飛行を成功させてから数日間は、各々が出発準備(?)を進めた。
紅魔館の面々に舞を披露するこころ、手当り次第に宗教勧誘する布都、飛行中にスピードを出し過ぎて明後日の方向に跳ね飛ばされるカンザト、何故かメイド衣装で使用人の真似事をするこころ、美鈴との手合わせで天空へ打ち上げられる布都、複雑なフライトを試した結果墜落するカンザト、etc……
とにかく色々とあったのだが、割愛。
そしてついに出発の日。
三人は屋敷の正面玄関前でレミリア達の見送りを受けていた。
「長い間お世話になりました」
「ふふ、退屈しなかったわ」
「あの、ホントにお金は……」
「いいのよ。色々と手伝ってくれてたようだし、一応招待客だしね」
「ありがとうございます。また今度、お礼言いに来ます」
「あらそう。楽しみにしているわ」
レミリアは優雅に微笑んだ。
「パチュリーさんもありがとうございました」
パチュリーも珍しく地上に出て、見送りに参加していた。
「何か分かったらまた来てちょうだい。関わった以上、事の顛末は気になるから」
「はい、必ず」
カンザトは少々気後れしながらも、咲夜の顔を見る。
「あのー……十六夜さん。いつの話だって感じですけど……」
「どうされました?」
「こころと同じ部屋で寝てたのはホントたまたまで……全然、あの、そういうんじゃないんで」
カンザトは例の珍事について釈明する。既に一週間も前の出来事だが、説明するタイミングを見つけられず微妙に言いづらくなってしまい、なかなか言い出せずにいた。
「出発する前にそれだけ言いたくて……」
きまりが悪そうにブツブツ喋るカンザトを見て、咲夜は少しだけ口角を持ち上げた。
「ええ、分かっていますよ。最初から」
「分かってたんですか?」
「ですが、あの時は退散してしまいました。貴方様の狼狽える姿が面白くて、つい」
咲夜は口元を押さえてクスクスと笑った。
「あー……お恥ずかしいです、ハハ」
「少々戯れが過ぎました。お許しくださいませ」
咲夜がお辞儀する。顔をあげると、柔らかい微笑を浮かべていた。
なんだか、始めて自然な笑顔を見た気がした。
それから一言二言言葉を交わし、三人は出発することにした。
「そろそろ俺たち行きます。本当にありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
「感謝致す」
二人も礼をすると、咲夜が深々と頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
それに応えるように、こころがブンブンと手を振る。
プロのメイドの惚れ惚れするようなお見送りを受けて少し嬉しくなりつつ、カンザト達は正門へ向かった。
レミリアは軽く手を振りながら、咲夜へ意外そうな顔を向ける。
「なんか楽しそうね……」
主の呟きに、咲夜は微笑を返した。
「それにしても、魔理沙の紹介とはいえ随分良くしたわね。ここじゃ貴重な食材まで使ってあげちゃって」
「いーの、丁度暇だったし。上等な食材も私たちにとっては暇つぶしのひとつに過ぎないわ」
似たように意外そうな顔をするパチュリーへ、レミリアはなんでもないように答える。
「それに……」
館の主は目を細め、真紅の眼光を客人へ向ける。
「あの男の運命が言っている。『旅路は脅威を退ける』と」
ニヤリと口端を吊り上げて笑う。
我の直感は、彼奴の数奇なる運命が魅力的に思えてならないらしい。
「だから、良くした方が面白そうかなってね」
友人から不敵な笑みを向けられて、パチュリーはため息をついた。
「スピリチュアルなこと言っちゃって……やっぱり無宗教じゃないかも」
「んなっ」
「ところで貴方、お客の前だからってカッコつけすぎ。もっと自然体でいいと思うわよ、私は」
「うるさい! 別に無理してないから!」
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よく手入れされた優美な庭園も当分見納めかと名残惜しさを感じつつ敷地を出れば、正門前には魔理沙とアリス人形が待っていた。
「お待たせ」
「おう、んじゃ行くか」
魔理沙の向かいには美鈴がいる。
「美鈴さん、色々ありがとうございました。俺、頑張ります」
初飛行を成した後も美鈴とは稽古を続けた。迷いが無くなったおかげか動きが洗練されていき、最終的には美鈴にとっても良い対戦相手に成長した……はずだ。
「何か、見えましたか」
「……少しだけ。景色が変わった気がします」
「そうですか……」
わずかな沈黙ののち、美鈴は晴れやかな笑顔を見せた。
「寂しいです。また来てくださいね!」
「はい!」
「おふたりも是非また来てください」
「う、うむ……我はまだ、負けておらんからな!」
「何言ってんの」
こころと布都も別れの挨拶を済ませ、一行は真紅の洋館を背に縦穴へ向かう。その日の湖畔は霧が薄く、先の景色が良く見えた。
・
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「ふー、到着だな」
『危なげなく飛べてるわ。頑張ったのね』
天気が良かったので試運転がてら空路を行ったが、数日間訓練を続けたおかげで、魔法使い二人も安心して見ていられるほどの安定感を手に入れた。
「みんなが協力してくれたおかげです」
「よかったなー。これからはどこでも好きなとこ行けんな!」
「たしかに。夢が広がるなぁ」
この達成感と高揚感。初めて自転車を買ってもらった子供もこんな気持ちなんだろうか……とカンザトは思った。
「あんま調子乗んなよ?」
「えぇ……」
『そこは乗らせてあげなさいよ』
「みてみてー、これは調子に乗ってる表情!」
「変わっとらん変わっとらん」
五人は穴の縁に降り立つ。縦穴の様子は前回と何ら変わりなく、見る限りいっぱいの闇を漂わせて待ち構えていた。
「魔理沙、アリスさん。案内ありがとう」
またも案内を請け負ってくれた二人に礼を告げて、大穴の底を覗く。我らの行先は、果ての見えない底の底だ。
「行こう!」
自身の声に仲間は力強く頷き、応えてくれた。
さあ出発だと一歩踏み出す。
「あ、ちょっと待て」
そこに魔理沙がストップをかけた。
気持ちに急ブレーキをかけて魔理沙を見ると、ポケットに手を突っ込み何かを取り出そうとしていた。
「本日の霧雨魔法店に来た依頼はもう一件あってな……っと、香霖堂からお届けものだぜ!」
勢いよく差し出された掌には、赤と白の勾玉が合体したような模様の球体が乗っていた。
「なんだこれ」
「多分マジックアイテム。役立つかもしれないから持ってけだってさ」
「それは……太極図か?」
布都は球体へ興味ありげな視線を送る。
「太極図ってなんですか?」
「その名が示す通り、太極*1を表す図だ。これはその内のひとつ、陰陽魚と呼ばれる我らが道教の象徴たる図像である。二つの勾玉めいた意匠で、陰陽の気の関係性を表しているのだ」
「そこらへんの話は知らんけどさ、霊夢が持ってる玉に似てんだよな」
「じゃあ霊夢の物じゃないのか?」
「でも香霖はそんなこと言ってなかったぞ。普通にそこらへんで拾ったらしい」
拾ったにしては意味ありげな見た目をしている気がする。そんな重要そうなもの貰って大丈夫かと思いながら受け取る。
「まぁありがたく貰っとけよ。香霖が言うには、使えば瞬時に遠くへ移動できる……らしいぞ」
瞬間移動装置ということか。なんとも疑わしいが、それが本当なら大した代物だ。
「へぇ、すごいな。使い方は?」
「知らん」
「ええー……」
一見してボタンなども見当たらない。霖之助の気遣いはありがたいが、使用方法が不明ならばガラクタも同然だろう。
「あとこれも」
続いて取り出した細長い紙を受け取る。
「これは……お札?」
「博麗の巫女奉製、魔除け札だ」
厳かな筆跡で詞が記された白い和紙は不思議と軽く、しかし手に取ると確かな存在感を感じさせた。
「霊夢がくれたのか?」
「いや、それも香霖から貰った。何があるか分かんないから持ってけだとよ」
「帰ってきたらお礼言わないとな。これはどうやって使うんだ?」
「持ってるだけで効果あるらしいぜ。妖怪とか霊とか、危ないヤツから守ってくれるっぽい」
「へー、じゃあしまっとくか」
行先が行先なだけに、とても頼もしい。
森近さんにはお世話になってばかりだな……と思いながら、お札をポケットにしまう。
「そういや香霖がおかしかったんだが、なんか知らねぇ?」
「おかしいって……どんな感じ?」
「やけに私とカンザトのこと心配してた」
「なんか心配させるようなことしたかな」
「口では青いバケモンと戦ったことを心配してたが、にしたって私にまで言うのはおかしいんだよ」
「いいことじゃない?」
「よくねーよ気味悪い」
心配してくれている人に酷い言い草だ。これは遅めの反抗期なんだろうか。
『コラ、優しさは素直に受け取りなさい』
「うっせ」
魔理沙は苦虫を噛み潰したような顔で身震いした。寒さのせいか、それとも嫌なことを思い出したせいなのかは分からない。
「あ、そういえばアリスさん。森で何か見つかりました?」
こちらが紅魔館に滞在している間、森を散策していたというアリスに結果を訊く。
『ううん、気になるのは何も。しいて言うならちょっと変なもの見ちゃったかな』
「変なもの?」
『なんて言ったらいいのかな……多分、妖怪の死体なんだけど』
「う、死体ですか」
「妖の遺骸か……多分というのは?」
布都の質問に、アリスは微妙な表情を返した。
『うーん……なんか、死体っぽいようなそうじゃないような……判断つかなかったのよね』
「どういうことだ。見れば明らかであろう」
『肉が外側に露出してたのよ。原型が判らないから、もはやただの赤黒い塊っていうか』
「うげぇ……」
「ぐ、グロい……」
凄惨な光景を想像してしまい、布都とカンザトは二人揃って顔を青くする。
『あ、ごめんなさい。地底行く前に気分下がるようなこと言うもんじゃないわね』
アリスは恐ろしい事実を誤魔化すかのようにアハハと笑った。
『青い怪物に繋がりそうなものは見つからなかったわ。暇な時にでも探してみるから、何かあれば伝えるわね』
「ありがとうございます。でも、無理しないでください」
『大丈夫よ。日課のついでだから』
再び怪物が出現しないとも限らないので少し心配だが、凄腕の魔術師だろう彼女の危機察知能力を信じることにした。
「んじゃ、行ってこい!」
魔理沙は快活に笑い、一行の背中を押す。
見送ってくれる誰かがいるというのはありがたいことだ。
目を閉じ、今後の要となるペルソナ『グルル』を飛来させる。紫の燐光を纏う巨鳥に乗り込むと、自身がペルソナという超常存在と一体になった気がした。
心の中で意気込み、ふわりと宙に浮き上がる。少し前進し、一旦停止させた。
(底が見えない……)
下を見れば、直前まで踏みしめていた地面が存在しない。ペルソナの操作を誤ったり、足を滑らせてしまえば一巻の終わりだろう。
恐怖心が無くなったわけではない。だがしかし、一週間前、初めて穴の前に立った時より気持ちは前を向いている。
左右に視線を送ると、共に浮遊する仲間の姿があった。
「行ってくる!」
恐れを吹き飛ばすかの如く大きな声を出し、魔理沙とアリス人形に別れを告げる。
「頑張れよー!」
『気をつけてねー!』
声援を身に受けて、グルルは下降を始める。最初は緩やかに、全身が天地の境を越えたあたりからスピードを出して降りてゆく。
未知への恐怖と好奇心を胸に、一行は闇に呑まれていった。
・
・
・
ゆっくりと、しかし着実に下降していき30分ほど経過した。特にトラブルも起こらず、布都とこころも問題なく着いてきている。
「うへぇ……これはかーなり深いのう」
「結構降りた気しますけど、下はまだ真っ暗ですね」
「というか暗くなってきた」
こころの言う通り、地上より降り注ぐ光が弱まってきている。上空を見上げると穴の入口ははるか彼方へ遠ざかり、ただひとつの光点となっていた。
「ランプつけようかな」
青娥から貰ったマジックアイテムを起動させようかと思っていたところ、こころがそれを制した。
「任せて」
こころが全身から青白い炎を放ち、周囲を照らした。
「おお、なるほど! すごい!」
「ふははは、すごいだろう。困り事があれば遠慮せず私を頼るんだぞ」
「いや我だ! 辛くなったら我を頼れ弟子!」
「え?はあ……ありがとうございます?」
謎に張り合う布都を尻目に少し明るくなった下方へ視線を向けると、ところどころ大きな穴が空いていることに気がついた。
「なんかいっぱい穴空いてますね」
「どこだ?」
「ほら、あれとかあれとか」
カンザトはいくつかの穴を指さす。
「たしかに……空いておるな」
「変な穴ー」
突如現れた奇妙な穴に首を傾げながら下降していると、布都がその場で静止した。
「……」
「布都さん?」
布都は眉間に皺を寄せて、穴の奥底を見つめている。
「よもや、この無数に空いている穴が地底へ続く道とは言うまいな」
「えっ?」
そんなまさかと、壁面を注視する。
「……たしかに、下は光が全くない。このまま降りていってもどこにも繋がってなくて、穴の先が地底ってこともある……かも」
こころが足元に広がる闇を見つめて言う。
「魔理沙とアリスさんはそんなこと言ってなかったけど……」
「言い損じやもしれぬぞ」
絶対にないとは言いきれない。彼女たちにとって今さら言及することのないルートなら、初見の者に伝え忘れることもあるだろう。
「どうしようかな……」
「行きだけでも魔理沙に着いてきてもらうべきだったか」
「後の祭りよ。さりとて、このまま降りていって良いものか……」
一向に出口に着かないため、三人は疑り深くなっていた。
「ちょっと覗いてみますか」
念のため中を確認することにした。
壁際に寄って、直径3mほどの大きさがある空洞の前で滞空する。
「……暗くて分かりませんね」
「待て。奥から風が吹いているぞ」
「てことは」
「どこぞへ通じているやもしれん」
本当に地底への入口である可能性が増してきた。
一足先に布都が穴の中に着地して、数歩歩く。
「うっ! な、なんじゃ!?」
すると、布都が突然大きな声をあげた。
「大丈夫ですか!?」
「何か引っかかっ……! ぺっぺっ!」
「どうしたアンタら」
下方から声がした。聞き覚えのない声で、すぐに自分たち以外の存在によるものだと気がつく。
驚いたカンザトとこころが声のした方へ視線をやると、そこには茶色のリボンで後ろ髪をまとめた少女が浮いていた。
「おー人間とは珍しい。こんなとこでなにやってんの?」
興味津々といった様子で自分たちに近づいてくる。
「君は……」
「ん、私? 私はヤマメ。ここに棲んでるの」
ヤマメと名乗る妖怪はこんな日の届かない空間に棲んでいるらしい。何の妖怪なのか、見ただけでは皆目見当もつかないが。
「で、さっきの質問の答えは?」
「あぁ、すみません。俺たちは地底に行くためにここまで来たんですけど、ちょっとこの穴の中が気になって……」
「別にそこはなんもないよ」
「どこに繋がってるの?」
こころが問う。
「一番下まで繋がってる。ここにある穴、全部そう」
布都の予想通りだったが、まさか全てが正解のルートだとは思わなかった。
「じゃあ、ここを通れば地底まで行けるんですね」
「行けるけど……ぐにゃぐにゃ入り組んでて狭いからあんまりオススメしないかな」
「え、そうなんですか」
「これ以外の道は?」
「普通に真下まで降りてけばいいよ。ここを抜けたら離れの森に出るから」
どうやら自分たちは順調に正しい道を進んでいたらしい。しかしそうなると、いつまでも出口が見えないことが気になる。
「今って縦穴全体でいうとどのあたりですか?」
「今は〜……丁度半分くらいかな? 頑張って降りてけばすぐだよ」
ただ出口が遠いだけだった。想像以上の深度に驚く。
「ぬしら、呑気に話しておらんで我の心配をせんかい! 何か顔に引っかかって最悪じゃ!」
「それ私が張った糸だわ。ごめんね」
「うげー!」
ヤマメは糸を操る妖怪らしい。
布都が烏帽子を外してバタバタと暴れる。彼女には申し訳ないが、奇妙な踊りに見えて少し面白い。
「ところで何で人間が地底に行くの? 紅白巫女の遣いじゃないよね」
霊夢はどこでも有名人だなと思いながら、目的を告げる。
「地底のさとり妖怪に会いたいんです」
「さとりに? ふーん……アンタら物好きだね」
物好きとはどういう意味だろう。わざわざ地上から会いに行くのが珍しいと言いたいのだろうか。
「さとり妖怪はどこにいるんですか? たしか地霊殿って場所に住んでるって聞いたんですけど」
「そうそう、さとりは地霊殿にいるよ。行けば会えるんじゃないかな」
「あの、よければ地霊殿の行き方を教えてくれませんか? 場所までは聞いてなくて……」
「えーっと……ここを抜けたら森に出るのね。そこから橋を渡れば街に行けるから、門を通ってすぐの大きな通りをず〜っと真っ直ぐ行くの。そしたらだいたい街の中心にある地霊殿に行き当たるって感じ。かなり大きい建物だから、近く行けば分かると思うよ」
中々に大雑把な説明だが、近くまで行けば分かるとのことなので、周囲に目を配りながら街を歩くことにした。
こんなところで地霊殿への経路を聞けるとは、何たる僥倖。三人は再度順路を確認し、ヤマメと別れる。
「じゃあ、ありがとうございました! ちょっと行ってみます!」
「はいは〜い。地底旅行、楽しんでってねー」
遊び目的ではないのだが、ともかく再び下降する。
「いい
「うぅむ。気は……なんというか、淀んでおったが」
「糸にひっかけられたからってそんなこと言っちゃダメだぞ」
「ちがわい! そういうことじゃあない!」
三人は不安を紛らわせるかのように雑談しながら下へ下へと潜っていく。
未知の世界を臨み暗闇の中を突き進む現状において、何気ない言葉を交わし、気持ちを共有する仲間の存在はとても頼もしく思えた。
「出口だ」
こころの指さす先には、頼りない星明かりがぽつんと佇んでいた。
「ようやくか……」
長い空の旅も終わりを迎える。
地の底から吹き上がり、全身を取り巻く風が暖かい。三人は既に、地上との環境の違いを肌で感じていた。
「出るぞ!」
カンザトを先頭に、三人は光の輪をくぐる。
途端、眼前を支配する光量が増し、たまらず両目を塞いだ。
──明瞭な輪郭の境界線を踏み越えるように、確かな空気の変化を感じた。
「……っ!」
視界に飛び込んできた光景を目の当たりにし、思わず息を呑む。
見渡す限りの眩い光。所狭しとそびえ立つ建物群の燃え盛る輝きが見る者を魅了する。眼下に生きる街並みが光源に満ちているのは、太陽の光が届かないせいだろう。
(こんなのが地面の下に……)
皆の足下──地下世界には、満天の星空が広がっていた。
「すげぇ……」
降下速度を落として景色を眺めていると、凡庸な感想が口から漏れた。
忌み嫌われた妖怪たちの棲家と聞いていたが、少なくともそんな風聞が気にならないほどに美しく、魅力的に思えた。緑豊かな大自然の風景とはまた違う人工的ゆえの華やかさ、生命の力強さを感じさせる情景がそこにあった。
二人の表情を伺う。
こころは眉目動かさずに感動している。
布都は目を見開き驚愕をあらわにしている。
やっと……辿り着いた。
カンザトの胸に、達成感に似た熱い感情が込み上げる。
この旅路は遠回りだ。時には迷い、時には挫けそうになりながら──一行は紆余曲折を経て、ついに地底へ辿り着いた。
・
・
・
ヤマメの情報通り、真下には森林が在る。三人は周囲を注意深く観察しながら地面に降り立った。
「郊外ゆえか、存外平和だな」
「ですね。もっと危険なところかと思ってました」
「街の方すごい綺麗だった」
「だなー」
こんなのほほんとした会話を出来るほど、降りた先は平和だった。突如野蛮な暴徒が「スッゾコラー!」と唸りをあげて襲い来る──とまでは言わないが、それなりに警戒していたため、正直なところ拍子抜けだった。
「それにしても……」
布都が額に手を当てて渋面をつくる。
「暑いな……」
季節は冬だと言うのに、じわりと汗をかきそうなほど気温が高い。居てもたってもいられない暑さとまではいかないが、防寒具で過ごすには少々辛い。
「暑いですね。脱ぎますか」
三人は上から一枚脱ぎ、装いを春仕様に替える。
脱いだものはカンザトが受け取った。
「して、先の妖が言うには橋があるんだったか」
「橋……どこにあるんですかね」
「あっち、道になってる」
こころが指さした先には、琥珀色に灯る灯篭が規則正しく並んでおり、その様はまるで神社仏閣の参道のようだった。
「なんか観光地みたいだ」
「観光地?」
「なんとなくさ、神社とか寺とか多いところだとこんなイメージ」
「じゃあ命蓮寺も観光地?」
「あれは違うかな……」
喋りながら歩いていると、微かに水の流れる音が聴こえてきた。
「お、川だ」
灯篭の穏やかな明かりに溶け合い小川のせせらぎに耳を澄ませば、なんとはなしに風情を感じる。本当にここが危険な地底なのかと疑わしくなるほどだ。
「橋もあるよ」
道に沿うようにして流れる小川。流れの先に目をやると、小さめの木橋がかかっていた。
「ヤマメさんが言ってたの、あの橋じゃないよな」
「誰かいるぞ」
木橋の中央には、金髪の女性が行く手を塞ぐように佇んでいる。
丁度いい。あの人に街への行き方を訊こう。
「すみません、街に行きたいんですけど、道ってこっちで合ってますか?」
この時の三人は完全に油断していた。なまじ直前に話しかけた妖怪が予想に反しフレンドリーだったために、地底の妖怪に対する警戒心が低くなっていた。
「……」
女性は緑眼を細め、なぜか不機嫌そうに口をへの字に歪めている。
「あのー……?」
「妬ましい」
「え?」
カンザトは己の耳を疑った。
今、かなりネガティブな言葉が返ってこなかったか。
「仲良しこよし、頼れるお仲間を引き連れて地底旅行……孤独を感じる暇なんて無いでしょうね。ああ、妬ましい……」
言っている意味が分からない。何故この女性は初対面であるはずの自分たちに対し負の感情を向けているのだろう。
「貴方たちの仲、この布のように引き裂いてあげるわ……」
女性は懐からハンカチを取り出すと、見るも無惨に引き裂いた。
「さあ、内に秘めた仲間への後ろめたい感情、隠された本性を全てさらけ出しなさい!」
「カンザト! こやつ何か──」
女性が叫んだ瞬間、辺りの空気が一変し、精神が揺さぶられるような悪寒が走った。
挿絵、描きかた分からないなりに頑張りました……
そういえば1話投稿から1年経ちました。なんともスローリーな進行ですが、読んでくださる方々のおかげで続けられています。今後もぼちぼち書き続けていくので、よろしくお願いします。よいお年を。
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない