PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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Remember, We Got Your Back

 好奇心を湛えたガーネットの瞳が、珍客の姿を捉えている。捕食者に睨まれた小動物のように、彼の身体はその場に縫い止められた。それもそのはず、誰もいないと思い込んでいたところに突然声をかけられれば、動けなくなるのは当然のことだろう。

 しかし、今は驚愕より困惑が大きかった。年端もいかない少女が深夜に徘徊していることに強烈な違和感を覚えた。とはいえ、今自分がいるのは魑魅魍魎(ちみもうりょう)蔓延(はびこ)る幻想郷の中でも、より異界めいた場所だ。未成年の深夜徘徊に不審感を覚える倫理観を、明らか人外な彼女に当てはめてはいけない。

 

 彼女は何者なのか。メイド服は着ていないが、外見年齢と背格好からして妖精メイドの一人だろうか。しかし、妖精達の薄羽とは決定的に違うソレが、樹木に色彩豊かな水晶を吊り下げたような何かが背中から伸びている。

 

「教えてくれないんだ」

 

 沈黙を拒絶と取ったのか、少女はムッと顔をしかめた。

 

「あっ……俺、俺はカンザト」

 

 身分やここにいる目的を問われているのだろうが、焦って咄嗟に口から出たのは、己の名だけだった。

 

「カンザト……ふーん」

 

 やはり名前を聞きたかったわけではないようで、少女は興味なさげに相槌を打った。

 

「もしかして、お客様かな?」

 

 カンザトが説明する前に、少女はピンときたようだ。

 

「一応そう……かな。頼んで泊まらせてもらってる立場だけど」

 

「やっぱり。じゃ、あいつのお友達だ」

 

 微かな月明かりが少女の顔を照らしている。少女の口角がわずかに持ち上げられたのが分かった。

 

「お姉様はいっぱい友達と遊んで楽しそう」

 

 少女はガラス窓から月を見上げる。

 お姉様とは誰のことだろう。

 

「……私とも遊んで欲しいなぁ」

 

 細めた目から放たれた眼光が立ち尽くすカンザトを貫く。

 

「ね?」

 

 すると、少女が水晶を揺らしながらゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 困惑の感情に、じわじわと恐怖の色が染み込む。どうしてか体が急激に冷え込み、まるでヴァンパイアに血を吸われているかのようだった。なぜ幼い少女を前にして、こんな気分になるのだろう。

 

(この子……)

 

 いや、頭の片隅では既に察していた。

 この館の主と同じ真紅の瞳に、口元からチラリと除く小さな牙。この少女は──

 

「貴方と遊んだら、とっても楽しそう」

 

 少女との隔たりが窓ひとつ分になる。カンザトは半歩後ずさった。

 

 数秒の沈黙の後、少女の口元から笑みが消えた。

 

「でも……今の貴方はつまんないかも」

 

 少女がカンザトの後ろを指さす。

 

「貴方の後ろにいるソレ、怖がってるもん」

 

「え……?」

 

 反射的に振り返ると、そこには燐光を放つ人影が立っていた。

 

「まぁ、怖がってくれるのはそれはそれで面白いかもだけどー」

 

 戸惑う自分を他所に、少女は言葉を続ける。

 

「今はいいや!」

 

 可笑しそうに、つまらなそうに少女は笑った。

 

「じゃあね、お客様」

 

 少女は踵を返すと、闇の先へ溶けていく。水晶が純白の月光を反射して、妖しく煌めいた。

 

「…………」

 

 しばし呆けていると、身体に蘇る熱を感じて我に返った。いつの間にか背後にいた人影は消えていた。

 

「怖がってる……」

 

 少女の言葉を脳内で反芻する。唐突な物言いに困惑すると同時に、心のどこかで納得する自分がいた。

 

 小さな窓枠越しに欠けた月を見上げる。

 彼女が去った廊下には一人分の影が残り、道を照らす光が生まれていた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 翌日から修行に励む日々が続いた。

 幾度となく宙へ飛び上がり、気分転換に美鈴と手合わせを行う。疲労感を覚えれば館へ戻り、休息をとりつつメイド達の仕事を手伝わせてもらう。何度か咲夜と顔を合わせることがあったが、華麗に躱され続けた。

 

 そんな毎日が3日ほど続いた頃。

 

 その日、成果を出せないまま日付が進んでいくことに焦りを感じたカンザトは、夕暮れまで飛行訓練を続けていた。

 

「はぁっ……くそっ……」

 

 地に手をつき、大きく息を吐く。思うようにいかない現実に心が打ちひしがれていた。

 

(俺はいつまでここに……)

 

 顔を上げると、遠くの空の夕焼けが眩しく映った。

 地面に座り、ぼうっと焼ける空を眺めていると、ジーパン越しに冷たさを感じた。服が濡れてしまうことなど、なんだかどうでもよく思えてくる。

 

「いつまでやっとる」

 

 背後から声がした。座ったまま振り向くと、布都とこころが立っていた。

 

「ほどなくして日が落ちる。引き上げるぞ」

 

 どうやら迎えに来てくれたらしい。

 夜の屋外は危険だ。口惜しいが、速やかに退散するべきだろう。

 

「どうした?」

 

 返事が無いことを不思議に思った布都が問う。

 

「……何でもないです」

 

 なんとなく……何かを言いたいような気がしたが、どう答えていいか分からなかった。

 地面に手をつき立ち上がる。固まった雪がやけに冷たい。

 

「カンザト」

 

 二人の元へ行こうとすると、こころが顔を上げて目を合わせてきた。その表情がとても真剣なものに見えて、カンザトは思わず立ち止まった。

 

「あなたの考えてること、教えて」

 

 頭が真っ白になった。

 

「……ん?」

 

 事態を把握できていない布都は、二人の顔を順に見た。

 

「なんだか、辛そう」

 

「いや」

 

 別にそんなことはない、そう言おうとして口を噤んだ。彼女に隠し事が通用しないことは重々承知しているから。

 

「……」

 

 二人がジッと見つめてくる。赤と黒の瞳が無言で続きを促している。言いようのない緊張を感じ、カンザトはごくりと唾を飲んだ。

 

「……全然飛べなくて、悔しいんだ」

 

 自分はこれから、弱みを晒す。

 たとえどれだけ仲の良い間柄であっても、包み隠さず本心をさらけ出すのがどれだけ緊張することか。

 

「もうすぐ紅魔館に来てから一週間経つのに、先に進めないのが……悔しい」

 

「致し方なかろう。人の子がそう簡単に飛べるものではない。地道にいくしかないな」

 

「でも、俺が飛べるようになるまで待ってたらどれくらい時間がかかるか分かんないです」

 

「そうは言うがな、修行自体はまだ始まったばかりだろう。それに時間ならある。何をそんなに焦っておる」

 

「あ……いや」

 

 布都との意識の違いを感じ、再び閉口する。そう言われるとそれまでなのだが、胸を焼く焦燥感の原因はひとつではなかった。

 

「……?」

 

 歯切れの悪いカンザトを見て、布都は怪訝な表情を浮かべる。布都は彼の憂いのわけを察せられなかった。

 

「魔理沙のお家であなたが言ったこと、覚えてる?」

 

「えっ……」

 

 脈絡のない問いに驚き、カンザトは反射的に顔を上げた。

 

「私たちは仲間だから……怖いことも、楽しいことも、色んな気持ちを話そうって、言ってたよね」

 

 それだけでなんとなく、こころの言いたいことが分かった。

 対して布都は何の話だと言いたげに、こころの方を見ている。

 

「嬉しかった。心がザワつくような、感情が揺さぶられるような経験も、なんでもないような小さな幸せも誰かと共有できるんだって……カンザトが聞いてくれるんだって思うと、すごく嬉しかったの」

 

 こころは目を伏せ、両の手でそっと胸を押さえる。

 

「でも、あなたは私に話してくれないんだ」

 

 陰る桜色の虹彩が、弱気な顔を映している。

 カンザトは息苦しさを覚え、思わず目を逸らした。

 

 良かれと思ってかけた言葉が己に返ってきた。こちらから願っておきながら、当の本人が辛苦をひた隠し、ひとりで抱えていた。その事実に気づかされ、カンザトは動揺した。

 

「……悲しい」

 

 視線を戻しても、こころは目を逸らさず自分を見つめていた。彼女は失望しているのだろうか。

 

「私に、私たちに教えてよ。あなたが今感じてる辛いこと。解決策は出せなくても……共感なら、できるから」

 

 彼女の無表情を見ていると思った。

 こころは失望などしていない。ただ悲しみ、寂しがっていると。

 

 こころと布都の表情を改めてよく見る。

 二人とも真摯に自分を見つめていた。その先の答えを、急かすことなく待っていた。

 

(俺の、気持ちは)

 

 今一度、己に問う。

 自分が何を思い、何に怖気づいているのか。そして、仲間にどう応えるべきか。己の影に目を背け、仲間の想いから逃げている場合ではないのではないか。

 

 ざわめく鼓動を感じながら息を吸い、口を開く。

 

「パチュリーさんの見た記憶のことが、気になるんだ」

 

 パチュリーの解き明かした記憶の断片は、カンザトの心に確かなしこりを残した。

 

「幻想郷のどこかに俺の兄弟がいるなら、早く記憶を取り戻して探しに行きたい。でも、そのためには飛べるようにならなきゃいけない」

 

 話を聞いた時からずっと考えていた、兄弟の所在と安否。書き連ねられる記憶と共に、元々心につっかえていたものを改めて強く意識させられた。今になって頭を悩ませるのは、無意識のうちに目を背けていたからなのかもしれない。

 

「焦っても仕方ないって分かってる。でも、どうしても……なんでか分かんないけど、兄弟のことを考えると落ち着かないんだ」

 

 心の海が波立つ。家族の茫漠な像は希望になると同時に、じわじわとカンザトの心を蝕んでいった。顔も名前も知らない誰かの存在を、魂は信じていた。

 

「あと、ずっと泊まらせてもらっちゃって紅魔館の人たちに迷惑だし……こころと、布都さんにも迷惑かけてるから焦ってるのかもしれない」

 

 喋っているうちに情けなくなり、最後は声が小さくなっていた。

 話し終えると、しばしの沈黙が流れた。

 

「なるほどのう……」

 

 布都は尚も真剣な眼差しをカンザトへ向け、どっしりと腕を組む。すっかり弱った弟子へかけるのは、慰めの言葉──

 

「くだらんな」

 

 ではなく、厳しい一言だった。

 こころは驚き、勢いよく布都を見た。

 

「言ったであろう。お主が我を案ずるなど千四百年は早いと。生憎、我は迷惑なんて感じておらんわ」

 

 ふんすと鼻息を吐く布都。

 カンザトは彼女が少し怒っているように感じた。

 

「お主はどうにも鈍いようだから代わりに言ってやるが、こやつもどうせ迷惑など感じておらん。お主がここで修行を続けるなら、いくらでも待つだろう」

 

 布都はこころに目配せした。

 次はお主の番だと言いたげな視線を受けたこころは、どうにも腑に落ちないままカンザトへ向き直る。

 

「……勝手に意思決定されるのは気に食わないけど、おおむね布都の言う通り」

 

 今度は布都の方が勢いよくこころを見た。

 

「あなたは優しい。でもね、その感情は行き過ぎると卑屈とも言うわ」

 

「うっ」

 

 一番近くにいるからこその手痛い指摘。なんとも耳が痛い。ところがカンザトは、なぜだかとても安心していた。

 

「あなたの優しいところ、私は好きだけど……もう少し自分のことも好きになって、信じてあげて」

 

 二人は過剰に気を遣うことなく、心からカンザトと向き合い、案じていた。それがなんとありがたく、貴重なことか。

 

