PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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東方原作の新作が発表されましたね。この話は時代を遡って約10年前の幻想郷で止まっていますが、どうぞよろしく。

今回はアンケートを設けています。挿絵を見て投票していただけると嬉しいです。


能面少女の衣替え

 人里から離れた魔法の森のすぐ近くに古道具屋『香霖堂』は在る。人間の住む場所と、妖魔が棲む森の境界に位置し、人と妖怪の生活圏を繋いでいる。

 その名の『香』は『神』、すなわち神社を意味する。神社は境界の中心であり、人と妖を結ぶこの場所は幻想郷の中心だ……と妄想したのは何処の誰だったか。

 そんな幻想郷の中心たる場所に、人間と半妖、そして付喪神の三者が赴いた。

 

 

「結構積もりましたね」

 

「今年は特に早い。冬妖精が活発化していたよ」

 

 

 辺り一面の銀世界に2人分の雪を踏みしめる音が響く。

 当然、外の世界と違い除雪車が走っているわけもなく道は道と呼べないような有様だったが、足首ほどの高さに積もった新雪に淡い足跡を残しながら、カンザトと霖之助は順調に歩を進めていた。

 

 

「あぁそうだ。地底世界に行くつもりなら、降雪が落ち着いてからの方がいいと思うよ。この雪の中、森を抜けるのは至難だから」

 

「それってどのくらい待てば行けそうですか?」

 

「うーん……具体的にいつ頃とは言えないけど、年明けまでは様子を見た方がいいんじゃないかな」

 

 

 なんと。同行者捜しや金策でまごついている間に、年内に地底へ行く機会を逃していたらしい。2人目の同行者を見つけた時点で早々に出立するべきだったか。

 だが、旅中に雪が降ってきても対策無しではどちらにせよ困るので、むしろ都合が良かったともいえる。

 もどかしいが、急いては事を仕損じると言うし、今は懐の寒さをどうにかするべきだろう。

 

 ふと、後ろから足音が聴こえないことに気づき、背後に顔を向けると見慣れた足だけが視界に映った。何事かと思い上を見ると、雪に足を取られまいと必死に歩く自分とは対極に、こころは涼しい顔をしてふわふわと浮遊していた。こういった時は自由自在に空を飛べる彼女を羨んでしまう。

 

 しばらく歩くと、目的地であるアジア風の建物が見えてきた。

 見ると店前にもこんもりと雪が積もっており、ろくに除雪されていないことが伺えた。

 

 

「ウチの前も凄いな。また妖夢に掻いてもらおうか」

 

 

 霖之助は自分で除雪するつもりは毛頭なく、他人に押し付けるつもりのようだ。カンザトは遭遇したことがないが、専属庭師でも雇っているのかもしれない。それほど経済的余裕があるようには思えないが。

 かろうじて扉の前には雪が無かったため、服に付着した雪を払い落としてから、霖之助を先頭にして3人は中へ入った。

 

 店内は意外にも暖かかった。家主が里へ行く前に暖をとっていたのだろう。中の様子はカンザトが手伝いに訪れた時からなんら変化なく、あいも変わらず統一感のない商品達が来客を出迎えた。

 

 

「用意するから少し待っていてくれ」

 

 

 そう言い残して、霖之助は店の奥へと姿を消した。

 こころは物珍しそうにキョロキョロと店内を見回している。

 

 

「これなに?」

 

「蓄音機かな。俺は使い方分かんないけど、名前だけ知ってる」

 

 

 こころの指さす先には蓄音機があった。レコードもどこかに埋もれているのだろうか。

 そのレトロな音を奏でる道具を見て、カンザトは使ったことがないと思ったが、それも定かではない。記憶を失う前の自分は愛用していたなんて可能性も……無くはないか。

 

 

「これは?」

 

「お、だいぶ古そうだけどテレビだ。電源は……つかないか」

 

「あれは?」

 

「え、パソコン……だよな。こんな物まであるんだ」

 

 

 香霖堂の売り物たちはこころにとって目新しい物ばかりのようで、次々にカンザトへ質問を飛ばす。

 カンザトは何度か訪れているが、じっくりと置いてある物を見てはいなかったため、一昔前の道具が展示されている資料館を見て回るような気分でこころの質問に答えていた。

 

 

「カンザト。なんかこれあったかいよ」

 

「おぉ! ストーブだ。森近さん、ストーブなんて持ってたんだ。いいなぁ」

 

「ストーブ?」

 

「外の暖房器具。コンセント無いから、これは石油ストーブかな」

 

「よ……っと。悪いけどそれは非売品だ。とても便利な物だから愛用してるよ」

 

 

 霖之助が衣類を抱えて戻ってきた。予想していたよりも数が多い。品揃えは悪いと言っていたが、十分選べそうだった。

 

 

「ですよね……燃料あるんですか?」

 

「ツテがあってね。でも得体が知れないから正直あまり頼りなくは……いや、なんでもない」

 

 

 霖之助は眉をひそめて苦々しい表情をした。霖之助からの印象は好ましくないようだが、妖のみぞ知る石油販売業者でもいるのだろうか。カンザトは霖之助の人脈の広さを改めて実感した。

 

 

「また見つけたらキミにあげるよ。貴重なのでタダとはいかないが」

 

「……余裕ができたら買います」

 

「そのために今回は頑張ろう。さて、何着か用意したわけだが……」

 

 

 店台にずらりと衣服が並べられた。種類は様々、和洋入り乱れた統一感のない光景を作り出していた。この統一感のなさは実に香霖堂らしいといえる。どちらが優れているというわけではないが、里の呉服屋だとこうはいかないだろう。

 

 

「ひとりで着られるかい?」

 

「大丈夫と言いたいところだけど、着物や外の衣服を着るのは難しそうです」

 

 

 揃えられた衣類の中には、着物や外の世界のものと思われる服もあった。経験のない者がひとりで着るのは容易くないだろう。

 

 

「うぅむ、どうしたものかな。誰か手伝いを連れてくるか……」

 

 

 盲点だったと霖之助が唸った。誰かを連れてくるにしても、カンザトとこころの事情を知ったうえで協力してくれる同性でなければならない。そうなると候補は限られてくる。

 カンザトが今からでも候補者に声をかけに行こうかと思案していると……

 

 

「うぅ……寒いなぁ。香霖、いるかー?」

 

 

 突然店のドアが開け放たれ、黒白を基調とした大きな帽子とフリルの多い洋服に身を包んだ、金髪の少女が体を震わせながら店に入ってきた。その姿は大衆の認知をそのまま具現化したかのような『魔法使い』そのものであった。

 

 

「魔理沙、いいところに来たな。歓迎するよ」

 

 

 魔理沙と呼ばれた少女は霖之助の言葉を聞き、狐につままれたような顔をした。

 どうやら、この少女が霧雨店の一人娘『霧雨魔理沙』らしい。話題にしたその日のうちに会えるとは思わず、カンザトは少々驚いた。

 

 

「こ、香霖が私を歓迎だと……!? 何か悪いものでも食ったか?」

 

「あのなぁ……子は親に似るというがね。僕に失礼なところまで似なくていいんだよ、魔理沙」

 

「何の話だ?」

 

「こちらの話さ。そんなことより、君に頼みがある」

 

 

 霖之助が右手を横に振り視線誘導すると、ようやく魔理沙は自分以外の来客の存在に気づいた。

 

 

「ん? こころじゃん。……隣は誰だ?」

 

「彼は人里に住んでいるカンザトくん。面霊気の彼女と同居中だ」

 

「は? どういうこったよ。話が見えないぞ」

 

「おふたりはお客様さ。粗相のないようにしてくれ」

 

「毎度のことだが、私はお客様じゃないってか。いやじゃなくて、この男は誰で、何がどうなって妖怪と同居なんてしてるんだよ」

 

「詳しいことは彼から聞いてくれ。だがその前に」

 

 

 霖之助は魔理沙の被っている魔女帽子を指さした。おそらく真っ黒な帽子なのだろうが、今はその黒を塗りつぶすかのように冬の風物詩である白い物体が付着していた。

 

 

「なんだよ」

 

「その帽子に積もってる雪は外で払ってきてもらおうか」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「なるほど、だいたい話は分かった。要は里を自由に出歩くために服を探していて、私にこころの着替えを手伝えってこったな」

 

「魔理沙、よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

「あー、カンザトっていったか。一応言っておくが、こころのことは周りにバレないようにしろよ? 公演で見慣れてる人もいるとはいえ、妖怪だとは明かしてないからな」

 

「うん、気をつけるよ」

 

 

 実は既にひとり、貸本屋の娘にはバレていることは言わないでおいた。

 

 

「で、これが試着する服か。香霖堂にこんなに服が置いてるとは知らなかったぜ。教えてくれたら着たのによー」

 

「君に教えたところで、どうせ金を払わず盗んでいくだろう。言う利点は無いね」

 

「ツケだぜ、ツケ。盗むわけじゃない」

 

「……まぁいい。ともかく奥で着替えてきてくれ」

 

「ほいほい。こころ行くぞ」

 

 

 魔理沙が着物を抱えて店の奥へ入っていき、こころもそれに続いた。どうやら2人は既に知り合いだったらしい。布都から聞いた例の決闘騒ぎで知り合ったのだろうか。

 

 

「今さらだが少し不安になってきた。魔理沙が着付けなんて出来るんだろうか」

 

「魔理沙さんのこと、よく知ってるんですね」

 

「彼女が小さい頃、僕が霧雨店で修行していた時より彼女のことはよく見ていたから、性格は十二分に知っている。昔から少々……いやかなり粗暴なところがあってね」

 

 

 霖之助は霊夢同様、魔理沙とも親しい仲のようだ。子供の頃から知っていて未だに交流があるのであれば、実の親より親目線なのかもしれない。

 

 

「ところで、外の知識をもつキミに聞きたいんだが……このコンピュータという道具はどうすれば使える? 僕は外の世界の式神だと思っているんだが、いかんせんどれだけ呼び掛けても僕の声に応えてくれなくてね。やはり僕はまだ未熟なんだろうか」

 

「……しきがみ?」

 

 

 ・

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 ・

 

 

「できたぞー」

 

 

 店奥から魔理沙の声が聞こえたのち、しずしずと居間に入ってきたのは、冬仕様に着物を着こなし頭に花飾りを付けたこころだった。

 普段と違う淑やかな佇まいにカンザトは言葉を発するのも忘れ、しばしの間みとれていた。

 

 

「どう? 似合う?」

 

「…………」

 

「カンザト?」

 

 

 こころが不思議そうに頭を傾げて、カンザトの名を呼ぶが、返事がない。

 

 

「あっ、あぁうん! すごい似合ってると思う!」

 

 

 呼ばれたことに気がついたカンザトは我に返り、慌てて返事をした。

 

 

「そう。よかった」

 

 

 ここで気の利いた一言でも言えればいいのだが、呆けていたカンザトの口から出たのは、実にありきたりな褒め台詞だった。

 

 

「髪は魔理沙が結ったのか? 上手いもんだ」

 

「ああ。なかなかの出来だろ?」

 

「驚いたよ。魔理沙にこんな特技があるとは知らなかった」

 

「おいおい、この私を誰だと思ってんだ。魔法の研究ってのは手先が器用じゃなきゃ出来ないんだぜ?」

 

「手先がどうこうというより、知識があったことが驚きだ。君が実は勉強家だということは判っていたが」

 

「ま、俗っぽい言い方になるが、私の女子力が高いゆえだな」

 

「女子力……ねぇ」

 

「なんか失礼なこと考えてるだろ。人のこと言えないぞ」

 

 

 魔理沙がじろりと霖之助をねめつける。

 図星だったのか、霖之助は目を逸らして急遽話題を変えた。

 

 

「しかし、色合いが少々派手すぎやしないか? 素性を隠して暮らすにはいささか不向きに思えるが」

 

 

 こころは浅緋の着物の上から、冬の冷たさを感じさせる翠色の羽織を重ね着している。たしかに派手さで人の目を引くなら本末転倒だ。

 

 

「そうか? 阿求とかもっと派手だろ」

 

御阿礼(みあれ)の子か。彼女の場合は由緒正しき正装なのだろうから、我らとは前提が違うさ」

 

「今は立場なんてどうでもいいだろ。重要なのは、この格好で里を出歩いて違和感があるか、無いかだ」

 

 

 魔理沙の言葉を受けて、霖之助は静かに佇むこころを凝視した。魔理沙と、2人の気安い会話を黙って聞いていたカンザトもこころを見た。全員に注視されて珍しく緊張しているのか、猿面を付けたこころは僅かに身動ぎしたあと、瞳を右往左往させた。こころ自信、着慣れない格好に戸惑っているのかもしれない。

 

 

「違和感は……無いか。多少目を引くかもしれないが、里の住人は案外ハイカラな格好が多い。この程度ならば、多様性として受け入れられるだろう」

 

「カラフルだけど髪色ともマッチしてるんだよな。我ながらいいセンスだぜ」

 

「環境に溶け込むっていうなら、合ってるのかもしれないですね。正体がバレないかは分かりませんけど」

 

 

 青と赤という真逆の組み合わせなのだが、こころの普段着と色が近いせいか、案外違和感はないように思えた。

 

 

「だがまぁ……」

 

 

 どれほど服装に違和感がなくても、まず普通の人間にはない頭にかけた『ソレ』が異質な存在感を放っていた。

 

 

「お面は隠さないといけないな。服装で周囲に馴染んでも、頭のソレは目立つ」

 

「だな」

 

 

 指摘されて初めて気づいたのか、しまったと言わんばかりに、こころは両手でバッとお面に触れた。

 

 

「こころ、そのお面ってしまえる?」

 

「出来る。あまり慣れないけど」

 

 

 カンザトの問いに答えて、こころはゆっくりと目を閉じた。

 すると、お面の輪郭が段々ぼやけていき、やがて完全に消えて無くなった。彼女は自身の姿を丸ごと消せるのだから、体の一部を消すことなど容易いことなのかもしれない。

 

 

「そんなこと出来たのか。てかお前、面の付喪神だろ? 本体? 消して大丈夫なのか?」

 

「消してない。しまっただけ。いつでも取り出せるわ」

 

「へぇ、便利なもんだな」

 

 

 2人の会話を他所に、研究対象を観察するかのように、霖之助は顎に手を添えてこころをじっと見つめた。彼の眼には、道具に神が宿り生命を得た存在はどのように映るのだろうか。

 

 

「よく考えれば、僕が付喪神と腰を据えて話すのは初めてかもしれない。あの即座に入れ替わるお面はどういった仕組みなのだろうか……」

 

「俺も詳しくは聞いてないんですけど、こころのその時の感情によって付け替えてるみたいですよ」

 

「ほう。彼女は常に無表情だが、代わりにお面で意思表示してるわけか。それでは、お面を消してしまうと意思疎通が困難になる恐れがあるか」

 

「大丈夫だと思いますよ。話してみたら意外と普通です。よく喋るから、その時の気持ちもなんとなく分かります」

 

「それは共にいる時間が長いキミだから出来る技じゃないかい?」

 

 

 カンザトと霖之助が2人で話していると、魔理沙がこころにこっそりと耳打ちした。

 

 

「まさかお前が男に興味あったとはな。驚きだ」

 

「どういうこと?」

 

「なぁに、詳しいワケは聞かないぜ。それで感情が安定するなら、それはきっといいことだ」

 

「???」

 

「さ、次いこうぜ」

 

 

 ニヤリとからかうような笑みを浮かべながら、別の服を持って魔理沙は店奥に引っ込んだ。

 こころは魔理沙の言葉の意味を考えながら後を追った。

 

 

 2着目。

 ねずみ色のインナーの上に、藍鉄色(あいてついろ)のオーバーサイズパーカーを羽織っている。先程とは打って変わって現代的なコーディネートだ。

 

 

「これは外の衣服だな。かなりだぼついてるが、丈が合ってないんじゃないか?」

 

「そういうデザインなんだよ、きっと。ほら、この余ってる部分を被れば目元も隠れるし、正体を隠すには丁度いいだろ?」

 

 

 そう言って魔理沙はパーカーのフードを被せた。こころはされるがままで、前髪と目が完全に隠れて見えなくなった。こちらからは口しか見えない。

 

 

「あとは口元が隠れれば完璧だな。なんかないか?」

 

「そうだな……あぁ、アレがあったか」

 

 

 霖之助は何か閃いたようで、店台の隅を漁り始めた。数秒後彼が取り出したのは、外来人であるカンザトにとっては見慣れた衛生用品だった。

 

 

「あ、マスクですか。たしかにマスクつければ口は隠せますね」

 

「なんだそれ、布か?」

 

「これはカンザトくんの言ったとおり、マスクという道具だ。正式名称は不織布マスクというらしい。これは人の口元を覆う衛生用品で、主に疫病や塵から己を防護するために用いられる。たしか里にも似たような道具があるはずだが、このマスクは外の世界の化学技術により作られた物であり、利便性と機能性を兼ね備えた無駄のない製品であると推測できる。古くは福面と呼ばれる防塵用の物が一部地域で使われ、似た物では防寒用、護身のためのほっかむりや裹頭(かとう)があるが、疫病の流行によりいつの時代からかそれらはより機能的に求められ世間に普及していき──」

 

「あー待て待て。今は香霖の長ったらしい蘊蓄(うんちく)はごめんだぜ。とにかく、正体を隠すならこれが一番良いと思うが、どうだ?」

 

「たしかに目的には一番合ってるのか。つけた感じどう?」

 

「問題ない。なんだか違う自分になったみたいでワクワクする」

 

 

 どうやら本人も気に入ったようだ。

 一方霖之助は解説を強制的に中断させられて少々不服そうだったが、今は魔理沙の言うとおりだと思ったのか、渋々といった様子で口を噤んだ。

 しかし、暗めな配色と顔全体が隠れるフード、さらにマスクもつけてしまえば……もはやステレオタイプの不審者スタイルではないか。これでは逆に目立ってしまうかもしれない。

 

 

 3着目。

 藍色のコートを羽織り、首には藤色のマフラーを巻いた。下は黒のスカートを履いているが、タイツで寒さ対策をしている。

 これまた現代服で揃えており、今度は全体的に冬仕様だ。

 また、長い髪は片側で束ねて、いわゆるサイドテールという髪型にしている。

 

 

「今度は季節感を取り入れてみたぜ。外の防寒具は多少浮くかもだが、カンザトの隣にいる分にはむしろ合ってるんじゃないか」

 

 

 こころは首を前に傾けて自身の姿をじっと見つめたあと、マフラーで口元を隠し、カンザトを上目遣いで見つめた。

 

 

「貴方とお揃いね。嬉しい」

 

「え、あぁうん……」

 

 

 こころは時たまこういった気恥ずかしい発言をサラリとする。それもおそらく無自覚に。好かれているようでカンザトとしては素直に嬉しいのだが、なんだかドキマギしてしまう。

 

 

「なんだお前ら。随分仲良いんだな」

 

 

 2人のやり取りを見て魔理沙はわずかに驚いた。決闘するだけでは見られなかった面霊気の言の葉、素直な感情表現に。

 元々興味を示した相手には急激に距離を詰めるタイプだとは思っていたが、この男にはごく自然な感情を伝え、信頼を寄せている気がする。2人の間で何があったかは知らないが、誰かと共に生活するという経験が良かったのかもしれないと魔理沙は推察した。

 そして、それと同時に安心した。

 今のこころは凪のように安定していて、この分ならあの時のように暴走することはないだろう、と。

 

 

 4着目。

 最後に魔理沙が着せたのは、外の世界の学生服だった。上は紺鼠色(こんねずいろ)のブレザー、下は黒のスカートというシックな配色の中、赤いリボンがアクセントとなりひと際目を引く。しかしそんな落ち着いた印象も、着用者の髪色が明るさ全開のパステルピンクではどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

「……いや、これはなんか違くない?」

 

「外の学生服だね。里で過ごすには……浮くだろうな」

 

「いいデザインだったから着せてみた。ハハハ、意外と悪くないんじゃないか?」

 

 

 着せた張本人はケラケラと笑う。どうやら半分冗談で選んだらしい。たしかに不似合いとは言えないし、彼女の普段着とはコンセプトがまるで違い新鮮さを感じるのだが……

 

 しかし、と思う。

 

 

「…………」

 

 

 着用者も含めた全体を見る2人とは違い、カンザトは制服のデザインを凝視した。

 

 

(なんかどっかで見たことあるような……)

 

 

 既視感。

 外の有名な学園なのだろうか。胸の校章には『NAGINOMORI』と記されていた。聞いたことはないはずだが、何かが引っかかる。

 

 

「つーかなんでこんなもん持ってんだよ」

 

「幻想郷ではお目にかかれない珍品だったから拾ってきた。他意は無いよ」

 

「この服に限った話じゃないが、衣類もこっち側に落ちてくるんだな」

 

「当然あるさ。外で着る者がいなくなったんだろう。まだ着れそうな物だったら拾うようにしてる」

 

 

 外の道具が幻想郷に落ちてくる要因は主に3つ。

 結界の事故、使う人が居なくなり幻想になること、そして、所有者が突然消えた場合。

 学生服なら所有者の卒業と同時に使う者がいなくなるため、幻想入りの条件としては至って自然と言えるだろう。まさか、超常現象が現実となり得ない外の世界において、所有者が突然失踪することなどあろうはずがない。

 

 

「うーん、なんか足りないような……あ、そうだ」

 

 

 何かを思いついたらしい魔理沙は、霖之助の定位置である店台の隅を勝手知ったる手つきで漁り始めた。

 

 

「おい魔理沙。あまり荒らすなよ」

 

「荒らしてない。探してるんだよ……っと、あったあった!」

 

 

 屁理屈をこねながら何かを取り出す。

 見ると、魔理沙の手にあったのは丸眼鏡だった。

 

 

「これをかけて〜……ほい、どうだ」

 

 

 魔理沙がこころにビビッドピンクの丸眼鏡をかけさせる。

 丸眼鏡の存在により、ささやかながら知的な印象が加わった。外の世界に合わせて言うなら『委員長キャラ』といったところか。

 

 

「お、こういうのも似合ってるんじゃないか?」

 

「なにこれ?」

 

「メガネだよメガネ。壊れやすいから、丁寧に扱えよ?」

 

 

 こころは不思議そうに眼鏡のフレームを指で摘む。その仕草が、いかにもそれっぽさを感じさせた。

 

 

「これ、度は入ってるんですか?」

 

「伊達だよ。うちの客は伊達メガネなんて買わないし、在庫処分のようで悪いが、よければキミにあげるよ」

 

「ホントですか? ありがとうございます。これだけでも変装になりますね」

 

「……いや、そこまではどうだろう」

 

 

 何はともあれ、品物は出揃った。財布と相談する時間だ。

 

 

「さて、一通り試着していただいたが……いかがかな?」

 

「どれも気に入った。外の世界の服はすごいなー」

 

 

 着る本人はえらく気に入ったようだった。

 それはいいのだが、カンザトが気にしなければならないのは……商品の値段だ。

 

 

「あの、ちなみにお値段は……」

 

「ふむ、こんなものかな。お金に困っていると聞いたばかりだしね。お安くしとくよ」

 

「お、おぉこれは結構……」

 

「今なら2着以上のお買い上げでさらにお買い得に。無理のない範囲でご利用ください」

 

「うーん、どうしよう」

 

「露天商なら売り子の見目は大事だ。今変装着を買っておくことは先の利益に繋がるかもしれないよ。いわば先行投資だね」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「香霖が商売人らしいことをしている……」

 

「僕はいついかなる時も商売人さ。相手がしっかりと商品に見合った代金を支払うお客ならね」

 

 

 霖之助がじろりと鋭い視線を向けるが、魔理沙は何処吹く風と顔色一つ変えずに受け流し、湧いた疑問を投げかけた。

 

 

「ところで変装着を買って里を出歩きたいってのは分かったけどさ、実際何するつもりなんだ? カンザトの買い物の手伝いでもするのか?」

 

 

 そういえばそこまで説明してなかったと思い、カンザトは霖之助からレクチャーを受けた商法の説明をした。改めて自分の口から説明しても霊感商法地味てるなと思ったが、背に腹はかえられないだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ふーん、霊夢の肩書き借りて粘土細工を販売か……アイツそんなに有名人かなぁ」

 

「そこは僕も分からないから、箔をつける程度に考えていいだろう」

 

「私の方がいいんじゃね!」

 

「道具屋の家出娘に知名度はないと思うよ」

 

「うるせー。冗談だよ冗談」

 

 

 里イチとも言える大商店の一人娘なのだから、ご近所には知っている人も多そうではあるが、話題になれどあまりいい騒がれ方はされないだろう。

 

 

「ま、悪くない案だが、それだけじゃ弱いな。いくら販売側が言い張っても、『霊夢が認めた』っていう証拠がなけりゃ信じられないだろ」

 

「それはそうだが……本人に来てもらう訳にもいかないだろう。売上を折半するぐらい言えば協力するやもしれないが……彼女は金に無頓着だし、そもそも収入が減っては本末転倒だ」

 

「サインでも書かせるか? 霊夢がそこまで協力するかは私も分からんけど」

 

 

 2人の中で霊夢の人柄はどうなっているのか。少なくとも、個人的な金儲けのために手を貸す義理はないと考えるようなイメージなのだろう。

 

 

「ふむ、そうだな……」

 

 

 霖之助は顎に手を当て考え込むような仕草をすると、目線をどこかへと向けた。見ると、その先には売り物の人物画があった。あれは写楽の浮世絵だろうか。カンザトに馴染みはなかったが、教科書か何かで見た気がする、と思った。

 

 

「……カンザトくん。キミ、絵画は得意かい?」

 

「え? まぁ、似顔絵とかなら」

 

 

 魔理沙は霖之助の言いたいことを理解したようで、手のひらに拳をポンと置いた。

 

 

「なるほどな。たしかに絵があれば実際に会って許可を取ったっていう証明になる」

 

 

 それはつまり……

 

 

「え、描けってことですか?」

 

「ああ。描いた絵は画板に貼り付けるなり紐で吊るすなりして目につく場所に置こう。霊夢の面ぐらいは知ってる人が多いはずだから、余程疑り深くなければそれが『証明証』になるはず」

 

「そうだ! ついでにさ、他のヤツらの絵も描こうぜ! それで似顔絵の依頼でも受けりゃいいんだよ!」

 

「腕前によっては臨時収入になりうる……か。君、案外いい案を出すな」

 

「案外は余計だ」

 

「それこそ霊夢は嫌がるんじゃ……」

 

「可愛さ2割増に描いて、終わったらあげればいんじゃね?」

 

「えぇ〜……美化したら証明にならないでしょ……」

 

 

 あれよあれよと話が進められて、気づけば仕事が増えていた。

 わざわざ素人の絵を晒さなくても写真で良くないかと提言したが、カメラは使用方法が不明とのことで、あっさり却下された。

 

 

「カンザト、がんばれ」

 

「…………うん」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「とりあえず指針は定まった。準備が出来次第売り出そう。言い出しっぺだからね、事前準備は僕も手伝うよ」

 

 

 商品の製作、諸々の許可取り、設営準備。やるべき事は盛りだくさんだ。

 また、当日は雪が降る可能性も考えて防寒対策は忘れずに。しかし、大雪が降れば商売どころではなくなるため、天気予報を知られないかと聞いたのだが……

 

「里にある龍神の像を見るといい」

 

 とのことだった。

 龍神の像とはなんぞやと尋ねると、幻想郷の最高神たる龍神の像が人里にあり、その眼の色によりこれからの天気が判るのだという。

 口には出さなかったが、それは信憑性があるのかと言いたくなった。それなら雪を操る妖怪を縛り上げて横に置いておいた方が確実だろう。

 

 

「そういえば魔理沙。親父さんがたまには帰ってこいと言っていたよ」

 

「親父が? 今さら何言ってんだか」

 

「口には出さないけどね、自由奔放な君のことを心配してるのさ」

 

「そーかい」

 

「親父さんももう若くない。出来るうちに親孝行したらどうだい」

 

「……へっ、やなこった」

 

 

 霖之助は魔理沙の反抗的な態度に憤るわけでも、説得を試みるでもなく、何も言わず小さくため息をついた。霧雨店の主人に言った通り、予想通りの反応だったのだろう。

 

 そのやり取りを、カンザトは複雑な心境で見ていた。彼自身、何故すっきりしないのか判然としなかったが、今の気持ちに名前をつけるなら、『羨望』だろうか。

 

 ──羨ましい? 何が? 

 

 それはおそらく、父親……両親の存在。

 魔理沙は父親を邪険に扱っているが、対してカンザトには、望もうが望むまいが父と呼べる存在はいない。それ故の感情だと思われるが、そも記憶が無いのだから、不明瞭な存在を羨む意味も分からない。

 よもや精神的孤独を感じるだけに飽き足らず、形ある父性と母性を求めているのか。それは青年期を迎えた男性としては、大っぴらにするにはいささか憚られることかもしれない。

 だが、何人たりとも彼を嘲ることは出来ないのだろう。

 突如としてこの地に現れた、得体の知れない存在の心の内を察する者など、何処にもいやしないのだから。

 

 

 ──彼女を除いて。

 

 

「…………」

 

 

 カンザトの横に立つ彼女は気がついていた。

 魔理沙を見る彼の心の内に、羨望と寂寥感が綯い交ぜになった感情がわずかに滲み出たことに。

 同居人が増えた日の朝もそうだったが、彼は、ふとした時に寂しげな表情を覗かせる。理由は分からない。それは、彼とひとつ屋根の下で暮らしても変わらなかった。一人暮らしによる寂しさかとも思ったが、それだけではない気がする。

 

 

「──かんざ……」

 

 

 あの朝と同じように、何か声をかけようとして──

 

 

「…………」

 

 

 やめた。

 今この瞬間、彼が慰めの言葉を欲しているのか、同情を求めているのか、それとも……愛情を注いで欲しいのか。未だ感情が不安定な自分では、それが分からなかったから。

 

 

「ん、なんか言った?」

 

「……ううん、なにも」

 

 

 いつの日か、自分が多くの情動に触れ、あまねく全ての感情を真に理解した時──

 その時は、彼がひた隠す感情に名前をつけ、寂しげな彼の渇望する言葉を贈ることが出来るのだろうか。

 

 冬の色が世界を染め上げる、衣替えの折節。

 古道具屋に漂う空気は冷えている。

 目新しい装いの能面少女は、仮面の裏に熱情を秘めて其の日を待ち望んでいる。




霖之助の会話は結構適当に書いてます(;´Д`)


【挿絵表示】

アンケートは物語の進行になんら影響なく、キャラのセリフが多少変わるぐらいなので気軽に入れてもらえると嬉しいです。一応この後3話分ぐらいの間は設けようかなぁと思ってます。もし選択肢以外で何かご意見・ご要望等あれば感想欄までお願いします。

こころの変装着は?(挿絵あり)

  • A.着物
  • B.パーカー
  • C.コート
  • D.とある学園の制服
  • E. >どうでもいい
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