俺はなんでここにいる?
目を覚ますと、言いようのない喪失感が胸を突いた。大切なものをいくつも喪った末の、ぽっかりと穴の空いた心が孤影悄然と立ちすくんでいる。
俺は大切な人を喪ったんだ。
視界に映る天井と壁へ視線を彷徨わせれば、やがて耐え難い無力感が心に黒いシミを広げた。
砂浜に血溜まりをつくる赤黒い死体。
物言わぬ三人分の遺影。
牡丹雪にまみれ、騎士に無抵抗のまま殺された女性。
全て目の前で起きた現実。
自分はただ泣いて、叫ぶしかなくて……
吐き気がする。嫌だ、消し去りたい、逃げ出したいと心身が喚いていた。
眠りについても、呼び覚まされたトラウマは消えなかった。夢の内容は日記にでも書き留めなければ優先的に忘却されるが、精神の深層に沈んでいた喪失の記憶は消えることなく息をしている。夢でも妄想でもなく、お前自身が体験した疑いようのない現実だと囁いていた。
こんな記憶……失くなってしまえばいいのに。
「……!」
自然と現実から目を背けていることに気づき、カンザトは奥歯を噛み締めた。
俺には亡くなった人の魂が二つ宿ってるって、さとりさんが言ってた。じゃあ誰かが死ぬ記憶を見るかもなんて、簡単に想像できただろ。
でも、あんなに辛いなんて思ってなかった。受け入れられない。
やめておけばよかった……?
今さら後悔しても遅いだろ。
それでもあんな悲しい記憶、望んでない。
いや、やる前にさとりさんは注意してくれたし、それも含めて覚悟してたはずだ。
──出口を失った思考が、迷宮を彷徨うように同じ場所を行き来している。
「くそ……くそっ」
何に苛立っているかなんて分からない。
むしゃくしゃして、怒りを零しながら右手で視界を覆った。
眼前を支配するのは無限の闇。再び煩雑な考えが錯綜する。視界から入る情報は何ひとつ無くとも、冷静な思考が出来ずにいた。
無音の室内では、耳が捉える情報も等しく皆無──だが、溢れ出した凄惨な記憶がリアルな“音”として頭に響き、過去から逃れようとする心を激しく叩いていた。
──押し寄せる記憶の残響を破り、彼を思考の海から引き上げたのは、確かな質感を伴った誰かの気配だった。
カンザトは弾かれたように上体を起こす。
謎の頭痛に顔をしかめながらまぶたを開くと、花の意匠が散りばめられた薄茶の掛け布団が目に入った。
「うわっ」
右を向き、思わず声をあげてしまったが……それも仕方がないだろう。
そこには気配もなく椅子に腰掛け、無言でこちらを見据える能面少女がいたのだから。
「こころ……」
終始真横にいたのだろうが、まるで気づかなかった。すぐ傍にすら気が回らないほど混乱していた自分が恐ろしい。
「カンザト……」
大きな薄紅色の瞳が、波紋立つ水面のように揺らいだ。
「大丈夫……じゃ、ないよね」
おそるおそるといった様子で、無事か訊いてきた。
よく覚えていないが、自分は相当に心配させるような状態だったのだろう。
「あぁ、だいじょう、ぶ……」
声がしりすぼみになり、最後は霞んで消えた。大丈夫と胸を張って言うには、あまりに気持ちが参っている。
何を言っていいか分からず、互いに押し黙った。
「俺、また気絶したのか」
半分純粋に気になったから、半分微妙な空気を変えたいがために、ベッドで横になっている理由を尋ねた。
「最初はさとりのとこでずっと震えてたんだけど、そのうち寝ちゃったからここに運んだ」
「そっか……ごめん」
懸念していた通り、多大な迷惑をかけてしまったらしい。ショックでぶるぶると震え続け、しまいには疲れ果てて眠る自分を想像すると、少し恥ずかしかった。
「でもごめん。運ぶ時に頭打っちゃった」
「え? あー……」
さっきから頭が重い理由はそれか、と後頭部をさすった。たんこぶが顔を出しているかもしれない。
「さとりから聞いた。あなたが見たもの」
気まずい空気の中、先に切り出したのはこころだった。
カンザトはドキリとして、緊張感を抱えながら今後の方針について返答しようとする。
「えっと、そうだな……ちょっとだけど記憶戻ったし、これからは……」
「いい」
こころがそれを制した。
「今は無理に話さなくてもいい。これからのことは、後でゆっくり話そう」
手を握られた。温もりを感じ、荒れた心がわずかに安らぐ。
彼女が傷ついた心情を慮ってくれているのだと感じた。
「……ありがとう」
その優しさがとても嬉しく、不甲斐なかった。
「正直、よく分かんないんだ」
自然と、口が動いた。
「すごいショックなんだけど……とにかく悲しくて、頭が動かない。なんか、やる気が出ないっていうか……」
混乱する頭で
「もう、全然分かんなくて……」
カンザトは過去に打ちひしがれていた。蘇る真実が重くのしかかり、前へ進もうとする足にまとわりつく。まるで、奈落へ繋がれた運命の鉄鎖に縛り付けられているかのような……
「俺、どうしたらいいんだろう」
誰かが今の気持ちに答えを出せるのなら、すぐにでも差し出してほしい。この際誰だっていい。とにかく道標がほしい。
施術前、彼は仲間の気遣いを振り切り「大丈夫」と笑った。
覚悟はしていたのだ。しかし耐えられなかった。
口で平気を装っていようと、心は正直だ。真の覚悟たりえなかったというべきか──身構えただけでは不十分だったのだ。
真の『覚悟』とは、現実を受け止めたうえで、『その先』を見据えることである。
それを理解していなかった彼の精神は、衝撃に耐えきれず砕けた。
「俺の記憶さ……」
こんなに辛いなら無理に思い出さなくてもいいんじゃないか──そう言おうとして、口を噤んだ。
そんなこと、ここまで着いてきてくれた彼女に言えるわけがなかった。
「カンザト!」
悶々とした意識を断ち切ったのは、どこか切迫感を孕んだこころの声だった。
「私、嫌だよ」
「……何が?」
「なんか分かんないけど、嫌だ」
何か嫌がらせることを言っただろうかと、カンザトはキョトンとする。
「カンザトの心……イヤ」
「えっ」
お前と話しているとじれったくて嫌な気持ちになると、そういうことだろうか。情けないことを言っている自覚はあるが、それは普通に……いや、かなりショックだった。
「そ、それはどういう……」
こころには嫌われたくない。深堀すれば更なるダメージを負いそうなものだが、訊かずにはいられなかった。
「カンザト、私にいっぱい隠しごとしてる。独りで辛い感情を抱えてる」
理由が思っていた方向と違い、目を丸くするカンザト。
彼を置いてけぼりにして、こころは胸を押さえながら言葉を続ける。
「あなたがそうする度に、胸のあたりが……なんだかいやなの。こんな感情、知らない」
こころはまたも未知の感情に戸惑う。チクチクと胸の痛みを伴って現れたソレは、少なくともポジティブな感情でないことは確かだった。
「最近、これと似た感情をよく感じる。街の入口で変な妖怪に襲われた時とか……こいしとあなたが、楽しそうに喋ってる時も」
人里を発ってからというもの、時折脳裏をかすめる感情と少し似ている。
それは単なる『悲しい』じゃない。羨望と疎外感がどろどろに溶け、混濁したようなこれは──
「私はまだ、この感情に名前をつけられない。でも……ひとつだけお願い。私に辛い想いを隠さないで」
彼女の切実な願いを聞いたカンザトは、「また同じ気持ちにさせてしまった」と先の態度を悔いた。ペルソナの飛行訓練で挫折しそうになったあの日、二人がかけてくれた言葉を忘れてしまっていたのだ。
やがて、カンザトは重い口を開く。
「……記憶を全部思い出していいのかって……迷ってる。思い出したのがあんなだったから」
ぽつぽつと、独り言つかのように胸の内を吐露する。こころには包み隠さず何でも話せる気がしていたが、ことのほか言葉が出てこなかった。
「こんなにキツいなら忘れてる方が幸せなのかもって、思っちゃったんだ」
蘇った記憶は断片的なものに過ぎない。これだけ辛い思いを味わっても全てを取り戻すに至らなかった彼は、恐ろしい想像をしてしまう。
残りの記憶も、思い返すことすら憚られるような悲惨な記憶ばかりだったら……と。
今日まで必死に追い求めていたにも関わらず、悲劇の片鱗に触れた瞬間、抱いていた希望は手のひらを返すように裏返った。
「こころは俺のためについてきてくれてるのにな……ごめん」
表情にも声にも、疲労が色濃く滲む彼を見て、こころの中で複雑な感情が膨れ上がる。
そんな風に考えないでほしい、そんな辛い顔をしないでほしい、と。
これは彼への欲求であり、不満なのかもしれない。素直に伝えることを躊躇うほどの。
「私はあなたの感情を否定しないよ」
「そうだよな、ありがとう」
眉尻を下げて弱々しく笑う彼を見て、こころは思う。
違う。そんな顔をさせたいんじゃない。
私はただ、あなたに……
いっそう胸が苦しくなり、声にならない想いが内で燻る。宗教家たちとの決闘を経て、以前よりも格段に感情を理解したはずなのに、かけるべき言葉が見つからなかった。
これじゃ、私の居る意味は……
「こころ、悩んでるよな」
図星を突かれ、ハッとした。
「あんま気にしないで。俺、一回落ち着いてから、もっとちゃんと考えみるからさ」
「独りで、考えるの?」
「ちゃんとみんなにも話すよ」
そう言いつつも、彼は「自分のための旅だから」とひとりで片付けようとする。そんな気がした。
しかしそのままでは、もう一度立ち上がれない──と、確信めいたものがあった。
……何か言わなきゃ。
でも、何を?
今の彼は光を見失っている。
これまでは『何があったか分からない』という曖昧な事実を原動力に、前へ進めていた。だが、もはや己を騙し続けるには限界が来ていた。
今の彼には何かが足りない。どん底から這い上がるための、“何か”が。
「紅魔館で言われたしな。ひとりで抱えるなって」
「紅魔館……」
そうだ、あの時も思い悩むカンザトを元気づけるため、あれやこれやと行動した。咲夜さんと美鈴さんにも、相談に乗ってもらって……
「あ……」
こころは気がついた。
今の彼には目的を達成するまでの『動機』が無い。正確には“自分のため”が動機になっているが、迷いが生じ、現在はそれが限りなく弱まっている。
ならば、新たな動機を与えればいいのだ。
──どうやって?
私は咲夜さんのように極上の奉仕で彼を癒やすことは出来ない。さとりや神様のように弁が立つわけでもない。布都のように力強く胸に響くような声で激励することも、こいしのように笑顔を見せて元気づけることも出来ない。
なら、『生き様』しかないじゃないか。
彼の沈みきった気持ちにそっと寄り添い“共感”し、魂を、心を、感情を込めて『生き様』で導くしかないじゃないか。
「カンザト! あの……」
不意に言い淀む。彼にとってこんな話、迷惑じゃないかと躊躇ってしまう自分がいた。
前までの自分は、思ったことをそのまま口にしていた気がする。感情の発露はどんなものでも喜ばしいもので、止めるべきではないと思っていたから。
「なに?」
彼の弱った表情を見つめていると、感情が増していく。
──決心がついた。
「私はよく、自分の生きる意味と目的を考える」
付喪神として自我が芽生えた瞬間から幾度となく考えてきたことだが、最近になって、より頻度が増した。
「いっぱい悩むけど、冷静に自分を見つめ直すと新たな発見もあるの」
かつての宗教戦争においても、お面の感情に振り回されていたこころは、面霊気としての“自分”を意識することによって自我を安定させた。
「あなたは今、前へ進む理由を失ってるんだと思う。記憶を取り戻すっていう目的が、正しいことか分からなくなったから」
「……うん」
「なら、新しく見つければいい」
カンザトは視線を伏せ、考え始めた。
「なんだろ、記憶以外の目的……」
「目的はそのままでいい。だけど、そのままじゃ道に迷ってしまう。だから……」
一拍置き、心を落ち着ける。
誰かに真剣な想いを伝えることは、こんなにも心が強ばる。
「私のために、前へ進んで」
私が導くから。
「私のために記憶を取り戻して」
彼は“自分”が動機になると迷い始める。なら、“仲間”を最終的な目的を達成するまでの動機にすればいい。彼が、ペルソナという武器を仲間のために振るうことと同じように。
「でも、こころに何のメリットも……」
こころはかぶりを振る。
「感情を学べる。今だってそう」
歩んできた旅路は決して楽なものではなかったが、それ以上に多くを知ることができた。旅人は彼ひとりではなかったのだ。
「私は今とても辛い。多分それは、あなたに共感してるから」
「共感……してくれるんだ」
こころは頷く。
「思い出した過去も、前に進む理由も一緒に持たせて」
今はそれが、私の生きる意味になる。
「というか、損得で考えないで」
「……うん」
カンザトはその通りだと納得した。
「不安にさせてごめん。……あと、ありがとう」
こころは目を伏せ、もう一度カンザトの手を優しく握った。傷つき地面に落ちた仲間を気にかけ、再び空へ羽ばたくまで寄り添う渡り鳥のように。
こころが手を引いてくれる……
暗く澱んだ水底に、星の光芒が差し込む。
カンザトは微かな心境の変化を自覚し、彼女の手を握り返した。
──二人の間に心地よい静寂が流れる。
「あー! 起きてるー!」
その静寂を、少女の大きな声が破った。
驚いた二人が声のした方を向くと、そこにはこいしが目を皿にして立っていた。
「よかったー。心配したんだよ」
こいしは笑顔で駆け寄ってきて、ぼすん、とベッドに腰掛けた。
「ごめん、心配かけて」
「ホントだよー」
こいしは普段と変わらない屈託のない笑みを見せた。
