今回、地の文とセリフの間を元々2行空けしていたのを基本1行にしました。2回改行するのが面倒くさくなってきたのと、スクロールした時に長すぎると思ったのが理由です。そのうち気分で戻すかもしれませんが、読みづらかったら申し訳ないです。
わざわざ命蓮寺まで来たのだから、前回同様に芳香の様子も見ておこうということで、カンザトとこころは共同墓地へ移動した。
裏の墓地に行くと言うと聖からは怪訝な目で見られたが、墓参りだと無理やり理由をつけると、それ以上追求してこなかった。触れてほしくない事なのかと思われたのかもしれない。カンザトは少々申し訳なくなった。
ちなみに、暇だからとこいしも付いてきている。
「うわ、こっちはもっとすごいな」
墓地には本堂前よりも高く雪が積もっていた。冬季は参拝者が少なくなることを見込んで、墓場の除雪は最低限に留めているのだろう。
足元に視線を向けると、靴が完全に埋もれていた。これでは奥にいる芳香と会うまでに疲れ切ってしまいそうだ。
「どうしたの? 早く行こうよ」
悠々と空中に浮かぶこいしが、大雪を前に立ち尽くすカンザトへ話しかけた。
「いや……軽く絶望してた」
「ぜつぼう?」
「この雪の中、奥まで歩くのは大変だなと思って」
これにて今日のタスクが完了ならいいのだが、後ほど神社まで歩く予定があるため、余計に体力を消耗したくない。往復に時間がかかって約束の時間に間に合わなくなる恐れもある。
「飛べばいいじゃん」
「俺は人間だから飛べないよ……」
「え? 人間でも飛べるのはいるよ? 赤い巫女とか」
「霊夢のことだよな? 霊夢は特別だよ……多分」
「ふーん」
特別と言ったが、実際のところ特異な力をもつ人間がどれほどいるのかは分からない。カンザトが知らないだけで、飛べる人間は周りにゴロゴロいる可能性はある。それこそつい先日知り合った霧雨魔理沙は、魔法使い然とした見た目通り空を飛べるかもしれない。
「カンザト、どうする? 歩いてたら時間に間に合わないかも」
こいし同様、浮遊するこころが尋ねてきた。
「うーん、でもなぁ」
カンザトの脳内にはもうひとつ心配事が浮かんでいた。
それは芳香の安否。この大雪の中、外に出されたままの芳香が埋もれてるのではないかということ。使役者である青娥が土の下に眠らせていれば杞憂で終わるのだが。
「私がカンザトを運ぼうか?」
ほれ、とこころは両手を前に差し出した。
もしや横抱きにするつもりだろうか。いわゆるお姫様抱っこだ。
この場にはこいしとこころしか居ないとはいえ、とてつもなく恥ずかしい。出来れば丁重にお断りしたい。
「遠慮しとく」
「心配ご無用! 私は人ひとりぐらいなら抱えていける!」
「い、いや、頑張って歩くんで許してください」
「そう……」
何故か残念そうに手を下ろした。
「結局どうするの?」
「ペルソナ出しながら歩く。多少は楽になると思うんだ」
こいしの問いにカンザトが答える。
しかし、ペルソナを出現させてもカンザト自身のスタミナが増幅するわけではないので、焼け石に水ともいえる。
「ねぇ、ペルソナの中に飛んでるものはいなかった?」
カンザトがペルソナを出すため踏ん張ろうとしていると、そこに何かしら閃いたこころが声をかけた。
「え? 何体かいるけど……」
「そのペルソナの背に乗るか、体に捕まって運んでもらえば?」
「あ、たしかに。もしかしたらいけるかも。こころ、頭いいな」
「ふふん」
こころは得意げに鼻を鳴らした。
この場面、大抵の人は笑みを浮かべて自慢げな表情……ドヤ顔をかますのだろうが、やはりこころの表情筋はピクリとも動かなかった。
「よし、じゃあ……」
カンザトが拳を握り力を込めると、全身から黄色の燐光が立ち昇り、カンザトのすぐ傍に奇妙な生物が現れた。
