「お久しぶりでございます……お疲れのところお呼びだてして、申し訳ございません」
その声と特徴的な顔立ちには覚えがあった。
そう、人里に住み始めた初日、道端で声をかけてきた占い師だ。今はあの時と違い、無地のタキシードを着こなしている。
「ここは何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる部屋。貴方は既に一度、この部屋の戸を叩いておりますが……」
たしか、人里で遭遇した時も同じ発言をしていた。あの時点で二度会っていたようなので、これで会うのは四度目ということか。
「改めて、ご挨拶を」
濃紺のソファに腰掛ける長鼻の老人は、こちらが無反応でも構わず話し続ける。
「ワタクシの名はイゴール。ここ、夢と現実、精神と物質の狭間にある場所『ベルベットルーム』の主を務めております」
イゴールと名乗る老人は恭しく一礼した。
ベルベットルーム。それがこの場所の名前らしい。一切聞き覚えのない単語だが、幻想郷のどこかにある場所なんだろうか。
しかしそれはそれとして、自分をここへ呼び出した理由を教えて欲しかった。
「何がなにやら……というお顔でございますな」
「あの……俺、部屋で寝てたはずなんですけど」
「現実の貴方は眠っておられる。貴方は、夢としてここを訪れているに過ぎません」
どうやら拉致されたわけではないらしい。奇怪な状況に変わりはないが、少し安心した。
「ここは幻想郷なんですか?」
「その通りとも、そうでないとも言えますな」
「……?」
「ここは意識と無意識の狭間を揺蕩う小部屋……あえて申し上げるなら、全ての人の心の中に存在している空間です」
抽象的すぎて全く理解できないが、紅魔館の中というわけでもなさそうだ。
「でも……外で、人里で会いましたよね」
「ええ、あの時はああいった形でしかお会い出来なかった。大変混乱させてしまったようで……失礼致しました」
「あ、いえ……」
控えめに言っても不気味な容姿をしているのだが、イゴールは目上の人間と話すかのように丁重な態度で接してくる。少なくとも敵意は感じなかった。
「往来にてお伝えしたことを、覚えておいででしょうか」
「たしか……絆を深めて記憶を取り戻せ、とか」
「左様。貴方は異郷の地にて見事、不完全ながらも多くのコミュニティを築かれました。そこでワタクシから貴方へひとつ、アドバイスを」
イゴールと自分の間に、円形の物体が形を成す。
それは、深い海の底を思わせる青の円卓だった。
「未だ潜める記憶を呼び起こす鍵は、彼の地に生ける者達との繋がりです」
卓上から、淡い光を纏った9枚のタロットカードがひとりでに浮かび上がる。
「なるたけ彼らと深く関わり、絆を育みなさい。その繋がりこそが貴方自身を……ペルソナ能力を強くし、ひいては真実を掴み取る糸口となるでしょう」
横一列に並ぶカードの中心、星の描かれたカードが一際強く輝いた。なぜだかその輝きに、幽玄たる“希望”を感じた。
「それこそがワイルドの素養を持つ貴方の運命であり、内に秘めたる可能性です」
ごくりと、喉が鳴った。
理解し難い内容だが、イゴールは嘘をついていない。証拠は無いが、その確信があった。
「ワイルドって、それが俺の力?」
「ワイルドは限られた者のみが使える、特異な力だ。言わば、数字の“0”のようなもの……虚であり、無限の可能性も宿す」
テーブルに伏せていた一枚のカードが浮き上がり、ゆっくりと近づいてくる。表面には、数字の零が記されていた。
「ワイルドを持つ貴方はあらゆる神格を降魔し、意のままに操ることが出来る。それは他者との関わり合いによって数を増やし、いずれは力の最奥へと至るでしょう」
自分は多種多様なペルソナを召喚できる。それこそがワイルドという力の真価なのだろう。
しかし、そもそもペルソナとは何なのだろうか。
「ペルソナって、何なんですか。俺以外にも、持ってる人はいるんですか」
「ペルソナとは、心の奥底に潜むもう一人の貴方自身。貴方が外側の事象と向き合った時、心の海より生まれ、表に顕れる人格……」
0番のカードが遠ざかっていく。
「様々な困難に立ち向かって行くための、『仮面の鎧』と言ってもいいでしょう」
目覚めの日に聞いた、霖之助の考察を思い出す。
