「では今一度確認するぞ。まず我々は魔法の森を北に抜け、北上。地底へ続くという大穴を見つける。その穴を下り、どこかしらに居を構える地霊殿を目指す……と」
出発日の朝、里の門の前にはカンザト、こころ、布都の3人が予定通り集まっていた。霖之助の読み通り降雪は幾分か落ち着き、本日は青空が澄み渡る行楽日和であった。
カンザトはコートにリュックサックを背負い、こころも同じく変装用のコート、布都は普段の白装束に少し厚着している。
「大穴の位置と地底内部の地理は案内人、古明地こいしが知っているから後をついていけばいい」
布都の確認に、こころが説明を付け加えた。
「して、その案内人は何処におるのだ」
布都がキョロキョロと周囲を見渡すが、自分たち以外に人影は見当たらなかった。
「知らない」
「来ませんね」
待ち人来ず。前もって集合時間を伝えたはずの古明地こいしは、その姿を見せなかった。
「うおぉぉぉぉい!!!!!」
冴え冴えとした冬の空気が、腹の底から出たような布都の叫び声を遠くまで響かせた。
「何故だ! 幸先悪すぎぬか!?」
「時間と場所は伝えたはずなんですけど……すみません」
「やぁっぱり信用できんではないかぁ! いや素直に信じた我が馬鹿じゃった!」
「どうする? 来るまで待つ?」
こころが待ちぼうけを食うか尋ねるも、カンザトにそのつもりは無かった。
というのも、彼は霊夢から「地面に空いてる穴は結構デカイから、近くに行けば分かる」と聞いていたため、ナビゲーターの存在は保険程度に考えていたのだ。
地底に着いてからは……まぁ、何とかなるだろう。
「いや、行こう。大体の場所は分かってるし、近づけば遠くからでも分かるはずだから。こいしに連絡出来ないのはちょっと気になるけど……」
「分かった。なら計画通り進めましょう」
「うぅ、開始から既に不安なんだが……」
布都はどんよりとした表情で弱音を漏らした。
布都としては地底に到着してからが本番のつもりだったのだが、道中から相当な苦労が予想された。
「貸本屋の娘には言ったの? 地底に行くこと」
「挨拶ついでに言った。めっちゃ心配されたけど」
「うーん、私もついて行って安心させるべきだったか」
「いや、小鈴ちゃんもっと混乱しちゃうから」
「むぅ」
小鈴は一行と同じく地底に行った経験などあるわけがないため、かなり心配された。それどころか「記憶を取り戻すためなのは分かるけど自暴自棄にならないで」とまで言われ必死に止められた。死にに行くわけではない事と頼りになる同行者の存在を伝え、必死に説得したのは言うまでもない。
「しょうがないか。なるべく早く帰ってきて安心させてあげましょう」
ちなみに、小鈴だけでなく、霊夢や針妙丸、赤蛮奇に対しても新年の挨拶は済ませている。
「よーし、しゅっぱーつ」
「おー」
「おぉ……」
険しい旅路に似つかわしくない、こころの呑気な号令をもって3人は歩き出した。
各々の魂に刻まれるのは、出立の誓い。
(本当は行く必要がない地底に、二人は危険をおかして俺の目的のためだけについてきてくれるんだ)
(この中だと私が一番強い)
(
(俺が)
(私が)
(我が)
しっかりしなきゃ……!
全員、示し合わせたかのように似たような使命感に燃えていた。布都だけは嫌々だが。
・
・
・
しばらく移動して、チェックポイントの一つ目、香霖堂に到着した。
カンザトが戸に手をかけようとすると、木製の扉がギィと音をたてて開いた。
「っと、すまない」
「あ、いえ大丈夫です」
店内から出てきたのは、長い銀髪に鮮やかな青のメッシュが入っている女性。
どうやら来客のようだ。何度か訪れているものの、霊夢と魔理沙以外の客は初めて見る気がした。
「もしかしてお客さんか?」
「あ、いや俺たちは」
「なんだちゃんと来るんじゃないか。そこまで心配することなかったかな。おーい霖之助、お客さんだぞー」
自分たちの返事を待たずに買物客と断定した女性は開きっぱなしのドアから後ろを振り向き、店内に声をかけた。
「では、ゆっくりしてってくれ」
女性は霖之助と知り合いらしく、それだけ言うと、カンザトが呆気にとられているうちに上機嫌な様子で去っていった。その物言いは、まるで香霖堂の店員かのようだった。
「誰?」
「さぁ……」
なんだかよく分からないが、扉を開け放したままでは店内に冷気が入り放題なので、3人は急ぎ中に入った。
「おぉ、暖かい……」
店内に漂う暖気に身体を包まれ、布都はほっと息を吐いた。
「森近さん、こんにちは」
「やぁ、いらっしゃい」
奥の部屋にいた霖之助が、戸口を通り近づいてきた。
「ついに地底に行くんだね」
「はい」
「十二分に気をつけて。僕も地底の事は話でしか聞いたことがないから実情は語れないが、その地は鬼を初めとした危険な妖怪や嫌われ者達の棲家だと言う。少なくとも丸腰の人間には入る余地のない異世界だ」
つまり、未知であるが故に命の保障はない場所。それが地底。
聞きながら布都の方を一瞥すると、分かりやすくげんなりとした表情に変わっていた。
「だが君には、今なお成長を続ける内なる力と……仲間がいる」
霖之助がこころと布都へそれぞれ視線を向けた。
その通りだ、此度挑むのは孤立無援の旅じゃない。すぐ横に心強い仲間がいる。
「彼女たちと協力し、失った記憶へ繋がる成果を持ち帰ってくれ。旅の無事を心から祈っているよ」
「ありがとうございます。俺、頑張ります」
カンザトは決意を胸に応える。霖之助からの激励で、心身ともに活力が湧いてくるようだった。
「しかしこやつから聞いておったが、まっこと乱れた店内じゃのう」
男の熱い決意など意に介さず、布都はぶっきらぼうに言い放った。
「否定はしないが、初対面でえらく失礼だなキミ」
「おぉ、これは失敬。お初にお目にかかる、店主殿。我は物部布都。不本意にも、この旅に同行することになった、この男の師である」
「これはご丁寧にどうも。僕は森近霖之助、よろしく頼む」
霖之助は挨拶に応えると、意外そうな顔を布都に向けた。
「カンザト君からキミの話は聞いていたが、まさか師匠とはね」
「わっはっは! こやつは力を持て余して危なっかしいからのう! 我が直々に修行をつけてやっているわけよ!」
「師匠……なんですかね」
既に幾度も弟子と呼ばれているが、否定する気力が失せただけで、やはり弟子になった覚えはない。
「おい。散々人から教えを賜っておいて、今さら何を言うか」
「いやだって、弟子ってことは道教に入ったってことになるじゃないですか。俺そんなつもりないんですけど」
「はぁー……男のくせにグチグチグチグチと……みみっちい! お主、太子様に道を乞うたのだろう? つまりもう入信したも同然じゃろ」
「いやぁすいません、俺、信じる神いないんで……」
「なんだそんなことか。ならば偉大な仙人たる太子様を信じるがよい! 太子様の教えは絶対だ!」
「えー……まあ、凄い人だとは思いますけど」
「身近な我でもよいぞ!」
「……じゃあ、神子さんで」
「お、おぅそうか……何故か複雑だ」
「布都は頼りないから信じるとかムリ」
「なんじゃとぉ!」
またいつものように、こころと布都の言い争いが勃発しそうだった。
「賑やかだねぇ……ま、師弟関係になれとまでは言わないが、気をかけてくれる人がいるのは喜ばしいことだよ」
霖之助の言う通り、いささか乱暴だが、戦闘に関して修行をつけてくれる存在はありがたい。
人に教え慣れていないのか、年末年始に習った修行は粗雑で、お世辞にも名師とは言い難い有様だったとしても、だ。
霖之助にも自分にとっての布都のように、気にかけてくれる人物がいるのだろうか。霧雨店の店主は霖之助よりか娘を案じていたようだったが。
そう考えて、先ほど店前で話した女性のことを思い出した。
「そういえばさっき居た女の人って、森近さんの知り合いですか?」
「ん? あぁ……里に住んでる昔馴染みだよ。つい先程、色々と有難いお小言をいただいたところでね」
「お小言……?」
「耳が痛くなるほど言われていることさ。やれもっと顔を出せだの、こんな場所に店を建てても稼げないだのと」
話しながら霖之助は苦笑する。
彼には悪いが、カンザトは最もな意見に感じてしまった。
「でもね、なんと言われようと僕は今の生活が気に入ってるから。ここから動くつもりはないよ」
うんざりするほど忠告されて、その度上手くあしらっているのだろう。嘆息する霖之助の様子から、気疲れが見て取れた。
しかしそれだけ聞くと、その女性は──
「その人心配してるんですかね、森近さんのこと」
霖之助は目を丸くして、虚をつかれたような反応をした。
「あぁ、そう……だね。心配、してるんだろうな。あまり考えたことはなかったが」
霖之助にしては珍しく気恥ずかしそうな、バツの悪そうな顔で眼鏡のブリッジを押さえた。
彼は商人という職業柄に反して独りを好む傾向にあるが、周囲はそれを許さない。とは言え本気で拒絶しないあたり、香霖堂に集う顔見知りや件の女性に関しても疎ましく感じているわけではないのだろう。
つまり霖之助は、心から孤独を望んでいない。
人里には、霖之助を心配する人がいると知った……
カンザトは今まで見られなかった、彼の新たな一面を垣間見た気がした。
「僕のことはいい。そんなことより、出発する前にキミに見せたいものがあるんだ」
霖之助はおもむろに立ち上がると、逃げるように店の奥へ姿を消した。
「見せたいもの……なんだろ」
「また外の服かな」
こころはそれが外来の衣服ではないかと期待しているようだった。
少しして、霖之助がヒラヒラとした装飾の衣服を手に持ってきた。
「え、それ……」
見間違えるはずも無い。記憶の無い自分でも知っている。その物はある種、男の夢の結晶であり、『萌え』の象徴である。
「外出身の君ならご存知だろう。何を隠そう、これは『メイド服』という制服だ」
「森近さんも知ってるんですか?」
「常連客に本職がいてね。それに、僕の
「森近さんの力って……」
「僕は道具を見ると、その物に宿った名称と用途を知ることが出来るんだ」
そう、それこそが森近霖之助の秘めたる能力。
彼はこの能力を最大限活かすため、外の世界の道具及び珍品を集める骨董屋を開業した。
「えぇ、何でも分かるんですか?」
「万物、一切合切お見通しだ」
「凄いですね……!」
カンザトは感嘆の声を漏らした。
「うーん、気持ちの良くなる反応をありがとう。これを聞いて素直に驚いてくれるのはキミぐらいだよ、カンザトくん」
霖之助はカンザトの率直な反応を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「で、その
霖之助が気持ちよくなっていたところで、勿体ぶるなと言いたげに布都は先を促した。
「……ゴホン。メイド服とは、西洋の使用人が着用していた職業服に由来する衣服なのだが、僕が見たところ、この服の用途は『主人を喜ばせる』だそうだ。一見何の変哲もない衣服にしか見えないのに、人を奮い立たせる力を有してる。魅力的に思えないか?」
主人とは、本場のホームメイドにおいて雇用主を指すのだろうが、日本では店に訪れた客……いわゆる『ご主人様』なのではなかろうか。純日本人*1であるカンザトからしてもそちらの認識が強い。
それゆえ、『主人に仕える』ではなく『主人を喜ばせる』なのかもしれない。
「……そうなのか? 我にはイマイチ分からんが」
「その服、希望が宿ってる気がする」
こころは霖之助の手にあるメイド服をまじまじと見つめた。
「希望って……」
「言葉通り希望よ。人の輝くような強い想いが宿ってる」
カンザトは少し驚いた。
こころは人の感情を悟ることが出来るが、もしや道具に注がれた感情までも感じ取れるというのか。
「……着てみるかい?」
「え」
こころが、メイド服を着る?
予想外の提案に、カンザトの思考が一瞬フリーズした。
「うん」
「えっ?」
こころは二つ返事でその提案を受け入れた。
もしや、以前香霖堂で行われた試着大会が思いのほか楽しかったのだろうか。
「僕も詳しくないが、着物と違って見た目通りに着れるはずだ。ここの紐は後ろで縛って、これは頭に装着して──」
霖之助から簡単な説明を受け、こころは奥の試着室へ引っ込んだ。
数分後……
「着たよ。どう?」
「おぉ……」
そこには、能楽師からメイドへ転職したこころが立っていた。
カンザトの心に、愛おしさと興奮が入り交じった萌えの感情が込み上げる。
「こ、こころ。こうやって手でハート作ってみて」
「こう?」
「おぉ……!」
この男、今回ばかりは欲望に忠実である。
自分では意識したことがなかったが、実はメイドフェチだったのかもしれない。
「なんか……良い! グッとくる!」
「フフフ、修繕して良かった。キミには刺さるだろうと思っていたんだ」
もしかしてメイド萌えの変態だと思われてる? という疑惑は今のカンザトの頭に入る余地がなかった。
「着用者は主人を喜ばせる、だっけ」
そう言うと、こころは両手でハートを形作ったまま、コテンと頭を右に傾けた。
「ガンバレガンバレ、ご主人ー」
棒読みだが、メイドとは何か知らないにも関わらずこの台詞が出てくるなら大したものだ。
「おぉぉ……! イイ! なんかすごい嬉しい!」
「なるほど、外来人の君が納得してるなら、こういった所作もメイドの醍醐味なんだろう。僕の知っているメイドとはかけ離れているが」
「男って……阿呆じゃな」
喜ぶ男性陣に、布都は引いた目つきを向けた。
「ご主人、私はかわいいかー?」
「カワイイ! 森近さん、オレ記憶無いはずなのに今めっちゃ楽しいです!」
「そうだろうそうだろう。これは量産すれば里の人間にも売れるかもしれないなぁ!」
「喜んでる中身が違う気するのは我だけか?」
それからしばらくメイド鑑賞会を楽しみ、一行は英気を養った。こころも乗り気だったことだし、いずれ購入に踏み切ってもいいのかもしれない。
香霖堂を出る際、布都からの蔑むような視線が突き刺さるようだったが、メイドさんは日本男児共通の夢(偏見)であることから、カンザトはなんら恥ずかしくなかった。
……恥ずべきことではないと、自身に言い聞かせた。
色んな意味で趣味全開の回でした。
あのキャラの登場については、人によっては受け入れられないだろうなと思いつつも超個人的に書きたい設定だったので入れちゃいました。
●ランクupしたコミュ
『隠者』森近霖之助:ランク5
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない