PERSONA-trinity heart-   作:善い思考

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魔を破りし不動心

「じゃあ、ちょっと触ってみてくれるか?」

 

「うん」

 

「……どうだ?」

 

「お〜……フサフサで……ちょっと温かいかも」

 

「他にはなんかこう、感じない?」

 

「あとは特にないかな」

 

「そっか。うーん」

 

 3人が泊まる地霊殿の一室にて。

 こいしはしゃがんで、カンザトが召喚した『ヤツフサ』に触っている。

 

「前言ってた近い感じってのは」

 

「心が近いところにあるんでしょ? そう言われればそんな気がするけど、やっぱりよく分かんないや」

 

 さとりとの話し合いで出た結論はこいしにも共有し、ひとまずペルソナを間近で見てもらうことにした。

 

「凛々しいワンちゃんだねぇ」

 

 慣れた手つきで頭を撫でられ、ヤツフサは気持ちよさそうに目を細めた。

 少しくすぐったいうえに、少女に撫でられるこの犬が己が精神の写し身だと思うと、カンザトは複雑な気分だった。

 

「じゃあ次は……」

 

 現在、こいしを視認できる条件を調べる。これがハッキリすれば、誰でも自由にとはいかずとも、さとりが地上に赴いた際、放浪するこいしを見つけるための一助となる。

 

「こころ。手伝ってくれるか?」

 

「分かった」

 

 見え方の違いを明確にするため、こころを助手に任命した。

 

「我には何かないのか」

 

「?」

 

「……我も! 手を貸してやろうと言っておるのだ」

 

 頭数が多いに越したことはないが、布都は面倒くさがるだろうと思って声をかけなかった。ところが、そうでもなかったらしい。

 

「じゃあ、お願いします」

 

「じゃあというのが引っかかるが……まあよい」

 

 ベッドから勢いよく降りる布都を見ながら、ヤツフサを戻す。

 

「まず俺が部屋から出てみるかな。こいしは──」

 

 こいしの方を見ると、名残惜しげに手を浮かせたまま、拗ねたような上目遣いを向けてきた。

 

「……また今度な」

 

「ぶー」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 こいしを目視する人数を変え、各々の見え方と、こいし自身の目にこちらがどう映っているかに重点を置き実験した。さて、結果は──

 

「うーん、分からん」

 

 分からないことが分かった、というべきか。

 目にこだわらず、声の聞こえ方や気配の有無なども確認した。

 併せて、単純に距離の問題である可能性も捨てきれないため(さとりが自室でこいしを認識し続けられたことから可能性は低いが)、物理的に距離を空けることも試した。

 

「こやつ、まるで消えぬな」

 

 ところが、こいしは実験中、誰の目から見ても姿を消さなかった。これでは「かなりの距離が空いていても視認可能である」という酷く曖昧な事実しか判らない。

 

「いいことなんですけどね」

 

「これじゃ、見えない状態と比較しようがない」

 

「えへへー」

 

「なにわろてんねん」

 

 嬉しそうなこいしにツッコむこころを眺めつつ、次なる策を思案する。不可視の状態をよく知っているさとり達に協力を仰ぐべきか。

 

「カンザトは私を見れる理由を調べて、どうしたいの?」

 

 打って変わり、こいしは平坦な声で尋ねてきた。

 

「皆がこいしをいつでも認識できるようになって、一緒にいられたらいいなと思って」

 

「ふーん……」

 

 笑みとも無表情ともつかない、何とも言えない表情で目を見つめてくる。

 

「じゃあ、私も頑張って考えてみるね」

 

 何かマズっただろうかと不安な心境を見透かしているかのように、こいしはニッコリと笑った。

 

 

 こいしは自身の能力の調査に前向きだ……

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 数日間実験を続けたが、これといった成果は得られなかった。分かった事と言えば、地霊殿には多種多様なペットがいる事ぐらいだ。

 

「でさあ、ここ最近はちょっと増え気味でねぇ。数日放置しただけでわんさか湧いてきて、これがもー大変よ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 現在は何故か、日々怨霊管理に孤軍奮闘する燐の愚痴を廊下のど真ん中で聞いていた。

 

「なんだいなんだいそんな青い顔しちゃってさぁ。ちゃんとアタイの話聞いてんの?」

 

「ハイ、キイテマス……」

 

 主人に愚痴るわけにもいかず自分に愚痴っているのだろうが、よりにもよって幽霊が苦手な自分に振らなくてもいいだろう……と、カンザトはゲンナリしていた。

 

「そんな弱気じゃ、あっという間に取り憑かれちまうよ!」

 

 怯える様子が面白いのか、いきいきと怖がらせてくる燐。初対面の頃の遠慮がちな態度は、どこかへ行ってしまった。

 

「んじゃあ、そんなニーサンに怨霊と会っちゃった時の対処法を教えようか」

 

「え?」

 

「怨霊が恐ろしいのは、生者に取り憑くからさ。取り憑かれれば暴力的になって、最悪自我を奪われる。しかも妖怪の場合は、あんまり酷いと存在そのものが保てなくなるんだってさ。おぉ怖い怖い」

 

 燐はわざとらしく体を震わせた。日常的に怨霊の近くにいる自分が被害にあっていないのだから、眉唾に感じているのかもしれない。

 

「あー、たしかさとりさんも言ってたな」

 

 精神に依存している妖怪が怨霊に憑かれて性格が大きく変化すると、妖怪として死亡する恐れがある、と説明された。

 

「で、怨霊は人間の悪意や怨念から生まれた、恨み続ける限り成仏できない霊なんだ。だから通常、どうにも対処できない」

 

「こわ……じゃあ、燐さんはどうやって管理を?」

 

「怨霊と話して、操ってる」

 

「話せんの?」

 

「うん、どうでもいいことしか喋んないけどね」

 

 霊は「うらめしや〜」と()くイメージしか持っていなかったカンザトは、理性的な会話が出来ることを意外に思った。

 

「大人しいもんさ。ちょっと話してやれば素直に従う」

 

「ホント……?」

 

「ま、人間にゃムリだね。アタイだから出来るのさ」

 

「ですよねー」

 

 淡い期待は瞬く間に砕かれた。では、対処法は皆無なのか。

 

「あとは純粋なエネルギーの塊で吹き飛ばすとか……博麗の巫女さんなら祓除するかもね。どうやるかは知らないけど」

 

「ふつじょ?」

 

「祓うってこと。こう、神サマから貰った光の力で浄化して〜……みたいな?」

 

「祓っていいものなの?」

 

「いーのいーの。どうせすぐ湧いてくるから」

 

「湧いてくるって、そんなに次々生まれるんだ」

 

「新しい個体が生まれるわけじゃないよ。そもそも大抵の怨霊には“個”というものがないんだ」

 

「どの怨霊が誰だってのが無いって意味だよな」

 

「そうそう。怨霊自身、自分が誰だってのを考える脳が無いわけ」

 

 さとりは、妖怪にとってアイデンティティ──自己同一性は必要不可欠だと言った。怨霊はその通説に当てはまらない存在である。*1

 

「でもさっき、わんさか湧いてくるって言ってなかったっけ」

 

「ん、ちゃんと聞いてたんだね」

 

 燐は意外そうな顔をした。

 

「それも結局、その時の環境によって多めに発生しているだけ。言っちゃえば自然現象みたいなものだね。仮に消滅させたとしても、一見消滅したように見えて、実際は目に見えないように霧散しただけですぐに湧いてくる」

 

「祓って消滅させても復活するってこと?」

 

「そもそもあれは輪廻から外れた存在だからさ。全ての生物にある生き死にってのが無いわけよ」

 

「輪廻……なんか知ってるような気が」

 

「生まれるのと死ぬのを繰り返すサイクルのことだね。怨霊ってのはそこから外れた存在で、死後、本来なら三途の川を渡って生まれ変わるところを、ずっと霊のままでいる宙ぶらりんな状態なんだ。つまり、生死の概念そのものが無いの」

 

 ゆえに、倒すことに罪悪感を感じるのはお門違いということだ。

 

「それに地底(ここ)じゃ力が正義さ! 降りかかる火の粉は躊躇せず払えばいいんだよ!」

 

 燐は大仰に腕を振った。

 裁判など意味を持たず、勝者こそが正義。地底はかつての役目を忘れ堕落した、アナーキーな世界である。

 

「まーでも倒したところでって感じだし危険なのは間違いないから、人間は大人しく逃げるのが得策かもね」

 

「会わないように祈っとく……」

 

「あとは、食べてもいいよ」

 

「は? 食べ……?」

 

「あ、いた。お燐、こいし見なかった?」

 

 廊下の奥からさとりが声をかけてきた。

 

「こいし様ですか? 見てないですよ」

 

「そう」

 

 チラ、とさとりの瞳がカンザトへ向く。

 

「俺も今日は見てないですね」

 

「貴方もですか……」

 

「なんか用事ですか?」

 

「いえ、ここ最近ずっとウチにいたから、朝から姿が見えないのが少し気になって」

 

「確かにそうですね」

 

 ふい、とさとりの視線が逸れる。

 カンザトはその表情に見覚えがあった。

 

「中は見たんだけど、いなくて……」

 

 以前も見せた、何か悩みを抱えた表情だ。

 

「外も捜しましょうか」

 

 カンザトは捜索を提案する。

 今日はたまたまいないだけ。そう思うのが自然なのだが、いない者がこいしというだけで少し不安になる。

 

「……お願いしても、いいですか」

 

 一緒に捜そうと誘ったつもりだったのだが、頼まれてしまった。任せてくれて何ら問題はないが、先ほどまでこいしを捜していたらしいさとりはどう動くのか気になった。

 

「さとりさんは……」

 

「私は……」

 

 カンザトは感じた。

 揺れている。彼女の心は今、揺られている。

 

「ごめんなさい」

 

 沈黙ののち、か細い声で答えた。

 

「いえ、分かりました」

 

 何か思うところがあるのだろう。それ以上は詮索しなかった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「じゃ、アタイはこっち方面を捜すから、ニーサンはあっちよろしく」

 

「うん、分かった」

 

 燐と分担し、屋敷の外を捜索することになった。

 

「とりあえず近場から行くか」

 

 地底を訪れてから初めての単独行動。凶暴な妖怪に襲われないだろうかと緊張しながら、念のため人通りの多い場所を避けて移動する。

 

「いない……」

 

 しばらく歩き、足を止めた。上空から俯瞰した際も感じたが、思いのほか旧都は広い。土地勘の無い者が人ひとりを闇雲に捜すのは骨が折れる。

 

「こいし……大丈夫かな」

 

 わずかな疲労と共に、じわりと焦燥感が顔を覗かせる。なんだか今ようやく、当てもなくこいしを捜し続けるさとりの気持ちを理解できた気がした。

 

『────』

 

「……?」

 

 今、何か聞こえた気がする。

 街の喧騒ではない。もっと透き通っていて、頭の中に直接響くような──

 

「……呼んでる」

 

 無意識に足が動いていた。導かれるように、吸い寄せられるようにどこかを目指して歩いていた。

 

「…………あ」

 

 気づいた時には、街の外れにいた。造られた灯りは遠ざかり、辺りは仄暗い。黒ずんだ土と露出した岩肌が延々と続くその空間には、まばらに生えた植物以外に動く物体は見当たらず、不気味に静まり返っている。

 

「こいし……」

 

 しかし、そこに彼女はいた。闇に溶け込む黒の帽子を被り、背を向けて佇むその姿は、名だたる画家の手がけた名画さながらに映った。

 

「──カンザト」

 

 ウェーブがかった浅緑の髪がなびいた。

 

「どうしたの?」

 

 不思議そうに首を傾げるこいし。神妙な雰囲気などまるで無い。

 

「こいしを捜してた」

 

「……? なんで?」

 

「今日、ずっといなかったから」

 

 こいしはピンとこないようで、「どういう意味?」と言いたげな顔をしている。常日頃ふらふらと彷徨っているために、突然いなくなると心配されるということに繋がらないのだろう。姉の心妹知らず、なんて造語が生まれそうだ。

 

「まぁ、さとりさんも心配してたし帰ろうか」

 

「お姉ちゃんが……そっか。あ、でも……」

 

 こいしが背後に広がる薄闇を見つめる。視線の先には何も無く、寂然(せきぜん)とした風景が続くばかりだ。

 

「どうした?」

 

「呼んでるの」

 

「──え」

 

 刹那、視界の奥で景色がゆらめいた。

 

「っ!?」

 

 背筋に怖気が走り、鳥肌が立つ。空気が急激に冷え込んでいく感覚を覚えた。

 

「な、なに」

 

 成人ほどの大きさの、薄ぼんやりとした何かが浮いている。その様は形容しがたいが、あえて言うのなら、青白く燃える炎のようだった。

 

 もしやあれは──

 

(怨霊……!?)

 

 噂をすればなんとやら。よもや早々に遭遇することになろうとは。

 イメージしていた姿とは少し違ったが、ついに正真正銘の『霊』という存在を前にして、カンザトの気は完全に削がれてしまった。

 

「こ、こいし……もう行こう。帰ろう」

 

 後ずさりながら震える声で(こいねが)うように呼びかけるが、こいしは怨霊のいる一点を見つめ固まっている。

 

「こい……し──ッ!?」

 

 怨霊が動いた。揺らぎ、じりじりと近づいてくる。

 炎天下の陽炎のように、怨霊のいる空間だけ景色が歪んでいる気がした。

 

「ぅ……うぁ……」

 

 気が動転し、口から呻き声が漏れる。

 怖い。今すぐにでも逃げ出したい──思考が恐怖一色に染まりかける。それでも正気を保っていられたのは、こいしがいたおかげかもしれない。

 

「……貴方じゃない」

 

 頭が真っ白になった。

 

「っ……!? こいしっ!」

 

 こいしが、怨霊の方へ歩き出したのだ。逃げるどころか、向かって行く。

 

「こいし! 待て!」

 

 かすれ混じりの制止の声は届かず、少女の歩みは止められない。

 

 妖怪が怨霊に取り憑かれると、最悪の場合存在ごと消失する。こいしが怨霊に襲われるかは不明だが、このままでは取り憑かれてしまうかも……

 

 そう考えた途端、くすぶる火種に風を送り込むように、「なんとかしなきゃ」と使命感が燃え上がった。

 カンザトは勇気を振り絞り、こいしよりも前に出る。

 

「止まれ!」

 

 怨霊へ呼びかける。

 しかし案の定、無反応。

 

「止まれッ!」

 

 より強く、覇気を込める。

 次の瞬間、目の前に氷塊が出現した。

 カンザトの背後には、赤い獅子の頭を持つ契約神『ミトラ』が浮遊している。

 

「はぁ……はぁ」

 

 減衰する精神力で魔法を行使したせいで、疲労感が押し寄せる。確実に仕留めるつもりで放った氷結魔法だったが──しかし。

 

「効いてない……?」

 

 正確には、()()()()()()()。怨霊のいる位置に氷塊を直接出現させたが、何事も無かったかのようにすり抜けた。

 

「くそっ……」

 

 ならば、次の手を打つ。燐はもうひとつ対処法をあげていた。

 

『こう、神サマから貰った光の力で浄化して──』

 

 この技なら、と期待をもって、権天使『プリンシパリティ』を顕現させる。

 

(頼む……っ!)

 

 天使が王笏(おうしゃく)を掲げ、神より授かりし力を振るう。

 その魔法は闇を照らす光にして、怨む魂を救済する祝福。魔を打ち破り祓う、聖なる術。

 

破魔(ハマ)

 

 どこからともなく光の矢が出現し、怨霊を囲む。神々しく光る結界に包まれた怨霊は抵抗なく、何の意思も示すことなく消滅した。

 

「消えた……」

 

 辺りの空気が元に戻る。恐怖から解放された心臓の鼓動だけが脳内に響いていた。

 

「はぁ……こいし、もう帰ろう。ここは危ないから」

 

 気力はそれほど減っていないが、ドッと疲れた。今度こそ帰るぞと、再度声をかける。

 ところが、こいしは自分の横をふらりとすり抜けた。

 

「でも、呼んでる……あっちから声が聞こえるの」

 

 足取りに迷いがない。呆気にとられている内に、こいしの後ろ姿が遠ざかる。

 

「ちょ、どこ行くんだよ!」

 

 こいしを連れ戻そうと一歩踏み出した瞬間、またも空気が変わり、鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)たる気配が漂う。先ほどと同じ見た目の霊体が、すぐそばに複数現れた。

 

「ま、また出た……くそっ……」

 

 大量発生するのは、この場所が怨霊の住処であることに他ならない。つまり、自分は燐の仕事場のひとつに迷い込んでしまったということだ。

 

(燐さん……やっぱキツいです)

 

 撃退可能だと判明し、ほんの少し恐怖心は薄れた。

 とはいえ、怖いものは怖いのだった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 話せば大人しいとは何だったのか。次々に湧く怨霊を聖属性の魔法で消滅させながら進んでいき、やっとの思いでこいしに追いついた。

 

「こ、こいし……どこまで行くんだよ」

 

 かなり奥まで来てしまった。街の生活音はとうに過ぎ去り、温風に吹かれる草花のざわめきだけが残っている。

 

「うぉっ」

 

 周囲に目をやり、ギョッとした。

 そこでは足元を埋め尽くすほどの彼岸花が群生していたからだ。こいしはその中で佇んでいる。

 

「貴方、私を呼んだ?」

 

 こいしが誰かへ問いかける。

 

「──ッ」

 

 息を呑んだ。

 

 まさか、こんな場所で邂逅することになるとは。

 たしかに、彼女との対話は自身で望んだことだ。

 しかし、その正体が不透明なために恐ろしく感じていたのもまた本心。

 

『…………』

 

 そこには赤いドレスの少女がいた。

 命蓮寺の裏の共同墓地にて遭遇し、こころが青い怪物から読み取った記憶に登場したという、赤毛の少女の霊だ。

 

『いえ』

 

 喋った。前と同じく、口が動いていない。

 

 

『呼ばれたのは、私』

 

 

*1
例外あり




怨霊については独自解釈入ってます

●コミュランクup
『刑死者』古明地こいし:ランク5→6

ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は

  • 全話視聴済
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