「太子様は仰った。皆が真心を持ってことに望めば、何事も成しうるのだと」

 

 布都は崇敬する師の教えを想起し、その尊容を倣う。

 

「今のお主は道に迷い、真心を欠いておる。それでは我がいくら先導しようと、どこかで歪みが生じるというもの。面霊気の言う通り、まずは己を信じ、誠実に向き合ってみてはどうだ」

 

「……はい」

 

「とはいえ、だ。自分自身を見つめ直し律するのはこれ即ち孤独との戦いよ。お主ひとりではさぞ辛かろう」

 

 布都はわざとらしくうんうんと頷いた。既に怒りはどこかへ消え去ったようだ。

 

「だがお主は幸運なことに、こーんな近くにありがた〜い存在がいるのう……」

 

 目を細め、ニヤリと笑う。

 そんな布都をこころが小突いた。

 

「もったいぶらずにさっさと言え」

 

「や、やかましいわ! 黙っとれ!」

 

 布都はひとつ咳払いすると後ろを振り向き、紅魔館を仰ぎ見た。

 

「紅魔の連中……奴らは個々が各々の領域で実力を備えている猛者揃いだ」

 

 パチュリーは魔術に秀で、美鈴は武術を極めている。メイド長の戦闘能力は不明だが、整った所作や気配を悟らせることなく姿を消したりと、優れていることには間違いない。他にも会っていないだけで、とんでもない怪物が住み着いているやもしれない。

 

「我ら道教徒と違い、()()()()だ。何か共通の目的を掲げているわけでもない。にも関わらずあの館で共に過ごし、不和も見られない。大抵の雑兵は容易く蹴散らせるほどの実力を持つのに、だ。なぜだと思う?」

 

 問いを投げかけつつも、布都は返答を待たずに続けた。

 

「最初は主がより強い力で従えていると思っていたのだがな……どうやら違うようだ」

 

 布都につられて紅魔館の方を見ると、夕陽が散乱した茜色の霧に包まれ、紅い外観が穏やかに煌めいていた。

 

「奴らはおそらく、主含め『仲間』なのだ」

 

 布都はこの数日間、紅魔館の住人たちと交流し、生活を観察した。それによって得た情報は、彼女たちが仲間──それどころか、友人に近い間柄だということだった。

 

「つまり何を言いたいかというとだな……あのような強者たちにも、仲間の存在が大切であるということだ」

 

「私たちもそう。地底に行くためにたまたま集まっただけかもしれないけど、困った時はお互いに助け合う……仲間」

 

「記憶や兄弟のことで気を揉むのは結構だが、なにも一人で抱えることはない。弟子は師と同門を頼るべきぞ」

 

 布都は勇気づけるようにニッと笑う。

 山際より差し込む光芒が、二人の姿を眩しく照らした。

 

「忘るるなかれ。お主は一人ではない。我々はお主と共にある」

 

 力強く、優しさを湛えた二人分の眼差しが向けてられている。カンザトの胸に熱い何かが込み上げる。

 

 温かい。張り詰めた心が融和していく。

 今、自分たちは本当の意味で仲間になった気がした。

 

「……」

 

 どうしていいか分からず、唇を震わせうつむいた。

 

「どうし……た!?」

 

「え……」

 

 布都とこころは予想外の反応に驚いた。

 

「お、おい! まさか泣いてるのか……!? そんなに思い詰めておったのか……?」

 

 布都が狼狽えている。こころも混乱していることだろう。

 カンザトは恥ずかしくなり、目元を押さえた。

 

「すみません、なんかホント申し訳なくなっちゃって……俺、力不足だし、旅出てからも迷惑かけてばっかで……歩く時も俺に合わせて飛ばないでくれたりとか……なんかそれ考えたら……」

 

「はぁ、お主は本当に卑屈というかなんというか……待て、今なんと言った?」

 

「え……? 歩く時も俺に合わせてくれてる……」

 

「なにぃ? そんな風に思っておったのか?」

 

「……違うんですか?」

 

「違う違う。単に力を温存するためだ。ぬしもそうであろう?」

 

 布都がこころに尋ねる。

 

「うん。ずっと飛び続けるのは燃費悪いから」

 

 それでは、勝手に想像して勝手に落ち込んでいただけだということか。

 

「考えすぎだ。やはりお主疲れておるぞ」

 

「はは……そうかもです」

 

 胸の内を余すことなく吐露したせいか、それとも仲間の温情に触れたせいか、カンザトは胸のつかえが取れた気がした。

 

「これはしばし休息をとった方がいいな。能力についても考え直すよい機会だ」

 

「……?」

 

 何の話だと疑問符を浮かべるカンザトにこころが説明する。

 

「門番さんから聞いた。あなたがペルソナの操作を不安がってるって。だからペルソナ能力のことを皆で考えれば、何か解決の糸口になるんじゃないかって話になったの」

 

「あぁそれ、飛んだら暴走するから手合わせの時も暴走しないか怖くて……」

 

「恐れや迷いは気を乱し、能力(ちから)を弱らすぞ。戦闘中は空元気でもいいから怖がるな」

 

「なるほ……ど」

 

 そこではたと気づく。

 宙へ浮かび上がった時の自分は、何を考えていたか。

 

 それは、兄弟の安否を考えた時の「恐怖」、大いなる力への「迷い」、足でまといになりたくない、早く先へ進まなければならないという「焦り」だった。

 

 深夜、紅魔館の廊下にて遭遇した少女の言葉を思い出す。

 

『貴方の後ろにいるソレ、怖がってるもん』

 

 あの時背後に立っていた人影は、きっとペルソナ──もう一人の自分自身だ。てっきり少女の怪しい雰囲気に気圧され怖がっていると思い込んでいたが……少し違った。

 

「そうか……ペルソナも、怖かったんだ」

 

 心の鏡であるペルソナは行動をもって表していた。ネガティブな感情が枷になり、その挙動を狂わせた。

 

「ペルソナが暴走するのは、ペルソナが俺のことを怖がってるせいだ」

 

「ペルソナ自体が、か」

 

「でも、俺の方もまだ……ペルソナのことを怖がってるんだと思う」

 

 仲間を守るため能力を使うんだと決意しながらも、心の奥底では恐れを消せずにいた。己の写し身であるペルソナを自ら拒絶してしまえば、それは影へと変貌する。ゆえに、今のカンザトは危うい。

 

「大丈夫」

 

 こころに手を握られる。

 

「万が一誰かを怪我させちゃったら、私と一緒にごめんなさい、だよ」

 

 彼女はずっとそばにいて、見守ってくれていた。今も危うさを受け入れてくれる。

 

「……そうだった」

 

 心の海が凪いでいる。平静を取り戻した心境で二人の顔を見る。

 

「ありがとう。なんかスッキリした」

 

 感謝を告げると、布都とこころのお面は満足そうに笑った。

 

「さ、早う戻るぞ。今日の夕餉は何であろうな!」

 

 ご機嫌に歩き出す布都。その後ろ姿を見ていると、自然と笑みが零れた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「おはようございます! 今日はどうされますか?」

 

 翌朝、カンザトは休むことなく門前に足を運んだ。そばにはこころと布都がついている。

 

「まずはいつも通り飛んでみます」

 

 美鈴はカンザトの表情を見て、「顔つきが変わった」と思った。

 

「いけそうですか?」

 

「はい」

 

 美鈴が頷くと、もはや見慣れた鳥の悪魔が出現した。人ひとりを飛ばすには少々頼りない存在が、なぜか今はとても頼もしく見えた。

 

 ゆっくりと垂直に浮かび上がり、10mほどの高さで停止する。カンザトは一度深呼吸して、正面を見据える。

 

 視界に映るのは白い大地、薄く霧のかかった湖と広大な森、そして澄み渡る空の青。

 昨日までの自分は、景色をよく眺める余裕もなかったように思える。

 

 ベルベットルームの主、イゴールの声が蘇る。

 

『ペルソナ能力とは、心を御する力……心とは絆によって満ちるものです』

 

 自分は仲間の気持ちをおざなりにして、心の力を欠いていた。そのせいでペルソナを思い通りに御することが出来ず、暴走させた。

 

 認めよう。今の自分は、恐れ、迷い、焦っている。

 しかしそれでいい。己の弱さを受け入れ、感情のままに遥か彼方へ歩んでいこう。

 それでも人間だから、自分自身という影に押しつぶされそうになる。そんな時は、仲間の存在を思い出そう。常にそばにいて、支えてくれると言った彼女たちの声を聴こう。

 

 意を決して、(ペルソナ)へ命ずる。

「恐れず、前へ進め」と。

 

 グルルがゆっくりと動き出す。徐々に速度が上がっていき、身体にかかる風圧が激しくなっていく。思わず右腕で顔を守った。

 

 大丈夫、大丈夫だ。俺はみんなと地底に行って、きっと記憶を取り戻す。いつか兄弟を見つけ出す──

 

 己を奮い立たせ、姿勢を保つ。いつもなら感じる、落下していく浮遊感は訪れなかった。

 

「……っ!」

 

 弱気な腕を払い顔を上げた時、カンザトはペルソナと共に大空を翔けていた。

 グルルは暴れることなく順調に前へ飛び続ける。その動きに迷いは見られなかった。

 

 わずかに視線を落とすと、霧の湖の全容が目に入った。初めて見た際は広大だと感じていた湖が、実際はそれほど大きくないことに気づく。

 

「なんだ……そんなにデカくなかったんだな」

 

 腑に落ちたように、ぽつりと呟く。あれだけ焦燥に駆られていた心はとても落ち着いていた。

 

 下では歓喜の声があがっていた。速くはないが、落下することなく一定のスピードで飛行するその姿を見上げる。

 

「と、飛んだ! あやつ飛んでおるぞ!」

 

「やったー! ついに成功ですね!」

 

「カンザト……!」

 

 カンザトがUターンしながら降りてくる。

 成功したばかりでしっかり動けることに驚きつつ、3人はカンザトを迎えに行く。

 

「すごいですよカンザトさん! いきなりどうしちゃったんですか!」

 

 美鈴は両手をブンブンと振り、目を輝かせている。

 

「こころと布都さんが話を聞いてくれたおかげです」

 

 カンザトは美鈴の横に立つ二人に顔を向けた。

 

「左様! 我の手柄だ!」

 

「さすがカンザトさんのお師匠様ですね……!」

 

「私も私も」

 

「さすが……えー、カンザトさんの相棒ですね!」

 

 褒められた二人は誇らしげに胸を張った。

 

「美鈴さんもありがとうございました。美鈴さんのおかげでペルソナを上手く動かせるようになりました」

 

「いやー、そこまでお役に立てた感じはしませんが……こちらこそありがとうございました!」

 

 紆余曲折を経て、ようやく地底行きの手段を得た。あとは飛行状態に慣れて、縦穴を目指すのみだ。

 

「ではこの勢いで手合わせ願います! より強くなった貴方のペルソナを見せてください!」

 

「え、あ、はい!」

 

「あ、そうだ。私、布都さんの実力も知りたいんですよ」

 

 唐突にバトルジャンキーの矛先が布都へ向いた。

 

「うぇ!? わ、我か!?」

 

「カンザトさんを鍛え上げた手腕、相当なものとお見受けします。是非に、お願いします!」

 

「う……わ、分かったいいだろう! 望むところだ!」

 

「こころさんもどうですか?」

 

「やるやる〜。貴方はいい人だが、決闘となれば容赦しないぞ!」

 

 皆が紅魔館の門前にて、雪すら溶けるような闘気を漲らせる。感動冷めやらぬうちに決闘祭りが開催された。

 各々の勝敗は……想像にお任せしよう。




まとめ:心が強ぇから飛べた

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

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