PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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地の湯流れる分水嶺

「さかな! さかな!」

 

「さっかな! さっかな!」

 

 配膳された魚料理を前にして、猫娘と烏少女がはしゃいでいる。

 

「コラ、落ち着きなさい」

 

 主は2人(匹)をたしなめる。ペットが人の姿なせいで多少違和感を覚えるが、正しくこれが地霊殿の日常風景なのだ。

 

「お味はいかがですか? お口に合うといいのだけれど」

 

「美味しいです。さとりさん、料理上手いんですね」

 

「経験の賜物かしらね」

 

 表情は崩さないが、心なしか誇らしげに見える。

 

「面霊気……それは何ぞ」

 

 布都は右隣に座るこころのうなじ辺りから垂れた、謎の綱を凝視する。

 

「こいしにしてやられた」

 

 その正体は丁寧に編まれた一本の三つ編みだった。こいしに──正確にはこいしから指示を受けた燐が編み上げたものだ。

 

「あまり詮索してくれるな」

 

「嫌なのか?」

 

「眠りこけて良いようにされていたなんて、腹立たしいだろう」

 

「解けばよかろう」

 

「それは……」

 

 こころの瞳が右へ滑る。視線の先にはカンザトがいて、煮物を口へ運んでいるところだった。

 

「どうした?」

 

「……気づいてくれない」

 

「はあ?」

 

 カンザトは何か気がかりなのか、向かいに座るこいしをぼうっと見つめている。そのせいで、こころより向けられる視線には気づいていない。

 

「なんだ。弟子に見て欲しいのか」

 

「……」

 

「まだるっこいのう。とっとと訊けばよかろうに……おい弟子! こやつ、なんと奇抜な髪容(かみかたち)をしておるぞ!」

 

「ちょ」

 

 もどかしさに耐えかねた布都が声をかける。

 

「……ん? なんですか」

 

「ほれ、刮目せよ」

 

 布都がこころの三つ編みを指し示す。

 

「三つ編み? どうしたのそれ」

 

 こころはドキリとした。黒い瞳に、ごくわずかだが印象の変わった自分が映し出される。

 

「えっと、こいしがやったの」

 

 髪型を変えることは以前にもあったが、あの頃とは何か──心境が違った。

 

「へー、似合ってんね」

 

「! よかった」

 

 こころはホッと胸を撫で下ろした。

 

「アタシ、キレイ?」

 

 さらに欲しがるこころ。発したのは、かの有名な都市伝説を想起させる台詞だ。

 

「綺麗っていうか、かわいいかな」

 

「……そ、そうだろう」

 

 求めていたものとは別角度の感想が返ってきた。意表を突かれ、言葉に詰まる。

 

「はー、お主……よくもそんな小っ恥ずかしい台詞を軽く口にできるものだ」

 

「えっ?」

 

「さてはお主、たらしか?」

 

「何言ってんすか……」

 

 自分を挟んで話す2人を尻目に、こころは正体不明の心境に困惑していた。

 

「こいし、美味しい?」

 

「おいしいよ」

 

「お魚は好き?」

 

「うん、たぶん」

 

「そう……また作るわ」

 

「うん」

 

 一方、テーブルを挟んだ斜め向かいでは古明地姉妹が話している。

 すると、カンザトの視線がそちらの方へ戻っていった。

 先ほどから、カンザトはこいしの事が気になっているようだ。それは自分がうたた寝していた間、さとりの部屋を訪ねていたことと関係があるのだろうか。

 

「ところで、さとり妖怪の巣で何を話しておった?」

 

 己の思考とリンクするかのように、タイミングよく布都が尋ねた。

 

「巣て……記憶を復活させる方法を教えてもらいました」

 

「まことか。してその(すべ)とは?」

 

「さとりさんは、忘れてるトラウマを思い出させることが出来るんです。それを読み取ってもらいます」

 

「……トラウマとはなんぞや」

 

「え? えー……昔経験した、嫌な記憶……ですかね」

 

「なにぃ? そんなもの思い出してしまえば、たちまち悲惨なことになりそうだが」

 

「まぁ……かもしれません」

 

「よいのか。お主は」

 

「はい。何か方法があるなら何でも試してみたいので」

 

「そのような胡乱な手口より、瞑想でもした方が幾分かマシではないか? 薄気味悪い妖術などアテにならんだろう」

 

 さとり本人を前にして随分な言い草である。怖いもの無しというよりは、単純に無礼だ。せめて慇懃無礼(いんぎんぶれい)でいて欲しかった。

 

「貴方にもやってあげましょうか?」

 

 斜めからさとりの声が飛んできた。こいしとの雑談は終えたようだ。

 

「な、何を?」

 

「トラウマを、見せてあげましょうか? 貴方は何か、人に言えないようなトラウマを抱えてそうだけど」

 

「うっ……え、遠慮しておこう」

 

「そうですか。それは残念」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「カンザトさん」

 

 食後、カンザトはさとりに呼び止められた。

 

「ありがとうございます」

 

「何がです?」

 

 不意の礼に少し驚いた。感謝されるような心当たりは無い。

 

「貴方がいてくれたおかげで、久しぶりに落ち着いてこいしと食事ができました」

 

「え、それは……あ、そうか」

 

 自分が同席していたおかげで、こいしは姿を消さずに留まっていた。そう言いたいのだろう。

 

「でも、いただけで何もしてないですから」

 

「それが大切なんですよ。あの娘にとっては」

 

 さとりの視線が逸れる。

 そのさりげない仕草から、ごくわずかな迷いを感じた。

 

「どうしたんですか?」

 

「え? ……どうしたって?」

 

「なんか、悩んでるような気がして」

 

 途端、固まるさとり。どうやら気のせいだったらしい。

 

「いや、そりゃ悩んでますよね。すみません、変なこと言って」

 

 よくよく考えれば、こいしの現状に悩んでいるのだから当然の反応だ。慌てて発言を撤回する。

 

「貴方もサトリだったりします?」

 

「へ? ち、違いますけど……」

 

 さとりは小さくため息をこぼした。

 

「なんでもないんです。ただちょっと、私のエゴなのかな……なんて思ってしまって」

 

 言っている意味が分からず、カンザトは適切な言葉を見つけられなかった。

 

「だから、なんでもないんです。とにかく貴方がいてくれて良かった。ありがとうございます」

 

 さとりは取り繕うように、2度目の感謝を述べた。

 

「いつもはどんな感じなんですか?」

 

「席にいることはほとんど無いですね。目を離した隙にお皿から料理が消えているか、たまに姿を見せたと思ったら食べてる途中で消えてしまったり」

 

 まさに神出鬼没。気の赴くままに彷徨(ほうこう)し、空腹を覚えれば帰巣本能に従い拠点へ戻る、旅人よりも野良猫に似た行動パターンなのだろう。

 

「慣れたものだからあまり気にしていなかったけれど、やっぱり一緒に食事を取れるのは嬉しいわ。だから、お礼を言いたくて」

 

「……よかったです」

 

 温かい食事を提供してもらっている立場として感謝すべきはこちらなのだが、今はその謝意を素直に受け取ることにした。

 

「それだけです。呼び止めてすみません」

 

「あ、そうだ。皿洗い手伝わせてください」

 

「お気になさらず。ペットたちに手伝わせるので大丈夫ですよ」

 

「そうですか。すみません」

 

「お疲れでしょうし、今日は休んでください。それと……うちはお風呂に温泉を引いているので、お好きな時に入ってください」

 

「温泉!?」

 

 思わず大きな声が出た。

 

「……どうしました?」

 

「あっいや、何から何までありがとうございます」

 

 よもや旅先で湯に浸かれるとは思わなかった。そのうえ天然温泉ともなると……日本人としては、かなり嬉しい。

 

「なるほど。幻想郷(ここ)に来てから温泉は初めてですか」

 

「というより入った記憶自体ないので、今の俺からしたら初めての経験ですね」

 

「まあ、そう誇れるものでもないですけど……ごゆっくりどうぞ」

 

 さとりはキッチンへ戻って行った。

 

(温泉かぁ……)

 

 カンザトは上機嫌になりながら、地の底から湧き出た温泉を享受すべく行動を開始した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 後片付けを済ませたさとりは、ひとり廊下を歩いていた。

 こいしの姿はない。皿洗いをこなしている内に、いつの間にやらいなくなっていた。てっきり彼が敷地内にいる間は能力がオフになるのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。

 

(私は彼が滞在している間、何をするべきか……)

 

 今後について悶々と考えていると、向こうから布都とこころが歩いてくることに気がついた。

 

「お、よいところに」

 

 布都と目が合った。

 

「さとり殿。弟子から湯浴みをできると聞き及んだが、いずこにある?」

 

「温泉に入りたいんですー」

 

 2人で風呂場を探していたらしい。温泉は自分からすれば今さらありがたがる物でもないが、地上人にとっては違うのだろう。

 

「ここを真っ直ぐ行って突き当たりを右です」

 

「おお、すまぬな。我らも存分に休ませてもらうぞ」

 

「ええ、ごゆっくり。熱いのでのぼせないようにお気をつけて」

 

「うむ。ゆくぞ面霊気」

 

「なんか嬉しそうだね」

 

「天然の湯に浸かれるとは、またとない機会よ。嬉しくもなろう」

 

 さとりは風呂場へ向かう2人を見送ってから、歩みを再開する。

 自室前まで来て、はたと、あることに思い至りダイニングへ引き返した。

 

「お燐」

 

「さとり様。どうしました?」

 

 ダイニングではお燐がテーブルを拭いていた。

 お燐は任せた仕事を(基本的には)真面目にこなす、偉い娘だ。

 

「勝手が分からないだろうから、お客様にお風呂場の使い方を教えてくれないかしら。丁度いいから、お空も連れて一緒に入ってきなさい」

 

「あ、はい……いいですけど」

 

 お燐の控えめな“声”が聴こえる。

 

『さとり様は一緒に入らないのかな』

 

「私はあとで入るから」

 

「そ、そうですよね。失礼しましたー……」

 

「お願いね」

 

 用は済んだのでその場をあとにする。

 サードアイはお燐の寂しげな思念を読み取っていたが、私はその声を無視した。

 

 

 数分後──

 

 

 部屋で調べ物をしていたところ、ふと思った。

 

(カンザトさんはもうお風呂に入ったのかしら)

 

 他二人とは別行動をとっていたようだが、どのタイミングで入浴したのだろう。

 

(あれ、というか)

 

 地霊殿の浴場は男女に別れていない。利用者が少なく、そもそも分ける必要がないためだ。来客が皆無なせいで、さとりはそのことを失念していた。

 

 つまり──混浴だ。

 

「……不味い。怪我人が出る」

 

 彼らの親密度は推し量れないが、入浴のタイミングかバッティングした場合、トラブルになることは想像にかたくない。最悪の場合、湯船が血の池地獄と化すだろう。処された彼の血で。

 

(念のため見に行った方がいいか……)

 

 いやしかし、普通は入る前に気がつくだろう。まず脱衣所で先客の存在に気づくだろうし、そんな状況で無防備に突撃する間抜けがいるとも思えない。ならば、無用な心配にも思える。

 

 

 さて……どうしたものか。

 

 

 さとりの決断は──

 

 




次回、ペルソナシリーズ恒例の温泉イベ。投票結果によって微妙に話が変わるので投票お願いします!
さとりが行かないルートは巻き込まれる被害者が増えます。

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

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