全体的に丸っこい体はフサフサとした毛で覆われており、そこから2本の触角、2対の極彩色の羽、鳥のような細長い脚が生えている。
その、見る人によって『不気味』や『可愛らしい』と印象が180度変わりそうなペルソナ『モスマン』は、赤眼をクリクリと動かしながら雪降る大地に降り立った。
「へー、これがペルソナかぁ。変な見た目〜」
初めてペルソナを目にしたこいしは、興味深そうにペルソナを色んな角度から観察している。
「じゃあ乗ってみる」
直立した状態では騎乗出来ないため、モスマンを前屈みにさせてから背中に乗った。
「……どう?」
「座りづらい。しかもなんか……自分の体に自分が乗ってるような……上手く表現出来ないけど、すごい変な感覚だ」
モスマンは人が乗れるような身体構造をしていないため、普通に座ってもずり落ちる。どこかに掴まりたい。
そう考えていると、モスマンの頭から生えている2本の長い触角が目に入った。
「これ掴むか」
カンザトがそっと触角に手を伸ばすと……
「……ん?」
それまで静かに垂れて動かなかった触角が、左右にゆっくりと揺れ始めた。
もしかして……イヤ、なのか……?
つい先ほど、こころからペルソナ自身の意思を感じないと聞いたばかりだ。まさかとは思うが……
しかし、その微細な動きが、ペルソナ自身の意思表示に思えてならなかった。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
ペルソナの意思を尊重するわけではないが、カンザトはモスマンの羽の付け根に手をかけた。
「なんか面白い見た目!」
「シュール」
「うん、まぁそれは仕方ない。じゃあ、ちょっと飛ばしてみるよ」
騎乗というより、ただしがみついているような珍妙な絵面は気にしないことにして、飛行を試みる。
カンザトが自分の飛ぶ姿をイメージすると、わずかに目線が高くなった。見ると、モスマンが両翼をゆっくりと羽ばたかせている。
「お、おぉ? コレ飛べてるよな?」
「飛んでる飛んでる。なんか……フラフラしてるけど」
「おぉ〜、すごーい」
掴んだ部位が振動しているため安定性は皆無だが、ひとまず浮くことは出来た。
『空を自由に飛ぶ』というのは誰しも一度は夢見ることで、カンザトも記憶にある限りで人生初めての飛行体験にじわじわと感動を覚えていたのだが……
「よ、よし。このまま動くぞ」
今まで二足歩行で地面を歩いていた者が思いがけず得た飛行能力。加えて己の半身に騎乗した状態という慣れない感覚。
そう上手くいくはずもなく──
「こ、これむずかし……うわあぁ!?」
ほんの少しだけ前進するつもりだったのだが、モスマンは地面の雪を巻き上げながら、凄まじい勢いで前方に飛翔した。
まるで暴走機関車。カンザトは必死にモスマンの体にしがみつくが、やがて世界がひっくり返ると共に、カンザトは強烈な浮遊感を覚えた。
「ぐふぅ!」
カンザトの体はポーンと宙に放り出され、背中から雪に突っ込んだ。
……空が、白い。
大の字になり雪に体を預けたまま現実逃避をしていると、こちらを心配そうに覗き込むこころの姿が視界に入った。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……じゃない」
「いきなり加速したように見えたけど、何があったの?」
「上手くコントロール出来なかった。はぁ、いきなり飛ぶのは無理があったかなぁ」
「でも……どうする? 素直に歩く?」
「まぁ、仕方ない」
当然、今から制御練習をする暇は無い。足元が悪い長距離歩行も訓練の内だと割り切るしかないだろう。
「ねぇねぇ」
2人してどうしたものかと頭を悩ませていると、いつの間にか近づいて来ていたこいしが口を開いた。
「飛ばなくてもいいんじゃない? そのまま歩かせれば?」
「あっ」
少し考えればすぐに思いつくことだ。言われてみれば確かに、と思った。
「……なるほど」
「……たしかに」
一見のほほんとしているこいしから的確な指摘をされるとは。カンザトとこころは同居しているせいか、思考パターンが似てきたのかもしれない。2人はなんともいたたまれない気持ちになった。
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作戦を変更して、カンザトはペルソナ『ベリス』を顕現し、赤い馬の背に乗った。元々騎乗している騎士は据え置きのため、カンザトは騎士の後ろに跨り、鎧の腰部分を掴んだ。つまり2人乗りの状態である。
「もう1人増えたみたいだね」
実際は1人の体なのだから、やはり珍妙な状況だ。
「私も乗ってみたいな〜」
「揺れるし、乗り心地悪いけどそれでもいいなら」
「……やめたー」
雪降る墓地を馬に乗った西洋騎士が駆け抜けるという、幻想郷においても異様な光景のまましばらく進むと、やがて開けた場所に出た。風景は前回訪れた時より様変わりしていたが、おおよそこの辺りに芳香がいた記憶がある。
「あれ? いない」
だが、芳香の姿が見当たらない。両腕を前に突き出しひとり佇む、屍少女は何処にもいなかった。
青娥が回収したのだろうか、それなら安心だ。
そう考えていたところ……
「いや……カンザト、あそこ」
何かを発見したこころが指を指す。
指し示した方向を見ると、周囲の均一に積もった雪の中、一箇所だけ人の高さほどに盛り上がった部分があった。
「……え。も、もしかして……」
嫌な予感がしたカンザトは、その雪の山に大急ぎで近づいた。
こんもりと盛られた雪は、目の前まで来てもなんら変化を示さない。
きっと切り株か何かがあり、局所的に積もったんだ。そう自分に言い聞かせ、カンザトは恐る恐る雪の中に手を突っ込んだ。
グニ
コートが濡れるのも気にせず両手で雪をかき分けながら掘り進めると、指先が何かに触れた。
「嘘だろ……」
この柔らかい感触は切り株などではない。
悪い予感が的中したと言うべきか。
カンザトは、屈強な肉体を持つ護法神『ゾウチョウテン』を顕現させ、共同作業で雪をどかした。
「おぉ、でっかーい!」
寺の敷地内で仏神の名を冠する存在を働かせるという、関係者が見れば苦い顔をしそうな所業だが、今は気にしている場合ではないだろう。
手先の冷たさなど気にも留めず腕を動かすと、すぐに雪の中から見知った顔が出てきた。
「芳香! 大丈夫か! 芳香!」
焦燥感に駆られたカンザトは、雪にまみれる宮古芳香の名を呼ぶ。
「芳香!」
しかし、芳香は目を閉じたまま呼びかけに応えない。既に死んでいるキョンシーとはいえ、寒空の下に放置されて活動停止しているのかもしれない。それは彼女にとって真の意味で死になりうるのか。そんなことが頭をよぎった。
「私も手伝う!」
非常事態だと気づいたこころが駆け寄ってきた。
「ぅ……」
「っ! 芳香、起きろ!」
芳香の口から呻き声が漏れた。
まだ生きている。
カンザトが芳香の肩を揺らすと──
「うぅ〜ん……起こさないでぇ……冬眠中で〜す……」
「は?」
カンザトの心配をよそに、芳香は間延びした呑気な声を発した。
「んぁ?」
そして、まるでスローモーションのように、ゆっくりと両目が開眼した。だらしなく口を開き、魂が抜けたような顔を晒す芳香を見て、カンザトは脱力感を覚えた。
「……ふぅ。芳香、大丈夫?」
「うぁー……」
芳香が生きて(?)いた事に安堵しつつ、カンザトはもう一度安否を確認した。
だが、やはり起きてすぐは脳が覚醒し切っていないのか反応は悪い。
とりあえず雪を全てどかして、目が覚めるまで待つか……そう考えていると──
「カンザト!」
ガチンッ!!
「うおぉっ!!?」
突然、芳香がカンザトの腕に向かって噛み付いた。
こころに呼びかけられ、間一髪回避出来たが、もし腕をそのままにしていたら、彼女の鋭い犬歯が肉に深く突き刺さっていたことだろう。
「う〜ん、むにゅむにゅ……」
獲物を喰らい損ね、無を咀嚼する芳香。
今さらになってカンザトは、無理に目覚めさせた事を軽く後悔した。
「……どうする?」
横に来たこころが危険物の取り扱い方法を尋ねてきた。
「…………まぁ、とりあえず出すか」
・
・
・
カンザトとこころ、そしてゾウチョウテンの3名で芳香の体の自由を奪っていた雪をどかした。その間、こいしは暇そうにその辺りを浮遊していた。
「うぉはよう!」
「う、うん。おはよう」
すっかり意識を取り戻した芳香は元気よく挨拶した。冬眠中と言っていたのは本当だったのか。
「芳香、俺のこと分かるか?」
「カンザト、だろ? 大丈夫、覚えてるぞ! 前言われたことも忘れてない!」
「そうか、良かった。なんで雪に埋もれてたんだ?」
「なんで……? なんでだろ。ボーッとしてたらいつの間にか寝てた! わはは!」
微妙に答えになっていないが、この場所でぼうっとし続けて、そのまま冬を迎えたのだろう。そして天より降り積もる雪など気にも留めず、芳香は眠りについた、と。
「寒くないのか?」
「全然寒くない!」
芳香の服装は秋頃と変わっていなかった。外気温は極寒じゃないが、普通の人間であれば凍死は免れない。
カンザトは芳香の手を握った。
……冷たい。
体は冷えきっているのに、彼女は寒さを感じていない。感覚神経が機能していないのか、耐寒の術をかけられているのか。それは判らないが、ほのかな体温も感じないため、彼女の体に血が通っていないことは確かだ。
「どうした?」
いきなり手を握ったカンザトに、芳香は不思議そうな表情を見せた。
「あっ、ごめん。本当に寒くないのかなって」
不気味なほど冷えた人肌に触れ、間違いなく宮古芳香は死体なのだと実感させられた。しかし彼女は喋り、動き、意思を持っている。生きた人間との明確な違いはなんだろう。
「雪に埋もれていた割には、なんともなさそうね。さすがキョンシー」
カンザトが悶々としていたところ、横にいたこころが感心したように呟いた。
「誰だお前?」
「やあやあ、我こそは感情を司る者、秦こころなるぞ」
「こころ……えーと、宮古……芳香です。ドーモこんにちは」
「どうもどうも。貴方のことはカンザトから聞いている。なんでも彼と激しい戦いを繰り広げたとか」
「ぁ……あの時の私はおかしかったんだぁ。許してくれぇ」
「責めてるわけじゃない。貴方もカンザトも、今こうして無事なわけだし、それでいいんじゃないかな」
眉を八の字に下げ自責の念に苛まれる芳香を、こころは優しく受け入れた。
「それに、人を襲ってしまうのは貴方の本能でしょう。仕方ないと思う」
「カンザトもこころも、優しいなぁ」
「……私もその気持ち、分かるから」
こころは目を伏せ、芳香に共感を示した。
その気持ち、とは何のことだろう。まさか人を襲う凶暴性に共感したわけではあるまい。
「良かったね、死んでなくて」
そのやり取りを見ていたこいしは、心のこもっていなさそうな平坦な声で言った。それもそのはず、彼女はカンザトに着いてきただけで、最初から芳香の心配などしていない。
「この娘にとって『死』って何だろうね。操ってる人が術を解く時かな? そもそもあるのかな?」
不意に、こいしが哲学的な事を言い出した。
普通に考えれば体が消滅するか、青娥が使役術を解いた時だろうが、それを芳香本人が死として認識するかは不明だ。
「芳香は自分のことを死を超越した戦士って言ってたけど」
「ふ〜ん、死を乗り越えたから、死んだけど死者じゃない……でも生きてもいない?」
キョンシーは術をもって死してなお現世に留まる、輪廻転生の理から外れた存在だ。つまり不死身の生物とも言える。その代償が知能の欠落なら、望んで成る者はいないだろうが。
「ねぇ、結局のところ……貴方はどっち?」
こいしが浮遊したままゆっくりと芳香に近づく。両手で芳香の頬を掴み、見下ろすようにして目線を衝突させた。漆黒の瞳が翠色を反射する。
「意志持つ生者か……自我無き亡者か。一度死んだ貴方なら、その答えを持ってるのかなぁ?」
「私、は……? ……うっ!?」
「芳香?」
芳香が目を見開き、わなわなと震え始めた。何かに怯えているような声色に聞こえる。
しかし、今……何かがおかしくなかったか。
「死、だと……!? だ、だめだ……それだけは……!」
芳香は顔を歪め、数歩後ずさった。
「ぅ……わ、私は……死ん、で……い、嫌だ! 我は……私は……い、生きて……成さねば……」
彼女は見るからに錯乱している。うわ言のように、途切れ途切れ言葉を発しているが、まるで要領を得ない。
そのままバランスを崩し、ぐらりと後ろに倒れそうになった。
「ぅ……ぁ」
「っ!」
カンザトは慌てて腕を伸ばし、芳香の体を抱きとめる。彼女の体は無機物のように冷たく、そして華奢だった。自分を死の淵に追い込んだ死神とは到底思えない。
「芳香! しっかりしろ!」
「わ、私は……死んだの……? じゃあ、私は誰……?」
「芳香……?」
一瞬、芳香の口から発せられた声が別人に聞こえた。
「ぅ……ここは何処なの……ひとりは、こわい……」
「…………」
声がか細くなった。
理由は分からないが、彼女は極度の恐怖状態に陥っている。なんでもいい。何か声をかけてやるべきだろう。
「芳香……大丈夫、大丈夫だ」
どう対処すべきか答えは出ないが、とにかく安心させようと試みた。
「君は今ここにいて、自分の考えを持ってみんなと話してる」
以前判ったが、芳香は案外理性的だ。心がないわけじゃない。しかし、それが仇となってしまったのか、彼女は孤独を感じている。
「君が誰か、なんて俺は言えないけど……間違いなく、俺はここで君と話してる。芳香は独りじゃないんだ」
ひとつひとつ言葉を丁寧に選び、口にした。孤独を覚えた自分に、霖之助が、針妙丸が、こころが……皆が手を差し伸べてくれたことを思い出しながら、優しく伝える。
「だから……怖がらないでくれ。君は今、生きてる」
もう一度、芳香の手を握った。己の熱が、少しでも彼女の凍えた心を温めるよう願って。
「……カン、ザト……」
「芳香、落ち着いた?」
芳香はカンザトの腕に抱かれたまま、瞼を閉じてぬくもりを求めるように身を寄せた。
「あったかい……」
温かいのは触れ合う体温か、それとも寄り添う心か。気温を感じないのなら、彼女が言っているのは後者か。
「芳香……何ともない?」
こころが倒れたままの芳香のすぐ側にしゃがみこんだ。
「いきなりどうしたんだろ?」
「こいしが変なこと言うからだろ」
「えーっ、私何も悪いこと言ってないよぉ」
こいしの言葉が引き金となり錯乱状態に陥った芳香……そうだ、それが先ほど感じた違和感の正体だ。
「芳香、もしかしてこいしが見えてる? 前は見えてなかったのに」
「みたいだね。今日はよくみんなに見つけてもらえるなぁ。ラッキーデイかな?」
人は日によって体調が変わるが、こいしもそういうことなんだろうか。そんな雑な考察が頭に浮かんだ。
「…………」
「芳香?」
こいしの姿が見えているか尋ねたつもりだったが、芳香は無反応。目を閉じ切り、未だカンザトに全身を預けている。
「……寝てる」
「え?」
こころが一言呟いた。
寝息は聞こえないが、確かに、脱力し切った芳香の全体重が腕にかかっている気がする。
カンザトが当惑していると、こころは芳香の胸に手を当てた。
「心臓、動いてない」
「はぁ!?」
「安心して。キョンシーとしての活動を停止したわけじゃない。魂は生きている」
取り乱しそうになるカンザトを、すぐさまこころが制した。
「多分……一時的に眠っているだけね。ここに来た時と同じく」
「よ、良かった……心臓に悪い」
こころは『魂』は生きている、と言った。つまり、肉体そのものは死んでいるが、宮古芳香という『個』は生きているのだろう。
しかし、肉体に宿る魂は彼女の生前のものなのか。青娥に術の概要を聞けば、その謎は解けるかもしれない。
わずかに、芳香の魂の脈動を感じた……
「というかどうしよう。青娥さん来るまで待つわけには行かないし……かといって呼びに行ってる時間もないし」
「うーん、また寝かせておくしかないんじゃない? 帰りにまた様子見に来ようよ」
「そう……だな。そうするしかないか」
芳香の寝顔は死人のように微動だにせず、生気を感じなかった。まるで彼女の肉体だけ、時が止まっているかのように思えた。
「でもこのまま放置はなんか……あ、そうだ」
カンザトは自分の手袋を芳香の両手にはめた。寒さを感じないのだから無意味な行動と理解していても、何かせずにはいられなかった。
「じゃあ私はこれを」
続いて、こころはマフラーを芳香の首に巻いた。こころも無意味だと理解しているはずだが、カンザトの意思に同調してくれたのかもしれない。
「こころ、ありがとう」
「なんで貴方がお礼を言うの?」
こころは心底不思議そうに言った。案外、芳香を心配していたのは自分だけじゃなかったのかもしれない。そう思うと、カンザトは嬉しくなった。
「なんでそんなことするの? 多分この娘、私たちと違って寒さ感じてないよ?」
対してこいしは空気の読まない発言をした。だが、幻想郷においてはそれが大多数の意見だ。何もおかしいことではない。
「あのなぁ、こういうのは気持ちなんだよ、気持ち」
「気持ち? こころちゃんは分かるの?」
「当然だ、私を誰だと思ってる」
「情緒不安定の変な妖怪」
「なんだとぉ!!?」
「また起きちゃうから静かにして……」
その場しのぎではあるが、防寒具を着けた芳香の背を樹木に預けさせ、墓地を後にした。
先ほどの怯えた様子を見てはこの場を離れるのが少し心残りだが、これ以上この場に留まってしまえば集合時間に遅れてしまうため、致し方ない。
「自分の考えを持って、か……ふぅん……」
戻り道、誰に言うでもなく発したこいしの呟きが、鈍色の空に溶けていった。
・
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「よいしょっと……芳香ちゃんごめんなさーい。今は外に出してたの忘れてたわ〜」
カンザト御一行が墓地を立ち去った直後。
地面に突如として大穴が空き、そこから身軽にひょいと青い邪仙が現れた。目的は可愛い部下の回収。回収というか、土に返らせるだけだが。
「私ったらうっかり……あら?」
雪に埋もれているだろう部下を探そうとして、驚いた。
「ふふ、随分とまぁ親切な人がいたものね。今度会ったらお礼しなきゃ」
今は無き霊廟の守護者、宮古芳香は孤独である。
ところが、現在は少し違う。
温かさを感じさせる暖色のマフラーと手袋が、彼女に寄り添う存在の証明になる。
眠りにつく芳香の口元が、ふわりと笑みを浮かべた気がした。
こころの変装着は?(挿絵あり)
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A.着物
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B.パーカー
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C.コート
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D.とある学園の制服
-
E. >どうでもいい