黒のカチューシャをあしらった少女は、静謐な面持ちでこちらを注視している。こいしの姉だという情報から察してはいたが、さとり妖怪といっても一見してごく普通の人間の少女だ。
──もう一筋の視線を放つ、ソレさえなければ。
複数の管が生えた、赤い目玉が浮いている。生物としてありえない位置に存在するその部位からはギョロリとした瞳が覗き、いくら見ようと目玉としか表現しようがない。あれはおそらく、姉妹であるこいしも同じく有する『第3の目』なのだろう。こいしとの違いは、色とまぶたの開閉だろうか。
「……貴方は誰ですか?」
しばしの沈黙のあと彼女が最初に口にしたのは、至極真っ当な疑問だった。
用件の前に名を名乗れ。そういうことだろう。
「僕はカンザトといいます。人里から来ました」
「秦こころと申します。彼の……相棒です」
「物部布都。この男の師である」
三者三様の自己紹介をする。こころはどことなく誇らしげだ。
「古明地こいしです。お姉ちゃんの妹です」
何故かこいしも参加してきた。
「こいし……ちょっと」
「ごめんごめん」
姉に微妙な表情で注意されると、こいしはケラケラと笑い、近くにあった椅子に座った。
「古明地さんは心が読めると聞きました。それで……迷惑でなければ俺の心を、記憶を見て欲しいんです」
「……記憶を、見て欲しい?」
さとりは眉をわずかに持ち上げた。声に困惑の色が滲む。
「はい、実は──」
ところが次の瞬間、仮面を張り付けたような無表情に転じた。
「なるほど、記憶喪失ですか」
たった一言で、シンとその場が静まり返る。
理由を告げるより早く、言おうとしていた内容を一切の淀みなく当てられた。
カンザトは驚き、続きの言葉が出てこなかった。
(なんで知って……いや、もしかして)
これが、これこそが──思いを覚る妖怪に備わった異能。第3の目で心の声を聞き、他者の思考を読み取る先天的な力。
「それで失った過去の記憶を知るため、思考を読める私を頼りここまで来た、と」
先ほどの自身の発言通り、心を読めることはカンザトも知っている。しかしこの短い会話の最中、少し顔を合わせた一瞬で思考を読まれると思っていなかったために、かなりギョッとした。
「そ、そうです。えっと……」
ということは、これから話そうとしている事も全て筒抜けなのか。それじゃあ何を話すべきか分からない。
そうカンザトが動揺していると、さとりは視線を床に落とした。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
さとりは三人をソファへ座るよう促す。
「どうぞ。今度は邪魔しないので、ゆっくり話を聞かせてください」
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この説明も彼女にとっては等しく既知の情報だろうかと考えながらスムーズに喋ることは案外難しく、カンザトは今ひとつ普段の調子を取り戻せずにいた。
ひとまずは自分が記憶喪失になり、人里に拠点を置くまでの経緯と、外来人であること、ペルソナ能力に関すること、そして失くした記憶を辿るため地霊殿を訪ねたことを伝えた。
「へーそうだったんだ。大変だねぇ」
こいしは興味があるのかないのか微妙なトーンで感想を述べた。
「……あ、そうか」
そういえば、こいしには詳しい経緯を話していなかった。そういう意味では改めて語る意味はあったかもしれない。
「遠路はるばる、大変な道のりだったんですね。お疲れ様です」
「……いえ」
果たして、彼女の返答は如何に。固唾を呑んで待つ。
「期待させるのも申し訳ないので、結論から言いましょうか」
ドキリとした。こう言ったということはつまり……
「私は貴方の言う通り心を読めますが、失った記憶まで見ることは出来ません。それは私の力の範疇を超えています」
さとりは表情を動かさずに淡々と、変えようのない純然たる事実を告げた。それはあまりに無慈悲で、彼を意気消沈させるに充分な答えだった。
「そう、ですか……」
失礼だと思いつつも、ショックを隠せない。これまでの全てが無に帰すことは決してないが、地底に来たこと自体は無駄足だったのだ。その落胆度合いは大きい。
静寂が重くのしかかる。しかし、さとりの次の呟きにより、その場の空気がにわかに変わる。
「……手は、なくもないんですが」
「え?」
「……いえ、すみません。なんでもないんです」
失敗を取り繕うように、さとりは再び視線を床に落とした。
それは彼女にとって言いにくい内容なのだろう。だが、カンザトにとっては闇に差した一筋の光明である。到底見過ごせる発言ではなかった。
「何か方法があるなら教えてください。俺は絶対、記憶を取り戻したいんです」
なりふり構っている場合ではない。眼前を掠めた可能性に縋り、その先を追求する。
「……」
さとりは黙する。依然として表情を崩さない彼女の心境は読み取れないが、つい口を滑らせたと己の失言を悔いているのだろうか。
「少し、考えさせてください」
やがて出した答えは曖昧なものだった。
逃げられたと悲観すべきか、一方的な拒否ではないと喜ぶべきか。
「無理言ってすみません」
妹が連れてきた客人であっても彼女からすれば、突如として現れ不躾なお願いをしてくる赤の他人である。あまり無理を言えた立場ではない。
「いえ……」
用件は済んだが、気まずい沈黙が流れる。
こころは無理やり問い質すべきかと悩み、布都は師として弟子にかけるべき言葉を探している。
「ねぇねぇ、どのくらいこっちにいるの?」
沈黙を破り、こいしが期待に満ちた眼差しで尋ねてきた。気まずい雰囲気に耐えかねたのか、元から会話の終わりを見計らっていたのかは分からない。
「こっち?」
「地底に!」
「あ、あー……そうだな、話は聞けたから一回帰ろうかな」
泊まる場所もないので一旦引き上げて、後日再訪してさとりの答えを聞くことにした。
「えーなんでぇ? 来たばっかじゃん!」
「え? まぁ……」
居座る理由がないうえに、宿を探す手間を考えると早々に帰宅するのが妥当だろう。
「せっかく来たんだし遊ぼうよー」
「うーん……」
「でしたら、泊まっていきませんか?」
意外にも助け舟を出したのは、さとりだった。
「大したおもてなしも出来ませんが」
「いいね! お姉ちゃん、グッドアイデア!」
これ幸いと、こいしも便乗する。
「いや、悪いです」
「大丈夫ですよ。部屋ならあるので」
「まぁまぁ遠慮しないで。泊まってってよー」
「この娘もこう言ってますし」
紅魔館でもそうだったが、屋敷の主は案外旅人に優しい。もちろん仲介人の口添えあってのことだが。
カンザトがこころと布都に目配せすると、首肯が返ってきた。
「じゃあ……すみません、お世話になります」
事実ありがたい提案ではあるので、宿無しの一行はお言葉に甘えることにした。
「やったー遊ぼ!」
「こいし。困らせちゃダメよ」
無邪気に喜ぶ妹をたしなめて、さとりは立ち上がった。
「お部屋に案内しますね」
率先して主が動く様に人手不足を疑いつつ彼女について行くと、広めの客室に通された。どこかに暖房設備が付いているのか、室内は温かい。
自然に女性二人と同室になっていることには異を唱えるべきか。
「この部屋を好きに使ってください」
屋敷内の簡単な説明が終わると、さとりはこいしを手招きした。
「こいし」
「なにー?」
こいしはさとりに連れられて部屋を出ていった。
残された三人は顔を見合わせる。
「先のさとり妖怪、何れか策があると思しき反応だったが……どうなることやら」
「頑張ってお願いすれば教えてくれるかな」
「どうだろ……」
「何はともあれ、今日のところは休むとするか。ここの空気は外より幾分かマシだ」
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荷物を整理しつつ雑談していると、ベッドに寝転がっている布都が寝息をたて始めた。気づけば、こころも柔らかそうなソファに体を預けてうつらうつらとしている。
(なんか静かだなと思ったら……)
長時間の飛行を終えた直後に妖怪に襲われ、地霊殿までの道中は喧騒を縫い、気を引き締めて移動した。静かな場所で休息を取れば、安心して寝てしまうのも仕方がないだろう。
「ここ……ろ」
起こそうとして、すぐに思い直した。夜まではもう少し時間がある。家主が戻ってくるまでの間だけなら、休んでいてもバチは当たるまい。
荷物の整理を終えたカンザトはソファに腰を深く落とし、脱力する。視線の先ではこころがうたた寝している。
古明地さとりは失った記憶を探る手段を問われた際、何か逡巡していた。滞在期間は未定だが、彼女にはその間に答えを出して貰いたい。
こちらは藁にもすがる思いでここまで来たのだから、どうしても期待せざるをえない。
「ふぅ……」
だが今は、少し疲れた。
今だけは、二人につられて微睡みに身を委ねる。
(そういえば……あの妖怪にやられた時のあれ、何だったんだ……)
地底世界の中心に到着した一行は、一時休息をとる。睡魔の誘いに抗わず……ゆっくりとまぶたを閉じた。
P5のセーフルームのBGMいいですよね
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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全話視聴済
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途中まで視聴
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未視聴
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存在を知らない