『ご要件は』
『ご対応感謝します……神郷署長。一度、お会いできませんか』
向こうから接触してきたか。彼らを束ねる者を突き止める好機となるやもしれん。とはいえ、交渉に応じる連中とも思えない。そうなれば……
『……』
真田に伝えておこう。
……
『指導者とは、誰だ?』
『共に来れば分かる。来ないと言うのなら……我ら、
青紫色の異形が姿を現す。
やはり戦闘は避けられないか……しかし、彼らの存在を認めるわけにはいかない。
……
『
『なくなっちまったんだ……無いんだ。出せねぇんだよ、俺ぇ!』
『……ッ!』
男が仲間へ助けを乞うも虚しく、銃口から放たれた焔が異形を貫く。
男の断末魔が、人気のない歩道橋に響き渡った。
……
『それで?』
『脳梗塞と心筋梗塞、多臓器不全を一度に引き起こしてる』
彼女の報告に耳を傾けながら、ペルソナを制御するカプセルを飲み込む。
『未知の薬物も検出されたわ。死因との関連は不明。リバースと同じ、超法規扱い。またあなたの特命と関係が?』
『ああ』
彼女には明かせない。
殺戮の性を持つペルソナと罪は、俺一人で背負う。
全ては、歪んだ研究の根を断ち、弟達を守るため。
『俺が殺した』
・
・
・
「……」
甘い匂いを嗅ぎ、目が覚めた。
首を動かして周囲の景色を見ると、少々乱雑に家財が置かれた室内に居ると分かった。窓から差し込む夕日が眩しい。
自分はベッドに寝かされているらしく、体を動かすと掛け布団がゴソゴソと音を立てた。
(俺はたしか……)
異形と戦い、気力切れで倒れた。
二度あることは三度あると言うが、戦闘の度にこう何度も倒れては体がもたないうえ、他人に迷惑をかけてしまう。
上体を起こし、気づく。
ベッドのすぐ横では、こころが椅子の背もたれに体重を預けて眠っていた。
「ここ──」
眠れる彼女の名を呼ぼうとした時、部屋の扉がガチャリと開いた。
「お、起きたか」
そこに居たのは、魔女帽子を外した霧雨魔理沙だった。
「魔理沙……ここは」
「私ん家。お前ら、ぶっ倒れてたから運ばせてもらったよ」
「そっか、ありがとう」
声で分かってはいたが、自分たちを助けてくれたのは魔理沙だったらしい。ということは、ここは以前話していた霧雨魔法店なのだろう。たしか、なんでも屋を営んでいるんだったか。
「痛むか? 見た感じ大きな怪我は無さそうだったけど」
問われ、体を軽く動かしてみる。回復魔法が効いたのか、木に体を強打した時の鈍痛は消え去っていた。
「大丈夫。普通に動けそう」
「おぉそうか。良かった良かった」
魔理沙は小さく笑った。
「魔理沙、なんで助けに来てくれたんだ?」
「なんでって?」
「タイミングよく助けてくれたから。よく場所が分かったなって」
「そりゃ分かるだろ。あんなデカい音、何度もしてたら。家にいても聞こえてきたぞ」
気を配る余裕もなかったが、激しい戦闘音は森中に響いていたらしい。それどころか、最後の大爆発は森の外にも届いていたかもしれない。
「で、訊きたいことがあるんだが」
途端、真剣な顔つきになる魔理沙。
こちらにも、訊きたいことがあった。
「アレはなんだったんだ?
「俺も分かんない。普通に歩いてたらアイツがいて、突然襲ってきたんだ。森に棲んでる生き物かと思ったから、むしろこっちが訊きたいくらいなんだけど」
「いや知らん。長いことここ住んでるけど、あんなん見た事ないぞ」
魔法の森の生態系に詳しいであろう魔理沙にも、正体は分からないようだ。いよいよ謎の生物の異様さが増しに増してきた。
「ねぇ魔理沙。ここ、お砂糖ある?」
異形の謎について考えを巡らせていると、また扉が開かれた。立っていたのは、赤いカチューシャを付けた金髪セミロングの女性。
「良かった、起きたのね」
目覚めたカンザトに気づき、ホッとした表情を見せた。
「『誰だお前』って顔してるぞ」
魔理沙がニヤリと笑う。
自分はそんな分かりやすい顔をしているだろうか。もちろん、初対面の人に『お前』なんて無礼な言葉は使わないが。
「貴方は……?」
「アリス。アリス・マーガトロイド。お前重すぎたから、アリスに運ぶの手伝ってもらったんだよ」
カンザトの疑問に、何故か魔理沙が答えた。
挨拶を奪われた女性は、呆れ顔で魔理沙の方をジロリと見た。
「知ってるけど、デリカシーないわねぇ。もう」
魔理沙が言っているのは、意識のない男性を運ぶのは大変だったということであり、決してカンザトが太っていて重かったという意味ではない。
「えー、初めまして。今日はたまたまこの娘の家にいたから、貴方を運ぶの手伝わせてもらったわ」
「アリスさん、ありがとうございます。本当に助かりました」
「気にしないで」
カンザトはアリスの体格を見て、「自分を運んだにしては華奢だな」と思った。
「どうかした? なにか付いてる?」
「あの……担いだんですか?」
「え?」
アリスと呼ばれる女性はキョトンとした。
「はは、そりゃそう思うよな。でも私たちでえっさほいさと運んだんじゃなくて、人形を使ったんだよ」
「人形?」
「アリスは人形を操る奇術師でな。流石にみんなでお前を担ぐわけにもいかんから、人形達に運んでもらったってわけよ」
さながらガリバー旅行記のような光景だったわけか。それはさぞかし面白い……奇妙な絵面だったことだろう。
「誰が奇術師よ。私はれっきとした魔法使いですけども」
アリスは魔理沙と同じ、魔法使いのようだ。
人形を自由自在に操る魔法なんていうのもあるのかと、カンザトは感心した。
「なぁアリス。私がさっき言ったやつ、ここ住んでて今まで見たことあるか?」
「ああ、青い変な形の生き物? だっけ」
問われたアリスは小首を傾げた。
「うーん……多分見たこと無いし、心当たりも……ないかなぁ。どっかの賢者さんが暇つぶしに外から連れてきたんじゃないの?」
「いやぁそんなこと……ないとも言えないか。アイツ何考えてるか分からんし」
「アレを連れてきそうな人がいるのか?」
「この世界には管理人がいてな。外から何か寄越してくるなんてそいつくらいなもんだが……まぁ、流石に違うか。アイツが里の人間襲うようなもん放置するとは思えん」
幻想郷の管理者がいると聞き、カンザトは驚きを隠せなかった。『一番偉い人』という平易な言葉ではなく、『管理人』という肩書きなのだ。さぞかし卓越した叡智に超人的な力を持つ、博学多才な人物なのだろう。
カンザトの脳内に、威厳溢れるちょび髭の老齢男性の姿が浮かんだ。
「何はともあれ無事でよかった。こいつがしどろもどろになってた時は焦ったぜ。私でも分かるぐらいお前らのこと心配してたんだよ」
カンザトは瞼を閉じたままのこころへ視線を向ける。
自らの意思で戦場に舞い戻ったとはいえ、倒れた際は随分と不安にさせたことだろう。今眠っているのも、張り詰めた緊張の糸が途切れたせいかもしれない。
「布都さんは?」
「安心しろ、アイツならピンピンしてる。今は……外でたそがれてんじゃねぇかな。寒いだろうに何やってんだか」
「そっか……」
話の流れから察してはいたが、布都も無事なようでホッとした。
「カンザトさん、何か食べられそう?」
「あ、はい」
「丁度、夕飯支度してたところだったの。食べてくといいわ」
「ありがとうございます」
「それじゃあアンタはお砂糖を出してもらえるかしら。あの実、匂いはいいけど酸味が強すぎるわ」
「えぇー、あの酸っぱさがいいんじゃねぇか。酸っぱいのは疲労回復に効くっていうし」
「何事にも限度ってものがあるでしょ。あの酸っぱさは元気になりすぎちゃう」
「じゃあいいじゃん」
ありがたいことに食事を用意してくれるようで、アリスと魔理沙は部屋を出ていった。
自分とこころだけが残され、再び静寂が訪れる。
「……こころ」
すやすやと安らかな眠りを享受しているところ悪いが、改めて今の心持ちを伝えようと思い、ベッドの縁に腰掛けてから声をかけた。
「こころ」
等身大の人形の如く微動だにしない少女は、椅子に深く座り静かに眠る。
「……?」
こんな光景を、以前どこかで見たような気がする。
力無く肩を寄せる少女。冷えきった身体と、伝わる微かな温もり。
あれは、いつの──
「……んぅ」
小さな声がデジャブを遮り、ゆっくりと瞼が開く。
「…………」
「……こころ」
「カンザト……」
「おはよう」
「おはよう……」
寝ぼけているのか、いつにも増して声がか細い。
「んん……身体は大丈夫?」
「大丈夫。どこも痛くない。こころは?」
「見事勝利を収めた私は、さすまじく元気」
「そうだな……みんな無事だったのはこころがいてくれたお陰だ。無理言っちゃってごめんな」
「ふふん、頑張った」
得意げにふんすと鼻を鳴らすこころ。
ところが一転して、すぐに身を縮めた。
「でも恥ずかしい。任せてって言ったのに、あなたと布都が助けてくれなかったら危なかった。一人でなんとかしようと思ったけど、なかなか上手くいかないね」
カンザトは、己を逃がしたこころの言葉を思い出す。こころは自分よりも、三人の中の誰よりも、先陣を切って旅を導く気概を持っていたのだろう。
「それで……それでも、いいんだと思う」
カンザトはこころと目を合わせる。
「俺、最初は無意識に二人に守られようと、守ってもらおうとしてたんだと思う。でも今は違う」
自分がしっかりしなければと決意を固めながらも、能力を恐れ、無意識のうちに二人を頼っていたのかもしれない。窮地に立たされ、選択を迫られて、考えを改めた。
「俺たちは旅の仲間だから、助け合うべきなんだ」
カンザトは頼れる仲間の存在に、心から感謝した。
「……そうね。私も少し……驕ってたのかもしれない」
その先を正直に伝えることを躊躇っているかのような沈黙のあと、こころは恐る恐る口を開く。
「私、怖かったの」
「アレと戦って、か?」
わずかに視線を落とし、こころは頷いた。
「あっという間に、何も出来ないうちに死んで……無になるのが怖かった」
お面がさめざめと泣き、声が次第に萎んでいく。
「霊夢、聖、カンザト……みんなに、会えなくなるのが怖かったの」
こころの小さな手が微かに震えていることに気づいた。こんなにも彼女に無理をさせてしまったのかと、胸が痛くなる。
「私、自分がこんなに臆病だなんて知らなかった」
言い切り、胸の内を全て吐露したのか、より深く視線を落とした。『死の恐怖』が伴う戦闘は彼女にとって稀有な体験だったが、同時に劇薬だったのだろう。
「大丈夫。俺もめちゃくちゃ怖かった。死ぬかと思った」
カンザトは目を逸らさず、語りかける。
「でも、逃げたくないって思った」
「なんで?」
こころは顔を上げ、目の前の彼を見つめ返す。
カンザトはひと呼吸おき、優しい声色で答える。
「こころが一緒にいてくれたから」
「わたし……」
「こころが逃げずに戦ったから、勇気が湧いた。こころがいてくれたから、ペルソナを上手く使おうって思ったんだ。一人じゃ、そうならなかった」
思い出すのは、人里での仕事の帰り道。
初めての感情に戸惑う彼女と喜怒哀楽を分かち合い、共に歩んでいこうと約束した。
「怖くていいんだ。怖いことも、楽しいことも、色んな気持ちを話そう。仲間って、そういうものなんだと思う」
真の仲間とは、かくあるべきだろう。
未だ記憶を探す旅は序盤。しかし、協力しひとつの苦境を乗り越えた一行は以前より成長し、絆が深まった。なればこそ、苦悩は抱えず、共に背負えばいい。
「嫌じゃなければ俺になんでも話してよ。布都さんも多分……聞いてくれる、かな」
自信が無かったのか、苦笑いするカンザト。
こころはそんな彼を見て、のしかかる責任感や無力感、そして漠然とした死への恐怖が薄まっていくような感覚を覚えた。
「ありがとう」
自然と感謝の言葉が出た。
自分が迷った時、彼は常に手を差し伸べてくれる。この恩をいつか返せたら……いや、助け合いに大きな恩義を感じること自体、仲間には必要ないのだろうか。
「……ごめん、なんかすごい恥ずかしいこと言ったかも」
とてもいい事を言ったはずなのだが、真剣になりきれなかったカンザトは、バツが悪そうに表情を変えた。
「その恥ずかしさも、仲間なら共有するんだよね」
「これは共有しなくていいな……」
「私はなんでも話すから、あなたも全部話してよ」
「勘弁してください」
今度は彼が俯いてしまった。
恥ずかしがる彼を見るのは、ちょっと楽しい。
こころは未知への恐怖を感じながらも、素直な気持ちを伝えてくれたようだ……
「そういえば布都は?」
「外にいるって。魔理沙に聞いた」
そう答えると、カンザトはおもむろにベッドから降りて立ち上がった。
「俺、布都さんと話してくる」
私も行く──そう言おうとして、思いとどまった。なんとなく、自分がいては布都は本音を語らないだろうと思ったからだ。
退室するカンザトをじっと見つめながら、こころは思う。
自分と布都が、互いに信頼し合う仲間になれる日はくるんだろうか。危ないところを助けてもらったし、私は布都のことを仲間だと思ってるけど……
普段から争いがちで、それどころか少し前には、布都を信用するなど無理だと断じていたのだが……
戦闘の余波により、都合の悪いことはどこかへ忘れたこころなのだった。
・
・
・
「……ねぇ、魔理沙」
「砂糖ならそれで終わりだぜ。忘れないうちに買いに行かないとな」
「アンタのお買い物事情なんてどうでもいいわ。じゃなくて、あの人、突然こっちで目覚めて記憶喪失なんでしょ?」
「ああ、本人は外から来たんじゃないかって思ってるみたいだ」
「記憶を失うほどの
魔理沙は鍋の中身をかき混ぜる手を止めない。それどころか顔も鍋へ向けたままで、真面目に聞いているのかとアリスは少し苛立った。
「でもそんな不確かな条件を一切合切無視して、こっち側に来ちゃう方法、一つだけあるんじゃないの」
魔理沙は手をピタリと止め、アリスの顔を見る。
「というより、来させられるのがいる」
「……まぁ、そうだな」
「さっき話題に出して気づいた。あの人もその変な生き物も、『八雲紫』が気まぐれに連れてきたんじゃないの?」
アリスの脳内に浮かんだ、ひとりの容疑者。それは強大にして得体の知れない、境界を操る、かの大妖怪。
「うーん、それは無い気がすんだよなぁ」
アリスとしては衝撃的な推理だったのだが、魔理沙はまるでなんでもないように返した。
「気がするって……勘?」
「勘」
「霊夢みたいなこと言うのねぇ。神力に影響されたのかしら?」
「だとしたらありがたい事この上ないけどな。理由を言うと、青いやつはさっき言った通りだし、カンザトは仮にそうだとして、一度も紫に会ってないっぽいのはおかしくないか?」
「んん、まぁたしかに……というかアンタ、最初から気づいてたでしょ」
「まぁなー」
「彼に言わないの? 少なくとも、ひとつの手がかりにはなるんじゃない?」
「言ったところでしょうがないだろ。下手に混乱させるのもあれだし」
「……ま、いいけど。たしかに教えたところでアレ相手じゃどうしようもないし」
もし私の粗雑な推理があっているなら、なんだか彼がとても可哀想に思えてくる。
壁を隔てて、玄関扉の開く音が聞こえた。妙な口調の娘が戻ってきたか、部屋にいた二人が外へ出たのかもしれない。
アリスは思考を目の前の料理に戻し、止めていた手を再び動かし始めた。
●ランクupコミュ
『星』秦こころ:ランク5
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない