PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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哀情分かつ、あなたと。

 ここは人里、商店街の隅。

 日頃は誰も気に留めない空きスペースに、今日は珍しく十数人の里の住人が集まり賑わっていた。

 

「これと、この猫を下さい」

 

「ありがとうございます! 直接お渡しします」

 

「お嬢ちゃん、これまとめて買ったら安くならねぇかい?」

 

「そうですね……ここだけの話、3つ以上のお買い上げでお安くしときますよ」

 

 その場において目を引くのは、里では見慣れない外套に身を包んだ男女一組。特に少女の方は、目を見張るような桃色の髪が際立って目立つ。

 だが、それらを指摘し、騒ぎ立てる者はいない。

 なぜなら、何を言わずとも大半の住人が「彼らは外来人だろう」と、風変わりな格好の人間はおおよそ外からの来訪者だろうと、察していたからだ。

 未知の外界から来た人間が、路上で何かを販売し始めた。なんとも怪しいことこの上ないが、娯楽に乏しい里においてはそれだけで話題になるうえ、惹かれるものがある。

 

 冷やかし気分で実際に見に行ってみれば、案外作りがいいし、博麗神社の巫女お勧めの品だというじゃないか。馬鹿正直に信じる訳ではないが、多少警戒心は薄れる。さらに『オーダーメイド似顔絵サービス』なるものも請け負っているらしく、聞けば、自分好みの人物画を製作してくれるという。

 

 ほお、そりゃあいい。来年から寺子屋に通う息子でも描いてもらおうかな。子供の成長は実に早いもんでな、知らん内にあっという間に大きくなるから、今のこーんなちっこい姿をいつでも思い出せるよう記録に残したいのよ。この前なんかよ……あ、次の客が待ってるからよけて欲しい? あぁわりぃな、ついつい話し込んじまうところだった。じゃあ兄ちゃん、一週間後な! 

 

 ──とまあこういった様に、想定よりも住人からのウケはよく、客が来なくて暇を持て余す最悪の事態にはならなかった。

 直接客の口からは聞けないので、例の付加価値によりどれほど購買意欲が促進されているかは不明だが、事前の宣伝もあってか、冷やかし目的でも見に来る者は多い。

 売れ行きは酉の市で販売した時と似たようなもので、飛ぶように売れるまではいかないものの、おおむね予測通りといったところだ。

 

 また、当初はたいして依頼が来ないだろうと考えていた肖像画制作だったが……

 

「すみません、この似顔絵サービスっていうの、お願いできますか?」

 

「あ、はい! ではお名前とご住所、希望日をここに──」

 

 意外にも申込が多かった。横に見本として設置している、知り合いの絵が貼り付けられた木の板のおかげかもしれない。

 というより、多すぎるぐらいだ。一日に片付けられる件数は限られているため、残り3週間余りの本年は指が筋肉痛を訴えるまで絵を描くことになりそうだ。

 これが嬉しい悲鳴というやつか……とほほ。

 

 これは後から霖之助に聞いた話だが、人里には芸術を生業とする者が少なく、また、カメラなどの記録を残せる媒体が普及していないため、家族写真代わりにサービスを利用する客が多いのだという。

 これを見越しての計画だったのかと、カンザトは森近霖之助の冴え渡った知略を尊敬せずにはいられなかった。

 

 それにしても……

 

「あらお嬢ちゃん、お洒落な格好してるわね。横結びの髪も可愛らしいわ」

 

「ありがとうございます。これは喜びの表情♪」

 

【挿絵表示】

 

 どういうわけか、こころの正体はバレていない。気づいた上で見て見ぬふりをしているのか、里の中に白昼堂々妖怪がいるわけないという正常性バイアスが働いた結果なのか、はたまたシンプルに勘が鈍いだけなのか。能の公演で姿を認知している人は多いはずなのだが、まさか服装と髪型を変えただけで変装に成功してしまったというのか。

 明確な理由を聞けるはずもなく答えは出ないが、なにはともあれ騒ぎにならなくて良かった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「やあ、調子はどうだい?」

 

「あ、森近さん。まあまあですかね」

 

 客足がある程度落ち着いてきた頃、霖之助が様子を見に来た。

 

「ふぅむ、そうか……客の反応は?」

 

「だいたい好印象です。やっぱり霊夢の名前使ったのが良かったかもしれないですね」

 

「信頼性や効力を聞いてきた者はいたかい?」

 

「いえ、ただの粘土細工として売ってるのでそういう人はいなかったです」

 

「だろうね。それで正解だ。実際聞かれても、何の手も加えていないのだから答えられるはずもない」

 

「あ、でもどこらへんが霊夢のオススメなのか聞いてきた人はいましたね」

 

「君は何と?」

 

「かわいいところって答えました。聞いた人、それだけ? って感じの顔してましたけど」

 

「はは、まぁそうだろうね。だが事実だ。霊夢もそれぐらいしか言ってなかったことだし」

 

 許可取りした日の数日後、霊夢に完成品を見せに行ったところ、「へぇ、かわいいじゃない。お、意外と作りも丁寧」とコメントをくれた。客が期待するような高尚なお言葉は残念ながら無い。

 

「似顔絵の方はどうだった?」

 

「思ったより頼む人が多いですね……そっちの方が収入になりそうな勢いですよ」

 

「それは……素直に喜ぶベきか悩ましいな。金にはなるが、これから忙しくなるだろうな」

 

「なんとか年明けまでには片付けたいですけど」

 

 これからの多忙を思い苦笑いしていると、こころが霖之助に近寄った。

 

「森近さん森近さん。貴方の店で買ったこの服、お客さんに褒めてもらった」

 

「それは良かった。良くお似合いだよ。また入荷したらお報せしようか」

 

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 こころが喜んでいるならこちらも嬉しいのだが、決して安い買い物ではない。

 悪いが何着も欲しいなら、こころのポケットマネーから使ってもらおう。そうだ、それがいい。

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、黄色い道行を着た少女が近づいてきた。

 

「こんにちは。言われた通り見に来ましたよー」

 

「小鈴ちゃん。来てくれてありがとう」

 

 先日約束した通り、小鈴が顔を出してくれた。

 同行者の姿はなく、一人で来たようだ。

 

「あれ……」

 

 小鈴の視線が横にいるこころに注がれる。

 

「え、こころさん、ですよね……?」

 

 カンザトは、「ま、だよな」と思った。他の客が指摘しないので感覚が麻痺していたが、やはり顔見知りには見破られる。

 

「チガウヨー、ワタシココロジャナイヨー」

 

「え、でも」

 

「私は謎の仮面美少女である。秦こころなど知らんな。人違いで候」

 

「私、姓までは言ってないんですけど……」

 

「……オーマイガー。拙者、一生の不覚」

 

 なんだそのキャラは。

 小鈴も困惑して、不安げな顔を向けてきた。

 

「カンザトさん……大丈夫なんですか?」

 

「今のところ小鈴ちゃん以外にはバレてないかな……たぶん」

 

 とはいえ面識のある小鈴がすぐに気づいたのなら、他にも勘づいた者がいるかもしれない。悪評を流されないといいが。

 

「大丈夫じゃないかな。彼女が妖怪だと勘づけば、もっと騒ぎになるはず。仮に疑う者がいたとしても、確信には至らず半信半疑にしかならない。ならば、むしろ堂々としていた方が怪しまれないと僕は思うよ」

 

「たしかに。小鈴ちゃん、同じようなこと頼んで悪いんだけど、こころの事は秘密にしてくれないかな」

 

「あ、はい。構いませんけど……」

 

 そこで、小鈴は霖之助の存在に気がついたようだった。

 初対面だろうから、紹介した方が良さそうだ。

 

「この人は森近霖之助さん。今やってる路上販売のことで、色々と手伝ってくれてる」

 

「紹介にあずかった、森近霖之助だ。よろしく」

 

「よろしくお願いします。本居小鈴です」

 

 小鈴が会釈すると、鈴の髪飾りがチリンと鳴った。

 

「本居……記憶が正しければ貸本屋の……」

 

「知ってるんですか?」

 

「いつの頃か忘れたが、外来本を見に行った覚えがある。貸本屋は珍しいから、記憶に残っているよ」

 

 カンザトの問いに、霖之助は記憶を掘り起こすように指で頭を押さえながら答えた。

 それはいつの話なんだろう。鈴奈庵は小鈴が生まれるよりもっと前から営業しているだろうから、相当に昔の可能性がある。

 

「……」

 

「そんなに人の顔を凝視して、どうかしたかい?」

 

「あっ、いえ! なんか、普通の人とはちょっと違う感じがしたので……失礼しました!」

 

 小鈴の発言を聞き、霖之助の眉がわずかに持ち上がった。カンザトも同様だ。

 霖之助はひとつ咳払いすると、手を横に振った。

 

「……気のせいだろう。僕のことより、カンザトくんの粘土細工を見ていくといい」

 

「色々あるから、見てってよ」

 

 小鈴は丁寧に並べられた粘土の生き物たちをしげしげと眺め始めた。やがて視線は紙に書かれた『博麗の巫女おすすめ』の字に行き当たる。

 

「博麗の巫女おすすめ……霊夢さんのお勧めってことですか?」

 

「まぁ、一応」

 

「カンザトくん。そこは自信を持って言わなければ」

 

「あぁ、そうですよね……」

 

「へ〜……ふーん……」

 

 何か思案している様子の小鈴を見て、カンザトは気にかかっていたことを尋ねた。

 

「どう?」

 

「え?」

 

「欲しくなる?」

 

「そうですね……霊夢さんが勧める物なら、優良品ってことになるのかな。それなら欲しい、かも?」

 

 やはり、狙い通り前向きな心理に繋がるらしい。

 カンザトは、後日改めて霊夢へ感謝を伝えることを脳内スケジュールに入れた。

 

「う〜ん……」

 

 手のひらサイズの商品を次々と手に取る小鈴。そのうち、まんまるな体が愛らしい狸の粘土細工をカンザトの前に差し出した。

 

「じゃあ、このタヌキをください!」

 

「はーい。あ、じゃあそれはサービスってことで、小鈴ちゃんにプレゼントするよ」

 

「え? ちゃんと払いますよ!」

 

「いつもお世話になってるし、遠慮しないで」

 

「いやいや悪いですって!」

 

「うーん、じゃあクリスマスも近いし、ちょっと早めのクリスマスプレゼントってことで」

 

「クリスマス……ってなんでしたっけ」

 

「聖誕祭と呼ばれる、キリストの誕生を祝う日だ。本来なら宗教的に大きな意味をもつ祭典だが、世間一般の認識としては聖ニコラウス……サンタクロースが夜な夜な空を駆けて世界中の子供たちに贈り物を大盤振る舞いし、人々はそれにかこつけて騒ぎ盛り上がるイベントとなっている。たしか以前、天狗の新聞でも紹介されていた気がするな」

 

 さすが知識の集積に貪欲な生ける知恵袋。微妙に誇張表現があったような気もするが、頼むよりも早く百科事典のような解説をしてくれた。

 

「あぁ、言われてみれば話題になってたような……でもカンザトさんはそのサンタクロースじゃないですよね? 代理ですか?」

 

「幻想郷ではどうか知らないけど、外だと友達同士とかでもプレゼントあげたりするんだよね。だから今回は俺が小鈴ちゃんにクリスマスプレゼントをあげるってことで」

 

「へー、そうなんですか……ん? 外?」

 

「うん、幻想郷の外ではね」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 小鈴とカンザトは互いに顔を見合わせて、疑問符を浮かべた。

 

「……君達の関係は分かりかねるが、小鈴くんは君が外来人だと知らないんじゃないかい?」

 

 見かねた霖之助に問われ、カンザトはハッとした。

 

「そ、そうでした。小鈴ちゃん、実は俺、ちょっと前に外の世界からこっちに来たんだよね」

 

 その事実を告げられて尚止まっていた小鈴の時が、脳が内容を理解すると同時に動き出した。

 

「えっ、えぇ──っ!!? カンザトさん外来人だったんですかぁ!?」

 

「あと記憶喪失」

 

 追い討ちとばかりにこころが補足した。

 

「えっ、きお……!? ちょっと待って……」

 

 予告なく唐突に明かされた友の仰天プロフィールに、小鈴は見るからに狼狽しているようだった。これに関しては、度々会話しておきながら全く明かさなかったカンザトが悪い。

 

「ごめん……言うタイミング無くて」

 

「……」

 

「小鈴ちゃん?」

 

 頭がパンクしているのか、小鈴の反応は悪い。

 

「大変なんですか? 記憶喪失」

 

「大変、かな。今は記憶を直す方法を探してるところなんだけど」

 

 心配させてしまうかもしれないが、ここで変に隠すのは違うだろう。カンザトは正直に話すことにした。

 

「私、悲しいです」

 

 すると、小鈴は眉を寄せて、何かを訴えるようにカンザトの顔を強く見つめた。その瞳には明らかな悲しみと、ほんのわずかな怒りがこもっていた。

 

「カンザトさん、私のこと友達だって言ってくれたのに……そんな大事なこと隠してたんですね」

 

「……え」

 

「私はなんの力にもなれないでしょうけど、カンザトさんが何か困ってるなら、知りたかったです。話して欲しかったです」

 

 隠しているつもりは無かったが、何度も話す機会がありながら、ことごとく見逃してきたことも事実。

 

 ……いや、今思うと、無意識に「自分がいない」という負の面をさらけ出すことを躊躇い、純粋な小鈴には格好良く思われたいと願ったのかもしれない。

 

「俺は……隠すつもりなくて、ただいきなり言ってビックリさせたくなかった……っていうのは言い訳か。本当にごめん」

 

 気が重い。真っ直ぐに見つめてくる彼女の目が見れない。自分への評価を下げずに彼女の機嫌を良くするためにはどうすればいいかと、つい保身的に考えてしまう。自分はどこかでコミュニケーションを誤ってしまったのだろうか。

 

「……」

 

 カンザトの事情を知り、彼の胸中がなんとはなしに理解できたこころと霖之助は、いつでも仲裁に入れるよう、二人の動向を静かに見守っていた。

 

 少しの沈黙のあと、静寂を破ったのは小鈴の吹き出すような小さな笑い声だった。

 

「え? 小鈴ちゃん……」

 

「ごめんなさい。ちょっと悲しかったのは本当ですけど、別に怒ってませんよ」

 

 友人だからといって、内情を包み隠さず話せと言うつもりはない。友人との間柄に、秘密のひとつやふたつあって然るべきだろう。

 だが、小鈴は不安になってしまった。自分の数少ない友人が何か重大な秘密を抱え、己を仲間はずれにしているのではないかという疑惑に。

 だから、つい意地悪で、わがままな物言いをしてしまった。

 

「本当に?」

 

「え? はい」

 

「よ、良かった……」

 

 小鈴に失望されたわけではなかったと分かり、カンザトは安堵のため息をついた。

 

「えっ、あっ! す、すみません! 私、とても酷いこと言いました……」

 

 小鈴は自分が思いのほかカンザトを追い詰めていたということに、ギョッとした。

 

「すみませんでした……反省します……」

 

「待って、これはさっさと言わなかった俺が悪いから」

 

「いえ……カンザトさんからしたらいきなり図々しいですよね……私こんなだから友達少ないんだ……」

 

「い、いや友達のこと知りたいって思うのは普通だから! そんなに落ち込まないで!」

 

 理不尽な物言いをしてしまったと悔いる小鈴と、必死にフォローを入れるカンザト。互いに距離感を測りかねているため、このままでは話がまとまらないだろう。

 

「まぁ二人共落ち着きたまえよ。それじゃいつまで経っても平行線だ。お互い、相手の事をよく知り距離が縮まったから良しと考えてみてはどうだい」

 

 やはりここでも仲介に入るのは霖之助。年の功により若人の対話を俯瞰的に見られる年長者がいるのは有難いものだ。

 

「そうですね……小鈴ちゃんはどう?」

 

「はい……私もそう思います」

 

 口では納得してくれたものの、何だか微妙な溝が生まれてしまいそうだ。カンザトはどうにか元気づけられないかと考え、ふと小鈴に見せた絵本のことを思い出した。

 

「そうだ、小鈴ちゃん。俺が初めて鈴奈庵に行った時に見てもらった絵本のこと、覚えてる?」

 

「たしか……『くじらのはね』でしたっけ」

 

「そうそう。実はアレ、俺が記憶を失う前に持ってた本みたいなんだよね」

 

「え、じゃあすごく大事な物じゃないですか!」

 

「うん。俺はあの本が記憶を取り戻す手がかりになるんじゃないかって思ってる」

 

「だから、同じ著者の本を探してたんですね」

 

 カンザトは頷き、今度はそらさずに小鈴の瞳を見つめる。

 

「あの時小鈴ちゃんは俺に協力してくれた。大袈裟かもしれないけど、小鈴ちゃんが言ってくれた『くじらのはね』の感想と鈴奈庵の貸本は、俺を支えてくれたんだ」

 

「そんな、私大したこと……」

 

「だからなんというか、君が力になれないなんてことないから。俺が記憶喪失だって言わなかったのは隠してたわけじゃないし、あんまり気にしないで。……俺から言うのはおかしいけど」

 

 カンザトは多くの人に助けられ今ここに立っている。

 それは小鈴の存在も例外じゃない。

 

「だから、これからも協力してくれたら嬉しいんだけど、どうかな」

 

「……は、はい! 任せてください! 私に出来ることなら!」

 

 小鈴はいつもの調子を取り戻したようで、カンザトに晴れ晴れとした笑顔を見せた。

 

「うーむ、これも青春ってやつなのかな……」

 

 そんな二人を見てしみじみと呟く霖之助。

 彼の呟きを聞き、こころはひとつ疑問が湧いた。

 

「青春とはなんですか? 森近さん」

 

「ん? そうだなぁ……」

 

 霖之助は顎に手を当て、悩む。

 自分に青春と呼べるような過去はないため、彼女が求めるような実体験に基づいた回答は用意できないが、ごく一般的な答えを述べようと考えた。

 

「青春とは人生の若年時代の経験や記憶のことを表す。つまり、若者が様々な経験を経て喜怒哀楽を強く感じ、あるいはその体験を他者と分かち合うこと、かな」

 

「なるほど。なんだか魅力的に感じます」

 

「人の感情を学ぶに当たっては、そういったエモーショナルな体験は重要かもしれないね」

 

「むむ〜……」

 

 どうすれば自分もそれを体験できるのかと、こころは頭を悩ませた。

 

「とりあえずこれはプレゼントするから。大切にしてくれると嬉しいな」

 

「ありがとうございます!」

 

 なにはともあれ納得してくれたようだったので、カンザトは小鈴にクリスマスプレゼントとして粘土細工を手渡した。

 その後、小鈴は3人と少し会話をしてから、買い出しの途中ということで去っていった。

 

 小鈴の後ろ姿を見送り、霖之助は思いに耽るように言葉を零す。

 

「人間関係というのは難しいね。誰かを想っての行動が、相手にとっては望まぬことかもしれない。ままならないものだよ」

 

「そうですね……」

 

 

 小鈴に自身の境遇を打ち明けて、少し距離が縮まった気がする……

 

 

 ひとり、こころは思いを巡らせる。

 

(あの娘の感情、すごく複雑。口では悲しいと言っていたけど、わずかに喜びの感情もあった。どうしてだろう)

 

 

 ・

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 ・

 

 

 それから霖之助と別れ、しばらくあと。

 日が傾き始め客足も減ってきたので、そろそろ店じまいしようかという頃、前を通り掛かった一人の高齢男性が興味深そうに歩み寄ってきた。

 

「粘土で作った小物ですか。可愛らしいですな」

 

「良ければおひとついかがですか?」

 

「ふむ……では、この犬の置物を下さい」

 

「お買い上げありがとうございます! 直接のお渡しになります」

 

「あと、そちらの似顔絵サービスというものをお願い出来ますか」

 

「はい。では、お名前とご住所を書いてください。それとご自宅にお伺いしますので、希望日もお願いします」

 

 男性は達筆で必要項目を記入した。

 

「はい、ありがとうございます。この日は……まだ空いてますね。希望する時間帯はありますか?」

 

「いえ、その日は終日家にいますので、いつでも対応できます」

 

「分かりました。なるべく早く行きますが、別の申込がある以上、あまり遅くなるようであれば後日延期になる可能性がありますので、ご了承ください」

 

「かしこまりました。では」

 

 男性は礼儀正しく一礼してから去っていった。

 

「そろそろ撤収する?」

 

「そうだな。もうお客さんも来なさそうだし、片付けるか」

 

 二人は本日の成果や今後の予定について話し合いながら帰路に着いた。

 

 帰る途中……

 

「なんかいつもよりテンション低くない?」

 

 今のこころは普段より声のトーンやテンションが落ち着いている気がする。最初の頃に出していた客寄せの活発な声も、段々と小さくなっていった。やはり長時間の作業は疲れたのだろうか。

 

「今の私はクール系だから」

 

「はい?」

 

 そう言うと、こころは目を瞑りサイドテールを片手で華麗に払った。

 

「かっこいいでしょ?」

 

「お、おう」

 

 要らぬ心配だったようだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それから数日間は、ひたすら画業に追われた。

 作業の流れとしては、依頼者宅を訪問しモデルの絵を下書き、描いた物は一度持ち帰って清書する。完成品は安価な額縁に入れたりなんなりで商品としての形を整え、後日依頼者に届ける……といった流れだ。

 

 依頼主の反応は様々。

 期待通りの出来だと満足する者もいれば、「もっと凛々しく(美しく)描け」と横柄な要求をしてくる者もいた。

 ただ幸いだったのは、「出来に不満だから金を払わない」といった不遜な輩がいなかったこと。単純に腕前が評価されたのか、人里という狭いコミュニティ内でのトラブルを避けたからなのか、明確な理由は分からないが、徐々に潤っていく懐にカンザトは喜び、ほくそ笑むのだった。

 

 

 ある日の午後、カンザトとこころはその日最後の依頼人の家を訪ねた。路上販売の終わり際に来た老齢男性からの依頼だ。

 こころは自宅待機でもよかったのだが、本人の意向もあり、二人で訪問することになった。

 

「ごめんくださーい。似顔絵サービスの依頼で来ました、カンザトですー」

 

 外から声をかけると、戸が開き、中から依頼主の男性「紫倉(しくら)」が姿を見せた。

 

「ご苦労さまです。よく来てくれました。ささ、遠慮なさらずに上がってください」

 

 玄関をくぐり、中へ入る。

 外観から思っていたが、中々に立派な家屋だ。室内へ招かれ、なおさらそう思った。

 

「こちらにどうぞ」

 

 二人は広めの和室へ通された。

 室内には着物を着た一人の老齢女性が正座している。

 

「こんにちは。どちら様?」

 

「ほら、彼が私たちを描いてくださる画家さんだ」

 

「こんにちは、カンザトと申します。本日はよろしくお願いします」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 

 女性は恭しく一礼した。

 その上品な所作から、カンザトは依頼主が良い家柄なのではないか、と推測した。

 

「そちらの麗しいお嬢さんはどなた?」

 

「えぇと、仕事のパートナーです」

 

「どうも」

 

 クール系を自称しているためか、こころは控えめに挨拶した。

 

「カンザトさん。私と妻、二人をひとつの絵に描いていただくことは可能でしょうか」

 

「大丈夫ですよ。少しお時間をいただきますが、楽に座ってください」

 

「かしこまりました。では、よろしくお願いいたします」

 

 老夫婦が座布団に腰を下ろしてから、カンザトは仕事に取りかかった。

 

「カンザト。描くところ見ててもいい?」

 

「ん、いいよ」

 

 

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 ・

 

 

 モデルの素早い描画も数件こなせば慣れたもので、カンザトは順調に鉛筆を滑らせていた。今回の依頼人は高齢者ということで、長時間の作業は控えた方がいいだろう。

 とはいえ、二人並んで淑やかに座る姿は安定感があり、なんだかとても様になっている。礼儀作法に心得があるのか、むしろ若者より余裕がありそうだ。

 

 ふと、描画中の構図が気になりこころにアドバイスを求めることにした。

 

「こころ。今は正面から描いてるけど、この構図どう思う?」

 

「うーん、ちょっと体を斜めにしてもらった方がそれらしく見える気がする」

 

「なるほど、ありがとう」

 

「いいよ、いつでも聞いて」

 

 カンザトはこころの意見を参考にして、老夫婦に少し体勢を変えてもらった。

 

「あなた達は仲がいいのね」

 

「? えぇまぁ、そうで」

 

「はい! それはもう!」

 

 カンザトが言い切るよりも早く、こころが声を大にして答えた。カンザトは「いきなりどうした」と言いたくなった。

 

「こころ?」

 

「なに? 仲がいいのは美しく、嬉しいことなんだよ?」

 

「いやそうだけどさ」

 

「うふふ……あなた達、とても相性抜群ね」

 

 二人のやり取りを見て、老婦人は笑みを零した。

 カンザトはあまり意識したことがなかったが、傍から見れば相性良く見えるらしい。たしかに最初よりはこころの思考を理解できるようになってきたが、未だに彼女の不思議な発言に振り回されることも多々あるので、自分ではなんとも言えない。

 

「いつまでも、仲良くね」

 

「……? はい」

 

 老婦人は口元に優しい笑みを浮かべたまま瞼を閉じ、微かな声量で語りかけた。

 

 それから数分後、カンザトは描き終えた下書きを老夫婦に確認してもらった。

 

「基本の下書きは完成したので後日完成品をお届けしますが、何か要望はありますか? もっと大きく描いたり、少しでしたら表情を変えることも出来ますよ」

 

「そうですね……では、私たちの顔が良く見えるようにしていただけますか」

 

「分かりました。その通りに仕上げます」

 

 完成予定日を伝え、二人は紫倉夫妻の家を出た。

 帰り道、心なしかこころが上機嫌に見えたためどうかしたのか尋ねると、紫倉夫人に仲がいいと言われたのが嬉しいようだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 数日後、二人は完成品を持ち、再び依頼主宅に足を運んだ。

 

「ごめんくださーい。絵をお届けに来ましたー」

 

 ……返事がない。生憎の留守か。

 出直そうかと、こころと顔を見合わせていると、戸が少しずつ開き、依頼主の紫倉が姿を現した。

 

「申し訳ありません。少々立て込んでおりました」

 

「あの、出直した方が良さそうですか?」

 

「いえ、大丈夫です。あがってください」

 

 言われるがまま二人は室内へ。

 紫倉の後に続き木目の廊下を歩いていると……

 

(この匂い……)

 

 前来た時にはしなかった、あまり嗅ぎ慣れない香りが鼻腔を通り抜けた。

 過去にどこで嗅いだのか、記憶のない自分ではハッキリと答えられないが、これは多分──

 

 ……線香の匂い。

 

 その事に気がついたカンザトは振り向き、背後にいるこころの様子を伺う。

 

 こころと目が合った。

 彼女の桜色の瞳に、雪のように冷たい哀しみの感情が宿っている気がした。

 そうか、こころは先の一瞬で紫倉の感情が読み取れたのだと、カンザトは悟った。

 

 そのまま和室へと通され、紫倉へ完成品の絵を手渡す。額縁の中では、優しい笑みをたたえた仲睦まじい老夫婦が、互いに慈しむように手を重ねていた。

 

「おぉ……素晴らしい。まるで私たちが絵の中に生きているようだ」

 

 紫倉はくしゃっと破顔し、愛おしそうに絵の中の自分たちを見つめた。

 

「感謝申し上げます、カンザトさん。里にこれほどの絵描きがいるとは知らなかった」

 

「こちらこそ、今回はありがとうございました」

 

「あの……」

 

 カンザトが礼を述べると、横に正座していたこころがおもむろに口を開いた。

 

「奥様は……」

 

 遠慮がちに、こころは言を続ける。

 おそらくそれはカンザトも尋ねたいことだ。

 

 紫倉は目線を畳に落とし、泣きそうなほど穏やかな声色で答えた。

 

「……先日、他界しました」

 

 衝撃よりも、納得した。

 線香の匂い、こころの反応、紫倉の表情から察してはいたが、明確に告げられれば、その事実は重くのしかかる。

 

「そうですか……」

 

 悲しいのだが、たった一度だけ会った人の訃報を伝えられてまず感じるのは、何を言っていいのか分からない『惑い』だった。

 自分は薄情なんだろうか。

 

「以前お会いした時は元気そうでしたが」

 

 こころが問う。

 

「持病です。既に余命が判っていました。カンザトさんたちが絵を描いてくださった何日かあと、静かに息を引き取りました」

 

 それでは絵のモデル自体、闘病中にやるべきではなかったのでは。そんな心配が頭をよぎった。

 

「当然、モデルの件は無関係です。少しの間動いた程度で悪化するようなものではありません。無用な心配やもしれませんが、どうか気を悪くされませんよう」

 

 もやもやした心境を察してか、紫倉は言い添えた。

 

「どうして先が長くないって分かってたのに、絵を描いてもらおうと思ったんですか?」

 

「だからこそですよ。残そうと思ったんです。妻が生きていたという証を、何らかの形で」

 

 そう言うと、紫倉はフッと笑った。

 

「……と言うのは建前でして、本音を言うと、ただ寂しかったからなんです」

 

「紫倉さんがですか?」

 

「えぇ、お恥ずかしい限りです。これからの余生……一人になると思うと、切なくて」

 

「いえ、当然だと思います」

 

「貴方の路上販売に出くわしたことは僥倖でした。最初は単なる思いつきでしたが……今は貴方に依頼してよかったと、心から思っております」

 

 なるほど、写真技術がない幻想郷において、ある意味この絵は遺影に成り代わるわけだ。何気に受けた依頼だったが、これほど責任重大になるとは予想だにしなかった。

 

「本当に……生きているようだ」

 

 だが、一切手を抜いたつもりはない。頼まれたからには、ひとつひとつの依頼に全力を尽くした。

 その甲斐あってか、紫倉は心の底から喜んでくれているようで、描いた本人も嬉しくなった。

 

「改めて、この度はありがとうございました。是非に、この絵は高く買わせていただきたい」

 

「いえ、このサービスは絵に値段をつけるわけではなく、お支払いいただくのは依頼料ですから、そういったことは出来ません」

 

「そうですか……しかし、何かでお礼をしたい。……そうだ、以前売っていた粘土の置物はまだ残っていますか?」

 

「粘土細工ですか? 多少在庫はありますけど……」

 

 そこそこの売行ではあったが完売には至らなかったため、自宅には在庫が残っていた。

 

「あの時購入した犬の置物を妻に贈ったところ、大層喜んでいたのですが……この犬もひとりだと寂しいと、零したのです」

 

 夫は、晩年の妻の言葉を想起する。

 紫倉夫人はひとり残される夫を憂い、1匹の犬の置物と姿を重ねたのだろう。

 

「ですので、残りの粘土細工を全て、私に売っていただけないでしょうか」

 

「全部ですか?」

 

「ご迷惑でなければ。私はひとつだけいただいて、知人におすそ分けしようと思います。あまり多すぎては、この犬も驚いてしまいますからね」

 

 カンザトはこころと顔を見合わせる。

 こころは少し思案したのち、頷いた。

 

「それでしたら、こちらとしてもありがたいお話です。是非お願いします」

 

 聞いた瞬間は驚いたが、願ってもない申し出だ。

 カンザトは快諾し、家にある粘土細工は折を見て届けることとなった。

 

 退室する際、カンザトは紫倉に尋ねた。

 

「奥様にご挨拶してもいいですか」

 

「私も」

 

「……ありがとう。妻も喜びます」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 帰り道、口数は少なく、二人は普段より緩やかに歩いていた。

 横にいるこころを見ると、わずかに俯き、地面へ視線を落としているようだった。たとえ一度しか会ったことの無い人だったとしても、顔見知りの逝去はショックだったのかもしれない。

 

「あの人、悲しそうなのに同じくらい嬉しそうだった」

 

 こころが唐突に喋り始めた。

 たしかに、自分たちと話している間の紫倉は、会話の内容に反して、終始穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「カンザトの絵が嬉しかったのかな」

 

「……だといいな」

 

 魔理沙の突飛な発言で始めた仕事だったが、紫倉のように喜んでくれる人々がいるのであれば、今後も続けてもいいかもしれないと、カンザトは思った。

 

「不思議なの。小鈴も、紫倉さんも、胸の内には多数の感情が混在していた。正反対の感情なのに、間違いなくそこにあった」

 

 両名はたしかに悲しさを覚えながらも、それとは違う感情を心に内包していた。こころにとっては、それが意外に思えた。

 

「でもそれは……私も」

 

「こころも?」

 

「今の私は多分、悲しい。だけど、後悔や喪失感からくるものではない」

 

 こころは立ち止まり、そっと胸に手を当てる。

 

「カンザト。この感情は何?」

 

 カンザトに、真剣な眼差しが向けられた。

 

「こころ……」

 

 こころも戸惑っているのだろう。今まで感情の答えを求めてくることなど無かった。

 

 ならば、真摯に向き合うべきだ。

 

「こころは紫倉さんの奥さんが亡くなったって聞いた時、どう思った?」

 

「……? 悲しい、と思った」

 

「それは誰に向けて?」

 

「私自身……いや、違う。紫倉さんのことが悲しい、可哀想だと思った」

 

「なら、こころは共感したんじゃないかな」

 

「共感……」

 

「こころは紫倉さんの悲しい気持ちを感じ取って、同じように悲しい、切ないって思ったんだ。それは単純な悲しいって感情とは少し違うと思う」

 

「……そうか。これは誰かの感情、想いがきっかけになり生まれる感情。私だけのものじゃないんだ」

 

 感情は自己完結することもあれば、他者から影響を受けて生じるものもあるだろう。こころも過去そういった経験をしてきたはずだが、今初めて言語化し、明確に意識した。

 

 そして、腑に落ちたこころは思う。

 

「やはり、感情は複雑で難解。私一人では戸惑ってばかりで理解出来ず、答えを出せない」

 

 迷いは多い。けれど、意志は強い。

 

「だから、あなたと分かち合いたい」

 

 彼と喜怒哀楽を共に感じ、言葉で共有しよう。

 まさに今そうしたように。

 

「森近さんは言った。感情を学ぶには、様々な経験を経て喜怒哀楽を他者と分かつことが重要だと。だから、お願い」

 

 こころはごくわずかな不安を胸に、願う。

 感情の深奥へ進むには、良い面だけを享受するわけにはいかない。それを先日、酉の市で知った。

 一緒に辛酸をなめて欲しいと言われて了承するなど、普通はありえない。

 

 なのに──

 

「もちろん。それもこころが言ってた『取引』でしょ?」

 

 彼は、躊躇なく受け入れる。

 

「……うん。そうだった」

 

 どうして? 

 

 しかし、願う前から、彼は承諾してくれるだろうと確信する自分もいた。これもまた、言語化し難い複雑な感情だ。

 

「ありがとう、カンザト」

 

「答えになってた?」

 

「えぇ、とても」

 

「そっか、良かった」

 

 

 こころと悲哀の感情を分かち合った……

 

 

「ねぇ、あの人はなんで私たちに仲良くするように言ったんだろう」

 

 こころは亡くなった紫倉夫人の言葉を思い出していた。

 死期を悟った人間が誰かの幸せを願う理由。それはおそらく、後に何かを残したいからだ。

 

「うーん……自分たちと重ねた、とか」

 

「私たちに自分と旦那さんを重ねたってことだよね」

 

「うん。多分あの人達は、最後まで仲良しだったんだよ。だから俺たちを見て同じように仲良くして欲しいって思った」

 

「そっか……」

 

 なら、叶えてあげないと。

 

 彼といると、未踏の経験に遭遇し、未知の感情が湧き上がる。

 

 私はそれが嬉しく、恐ろしい。

 

 人の生は楽しく美しい歩みばかりではないと知ったから。

 赤い妖怪に対し、暗い未来より今を見ると啖呵を切っておきながら、これから待ち受ける何かを恐れている。とんだお笑い種だ。

 

 でも、それでも……酸いも甘いもひっくるめて、彼と心を重ね、共感できるなら──

 

 私はとても、幸せ者だ。




作者が言うのもなんだけど小鈴コミュはなんともじれったい。他のキャラじゃこうはならない気がする。

●ランクupコミュ
『節制』本居小鈴:ランク4
『星』秦こころ:ランク4

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

  • 全話視聴済
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