さとりの自室前。
入室する際の礼儀作法はおぼろげだが、ひとまずノックをする。
「どうぞ」
許可が出たため入室すると、部屋の主はソファに腰掛けていた。
「かけてください」
「失礼します」
ローテーブルを挟み、さとりの向かいにあるソファに腰を下ろす。
「お呼びだてしてしまい、申し訳ございません」
「いえ……」
例の心当たりを話す気になったのか。そう訊こうとして、理性が待ったをかけた。本人が待てと言っているにも関わらず結論を急くことは礼節に欠ける。
「話って、なんですか」
そんな心境も筒抜けなのだろうが、さとりは特に言及することなく目線を机に落としている。
「……何から喋ったらいいのかしら。貴方には訊きたいこと、言いたいことがたくさんあるんです」
少しドキリとした。顔にも出たかもしれない。
それはつまり、「お前には少々物申したい」という意味か。
そう内心で焦っていると、さとりは何かに気づいた様子でハッと視線を上げた。
「すみません、言い方が悪かったです。ただお話をしたいだけなので、そう身構えないでください」
「はい……」
肩の力を抜くべきかもしれない。手がかりが目の前にあるせいか、いつも以上に緊張しているのが自分でも分かった。
「先ほどの答えを期待しているとは思いますが、まずは別のことを話させてください」
「……? はい」
「こいしから聞きました。貴方の眼は、通常認識すら出来ないはずのあの娘の姿を一方的に捉えていると」
話したい事とは、こいしの件らしい。それはこちらにとっても気にかかっていた話題であるため、好都合だった。
「みたいです。見える理由は分かってないんですけど」
「心当たりはないんですか?」
「心当たりかは微妙ですけど、ペルソナは気になりますね」
「ペルソナ……宿主の意思に従い現れる、もう一人の自分、でしたか」
「俺以外のペルソナを持ってる人に会ったことがないので、心当たりといえばそれぐらいかな、と」
「……なるほど」
しかしそれ以上が分かるはずもなく、会話は止まる。
他に何かなかったかと記憶を探っていたところ、ふと、こいしの謎めいた発言を思い出した。
ペルソナ関係ないんですけど、と前置きしてから切り出す。
「こいしが言ってました。俺の精神は、こいしと近いところにあるって」
「精神が、こいしと近いところ……?」
「意味はよく分からなかったんですが」
さとりは再び視線を落とし、黙り込んでしまった。
「さっき、こいしと貴方のことを話していたんですよ」
ややあって、今度はさとりの方から喋り出した。
彼女の脳内は知れないが、話題が突如切り変わったことに少し戸惑う。
「……? そうなんですね」
「おかしいんですよ」
「え、俺がですか」
「ではなく」
さとりの表情がより真剣味を帯びる。
「いつもはすぐ姿をくらますあの娘が、私との会話中はずっと瞳の中にいた。それがおかしいんです」
「さとりさんと話してたからじゃないですか?」
不仲でもなければ姉との会話中に突如消え失せる妹はそうそう居ないだろう。
「いや、そういうことじゃあ──」
声が途切れた。見れば、さとりは顎に手を当てて何か思案している。
「さとりさん?」
「たしかに一理あるかもしれない。でも私は、他でもない貴方の存在が原因ではないかと考えています」
カンザトは「命蓮寺の住職さんにも同じこと言われたな」と思った。
「何かしらの要素を秘めた貴方が近くにいるから、周囲はこいしを認識できるようになる。もしくは貴方がこいしを視たから、その視界が共有されるように周囲もこいしを認識できるようになる。過去の状況から、そうは考えられませんか?」
「えーと……あ……たしかに」
「貴方自身か、貴方のペルソナがこいしと周囲を繋ぐ中継地点になっている、という考えです」
命蓮寺でこいしと遭遇した際、こころは「こいしが貴方に話しかけるまで、気配すら感じなかった」と言っていた。その可能性は大いにありうる。
「いやでも、さっき2人で話してる時に俺はいなかったですよ」
「そう、そこが分からない。この仮説が正しいなら、貴方は常にこいしの傍にいなければならないはず」
「同じ建物の中にいるって言っても、別の部屋にいて全然離れてたし。うーん……やっぱり分かんないですね」
「もっとも、貴方の存在が鍵になっていることは間違いないと思います」
「……なるほど」
ところで、こいしの現状について次々に私見を立てる彼女だが、結局のところ自室に呼び出したワケは妹の件に尽きるのだろうか。
「それで、結局こいしの事がなんなんだとお思いでしょうが」
心を読んだのか、それとも空気を読んだのか、さとりは推理を一旦切った。
「先ほどの質問にお答えしましょう」
カンザトはどの問いだ、と疑問符を浮かべる。
「失くした記憶を探る心当たりについてです」
口に出さずとも汲み取ってくれた。ありがたい。
「私の力の及ぶ領域は先ほど伝えた通り。今のままでは、貴方が今現在思い描いている表層意識しか読み取れない」
リアルタイムの思考を読み取ることは可能だが、意識外の、ましてやとうに記憶の彼方へ忘却した出来事を知ることはできない。それがさとり妖怪の限界だという。
「しかし、心根に潜む記憶を思い起こさせて、拾い上げることなら出来る」
こちらを注視し続ける
「どうやるんですか?」
「一種の催眠地味たモノです。私の眼から放つ光を浴びせることにより、相手が忌避し、押し殺している
「トラウマ、ですか。なんか……」
危険な香りがする。安全性の確立された手段ではなさそうだ。
「ええ、その通り。これは荒療治です。提案しておいてなんですが、私個人としてはあまりオススメしません。しかもカンザトさんの場合、避けているのではなくそもそもを失くしているわけですから、上手くいくとも限らないわけで」
成功率が低く、リスクが大きい。不安材料が多い、全くと言っていいほど釣り合っていない危険な賭けだ。
「以上が記憶を取り戻す心当たりです。光明が見えたと思っているかもしれませんが……よく考えてください。そんな綱渡りをアテにすべきか、否か」
カンザトは少し考えるが、頭の中では既に答えが決まっていた。目的を果たすためにやぶれかぶれになっているのではない。これは覚悟を決めた末の決断だ。
「お願いします。やってください」
即答したためか、さとりからジトっとした目を向けられる。本当にしっかりと考えたのか?とでも言いたげな顔だ。
「……本当にいいんですか? 正直、術後の貴方がどうなるかなんて私にも分かりませんよ。トラウマというのはその人が棄て去りたい負の記憶ですからね。そんなものを無理やり突きつけられた貴方は正気を保てず、たちまち錯乱するかもしれない」
見くびっているわけではありませんが、とさとりは付け加えた。
トラウマを掘り起こさた人間がとる行動は、主に逆上か自責。聖徳王の言葉だ。
あの時は神子の聴いた過去を言葉で教えてもらったのみだが、今回は力ずくで脳に刺激を与えて記憶を呼び起こすのだから、まるでワケが違う。
「それでも、お願いします。ここまで来て、不安だからって逃げ帰りたくない」
もちろん正気でいられる確証などない。周りに迷惑をかけないかが心配だ。
「……分かりました。しかし、ひとつ条件があります」
「なんですか?」
「お客様にこんなことを言うのは
さとりはひと呼吸おき、ハッキリとした声色で提案する。
「取引しましょう」
「取引?」
「ここに1週間ほど滞在し、常にこいしを視認できる理由を突き止めて欲しいんです。その代わり、私は貴方にトラウマを見せましょう。……こう言うと取引らしくないですね」
話の筋が見えた。さとりはこいしの現状に違和感を感じ、その最たる要因であろうカンザトに調査を依頼しようと考えたが、先んじてリスクの大きい取引内容を提示したわけだ。話が転々として微妙に回りくどかったが。
「とはいえそう簡単ではないでしょう。 これはあくまで理想です。なので、私が貴方に望むのはただひとつ」
さとりの目元が切なげに細められる。
「こいしを……見失わないで欲しい」
あくまで冷静。しかし囁くような彼女の声には、切実な想いが込められている気がした。
「どういう……」
「あの娘は気がつけばいなくなる。意識していてもしていなくても、私たちの世界から消えてしまう。せめて何を考えているのか分かればいいのだけれど、私の眼をもってしても、あの娘の考えは分からないんです」
「こいしの心は読めないんですか?」
さとりはまぶたを伏せて頷いた。
「あの娘にはおよそ自我と呼べるものが無い。心を読もうにも、読む対象が無ければ私の力も意味を成さないんです」
「……は?」
耳を疑った。
こいしに、自我が無い?
「正確には、自我を閉じ込めて無意識に身を任せている」
「いや! でも……っ」
ありえない。こいしは日々感情豊かに生きている。ついさっきも、意思ある彼女と話したばかりだ。
「それは本能のようなものです。こいしは第3の目を閉じたことで、無意識下の本能的衝動だけで動く存在になった。そこにこいしの自意識は介在しない」
「そんな、こと……」
言葉の意味を理解すると同時に、ゾッとした。
あれほどよく喋り無邪気に笑う、これまで自分と明確なコミュニケーションを取り続けていた女の子に、自意識が存在していない、なんて。とてもじゃないが信じられなかった。
「さ、さっきこいしは笑ってました! 燐さんと空さんに手を握られて、嬉しそうにしてたんです! あれは──」
「感情が完全に消え失せたわけじゃないんです。喜怒哀楽はあるし、他者から刺激を受け取れば反応を返す。しかしそこに理性的な意図はなく、本人も自覚がない」
本能のみで動く動物、あるいは自律プログラムに基づき稼働するロボットのような存在。それが古明地こいしという妖怪の正体。
「……っ」
なら、あの日、黄昏時の博麗神社で見せた儚げな笑顔は。また皆と話したいという欲求は。あれも本能による反応で、こいしの意思は関係ないというのか。
「大丈夫ですか?」
「……はい、すみません」
容易に飲み込めるものではなかったが、震える息を吐いて動揺する心をなんとか落ち着かせる。
「だからあの娘と接しようにも、私はただ待つことしか出来ない。時々地上へ探しに行くこともあるんですが、目撃情報もなしに見つけるのは難しくて」
「それは、心配ですよね……」
さとりは、思考を読めず行動も予測不可能な妹の、自由奔放にふらふらと徘徊する様が心配らしい。
「笑わないでください」
「え?」
「人間からしたらさぞおかしいでしょう。か弱い幼子でもないのに、妖怪である私が肉親を心配するなんて」
突然なにか言い出した。表情どころか内心でも笑ってなどいないのだが。
「なんで笑うんですか。当然ですよ。お姉ちゃんが妹のこと心配するなんて」
やや強めに否定されて驚いたのか、さとりは眉を持ち上げた。
「お姉ちゃん……」
かと思えば、クスクスと笑いだした。
「な、なんですか」
「いえ、なんだか可愛らしくて」
至って真面目に答えたつもりだったが、言い方が可笑しかったらしい。
「笑わないでくださいよ……」
「ごめんなさい。つい」
さとりは口元を押さえて、精悍な表情をつくり直した。
「ともかく貴方にお願いしたいのは、こいしを見失わないこと。平たく言えば、1週間ばかりこいしと遊んであげて欲しいんです」
「あ、遊ぶ?」
こいしを認識できる理由を解明せよという指令は一体どこへ。
「先ほども言いましたが、それはあくまで理想です。今は単純に、こいしに構ってあげてください」
「はぁ、いいですけど……」
取引なんて形を取らずとも、こいしの望みとあらば可能な限り応じるつもりだ。少女のささやかな願いを無下にするほど冷たくはない。
「あぁ、貴方がこうでもしないと遊んでくれないと思ってるわけじゃなくて……」
「分かってますよ。別に変な意味じゃないですよね」
「……ええ。どうにも打算的になって嫌だわ」
さとりは小さく肩を落とした。
我々は彼女に頼みがあり、そのうえ厄介になる立場。拒否するはずがない。
だが、衝撃的な事実を知った以上、詳しく訊きたいこともいくつかあった。
「あの、俺も質問していいですか」
「どうぞ」
「そもそも、目を閉じたからって周りから見えなくなるのはどういうことなんですか? 気配を消すのが上手い、とかそんなレベルじゃないですよね」
一連の情報から推測は出来るが、全ての事情を把握しているであろう姉から確かな事を聞きたかった。
「こいしは何と?」
「目を閉じたから無意識の存在になった、以上のことは何も」
さとりはしばし黙する。
すると、突然立ち上がった。
「少し、待っていてください」
そう言い残すと、さとりは部屋から出て行ってしまった。
カンザトは驚きつつも、大人しく戻りを待つことにした。
・
・
・
旧地獄街道へ続く大橋の近く、小川にかかる木橋の前。
橋姫は誰かが近づいてくる気配を感じ、目を覚ました。
「おーい大丈夫?」
目を開けると、土蜘蛛、黒谷ヤマメが顔を覗き込んでいた。
「……痛い」
身体は五体満足だが、やけに後頭部が痛む。髪は乱れ、顔をペタペタと触れば土汚れが手についた。
「元気そうだね。よかったよかった」
「これが元気に見えるならアンタの暗視能力もガラクタね」
「アハハ。脳天ぶっ叩かれてもその憎まれ口は治らんねぇ」
見ていたなら助けろと恨めしげな視線を送るも、華麗に受け流された。
「アンタが外から客が来るなんて言うから熱烈に歓迎してやったってのに……」
「呆気なくやられちゃった、と」
ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべる友人に、微かな苛立ちを覚えた。
先ほどの出来事を思い起こすと、妖獣を使役する男に対して感じた不可解な感覚を思い出した。
「あの男、普通じゃないわ」
「悪魔を連れてること?」
「それもそうだけど、精神がおかしかった」
「イカれてたの? 見た感じごく普通の純朴な好青年!って感じだけど」
「違う」
私は仲間割れを狙い、奴らを術中に落とした。そこまでは良かった。
しかしあの男の精神に触れた瞬間、強烈な違和感と、見えない壁に押し返されるような圧を感じた。
だがなにより異様だったのは、その間
「あれはまるで、複数人に同時に話しかけているかのようで……」
「んー? 多重人格ってこと?」
「……さぁね」
よく分からないが、とても複雑な境遇に置かれていることには間違いない。取るに足らない人間に宿る異能と、奇妙な精神性。波乱万丈で、なんとも妬ましい人生を送れそうじゃないか。
取引とか言うと、さとりのコープが解禁されそうですね
X垢のリンクをユーザーページに載せたので、特に役立つことはつぶやいてませんが暇だったら見てやってください
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
-
全話視聴済
-
途中まで視聴
-
未視聴
-
存在を知らない