コンゴトモヨロシクお願いします
「パチュリー様、大丈夫かなぁ」
パチュリーの使い魔だという赤髪の少女が、気を失った主の顔を心配そうに覗き込む。頭の小さな翼がパタパタと動いた。
「ものっそい嬉しそうに気絶してたし大丈夫だろ。そのうち起きる」
「アンタがなんかやったんじゃないのぉ?」
使い魔は疑わしげに魔理沙を睨む。
「ちげーよ」
『あいにく私たちは何もしてないわ。魔法の行使を頼んだだけ』
「魔法? なんの?」
『記憶投影の魔法。彼の過去を知りたかったからお願いしたの』
「んー? それで何で倒れたんだろ……」
「途中から読み取る対象を脳から精神に切り替えるとか訳分からんこと言ってたが」
使い魔の紅い瞳が丸くなる。
「え……あれ、長時間やるとその人の精神に浸かりすぎちゃって、最悪戻って来れなくなるって言ってたような」
「は?」
「それで、最後は自分で禁術指定したの。私、実験台にされたからよく覚えてる」
日常的に酷使されているだろう使い魔は遠い目をした。
「禁術なのになんで普通に使ってんだよ」
「……記録上そう決めただけで、封印したわけじゃないもの。禁術指定ってのはただの口約束」
つまり、技術の独占だ。研究記録を狙う可能性のある他の魔法使い*1への牽制の意味もあるかもしれない。
「こいつ……マジか」
一同、眠りこけるパチュリーを見つめ絶句。
カンザトと初対面にも関わらずやけに乗り気だったのは、進んで受けたがる者のいない魔法の丁度いい実験台が転がり込んで来たからだった。
「起きたらどうしてやろうか」
『ひとまず逃げられないように簀巻きにしておきましょうか』
「ちょ、待って、そんな危険なのに俺に協力してくれたってことじゃないのか?」
カンザトは基本的に性善説寄りの思考だ。出会ってまもないが、記憶を取り戻す手を試してくれた彼女の善意を信じたかった。
「いーや、自分で言うのもなんだがあんま魔法使いを信じない方がいい。私たちは知りたいことのためなら常にギリギリを攻める生き物だ」
『その好奇心で猫が死んでいても、私たちは自身が破滅しない程度に実験を続行するわ』
本当に自分で言うことじゃないな、とカンザトは思った。
「でも俺はなんともなかったわけだし……」
「だからお前、しばらく別世界トんじゃってたって。あれはどう考えてもおかしい」
「それはまぁ、うん……」
話を聞くと、どうやら先ほどの自分は目と口が半開きの状態で呆けていたらしい。それが魔法の副作用かもと専門家に指摘されてしまえば、たしかに彼女はロクな説明無しに荒療治を敢行した、ヤブ医者ならぬヤブ魔術師なのかもしれない。
「こーれはしっかり問い詰めた方がいいぜ。なぁ、お前もそう思うよな?」
「えっ私!?」
魔理沙の鋭い視線が使い魔へ突き刺さる。
「わ、わたしただのお手伝いだからよくわかんなーい」
「奴の研究を一番近くで見続けてるお前なら分かるはずだ」
「なにが?」
「魔法をかけられたカンザトは発動後、どんだけ話しかけても反応がなかった。おかしくないか?」
「う、たしかにそれは変だけど……」
「カンザトがおかしくなったのは、さっき言った魔法のせいだな?」
「そんなの分かんないわよぅ……私は見てないもん」
「でも、お前は同じ魔法の実験台にされたんだろ? 少なからず危険性は感じたはずだ」
「それは……」
「で、パチュリーほどの魔法使いが副作用を知らないはずがない。だがあいつはそのリスクを分かっていながら、説明もなしに魔法の行使に及んだ。違うか?」
「うぅ……」
使い魔に迫る魔理沙。その表情は真剣そのものだったが、義憤にかられた彼女が友人のために怒っているかは不明だ。
「た、たしかにパチュリー様は性根が捻くれたちょっと香ばしい研究狂いの動かない根暗魔法使いだけど……でも! 進んで誰かを傷つけるようなことはしないわ!」
「そこまで言ってないけどな?」
「ヴッ」
どこかから微細な呻き声が聞こえた。
「こやつ、今動いたような気がするぞ」
布都が覗き込むと、パチュリーの体がビクンと跳ねた。
「おぉ〜? ようやくお目覚めかぁ」
『魔法の仔細も、何を見たのかもしっかり話してもらわなきゃね』
魔理沙とアリス人形が眠るパチュリーの元へにじり寄る。寝ているはずのパチュリーの額に、たらりと汗が垂れた。
「……す、崇高なる魔術研究に犠牲は付き物なのよー……」
ただの寝言ですよと言わんばかりに目を閉じたまま喋った。
「よし、一発シメるか」
『
「ちょ、ちょちょ待って待って! 俺は何ともないからやめたげて!」
互いに遠慮がなくなるほどに付き合いが長いのだろうが、それにしても彼女たちは物騒すぎる。
・
・
・
「セーフティはかけてたから、安全なはずだったのよ」
「御託はいい。なんであんなことになったか教えてもらおうか」
ソファに腰掛けるパチュリー。両手でコップを持ち、ローテーブルに置かれた水差しを見つめている。彼女の次の言葉を待ち、皆の視線が集中した。
カンザトは複雑な面持ちでコップを傾けて、謎の緊張感に乾きを覚えた喉を潤した。
「悔しいからあまり言いたくないけど……原因不明よ」
「は?」
「彼がしばらく無意識状態になったと聞いて、私自身驚いたもの」
「副作用は知らなかったってことか?」
「し……ってはいたけど、もっと軽いはずだった。せいぜい数秒意識が飛ぶ程度の」
やっぱり知ってたんかいと全員が心の中でツッコんだ。
「じゃあなんだ、魔法が暴走したってことか」
「暴走……ではないわね。術自体は滞りなく発動したから」
「ならさっきのカンザトはなんだったんだよ」
「おそらく……自分の魔法でおそらくなんて言葉を使うのは本当に癪だけど、先ほど彼が陥ったのは、精神が肉体を抜け出した末の不安定な変性意識状態、あるいは擬似的なトランス状態よ」
「おう分かるように話せよ知識魔人」
『知識魔人……フッ』
「ぶっ」
横から吹き出したような音が聞こえた。音のした方を見ると、パチュリーの使い魔が顔を背けて肩を震わせていた。
「……もう話さなくていいかしら」
『失礼。続きをどうぞ』
この人達、やっぱり自分のために怒っているように見せかけて、パチュリーを責める口実にしてるだけじゃないか……なんて思っても、今は口に出さないのが吉だろう。
「イメージしやすく言うなら先の彼は、一時的に魂が抜け落ちた状態だった」
『魂が……?』
「意識が飛ぶのとは違うのか?」
「違う。睡眠状態と仮死状態ぐらい違う」
「何ゆえ、そのようなことに?」
「それは……」
言いかけて、パチュリーは口を開けたまま静止した。
「…………目下調査中よ」
「うぉい、なんだそりゃ」
「だって、難しい話だもの」
知識魔人が何か言っている。
この物言いと、答えるまでの妙に長い間。何かがおかしい。
そう思ったアリスがパチュリーの表情をよく見ると、目が泳いでいた。下を向き誤魔化しているが、目線が低いアリス人形の目からは逃れられなかった。
『パチュリー』
「なに?」
『貴方が使った魔法の、意識が飛んでしまう副作用は承知済みだったのよね』
「ええ」
『貴方は私と同じ魔法を使ったみたいだけど、私の知っている記憶投影の術にそんな副作用はない。ということは、その副作用は術を切り替えた後に生じたもの。合ってる?』
「……その通りよ」
『たしか……読み取る対象を精神に変えたんだったかしら。貴方はさらりとやってたけど、よくよく考えなくても危険よね。人の精神なんて繊細なものに作用する術、私は危なっかしくて使えないわ』
「……」
『だって、何かしら大きなリスクがありそうですもの。意識が飛ぶ程度では済まないような、ね』
「おい、こいつまさか……」
『ねぇ……カンザトさんがしばらく意識を失ったのって、他ならぬ貴方自身がカンザトさんの魂に干渉したからじゃないの?』
名探偵アリスの衝撃的な推理が容疑者に突きつけられる。
「待て、どういうことだ。その……魂が抜け落ちることはパチュリー殿も承知済みだったという話か?」
「すいません、俺も全然分かりません」
『さっきから私が言ってた”副作用”は魔法を使った結果現れる、短時間の意識の欠落。パチュリーは魂が抜けることも副作用のひとつかのように語っていたけれど、実際は魔法発動の過程で故意に魂を抜いていたのよ』
驚愕に満ちた皆の視線が容疑者Pに集中する。
さて、頭のキレる彼女の弁明は──
「……勘のいい女は苦手よ」
「やっぱこいつ一回シメよーぜ」
魔理沙が笑顔のまま掴みかかった。
「違うの……ひとつ訂正させて。一瞬彼の魂に触れたのは間違いないけど、抜け
『それが、“原因不明”だと?』
「精神は肉体に宿ると言われている。魂も同様。一時的に肉体を抜け出した彼の魂は、術の発動後すぐ元の場所に戻るはずだった」
「たまたまそういう結果になったんじゃ……」
擁護するようにカンザトは呟く。
「たまたまで片付けていい結果じゃないだろこれ」
『戻る
「そこにいる忠誠心皆無の悪魔とレミィで試した時はすぐに反応が返ってきたのよ。だから今回もその目算だった」
「間違いないのか?」
皆の視線が、今度は使い魔に集中する。
「えっ!? あっ、はい、本当です……」
自分が注目されるとは思っていなかったのか、使い魔は身体を強ばらせた。
「たしか、ちょっとボーっとしたくらいでなんともなかったかな……」
「しかし、被験者2人じゃちょっと信頼性に欠けるな」
『そうね。パチュリーの腕はそれなりに信用してたけど……』
パチュリーは小さくため息をついた。
「誤算と言う他ないわ。本来ならかけられた側に過剰な負担がかかる術じゃないのよ」
パチュリーも今回の実験結果には混乱しているのだろう。説明不足感は否めないが、彼女に悪気はなかったわけだ。
「だから、なんというか……悪かったわね。軽い気持ちで行使していい術じゃなかった。私の考えが甘かったわ」
パチュリーはカンザトの方を向き謝罪した。目線は下を向いている。
「あ、いえ。俺のためにやってくれたんだし、なにもなかったんで全然……」
そもそもパチュリーは協力してくれている立場であり、結果論だが、今の自身に異変は起こっていない。ならば無理に責めることもないのではないかと思った。
「あの、パチュリーさんは何を見たんですか?」
自分を案じ怒ってくれている魔理沙とアリスには悪いが、先ほどから魔法の結果が気になってしまい、責任の追及は二の次に考えていた。
「そうね、その話をしましょうか」
ついに喪われた記憶の謎が解き明かされるのかと、期待に胸が高鳴る。
「残念ながら、術は中途半端な結果で終わった。本当は外の世界からこちらに入ってくる瞬間を見たかったのだけど、ビジョンはある場面で強制的に終了したわ」
「その場面って……」
パチュリーの表情に真剣味が帯びる。
「貴方が、巨大な異形と激しい戦いを繰り広げていた」
「……!」
「マジか!」
「なんと……」
イゴールの発言通り、記憶を失う前の自分はペルソナと共に強大な敵と対峙したのか。
「いつの出来事か分かりますか?」
「幻想入りする直前だと思ってる。私は」
「なんだ、ハッキリしないな」
「不測の事態が起きてしまったから。ただ、不確定要素をどれだけ案じていてもキリがないから、幻想入りする少し前の出来事だと仮定しましょうか」
「その怪物は青くて、人間3人分ぐらいの大きさではなかったか?」
森で遭遇した青い怪物と同一存在ではないかと、布都がこわごわ尋ねる。
「ん……青くはなかったわね。大きさもそんなものじゃなかった」
「ではいかほどだ?」
「そうね……少なくとも紅魔館3棟分はあったかしら」
「なっ! こ、この館3つ分だと!?」
「嘘だろ……?」
聞いた全員が愕然とする。そんな大きさ、もはや地球を破壊するため宇宙より飛来する怪獣レベルだ。
「そんなのとカンザトは戦ってたってのか?」
「まさかそれは例の……」
『可能性は高いわね』
それはイゴールが危険視し、我々が黒幕と称した存在ではないか。つまり、カンザトはそんな巨大生物と再びぶつかる運命にあるということ。まるで御伽噺の英雄譚。ひとりの人間が背負うには、あまりに過酷な運命だ。
やはり青い怪物や墓場の亡霊少女とも何かしら因縁があるのでは……
そう考え、アリスは魔理沙の家での会話を思い出した。
『ふと思ったんだけど、赤い女の子が倒して欲しい相手もその怪物なんじゃない?』
「あー、なるほど! たしかにそれはありそうだ」
「……のうカンザト。赤い女はなんと言っていたんだったか」
布都がカンザトに耳打ちする。
「えーっと……誰かを倒して私を解放して欲しいって言ってました。それで女の子は墓場にいる亡霊じゃないかって話に」
「うむ、そうであったな。もちろん覚えていたが、念のための再確認だ」
布都は満足そうに頷いた。
「つまるところ、記憶を取り戻すためにも、その女の願いを叶えるためにもそやつを倒せば万事解決ということだな!」
『まあ……そうね、たぶん』
簡単そうに言う布都に、魔理沙は真剣な眼差しを向ける。
(お前は分かってんのか?)
敵が幻想郷全体に仇なす存在である恐れは既に示したとおりだが、カンザトの近くにいる布都は、より巻き込まれる危険性が高い。その時臆病な彼女は、どう行動するのだろう。
(……それは私も同じか)
魔理沙は頭の後ろで手を組み、高い天井を振り仰ぐ。視界に背の高い本棚と薄暗い天井だけが映りこんだ。
今からその時の対応を考えておくべきか。
(ま、今考えてもしゃあねぇな! なんとかなるだろ!)
しかし、すぐさま思考を切り替えた。
『例の青い部屋と、赤いドレスを着た女の子の記憶はあった?』
「青い部屋を観測できたのは昨夜の夢の光景でのみ。少女の方はそれらしいのが墓場にいたけど?」
「それ以外は?」
「見てない」
覚えていない部分での、ベルベットルームと赤い亡霊少女の記憶は見られなかった。やはり注視すべきは戦闘の記憶か。
「俺が戦ってたこと、もっと詳しく教えてくれませんか」
パチュリーは深く頷いた。
「貴方は大剣を携えた騎士を使役し、巨影と対峙していたわ」
「騎士?」
『ペルソナ能力かしらね』
「さあ? 翠色の光を放つ人型に見えたわ」
「お主、そんなの持ってたか?」
「うーん……?」
騎士と言えば法王のペルソナ『べリス』がいるが、大剣など持っていないうえ、翠色でもない。
「敵と睨み合う貴方の心に渦巻いていた感情は……そうね、“使命感“かしら」
「は? その時の感情も分かんのか?」
「感情は精神の働きのひとつ。強い感情はそれだけ鮮烈に刻まれ、魂が覚えているものよ」
こいつマジですごいな……と、魔理沙は引き気味に笑った。
「使命感……」
かつての自分は、何の目的があって戦いに身を投じたのか。
今はその答えを出せないが、自認『ちょっと特殊な力を持つ記憶喪失の一般人』であるカンザトは、過去の己に対し、他人事のように畏敬の念を抱いた。
「そんなのと戦う貴方は、驚くことに最初は優勢だったみたい。しかし途中、致命的な隙を見せた……」
ひと呼吸置き、パチュリーは言を続ける。
「もうひとりその場にいた、
カンザトは心臓がひと際大きく跳ねるのを感じた。それは、期待感によるものではない。
「誰か? 共闘していた仲間がいたということか?」
いや、仲間という言葉では言い表せない。
もっと近くにいたはずの、もっと恋しい存在。
まさかそれは──
「俺の……兄弟……」
「なに……!?」
パチュリーと、事情を知らない使い魔を除く全員が驚きの声をあげた。
「え!? お前兄弟なんていたのかよ!」
カンザトは聖徳王とのカウンセリングで示唆された、兄弟の存在を思い出していた。
とはいえ、幻想入り前に共に行動していた誰か──それだけの情報では、兄弟と断定できない。
だがなぜだろう。その人は自分の家族、兄弟だと、確信めいたものがあった。
「兄弟、ね……」
パチュリーは「なるほど」と、腑に落ちた。
なぜなら、記憶を読み取った際に感じた、身を焦がすほどの闘志──それを一瞬で塗りつぶした“絶望”は、観測しているこちらが呑み込まれるかと思うほどの激情だったからだ。
「神子さんに、言われたんだ。俺には兄弟がいるって」
「あいつが?」
「太子様が……そう仰るなら間違いないな」
『一緒にいたというだけで決めつけるにはまだ早いんじゃ……』
「いえ、あながち間違いじゃないかもしれないわ。その時の感情の昂りは、普通じゃなかったから」
その場に重苦しい沈黙が流れる。
自然と、皆が最悪を想像してしまっていた。即座にパチュリーがその者の無事を伝えていないからだ。少なくとも喜ばしい結末ではなく、『わからない』か『最悪』のどちらかなのだろう。
「……」
両の拳に力が入る。どうにか落ち着こうにも、息が荒くなっていく。
まずは一旦、話を全部聞いてからだ。
落ち着け、落ち着け……
「カンザト」
そんな心境を察したのか、こころが彼の左手に自分の両手を重ね、そっと包み込んだ。
「こころ……」
温かい。
ひとりでは荒れ狂うだけだった心が、希望の光に照らされ、平静を取り戻していくようだった。
「……話を続けるわ」
パチュリーは冷静に努め、語りを再開する。
「隙を晒した貴方は手痛い攻撃を受けてしまう。当然抵抗するも、ピンチから抜け出すことは出来なかった。諦めかけたその時、剣を構えた騎士が自らに向かって突撃してきた」
騎士の予期せぬ行動に、術の最中にあったパチュリーは自身の目を疑った。
「騎士は……貴方へ剣を振るった」
「カンザトを斬ったってのか」
『ペルソナが主を攻撃したということ?』
「いえ、あれはむしろ、囚われた貴方を救うための一振りに思えたわ」
剣はカンザトの無防備な身体を一閃した。しかし血潮が噴き出ることはなく、むしろ形容し難い解放感が全身を駆け巡った。
「そうして敵の攻撃を逃れた貴方は、そこで意識を手放した」
「そのあとは? まさかそれで終わりかよ」
「再生はそこで終了した。その後どうなったかは分からないけれど……直後にこちらの世界へ迷い込んだのではないかと私は予想する」
『だから気を失った状態で無縁塚に倒れていたと。流れとしては自然かも。記憶喪失の原因は分からない?』
「不明。外的要因による精神的なショックか……単純にどこかで頭を強く打ったとかかしら」
「むう、最も知りたい部分が分からんのう。もどかしい」
「まとめると、記憶喪失前の貴方は巨大な敵と戦っており、激戦の末に敗北してしまう。貴方は命からがら逃げおおせたけれど、何らかの要因により今までの記憶を失ってしまい、その後無縁塚に流れ着いた……といったところかしら」
説明を終えたパチュリーはコップを手に取り、水をひと口飲んだ。
「ふーむ、幻想入りした過程は分かんねぇか」
『どこで戦ってたかは分からない? 場所が分かれば前後関係がハッキリするかも』
「それは私も考えたけれど、モヤがかかってるみたいに周囲の景色がぼんやりしていてよく見えなかったのよね。しいて言うなら、空中にいたってことかしら」
『そう……通常こちらに迷い込むなんてまず無いことだし、そこをなんとか突き止めたいところね』
自宅待機中のアリスはこめかみを押さえ、思案する。
原因はいくつか思い浮かぶが、どれも確信には至らない。むしろ疑わしい説が増えて、益々分からなくなった。スキマ妖怪に拉致された説も完全に消えたわけではない。
『そういえば、突然魔法陣の光が強くなったのは何だったの?』
「光が……? あ、それ、事前にかけておいたセーフティだわ。私の精神が被術者に引っ張られそうになった際に自動で発動する、術式自壊機能。術が中途半端な結果で強制終了したのはそのせいね」
『えぇ……』
「そんな危険な術、ホイホイ使うんじゃねーよ!」
「悪かったわよ……」
そこまで用意周到なのに事前説明は省いたのかとアリスが呆れていたところ、先ほどから無言のカンザトが気になった。
『カンザトさん、大丈夫?』
「あっ、はい。大丈夫です」
「やっぱ身体に違和感あるか?」
「いや、身体は元気なんだけど……なんか色々、気になっちゃって」
『無理もないわ』
やはり兄弟の存在が気がかりなのだろう。アリスはその心境を思い、彼を案じる。
「ところで貴方も意識を失っていた間、何かを見たんじゃない?」
アリスの心配を横から邪魔するように、パチュリーが質問した。
それもある意味正しい対応である。いつまでも答えの出ない憂い事に頭を悩ませていても仕方がない。
「え? 何かって……」
「何かしら、感じるものがなかった?」
念押しするように問われ、カンザトは視線を落とし熟考する。
何かと言われても、その間は意識がなかったから何も……いや。
「温かかった……気がします。あと、なんか……行かなきゃって、思いました」
「どこへ?」
「それはちょっと分かんないですけど」
「そう……」
それだけ言うと、パチュリーは口を閉ざした。
「……」
『……』
「…………」
謎の静寂が訪れる。
『……え、終わり?』
「何が?」
『もっとこう……なんかあるでしょ。わざわざ訊いたからには。そう感じたならこういう意味がある〜みたいな』
「いや別に」
「じゃあなんで訊いたんだよ」
「意識の無い時間が長かったから私と同じく何か見た可能性があると思って訊いただけよ。特にそれ以上は何も」
「なんだこいつマジで」
「何よ、研究というのはどれだけ些細な疑問でも徹底的に突き詰めていくことが肝要なの」
一理あると思ったのか、魔理沙はバツの悪そうな顔をした。
「さて、私が魔法で知り得た情報は以上よ。不測の事態を起こしておいて言うのもなんだけれど、実に興味深い結果だったわ」
「なんか……余計謎が増えたような」
途中から聞きに徹していた布都は、頭を横に大きく傾けた。
『でも判明した事実も多い。身を削ってでもやる意味はあったと思うわ』
「( ´_ゝ`)フッ」
「やったぜ感出してんじゃねーよ結果論だからな」
「分かってるわよ……」
・
・
・
用は済んだため早々に図書館を後にし、一行は一階フロアに這い出てきた。
「はー、空気が美味い! パチュリー殿には悪いがあそこはいかん! 身体が悪くなる!」
「昨日は紅魔館の空気自体嫌がってなかった?」
「下よりかよい! 住めば都!」
「都合のいいやつだなー」
「こころ……もうホント、なんともないから手放してぇ」
「ダメ」
「どしたのホントに……」
いつもの調子で話す3人を視界に収めて、アリスは魔理沙へ問いかける。
『さて、私たちはこれからどうしましょうか』
けれども、返答はない。
『魔理沙?』
「……ん、どした?」
『何か考え事?』
「いや、カンザトが頑張って色々思い出そうとしてんだから、私もさっき聞いたあれを思い出さんとな〜と思って」
『あれ?』
「う〜〜ん……」
再び思考モードに入ってしまった。彼女は一度悩むと、周りが見えなくなるきらいがある。こういう時は放っておくのが得策だと、アリスは知っていた。
が、意外に早く沈黙は破られた。
「あっ!!!」
『わっ』
魔理沙の大声が赤い廊下を駆け抜ける。たまたま通りかかった妖精メイドが、訝しげな目を向けてきた。
「どうした魔理沙殿」
布都たちもこちらに近寄ってきた。
『ビックリした……何よ、そんな大きな声出して』
「分かった!」
『……何が』
少々不機嫌になりながらも、続きを促す。おおかた思い出そうとしていた何かを掴んだのだろう。
「アマノジャクだ!」
『はい?』
「え?」
唐突に脈絡のない単語が飛び出し、困惑せずにいられなかった。
「カンザトがさっき言ってたやつだよ! 黒い髪に角! そいつ、ちょっと前に異変起こした天邪鬼だ!」
「えっ!?」
瞬間蘇る、博麗神社にて似顔絵に勤しんだ際の小人の友人との会話。
「そ、それってもしかして、鬼人正邪っていう妖怪……?」
「あーそう! たしかそんな名前!」
実は、既に出会っていたのだ。かつて異変の首謀者だった危険な妖怪に。
自分は人々の可能性を奪わんとする黒幕のみならず、幻想郷転覆を企む逆賊からも目をつけられているのかもしれない……そう思うと、カンザトは目眩を覚えた。
「あースッキリした! 新しいパンツを履いたばっかの正月元旦の朝みたいだぜ!」
「マジか……」
爽やかな笑みを見せる魔理沙と対照的に、カンザトの表情に暗雲が立ちこめる。行方知れずの兄弟を案ずればいいのか、強大な存在に狙われている自分自身を案ずればいいのか分からなくなってきた。
「案ずるな。この私がついている」
「おお……うん、ありがとう……」
こころの力強い口調が、今はとても頼もしい。
もうしばらくは、手を握ってもらっていた方が良さそうだ。
魔理沙「こいつらいつまで手握ってんだ」
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない