「じゃあ準備してくるから、それまで見て回ってきていいよ」
「りょーかい」
多少のハプニングがありつつも、粘土細工を完売させたカンザトは、見物客に能を披露するというこころと一度別れた。こころからすれば、このイベントの出番はそちらが本命だったのかもしれない。
奇怪な熊手が飾られた色とりどりの屋台を眺めながら、参道を練り歩く。
皆で除雪した甲斐あってか、参道は地面を踏める状態になっていた。雪かきをした日以降、晴天が続いたことも幸いした。これも博麗霊夢の幸運によるものか。
「らっしゃいらっしゃーい」
「師匠にもなんか買ってった方がいいのかなぁ……まぁ、いいか」
「ま、地上の催し物なんてこんなもんか」
「あー四季様の目を盗んで飲む酒は最高だな〜」
すれ違う来場者の容姿を流し見する。
縦に伸びた兎耳が目を引く、紫髪の兎少女。
桃の装飾が特徴的な丸帽子を被った青髪の少女。
着物風ドレスがよく似合う赤髪ツーサイドアップの長身女性。
改めて見ても、たくさんの人が神社に集まっている。人と妖怪の見分けはつかないが、夜に里の外を出歩いている点と赤蛮奇の発言から推測するに、おそらく大半が人外だろう。
そのような状況でも動揺することのない己を、「非日常に慣れてきたか」と他人事のように苦笑しつつ、何を購入するでもなく出口方面へ突き進んでいると、屋台の無い端まで来てしまった。
折り返そうとするカンザトだったが──
「……?」
足が止まり、視線は暗がりのある一点に注がれた。
屋台の裏に並び立つ木を背にして、煌びやかな祭りの光を見つめたまま佇む一人の女性がいた。
遠くにいて、その表情は伺えないのだが……
(なんか……悩んでる?)
カンザトは何故か、その女性が不安に囚われているように思えてならなかった。自分はいつの間にか、テレパシー能力にも目覚めてしまったのだろうか。
「あのー、どうかしましたか?」
「え?」
「あ、いや、なんか暗い顔してたので何かあったのかなって」
いきなり見知らぬ男に声をかけられた女性は、薔薇色の髪を揺らしながらカンザトへ顔を向けると、怪訝な表情を見せた。
しまった、と思った。
不安げな面持ちが気になったのは嘘じゃないが、特に理由なく話しかけたのでは単なるナンパ男だ。自ら話を振っておいてなんだが、早くも退散したくなった。
「すみません。なんでもな──」
「幸せが続くと、かえって不安になりませんか?」
カンザトの言葉を遮るように、女性は唐突に意味深な問いかけをした。
「えっと、それはどういう……」
「取り留めのない漠然とした不安なれど、
女性は胸元に咲いた薔薇の装飾を見つめながら、誰かに言って聞かせるように言葉を紡ぐ。
「この成功続きの酉の市だってそう。沢山の人で賑わい笑顔に溢れているけれど、3日目の今日が無事に終わるとは限らない。何か不測の事態が起こるかもしれない」
カンザトは何も返答出来なかった。
根拠の無い不安にどう答えればいいのか分からなかったこともあるが……
「私はそれが、不安なんです」
それよりも、彼女が嘘偽りなく、本心から現状を心配しているのだと感じたからだ。軽い気持ちで肯定も否定も出来ないと思った。
「……ごめんなさい。盛り下がるようなことを言って。私の言ったことは忘れて、お祭りを楽しんでください」
女性は明らかな作り笑いを浮かべた。
会話慣れしていないカンザトは、この場において適切な励ましの言葉が思いつかなかった。
「じゃあ、これを差し上げます」
だから、言葉ではなく物で返そうと思った。
カンザトは試作品として持っていた粘土細工をカバンから取り出して、女性の前に差し出した。
「えっと、これは?」
「お守りみたいなものです。何の力もない気休めだけど、いや、気休めだからこそ……貴方の小さな不安に親身になってくれるかもしれない」
女性はカンザトからとぐろを巻いた蛇の粘土細工を受け取ると、自身の手のひらに置いて目線を向けた。
「それに、えー……なんか可愛くないですか? 見ててちょっと楽しくなるっていうか……これで少しでも気分良くなったらいいなー、なんて……」
しかし、喋っているうちに「自分は何を言ってるんだ」という気分になってきた。突然話しかけてきて謎の小物を取り出し、スピリチュアルな説明をする人物など、我ながらかなり怪しい。
「すみません、変なこと言いました」
「……」
最終的に、恥ずかしくなり発言を撤回した。
女性は呆気にとられた様子でカンザトを見ている。
「ぷっ、あはは……たしかに可愛いかも」
かと思えば、小さく吹き出して笑いだした。
笑顔になってくれたのは良かったが、気をつかってくれたのかもしれない。
カンザトは自身の顔面が熱くなるのを感じた。
「私が暗い顔してたから、気にしてくれたんですよね」
「ええ、まぁ」
「ありがとう、心優しい御方。今日は怪我をしないよう、充分に気をつけて下さい」
「え、はい。ありがとうございます……?」
2つのシニヨンキャップを付けた女性は背を向けて去って行った。まるで何かを予知しているかのような物言いを聞いて、カンザトは形容しがたい不思議な感覚に包まれた。
・
・
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その後は、魔理沙がマジックアイテムなるもの(ガラクタと言いかけていたが)を叩き売りしていたので挨拶がてら見物したり、羽の生えた妖怪が開く屋台にて香ばしい香りをくゆらせる八目鰻串(普通のウナギと違うのか?)を購入し、舌鼓を打った。
「……!」
とても美味しい。じわじわと気力が回復していくように感じる。
腹ごしらえも済んである程度時間が潰せたため、こころが指定した場所に向かうと、人だかりができていた。
何事かと思い中心を見やると、両手に扇を持ち、背筋を真っ直ぐに凛として立つこころがいた。
どうやら、まさに今演目が始まるようだ。間に合って良かった。
「今日はお祭りということで、幽霊楽団の御三方に協力していただき、演目『
「どうもープリズムリバーでーす」
幽霊楽団と紹介された3名の少女が軽く挨拶した。
(……え、幽霊?)
霊が天敵のカンザトはそのグループ名を聞いて、己の耳を疑った。だが、3人の体は透けているわけでも、足が無いわけでもなく、一見して普通の少女だ。
なので、そういう名前なだけだと思うことにした。きっとその方が幸せだ。
こころが背後に陣取る楽器隊に目で合図を送る。
3人が首肯で応えると、こころは観客に向き直り、そっと右足を一歩前に踏み出した。
その動作により、騒がしい境内の中、この場だけがシンと静まり返った。
今より、夏の宗教大戦を題材にした演目『心綺楼』が幕を開ける。
・
・
・
「漆の如く黒い魔女はがむしゃらに吼え、紅白に染まりし巫女と対峙しました。二人は馴染みの仲なのですが、決闘の場においては話が別。欲を滾らせ、容赦なく襲いかかったのです。
『お前の賽銭と人気、全て盗んでやるぜぇい!』
『アンタにやるぐらいだったら私が全部使い切ってやるわァ!』」
語り口調で宗教家達の活躍が面白おかしく語られる。大袈裟な演技と大仰な動作を見た観客達はしばしば笑い声を漏らす。
ちなみに、カンザトはしっかりとした場所を設けての能を初めて見る。自宅で何度かこころの練習を見させて貰ったが、今は祭りの雰囲気も加わり、より魅力的に感じた。
しかし、能楽とはこういうものだったか。
もう少しなんというか、小難しい言い回しをするイメージを持っていた。この演目は日常会話のように口語体で演じられており、とても分かりやすくなっている。そのため、能というより、落語に近い印象さえ受ける。
また、演奏は笛や鼓などの和楽器を使うイメージだったが、幽霊楽団は洋楽器を奏でている。
実際に能楽を観賞した経験はないため下手なことは言えないが、日本の伝統芸能とはかけ離れている気もする。
だがしかし、そういったところも含めて『特別版』なのだろうし、なにより観客のウケは良さそうなので、この疑問は重箱の隅をつつくようなものなのだろう。
『ほれやっちまいな雲山! 間抜けの高そうな皿をいちま〜い、またいちま〜いと叩き割ってやるんだよ!』
『へい姐さん、お任せくだせぇ!』
『おわああああ!!! 我の大事な大事な皿があああああああああぁぁぁ!!!!』
こころがバタバタとへんてこな動きで、どこかで聞いたような口調の台詞を口にすると、ドッと笑い声が起こった。本体の挙動に呼応するように、浮遊する能面達も慌ただしく踊っている。
〜 その頃、どこかの道観 〜
「ぅぇっくし!」
「うわ、きたなっ」
「誰かが我のことを噂している気がする!」
「誰もお前のことなんて気にしてないから安心しろ。民が注目しているのは太子様ただ一人だ」
「んなこたないわ! きっと弟子が稽古をつけて欲しいと思ってるに違いない!」
「はあ?」
「むふふ、しようがない男よ。近く、奴の家に寄るとするか!」
「その弟子に負けたと聞いたが?」
「んなっ!? お、おい屠自古! それを誰から聞いた!」
「太子様だが。意気揚々と出かけたと思えば、一番弟子との手合わせで無様に敗北し逃げ帰ってきたと。挙句の果てには罰として地底へ同行することになったらしいじゃないか」
「お、おおぉ……た、たたた太子様〜〜〜!!!」
「やかましい……」
〜〜〜〜〜
芝居の鑑賞に集中していると、横にいた観客の声が聞こえてきた。
「なんか、前よりも声に感情が乗ってる気がするな」
「そうか? 俺にはよく分からんが」
「きっと日々進化してるんだよ。あの能楽師は」
どうやら、以前よりもパフォーマンスが良くなったらしい。前回を知らないカンザトは比較出来なかったが、こころは感情を学ぶため日々努力している(と本人が言っていた)ため、その予想は正しいのだろう。
そんな事を考えつつ、舞に注目していると……
こころと目が合った。
器用なことに、体全体を動かしながらも目線は逸らさず常にこちらを捉えている。何か応えた方がいいのだろうか。
特に反応しないだろうと思いながらも、カンザトは控えめに手を振った。
すると──
(……ん?)
本当に、本当に少しだけ……
目元を綻ばせた、気がする。
(笑った? ……いや)
気のせいだろう。今まで一緒に過ごしてきて、こころが自然に口角や目尻を動かして笑う場面など見たことがない。無理やり口角を上げて、張り付けたような笑みを浮かべることはあったが。
そもそもこころのいる場所まではそれなりに距離がある。そして昼と違い、光量の少ないこの舞台。アフリカの遊牧民族でもなければ、そんな環境で表情の微細な変化を見極めることなど出来やしないだろう。
(自意識過剰かよ……恥ずかし)
それにしても今日の自分は変だ。
先ほどは名も知らない女性の悩みを察知し話しかけて、現在はこころが自分に笑いかけたと思い込んでいる。
祭りの熱気にあてられて都合のいい勝手な妄想をしているのだとしたら、恥ずかしくて目も当てられない。穴があったら入りたい。
「──以上です。ありがとうございました」
気がそぞろになっているカンザトをよそに、演目は能楽師の一声とお辞儀により幕を閉じた。周囲に拍手の波が広がる。
こころは喝采を身に染み渡らせるかのように深呼吸すると、もう一度お辞儀をしてから、後ろにはけていった。
「続けて私たちのライブ! まだ帰らないで見てってねー!」
・
・
・
少しだけ騒霊ライブを見てから控え室代わりの住居スペースに向かうと、身なりを整えたこころが丁度外に出てきた。
「おつかれ」
「ありがとう。私の舞台はどうだった?」
「めっちゃ良かった! 演技は上手くて内容も面白かったし、なんか惹き付けられた」
「そう……嬉しい」
真顔のまま話すこころ。一見喜んでいるようには見えないが、彼女は基本的に嘘をつかないため、本心から舞台の成功を嬉しく思っているのだろう。
「ほぼぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった」
「へ? ぶっつけ本番?」
「うん。幽霊楽団と合わせたのは今日が初めて。本当なら私とは別に演奏する予定だったんだけど、話してたらいつの間にか一緒にやることになってた」
「えぇ……よく出来たな」
それは相当に無茶したなと、苦笑してしまった。
こころは舞台の成功を喜ぶより、無事終わったことに安堵していた。
「私も難しいと思ったんだけど、あっちが私の動きに合わせるって言うから。それで練習してみたら、案外良くて」
それは動揺せず最後まで自分の演技を貫き通したこころが凄いのか、即興で合わせた幽霊楽団の3名が凄いのか。
「お客さんも楽しんでくれたみたいで良かった」
「そうだな。皆絶賛してたよ」
「貴方は?」
「え? さっき言ったじゃん。面白かったよ」
「元気になった? ハッピー?」
「う、うん? 元から元気だけど……」
「……ならいい」
そう呟くと、こころは背を向けて歩き出した。
「俺、元気なかった?」
「そういうわけじゃないけど、さっきの妖怪に怒られて落ち込んでないかなって思ったの」
立ち止まり、首だけをわずかに動かして肩越しにカンザトへ視線を送った。
なるほど。演目中に見つめてきたのはそれを気にしての行動だったか、とカンザトは思った。
「そっか、気にかけてくれてたんだな。俺なら大丈夫……はさっきも言ったか」