ペルソナとは、悪意から自身を守るために精神の一部が具現化した姿なのではないか、と。
「ペルソナ能力とは、“心”を御する力……心とは、“絆”によって満ちるものです」
0番のカードが他のカードに混ざり、翡翠の燐光を放つ。
「コミュニティの力こそが、ペルソナ能力を伸ばしてゆくのです。よくよく、覚えておかれますよう」
霖之助はこうも考えていた。
ペルソナ能力は他者からも影響を受けるのではないか、と。
冷静になると、怪しすぎる老人の言い分を鵜呑みにするのは時期尚早かと思うが、こうして面と向かい説明されて、想像の域を出なかった考察が腑に落ちていくようだった。
「貴方がくれた力なんですか」
「私はあくまできっかけを与えただけに過ぎません。資質を持ち、自在に扱えるのは、貴方自身の力だ」
こころが初めて我が家を訪れた際に話していた、「ペルソナの扱い方は、天から誰かが知識を授けているのではないか」という推測は、当たらずとも遠からずといったところか。
「もうひとつの質問にお答えしましょう」
浮遊していたカード達が再び卓上に伏せた。
「ペルソナ能力を覚醒させる者は貴方以外にもいる。しかし先ほども申し上げた通り、ワイルドは他者とは異なる特異なもの……ワイルドの素養を持つ者は、人々が思考を放棄し、心の海との繋がりが薄れつつある時にこそ現れる」
イゴールが伸ばした右腕を水平に滑らせると、どこからか0番のカードが三枚現れた。
「彼らは英雄たる資質をもち、常に無窮の可能性を見せてくれました」
三枚のカードが異なる色の光を纏い、燦然と輝く。
「迫り来る『死』に敢然と立ち向かい、己が全てを賭して、大いなる封印という奇跡を起こした者」
青いカードは髑髏の描かれたカードへ変容したかと思うと、一回転し、銀河系の画へと転ずる。
「己の影と向き合い、受け入れ、世界を覆う黄泉比良坂の霧を払った者」
黄色のカードは、生きとし生ける者が描かれた虹色のカードへ変容する。
「反逆の意志を力に、悪神が定めた運命に抗い、ついに世の変革を成し遂げた者」
赤いカードに描かれた旅人は仮面を剥がし、堕天使へと姿を変える。
「……あくしん?」
「悪しき神のことですな」
「かみ……神? スケールデカくないですか……」
「フフ、何をおっしゃいますか。貴方の内に目覚めたる力は、それほどの可能性を秘めているのです。つまり、紛れもなく貴方も英雄の資質を持ち合わせている」
そう言われても、正直なところ話が壮大すぎてついていけない。自分は少し特殊な力を持つ一般人だという認識なのだが。
「しかしながら……いかに力を持った英雄といえど、独りでは大義を成せないでしょう」
三枚のカードを中心に、多くのタロットカードの輪郭が浮かび上がる。
「彼らには、仲間がいた」
それらは色とりどりの輝きを放ち、繋がりあっている。
まるで夜空に瞬く星々のようで、心が惹かれた。
「互いを信じ、背を預け合う仲間。弱さを受け入れる仲間。苦楽を共にし、信念を分かつ仲間……」
イゴールの話に耳を傾けていると、こころと布都の顔が脳裏に浮かんだ。
「貴方にも仲間がいるはずだ。大義を成すなら、自ら進んで仲間と協力するがよろしい」
大義と言われても、それほど大それた目的があっただろうか。そう考え、人里にて交わしたイゴールとの会話を今一度思い起こす。
「……そうだ、貴方は何かが復活すると言っていた。一体なんのことですか」
こちらの事情を知っているイゴールが直接的に注意喚起したのだ。自分に無関係とは思えない。その
「アルカナの旅路には、数多の困難が付きまとうもの。その者との対峙も、避けられぬ運命。貴方が望まずとも……真実を追い求め続けるなら、いずれ貴方の前に立ち塞がるでしょう」
直接的な回答でないにしろ、その何かは、記憶を取り戻す過程に障害物として存在すると、言外に伝えていた。
「そんな、何も分からない……」
イゴールは、はるか先の未来まで見通しているかのように語る。
もしや、自分が記憶を失う前の出来事すら知り尽くしているのでは……
そうだ、この人ならあの事も何か──
「あの!」
思わず、声を張り上げる。
「森で襲ってきた青いヤツとか、墓地の赤い女の子とか……貴方なら何か知ってるんじゃないですか!?」
まだ完全に信用したわけではないが、少しでも情報が欲しかった。
「……」
