カンザトが初の飛翔を成し遂げるより前のこと。
こころと布都は四苦八苦する彼を見守りながら、あーでもないこーでもないと話し合っていた。
「ペルソナに乗った状態の弟子を……こう、我らが紐かなにかで引っ張るのはどうだ?」
「どれだけ深いか分からないのにそれでずっと行く?」
「む、それは……」
「いざという時に危ない気がする」
「……たしかに」
目を離した隙に、鳥の悪魔は墜落した。
「あ」
むくりと起き上がる姿を注視していると、カンザトが渋い顔でこちらを一瞥した。そのなんとも言えない表情を見て、こころはあることに思い至った。
「布都。もしかしたら私たちが見てるから緊張して飛べないのかもしれない」
「ん……?」
そう言われ、己との戦い──もとい修行を師に監視される光景を想像する。たしかに、人によっては大変緊張する場面だろう。
布都は「尊敬する師がいるから、いいところを見せようとしてから回っているのではないか」と思った。自分であればそんなことは起こりえないが……とも思いつつ。
「一理ある、か」
「でしょ」
特に良い案も出ずただ眺めているだけになりかけていたため、丁度いいかもしれない。
二人はカンザトに、一旦屋敷へ戻ることを伝えた。
・
・
・
中に戻った二人は一度解散した。
こころは特段やることもないため、館内を散策することにした。
時間を潰すのは得意だ。なにせカンザトと出会うまでは感情の学習を目的としながら、宛もなく放浪していたのだから。
彼がどうやったら飛べるようになるか考えながらトテトテと廊下を歩いていると、視界の奥にメイド長、十六夜咲夜の後ろ姿が映った。
こころは遠くから彼女の着用する制服を凝視する。
あれはおそらく、香霖堂にて自分が着用した服と同じものだ。つまり彼女は、人を喜ばせる希望の職業──『メイド』ということになる。
「!」
こころの頭に燦然とグッドアイデアが浮かんだ。
上手く飛べないせいか、カンザトはここ数日元気がない。彼をどうにか元気づけたいのだが、彼が喉から手が出るほど欲しているであろう飛行のヒントは思い浮かばない。
では、別角度からアプローチしてはどうか。
先日自分のメイド姿を見た彼は、大層喜んでいた。ということは、もう一度自分がメイド装束に身を包み、精一杯応援してあげれば──
『元気になーれ。萌え萌えきゅん』
『うおおおおおかわいいいいいい!!!!!』
『元気になった?』
『なったあああああぁぁぁ!!!!!』
『飛べそう?』
『三千里飛んでいけるうううううう』
……的なことになる。きっと。間違いない。
こころはガッツポーズしてやる気をみなぎらせた。
そのためには、まずプロの所作を観察しよう。そこから本物のメイドのなんたるかを学び、彼を喜ばせるのだ。
視線の先のメイド長は角を曲がろうとしていた。急いで後を追い、気配を悟られないよう角からそっと顔を出して様子を伺う。
「あれ?」
いない。咲夜は忽然と姿を消した。
それなりに距離があったとはいえ、見失うほどの時間は経っていないはずだ。横道か部屋に入ったのかと辺りを見ても、視線から逃れられそうな安地は見当たらない。
「???」
わけが分からず沢山の疑問符を飛ばしていると──
「私めに何かご用でしょうか」
肩越しに凛とした声が聞こえた。驚き勢いよく振り向くと、すぐ真後ろに咲夜が立っていた。
「うわあ、びっくりした」
「あまり驚いているようには見えませんが……」
いつの間に後ろに? という疑問は咲夜の次の質問にかき消された。
「どうなされました? なにかご用でしたら遠慮なくお申し付けを」
「えっと、えっと」
何から言うべきか。包み隠さず伝えて理解を得られるだろうか。
普段誰に対しても緊張することのないこころだが、今回は相手があまり関わったことのないタイプなせいか、謎の緊張感に襲われていた。
「メイドになりたいんです!」
そのせいか、詳しい説明をすっ飛ばして望みだけ伝えてしまった。
「それは……ここで働きたいという意味でしょうか」
「えっと、そうじゃなくて」
