだ。

 服の裾を掴んでくるこころを引き剥がして、カンザトは商店街へと向かった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 あいも変わらず多くの小売店が立ち並ぶ商店街は人で賑わっていた。この空間にいる間は、己が妖魔ひしめく世界にいることを忘れさせる。

 白い息を吐きながらお目当ての店へ向かうカンザトだったが、身震いするような寒さは気にならず、頭の中は生活費を工面することで満ちていた。

 

 

(仕事探す時ってどこ行けばいいんだ? 求人誌とかあるかな)

 

 

 思考回路が外界基準の彼は未経験の事柄に取り組む際、このように頭を悩ませることから始まる。大抵は近隣住民に聞けば解決するのだが、今回の「金に困っている」という問題を他人に相談するのは少々はばかられた。つまりこれも、彼のつまらないプライドである。

 

 こんな時、気心の知れた頼れる者がいるといいのだが……

 

 ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか人里の大手道具屋『霧雨店』の前に到着していた。

 霧雨店は人里一といっても差し支えないほど豊富な品揃えの道具屋だ。大抵の日用品は揃っているため、彼も頻繁に利用している。

 戸を開けて入店しようとすると、白髪の大柄な男性が店の中から出てきた。邪魔になったかと思い詫びを入れようとしたが、その男性が見知った人物であったため、すんでのところで謝辞が発されることはなかった。

 

 

「おっと失礼。……おや?」

 

「森近さん! こんにちは」

 

「やあカンザトくん。里で会うのは初めてだな」

 

 

 中から出てきたのは、幻想入りしてすぐ、五里霧中の状態だったカンザトに手を差し伸べた半人半妖の男──古道具屋『香霖堂』の店主、森近霖之助だった。

 彼の言うとおり、カンザトが霖之助と人里で会うのは初めてのことだった。

 

 

「ここで何してるんですか?」

 

「ただの日用品の補充だよ。あとは霧雨店のご主人へ挨拶をね」

 

「店主さんに? 知り合いなんですか?」

 

「僕は昔、ここで働いていたからね」

 

「え! そうなんですか!?」

 

「そんなに驚くことかな?」

 

 

 霖之助の意外な経歴を聞いて、思わず大きな声が出た。その驚きっぷりに、霖之助は少々呆気にとられた。

 

 

「あ、すいません……なんか、里で働いてるのが想像できなくて」

 

 

 普段の霖之助は香霖堂から動かず、用事がある時のみ外出する万年引きこもり生活を送っているようだ。そのため、カンザトは霖之助が過去に人里に住んでいたどころか、勤労していたという事実が即座に呑み込めなかった。霖之助は知り合いが多いと言っていたが、その過去を知るものは少ないのではなかろうか。

 

 

「なんだ霖之助。お客様と喋って、どうかしたか?」

 

 

 大手道具屋でせこせこと働く霖之助の在りし日の姿を想像していると、霧雨店から出てきた厳格な雰囲気の、これまた大柄な年配男性が声をかけてきた。

 

 

「親父さん。彼とはちょっとした知り合いでしてね」

 

 

 親父さんと呼ばれた男性はその返事を聞くと、先ほどまでの厳しい表情を崩し、人あたりのよさそうな笑みを浮かべてカンザトに向き直った。

 

 

「いらっしゃいませ。ここ、里いちの道具屋『霧雨店』の店主、霧雨です。どうぞ宜しく」

 

「あ、どうも……カンザトっていいます」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。随分お若く見えますが、霖之助とはどんなご関係で?」

 

「えっと、たまに森近さんの仕事を手伝わせてもらってます」

 

 

 そう答えると、霧雨店の店主は目を見開き驚愕をあらわにして、勢いよく霖之助の方に顔を向けた。

 

 

「……なんですか親父さん。そんな狐につままれたような顔をして」

 

「いや、堅物のお前が他人を雇うなんてどういう風の吹き回しだと思ってな」

 

「何も無いですよ。人手が欲しかったから、彼に助けて貰ってる。それだけです」

 

「本当にそれだけかぁ? 人付き合い悪いお前が深い理由なしに他人とつるむとは思えん」

 

「相変わらず失礼ですね。僕にだって交友関係はあります」

 

 

 そう説明するも、店主は未だ訝しげな表情をしている。この気安い会話から察するに、二人は旧知の仲なのだろう。どうやら、かつて霧雨店で働いていたというのは本当らしい。

 

 

「カンザトさん。無愛想なコイツですが、今後とも仲良くしてやってください」

 

「え? はい」

 

「何言ってるんですか……父親じゃあるまいし、よして下さいよ」

 

「俺はお前がひよっこだった頃から知ってるんだぞ。息子みたいなもんだ」

 

 

 霖之助は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、何も言い返さなかった。事実、昔から世話になり本当の父親のような人である店主にはあまり強く出られないのだろう。

 

 

「しかし……本当の我が子は今頃どうしてることやら。全く帰ってこないから元気かどうかも分からん」

 

「魔理沙なら、たまにウチにやって来ますよ。心配せずとも元気すぎるぐらいです」

 

「そうか。それならいいんだが……今度会ったら、たまにはこっちにも顔を出すよう言ってくれないか」

 

「構いませんがね、あの娘は人に言われて己の行動を変えるような質じゃありませんよ」

 

「知ってるよ……ハァ」

 

 

 店主は眉間に皺を寄せ、疲れきった様子で深くため息をついた。その様子からは諦観が見てとれる。

 カンザトは魔理沙と呼ばれた人物を知らないが、二人の反応から、かなりのじゃじゃ馬なのだろうと予想した。

 

 

「おっと、お客様の目の前でため息なんてつくもんじゃないな。それでは、今後ともご贔屓に」

 

 

 そう言い残すと、霧雨店の主人は店内に戻って行った。カンザトは店主の丁寧な接客に、彼が敏腕な商売人なのだろうと感じた。

 

 

「はぁ。あの人は年を重ねても変わらないな……すまないね。馴れ馴れしくて」

 

「いえそんな。ずっと昔からの知り合いなんですね」

 

「働いてたのはもう数十年も前の話さ。だがまぁ……世話になったのは確かだし、あの人には足を向けて寝られないよ」

 

 

 数十年来の関係とは、想像していた以上に長い付き合いだった。半人半妖は人間と違い老化による身体的変化が少ないようだが、もしや霧雨店で働いていた頃から容姿が変わっていないのだろうかと疑問が湧いた。

 

 

「そういえば、カンザトくんはどこに住んでいるんだ?」

 

「森近さんのアドバイスどおり、借家に住んでます。相場分かんないですけど、家賃安くてビックリしましたよ」

 

「だろうね。仔細は知らないが、外来人向けの支援制度は手厚いだろうと思ったんだ。里も外からの移民を逃したくないんじゃないかな」

 

 

 人里は山奥の集落のような場所だ。外の世界と違い移住先が存在しないため、急激に衰退することは無いにしても、緩やかに人口が減少していき、いずれは限界集落となる恐れがある。里はその未来を危惧し、新規住民候補の外来人には手厚く支援するだろうと霖之助は推測した。

 

 

「あ、そうだ。ちょっと相談したいことあるんですけど、もし時間があればウチに来ませんか?」

 

「構わないが、ここじゃダメなのか?」

 

「ちょっと、あんまり周りに聞かれたくないっていうか……」

 

「落ち着いて話したいということか。分かった。君の家で話を聞こう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 かつて人里で働いていたという、霖之助の意外な過去を知った……

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 霖之助を連れ立って自宅前まで戻って来たカンザトだったが……

 

 

「……」

 

「入らないのかい?」

 

 

 玄関前に立つまで、すっかり居候の面霊気の存在を忘れていた。これから家へ招こうとしている霖之助が半妖であるため、里に妖怪がいることはイレギュラーだという常識を失念していた。

 

 

「やっぱり、どこかのお店で話しませんか?」

 

「ん? あぁ、構わないが……」

 

 

 ガラガラガラ

 

 

「なんで入らないの?」

 

 

 踵を返してどこかの飲食店にでも赴こうと考えていたが、苦慮も虚しく、件の妖怪少女が玄関戸を開けて堂々と姿を現した。

 自身の失態だが、カンザトは思わず苦々しい表情でこめかみを押さえた。

 

 

「なるほど、女性と同棲していたのか。君も存外、隅に置けないな」

 

 

 しかし、意外にも霖之助に驚いている様子は見られず、依然として冷静な口調で喋っている。

 

 

「びっくりしないんですか?」

 

「驚いてるさ。この短期間で女性と親密になったことも、その相手が妖怪だということもね」

 

「やっぱり分かっちゃいますよね……」

 

「まあ、これでも半分は妖怪だからね。それに、見た瞬間思い出したよ。君は夏頃の宗教大戦に参戦していた妖怪だな」

 

 

 博麗神社でこころの名を聞いた時はピンときていなかった霖之助だったが、実際にその姿を見て、ついに思い出したらしい。

 どうやら、こころは想像以上に有名人らしい。したがって、彼女が外出するにあたって変装は必須ということだ。カンザトの中で、こころの変装着を用意することが最優先事項になった。

 

 

「! えーと、わたし人間だよ。これでもかというほどに人間」

 

 

 鈴奈庵での事で危機感を覚えたのか、急遽正体を取り繕うこころ。だがどう考えても間に合っていない。

 

 

「こころ。森近さんには隠さなくても大丈夫」

 

「……そう?」

 

「なんか慌ただしくてすみません。中、入ってください」

 

「あぁ、お邪魔させてもらうよ」

 

 

 霖之助を居間に通し、お茶を出す。

 念の為こころとはただの同居人であることを伝えつつ、妖怪であるこころが人里に住むことになった経緯を説明したのち、本題を切り出した。

 

 

「それで相談っていうのが……実はお金を稼ぐために、働こうかと思ってて」

 

「金銭面での相談だったか。僕で力になれるかどうか」

 

「話せるのが森近さんしかいないんです。ご迷惑かもしれないですけど、聞いてくれませんか」

 

「いや、構わないよ。わざわざ僕を頼ってくれるというのは……まぁ、なんというか、嬉しいよ」

 

 

 霖之助は嬉しいような、むず痒いような、複雑な表情を見せた。

 

 

「ゴホン。それで?」

 

「森近さんも知ってると思いますけど、俺はいずれ地底に行きたいんです」

 

「ああ、そう言っていたね」

 

「なので働くとしても、今は定職に就くのは難しいと思ってます」

 

「そうだね。出発するのが先延ばしになってしまう。なら、雇用期間が短い仕事をこなすしかないか」

 

「はい。なんですけど……」

 

 

 カンザトは横に座るこころに視線を移した。

 視線に気がついたこころは、霖之助を真っ直ぐ見据えて続きを話す。

 

 

「彼ひとりに苦労させたくないの。私も働ける仕事はないですか?」

 

「ふぅむ、なるほど。共に生活を支え、あわせて二人一緒に勤められる仕事はないか、と」

 

「こころを一人にできないので、そうなりますね」

 

「おい、子供扱いするな」

 

「いや、そういうんじゃなくて……」

 

 

 保護者のような言い方が気に入らなかったのか、こころは不満げに口を挟んだ。当然子供扱いしてる訳では無く、妖怪であるこころを同居人として一人にする訳にはいかない、ということだ。

 

 

「ちなみに、得意の能楽でお捻りを貰うという手は無いのかい?」

 

 

 顎に手を当て少し思案したのち、霖之助が最もらしい提案をしたが……

 

 

「あれは……あくまで趣味だから、お客さんからお金を貰うのは気が引ける」

 

「あれ、さっき霊夢から分前を貰ったって言ってなかった?」

 

「霊夢から貰ったのはお賽銭の一部。舞を見に来るついでの参拝客が増えたんだって」

 

「あー、なるほど」

 

「もしやそのために博麗神社の敷地を貸し出したのか? まったく、霊夢はちゃっかりしてるな」

 

 

 趣味の能楽を披露したいこころと、参拝客が増えて欲しい霊夢とで利害が一致したのだろう。

 

 そういえば、こころが人前に出て舞う詳しい理由を聞いていなかった。趣味だからと言われればそれまでなのだが、妖を恐れる里の人間を集めてまで公演を行う理由はなんだろうか。同居までしているものの、未だ自分はこころのことを良く知らない。

 カンザトがそのようなことを考えていると、霖之助は申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「しかしすまないね。僕がもっと賃金を出せればいいんだが」

 

「いえそんな! いつも助けて貰ってますから。十分です」

 

 

 実際、カンザトは霖之助に返せないほどの多大な恩がある。今、懐にあるお金も霖之助の仕事の手伝いで得たもので、当初は受け取ること自体渋っていたのだが、霖之助が「労働の正当な対価だから受け取ってくれ」と言い譲らなかったため、こちらが折れてありがたく頂戴したのだ。しからば、今以上を望むのは厚顔無恥というものだろう。

 

 

「ふむ、短期間で稼げて、なおかつ二人で勤められる仕事か……」

 

 

 顎に手を当て、思考を巡らせながら霖之助は呟く。すると何かが気になったのか、霖之助は室内をぐるりと見渡し、やがてある一点に視線を留めた。

 

 

「……つかぬ事を聞くが、あの置物はなんだい?」

 

 

 霖之助の指さす先には茶箪笥があり、その上にはカンザトが趣味で製作している複数体の塑像(そぞう)が立ち並んでいた。サイズは大小様々だが、平均して外の世界でいうところの一般的なキャラクターフィギュアほどの大きさだ。

 

 

「えっと……俺が作りました」

 

「ほう、手に取ってもいいかな?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

 霖之助は立ち上がり茶箪笥に近づくと、濁りのある白い塑像をそっと手に取り、黄金色の目を凝らして観察し始めた。

 なぜ唐突に霖之助が己の創作物を鑑賞し始めたかは不明だが、カンザトは自分が緊張していることに気がついた。

 

 

「これは何かモデルが?」

 

「ペルソナと妖怪をモデルにしてます」

 

 

 カンザトは自身が発現したペルソナや、幻想郷に来てから遭遇した妖怪をモデルに塑像を作り上げた。読書に続く第二の趣味として、暇ができた時に取り組んでいる。何か大層な想いがあり作ったわけではなく、脳内に湧いて出るイメージを形にしようとした結果の産物である。

 その中にはキョンシーの少女、宮古芳香を象った塑像もあるが、本人に許可は取っていない。操り主の仙人にはモデル料を支払った方がいいかもしれない。

 

 

「あはは、下手で恥ずかしいです」

 

 

 恥じるぐらいなら人目につく場所に置くなと非難されそうだが、他に置く場所が無かったのだから仕方がない。カンザトは羞恥を誤魔化すかのように、自嘲気味に小さく笑った。

 

 

「いいや、素人にしてはかなり精巧な出来栄えだと思う。原型師レベルじゃないか」

 

「え、えぇー……そんなことないですよ」

 

「照れてる?」

 

「…………」

 

 

 こころがカンザトの顔を横から覗き込み問いかけるが、カンザトは顔を逸らして口を噤んだ。正直なところ、審美眼を持つ霖之助に自分の創作物を褒められたことが嬉しく、照れくさかった。

 ちなみに、こころに見せた時は「よく分かんないけど、上手いと思う」という、なんとも曖昧な返事が返ってきた。

 

 

「妖怪をモデルにということは……もしや、記憶を頼りに作成したのかい?」

 

「え? はい」

 

「ほう、大したものだ」

 

 

 カンザト自身驚いたのは、自分に芸術的才能と、それを活かす表現力があったこと。一度遭遇したきりの妖怪の姿かたちを、記憶を頼りに、ほぼ原型のまま再現できた。

 

 

「他に作った物はあるかな?」

 

 

 霖之助が色々な角度から眺めていた塑像を元の位置に戻したあと、続けて尋ねてきた。

 

 

「えーと、こんなのも」

 

 

 カンザトはわずかに緊張感を覚えながら、棚から手のひらサイズのデフォルメされた猫の置物を取り出し、ちゃぶ台の上に置いた。この置物はかわいらしいと、こころから好評だった。

 

 

「あの、俺の作った物がどうかしたんですか?」

 

「これだよ、カンザトくん」

 

「え?」

 

「場所を借りて、この粘土細工達を販売しよう」

 

 

 霖之助の思いがけない提案に、カンザトは目を丸くした。

 

 

「えぇ? 素人が作った物なんて売れないですよ」

 

「いや、少し手を加えれば売れるよ。数多くの道具を見てきた僕の勘がそう言っている」

 

 

 その勘は信じていいんだろうか。聞いたところ、香霖堂は繁盛している訳ではないようだが。それどころか閑古鳥が鳴いているほどだという。

 

 

「これなら二人で商売出来るし、事業主は自分なのだから、やめ時は好きに決められる」

 

「まぁ、たしかに。手を加えるっていうのは?」

 

「大勢の顧客相手の商売というのは、品質は大前提として、その商品の付加価値が重要かつ必須だと思うんだ」

 

「付加価値ですか」

 

 

 イマイチピンとこなかったが、そのまま売るのでは人々の購買意欲は湧かないということだろう。今ひとつ理解出来ていないカンザトを尻目に、霖之助は眼鏡のブリッジを指で押し上げて、持論の説明を続けた。

 

 

「商品を購入する際、品質が保証されていないぽっと出の店よりは、人気があって信頼できる大手の店の方が安心するだろう? そういった、 商品そのものの価値に追加して顧客にとって魅力的な要素が大事なんだ」

 

「たしかに。でも、今からじゃ……」

 

「ああ。君たちが今から住民の信頼を積み重ねるのは容易ではない。気の遠い話になる。では、どうするか」

 

 

 霖之助は少し間を置いて、自信ありげにハッキリと発案した。

 

 

「名を借りるのさ」

 

「名……ですか」

 

「販売する際に、売り文句を決めてデカデカと掲げる。例えばそうだな……『博麗の巫女御用達!』とかね」

 

「え、えぇ? 嘘ついたら詐欺にならないですか?」

 

「なぁに、霊夢は里での商売なんて気にしてないさ。粗悪品を売らなければ彼女の名誉に傷がつくこともない」

 

 

 確かに、悪い方面に名を借りているわけではないため、霊夢は口出ししないかもしれない。流石に無断は不味そうだが。

 

 

「そういう問題なんですかね……」

 

「もし心配なら、本人に許可を取ればいい。面霊気の彼女が里に住むことになったのも、発端は霊夢の発言だろう? ということは、現状の問題は霊夢にも責任の一端があるというわけだ。まさか拒否はしないだろう」

 

「う〜ん……脅してるみたいで気が引けるんですけど」

 

「なに、君ひとりに重荷は背負わせない。僕も説得するさ」

 

 

 あまり褒められた行為ではないのだが、やけに霖之助は乗り気だ。その顔には、カンザトと話している時には見せない黒い笑みが浮かんでいる。

 実際は、普段霊夢にいいように使われている事への意趣返しである。霊夢の『ツケ』はこんなものでは支払えないため、この程度の企みは許されてしかるべき、ということだ。

 

 

「まぁそもそも、霊夢の名が購買意欲促進に繋がるかは正直なところ判らないが」

 

 

 しかし霖之助は突然真顔になるなり、今までの話は何だったんだと言いたくなる発言をした。

 

 

「そうなんですか?」

 

「博麗の巫女は里のスーパースターじゃないからね。世界の均衡を保つため尽力しているとはいえ、どのような立ち位置なのか知らない者も多いだろう」

 

 

 巫女は宙を翔ける。誰にも知られることなく名声を求めず、美しき世界と人々の安寧のために。さながら影のヒーローか。

 

 

「だが意味はある。名高い神職者が勧める商品ということは、その文を見た人はひとつ、我々にとって都合のいい解釈をする」

 

「都合のいい……解釈?」

 

「この粘土細工は霊験あらたかな手法で創造された物で、持つとご利益があるだろうということさ」

 

「なるほど…………やっぱり詐欺じゃないですか? なんか悪徳商法みたいなんですけど」

 

「この商法の重要なポイントは、こちらから確実にご利益がある、と明言しないことだ。断言してしまうと、神力を込めていないのなら君の言う通り詐欺になってしまうし、それじゃあ流石に霊夢も首を縦に振らないだろう」

 

「まぁそうですね。ご利益があるって言ってないなら騙してることにはならない……かも?」

 

「いわば、御守りやパワーストーンのような物だ。科学的根拠は無いが、所持するだけで、神から恵みを得られる……かもしれないと思わせる。それは、人の行動や思考にもわずかながらプラスの影響を(もたら)す。『最近不運続きだが、この粘土細工を買ったから、きっといい事が起こるだろう』といった風にね。うーん、なんて素晴らしい逸品だろうか」

 

 

 霖之助はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。商品の魅力を力説するその様は、なんだかとても商売人らしい。

 人の心というのは案外単純で、願いや思い込みで心持ちが改善され、状況が好転することもあるだろう。今から販売しようとしている商品は、ささやかながらその後押しをするだけなのだ。

 

 

「でも、お守りとかなら普通に売ってるんじゃないですか? わざわざ俺のを買うんですかね」

 

「そこで博麗の名が効いてくる。縁起物を売っている店は腐るほどあるだろうが、博麗の巫女お墨付きの福物はまず無い。故に、物珍しさだけで充分に目を引くはずだ」

 

 

 なおも霖之助の説明は続く。相談にのってもらっておいてなんだが、セールストークを受けている気分になってきた。

 

 

「さらに人里においては、異変解決の専門家の名のもとに売られている品にもうひとつ付加価値がついてくる。何か分かるかい?」

 

「え、なんですかね……うーん、強くなれる、とか?」

 

 

 霖之助が力説していたところ、突然ボールを渡されてカンザトは戸惑った。考えた末に捻り出したのは、とてもシンプルな答えだった。

 

 

「少し惜しいな。そう思う者もいるかもしれないが、どちらかといえばその逆……『自分は博麗の巫女の名のもとに守られている』という心理に至る」

 

「持ってるだけでそこまでなりますかね?」

 

「外の世界と違い、幻想郷においてはその蓋然性があるのさ。何故なら人は常日頃、妖怪に対し恐怖を感じているから。妖怪退治を生業とする博麗の巫女が愛用する道具なら、自分も何かしらの恩恵を得られるかもしれない。そんな想像を掻き立てることが、もうひとつの付加価値だ」

 

「霊夢から許可を貰えれば、思ったより効果がありそうですね」

 

「信心深い人ほど、その商品に価値を感じるだろうね。そういう意味でも、霊夢の名を掲げることは有効だと思うよ」

 

 

 少し心配なのは、粘土細工を持っているだけで強くなった気になり無謀な行動をとる者がいないか、ということ。しかし、その可能性は極めて低いだろうと霖之助は考えた。

 

 

「だがまぁ、これは高望みかな。先ほども言ったが、霊夢の活動を知る者は案外少ない。人里において博麗霊夢の評判が如何ほどか……正直僕にも判らない。それに、人ならざるものに対する恐怖を薄めすぎては、幻想郷の存続に関わる。強くアピールすることでも無いな」

 

「え!? いきなりスケールでかくないですか?」

 

「っと、すまない。流石に誇張表現だった。小道具ひとつで消滅するほど、この世界は脆弱じゃないよ。あくまで気休め程度で、本気で守られていると思う者もいないだろう」

 

 

 限りなく可能性は低いが、万が一はあるということだろうか。

 だがこれは悪い想像でしかなく、霖之助の言うとおり、気休めの開運グッズ程度に扱われるのが関の山だろう。

 

 

「つらつらと話したが、この案は一例だ。容易に許可取りできて、なおかつ最も効果がありそうなのが霊夢というだけでね」

 

 

 それどころか人々の博麗神社を見る目が変わり、客入りが良くなる見込みさえある。売り物の評判によるが、霊夢にとっても悪い話では無いのだろう。

 

 

「僕の名を使ってもいいんだが……悲しいかな。森近霖之助の名に博麗の巫女ほどの知名度はない」

 

 

 霖之助はため息をついた。

 客入りが芳しくない点からも分かるが、里での香霖堂の知名度は低いらしい。彼には申し訳ないが、博麗神社同様、立地が悪い気がした。

 

