まだ始まったばかりのこの小説ですが、今年もよろしくお願いします。
借家のくだりはだいぶ適当です。
幻想入りした人間向けの支援制度があるイメージ。
青い小部屋の老人
早く行かなければ日が暮れるということで、休憩もそこそこに博麗神社を発った。
道順としては、「魔法の森」を抜け「再思の道」を通り、その先にある無縁塚を目指すというものなのだが、魔法の森は化け物茸の胞子が舞っているため、人間は長居出来ないという問題がある。
当初、霖之助は自分一人で行くことを提案したが、広大な無縁塚をたった一人で探索するのは骨が折れるという事と、なにより青年が霖之助だけに行かせる訳にいかないと固辞したため、共に向かうことにした。
しかし、それで倒れてしまっては元も子もないので、最低限の防護として口と鼻を布で覆い、少しでも滞在時間を短縮するため最短距離を突っ切ることにした。
道中森を抜ける際に何度か妖怪に襲われるが、その度にペルソナを召喚し撃退する。
霖之助は何度も無縁塚に行っているようで、疑問に思った青年はいつも危険な目に遭いながら行き来しているのか聞いてみた。
返答は「隠密行動は得意でね」とのこと。今回もそれに倣い慎重に進みたいところだったが、今は時間が無いため堂々と行動している。故に何度も妖怪と遭遇するのだが、ペルソナ能力を信頼しての苦肉の策だった。
日を改めて安全なルートを通ることも考えたが、時間をおくと他の探索者に物を持っていかれる可能性があるため急ぎ向かっているのが現状だ。他に無縁塚のような危険な場所に行く者がいるのか尋ねると、霖之助曰く、妖怪ネズミが自分と同じように探索しているところを時たま見かけるらしい。
また、襲撃の度にペルソナを発現していて判明したことがある。
既に確認した半人半蛇と甲冑ネコ以外にもペルソナは存在し、それぞれ戦闘能力や得意技が違う、ということだ。それはまるで御伽噺の魔法のようで、突如発生した風の刃が敵を切り裂いた時は驚きを隠せなかった。一体のペルソナが状況に合わせて姿形を変えているのかもしれないが、単純に進化や弱体化したわけではないようで、ペルソナという力の発展性を感じた。
さらに、複数体の妖怪から奇襲を受けた際に分かったのが……
「キミ、戦闘時だけ膂力が増してないかい?」
「そうですかね? でも、たしかに言われてみれば力が漲ってくるような……」
ペルソナ発現時に限り、身体能力が著しく上昇するということ。
ペルソナでの迎撃が間に合わず、妖怪の攻撃を回避しつつカウンターで蹴りを放ったのだが、くらった妖怪が面白いぐらいに吹き飛んで行った。試しにペルソナを出さず素の力で木を蹴ってみたが、少し揺れて足が痛くなるだけだった。武道の心得など無い青年が攻撃を回避出来たことも含めて、ペルソナ能力によりもたらされた恩恵なのだろう。
青年は「じゃあずっと出しとけばいいんじゃないか」と思ったが、ペルソナを扱うと疲労が蓄積されていくため常時出している訳にもいかず、素の身体能力を磨くことも必要になるようだ。
それでも、かなり使い勝手のいい能力であることには変わらないだろうと青年は感じた。
そんな危険な目に遭いながらも、二人は目的地である無縁塚にたどり着いた。
そこには、見渡す限り一面の彼岸花が咲き誇っていた。華麗さと同時に、人を死へ誘っているかのような妖艶さを帯びたその光景は、不吉な想像を掻き立てられる。
無縁塚とは縁者のいない者達の共同墓地であり、眠っているのはその殆どが外の世界から幻想入りした者達だという。
霖之助に見つけられなければ、自分もこの下に埋まっていたのかもしれない……そう嫌な想像をしてしまった青年は、なんとも言えない気持ちになった。
「ここから無縁塚だ。まずはキミが倒れていた場所に行こう」
「そうですね……何かあるといいんですけど」
静まり返ったその地に来訪者の声だけが響き、どこか寂寥感を覚えた。
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霖之助の案内のもと自分が倒れていたという場所に着いた。
「たしかこの辺りだったはず」
「あっ、あそこになんかありますよ!」
青年が周囲をぐるりと見渡すと、すぐ近くに紺色のボストンバッグが落ちてるのが見えた。
「なんだ、こんなに近くに落ちていたのか。僕の目は節穴だな」
青年が近づきボストンバッグを持ち上げると、それほど重くないことが分かった。
ファスナーを開け中身を確認する。中には、下着を含め服が上下それぞれ2着ずつと、革財布、それから……
「くじらの、はね……?」
「くじらのはね」というタイトルの厚めの本が入っていた。見覚えのない本のはずなのに、何故か表紙を見ただけで懐かしさを覚えた。
著者は──
「名前の書いてある物はあったかい?」
「あぁえーと……」
横から霖之助に声をかけられ、ハッとする。気を取り直して中をよく確認すると、タグに何か書かれていることに気がついた。
そこには、マーカーペンで書かれたと思しき黒字で
「神郷」
とあった。
「これは……カンザトって読むんですかね」
「人名だとコウザトと読む場合もあるかな。まぁ、それがキミの物だという確証はないが」
そう言う霖之助の方に顔を向けると、茶色のリュックサックを手に持っていた。
「なんですかそれ?」
「近くにもう1つ落ちていた。他の人間の物かもしれないが、随分近くだったからこちらもキミのかもしれないよ」
霖之助からリュックサックを受け取り中を確認すると、同じように服が入っていた。こちらのタグにはローマ字で「Kanzato」と書かれている。
「読みはカンザトであってるみたいです。このリュックサックも俺のなのかな」
「カンザト」という名を反芻する。
本能が『名』を求めているせいかもしれないが、何故だかとてもしっくりきた。
「……やっぱり俺のだって確証はないですけど、決めました。これからは『カンザト』と名乗ることにします」
「そうか……これからは僕もそう呼ばせてもらうよ。改めて宜しく、カンザトくん」
「はい!」
青年は名を呼ばれて、今までぼんやりとしていた『自分』が、初めて形を帯びた気がした。
「さて、目的は達成出来たことだし、日が落ちる前に撤収しよう。夜の森は危険だ」
2人はボストンバッグとリュックサックを持ち、帰路に着く。行きより荷物は増えたが、不思議と青年の心持ちは軽かった。
「……」
霖之助は、あえて指摘しなかった。
どちらかの鞄が、青年の家族の物かもしれない、ということを。
指摘してしまえば、青年が心をすり減らしながら、この世界にいるかも分からない家族を探し続けることは想像にかたくなかったから。今指摘しなくとも、記憶を取り戻すために行動するのだから、いずれそのことに気づく可能性はある。もしそうなれば、青年は霖之助を責めるだろう。
だが、それはあくまで可能性の話。記憶は戻らず、諦念し幻想郷に永住するかもしれない。その時、いるかも分からない家族の存在は、青年の心に大きな陰をおとす。
それに、仮にその家族が青年と同じく幻想入りしていたとしても、既に死んでいる恐れすらある。ならば、知らぬが仏ではないか。
心優しい男が苦悩した末の、苦渋の決断だった。
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夜の帳が降りる前に、2人は無事香霖堂まで戻ってきた。
「お疲れ様。とりあえず今日はウチに泊まるといい」
「いいんですか? 正直限界なんで助かります……」
疲労がピークに達していたカンザトは、霖之助の厚意を有難く受け取ることにした。
夜。食事と入浴を終え、そろそろ床に就こうかという頃、カンザトは霖之助から少し話さないかと声をかけられた。
「疲れているだろうに悪いね。ここの連中は破天荒な奴らが多くて……カンザト君のように落ち着いて話せる相手はなかなかいないんだ」
「俺は大丈夫です。森近さんは知り合い多いんですか?」
「多い……かな。残念ながらほとんどが店のお客ではないが」
バツが悪そうな霖之助に、つい苦笑してしまう。
この言い方から察するに、客入りは芳しくないのだろう。
「そういえば、博麗さんとは仲良さげでしたけど……」
「ん? あぁ、付き合いが長くてね。霊夢のことは彼女が小さい頃から知っているよ」
「へぇー……あの、博麗さんって普通の人間ですよね?」
「ああ、れっきとした人間だよ。だが、とても強い子だ。いつの間にか全くお代を払わないという強かさも身につけてしまったがね」
「あ、今日話してましたよね。霊夢になんの用だったんですか?」
「修繕した服の受け渡しだよ。彼女もお代を払わないから、やはり客とは言えない。たまに物で返しに来るから無下には出来ないんだが……」
「優しいですね」
「これが優しいと言うかは人によると思うけどね」
それでも断らないあたり、お互いを信頼していて、切っても切れない仲なのだろう。言葉の端々から霊夢への思いやりを感じた。
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「あの、森近さんが俺を見つけた時、もしも……俺が死んでたらどうするつもりだったんですか?」
ある程度話し、そろそろお開きにしようかという頃、カンザトは無縁塚に訪れた際に湧いた疑問を投げかけた。
「……弔うつもりだったよ。いつも、そうしてる」
無縁塚は縁者のいない者達の共同墓地だというが、整備されている墓石などない。
しかし確認した限り、荒らされた遺体や人骨が散らばっている様子はなかった。ということは、誰かが遺体を埋めているか、持ち去っている、ということになる。
死体は妖怪が持ち去っているのかもしれない。だがそれとは別に、所々まるで墓石代わりかのように大きな石が設置されていることにカンザトは気づいた。そして、それを建てているのは霖之助なのではないかと予想した。
「やっぱり、優しいですね」
「前も言ったが僕は別に聖人じゃない。あくまで道具蒐集に行った時のついでだ」
「でも、放置はしないんですね」
「……あまりにも不憫だろう。見知らぬ世界で、誰にも知られず朽ちていくなんて」
殆どの者はその思考に至らないのだから、ある意味で霖之助はイレギュラーなのかもしれない。
だがカンザトは思う。霖之助のその行動で救われる魂があるのだろう、と。
霖之助の慈悲深さを感じる……
「さ、もう遅い時間だ。そろそろ休むとしよう。今日は激動の一日だったね」
「ホントに……そうですね」
この地で目覚めてから最初の一日が終わる。
カンザトは今日の出来事を振り返り、未来への漠然とした不安感と同時に、まだ見ぬ出会いへの期待を募らせた。
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朝、支度を済ませたカンザトは人里へ向かう前に霖之助と言葉を交わしていた。空は快晴、過ごしやすいまさに旅日和であった。
「もう行くのかい。一日しか一緒にいなかったはずなのに、なんだか寂しいな」
「すぐ近くですから。また遊びに来ます」
「お客としても歓迎するよ。……あぁそうだ、これを」
霖之助がおもむろに何かを渡してくる。それは、赤茶色のコートだった。
「これ……どうしたんですか?」
「君が倒れていた時に着ていたものだ。ところどころ裂けていたから修繕しておいたよ。これからの時期、寒くなるから着ていくといい」
「ありがとうございます! あっ、お代は……」
「いや結構。新生活を送る君への餞別だと思ってくれ」
「ホントですか? 何から何まで……ありがとうございます」
季節は秋。肌を撫でる風が冷たい時期だったこともあり、霖之助の厚意を非常にありがたく思った。
「それじゃあ、本当にありがとうございました! お元気で!」
「あぁ。無事記憶を取り戻せるよう祈っているよ」
霖之助に別れを告げ、惜別の念を感じつつ香霖堂を後にする。
目覚めてから常に誰かしらと行動を共にしていたカンザトは、話し相手のいない旅にわずかな寂しさを覚えた。
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霖之助から教わった道を行く。
大きな川にかかる木橋を渡り、遠くを見やると森と山に囲まれた人里が見えてきた。博麗神社に行く際も見えていたが、香霖堂からの距離を考え、やはりそれほど遠くはないと感じる。当然だが、高層ビルや電波塔などの建造物は見当たらない。
不思議なことに、カンザトは外の世界に存在する物の記憶を持っている。だがそれらは知識としてあるだけで、外で過ごす過程で見た、又は使用した記憶は無く、いわば虫食いの記憶だった。
さらに歩を進め、特にトラブルもなく人里に到着した。
里の入口に立ち外観を見回す。木造の平屋が連なっており、通りには多くの人間が行き交っている。視界に入る人々は全員が和服を着ていて、まるで時代劇の舞台に入り込んだかのように感じた。
カンザトは霖之助から聞いていた幻想郷の文明レベルを改めて認識し、視界に入る光景が古めかしいと感じるあたり、やはり自分は外の世界から幻想入りした人間なのだと感じた。とはいえ、肝心な外で過ごした記憶は無いのだが。
「よし、まずは役場だな」
このまま里の中を見て回りたいところだが、先に拠点を確保しなければ路上生活をする羽目になってしまう。霖之助から人里で生活を始めるうえでのアドバイスを受けていたカンザトは、見物もほどほどに役場へ向かった。
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「こちらになります。家賃滞納はしないようお気をつけください」
「はい、ありがとうございます」
役人から借家の鍵を受け取り、一戸建て平屋の玄関の扉を開ける。集合住宅を予想していたが、運良く一戸建ての借家が空いていたらしい。中に入り息を吸うと、香霖堂でも嗅いだ古臭い建物の匂いがした。外観から察していたが、あまり新しい物件ではない。率直に言ってしまうと、ボロい家だった。
よく言えば趣のある家、と思うようにして、ボストンバッグとリュックサックを降ろしたあと、次に生活用品の調達に向かった。
見知らぬ土地の事情は現地住人に聞くのが最善手だと考え、道行く人に目当ての店の場所を教えてもらいつつ買い出しを進める。ちなみに、幻想郷の通貨は香霖堂を発つ前に、財布に入っていた外の貨幣と両替してもらった。
珍しい格好をしているせいか時折視線を感じたが、話しかけても邪険にされることはなく、外の人間が里に馴染めるか少なからず不安に感じていたカンザトは、少し気が楽になった。
借家と店を何度か往復し、あらかた必要なものを買い終え日も傾き始めてきた頃、カンザトは人が見当たらない薄暗い通りを歩いていた。
「これでだいたい買えたかな……ん?」
すると、道端で黒いローブを着た人物が椅子に座っていることに気づいた。その者の前には机が置かれており、机上には白い仮面がある。その風貌は占い師のようだと感じた。
カンザトはその怪しげな風貌に忌避感を覚えたが、わざわざ引き返すまでもないと思い、そのまま前を通り過ぎることにした。
「また、お会いしましたな」
「えっ?」
細く高い声が耳に届いた。周りに人は居なかったため、話しかけてきたのが占い師だとすぐに気づく。
「貴方とはすでに二度、お会いしております」
「あの、場所を変えた方が」
「一度目は、意識と無意識の狭間を揺蕩う小部屋にて……二度目は、『外』で……フフ、貴方とは随分ご縁があるようで、喜ばしい限りですな」
「えっ……!?」
発された『外』という言葉に驚愕する。人里の外という意味かもしれないが、どうしてか幻想郷の外のことを言っているのだと理解できた。
「今、あらゆる者の内なる可能性を奪い、明日を閉ざさんとする者が復活を遂げようとしております。この地の住人達と絆を深め……失われた記憶の欠片を集めるといいでしょう」
占い師が顔に付けていた仮面を外す。隙間からこちらをギョロリと見つめる目と、長い鼻が見えた。
「その時、真なる己が────」
老人の怪しげに笑う口から発される声が遠ざかり……
カンザトは意識を手放した。
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「……!」
目覚めると、借家の玄関だった。横には購入品が入ったリュックサックがある。自宅に戻ってきているため誰かに運ばれた訳ではないようだ。
すぐに家を出て先ほどの薄暗い通りに向かうも、そこには占い師の影も形も無かった。
「夢……?」
だが、頭に直接響くような甲高い声と告げられた内容は、夢だと言い切れないほど鮮明に記憶に残っていた。
これ以降、優しい霖之助さんは無縁塚を訪れる度にカンザトの親族がいないか気にして探し回ることになります。
●ランクupしたコミュ
『隠者』森近 霖之助:ランク3
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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