PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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今回はスーパー季節外れなクリスマス回です。


Color Your Holy Night

 本日、12月24日はクリスマス・イブ。

 今宵は白髭のサンタクロースが空を翔け、全世界の子供たちへプレゼントを届ける。街の人々は心を弾ませ、家族や恋人と聖夜を過ごす──なんていうのは、外の世界の人間にとって一般常識であり、改めて説明するまでもないだろう。

 ところが、常識が前時代的な幻想郷……とりわけ人里においては、その説明に意義が生まれる。

 

「──で、サンタさんが家に来て、プレゼントをくれるっていうイベントなんだよ」

 

「ほほう、なんかたのしそー」

 

 カンザトがクリスマスについてこころに説明すると、いたく興味を覚えたようだった。特にサンタという未知の存在に惹かれたようで、サンタが来訪した際の表情をシミュレーションしていた。

 

 というわけで二人はそれなりにクリスマス気分を味わいつつも、普段通りの昼時を過ごしていた。

 

「さむ……」

 

「今日は冷えるね」

 

 火鉢に両手をかざし暖を取りながらも、身震いするカンザト。

 こころは縮こまる彼に背後から話しかける。

 

「じー」

 

 こころはカンザトの無防備な首まわりに狙いを定めた。

 

「えい」

 

 そして思い切って、襟元から彼の背中に冷たい両手を侵入させた。

 

「ひぃっ!?」

 

「わはははは。驚いたー」

 

「やめてぇ……」

 

 情けない声を出すカンザトに、こころは己の加虐心が刺激されるのを感じた。

 

「寒さを凌げるもの、なにか買う? コタツとか」

 

「コタツなぁ……外のを知ってる身としては、こっちのコタツって火事起きそうでこわいんだよなぁ」

 

 ぶつくさと外来人特有の文句を垂れるカンザトを見て、こころは香霖堂にあった暖房器具の存在を思い出した。

 

「あ、カンザト。あれ」

 

「なに? てか寒いから手、抜いてくんない?」

 

「えーと、なんだっけ。あの、森近さんの店にあったあったかいやつ」

 

「ストーブのこと?」

 

「そうそれ。あれの在庫が無いか、聞いてみようよ」

 

「あーそうだな。今度聞きに行くか」

 

「改めて路上販売のお礼もしに行こう」

 

「そうだな。手、抜いてくんない?」

 

「やだ」

 

「えぇ……」

 

 近いうち、香霖堂と博麗神社に顔を出そうか。とはいえ、積雪をかき分け外を歩くのも一苦労だ。もう少し気温が上がるのを待つべきか。

 

 そんなことを考えつつ、抵抗するこころの腕を背中から無理やり引き抜いていると──

 

「!?」

 

 突如、家の壁に『穴』が空いた。

 

 壁が破壊されたのか、人ひとり通れそうな穴からは冷風が吹き込み、外の景色が見えた。

 

「か、壁が」

 

「お邪魔しますわ〜」

 

 穴をくぐりひょっこりと姿を現したのは、邪な仙人『霍青娥(かくせいが)』。何事もなく玄関から家に入るかのように、軽く挨拶して床に足をつけた。見ると、手には大きな袋を持っている。

 

「青娥さん!?」

 

「ごきげんよう、お元気かしら?」

 

「元気ですけど……壁壊しちゃったんですか?」

 

「大丈夫よ、ほら」

 

 青娥が指を差した次の瞬間、大きく口を開けていた穴が閉じた。壊れた壁も、寸分違わず元通りに。

 

「は!!? え!?」

 

「うふふ、いい反応」

 

 破片が集まり壁が直ったわけではなく、瞬きの間に穴が小さくなっていき、やがて元の状態を取り戻した。

 

「なんですか、これ」

 

「仙人は神出鬼没なんですよ。すごいでしょ?」

 

「答えになってません……」

 

 非現実的な現象に、カンザトは己の目を疑った。

 青娥はろくな説明をしてくれず、何がなんだか分からない。

 

「もしかして、貴方がサンタクロース?」

 

「え?」

 

 狼狽えるカンザトを他所に、こころが何か言い出した。

 カンザトはサンタのことを、「赤い服を着た白髭の老人」と説明したはずだ。そのイメージからすると、青娥はどこからどう見てもサンタではないだろう。

 

「……ゴホン。そうよぉ、私がサンタクロースですよー」

 

「ノってきた……!?」

 

「おぉー」

 

 こころは偽サンタを前にして、目を輝かせている。

 

「でもヒゲがないな……」

 

「ほら、ヒゲよー」

 