イゴールのギョロギョロとした両眼が、こちらを凝視している。数秒黙し、おもむろに口を開く。
「彼らは救済を求めている」
愕然とした。
あの凶暴な異形も、何かしら助けを求めていたというのか。
こころの読み取った『寂しい』という感情に、信憑性が増す。
「歪められ、棄てられ、叫び苦しむ魂……それらを救い、解き放つことが出来るのは貴方の持つ剣だ」
「俺の……?」
「貴方の進む先に、それは在る」
また、明確な回答を避けている。
一体なんだっていうんだ。一体……
「俺は……何なんだ! 誰なんだ! 何で幻想郷にいるんだ! それに、兄弟のことだって!」
湧いて出る疑問が止まらない。思考が乱れ、胸が熱くなる。
「アンタなら知ってるんじゃないか!?」
情報の濁流を受け止め切れず、責めるつもりはないのに声を荒らげてしまった。何故こんなにも、感情が昂るんだろう。
「ワタクシはマインドマンサー……あくまで仲介人に過ぎません。こうして助言は出来ても、真実を明かし、現実の貴方に手を差し伸べることは容易でないのです」
高圧的な態度をとっても、イゴールは一切なびくことなく丁寧に言葉を紡いでいく。
「ご心配めされるな。貴方は着実に前進しておられる」
「……」
「その上……貴方は既に一度、破滅を退けている」
「……!?」
「復活とは、その意です」
聖徳王の言葉を思い出す。
記憶を失う前の──外の世界にて、自分はペルソナ能力と関わっていたのではないか、という彼女の推測。
それが今、確かな事実に変わりつつある。
「お気づきですかな」
イゴールが周囲に視線を巡らせる。
「この部屋は不定形。記憶を失った、貴方の心の有り様……」
よく見ると、先ほどから部屋の内装が変化している気がした。それに、距離感や形状が判然としない。狭い円形な気もするし、とてつもなく広い正方形である気もする。
「千変万化し続けるのは、本能が真なる己を取り戻さんともがいている証左。なればこそ、感情に従い、進み続けるのです。歩みを止めてはなりません」
イゴールは熱く鼓舞するでも、厳しく叱責するでもなく、淡々と語る。
だが、それがむしろ自分を冷静にさせた。
「ゆめゆめ、お忘れなきよう……」
最後に警告で締めくくった次の瞬間、唐突に視界がぼやけ始めた。
「どうやら時間のようですな。では、再び見える時まで……ごきげんよう」
再び、精神がどこかへ引かれる。
視界が暗転する。
まだ、訊きたいことがあったのに……
もっと、詳しく……
……
…………
……………………
中庭に降り注ぐ朝日が窓を通り、室内を朧気に照らす。カンザトはぼんやりとした思考で、赤い天井を見つめていた。
不思議な夢を見た。
青い空間に住まう老人が、こちらに語りかける夢。
「夢……じゃないよなぁ」
夢とは言いきれないほど、存在感があった。
現実味がないにも関わらず、老人の視線、椅子に座る感触、カードが発する眩い光……全てが鮮明に思い出せる。
それにしても、変な夢を見たせいかあまり寝た気がしない。肉体的な疲労は癒えたものの、脳が疲れていた。
現在時刻は不明だが、二度寝してしまおうか……
「……けて」
寝転がったまま、夢の中の老人──イゴールの言葉をひとつひとつ思い出していると、どこからか小さな声が耳に届いた。
「ん?」
「たす……けて……」
ベッドの方から、助けを求める声が途切れ途切れに聞こえる。
「こころ!?」
それがこころの声だと気づいた瞬間、毛布を跳ね飛ばし、慌てて起き上がっていた。
2人が寝ているはずのベッドを見ると、そこには──
「たす、け……く、くるしい……」
「うおぉぉぉん、後生ですから、我を見捨てんで下され太子様ぁ……」
大きな寝言を喋る布都に絡みつかれているこころがいた。相当強く締められているのか、こころは身動きが取れず、手だけをこちらに伸ばしている。
「し、しまる……」
「行かないで下されぇぇ……」
拍子抜けして、カンザトはため息をついた。
救済を求める見知らぬ魂より、まずは目の前にいる仲間を助ける方が先決なようだ。
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ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない