PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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賓客呑み込む紅魔の居城

 言われるがまま来た道を戻る。帰宅するのかと思いきや、道を逸れて未踏のルートへ進み始めた。

 

「帰らないの?」

 

「いい場所あんだよ。広くて綺麗な宿がな」

 

 それを聞き、カンザトは雅な高級旅館を想像する。まだそうと決まったわけではないが、少しだけこれから向かう場所が楽しみになってきた。

 

『魔理沙……私はあんまりお勧め出来ないと思うけど。私たちが出入りするのとはわけが違うわ』

 

 ところが、浮かれる彼に冷や水を浴びせるかのように、アリスは淡々と魔理沙を諭した。彼女は既に目的地の見当がついているようだ。

 

「大丈夫だろ。何も外から客を招くのは初めてじゃないんだし、人間相手じゃ連中も大人しくなる」

 

『……心配』

 

 2人のやり取りに漠然と不安を覚えながらも、事情を知らないカンザト達は素直について行くしかなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 しばらく歩くと、木々の無い開けた場所が見えてきた。視界にはうっすらと霧がかかっており、遠くの景色をハッキリと見通せない。目を凝らすと、そこら一帯が広大な湖であることが分かった。

 

「おぉ……」

 

 自然と声が漏れ出た。今日だけで美しい大自然の風景を十二分に堪能している。見慣れた人里を飛び出し魔法の森を抜けた先は、別世界が広がっていた。

 

「のう、魔理沙殿。あのおどろおどろしい建物は一体……」

 

 布都がどこか怯えた様子で尋ねた。

 建物? と思い慎重に眺めると、湖畔を覆う霧に紛れるようにして、確かにソレは存在していた。

 

「……!」

 

 湖の向こう岸、真紅に染まる洋館が、純白の山々に鮮血をしたたらせるかのように朧気な輪郭を現す。窓は少なく、屋敷の顔として中央に据えられた無機質な時計台が、外界より誘われる来訪者を見下ろしていた。

 霊夢から聞いた外観とも合致する。

 間違いなく、あの建物の名は──

 

「紅魔館。普段自分たちの巣に閉じこもってるお前でも、名前ぐらいは聞いた事あんじゃねぇか?」

 

「こう、ま…………はて、な、なんだったかのう……?」

 

 渋い顔で小首を傾げる布都。

 超弩級の失礼にあたるため絶対に口に出してはいけないが、口調も相まって記憶力の低下した御老人のように見える。

 

「あれが泊まりのアテだ。よっしゃ、さっさと行こうぜー」

 

 慣れ親しんだ道中なのだろう。魔理沙は臆することなくズンズンと歩いていく。

 

「こころ。紅魔館ってたしか……」

 

 カンザトはこっそりとこころに耳打ちした。

 

「吸血鬼の住む館、だった気がする」

 

「だよな……大丈夫かな」

 

 カンザトは不安げな面持ちで後ろについてくる布都を一瞥する。こころにだけ聞こえるよう喋ったのは、化生の者に強い忌避感を抱く布都がその事実を知れば、入館する前から取り乱す恐れがあるからだ。

 アリスの心配していた理由を理解し、宿泊して問題ないだろうかと不安になる。とはいえ、魔理沙が危険の伴う場所に連れていくとも思えない。泊まるべきかは今すぐ判断せず、ひとまず行ってみることにした。

 

「見られてる」

 

「え?」

 

「妖精共だろ、気にすんな」

 

 どこからか複数の視線を感じながら湖の縁に沿って歩くと、そう時間がかからずに洋館の近くまで来た。敷地を大きく囲むレンガの塀と、鉄製の門が館に立ち入る者を待ち構えている。

 

「誰かいる」

 

 カンザトは、門前に立つ誰かの影に気がついた。

 星が特徴的な帽子を被った赤髪の女性は接近してくる一団の存在を認めると、顔を強ばらせた。

 

「あ、魔理沙! また来たわね! 今日こそは通さないから!」

 

「今日はそういうんじゃねぇよ。お前ら……というか、紅魔館(ここ)に用がある奴らを連れてきたぜ」

 

「はぇ? それはどういう……」

 

 挨拶のため、カンザトは前に出た。

 

「どうも、こんにちは」

 

「あ、どうも……あの、どちら様ですか?」

 

「俺はカンザトといいます。用っていうのは……」

 

 魔理沙の方をチラリと見る。

 まだ話が呑み込めていないのだが、この洋館に泊めさせてもらうということでいいのだろうか。

 

「こいつら旅の途中でさ。泊まるとこないから、ここに泊めてやってくんねぇかな」

 

「はあはあ、そういうことでしたか。でも、うーん……私からは許可出せないので、咲夜さんに訊いてもらえますか? あ、咲夜さんはここのメイド長でして──」

 

 カンザトは話を聞きながら、女性の風貌をまじまじと眺める。

 チャイナ服に似た緑のドレスに、オレンジがかった赤い長髪。

 この、珍しく特徴的な外見。どこかで見たような……

 

「もしかして──」

 

「あ、思い出した。うちの虎を買ってった人だ」

 

 こころも見覚えがあったようで、女性を指さした。

 

「虎? ……あー!!! よく見たら貴方たち、あの時の店員さんじゃないですか!」

 

 指摘された女性も気がついたようで、声を張り上げた。

 彼女とはこれが初対面ではない。紅魔館の門番は初冬に開催された酉の市にて、虎の置物を購入していったお客様だった。

 

「何の話だ?」

 

「酉の市で粘土細工を買ってくれたんだ」

 

「あー、そういえばお前らも来てたな」

 

「あの時はありがとうございました〜! あれ今でも気に入ってて、お部屋に飾ってるんですよ〜」

 

「ホントですか? 嬉しいです」

 

「お前自分の部屋とかあるんだ。いつも外にいるから締め出されてんのかと思ってたわ」

 

「しっ、失礼な! そんな訳ないでしょ! 私もちゃんと紅魔の一員なんだけど!」

 

 魔理沙は悪戯っぽく笑った。

 門番とは得てして厳格であるイメージを持っていたが、魔理沙にからかわれる彼女を見て、紅魔館に対する先入観が和らいでいくようだった。

 

「ん? ドレスに赤い髪……」

 

「どうかした?」

 

 魔理沙の訝しげな視線が、女性の頭からつま先まで巡る。

 

美鈴(メイリン)……悪いことは言わない。自首しろ。隠してること、全部洗いざらい吐け」

 

 そして、魔理沙は諭すような生暖かい目つきで女性の肩に手を置いた。

 

「うえぇ!? なななななによぉ!! 私、悪いことなんて昼寝とつまみ食いくらいしかしてませんけどぉ!?」

 

 あまりの動揺に、魔理沙に対しても敬語が飛び出している。魔理沙は件の亡霊少女がこの女性ではないかと疑っているのだろう。

 

「この人じゃない。服が違うし背ももっと小さかった」

 

 しかし、すぐにこころが否定した。

 カンザトも同意見だった。

 そもそも顔が違う。あの日の情景(トラウマ)は脳髄へ強烈に焼き付いているので、明らかに別人だと分かった。

 

「だよな。そもそもコイツ死んでねぇし」

 

「えぇ……」

 

 どうやら、からかっていただけらしい。

 カンザトは困惑した。

 

「なんなのぉ……?」

 

『お遊びはそのぐらいにしときなさい。悪かったわね、美鈴。実は私たち、人探ししてるのよ』

 

「ん? 今誰が……」

 

 アリス人形が女性の眼前に移動する。

 先ほどから呼ばれているが、女性の名は美鈴というらしい。

 

『今日はいつもと違う装いで失礼するわ。どうかしら?』

 

「わっ、その声もしかしてアリス?」

 

『ふふ、流石は紅魔館の門番ね。この仮の姿、一発で見抜くとは』

 

 遊ぶなと言いつつも、アリスも今の状況を楽しんでいる気がする。

 カンザトが魔理沙の方を見ると、視線に気づいた魔理沙は苦笑した。

 

「そりゃ分かるでしょ……太歳星君が差し向けた偽物じゃないんだし」

 

『たいさい……なに?』

 

「なんでもない。それで人探しがなんだって?」

 

『人探しっていうか霊探し? 膝下まである赤いドレスに、赤い髪の女の子を探してるの。たぶん亡霊。何か知らない?』

 

「う〜ん……? 分かんない、かなぁ。うちで赤い髪って言ったらパチュリー様のとこの部下ぐらい……」

 

『そう、ありがとう。あと男性も一人探してるんだけど』

 

 アリス人形がくるりとこころの方を向く。

 こころはかぶりを振った。

 

『こっちは特徴不明。背が高いとしか』

 

「えー、そんなの何も分かってないのと同じよ。しばらく男性客も来てないから心当たりナシ」

 

 察してはいたが、何の手掛かりも得られなかった。

 よしんばアリスの推測が正しいとして、赤い少女は地縛霊ということになるため、命蓮寺から遠く離れたこの地で姿を見かけるはずもないだろう。

 

「あとさ、森で青い怪物を見たんだが、なんか知らねーか?」

 

「青い怪物? なにそれ」

 

「顔部分が明るい紫で、体は全体的に青っぽいです。あと大きい翼みたいなものが浮いてて、先端が手の形に変形してました」

 

「ほう……?」

 

「なんていうか、動く青い鎧みたいな……伝えるのが難しいんですけど、とにかく不思議な見た目でした」

 

 全体像を間近で見たカンザトが補足した。改めて特徴を羅列しても、なんだその謎生物はと言いたくなる。

 

「なんですかそれ……すみません、全然分からないです」

 

「あ、いえ。教えてくれてありがとうございます」

 

「もしかして、昨日魔法の森の方角から感じた強い気はその怪物のですかね?」

 

「気……はちょっと分かんないですけど、多分そうだと思います」

 

「あーやっぱりそうですか。その後すぐにちょっと揺れたので、なにかなーとは思ってたんですが」

 

 魔理沙も言っていた通り、昨日の戦いはかなり目立っていたようだ。おそらく、天まで昇る大爆発を起こした事がなにより大きい。

 

「まぁとにかく、そのことも含めてここに用あんだわ。ってことで通してくれないか」

 

「分かった、案内するわ。でも絶対に本は盗らないでね。愚痴られるの私なんだから」

 

「アイツが隙だらけだったら保証できないな」

 

「……アンタだけ通さない方がいいか」

 

「冗談だよ冗談。こいつらがいる間は大人しくしてるからよ」

 

「悪さしたら咲夜さんに言いつけちゃうんだから」

 

「そりゃ勘弁。無言の圧力がこえーんだわ、あいつ」

 

 金属音を鳴らしながら、西洋意匠の鉄門が左右に開かれる。それなりに重量があるように見えるのだが、美鈴は軽く押し開いた。

 いよいよ吸血鬼の居城へ足を踏み入れる。

 わずかに緊張感を覚えながらカンザトが敷地内へ踏み込もうとすると、横からこころが話しかけてきた。

 

「カンザト。自分たちが作ったものを喜んでくれるのって嬉しいね」

 

「うん、そうだな」

 

「また作る?」

 

「そうだな……作ってみてもいいかも」

 

「もっと豪華なものを作って、絵も色んなのを描いて、一流芸術家として一躍有名人に! 夢が広がるわー」

 

「あはは、気が早いって」

 

 こころとの雑談で緊張がほぐれるのを感じていたところ、布都の震え声が一行の歩みを制した。

 

「ま、待てお主ら」

 

「布都さん?」

 

「本当に入る気か? こんな……」

 

 布都が館の正面を見上げると、顔に恐怖の色が広がっていく。

 

「ここには魔の気が充満しておる。こんな魔境にのこのこ入ってしまえば、一体どうなるか……」

 

「大丈夫ですよー、こわくないこわくない。お嬢様は吸血鬼ですけど優しい御方ですから」

 

「きっ、吸血鬼ぃ!?」

 

 布都の表情が恐怖に染まる。

 よりにもよって吸血鬼という単語を出してしまった美鈴の説得は、逆効果だった。

 

「だっダメじゃ! この屋敷は悪魔の胃袋ぞ! 取り殺されてしまう!」

 

「大丈夫だって。そんな事する連中じゃないからさ」

 

「魔理沙殿も奴らの仲間なのか!?」

 

「なかま……仲間? まぁ、仲間っちゃ仲間か?」

 

 魔理沙は何気なく答えているのだろうが、何故こうも布都の恐怖を煽るのだろう。

 

「うわ──ん! 我はまんまとおびき寄せられたんじゃ──!!!」

 

 いよいよ仲間の目を憚らず喚き出した。一行を地底へ導くと誓ったのはなんだったのか。

 

「ふ、布都さん、落ち着いてください」

 

『安心して。吸血鬼といっても、里の人間には危害を加えないよう協定があるはずだから』

 

「そんなの信じられんわぁ!」

 

 なおも拒否する布都にカンザトはオロオロしていると、こころがズンズンと布都へ近づいた。

 

「え」

 

「いいから行くぞ」

 

 そして、布都の首根っこを掴んで無理やり引っ張った。

 

「何をするか! はっ、離せ!」

 

「つべこべ言うな。魔理沙がむざむざ危険な場所に連れて来るわけないでしょう」

 

「そんなん我には分からんわ!」

 

「もし本当に危なかったら逃げればいい」

 

「ヤメロー! 離せー! バカ! アホ! 人でなしぃぃ!」

 

「人じゃないもんねー」

 

 喚き散らす布都を強制連行して、一行は紅魔館の敷地に足を踏み入れた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 直線に伸びる石畳を進み、手入れの行き届いた広い庭を抜け、本館の正面玄関を目指す。敷地内を漂う霧が異界に迷い込んだかのような雰囲気を醸し出していたが、当然のごとく布都の恐れるようなアクシデントは起こらず、警戒した割にごく一般的な敷地内であった。人里どころか外の世界でもそうそうお目にかかれないであろう豪奢な西洋建築がごく一般的かと言われれば、全くもって誤った表現だが。

 

「このまま真っ直ぐ進むと正面玄関がありまーす」

 

 来客が久しいのか、意気揚々とツアーガイドの真似事をする美鈴を先頭に行く。

 

「分かった、大人しくするから……もう離して……」

 

 半泣きの布都を引きずるこころを最後尾に、カンザト達は館内へ入場する。

 精緻な装飾の玄関ドアを開くと、広々としたエントランスホールが客人を出迎えた。正面には横幅の広い階段が連なり、吊り下げられた絢爛豪華なシャンデリアから降り注ぐ光が、ホール全体を明るく照らしていた。

 

「すっげ……」

 

 怖がるより、気圧されそうだった。こんな豪邸、余程の財を持っていなければ住めやしない。

 左右へ視線を送ると、開いた戸を隔てて、赤を基調とした廊下が果てしなく続いていた。外観よりも広く感じるのは気のせいだろうか。

 こころは大飛出の面が現れた状態でぽかんと口を開けていた。考えていることは、おおよそ同じだろう。

 

「あっ咲夜さん、丁度よかった!」

 

 美鈴の声に意識が引き戻される。

 

「美鈴……その方たちは?」

 

 声のした方を見ると、正面の階段を上った先、二階の手すり越しにメイド衣装の銀髪の女性がこちらを見下ろしていた。

 

「外からのお客様です」

 

「本日の来客予定は無かったはずだけれど」

 

 女性は喋りながら階段をゆっくりと下りる。その所作は美しく、格式の高さを感じさせた。

 

「よう咲夜。こいつらここ泊めてくんね?」

 

「何よいきなり」

 

 咲夜と呼ばれる女性の視線が客人へ注がれる。

 カンザトはハッとした。

 いつまでも魔理沙の好意に甘えているわけにはいかない。自ら進んで事情を説明しなければ。

 

「突然すみません、僕はカンザトといいます。ここには魔理沙の紹介で来ました」

 

「……」

 

「僕たちは旅をしていて、休める場所を探してるんです。それで、いきなりのお願いで申し訳ないんですが、ここで何日か泊めていただけないでしょうか。その間の宿泊料はお支払いしますので」

 

 咲夜はこちらを見定めるように見つめてくる。

 こころに負けず劣らずの無表情を向けられ、カンザトは緊張感を隠すのに必死だった。噛まずに伝えられた『勇気』を褒め讃えて欲しいところだ。

 

「そうですか。事情は分かりました」

 

 無表情というより、真剣な表情といった方が正しいかもしれない。

 しかし、綻ぶことの無さそうな表情筋は見方によっては不機嫌な顔にも見える。有り体に言うなら、雰囲気が怖かった。自分が(多少の)メイド好きであることは数日前判明したことだが、今はその姿を楽しんでいる余裕はなさそうだ。

 

「ですが私めの一存では決めかねますので、この場でしばしお待ちいただけますか」

 

「……? はい」

 

「お嬢様を呼んで参ります」

 

 咲夜は恭しく一礼すると、メイド服のフリルをひらりと翻し、階段を上り二階へ姿を消した。

 

「それじゃ、私は持ち場に戻りますね」

 

「ありがとうございました、美鈴さん」

 

「いえいえ〜、今度旅のお話を聞かせてくださいね」

 

 美鈴は正面玄関から出ていった。

 彼女の朗らかな態度は親しみやすく、さきのメイドと正反対に感じた。

 

「魔理沙、お嬢様って」

 

「レミリア・スカーレット。この館の主サマだ」

 

「だよな……」

 

『そう緊張しなくても大丈夫よ。話してみたら案外普通だから』

 

「……やっぱり緊張してるの分かります?」

 

 アリスには緊張を見破られていたようだ。少し恥ずかしい。

 

「ついにご対面か……」

 

 うぅ、と呻き声を漏らしながら、布都は身震いした。

 

「安心して。私がついてるから」

 

「そうだな。ありが──」

 

 頼りになる同行者に応えようとしたその時、コツコツと規則的な靴音がホールに響いた。

 

「!?」

 

 心を落ち着かせたばかりなのに、カンザトは驚きを隠せなかった。

 なぜなら、従者を伴い現れたのが外見年齢10歳にも満たない小柄な少女だったからだ。稗田家の当主と対面した時も驚いたが、こちらは吸血鬼という情報しかなかった分、一層衝撃が大きかった。

 

「ようレミリア。今日は珍しく起きてたんだな」

 

「寝起きよ……貴方が用あるって言うから叩き起されたの。ふわぁ」

 

 少しだけ髪のハネた少女は大きく欠伸をした。

 にわかには信じ難いが、彼女こそが紅魔館の主、レミリア・スカーレットで間違いなさそうだ。

 レミリアは、魔理沙の隣にいる人間の存在に気づいてギョッとした。

 

「失礼。お客人の前ではしたない真似を」

 

 ひとつ咳払いして、すぐに精悍な表情をつくった。

 

「いえ、お休みのところ突然押しかけてしまい申し訳ございません」

 

 カンザトの脳内には未だ驚愕の感情が渦巻いていたが、ここで戸惑ってはいけない。まずは謝罪と、事情説明をする。

 

「僕は人里に住んでいるカンザトといいます。僕たちは地底を目指して旅をしているんですが、休憩できる場所がないので、どこか泊まれる場所がないか探している状況です」

 

「あら、はるばる里から。ご苦労さま」

 

「秦こころと申します。唐突な訪問をお許しください」

 

 こころはペコリとお辞儀した。

 

「物部布都……です」

 

 布都もこころを倣い、ぎこちなくお辞儀した。

 

「それで魔理沙さんに話を聞いたところ、紅魔館を紹介されたんです」

 

 レミリアは魔理沙をジロリとねめつけた。

 

「魔理沙、ウチは格安宿じゃないんだけど?」

 

「まぁそう言うな。ここぐらいしかアテがなかったんだよ。たまには人助けして徳を積んどこうぜ」

 

 ヴァンパイアが人助けとは、御伽噺としては定石を裏切った展開かもしれない。多くは人間のハンターと争う展開がセオリーだろう。

 

「……まあいいわ。咲夜、お客様を部屋に案内して」

 

「かしこまりました」

 

「カンザトといったわね。出発まで泊まっていくといいわ。用があれば咲夜の方までどうぞ」

 

「……! ありがとうございます!」

 

 カンザトはこころと顔を見合わせた。

 魔理沙の口添えもあり、どうにか宿泊先を確保できた。ペルソナの飛行訓練が完了次第出ていくつもりだが、ひとまず数日間は野宿を回避できそうだ。

 

「一応言っとっけど、こいつら喰うんじゃねぇぞー」

 

 が、直後に魔理沙の口から飛び出した一言がいけなかった。

 

「……は?」

 

 爛々と耀く真紅の瞳が鋭さを増す。

 

「それは本気で言っているのか?」

 

「あ?」

 

 

 ゾクッ

 

 

 全身に怖気が走った。

 突如カンザトを襲った、肌がざらつく感覚。

 

 紛れもない……これは、殺気だ。

 

 状況を理解出来ぬまま、殺気の出処と思われる少女の方を向く。

 

「魔理沙、私は少しばかり悲しいぞ。貴方とはそれなりに信頼関係を築けていたと思っていたのだがな」

 

 少女は言葉を続け、怒気を湛えた眼差しを魔理沙に突き刺す。

 その場を重苦しい圧迫感が支配し、カンザトは息苦しさを覚えた。

 布都の「ここは悪魔の胃袋だ」という言葉を思い出す。まるで館の床が、壁が、天井が、主に呼応し、不届き者を飲み込もうと脈動しているようだった。

 

「まさか……そこらの掃いて捨てるほどいる野良妖怪と同列、節操のない獣だと思われていたとは」

 

 誇り高き吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)から発される強者のプレッシャーが、無防備な人の子を襲う。

 カンザトは自身の手が小刻みに震えていることに気づいた。

 

「それは、私に対する侮辱ととってもいいのか?」

 

 冷や汗が背筋を伝う。

 怖がりの師匠を倣うわけではないが、少し、訪れたことを後悔した。それほどに、紅魔館の主は生物の本能的恐怖を掻き立てる威圧感を放っていた。

 

 今すぐ逃げ出したい。こころと布都を連れて、この場から離れたい。

 それとも、2人と協力し、現在出せる最も強力なペルソナを駆使すればどうにかなるか。

 

 いや、敵わない。戦う前から理解できる。そもそも戦闘を視野に入れること自体おこがましい。

 種族としてのポテンシャル、永い時を経て培われた戦闘センス、殺し合いを楽しむ精神力……全てが自分たちとは違う世界に存在し、なおかつ並の生物を凌駕していた。

 

「ちげぇよ、ただの軽口だ。マジになんなよ」

 

 対して魔理沙は、何処吹く風と受け流した。

 

『あーあ、怒らせちゃった。寝起きで機嫌悪いんだからやめなさいよ』

 

 アリスも平気そうだ。人形越しゆえにノーダメージなのか、この程度慣れっこなのか。

 

「…………」

 

 主は黙し、無礼な友人を見つめる。

 カンザトは恐怖に苛まれながらも、彼女の一挙手一投足を見逃すまいと注視する。次の動きによっては、2人を担いででも逃げ出そうと覚悟を決める。

 

「……そ。だと思ってたけどね」

 

 だが、その必要はなかった。

 ホールを支配していた圧迫感がすっと消え去る。

 

「貴方の言うことなんてお見通しよ」

 

 淑女然とした態度でレミリアは喋る。

 ホントかよ、と魔理沙は苦笑した。

 

「魔理沙のせいで目が覚めちゃったわ」

 

「いいじゃんか。早寝早起きは三文の徳だぜ」

 

「余計なお世話」

 

 レミリアは傍に控える従者へ顔を向ける。

 

「咲夜、食事にするわ。用意してちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

「お客様もご一緒にいかが?」

 

「マジで? ラッキー!」

 

「アンタには聞いてない!」

 

 どうやら夕食……彼女にとっての朝食にするらしい。

 

「あ……はい。ぜひ」

 

 一度は遠慮するべきなのかもしれないが、未だ心の張り詰めていたカンザトは正直に承諾した。

 

「決まりね。ついていらっしゃい」

 

 レミリアは咲夜を従えて、廊下を目指し歩き出した。

 魔理沙とアリス人形も後をついて行ったが、カンザトはすぐに足を動かすことが出来なかった。

 

「こころ……大丈夫?」

 

「こわかった」

 

 怖かったと言いつつも、いつも通り冷静沈着な表情がそこにあった。いくらか心中が安らぐ。

 しかし、なんと形容するべきか……

 

「でも、だいじょうぶ。わたしつよいし、いつもれいせいだから。ほら、ぜんぜんひょうじょうもいつもどおり」

 

 こころは、溶けていた。

 やはり怖かったことは間違いないのだろう。

 

「……とりあえず、ついてくか」

 

「うん」

 

 ともかく、今夜はご相伴にあずかろう。

 2人はレミリアの後を追う。

 

「……布都さん?」

 

 ふと、仲間のひとりが歩き出さないことに気づいた。皆が移動し始めたにも関わらず、布都はその場に縫い付けられたかのように静止している。

 

「どうしたんですか?」

 

 たしかに不思議に思った。

 入る前であれだけ取り乱していた彼女が、圧倒的強者(ヴァンパイア)のプレッシャーを直に受けても動かなかったのだ。

 脱兎のごとく逃げ出すでもなく、泣き喚くでもなく、不動だったのだ。

 

「え……」

 

 強者の凄みがなんのその、我が主はさらに格上であるぞと余裕綽々だったのか。

 

 ──否。

 

「ふ、布都さん」

 

 師匠たるもの、弟子の前では凛然と立っていなければと己を奮い立たせ、弁慶の如くどっしりと不動を貫いたのか。

 

 ──否。

 

 

「し、死んでる……」

 

 

【挿絵表示】

 

 ただでさえ弱った精神状態へ、追い討ちの如く浴びせられた魔の気により精神の許容量(キャパシティ)を遥かに超えた布都は、立ったままその場で気絶していた。




参考にしたいので、ペルソナトリニティソウルについてアンケートを取ります。投票をお願いします!

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

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