 青娥は懐から白いつけ髭を取り出すと、口元に押し当てた。用意周到すぎる。

 

「やっぱりサンタだ! えーと、えーっと、サンタが来た時の表情はー……」

 

「ふぉっふぉっふぉ、素直でいい子にはプレゼントをあげましょうかねぇ」

 

「わーい」

 

 ところで、青娥は妖怪であるこころに驚いていない。布都経由で神子から話を聞いたのだろうか。

 

「じゃんじゃじゃ〜ん。あなたにうってつけのプレゼント、はいどうぞ」

 

 青娥が袋から取り出したのは、何の変哲もなさそうな、装着すれば顔が隠れる『白い面』だった。

 

「なんだこれ……?」

 

「あの、突然どうしたんですか?」

 

 謎の贈り物に疑問符を飛ばすこころを尻目に、カンザトは、摩訶不思議な外法を使ってまで突如現れた理由を尋ねた。

 

「芳香のことでお礼をしようと思いまして、参った次第ですわ」

 

「あぁ、でもお礼されるほどのことは……」

 

「マフラーと手袋をくれたのは貴方でしょう?」

 

 そう言うと、青娥は袋から見覚えのあるマフラーと手袋を取り出し、カンザトの前に差し出した。

 

「芳香も貴方に良くしてもらって喜んでいます。改めて、感謝を」

 

 芳香の安否は気になっていたが、どうやら予想通り、青娥が回収していたようだ。

 

「でも、俺は眠ってた芳香を起こしちゃったみたいで、しかももう一度眠る前はすごく、取り乱してたんです。むしろ俺が何かしてしまったんじゃないかって思ってたんですけど……」

 

「あらそうだったの……念のため何があったか聞いても?」

 

「はい」

 

 カンザトは雪原の墓地にて、こいしの一言でそれまで落ち着いていた芳香が突如取り乱したことを伝えた。

 

「あの時の芳香は普通じゃなかった。だから今後のためにも話を聞いておきたいんです」

 

「……ふむ、そうねぇ」

 

 青娥はカンザトの手元のマフラーに視線を落とし、思案しているようだった。

 

「おそらく、考えたことのなかった死という概念に対して驚いてしまったのね」

 

 芳香は、己が死者か生者かという問いかけに激しく動揺していた。しかしあれは、ただ驚いたというレベルを超えていたように思える。

 

「ただそれだけ。芳香が取り乱すのは珍しくないから、貴方が気に病むことではありませんよ」

 

 上手くはぐらかされている。カンザトはなんとはなしに、そう思った。

 これ以上お前が首を突っ込むことではない、と言外に伝えられている気もした。

 

「芳香は何かを怖がってました。それに、一人でいることを寂しがってたんです」

 

 青娥は拒むかもしれないが、少し、押してみることにした。可能なら、芳香のことをより知りたいと考えて。

 

「芳香は何を恐れているんですか。そもそも、芳香はどういう存在なんですか」

 

「……」

 

「出来れば、教えてくれませんか」

 

 目を逸らさず、真っ直ぐに青娥の顔を見つめる。

 青娥はなおも、温和な微笑を浮かべている。

 

「怖い、淋しいと……芳香は意思を示したのね」

 

「はい」

 

「貴方はどう思いましたか?」

 

「……何がです?」

 

「芳香から漏れ出た弱音を聞いて、どう感じましたか? キョンシーらしくない、なんて思った?」

 

 自我の薄そうなキョンシーらしくないと、思わないことも無かったが……それよりも。

 

「かわいそうだと思いました。無責任かもしれませんけど、力になりたいとも思いました」

 

「そう……」

 

 青娥は目を瞑り、少しの沈黙の後、冷静な声色のまま語り始めた。

 

「既に気づいているだろうけど、芳香は元、人間です」

 

 元か、とカンザトは思った。術をかけられた時点で人間をやめていると。

 

「命ついえたのち、私が術をかけ蘇らせたのが今の芳香の姿。その妖怪の言葉で恐怖や寂しさをあらわにしたのは、生前の記憶によるものでしょうね」

 

「芳香は生きてた頃の記憶を持ってるんですか?」

 

「ええ。全て残っているかは私にも分かりませんが、今までもそれらしい行動をとることはありました」

 

 つまり、こいしの問いかけにより生前の忌むべき記憶が部分的にフラッシュバックして、芳香は錯乱したということか。

 

「でも、そこまで明確に意思表示したのは初めてかも」

 

「なんででしょう……」

 

「今、芳香の中で何か変化が起きているのよ。術者である私でさえ察知できない、何かが」

 

 それは良い変化であれば喜ばしいことなのだろうが、現在まで全てネガティブな反応を見せていることもあり、楽観視はできない。

 

「その、たまに出る芳香の意思は……生前の芳香のものなんですか?」

 

「と、言うと?」

 

「俺は魔法とか、術とか全く分からないですけど、今ある意思が生前の芳香そのものなのかは分からないな、と思って。青娥さんなら死ぬ前の芳香のことを知ってるんじゃないですか?」

 

「それは……答えを用意しかねる問いね。私は間違いなく芳香の魂を現世に留めたと自負しているけど、術の成否を本人から確かめられるわけもないので」

 

「なるほど……性格は変わってるんですか?」

 

「正直面影はないですねぇ。生前の芳香ちゃんはもっとしっかりしてたから」

 

 現在のぼんやりとした芳香しか知らないカンザトは、凛然とした振る舞いの芳香が想像出来なかった。

 

 それにしても気になるのは……

 

「……」

 

「訊かないんですか? 芳香の死因」

 

「……訊きたいですけど、いいんですか?」

 

 死因については、芳香が元人間だと聞いてから気になっていた。

 だが、かなり踏み込んだ話になるし、お世辞にも気持ちのいい話題とはいえないため、カンザトは率直に訊いていいものか迷っていた。

 

「知りたい? 知りたくない?」

 

 ハッキリしろと言わんばかりに青娥は問う。

 

「し、知りたいです。教えてください」

 

「ダメでーす。プライバシーの侵害にあたるので」

 

「えっ、えぇ……?」

 

 かと思えば、拒否された。

 果たしてキョンシーにプライバシーの権利はあるのだろうか。

 

「なーんて、うそうそ。実は私も仔細を知らないんですよ。本人に訊こうにも、芳香はあんな調子だし。死人に口なし、とはよく言ったものよね」

 

 と思いきや、青娥にも分からないらしい。

 もしかして遊ばれてる? とカンザトは思った。

 

「本当に何も分からないんですか?」

 

「まぁ、おおよそ検討はつくわ」

 

「それは……」

 

「ですが、これ以上は芳香本人から聞いてもらいましょうか。憶測でものを語っても仕方ないので」

 

「え、でもさっき本人からは聞けないって」

 

「貴方なら、可能では?」

 

「俺が?」

 

 青娥は目を細めて、以前にも見た見定めるような視線を向けた。

 

「貴方に会ってから、芳香は自我を表に出すことが増えた気がします。恐怖や寂しさを貴方に伝えたのが、何よりの証拠。では、さらにコミュニケーションを続ければ、埋もれた記憶を理路整然にすくい上げることも可能なのでは?」

 

「うーん……そう、なりますかね」

 

「そうですそうです。ほら、自信もって」

 

「はぁ……」

 

 自信がある無いの問題ではない気がする。

 正直、キョンシーになってから常に側に居たであろう青娥が分からないのなら、自分も不可能だろうと思わなくもなかったが……

 

「私は、貴方に期待しているんですよ」

 

 恩人に期待しているとまで言われれば応えざるを得ないし、芳香の生涯について気にならないと言えば嘘になる。

 

「次会う時に話してみます」

 

「えぇ、降雪が落ち着いたら目覚めさせる予定なので、その時にでも」

 

 なんだか強引に押し切られた気もするが、最終的にカンザトは亡き人の秘め事へ迫ることにした。

 

 

 芳香にかけられた術と、生前について情報を得た……

 

 

「さて、話もついたことだし……マフラーと手袋のお礼も兼ねて、貴方にクリスマスプレゼントをあげましょうかねぇ」

 

「え? 俺も貰えるんですか」

 

「貴方もいい子ですから」

 

 自分の正確な年齢は不明だが、いい子と呼ばれるような時期はとうに過ぎているように思える。

 しかし、青娥から見て全ての人間が子供だと仮定すると、この発言にも頷ける。

 つまり青娥の実年齢は……

 

「今なにか失礼なこと考えませんでしたか?」

 

「いえ、何も」

 

「……まぁいいでしょう。で、何か欲しいものはありますか?」

 

「選べるんですか?」

 

「ある程度希望は聞きましょう。さあ、どうぞ」

 

 いきなり、さあどうぞと言われてもすぐには思い浮かばない。現在、喉から手が出るほど求めているものと言えば失った記憶だが、それを伝えたところで青娥を困らせるだけだ。

 他に欲しいものは……金か。

 

(あればあるだけ困らないからな、うん……って違う! そういうことじゃないだろ!)

 

 脳内でセルフノリツッコミをしていると、こころが服の裾を引っ張ってきた。

 

「カンザト。あれあれ」

 

「ん?」

 

 こころの指さす先には、ほのかに熱を発する火鉢があった。これだけで冬を越すには、いささか心もとない。

 

「あ、なるほど。ストーブか」

 

 こころのおかげで、先ほど自分たちが暖房器具を欲しがっていたことを思い出した。

 

「青娥さん。ストーブってありますか? 出来れば燃料入りで」

 

「ストーブ……外の暖房器具よね。残念ながら手持ちにはありませんねぇ」

 

「そうですか……」

 

「代わりになりそうな物はありますよ? えーと……あ、あったあった」

 

 そう言って青娥は袋の中から、手のひら大のオイルランプのような道具を取り出した。

 

「なんですかこれ?」

 

「熱を発するマジックアイテムよ。中心に魔力を注ぐと作動して、温かくなります」

 

 カイロのような物だろうか。

 比較的小型なため遠征にも持参できそうだ。

 

「入れる魔力量により持続時間が長くなり、何度でも使えるスグレモノよ?」

 

「へぇ、便利ですね」

 

 半永久的的に使用可能であれば、持ち運び出来るストーブのような物だ。冬には有難い代物ではないか。

 

「でも俺、魔力とか使えないんですけど」

 

「大小あれど、魔力や霊力など、目に見えないエネルギーは全ての人間に宿っています。この道具は受け取ったエネルギーを自動的に魔力に変換し、少ない魔力量で稼働するので、魔法を操ったことの無い貴方でも使えると思いますよ」

 

 それは凄い。燃費が良く、使い勝手がよさそうだ。

 

「使ってみてもいいですか?」

 

「どうぞ。上部を掴んで、体の内側から力を流し込むようイメージしてください。エネルギーを感知すれば、道具の方が自動で吸い取ります」

 

 カンザトは言われた通りにマジックアイテムを掴み、手のひらから力を流し込む様を思い浮かべた。

 すると、掴んでいる右手のひらに、微かな温もりを感じた。

 

「おぉ……あったかい」

 

「おー」

 

 こころも手をかざすと熱を感じたようで、感心している。

 

「より強く、長くエネルギーを入れると暖房器具代わりにもなるでしょう。小さいから部屋全体を温めるには時間を要するけど、使えないことはないと思うわ」

 

「これ、貰ってもいいんですか? すごい貴重なものじゃ……」

 

「遠慮せずにどうぞ。喜んでいただけたようで何より」

 

 とても便利な道具を出され、慎む思考は既に薄れていたが、本人がそう言うのであれば遠慮なく頂戴しよう。

 

「さて、用も済んだので私はこれで。この時期になるとサンタは多忙で困りものですわ」

 

「ありがとうサンタ! また来てくれ!」

 

「ふぉっふぉっふぉ、これからもいい子でいるんじゃよ〜」

 

 青娥は無邪気なこころに手を振ると、簪を壁に当て、大きく円を描いた。

 それにしてもこの仙人、ノリノリである。

 

「ではごきげんよう〜」

 

 青娥が手で押すと、まるで障子に穴を開けるかのように、抵抗なく木製の壁は抜けた。そして穴をくぐり外に出ればあら不思議。そこには見慣れた我が家の壁が。

 

「壁抜けできるなんて、すごいなサンタ」

 

「うん、まぁそうだな」

 

 出来れば普通に玄関から出て欲しい。

 そういえば、大きな袋の中は他にも何か入っていそうだった。まさか本当にあの人はサンタ稼業に勤しんでいるのだろうか。

 

「プレゼントなぁ……」

 

 貰ったプレゼントに視線を移し、思い出すのは先日開催された酉の市での一幕。ご機嫌取りがしたいのではないが、今日という日は彼女と話すいい機会なのかもしれない。

 

「ちょっと出るわ」

 

「どこに?」

 

「赤蛮奇さんが働いてるとこ」

 

「私もついてく」

 

 こころの反応は早かった。赤蛮奇の名を出したからだろう。

 

「こころは留守番してて。火の元離れると危ないし」

 

「火は消してけばいい。それより心配なのは……」

 

「大丈夫。喧嘩しに行くわけじゃないから」

 

「貴方が信頼してるのは分かった。でも、私はあの妖怪のことをよく知らない。だから心配なの」

 

「ありがとう、こころ。でも、物渡してくるだけだからそんな心配しないで」

 

「あ……」

 

 カンザトは返事を待たずに出て行ってしまった。

 彼の優しさには自分も救われているが、時折危うく感じる。

 

 だが、ぼんやりと火鉢を見つめながら、一人残されたこころは思う。

 

 

 妖怪が危険、なんて……私が言えたことじゃないな。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 商店街の老舗茶屋『柳』。

 華やかさこそ無いが、昔ながらの絶品甘味が里の住人に長く親しまれてきた店である。

 そこで働く給仕は特段愛想がいいわけではないが、時たま常連客に見せる笑顔が魅力的で、彼女目当てに店を訪れる客もいるとか、いないとか……

 

 そんな茶屋娘『赤子(せきこ)』が昼休憩を終え再び店に立った今、目の前にいる外来人は、彼女にとって誠心誠意おもてなしするお客様か、それとも招かれざる客か……答えは言うまでもないだろう。

 

「い、いらっしゃいませ」

 

 引きつった笑顔で応対する赤子。

 露骨な態度に、カンザトはつい苦笑いを浮かべてしまった。

 

「こんにちは。少しいいですか?」

 

 周囲を一瞥すると、運良く他に客はいなかった。内緒話には絶好のタイミングだ。

 

「えー……奥のお席へどうぞ……」

 

 カンザトは案内された店奥の席に座る。長話をするつもりはないが、他人に聞かれないためには適切な位置と言える。

 

「で、何の用で来やがったんですか? お客様」

 

 口調が妙で、明らかに酉の市で揉めたことを気にしている。それどころか表情からすでに、嫌そうな態度を隠そうともしていない。

 

「これを渡したくて」

 

 カンザトは兎の粘土細工を取り出し、そっとテーブルに置いた。

 

「これ、アンタが売ってた小物……なによいきなり」

 

「あの時は渡せなかったので、今日渡そうと思って来ました」

 

「いやお金払ってないし、従業員を口説くのはお控えいただきたいんですが」

 

「違いますよ……クリスマスプレゼントです」

 

「クリスマス? なにが?」

 

「外だと友達同士とかでもプレゼントあげたりするんですよ」

 

「え、クリスマスってサンタとかいう一方的に要らない物を押し付けてくる侵入者を撃退する行事じゃなかった?」

 

「えぇ、なんですかそれ……」

 

 物騒すぎる。幻想郷のクリスマスはどうなっているんだ。外から渡来する際に、ひどく歪曲されたのだろうか。

 

「前見た時に気に入ってくれたようだったので、俺からのプレゼントです。もちろんお金は要りません」

 

「あぁそう……まぁ、ありがとう」

 

 意外にも素直に礼を伝え、粘土細工を受け取った。

 その様子を見たカンザトは満足して、メニューに目を移した。

 

「あ、お茶と……この寒天下さい」

 

 用は済んだが、これだけで店を出るのもどうかと思ったカンザトは甘味を注文した。

 

「え、ちょ、ちょっと待ってよ。それだけ?」

 

「え? もっと頼んだ方が良かったですか」

 

「じゃなくて! もっとなんか私に言いたいことがあるんじゃないの?」

 

「あぁえーと、あの時はすみませんでした。たしかに危機感が薄れてたかもしれないです」

 

「あっいや、そうじゃくて……もう! 調子狂う! 気にしてた私が馬鹿みたいじゃない……」

 

 赤蛮奇は、酉の市でカンザトを強く責めてしまったことが気がかりだった。間違いを言ったとは思っていないため発言を撤回するつもりはないが、カンザトが来店した時から、恨み言のひとつやふたつ言われる覚悟でいた。

 

「他にもなんかあるでしょ。勝手なこと言うなとか、あの同居人を馬鹿にするな、とか……正直になりなさいよ」

 

「こころは怒ってませんよ。俺も赤蛮奇さんの言ってたこと、全てが間違ってるとは思ってないですから、あの時のことはあまり気にしないでください」

 

「……」

 

 赤蛮奇はバツが悪そうに顔を背けると、ひとつため息をついた。

 

「はぁ、なんかムカつく。アンタ、真面目すぎ」

 

「真面目? そうですかね」

 

 カンザトは誰かから真面目と言われたことはない。素直に、誠実に対応していればそう見られるのかもしれない。

 

「こちとら、今度こそ正体を言いふらされるかもしれないって警戒してたのに」

 

「いやしないですよ。バラさないって約束じゃないですか」

 

「どうだか。弱みを握られて平然としてられるほど、私は能天気じゃないから」

 

 赤蛮奇は眉間に皺を寄せ、鋭い視線を向ける。こころに伝えたとおり喧嘩に発展することはないが、棘のある発言は容易く変わらない。

 

「赤蛮奇さん」

 

「なに、怒った?」

 

 とはいえ、このまま敵視され続けるのも居心地が悪い。無理を通すつもりはないが、ささやかなワガママを言うことにした。

 

「俺のこと全部信じろとは言いません。でも……もう少しだけ、俺を信用して貰えませんか。俺は知り合いを自分勝手に売るようなことはしません」

 

「……」

 

 赤蛮奇はピクリと片眉を動かした。

 少しの沈黙の後、口から出た答えは──

 

「やだ。なんかヤダ」

 

「えー……」

 

 理由なき拒絶だった。

 いとも容易く、漠然とフラれてしまった。

 

「人間の言いなりになりたくないし、アンタは真っ直ぐすぎてなんか気に食わない」

 

「でもほら、俺も弱み握られてるんで対等な関係じゃないですか。仲良くしましょうよ」

 

「いーや。擦り寄ってくんじゃないわよ」

 

「そうですか……悲しいなぁ」

 

「嘘おっしゃい。アンタ大して気にしてないでしょ」

 

 赤蛮奇はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

「そもそも対等って言うけどね、互いに弱点分かってんなら、先に突いた方が優勢じゃない。そんなんで(ほだ)されるかっての」

 

「でも赤蛮奇さんはそんなことしないじゃないですか」

 

「私は波風立てたくないんだって。もう忘れた?」

 

 赤蛮奇は、ふん、と鼻を鳴らした。

 

 それにしても、今日の彼女は刺々しいながらも、以前より自然体かつ本音で話しているように感じる。この場はさらに歩み寄るべきではないだろうか。

 

「じゃあ、俺はもうひとつ弱点を教えます」

 

「は?なんで」

 

「勉強が苦手です。ここ来てから里のルールとか色々覚えるのに結構苦労しました」

 

「あぁ……そんな感じするわ。おめでたい頭してるし」

 

「ひどい……」

 

「自分から晒しといて文句は言えないわよ」

 

「でも、記憶を失う前の俺は超天才だった可能性もあると思いません?」

 

「あはは、ばーか。何言ってんのさ」

 

 赤蛮奇は嘲るように笑った。

 それは今までの偽りの表情ではなく、本心から漏れ出た笑みだと感じた。

 明らかバカにされていることにはこの際目を瞑ろう。

 

 

 赤蛮奇との距離が少し縮まった気がする……

 

 

 それから、カンザトは運ばれてきた甘味を食し、帰ることにした。退店する際に彼女へひとつ伝えておくことがあると思い出した。

 

「赤子さん。俺、年明けからしばらく里にいないです」

 

「ふーん、なんで?」

 

「さとり妖怪と会うために、地底に行きます」

 

「……地底? 人間には危険だと思うけど」

 

「俺だけじゃないんで大丈夫です、たぶん」

 

 本当に未知の世界なため、確証はない。命をなげうつ覚悟があるわけではないが、念のため彼女には伝えておくべきだと考えた。

 

「あ、そ……ま、精々気をつけなさい」

 

 驚いた。

 まさか心配してくれているのか。

 

「なによ」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

「別に……お礼言われる筋合い無いし」

 

 赤蛮奇は目を伏せ、早く帰れと言わんばかりにシッシッと手を振った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「弟子よ、邪魔してるぞ。むぐむぐ」

 

「あ、布都さん。お久しぶりです。どうかしました?」

 

 自宅に戻ると、居間に布都がいた。

 いつも被っている烏帽子を床に置き、茶菓子に手をつけて、彼女の家かと思うほどくつろいでいる。

 

「ここに放置してた物の回収と……作戦会議だ」

 

「作戦会議?」

 

「そろそろ乗り込むのだろう? 地底に」

 

 その通りだ。おそらくこころから聞いたのだろう。

 

「はい。年明けには」

 

「ならば旅程を考えるぞ。我がいれば何も心配いらぬが、備えるに越したことはないからのう」

 

「行くって決まった時、うるさいぐらい嫌がってたくせに」

 

「う、うっさい!」

 

 ということで、ちゃぶ台を囲み三人は旅の作戦会議を始めた。

 

「今のところ、里を出るのは年明けから1週間後くらいを予定してます。正月は色々と忙しいと思うので」

 

「ふうむ、ではおおよそ……この日か」

 

 布都がカレンダーに筆で丸をつけた。

 その日の朝にカンザト宅集合、準備ができ次第出発と決まった。

 

 次は地底への道順だ。

 

 まず里を出て北上し、一度香霖堂へ顔を出してから、霖之助と無縁塚に行った経験を元に、香霖堂の横から魔法の森に入る。

 森を北に抜けたら北東に歩を進め、地底へ続くという大穴を見つける。そしてその穴を下り、地底のどこかしらに居を構える地霊殿を目指す……というルートだ。

 

 そこまで聞いた布都は、訝しむような表情になった。

 

「どこかに大穴があるって……ずいぶんあやふやだな」

 

「正確な地図が無いんで、場所が曖昧なんですよね」

 

「おいおい大丈夫か? 我は行き当たりばったりな旅の道連れになる気は毛頭ないぞ」

 

「旅は道連れって言うよ」

 

「やかましいわ」

 

「そこは大丈夫です。地底住みの案内人がいるので」

 

「そやつは信用していいのか?」

 

「……大丈夫です。今日決めたことは俺からその人に話しておきます」

 

 こいしが信用できるか、という問いに確信して答えることは難しい。あの掴みどころのない少女は集合時間を守れるか定かでないし、それどころか地底を案内してくれるという約束を覚えているかも不明だ。

 

「なにか妙な間があったような気もするが、そこまで言うなら頼んだぞ」

 

 その後は必要そうなものを紙にリストアップしていき、荷物は各自用意することとなった。

 

「ところでこれ、何日かかる目算なのだ? 宿はどうする?」

 

「霊夢は一日で行けるって行ってましたけど、歩きだと正直分かんないです。思ってたより遠かったり、何かトラブルがあった時は、近くに建物がないか探すか……最悪野宿になるかも」

 

「はぁ!? 野宿!!?」

 

 布都は目を見開き、大声と共に驚愕をあらわにした。

 

「冗談じゃないわ!! 我のような大和撫子に、寒風吹きすさぶ野外で寝泊まりせよと!?」

 

 たしかに野宿は誰にとっても酷だが、おそらく本物の大和撫子は自分で大和撫子と言わない。

 

「というか普通に厳しいだろう! 凍え死ぬぞ!」

 

 ごもっともな指摘だ。これについてはカンザトも対策に悩んでいた。青娥から暖房代わりのマジックアイテムを貰ったため凍え死ぬ危険性は低くなったが、過酷なことに変わりは無い。

 一度魔法の森を抜けた経験から、そこまで時間はかからないだろうと予想しているが、予行練習をしているわけではないので、こればっかりはなんとも言えない。

 

「飛べ! 今すぐ飛べるようになれ!」

 

「森の上を飛ぶのはキツいらしいから、どちらにしても厳しいですよ……」

 

 そも今から急ピッチで飛行出来るように仕上げたとしても付け焼き刃にしかならず、高速飛行が出来るはずもなく、時短に繋がるとは思えない。

 

「うぐぐ、嫌じゃぁ……行きたくなくなってきた……」

 

 心底嫌そうに布都が頭を抱えた。

 不味い。布都のやる気が削がれる前に話題を逸らさなければ。

 

「あーえっと、そうだ! これ……俺が作った粘土細工です。今日はクリスマスなんで、布都さんにプレゼントします」

 

「なんぞいきなり……プレゼント?」

 

 カンザトが慌てて差し出したニワトリの粘土細工を、布都は指でつまみジッと凝視した。

 

「全く……物でご機嫌取りとは舐められたものだのぅ!」

 

 やがて卓上に粘土細工を置くと、大仰に腕を動かし、粘土製ニワトリを指さした。

 

「しかもこーんなちっぽけな置物ひとつとは、片腹痛いわ!」

 

「ハハ……」

 

 布都の容赦の無さに、カンザトは苦笑した。

 小鈴とは態度が大違いだ。

 

「ま、だが貰えるものは貰っておいてや──」

 

 布都が再び卓上のニワトリを掴もうとすると、それを阻むようにこころが手で覆った。

 

「おい、面霊気。この手はなんだ。どかぬか」

 

「サンタはいい子にしかプレゼントを届けないんだよ。そんなこと言う奴に、これは当たらない」

 

「なっ!? 生意気な! お主は利口だとでも言うのか!」

 

「ふふん、私は凄まじくお利口。サンタも認めてるもん」

 

「はっ、何を言うか! 『さんた』などおらぬわ! お主、以前に増して餓鬼臭くなったのう!」

 

「サンタいるもん! さっき会ったし!」

 

 カンザトは幼稚な言い争いをする二人を見て、かなり強引だったが話の流れを有耶無耶にできたと胸を撫で下ろした。

 

「とりあえずどけこの阿呆が!」

 

「アホって言うな! この馬鹿!」

 

「な、なんじゃとぉ〜!!? 貴様、誰にものを言っておる!」

 

「馬鹿にバカと言って何が悪い! バカ! 低脳! 金魚のフン!」

 

「うぐぐ……我を愚弄しおってぇ! 面霊気のアホ! 仏頂面アホー!」

 

「バカバカバカバカバカバカ!」

 

「アホアホアホアホアホアホ!!」

 

 止める必要性があるのか迷うほど低レベルな戦いを繰り広げる二人。喧嘩するほど仲がいいと言うが、このまま暴れられても困るので、カンザトは飛び火に気をつけながら二人をなだめた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「そういえば普通に話してましたけど、結局ついてきてくれるんですね。ありがとうございます」

 

「いやだって……太子様に言っちゃったし……屠自古には煽られるし……」

 

 布都は唇を尖らせて、何かブツブツと言っている。家に帰ってから何かあったのだろうか。

 

「だが、ひとつ言っておく」

 

 布都は一拍置いてから、打って変わり真剣な顔付きで告げた。

 

「自分の身は自分で守れ」

 

「……はい」

 

「降りかかる火の粉は払うが、おんぶにだっこまでする気は無い。お主も力を持つのなら、自衛程度こなしてみよ」

 

 厳しい物言いだが、正論だ。布都とこころは護衛じゃない。自分の道は自分で切り開くものだ。

 

「というわけで旅に出るまでの間、我がみっちり稽古をつけてやるからな。覚悟せよ!」

 

「お手柔らかにお願いします……」

 

 布都は精悍な顔つきで命じた。

 戦闘経験が乏しいカンザトを放っておかないあたり、彼女はなんだかんだと言って面倒見がいいのかもしれない。

 

 

 布都は嫌々ながらも、旅に同行してくれるようだ……

 

 

 その後は近況報告などしていると、グーッと、布都の腹の虫が盛大に鳴いた。

 

「む……」

 

 自身の腹に向けていた布都の目線が、カンザトのいる方に移動した。

 カンザトはなんとなく、布都の次の言葉が予想できた。

 

「腹が減ったのう。弟子、なにか食わせろ!」

 

「ですよねー……まぁ、これから夜ご飯作ろうとしてたんで、食べてってください」

 

 カンザトは台所に立ち、日常的に何度か挑戦しているビーフシチューを作った。

 料理のレシピは全くと言っていいほど頭に入っていなかったカンザトだが、何故かこのレシピだけは覚えており、どこか懐かしさを感じていた。

 しかし、材料のいくつかは幻想郷にないもののため、()()()のような料理が出来上がるのはご愛嬌。

 

 カンザトができたての料理を皿によそい、二人の前に置くと、布都はすぐさまスプーンを掴み、シチューを口元へ運んだ。

 

「む……んん……これは……」

 

 布都は味を確かめるように、続けて何口か食す。味の評価はいかほどか。

 

「普通だな」

 

 なんとも曖昧な感想をいただいた。

 それは「特筆することはないが普通に美味い」なのか、「美味いというには数段落ちるため普通」なのか。作った側としてはそこの差異が気になる。

 

「だがあまり食べたことのない味付け……むぅ」

 

 布都にとっては馴染みのない味付けだったようで、興味深そうに口へと運んでいく。

 

「ん!」

 

 やがて布都は綺麗に平らげた皿を、カンザトの目の前にずいっと差し出した。

 

「……なんですか?」

 

「おかわり!」

 

「アッハイ」

 

 普通だと言いつつも、気に入ってくれたのかもしれない。

 それから三人は、近く迫った旧地獄行きの旅に思いを馳せながら、のんびりと食事をとった。

 幻想郷のクリスマスはカンザトの知るものと少し違ったが、団欒し食卓を囲む、この形は外と変わらないのだろうと感じた。

 

「バカは食い意地張るなー」

 

「まぁた言いおったな貴様ぁ! 太子様の造物だから大目に見てたものを……もう知らん! 我がこの場で物言わぬ道具に戻してやるわぁ!」

 

「返り討ちにしてやる! 頭を垂れるのは貴様の方だ!」

 

 聖夜は、彼女達の燃えたぎる感情の光により色づく。寒さを忘れるほど鮮やかに描かれる情景は、この世界だけのものだ。

 だから、争う二人を見て人選を誤ったかと先の旅路が不安になっても、今は気のせいだと思うことにしよう。




恐怖!本人がいないところで勝手に上がるコミュランク!

というわけで金稼ぎ編終了。次々回から、やっと旅に出ると思います。遅いわ。

●ランクupしたコミュ
『戦車』宮古芳香:ランク4
『月』赤蛮奇:ランク4
『法王』物部布都:ランク3

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

  • 全話視聴済
  • 途中まで視聴
  • 未視聴
  • 存在を知らない
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