メイドになりきるならそれもひとつの方法ではあるが、今目指すべきは別のところにある。
「貴方の動きは細かなところまで美しく、洗練されている。まさに極上のメイドとお見受けします」
「あら、それはそれは。恐悦至極に存じます」
「私は貴方のその技術をぬす……学んで、彼を喜ばせたいのです!」
「彼……カンザト様のことでしょうか」
ブンブンと頷くこころを見て、咲夜はすまし顔のまま思案する。
「なるほど……そういうことですか。わたくし、完全に理解しましたわ」
喜ばせたい理由を伝えていないにも関わらず咲夜は事情を察してくれたようで、こころはホッとした。
「……念のためお聞きしますが、“喜ばせる”とは真っ当な方法をお望みですね?」
「と言うと?」
「殿方を悦ばせるには……少々インモラルな荒業がございますが」
「いんもらる?」
言葉の意味が分からず首を傾げる。
その反応を見た咲夜は眉をわずかに持ち上げた。
「いえ、行き過ぎた発言でした。どうかお忘れください」
「???」
咲夜は深々とお辞儀してから、どこかへ歩き出した。
「まずは容易かつ効果的なものから参りましょうか」
言われるがままに咲夜の後をついて行くと、到着した先は広めの厨房だった。
「男性の心を手に入れるなら胃袋からと、古来より相場が決まっております」
「へー、そーなのかー」
どうやら料理をするらしい。ここに自分を連れてきたということは、手伝えという意味だろう。
「秦さま、お料理の経験は?」
「ない!」
声高々に言い切ると、咲夜は少し考えてから簡単なレシピを提案した。
的確な指示を受け、こころお手製の洋菓子が出来上がっていく。
「これは何を作ってるんでしょうか」
「マフィンです。甘いお菓子ですよ」
「まふぃん……食べたことない」
「
こころは未知の甘味を思い、期待に胸を膨らませる(よだれも垂れる)。
「あとは焼くだけですね。お上手ですよ」
「ふふふん」
「では最後の仕上げ……愛情の注入でございます」
「愛情を……注入?」
「はい。これがあるのと無いのとでは、美味しさに天と地ほどの差が出ます。特に、男性のお口に対しては絶大な効果が見込めますよ」
「なるほどなー」
感情を料理に注ぎ入れるとはどういう技術だろう。感情を司る者として知っておかなければならないと、こころは使命感に燃える。
「私と同じポーズをとり、愛情を注いでください」
そう言うと、咲夜は手でハートを作り胸の前に置いた。こころもそれに倣う。
「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ」
「それは?」
「愛情を注ぐ魔法の呪文ですわ」
なんと、メイドは不思議なまじないによって感情という目に見えないものを手料理に注ぎ込むらしい。
こころはその手法に驚くと同時に咲夜へ尊敬の念を抱き、「この人すごい!」と思った。
「さあ、秦さまもどうぞ」
「よーし」
こころはすっかり咲夜を信じ、やる気を入れる。
……その場に異を唱える者はいなかった。ツッコミ不在の恐怖である。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」
「それでは愛情が伝わりませんよ。もっと心を込めて、彼を想って唱えるのです」
「心を込めて?」
「はい。あの方のお顔を想像して、ご自身がどのように気持ちを伝えたいかイメージしてください」
こころは今も修練に励んでいるであろう彼の顔を思い浮かべる。イメージした彼の表情は陰り、疲労の色が滲んでいた。彼は魔法で過去の記憶を知ってから、心なしか笑うことが減った気がする。
「……」
魔法の副作用で抜け殻のようになった彼の無機質な顔を思い出し、こころは悲しくなった。
あんな顔は見たくない。どうにか元気づける方法を見つけたいが、今していることの是非も分からない。能を舞い観衆を湧かせても、身近な人ひとり鼓舞できないのかと負の感情がふつふつと湧いてくる。
「秦さま、どうされました?」
咲夜は突如固まったこころを不思議がる。
「これで本当に、彼は元気になるんでしょうか」
「真摯な気持ちを込めれば、きっと」
「でも……どれだけ私が美味しい料理を作っても、あの人の悩みは解決できないと思うのです」
囁くように率直な気持ちを打ち明けると、咲夜はわずかに首を傾げた。
「……時に秦さま。先ほど申されたのは、愛情溢れるご奉仕でカンザト様のお心を鷲掴みしたい、という話では?」
「んん? それはなんかちょっと違うような」
気持ちが沈み気味なカンザトを元気づけるため、一流メイドの流儀を教えて欲しいのだと伝えた。
「そうでしたか。どうやら私は早とちりをしてしまったようです」
申し訳ございません、と咲夜は頭を下げた。
「私では力不足かもしれませんね」
「そうなんですか?」
「あまり誰かを応援することなんてありませんし、なによりわたくし、心の機微には疎いものでして」
そうなの? とこころは思った。咲夜の円熟した仕事ぶりからは細かな心遣いを感じたのだが。
咲夜の顔をジッと見つめていると、咲夜は少し考えてから、そうですねぇと呟いた。
「わたくしの浅知恵で恐縮ですが……不慣れなことをするより、まずは腹を割って話されてはいかがでしょう」
「話す……カンザトと?」
「おふたりは仲がよろしいようですので、まずは何を悩んでいるのか、なぜ元気がないのかを訊くのがよろしいかと。そうすれば自ずと答えが出てくるのではないでしょうか」
思い返せば、何気ない日常会話は毎日交わしているが、現在抱えている悩みなど踏み込んだ話はしていなかった。
彼が自分の全てを聞いてくれるなら、私も彼の全てを聞きたい、と思う。
「うん。私、カンザトと話してみる」
こころは咲夜の上品な雰囲気と大人の余裕を感じさせる立ち振る舞いに、尊敬と憧れの感情を抱いた。
「ありがとう咲夜さん」
「お役に立てたなら何よりでございます」
こころは咲夜に感謝しつつ、意気込む。
まずは折を見て話し合ってみよう。そして飛ぶ方法を改めて皆で考えるのだ。
こころが真心を込めて作ったお菓子からは、純粋な希望の光が輝いていた。
・
・
・
一方その頃、布都は地下の大図書館を訪れていた。
「パチュリー殿、少しいいか?」
パチュリーは椅子に腰掛けたまま、唐突な訪問を訝しむ。
「今日はあなたひとりなのね。何か用?」
「人を飛ばす魔法……なんてものはないだろうか」
「ふぅん……?」
パチュリーは少し考え、すぐさま結論を導き出した。
「彼のことね」
「なんと、分かるのか」
「貴方たちの中で飛べなさそうなのは彼だけでしょう。幻想入りする前は飛べていたようだけど、今は無理なのね」
「む、それはどういうことだ」
「魔法で記憶を見たじゃない。それで巨大な敵と戦っていた場所の話になった時、彼が空中にいたって言ったの覚えてる?」
「そういえば……そうだったかも?」
「彼、飛べるわよ。今飛べない原因は分からないけれど」
「浮き上がりはするのだ。しかし自由に飛び回るまでには至らない。我らが解決策を模索しているところなのだが……容易に思いつかぬ」
「さっきの質問に答えると、人を飛ばす魔法自体あるにはあるけど、地下深くまで届けるのは現実的じゃないからお勧めしないわ」
「そうか……では他に思いつかぬか? 妙案をくれ」
「くれって言われてもねぇ……」
引きこもりの賢者は渋面を作った。
「今はどうやって浮き上がってるの?」
「鳥型のペルソナに跨っておる。天を翔けるにはいささか心もとないが」
そう答えると、パチュリーは人差し指を顎に当てて思案し始めた。
「ならそのペルソナについて調べればいいんじゃないかしら。浮き上がる原理や運動能力が判れば、空を自由に飛ぶ方法も発見できるかもしれないわ」
「ふむ、なるほど。今一度ヤツの能力について考察すべきか」
布都は納得したように呟いてから、パッと顔を上げた。
「礼を言う、パチュリー殿。邪魔したな!」
軽やかな足取りで遠ざかっていく──かに思えたが、身を翻しズンズンと戻ってきた。
「時に、レミリア殿とはどういった関係だ?」
「なに、藪から棒に」
「気になっておったのだ。随分親しげだったからのう」
パチュリーは手元に視線を落とし、しばし考え込む。その間15秒。
「……え、そんなに悩む?」
布都としては日常会話の延長線上、何気ない疑問だったのだが、どうやら難問を与えてしまったらしい。
「友……人かしら……?」
「何故に疑問形?」
「あまりしっかりと考えたことなかったから……それがどうかした?」
「うむ、ではレミリア殿の友であるお主に問う。レミリア殿が信ずる教えはなんだ?」
「教え?」
「教義だ」
「ああ、信仰してる宗教ってことね」
なぜそんなことを訊くのだろうと疑問に思いながらも、パチュリーは素直に答えることにした。
「たぶん無宗教だと思うけど。私が知らないうちに変なのにハマったりしてなければ」
「そうかそうか! それは良いことを聞いた!」
答えを聞いた布都は表情を明るくする。
「重ねて礼を言うぞ。ではな!」
満足そうな表情を見せる布都。今度こそ図書館から出ていった。
「何なの……?」
少々マイペースな来客に押され気味だったパチュリーは、より一層訝しげに眉をひそめた。そして先の「良いことを聞いた」という発言を思い出し、まさかと思う。
「まあいいか」
しかし必要以上に気にすることもないだろうと思い、気を取り直して研究を再開した。
・
・
・
「起きてーお姉様ー」
「ヴッ」
就寝中だった紅魔館の主レミリアは、文字通り誰かに叩き起された。
「なにぃ……」
寝ぼけ眼をこすり不届き者の姿を確認すると、そこには妙に上機嫌な妹がいた。
「ちょっとね、面白いことがあったの。聞いてよ」
「こっちは微塵も面白くないわよ……まだ寝てたんだけど、見てわからない?」
「たまにはいいでしょ。早起きは三文の……なんだっけ?」
「徳。魔理沙と同じこと言わないでちょうだい」
どういう訳か、ここ最近は睡眠中に叩き起されることが多い。周囲はもう少し活動時間の種族差に配慮してほしいものだ。
「で、なによ。しょうがないから……聞いてあげるわ」
あくびをしながら続きを促す。妹の前では特別格好つける必要もないだろう。
「私ね、お姉様のお友達と会ったのよ」
「お友達?」
はて、お友達とは誰のことだろう。我が妹の狭い行動範囲内に、自分の友と呼べるような存在がパチュリーと美鈴以外にいただろうか。わざわざ言ってきたということは霊夢や魔理沙でもないだろう。
「えっと、たしかカンザトって言ってたかな」
「ぶっ」
レミリアは己の不手際に気がついた。
滞在中のお客に、この娘の存在と危険性を伝えていなかった、と。
「あー……うん、カンザトね。彼がどうかした?」
すっかり眠気の吹き飛んだ頭で尋ねると、妹は悪戯を隠す幼な子のようにニンマリと笑った。猛烈に嫌な予感がする。
「アンタまさか」
「遊んでもらおうと思ってね、ちょっとだけお話したわ」
予感的中。これより訪れる最悪な未来が脳裏をよぎる。
「壊しちゃダメよ。お客様なんだから」
しかしレミリアは冷静に努めた。想像しているような大惨事が起きたなら、館内はもっと騒ぎになっているはずだからだ。
「大丈夫だって。ちょっと指を曲げようとしただけだから」
何が“ちょっと”なのだろう。人間にとっては指をへし折られるだけでも重症の類だろう。我が妹がその感覚を理解し難いだろうことは百も承知だが。
「でもね、出来なかったの」
「……出来なかった?」
「弾かれた……いや、防がれた。多分、あの人の後ろにいる何かに」
レミリアはカンザトが食事中に語っていた、ペルソナという霊的存在を思い出した。原理は不明だが、あの男の持つ謎の能力が、破壊の力から宿主を守ったらしい。
「おもしろいでしょ?」
たしかに面白い。彼女の力に対抗できる人間など、片手で数える程しかいないだろうから。
とはいえ、だ。
「……やっぱり面白くない。フラン、勝手な真似はよしてちょうだい」
「えーなんでよー。怪我してないんだしいいじゃない」
「ホントに怪我させたらどうすんのよ。相手は人里に住んでる人間なのよ?」
「それが? 里から離れてるし関係ないでしょ」
妹は心底意味が分からないといった顔をした。当然ではあるが、この娘からすれば処世術なんてものは縁遠い考え方なんだろう。
「あのねぇ、大怪我させたせいで悪い噂広げられてごらんなさいよ。私の評判がすっごく悪くなっちゃうでしょーが!」
「なんだ、そんなこと」
「は?」
妹は嘲るようにフッと鼻で笑った。
「お姉様……人間の評判なんて気にしてるんだ。誇り高き吸血鬼ともあろう者が俗世に染まっちゃって。見下げたものね」
「なんですって! いっつもウチにいるアンタには分からないでしょうけど、こっちには世間体ってもんがあるのよ!」
「どーせ怖がられてるんだからそんなの最初っから無いわよ! 残念でした〜!」
「ハァ!? そんなことないわ! カンザトは私のことすごいって言ってたし、小鈴も里の人たちが私に憧れてるって書いてたから!」
「アハハ! わたし知ってる! それお世辞って言うんだよ!」
「ち、違う! みんな私のカリスマ性に尊敬と憧れを感じてるのよ!」
「笑っちゃうわー! お姉様みたいなちんちくりんにそんなのある訳ないでしょ!」
「言ったわねこの小娘が! アンタだってちんちくりんのくせにぃ!」
「もしかして気にしてたぁ? アハハハごめんなさーい!」
紅魔館の一室にて、誇り高き吸血鬼同士の低レベルな言い争いが繰り広げられる。
一見子供同士の可愛らしい口喧嘩なのだが、実際は大半の生命体を赤子の手をひねるように容易く屠れる怪物同士の口論である。どう間違っても巻き込まれたくはない。
それからしばらくして──
「もう! お姉様のわからず屋ー!」
片方がご立腹な様子で部屋から出てきた。そのままどこかへ走り去る。
少ししてから、もう一人がくたびれた様子で扉を開く。彼女は安眠を邪魔された挙句、起きがけから妹の乱心に付き合わされ疲労困憊である。当然、機嫌はすこぶる悪い。
そこに運悪く近づいてしまった少女がいた。
「おーいレミリア殿〜! 我らが道教に入信せぬかー? 共に際限なき生を追い求めようぞ〜!」
「はァ?」
初対面時と同等の──もしくはそれ以上の怒気を帯びた視線とプレッシャーが、ただひとりへ降り注ぐ。
「ピッ」
直前の上機嫌はどこへやら、布都はモスキート音のようなか細い悲鳴を発してその場で凍りついた。
「あ……な、何かご用かしら?」
しまった、と失敗に気づいた時にはもう遅い。目の前の客人は生気を取り戻すと同時にガタガタと震え始めた。
「やっぱりこわいぃ〜〜〜!!!」
しまいには目に涙を浮かべながら、脱兎のごとく逃げ出した。
情けない悲鳴をあげて遠ざかっていく客人を呆然と見つめ、レミリアは頭を抱えた。
・
・
・
こころは屋敷を出て、門前へと足を運ぶ。
そこには金属門を隔てて、今日も今日とて番人を務める美鈴が立っていた。
「じゃーねもんばん!」
「あっ、ま、待ってよチルノちゃん!」
羽の生えた少女二人が軽やかに空へ飛び立った。どうやら美鈴と話していたようだ。
「もし」
「こころさん。どうしました?」
こちらに気づいた美鈴が雪をかき分け門を開けてくれた。
こころは敷地内から出て、美鈴へ問いかける。
「貴方から見て、最近のカンザトはどう思いますか?」
「えっと……どう、というのは」
「元気かどうか、とか。飛べそう飛べなさそう、とか。なんでもいいけど、何か変化はありませんか?」
「そうですね……うーん」
彼女にも思うところがあったのか、何か悩んでいる様子だ。
「ちょっと、調子悪そうですかね」
「それは気持ちの方でしょうか」
「はい。なんとなくですけど……ここに来た時より元気がないように見えますね。ペルソナの操作が不安だと言ってましたし、上手く飛べないからじゃないかとは思いますが」
変化を感じ取ったのは自分だけじゃなかったらしい。自身の感覚に狂いはなかったようで安心した。
「私も落ち込んでる気がするの」
「こころさんもですか」
「だから、話をしようと思って」
自分より背の高い美鈴の顔を見上げると、彼女が何か言いたげなことに気づいた。
「あの、もしかしたらなんですけど……ペルソナが暴走するのって、カンザトさんが悩んでるからじゃないでしょうか」
「! そう、なの?」
美鈴は「確証はありませんが」と前置きしてから続ける。
「ペルソナはカンザトさんが念じることで現れるらしいです。動かす時も同じだとか」
ペルソナは召喚者の意思に即して顕現し、行動する。例外はあったが、基本それは変わらない。
「私と似てるんですよ」
「似てる?」
「私は理性で気をコントロールします。感情が昂ると思うように操れなくなりますし、冷静であれば常に万全な状態で柔軟に戦うことができます。どんなに作りのいい荷車でも、引く人が体調不良だったり精神が弱っていると円滑に運べないんですよ」
「カンザトは精神が不安定だから、ペルソナが上手く扱えないということ?」
「はい。ペルソナを実際見て触れて、なんとなく感じました。あれは“心”由来の力です。わたし的に言うなら“気”ですかね」
機械に例えるなら、高性能ジェット機でも操縦桿を握るパイロットが不調であればパフォーマンスは低下し、かなりの危険が伴うということだ。
「だから、今のカンザトさんは悩みを抱えて心が荒れているから、飛行中のペルソナが暴れちゃうんじゃないかな、なんて思いました」
「でも、貴方と手合わせしてる時はちゃんと動いてたよね」
「そうなんですよね。そこの違いはよく分かりませんけど……もしかしたら意識の違いなのかもしれませんね」
どういうことだと、こころは首を傾げる。
「こころさんが空を飛ぶ時と戦う時って、まるで考えてることが違うじゃないですか」
「うん、全然違う」
「カンザトさんも同じように明確な意識の違いがあるのかもしれません。戦う時はペルソナをこう使って、飛びたい時はペルソナをこう使う……みたいな」
能力を何の目的で、どのように使うのか。その違いが大きいのではないかと美鈴は推測した。
「カンザトは青いのと戦った時、ペルソナを『守るために使う』って言ってた」
「仲間を守るため、自分以外の誰かのために力を使う、と。カンザトさんらしいです。じゃあ、飛ぶ時は……」
「……地底へ行きたい
「なるほど……たしかに違いますね」
今のペルソナは自分のために動く際、暴れて言うことを聞かなくなっている。それが示すところは──
「カンザトは自分のこと、あんまり好きじゃないのかな」
誰が為に力は行使されるか。その区別をペルソナは行動をもって示していた。カンザトはもう一人の彼を、もう一人の彼はカンザトのことが好きじゃないのかもしれない。
「やっぱり話さなきゃ。カンザトの悩みを聞かなきゃ」
もっと自分を好きになって、信じて欲しいと伝えなければ。
「私からもお願いします。最近のカンザトさんは飛行訓練してる時……いや、手合わせしてる時も、なんていうか……流れる気があまり良くないです」
美鈴はカンザトの気を思い出す。
時々、彼の内に流れる気が淀む。上手く言い表せないが、まるで澄んだ白い気が裏返り黒く濁るような……
「美鈴さん。貴方も私と──」
「いえ、遠慮しておきます。カンザトさんを元気づけられるのは、これからも一緒にいるこころさんと布都さんにしかできない事でしょうから」
「そう」
こころは美鈴から温かな想いを託された気がした。改めて意志を強くする。
「美鈴殿、開けてくれぬか」
そこにタイミングよく、布都が現れた。
「あ、布都さん。今開けますねー」
美鈴が門を開ける。
「ふぅ……」
こちらに近づきながら、布都は小さくため息をついた。
「どしたの」
「……なんでもない」
表情がげんなりとして、疲れているように見える。心も弱っている気がする。
「布都、カンザトのとこに行こう」
よもや気落ちしている者がここにもいたかと思いながらも、今はカンザトの元へ向かおうと布都を誘う。
「いきなりどうした。丁度こちらも奴に用があったから良いが」
当然一連の会話に入っていない布都は困惑する。
「一緒に旅するおふたりにしか話せないこと、きっとあると思います」
美鈴は勇気づけるように笑みを浮かべ、二人の背中を押す。
「さっきまで妖精がいたんですけど、その2匹、いつも一緒にいるんですよ」
先ほど美鈴と話していた青と緑髪の妖精のことだろう。
「青い方……氷妖精はちょっと暴走気味で、よくもう片方がたしなめてるんです。色々と振り回されてるはずなのに、それでも一緒にいるあたり氷妖精のことが大切なんでしょうね。氷妖精の方も、多分その娘といるのが楽しいんだろうなって」
妖精が飛び立った冬空を見上げる美鈴。その表情はとても穏やかだった。
「だから……誰にとっても仲間の存在って、大事なんだと思いますよ」
こころは夕刻へ傾き始めた空を見上げ、白い息を吐く。
私たちはカンザトの仲間だ。彼が思い悩む時は傍に寄り添い共感し、もし正しい道から逸れるようなことがあれば、その妖精のようになだめて手を差し伸べよう。
それが仲間の責務。それこそが私たちの……いや。
私の居る意味だ。
・
・
・
「ねぇパチェ。私ってそんなに怖い?」
突拍子もない問いに、作業中だったパチュリーは困惑気味にレミリアの顔を見上げた。
「容姿を見る限りでは怖くないと思うけど」
「見た目じゃなくて、雰囲気が」
全身を注意深く見ても、そこには普段と何ら変わらない親友の姿があるだけだ。親しい仲であるパチュリーは恐怖など微塵も感じなかった。
なので、世間一般の声を代弁した。
「貴方の肩書きは人間からしたら、分かりやすく恐怖の対象でしょうね」
「うんまぁ、そうなんだけど。肩書きってよりは、私個人の雰囲気というか……話し方とか、オーラとか」
「いやに具体的ね。もしかしなくても何かあったでしょ」
「……実は客人に怖がられてて。さっきも悲鳴あげられた」
「本望じゃない」
レミリアは容姿が幼いため、怖がられたくとも上手くいかないことの方が多いだろう。そう考えるとむしろ喜ばしいくらいだ。
「いやぁ、軽く見られるよりはいいけどさ……過剰に怖がられるのはちょっと。できればカッコよく見られたいもの」
「怖がられるのも格好よく見られるのも、きっかけが必要よ。レミィが何か過剰に怖がられるようなことしたんでしょ」
「いや……何も、別に? ちょっと、私のスゴさを見せつけたぐらいで……ねぇ」
口ごもる様子を見て、パチュリーはピンと来た。
ようやく質問の意図が分かった。回りくどいったらありゃしない。
「客人の前で魔理沙にキレたのは悪手だったわね」
「う゛、なんで知って……」
「聞いた」
思ったよりどうでも良さそうな話だったので、パチュリーは視線を手元に戻した。
「そんなに怒るようなこと言われたわけでもないだろうに……随分とご機嫌ナナメだったようで」
「だってぇ」
「まさかとは思うけど、魔理沙に信用されてなかったのが悲しかったり?」
思いつきの発言だったが、返ってきたのは長い沈黙だった。思わず顔を上げると、そこには親友のなんとも気まずそうな顔があった。
「え、ホントに?」
沈黙を肯定と受け取るべきかは時と場合によるが、そんな表情もセットでお出しされれば、肯定しているのと同義だろう。
「だって……私はそれなりに仲良いと思ってたのに。よりにもよってお客の前であんなこと言わなくたっていいじゃない」
唇を尖らせて不満を垂れるレミリア。その仕草は言っている内容も相まって、外見年齢相応に映った。
客人よ、これを怖がるというのは少々怖がりが過ぎるのではなかろうか……と思う。
「レミィって……案外純情よね」
「……うるさい」
皆さんの中の咲夜さんはどんな性格ですか?
自分は、「プロなので客人の前では表情を崩さないけど、見知った相手の前ではよく笑う、喋ってみるとだいぶ面白い人」です。
なので、こころにちょっとアレな提案をしようとした時は内心ドキドキしていた……としたら作者は嬉しいです。対幻想少女ユニコーンなので。
そういえば、咲夜さんのセリフ書いてる時に口調のせいでエリザベスの顔がチラつきました
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
-
全話視聴済
-
途中まで視聴
-
未視聴
-
存在を知らない