PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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P5Xに中の人がトリニティソウル主人公と同じキャラが実装されて、ちょっとだけXでトリニティソウルが話題になってます。なんか嬉しいです。


Unlocked Magic!

「ありがとう。助かった」

 

 どうにかこうにかこころを救出したカンザト。

 

「あぁ……布都さん、マジで力強かったな」

 

 ベッドへ視線を戻すと、布都が腕をバタつかせながら苦しげに唸っていた。悪夢を見ているのかもしれない。少し可哀想だが、どうにも出来ないのでそっとしておこう。

 

「苦悶の感情が芽生えた気がする。これが怪我の功名ってやつか」

 

「それは良いような悪いような……」

 

 就寝中に締め付けられる体験など珍しいどころの騒ぎではないので、新たな感情が生まれるのも頷ける……のかもしれない。

 

「あなたはよく寝れた?」

 

「寝れた……けど、なんか変な夢見た」

 

「カンザトってよく夢見るよね。意外とロマンチスト★」

 

「バカにしてる?」

 

「してないよー」

 

 こころはベッと舌を出した。

 あれは人を嘲笑う時の表情なんだろうか。

 

「それで、どんな夢だったの?」

 

 ふざけつつも、やはり気になるらしい。

 

「なんか、鼻の長いおじいちゃんが色々話してきた」

 

「鼻、長い……天狗?」

 

「てんぐ……天狗かぁ。多分違うと思うけど、見たことないから分かんないや。やっぱ天狗ってそういうもん?」

 

「全員が全員、鼻が長いわけではないみたい。夏に見かけたカメラ? とかいう物持ってウロチョロしてた女天狗は普通の人間と同じ見た目だった」

 

 噂で天狗の存在は把握しているが、実際その姿を目撃したことはない。他の妖怪と同様、人と妖のテリトリーを強く意識しているのだろう。

 

「たしか前、話したよな。里で会った変な占い師」

 

「えーと……ああ、言ってたね。とてつもなく怪しいご老人」

 

「夢に出てきたのがその人でさ。なんでかペルソナのこと知ってて、色々教えてくれたんだけど」

 

「ほうほう」

 

 カンザトは説明を続けようとして、どうせ話すなら魔理沙とアリスにも聞いてもらうべきだと思い、一旦止めて立ち上がった。

 

「今じゃなくていいか。後で話すわ」

 

「なぬっ、ここでお預けとは焦らし上手ですなぁ、お兄さん」

 

「どういうキャラなの……」

 

 朝っぱらから愉快なこころと部屋を出ると、掃除の行き届いた静謐な廊下が客人へ挨拶する。深紅の絨毯を眺めながら肺いっぱいに息を吸えば、微かな朝の匂いと上品な花の香りがした。

 ロイヤルな気分に浸りながら洗面所の方へ数歩歩くと、そこには昨日と何ら様子の変わりないメイド長、十六夜咲夜がいた。

 

「おはようございま──」

 

 こちらに気がついた咲夜は朝の挨拶をしようとするが、途中で声が切れる。

 冷淡な眼差しの先には、カンザトの泊まった客室から出てくる、わずかに乱れた寝巻き姿のこころ。

 

「……あ」

 

 親子や子供同士ならまだしも、カンザト達は立派な大人で、旅の仲間。各々別室を用意したはずのメイド長の目に、彼ら客人はどう映っていることだろう。

 カンザトの脳内に、某有名RPGの一文がよぎる。

 

「あっ、えっとこれは」

 

 これは誤解だ──そう言おうとしたが、彼女の方が一手、早かった。

 

「おはようございます。朝食が出来ておりますので、後ほどダイニングへお越しください。それと……昨夜は大変、お楽しみでしたね」

 

 咲夜はこれでもかというほど丁寧なお辞儀をして、踵を返した。

 咲夜と昨夜をかけた抱腹絶倒ギャグ──などと馬鹿なことを考えている場合ではない。

 

「あの! 違うんです!」

 

 咄嗟に弁明しようとするも、咲夜の後ろ姿は見る見るうちに遠ざかる。

 

「行かないで! お願いだから待って!!!」

 

 追いかけるべく駆け出した次の瞬間、視界に映っていたはずの咲夜が忽然と姿を消した。

 

「え!?」

 

 急な出来事に、口をポカンと開けたままその場に立ち尽くす。

 視線を彷徨わせタネと仕掛けを探るが、廊下が左右に分かれているわけでも、窓が開け放たれているわけでも、天井や床に穴が空いているわけでもない。その場から消えた。そうとしか表現出来ない。

 

「朝っぱらから騒がしいのう……」

 

 呆然としていると、寝ぼけ顔の布都がのそのそと部屋から出てきた。

 

「布都さん……」

 

「んー? どうした、狐につままれたような間抜け面しおって」

 

「つままれたかもしれません……」

 

「なに!? ここは化け狐の棲家だったか!」

 

「そんなわけあるかーい」

 

「ふげっ!」

 

 ツッコミと共に、こころが布都の側頭部にチョップした。

 

「お、おのれ何をする!」

 

「お返し」

 

「何の!」

 

「そんなことより、うなされてたみたいだけど大丈夫?」

 

「えっ、う……おぉ……」

 

 理不尽な暴力に憤るも、そう問われた途端、威勢を急速に失った。まさかこころに心配されるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「うなされ方が尋常じゃなかったけど」

 

「……いや、何も。少し嫌な夢を見ただけだ」

 

 ほんの少しの逡巡。しかし布都は冷静に努めた。

 

「そう」

 

 こころもそれ以上は深堀しなかった。

 

「……とりあえず、顔洗いません?」

 

 起きがけからなにかと忙しないが、ともかく朝の身支度を済ませよう。

 布都はひとつため息をついて頷いた。

 

 

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 ・

 ・

 

 

 ダイニングルームへ移動すると、妖精メイド達が料理を並べていた。

 アポ無しで転がり込んだ身として仕事を手伝うべきかとも考えたが、素人が手出ししても邪魔か……とも思い、悩んだ末に大人しく昨晩と同じ席に着いた。咲夜の姿は無く、先ほどの弁明が出来ないことに焦りを覚えていたところ、アリス人形を手に持った魔理沙が大きく欠伸をしながら現れた。

 

「おっす、おはようさん」

 

「おはよう、魔理沙」

 

「おはよう」

 

「ちゃんと寝れたか? ここ、部屋ん中まで真っ赤でヤベェだろ」

 

 魔理沙はケラケラと笑いながら席に着く。

 

「寝れた……んだけど」

 

「けど?」

 

「変な夢見た。里に住み始めた一番最初の日に会ったおじいさんが話しかけてくる夢」

 

「なんだそりゃ。そのじいちゃんは何言ってたんだ?」

 

「ペルソナと、俺の記憶のこと」

 

 寝起きでぼんやりしていた魔理沙の表情が、にわかに引き締まる。

 

「ほーん……詳しく聞いた方がよさそうだな」

 

 魔理沙はアリス人形を卓上に置くと、そっと手をかざした。

 

「アリス、聞こえてるか? カンザトが重要そうな話するぞ」

 

 数秒後、人形は緩慢な動きで起動した。

 

『ちょ、ちょっと待って。顔洗ってくる』

 

 どうやらあちらも寝起きなようである。

 カンザトと魔理沙は顔を見合わせて、共にふっと笑った。

 

「冷めちまうし、続きは朝メシ食いながらにするか」

 

「そうしよう」

 

 4人は朝食を食べ始める。メニューは昨日とうって変わり、純和食だった。

 

 

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「──で、最後は『歩みを止めるな』って言われたところで起きたんだけど……どう思う?」

 

 話し終え、皆の顔を見回すが、全員が等しく(こころは無表情でアリス人形は感情不明だが)困惑していることが見て取れた。

 

「どう思うも何も……よく分かんねぇし、めちゃくちゃ怪しいなソイツ!」

 

「怪しすぎる! 怪物と亡霊のことなんぞ誰も知らない情報を持っとるのだ、どう考えてもおかしいわ!」

 

「おかしい……よなぁ」

 

 おかしいのは夢の中の老人か、それとも自分の頭か。よく分からなくなってきた。

 

「夢って普通よく分からん内容だから、それもただの夢ってオチじゃないのか? イゴール(そいつ)も自分で夢だって言ってるし」

 

「でも……なんていうかすごいリアルで、俺は本当にそこにいた気がするんだ。知らない場所で、知らない話を聞いたんだ。ただの夢とは思えない」

 

「寝てる間にそこまで運ばれたってことか?」

 

「そういうわけではないみたいだけど……」

 

「んー……ひとつずつ整理したいんだが、まずみんなはそのベルなんちゃらって場所に心当たりあるか?」

 

 魔理沙が皆の顔を見回す。

 しかし、全員が「ない」と口を揃えて答えた。

 

「だよな、私も知らん。イゴールって名に聞き覚えは?」

 

 当然、答えは全員NO。

 ここで「あー、そのおじいちゃん知ってるよ〜近所で有名だよね〜」なんて言われようものなら、ギャグ漫画ばりにズッコケる自信がある。

 

「ふむ。で、会話の中身は私たちの知り得ないことばっかで、カンザトの能力を中心にした話だったと」

 

 魔理沙は並べた情報を咀嚼するように何度か頷いてから、真面目な顔付きでカンザトに向き直った。

 何かしら答えが出たのだろうか。期待が高まる。

 

「つまり!」

 

 名探偵マリサの人差し指がカンザトを射抜く。

 

「お前が見た、無意味な夢──いや、妄想である可能性が高い!」

 

「おぉぉー…………え?」

 

 突然、梯子を外された。

 

「すまん! そんな部屋があるかは、ぶっちゃけあんま信じらんない!」

 

「そ、そんな」

 

『まぁ、正直信じ難いわよね。絶対ないとは言いきれないけど』

 

 内容の真偽は兎も角として、その部屋が存在しないと断ずることは悪魔の証明に等しい。ならば、のっけから個人の妄想だと片付けるのが最も手っ取り早く、納得出来る。

 

「うーむ……我の仲間は2人とも頭を打ったのやもしれぬ」

 

「おいこら」

 

 こころが布都に威嚇する。

 一番頭を強打してたのは貴方ですよ……とは言わないでおこう。

 

『ただ気になるのは、その老人は本人すら知らない初耳情報を次々に明かしてるということ。ふとした時に夢の中で過去の記憶が再生されるってことはあると思うけど、そこまで具体的で、かつ目覚めた後もその内容に覚えがないっていうのは珍しいんじゃない?』

 

「そうだな。精神学?心理学?は全く分からんけど、珍しいかもな」

 

 魔理沙は腕を組み、ふむと頷いた。

 

「なんにせよ、他人が見た夢の話を真に受けるのは難しい……が!」

 

 カンザトに向けて、勇気づけるように笑った。

 

「とはいえだ。夢だってほっぽり出すのは簡単だが、それだと話が終わっちまうし。本当にその爺さんと話したんだって前提で考えてみようぜ」

 

「魔理沙……!」

 

『そうね。私たちのいる世界はこんな場所だし、寝ている間の貴方は実際にその部屋を訪問していた……なんてこともありうるわ』

 

「アリスさん……!」

 

 カンザトは表情を明るくする。

 こんな突拍子もない内容を、嘘だと一蹴せず真面目に取り合ってくれることが嬉しかった。

 

「色々言ってたみたいだが、やっぱ気になるのはペルソナより怪物やらのことだよな」

 

「あの怪物は救済を求めている……だったか? まさか面霊気の言ってたあれが単なる妄想じゃないとはのう」

 

「……正直わたしもびっくり」

 

 自身の能力で読み取ったとはいえ、こころも半信半疑だったのだろう。

 そう思うのも当然だ。あの凶暴な異形に実際の行動とは正反対の感情が宿っているとは、誰しも予想できまい。

 

「じゃあその救済ってなんだよって話になるんだが、それは結局分からずじまいと」

 

「そのうえ解決できるのはこやつのみと来たもんだ。それ以上が分かるはずもない。肝心の記憶を失っているのだからな」

 

『でもこれでひとつ確定したわね。怪物が貴方達……というよりカンザトさんを襲ったのは偶然じゃない。襲撃自体に意図があって、無言の訴えだったと思われる』

 

 襲撃は怪物の本意でなかった可能性すらある。助けを求めながら襲いかかる者はまずいないだろう。

 しかしそうなると、ひとつ憂い事がある。

 

「普通に倒しちゃったんだけど、良かったのかな……」

 

 やっとの思いで見つけた救済者へ伸ばした手を、自分は一方的に振り払ってしまったのではないか。そんな心配が頭の端をかすめる。

 

「仕方ないだろ。なんか真意があったとしても殺る気で襲ってきたんだから、逆に殺られても文句言えねぇぞ。せーとーぼーえいってヤツだ」

 

『あら魔理沙、難しい言葉知ってるのね』

 

「もしかしなくても馬鹿にしてるな?」

 

『してないしてない。素直に感心しただけ』

 

 正当防衛……やらなければやられていたわけだから確かにその通りだが、重く責任を感じることはなくとも、どうにもモヤモヤしてしまう。

 

「カンザト。半端な思考はよせ」

 

 頭にかかる霧を振り払ったのは、師の一声だった。

 

「布都さん……」

 

「野良妖怪に襲われた際も言っただろう。おあつらえ向きに用意された平和的解決法(スペルカードルール)を破ったのはあちらの方だ」

 

 スペルカードルール。本来命をかけて殺し合うはずの人と妖怪が対等に競うための、幻想郷ならではの決闘法。

 人の目の届かない場所とはいえ、それを無視し一方的に命を奪いに来たのは怪物の方だ。

 

「我々は力を持ち、自ら修羅の道を往くのだ。中途半端な優しさは身を滅ぼすぞ」

 

「はい……」

 

 最もな意見だと思い複雑な面持ちになると、布都の表情が気まずそうなものに早変わりした。

 

「まぁ、なんだ……お主のその優しさも誇るべき美徳ではあると思うが……時と場合を見定めなければ守るべきものも守れなくなる。そのことは重々胸に刻み込むべきだと我は思うぞ、うん」

 

「お前……なんか丸くなった?」

 

 魔理沙が意外そうに尋ねると、布都はばつが悪そうに目を逸らした。

 

「てか何の話だ? 野良妖怪に襲われたって」

 

 カンザトは森で角の生えた謎の妖怪に襲われた事を説明した。

 

「黒い髪に角か……なーんか知ってるような……」

 

『角といえば鬼だけど』

 

「うーん……? 知ってる鬼に黒髪なんていたっけな」

 

 魔理沙は首をひねり考え込んだ。

 

『布都の言うことは私も正しいと思うわ。最初に手を出したのは相手の方だし、ルールなんて銘打ってるけど破ったところで罰が科されるわけでもない。両者ともね。その野良妖怪も、人里から離れてるし殺しちゃってもいいと思ったんでしょ』

 

 唸る魔理沙を他所に、アリスも布都の意見に賛同した。なら仕方ないかと直ぐに頭を切り替えられるわけでもないが、今はそう納得するしかないのだろう。

 

「そうですね……」

 

 カンザトは隣の席に座るこころを見る。

 こころは視線をテーブルクロスに落とし、何か思案しているようだ。その表情が憂いを帯びているように感じ、なんとはなしに心配に思った。

 

『助かりたいと願いながらも、意思に反して救済の手立てを持つカンザトさんを襲った……まるで誰かに操られているかのように』

 

「それがアリス殿の言う“術者”か?」

 

『うーん、私が言ってた術者って無生物である怪物を魔法で後ろから操作してる人のことだったんだけどね。実は意思があるって分かったから意味が変わっちゃった。今は術者じゃなくて“黒幕”の方がいいかもね』

 

「どういうことだ?」

 

「近いうちに復活する何か……か」

 

 魔理沙が腕を頭の後ろで組みながら呟く。

 

『カンザトさんが記憶を失う前に相対し、一度退けた何か。それが復活し、再びカンザトさんの前に立ちはだかる。怪物や赤い少女と直接関係あるとは言ってないけど、何かしら関わりがあると見ていいんじゃないかしら』

 

「そいつが生きてる怪物を人形みたいに操ってお前らを襲わせたかもしれないってことか。本当だとしたら中々エグいことすんな」

 

 イゴールは近々復活するソレと怪物及び赤い少女の関連を明言していなかったが、どちらもカンザトの存在が共通点になるため、全くの無関係とは言えないだろう。

 

「つか結構ヤバいこと言ってないか? その……イゴールは初めて会った時なんて言ってたんだっけ」

 

「たしか……全ての人の可能性を奪って明日を閉ざそうとしてる、だったかな」

 

 言葉の意味は分からないが、告げられた内容をそのまま声に出した。

 

「なんだかよう分からんが……」

 

『途端に他人事じゃなくなるわね。カンザトさんだけに留まらず、私たちにも……いえ、幻想郷全体の問題になってくる』

 

 言われてみればその通りだ。そんなことが可能なら、自分は全貌の掴めない強大な存在に目をつけられているのかもしれない。カンザトはその事実を想像し、恐ろしくなった。

 

『それがデタラメじゃないなら、だけど。突飛な内容だし、正直その占い師が怪しすぎてなんとも言えないわね』

 

「いるかも知れぬ黒幕より、その老爺の方が十分疑わしいな」

 

 やはり一個人の夢の出来事を鵜呑みにするのは難しい。これで老人の姿を多くの人が認識していたのなら都市伝説や怪談チックな話になるのだが、今回は証言がカンザトからしか得られないため、そういうわけでもない。

 

「でも、なんていうか……悪い人じゃなそうっていうか……本当になんとなくなんだけど」

 

「私もそう思う」

 

 しばらく黙っていたこころが久しぶりに口を開いた。

 

「何故だ?」

 

「なんとなく。カンザトのこと、信じたいから」

 

「お、おう……そうか」

 

 理由なき信頼は真の絆に値するのか。

 布都はそんなことを考えてしまった。

 

「ま、信じたり疑ったりする前に、とりあえず心当たりから当たってみるとするか」

 

 突然魔理沙は立ち上がり、椅子を丁寧に戻した。

 

「心当たりって?」

 

 カンザトの問いに、ニヤリと口角を上げる。

 

「引きこもりに会いに行くぞ」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 コツコツコツコツ……と、4人分の足音が薄闇に反響する。ふとした時に会話が途切れ、このせまっくるしい空間が永遠に続くのではないかと錯覚してしまえば、漠然と不安と息苦しさを覚える。とはいえ、闇は生物が等しく忌み嫌うもの。このように感じているのも、己だけではないのだろうと思う。

 

 一行は、大図書館へ続く長い螺旋階段を下っていた。

 

「ほんと行きづらいだろ? ここ」

 

「たしかに……」

 

「ずっとこもってるヤツの気が知れんぜ。まあ、これを登る体力がないから引きこもってんのかもしれんけど。ケケケ」

 

 魔理沙はいたずらっぽく笑った。

 

『何かあれば上がって来るらしいから、そういうわけでもないようだけどねぇ』

 

 しばらく黙々と階段を下ると、ようやく地面が見えてきた。魔理沙を先頭にして、円形の空間にぽつんと佇む扉を開くと──

 

「な、なんだこれは……」

 

 布都の声が彼方に吸い込まれていく。

 彼女達の視界に飛び込んできたのは、階層分けされた広大な室内に所狭しと列を成す本棚達。紅魔館は窓が少ないが、この空間は地下ゆえに、そもそも窓というものが存在していなかった。そのため閉め切られた空間特有の湿っぽい臭いがして、広い空間にも関わらず息苦しさを感じた。

 会ったこともない人に失礼だと思いつつも、「こもってるヤツの気が知れない」という魔理沙の言葉に同意せざるを得なかった。

 

「……ここ、ホントに地下?」

 

 カンザトは呆然と呟いた。天井は高く、とても屋敷の真下に位置する空間だとは思えない。

 

「お──い!!! パチュリー! いるか──!!!」

 

 静かな室内に魔理沙の快活な声が響き渡る。

 5秒、10秒、20秒……待てども返答はない。

 

「いないのかな?」

 

「いや……」

 

 自分たちからは遠くにある用途不明の巨大な壺と本棚の影から、何かがのそりと出てきた。

 注視すれば、それが紫の長髪の女性だと分かった。薄紫色の大きな帽子とローブに似た服を着用している女性は来訪者の存在を認めると、急ぐ様子もなくゆったりとした足取りで近づいてきた。

 

「魔理沙……また来たわね。のこのこ出てくるなんて、貴方にしては珍しい」

 

 彼女こそが、紅魔館の地下図書館に住まう魔法使い──パチュリー・ノーレッジ。ひと目で歓迎されていないと分かる、じっとりとした目線を黄色の魔法使いへ向けていた。

 

「しかも今日はアリス同伴。こんなにゾロゾロ来ちゃって、ヴァルプルギスの夜でも催すつもりかしら」

 

『魔女集会を開くには頭数が足りないんじゃない?』

 

 パチュリーは声の発生源であるアリス人形に顔を近づけ、ジロジロと凝視した。

 

「それ、便利ね。私も上に用があるとき使おうかしら」

 

『これは紫に力添えしてもらったものを私なりにアレンジして再現してるから、普通にやっても難しいと思うわよ』

 

「スキマ妖怪の力か……たしかにそれは一筋縄じゃいかないわね」

 

 パチュリーは悔しげに眉を歪めた。

 

「そんなことより、ちょっとお前に訊きたいんだが」

 

 カンザトはパチュリーの前に出る。

 

「こんにちは」

 

「……誰?」

 

 警戒心を露わにするパチュリー相手に、ひとまず自分たちの自己紹介を済ませ、ここへ来た経緯を説明した。

 

「へぇ、人間なのに地底にねぇ。それは大変」

 

 また、自身を襲った青い怪物に心当たりがないか尋ねると──

 

「えぇ……何それ、こわ」

 

 全く知らないようだった。最初から疑ってはいなかったが、これにて明確に容疑者候補から外れたと見ていいだろう。

 

「私の推理は外れちまったか……パチュリーなら魔法実験でそういうことしててもおかしくないと思ったんだが」

 

「まぁ、出来なくもない気はするけど。今度試してみようかしら」

 

「それはよしてくれ……」

 

 布都は苦々しく口元を歪めた。

 次に似たような生物を見かけたら、今度はこちら側が問答無用で平和的解決法を無視する自信がある。

 

「で、訊きたいことはそれだけ?」

 

「あー……お前って夢の中に出てきた誰かが自分の知らないこと喋ってきたら、信じる?」

 

「はぁ……?」

 

 パチュリーは元から半目がちな両目をより一層細めた。

 

「信じるも何も、夢に見たならそれは自身の脳が作り出したもの。知らないのも単に忘れているだけで、そこに疑う余地は無いでしょう」

 

 忘れているだけ。確かにその可能性が高い。

 しかし、それは夢を見る者が平常という前提の話だ。

 

「悪い、訊き方間違えた。寝たやつが記憶喪失で、自我が芽生えた時点からの記憶は全て間違いなく覚えているとする。ついでにとんでもなくリアルな夢で、夢の中の人物は自分の知り得ない情報を進んで開示してくる。これならどうだ? その情報を信じられるか?」

 

「やけに具体的ね……」

 

 パチュリーはふむ、と呟き考え込んだ。

 ここでは先入観を無くすため、あえてカンザトがその当事者であることや彼の持つ能力は伏せている。

 

「夢とは、睡眠中の脳が過去に見聞きした内容を整理する際に再生される映像だと考えられている。記憶喪失により身に覚えがないとしても、夢として見た以上、その情報は実際にその者がどこかで知り得た事実である可能性が高い。小耳に挟んだ程度の記憶だと曲解されているかもしれないから、真偽に関しては内容によるとしか言えないけど」

 

「肝心の記憶を失ってるのにか?」

 

「全て失っていると言っても本人がそう感じているだけかもしれないでしょ。貴方は産まれてから現在に至るまでの記憶を一片も残さず述べられる?」

 

 無論、不可能だ。記憶は日々取捨選択されている。空き容量を鑑みて、強烈な記憶は深く刻まれ、一昨日の朝食など不要なものはどこかへ忘却される。ベルベットルームなんて不可思議な記憶は忘れそうにないが。

 

「でも、ここまでは世に知られる一般的な話。魔術的観点から論ずると睡眠中に夢に近い形で見る映像は、能力の副次的効果、魔力要素がもたらす特殊な精神状態、他者から魔法をかけられた影響、神や悪魔などの超自然的存在からの宣告、取り巻く環境による作用、とても特殊な例も挙げるなら世界とのシンクロニシティなどなど……考えうる可能性は多岐に渡る。正直その程度の情報じゃあ憶測の域を脱しないわね」

 

 カンザト、布都、こころの三者は揃って小首を傾げた。途中から言葉が耳を通り抜け、何を言っているのか理解できなかった。

 

「と、いうわけで手っ取り早く貴方の心に訊いてみましょうか」

 

「え?」

 

 パチュリーの探究心に満ちた瞳がカンザトへ向けられる。

 

「あ、やっぱり分かる?」

 

「話の流れで分かるわよ」

 

 話の流れと雰囲気で、カンザトがその当事者だと察したらしい。洞察力に優れている。

 

「調べるのは夢で見た映像と似たような出来事が現実であったかどうか、でいいのかしら」

 

「そうだな……じゃあ、記憶喪失前後の記憶を探ってくれ。むしろそっちが本命だな」

 

「分かったわ。じゃあまずは夢の内容と記憶を失った時のことを詳しく教えてくれるかしら」

 

「あ、あのー……何するつもりですか?」

 

 当人抜きにして話を進められているが、どのような手段で調べるつもりなのか。まさか頭を開いて直接観察するなんてグロテスクな実験は──しないとも言いきれないのが恐ろしい。

 

「そう身構えなくていいわ。魔法で貴方の頭の中を覗くだけだから」

 

 だけと言うが、その魔法は人体に害は無いのか。

 少し不安になりつつ、カンザトは夢の内容と幻想郷に来た頃の話をした。

 

「なんとも奇天烈な夢ね。忘れてるだけだと思ったけど、前言撤回。そんなの忘れようない」

 

「ですよね」

 

「ということで貴方が憶えている部分よりもさらに過去を重点的に探ってみましょうか。じゃ、そこに座って」

 

 パチュリーが指さす先にはシックな椅子があった。

 

「意外と乗り気だな、パチュリー」

 

「魔法使いっていうのは得てして研究者気質なのよ。その話を聞いた時、真相が気になったでしょう。魔理沙も、アリスも」

 

「へへっ、まぁな」

 

『まあね』

 

 魔術師は魔法の探究に心血を注ぐ。外からやって来た記憶喪失の人間の謎は、見事に魔女三人衆の知的好奇心を刺激したらしい。

 

「他人の頭の中なんてそうそう見られないわ……フフフ、楽しみねぇ」

 

 カンザトは妖しく笑うパチュリーに怯えながら、椅子に座った。

 

『でも上手くいくかしら……記憶投影の魔法は私も試したけど、何も分からなかったのよ』

 

 実のところ、魔法による記憶探査は魔理沙宅に泊まった際に一度試している。その時は何も見えず、失敗に終わった。

 

「分からなかった、とは?」

 

「何も映らなかった。真っ白な画が映し出されて、終わり」

 

「なるほどね」

 

 パチュリーがカンザトの後ろに立つ。

 

「貴方、筋道立てずにお目当ての記憶をピンポイントに拾い上げようとしたでしょ」

 

『そうだけど……』

 

「たしかにそっちの方が早いかもしれないけど、単純に難しいし、施された側のコンディションによって結果が左右されるわ。だから──」

 

 パチュリーの右腕がカンザトの後頭部に向けて伸びる。

 

「アプローチを変えなさい」

 

 右手のひらを中心に、彩度の強い紫色の魔法陣が展開される。

 

「被術者と共に、記憶をイチから遡るの。時間はかかるけど、これが一番確実」

 

 本人の意識外の記憶を無理やり覗き見る行為は、熟練の大魔導師であっても難しい。被術者が記憶を失っているなら、なおさらだ。

 

「さ、今憶えている最も新しい出来事を思い出して。そして、徐々に過去へ遡るのよ。一日、一週間、一ヶ月……どんな間隔でもいいから、記憶にある限りを思い起こして」

 

 カンザトは瞼を閉じ、つい先ほどの出来事を脳裏に思い浮かべる。一度深呼吸してから、指示通り記憶の時間遡行を開始した。

 

「さて、上手くいくといいが……」

 

 魔理沙たちは横からその様子を眺めていた。いつの間にか、布都とこころは図々しく近くにあったソファに座っている。

 

『うー……悔しいけど流石ね。理にかなってる』

 

「あいつ知識だけは豊富だからな。万年引きこもってるだけある」

 

「こんな気の淀んだ場所で晴読雨読の生活か……そのうちカビが生えてきそうじゃな」

 

「こんなとこずっといたら身体に悪いと思う。わたし心配」

 

 カンザトは追憶に集中したいのだが、余計な会話が耳に入ってきて思考が乱される。

 

「あいつら好き勝手言って……ん」

 

 眼前にノイズ混じりの映像が映し出される。パチュリーは術の成功を確信した。

 

「視界不良……前試した時はもっとはっきり見えたはずなんだけど」

 

 とはいえ、何も見えないわけではない。術を続行する。

 

「ん、青い部屋に長鼻の老人。これが昨夜の夢の内容ね。なるほど、覚えたわ」

 

「なぁ、それが現実かどうかってのは分かんないのか?」

 

「無理。今は脳が覚えている内容をなぞっているだけだから、夢と現実の区別はつかない」

 

「ん? それじゃ記憶失う前のことを見んのは無理じゃねぇか? 頭が覚えてる内容だけなんだろ?」

 

「その通り。このまま行くと該当地点で途切れて、それ以上は追えなくなる」

 

「なんだそりゃ、そんじゃあ──」

 

「だから、途中で術式を切り替える。読み取る対象を脳の記憶ではなく、精神へと移行させる」

 

 返答しながらも、パチュリーは青年の人生を見続ける。気づけば、口元には狂気的な笑みが浮かんでいた。

 

「お、おい。なんだかよう分からんが、とんでもないことをやろうとしてるんじゃないか」

 

「あぁ、とんでもねぇよ。ぶっちゃけ何やってるか全然分からん」

 

『全くね。理屈は分かるけど手段が分からない。なんだか凄い敗北感よ、もう』

 

 既に外野の会話はパチュリーの耳に届いていなかった。何故なら、思いのほか他人の生を覗き見る行為が面白かったからだ。

 思いつきで施した術だったが、これが存外楽しませてくれる。私生活の知れた部下にやるのとはわけが違う。外界で忙しなく活動する、一人の人間の生命力溢れるドキュメンタリー映像が映し出されていた。

 

(新たな発見ね……今度霊夢と魔理沙の頭も見せてもらおうかしら)

 

 普段から目新しい経験を積んでいるだろう知人を思い、ほくそ笑む。映像の中では季節が冬から秋へ変遷し、順調に問題の箇所に近づいていた。

 

 十数分後、ついにカンザトの言う目覚めの日へと差し掛かった。

 

「さぁ、よく思い出して。あの日、あの時、あの瞬間……何があったのか」

 

 パチュリーの淡々とした声が鼓膜を通り抜け、脳髄へ染み込む。

 

「……」

 

 目覚めの日……最後は香霖堂で一日を終えた。

 その前は無縁塚で持ち物を探し、名前を得た。

 その前は博麗神社でこころと出会い、霊夢と話した。

 その前は野良妖怪に襲われ、海の底より生まれ出てし半人半蛇を呼び出した。

 その前は香霖堂で霖之助と話して、その前は……

 

 リプレイが、終了する。

 

 

 ──ここだ。

 

 

 パチュリーは滞りなく術式を切り替える。

 すると、より一層ノイズが酷くなった。

 その代わり質感のリアリティが増す。五感が映像とリンクし、まるで実際に自分がその場にいるかのような錯覚に陥る。

 

(これは……少し危ないか)

 

 己の精神が被術者の精神世界に没入し、現実世界と切り離されそうになる。トランス状態に近い境地に突入しながらも、パチュリーは術を継続する。

 

 喧しい物音と、小さな揺れを感じる。自分は何かに横たわっている。

 

(運ばれている……? 運んでいるのは……おそらく古道具屋の店主か)

 

 倒れていた彼を、荷車か何かに乗せて自宅まで運んだのだろう。意識のない高身長の男性を長距離運ぶとは大したものだ。

 

 それからしばらく運ばれ──いや、ほんの少しの間だったような気もする。

 なんだか、時間感覚が希薄だ。意識の境界が曖昧になり、現実の音が遠ざかる。

 なんという危険な魔法だ。我が術ながら恐ろしい。

 だが、続行する。ここまで来てやめるわけにはいかない。魔術に犠牲は付き物だ。

 

 いつの間にか、閑散とした地に倒れていた。身体は動かず、何も見えない。寂しげな風が肌を撫でた。

 どこからか幻想入りした青年は、無縁塚で野ざらしになっていた。

 

 問題はこの後だ。

 青年は如何にして幻想入りを果たしたのか。

 

(さて……鬼が出るか、蛇が出るか)

 

 パチュリーは好奇心の赴くまま、記憶の最奥へと突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 剣が魔の手を退ける。

 

 喉奥からありったけの声を張り上げ、翡翠の騎士と共に敵へ肉薄する。

 

 運命に囚われた使命感が心臓を滾らせる。

 

 ここで奴を倒す。過ちに重ねられた罪の螺旋を壊し、強いられた淀みを断つ。

 

 放たれた純白の光が巨躯を切り裂き、歪みは怨嗟の咆哮を轟かせる。

 

 勝てる。俺が終わらせる。

 

 ──視界の端で、誰かが苦しげな悲鳴をあげた。

 

 思考が絶望で埋め尽くされる。

 

 あぁ、ダメだ。やめろ。やめてくれ。

 

 それが、致命的な隙となった。

 

 気づけば腹に、管のような物体が突き刺さっていた。鈍痛を堪え顔を上げると、騎士の身体も絡め取られ、満足に動けずにいる。

 

 ここで、終わるのか──

 

 諦念が顔を覗かせる寸前、解放の騎士へ手を伸ばす。

 

 ──ダメだ。

 

 騎士の瞳が赤色に耀くと、彼は魔の手を斬り払い、こちらに急接近してくる。

 

 そして……己を狙い、大剣をひと振り。

 

『!!!』

 

 脳が揺さぶられるような強い衝撃を感じたかと思うと、浮遊感が全身を捉える。

 

 混濁する意識が、闇の底へ沈んでゆく……

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

 パチュリーは背後に跳ね飛ばされ、尻もちを着いた。

 

「パチュリー!!!」

 

 魔理沙とアリスが焦って駆け寄る。

 しかし、どういうわけかパチュリーの顔面には恍惚とした表情が浮かんでいた。

 

「フ、フフ……」

 

「どうした! 何があった!」

 

「見えたわ……閉ざされた……彼のき、記憶、が……」

 

 ガクリと、パチュリーは気を失った。

 

「パチュリ〜〜〜!!!」

 

『し、死んだ……』

 

「昨日も見た」

 

「おいやめろ。我の方を見るでない」

 

 全く心配する様子のない2人を横目に、魔理沙はパチュリーの肩を揺する。

 

「おい! 大丈夫か! 起きろ!」

 

『一体何を見たって言うの……?』

 

「起きろー!」

 

 ペシペシとパチュリーの頬をはたく。

 

『やめんか!』

 

「何があったか訊かねぇと!」

 

『そうね……でも今は寝かせといてあげましょ』

 

「おいカンザト、そっちは無事か?」

 

 魔理沙が声をかけるが、カンザトは椅子に背を預けたままでピクリとも動かない。

 

「カンザトカンザト、大丈夫?」

 

「お、おい。こやつこそ大丈夫か? 焦点が定まってないんだが」

 

 カンザトはまるで魂を抜かれたかのように、目と口を半開きにして視線を宙へ放り投げていた。

 

『これは……』

 

「やべぇな……よく分からんけどヤバいことだけは分かる」

 

 こころは魔理沙を倣い、彼の肩を揺する。

 

「カンザト、起きて」

 

 しかし何度名を呼んでも、彼はいつもの笑顔を返してくれない。光を失った瞳に、私は映っていない。

 その生気のない姿に、自分のせいで希望を失った人々の姿が重なった。

 

「カンザト……」

 

 悲しくなって、こころは彼の手をぎゅっと握った。

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 温かい。

 日差しが強いわけでもないのに、毛布に優しく包まれているかのように温かくて安心する。

 目を開けると、一軒家の前に立っていた。

 

 あれ? ここ、どこだ。

 俺、何してたんだっけ。

 

 見上げると、一面の朱色が世界を染め上げていた。

 

 俺、何でここにいるんだろう。

 

 辺りは静まり返っている。生垣に囲われた二階建ての家だけが存在感を放ち佇んでいた。

 少し考えて、気がついた。

 

 あ、そうだ。あれ、俺の家だ。

 帰らなきゃ、みんながいるところに。

 

 数歩歩くと、薄茶色の髪の女の子がすぐ側に立っていた。

 

『お兄ちゃん、もう帰るの?』

 

 うん、みんなが待ってるから。

 家族全員、みんなで仲良く夕ご飯を食べるんだ。

 

『でも、あの娘泣いてるよ?』

 

 女の子が後ろを指さす。

 振り返ると、遠くの暗闇で誰かが蹲っていた。

 

『寂しいって、お兄ちゃんを待ってるよ』

 

 その娘は肩を小刻みに震わし、すすり泣いている。桃色の長髪が微かに揺れ、暗闇に波紋を広げた。

 

 ……俺、あの娘のこと知ってる。

 

『うん』

 

 あの娘と約束したんだ……たぶん。

 

『大切なことだよ』

 

 どうすればいいんだろう。

 

『そばにいて、手を握ってあげて。意外と寂しがり屋さんなの』

 

 そっか。でも……

 

 振り向こうとすると、優しく背を押された。

 

『行け』

 

 背後から、低い男性の声が聞こえた。

 

『まだ、帰ってくるな』

 

 安心する。

 突き放すようで、守られている。力強く心に響く、優しい声色だった。

 

 行かなきゃ。

 

 気づけば、走り出していた。

 後ろは振り向かず、前へ、前へと──

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

「おーい、愛しの彼女が泣いてんぞー」

 

『……え、貴方たちってやっぱりそういう関係……』

 

 浮上する意識の中、遠くから呼び声が聞こえた。

 

「……んぁ?」

 

 口を開くと、自然と間の抜けた声が出た。

 

「カンザト……!」

 

 すぐ目の前には、こちらを心配そうに覗き込むこころの無表情。しかし、お面は悲しげに涙を流していた。

 

「こころ、どうした?」

 

「……」

 

 いつの間にか手を握られていたようで、返事の代わりに強く握られた。事態を把握できないが、なんとなく握り返した。

 

「うわ、やべ。涎出てる」

 

 自由な方の腕で涎を拭う。

 周囲の音が聞こえなくなるほど集中して過去へ想いを馳せていたところ、いつの間にか眠りについてしまったようだ。

 

「ごめんみんな。俺寝てたみたい……だ?」

 

 ほか2人の顔を見ると、両者とも怪訝な表情をしていた。

 

「布都さん……?」

 

「お、お主、大丈夫なのか?」

 

「……何が?」

 

『貴方、完全にトリップしてたわよ。とても尋常じゃなかった』

 

「へ?」

 

「何ともないのか?」

 

 魔理沙に問われ、身体の具合を確かめる。

 頭は冴え、五体満足。体はどこも痛まない……

 しいて言うなら、先ほどから握りしめられている左手が痛くなってきた。

 

「全然元気だけど……」

 

「おーよかった。どんだけ呼んでも揺すってもボーっとしたままだったんだぜ? 流石にビビったわ」

 

「え、マジ? 寝不足だったのかな……ごめん」

 

 術の最中に座ったまま寝てしまうとはなんとも恥ずかしい。理髪店で散髪の途中に眠りこけてしまったような、あの絶妙な恥ずかしさと同じものを感じる。

 

「いや、目が開いたままだったぞ。ただ寝ていただけとは思えぬのだが」

 

『まさか、魔法の副作用……?』

 

「あぁそうだった、魔法は上手くいったんですか?」

 

『上手く……いったのかしらね』

 

 浮遊しているアリス人形が近くにあったソファを指さす。そこには、背後に立っていたはずのパチュリーが仰向けに横たわっていた。

 

「パチュリーさん、どうしたんだ?」

 

「なんか突然ぶわーっと魔法陣が光り始めてさ、あいつ吹っ飛ばされたんだよ!」

 

「え!?」

 

 驚き、勢いよく立ち上がった。

 つもりだったのだが、ガクンと下に引っ張られ、体勢が崩れた。

 

「うぉっ! とっ、とっと……」

 

 なんとかバランスを取り、転ばずに済んだ。

 原因は、未だに片手を握り続けているこころだった。

 

「こ、こころ。そろそろ離して」

 

「やだ」

 

 何故か拒否された。パチュリーの容態も気がかりだが、こころの様子がおかしな理由も教えて欲しかった。

 魔理沙の方を見てこころを指さすと、気まずそうな苦笑いが返ってきた。

 

『とりあえず、パチュリーが起きるまで待ちましょうか。さっき使い魔に水を持ってくるようお願いしたから』

 

 一体何を見たというのか、教えてもらわねばならない。皆はパチュリーが起きるのを待つことにした。

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

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