これは、冬の色が世界を支配するよりも前。山々が鮮やかな錦を広げるように色づき、黄金の稲穂が波打つ豊穣の季節。彼が我が家に帰っても、そこにいるのは自分一人だけ。冷えた風が身に染みる、深秋の話だ。
カンザトは毎日足繁く里の門をくぐり、ペルソナを動かす特訓に励んでいた。
外へ出る途中、広場にたくさんの人が集まっていることに気がついた。里内の賑わいに無関心だったために神子との邂逅が遅れた経緯があるため、近くにいた壮年の男性に人々が集まるワケを尋ねることにした。
「あの、今日って何かあるんですか?」
「うん? なんだにいちゃん知らねぇのか」
「はい。最近越してきたばかりなので」
「おお、外から来たんかい。そりゃ知らねぇのも無理ねぇわな!」
人の良さそうな男性は豪快に笑った。
「ほんじゃあ俺が教えてやる。今日はなんとな……『収穫祭』があんだよ」
「収穫祭……? お祭りですか」
「今年取れた五穀を神様に捧げて、豊作を感謝する年中行事だな。毎年特別なお客様を招いてるんだぜ」
「何か食べたりするんですか?」
「もちろん。野菜だの果物だの盛りだくさんだがな、俺ぁ今年ので造られた新酒が何よりの楽しみでさ。あれがなきゃあ、秋が来た気がしねぇからな。早くグイッとあおりたいもんだぜ」
これから提供される新酒の味を想像しているのか、男性は笑い皺を浮かばせ破顔した。
それからしばし男性のうんちくを聞いていると、遠くから男性を呼ぶ声がした。
「お……わりぃ、女房が呼んでるわ。にいちゃんも楽しめよ! じゃあな!」
気さくな男性は上機嫌のまま去っていった。
この後は外に出るつもりだったが、人里に住む一員としてイベント事には積極的に参加すべきだろうか。
しかし、おひとり様で参加して楽しめるものか。知人が少なく余所者な自分にとっては、住民と距離を縮め、輪の中に入る絶好のチャンスとも言えるが……
「……」
あまり気は進まない。自分は話が上手い方ではないし、誰とでもはしゃげる様な性格でもない。なにより現在はペルソナ操作の猛特訓中だ。遊びにかまけている暇はない。
いや、あれこれ理由付けしているが、ただ単に人見知りなだけかもしれない。
こんな時、食を共に楽しめる、気心の知れた誰かがいれば……
無い物ねだりしていても仕方がない。今はやるべきことをやろう。
煩雑な思考を引きずるようにして、カンザトは里の正門へ向かった。
・
・
・
万が一にもペルソナを他人に見られないように、里からかなり離れた妖怪の山の麓まで来た。特訓の際は、毎回この付近で行動している。
いつも通りペルソナを召喚して、特訓を始めようとしていると……
──────!
「ん?」
何か聞こえた。木々のざわめきに紛れて判然としないが、人の声のように聞こえる。
「……?」
ジッと耳をすませば、たしかに聞こえる。
なんとはなしにその声が気になったカンザトは、声のする方へ歩を進めた。
──よ────!
段々と近づく高い声。吸い寄せられるように草木をかき分ければ、落ち葉に朱く塗りつぶされた獣道を横断した先、開けた場所に彼女はいた。
クセのついたイチョウ色の短髪が
ここからは背中しか見えないが、背格好からして霊夢と同年代の少女のようだ。
(女の子……? こんなとこで何してんだ……?)
視線の先の少女は大きく息を吸い込み──
「
腹の底からめいいっぱい叫んだ。
「自慢うっとーしいのよーーー!!!」
向かいの山まで届きそうな声量で、誰かの愚痴を響かせている。
全てを出し切ったのか、肩で息をする少女を見てカンザトは思った。
(そっとしておこう)
危うきには近寄らず。何も見なかったことにして、その場を離れようとした。
ガサ
ところが、近くの枝に服が引っかかり物音を立ててしまった。
「あ」
「誰!?」
勢いよく振り向く少女。それなりに距離があったものの、完全に目と目が合った。
「……」
「……」
気まずい沈黙に包まれる中、遠くでカラスの間抜けな鳴き声が聞こえた。
「け、消さなきゃ」
「!?」
「大地の養分にしなきゃ……」
恐ろしいことを口走りながら、少女はズンズンと近づいてくる。
「ちょ、ちょっと待って! 俺、何も聞いてないから!」
「そんな近くで何も聞こえてないことないでしよ……!」
「いやなんも! 全然!」
「あの娘に言うつもりでしょ」
「俺、穣子なんて人知らないから!」
「ほらしっかり聞いてるじゃないの……!」
少女の怒り顔が目の前まで接近する。掴みかからないあたり、ギリギリ理性が勝っているのかもしれない。
「あっ、いやその人のこと知らないから大丈夫!」
「ウソ。里であんなにチヤホヤされてるんだもの、知らないはずないわ」
「本当に知らないんだって! 最近幻想郷に来たから!」
「え?」
少女はカンザトの頭からつま先まで視線を走らせた。
「たしかに、見ない格好……」
「……分かってくれた?」
「ええ……」
責め立てる熱が引いていく。どうにか分かってもらえたようだ。
「あの、穣子さんって誰?」
この流れで聞くのは少々憚られるが、流石に訊かずにはいられない。チヤホヤされていると言っていたが、里では知らない人がいないほどの有名人なのだろうか。
「……私の妹よ」
親しい間柄なことは予想がついていたものの、思っていたよりも身近な存在だった。
「そっか、妹さんか……」
なんと言っていいか分からなかった。初対面で家庭の事情に土足で踏み込むほど、面の皮は厚くない。それにしてもこんな場所で愚痴を発散させるのもどうかと思うが。
「はぁ、迂闊だった……」
よくよく考えなくても迂闊だ。壁に耳あり障子に目ありではないが、どこにスクープ狙いの新聞記者天狗の目があるか分かったものではない。
カンザトが早々に立ち去るべきかと考えていると、少女が目を細めてこちらを見上げていることに気がついた。
「……私に自慢してくるのよ、あの娘。私の方が里の人たちに慕われてるんだって」
説明なく唐突に語り出した。我が強いタイプなんだろうか。
「直球で自慢してきたり、さりげなくアピールしてきたりね。ちょっとなら可愛いもんだけど、今日なんかニコニコニコニコ……わざとらしく嬉しそーな顔して出かけてったわ。その時私になんて言ったと思う?」
「……分かんない」
しょうがないのでしばらく付き合うことにした。我ながら心優しいことだ。
「私にしか出来ないことだから、行ってくるね! ですって」
「あぁそれは……」
なんというか、反応に困る。その妹のアピールにも、今のこの会話に対しても。
「もう頭にきちゃって。普段慎ましやかに生きる私でも怒り心頭よ。冷静に送り出したことを褒めて欲しいわ」
失礼だが、今のところ彼女から慎ましさは感じない。
それにしても気になるのは妹の立場である。察するに『人里にて何かしらの大役を任された妹を送り出す姉』という構図なのだろうが、その大役とは一体なんだろう。
「妹さんは何を自慢してるんだ?」
「収穫祭の主賓。あの娘がいないと始まらないんだってさ。それも本当なの? って感じだけど」
「主賓……?」
謎が増えた。こんな年端もいかない少女のさらに年下の姉妹が例のイベントの主賓とは、一体どういうことだ。
「でもね、そういう時は私も目いっぱい胸を張って自慢してやるのよ」
少女は大自然を抱くように両手を掲げて、くるりと一回転した。
「こんな綺麗な風景は私が作ったものなんだぞー、私にしか出来ないことなんだぞーってね」
言っている意味が分からなかった。環境保全に携わる仕事に従事しているということだろうか。
「君は──」
「そうしたらね、すっごく悔しそうな顔するのよ。必死に隠してるけど、あの娘そういうところ素直だからバレバレ」
少女は得意げに口角を吊り上げた。その表情は優越感の現れのようだった。
「ふふ、面白いったらありゃしない」
「……妹さんのことが嫌いなの?」
少女の表情から彩りが失せた。
しまった──とは思わない。図星をつかれて黙り込むだろうことは想像に難くなかったからだ。
しかし訊かずにはいられない。見ず知らずの人間を巻き込んでまで身内への不満をぶちまけるその理由を。
だが、少女が見せた答えによって己が実に浅慮だったと思い知らされることになる。
「ううん、全く」
反応が予想に反したもので、カンザトは目を丸くした。
「いつも一緒にいるんだもの。嫌いなわけないわ」
ふわりと、どこか切なげに微笑んだ。
「私たちね、似たもの同士なのよ。どっちもお互いに嫉妬してる」
ずいぶん客観的に見ている、と思った。先の一方的に不満を垂らしていた態度が嘘のようだ。
「一番近いからこそ、羨ましく思えて。一番近いからこそ、譲れないものがあって、負けたくない。それでも……大切な妹であることには変わりないわ」
「そっか……難しいな」
「複雑でしょ。
姉妹ゆえに、互いの優れている部分を羨み、想い合う。矛盾しているようで、的を得ている気がした。
その後も妹とのエピソードを聞いていたところ、突然少女が何か気づいたように言った。
「貴方にも兄弟がいるわね」
「えっ?」
驚いた。たしかに聖徳王から兄弟の存在を示唆されたが、なぜ初対面の彼女がそれを知っているのだろう。
「なんで分かるんだ?」
「姉のカン、かな」
長女の勘、恐るべしだ。自分にもし兄がいたなら、弟の考えていることなどお見通しなのだろうか。
「多分、いるんだ」
「多分?」
「行方不明で、どこにいるのか分からないんだ」
「そう……」
重い境遇を聞いた少女は目を伏せる。
「ごめんなさい。私は力になれそうもない」
「え、いや……」
「でも、貴方が想い続ける限り、きっといつか会える」
少女は力強く言い切った。
根拠の無い発言ではあるが、言霊とでも言うべきか……彼女の言う通り、想い続ければいつの日か巡り会える気がした。
「もし会えても……相手が俺のことを嫌いだったらどうしよう。もしも俺が原因でいなくなったとしたら……」
「大丈夫。もしそうだとしても、ちゃんと話せばいい。貴方が反省して、必死になって探したんだって知ればきっと思い直すから。それでも分からないようなら、一発ぐらいぶってやればいいのよ」
「アハハ……ありがとう」
少々乱暴だが、口をついた不安も真摯に向き合ってくれた。
礼を伝えると、少女は優しくはにかんだ。
「神ですらこれですもの。人間が悩むことじゃないわ」
「え?」
「ハァ、なんか話したら落ち着いたかも」
憑き物が落ちたような顔の少女は空を仰ぎ見てから、こちらへ振り向いた。
そして次の瞬間、ふわりと宙へ浮き上がった。
「浮いて……!」
「悪かったわね、若い人間よ。こんな面白みのない話に付き合ってくれて感謝するわ」
最初から違和感があった。彼女の醸し出す雰囲気と言動、なによりこんな人里から離れた山中に人間の女の子がいること自体、おかしいと思った。
しかしやっと今、腑に落ちた。
「君は……」
「私の名は秋静葉。豊穣の神、秋穣子と共に幻想郷の秋を彩る……閑寂と終焉の象徴にして、紅葉を司る八百万の神の一柱」
少女は紅く染まる樹冠に溶けていく。姿が消える直前、哀愁の中に微かな希望を宿した声が響いた。
「いつもは終わりを憂う私だけれど……今は、いずれまた巡り会う日を望みましょう。その時の貴方が、紅く彩られた美景の下に立っていることを願うわ」
風が吹きすさび落ち葉が舞うと、そこには静寂とただ独りの青年が残された。いくら視線を彷徨わせても、彼女の色は見つけられなかった。
これは冬の色が世界を支配するよりも前。
冷えた風が身に染みる、深秋の話。
彼の心にほのかな切なさと温もりを与えた、ささやかな出会いと別れの記憶だ。
・
・
・
……
…………
「ぐっすり寝てるよ」
「もしもーし、起きてるー?」
「ちょっ、こいし様……疲れてるんだろうし寝かせてあげましょうよ」
「でもお姉ちゃんが呼んできてって言ってたし」
「それはそうですけど」
誰かの声が微睡みの夢を覚ます。
「あ、起きたぁ」
「こいし……」
視界が明瞭になる。目の前にいたのは笑顔のこいしと……見知らぬ二人の少女。
「おはようございまーす」
「お空……お客様だから、もうちょっと礼儀正しくした方がいいんじゃない?」
大きな黒翼の生えた少女が満面の笑みで挨拶すると、獣耳を持つ赤髪の少女が控えめに注意した。
「ごめん、寝てた」
懐かしい夢を見た。秋静葉という神様と出会った、数ヶ月前の出来事だ。
結局あれから、彼女には会えていない。
ただ、あの時の彼女の言葉が──秋神の言霊が、己に確かな力を与えていると思う。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
不思議そうな顔をするこいし。
「こいしは突然いなくならないでくれ」なんて、とてもじゃないが口に出せなかった。
主人公と境遇が似てたのでどこかで出したいと思ってた秋姉妹を出せて満足です。静葉は原作のセリフがほぼないため口調などは妄想強めなので、静葉推しの方の感想お待ちしています。
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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全話視聴済
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存在を知らない