気落ちしていないのは本当だが、「大丈夫、気にしないで」といくら言ったところで上辺だけの言葉にしか聞こえない。ならば、今はこころの話に乗った方がいいかもしれない。
「たしかに赤蛮奇さんの言ったことは気になってたけど、能を見てたら気にならないぐらい楽しい気分になったよ」
「本当?」
「ホントホント。てかこころなら聞かなくても分かるんじゃないの?」
「まぁ……」
だが、感情を読めるとはいえ、言葉にしなければ伝わらない想いもあるだろう。
「いや、こういうのは言葉にした方がいいよな。俺はもう、こころのおかげでバッチリ元気だ。ありがとう」
「どういうところで元気出た? 具体的にどうぞ」
「え? あー……登場人物の話し方が特徴的で面白かったところ、とか」
「もう一声」
「もう一声!? え、えーっと……あ! あの皿仙人って布都さんのことだよな。あのシーンとかついつい笑っちゃってさぁ」
「さらにもう一声〜♪」
「また!? えー……あとは……」
「ごめん、冗談。ちゃんと見ててくれたのね。嬉しいわ」
「なんだそりゃ……」
落ち込んでいないか気にしているという話はなんだったのか。途中からは、ただ感想を聞きたいようだった。
「感想なら、家帰ってからいくらでも話すよ」
「うん、お願い。お客目線の意見を聞いて、より良くしていきたいから」
「向上心あるな」
「ふっふーん、私はいつだって向上心の塊だよ」
こころは両手を腰に当てて胸を反った。今にも頭から音符が出そうだ。
「この後どうする?」
「屋台を見て回りたい。貴方と」
考えるまでもないと言わんばかりに、ハッキリと希望を告げた。しかし、こころが自ら何かをしたいと言うのは珍しく感じた。
「了解。行こうか」
・
・
・
「──ってことがあってさ。なんかを知ってるみたいで不思議な人だったよ」
「へぇ、変な人だなー」
「おぉう、バッサリ言うな……」
二人で出店を見て歩き、さてそろそろ帰宅しようかと話していた頃──
不意に、煙の匂いがした。
「なんか焦げ臭くないか?」
「……たしかに」
出店の食べ物が焼ける匂いではなく、木材が燃焼しているような臭い。気づけば、視界に漂う白いモヤの量が増している。
「お、おい! 熊手が燃えてるぞ!」
直後、遠くから聞こえた誰かの焦り声が鼓膜を震わせた。
驚き周囲を見渡すと、ひとつの屋台に飾られていた熊手が炎を纏いメラメラと燃え上がっていた。
さらに、炎は提灯の吊るされた紐を伝って、他の出店にまで燃え広がっている。
見る見るうちに火の手は拡がり、あちこちから赤い炎が上がる。
「ヤバい……!」
カンザトは咄嗟に消火しなければと考え、悪魔の力を得た冬と霜の妖精『ジャアクフロスト』を顕現させた。
『ヒーホー!』
「!?」
青い燐光を伴い現れたジャアクフロストが、鳴き声のようなものを発した。今までペルソナが声を発することはなかったため、突然のことにカンザトは驚きを隠せなかった。
だが、今集中すべきは火災の制圧だ。カンザトは瞬時に意識を切り替えて氷結魔法を放とうとする。
だが、動揺する客の声を聞き、直前で踏みとどまった。
(人が多すぎる……!)
火の近くには未だ逃げ惑う人々がいる。このまま魔法を放っては、彼らに直撃してしまう恐れがある。火だけを狙って的確に当てるには、精神をすり減らすほどの集中力を要する。
同様に、秦こころは逡巡していた。
自分に火を消す手段は無いが、どうにかしなければ。能を披露する場を与えてくれた神社を守らなければ、と。
「消さなきゃ!」
迷った末、こころは火元へ駆け出した。
「こころ! ダメだ!」
危険だと止めようとするが、制止の声もむなしくこころは離れていく。
猶予はない。早急に覚悟を決めるべきなのか。
「くっ……!」
一度引っ込めた冬妖精を再度呼び出そうとした、
次の瞬間──
「雷……!?」
轟音と共に、雷が降り落ちた。
白き稲光が灰色の空を奔り、夜にも関わらず上空が明るく照らされる。
続けざまに大粒の雨が地面に降り注ぎ、たちまち火の手は勢いを失っていった。
まさに青天の霹靂。これは単なる幸運なのか。
仕組まれたかの如くタイミングの良い降雨に、何かの意思を感じずにはいられない。
見物客の戸惑う声は、いつの間にか消えていた。
突然の出来事に声も出ないのだろう。
カンザトも同じだ。
立ち尽くし、茫然と天を仰いでいると……
「……!」
曇天の夜空、割れた暗雲のその先。
雷雨を呼び、空に虹の軌跡を残す。
森羅万象を創造し、破壊する神的存在。
──天高く昇る、龍の影を見た。
・
・
・
「結局、霊夢は祭りで稼いだお金を全部修繕費に使っちゃったみたい」
「うわ、かわいそ……落ち込んでた?」
「それはもう」
最後の最後で一波乱あった酉の市から数日後。
カンザトとこころは自宅にて、粘土細工を作製しながら雑談していた。
「こーんな顔してた……悲しいよぉ……シクシク……」
「……」
こんな顔と言われても、表情は全く変わらないから霊夢の落胆具合はよく分からない。
「まぁ、でも私たちの商品は完売できて良かったね。霊夢には悪いけど」
「そうだな。意外とウケよかったし」
「里の人達にも気に入ってもらえるといいね」
「今度は例の作戦を実践する予定だけど……上手くいくかな」
例の作戦……霖之助が提案した『有名人の肩書きを利用しよう作戦』は、酉の市において実行しなかった。商品を揃えるので精一杯だったことと、祭りではそんなことをせずとも賑やかな雰囲気に煽られて衝動買いする客が一定数いるだろうと予想したことが理由だ。
「いけるいける。森近さんの自信と霊夢の人気を信じましょう」
「だな……ま、今から心配しても仕方ないか」
「絵は?」
例の作戦第2号『ついでに絵の依頼を受けてガッポガッポだぜウハハ作戦(魔理沙命名)』はどうするべきか。
「……どうしよ」
「まだ迷ってるの? やろうよ」
「いやぁ、正直自信ないし、俺が描いた絵を他人に見せびらかすのもまだ抵抗あるんだわ」
「いいからやるぞ!」
「なんでこころがそんな乗り気なのさ」
「趣味で皆を喜ばせられるって、素晴らしいと思わない?」
「こころみたいに?」
「そう。私みたいに」
たしかに、ただの趣味だったものが人に求められ、お金を払うほどの価値があると思われることは喜ばしい。趣味が趣味の域を超え、純粋に楽しめなくなる恐れがあるとか、そういった話は一旦隅に置いといて。
「まぁ、それはたしかに嬉しいかも。でもなぁ……」
なおも躊躇うカンザトに痺れを切らしたのか、こころは突然立ち上がった。
「しょうがないなぁ……」
「どうした?」
「また私の新生能楽で元気にしてあげる。今度は貴方ひとりへ送るプライベートコンサートだよ。さぞ嬉しかろう」
「えっ? あぁうん」
「なんだその反応は。人気絶頂期の舞姫と懇意な貴方だけの特権だよ? ほれ喜ばんかい」
「それ自分で言うか? 嬉しいけども」
「えー嬉しいんだぁ。てれてれ」
「自分で言ったんじゃん!」
「ではでは、此度の演目は『心綺楼』から、迷いを捨て悟りの境地を目指す尼僧による、全てを拳で解決する爆走世直し列伝でございます」
「なんか凄いのきたな……」
これはこころからの、恐れや迷いは笑って蹴っ飛ばせというメッセージなのかもしれない。とはいえ、普段フィーリングで行動していそうな彼女がそこまでの考えを持っているかは不明である。
「終わったら感想よろしく〜〜」
やっぱり考えてないかもしれない。
幻想郷の冬本番。
暦は師走へと突入し、世間は年の終わりへ向けて慌ただしく動き出す。
外来人の青年と面霊気の少女は、路上販売へ向けて着々と準備を進めていた。
『我、御仏の使いなり。人心乱す邪教は
遊んでる暇あるのかとか、多分言ってはいけない。
前回と今回の話は、東方茨歌仙20話と同時期のイメージ。
こころの新生能楽『心綺楼』について
鈴奈庵にて「意味のわからなかった伝統芸能としての娯楽ではない新しい時代の能楽」と書かれているので、実際の能楽と違い落語や演劇に近い感じなんじゃないかと想像して、かなり砕けた内容にしました。現実の能っぽい台詞なんて書けないので……落語も分かんないですけど。
(アンケート用挿絵)
【挿絵表示】
こころの変装着は?(挿絵あり)
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A.着物
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B.パーカー
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C.コート
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D.とある学園の制服
-
E. >どうでもいい