 

「他に里で名の知れた顔見知りはいるかい?」

 

「えーと…………あ。神子さん、とか」

 

 

 思案するカンザトの脳内に、獣耳のように天へ向く薄茶色の髪を揺らす女性が現れた。

 

 

「神子……聖徳王か。そういえば、会って話せたと言っていたな」

 

「一回相談に乗ってもらっただけなんで、許可が出るかどうかは分かんないですけど」

 

「霊夢と違って許可を取らない訳にはいかないか。しかしそうなると、説得どころかプレゼンテーションする必要がありそうだが」

 

「神子さんに俺の作った物をプレゼン……」

 

「……」

 

「…………」

 

 

 脳内に現れた女性は微笑んでいたが、謎の威圧感を放っていた。歴史上の偉人に、金儲けのため自分謹製の品の魅力を伝え、なおかつ売れ行きを伸ばすためにその偉大な名を借りる。気分は虎の威を借る狐に近い。いや、龍の威を借る鼠か。

 そんな大それたことが自分に可能かと考えたが……

 

 

「……やめておきます」

 

「……そうだね。流石に自重しようか」

 

 

 どうイメージしても成功する未来が見えなかったため、潔く諦めた。

 

 

「まあそんな小細工無しでも、里の人間にとって真新しく、精巧な作りの品物は売れると思うよ。自信を持ってくれ」

 

「だといいんですけど……」

 

「私は何をすればいい?」

 

 

 存在を消していたのかと思うほど静かに話を聞いていたこころが疑問を口にした。

 

 

「商品の製作中はカンザトくんのサポートだな。簡単な物なら手伝ってもいい。売り出してからはカンザトくんと二人で売り子だ。やれることは多いだろう」

 

「おー、ありがとう森近サン。私がんばる」

 

 

 こころは両手で握りこぶしを作り意気込んだ。

 彼女がやる気になるのは喜ばしいのだが、何か重要なことを忘れているような……

 

 兎にも角にも、妙案には違いなかった。三人集まれば文殊の知恵というが、三人目が知識人だったために助けられた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「それじゃあ、準備があるだろうし僕はそろそろお暇しようかな。霊夢に交渉する時は僕に声をかけてくれ」

 

「ありがとうございました。俺、頑張ってみます」

 

「うん。また何かあれば言ってくれ」

 

 

 霖之助が立ち上がろうとすると、こころが追加の質問をした。

 

 

「森近さん。貴方の店に衣服は売ってる?」

 

 

 こころの問いで、先ほどから引っかかっていた気持ちの正体が判明した。

 そうだ、このままでは二人で露店を開けない。変装着を買わなければ。

 

 

「あるにはあるが……品揃えは悪いよ」

 

「私も里を歩けるように、服が欲しいんです」

 

「なるほど。たしかに妖怪は真の姿の偽装が必要だ。しかし、専門店に行った方がいいんじゃないか?」

 

「里の店だと試着が出来ない」

 

「俺が買ってきてもいいんですけど、女物の服は分かんないので、着る本人に見てもらいたいです」

 

「それもそうか。まぁ、僕は構わないよ」

 

「今から行ってもいいですか?」

 

「いいよ。日暮れにはまだ早い。十分時間はありそうだ」

 

 

 家の外では、音もなしに途切れなく雪が降り続けていた。

 三人は里を出て、香霖堂へと向かう。

 多種多様な存在が息づく幻想郷においても、人間、妖怪(付喪神)、半人半妖の三者が行動を共にする構図は珍しいだろう。まるで、霖之助が人と妖との関係性を結ぶ架け橋になっているかのようだった。しかし、彼はその立場を望むのだろうか。それは霖之助本人にしか分からない。




分からない言葉は使うもんじゃないと思いつつも、知識人のキャラを喋らせるにはそれっぽい言葉を使いたいというジレンマ(アホ)

●ランクupしたコミュ
『隠者』森近霖之助:ランク4

こころの変装着は?(挿絵あり)

  • A.着物
  • B.パーカー
  • C.コート
  • D.とある学園の制服
  • E. >どうでもいい
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