「もう元気になった?」
「まぁ……」
曖昧に返すと、突然こころが立ち上がった。
「……お水持ってくる」
そう言い残し、スススと滑るように扉へ向かい、そのまま部屋を出ていった。
「ねぇねぇ、聞いて聞いて」
カンザトが少々呆気に取られていたところ、我関せずとこいしが話しかけてきた。
「どうした?」
「さっきお姉ちゃんと話したんだ」
何を話したのか訊くとこいしは、
「なんかねー、わたし前みたいに戻れるんだって。それで戻りたい?って訊かれた」
どうやら、さとりは話し合いの末に出た結論を包み隠さず伝えたらしい。
「なんて言った?」
「お姉ちゃんが戻ってほしいならそうするって言った」
こいしがアヤネに願った『みんなと一緒にいたい』という気持ちに嘘偽りはないが、『サトリに戻りたいか』と訊かれれば、首を傾げてしまうのだろう。
「そしたら、自分でよく考えて決めなさいだって」
「あぁ……だよな」
姉妹が話し合っている情景を想像するに、さとりは自分たちにとって何が最善かを考え抜いた末に、こいしの意思を尊重することを選んだのだろう。
「カンザトはどっちの方がいい?」
「俺?」
こいしは瞳を輝かせて頷いた。貴方の返答に期待しているぞ、とでも言いたげな目だ。
「うーん……やっぱり普通に見えた方が嬉しいかもしんないけど……戻ってもそのままでも、みんな変わんないと思うな」
どういうこと? とこいしは首を傾げた。
「こいしがどっちを選んでも、みんなはこいしの選択を尊重すると思うし、こいしを好きなことは変わんないと思う」
「別にどっちでもいいってことかな?」
「え、いや……それはちょっと言い方悪いな」
「んふふ。冗談だよ」
思ったことは全て口にするタイプだと思っていたために、こいしも冗談なんか言うんだな、と少し意外に思った。
「どっちでも同じなら……やっぱり自分で考えるしかないね」
「まぁでも、他の人にも色々訊いてみたらいいと思う。燐さん空さんにも」
「ダメダメ。あの娘たちはどうせ何も考えずに戻ってほしいって言うから」
酷い言われようである。最後に行き着く答えはその通りかもしれないが、真摯に向き合い熟考した末に答える……はずだ。
「私ね、たぶん目を閉じた時のことを忘れたかったんだ。だから、ぼんやりしか覚えてない」
こいしは遠い記憶を辿るように、天井を見上げた。
記憶が曖昧なのは、辛い過去から心を守るための防衛本能なのかもれない。
「前の私に戻ったら、そういうのも全部思い出しちゃうよね」
きっとその中には、姉のさとりも知りえない痛ましい記憶も含まれているのだろう。全てが元通りになった時、彼女は一体何を思い、如何にして向き合うのか。
「……かもな」
そのことを思うと、カンザトは肯定も否定もできなかった。まさに今の自分が、過去の記憶に苛まれているのだから。
「カンザト」
不意に、こいしが真顔で見つめてきた。
「お姉ちゃんみたいに心読めないからよく分かんないけど……たぶん、落ち込んでるよね」
さとりから事情を聞いたのかもしれないが、こいしに心境を見透かされるとは思わず、面食らった。
「ちょっとな」
「ちょっと? すごく落ち込んでるよね」
そんなに分かりやすいだろうかと、言葉に詰まった。
「こういう時は素直に話した方がいいよ」
「……そうだな。思ってたよりショックだった。でもこころとこいしと話してたら、ちょっと楽になってきたかな」
「ホント? よかったー」
ニッコリと笑うこいし。
笑顔は人を元気にする力があるというが、彼女の笑みを見ているとあながち間違いじゃない気がした。
「あ、そうだ。いいこと教えてあげる」
「ん、なに?」
「もうやだなー、消えちゃいたいなーって思った時はね、好きな人のことを考えるの」
こいしは目をつむり、ゆらゆらと体を揺らし始めた。今も好きな誰かの顔を思い浮かべているのだろうか。
「そしたら心がぽかぽかしてきて……自分のことも好きになれるから。カンザトも落ち込んでる時は試してみてね」
寂しい時は、大切な人の存在を想えばいい──と、小人の友人にも似たようなアドバイスをされたことを思い出し、カンザトは小さく笑った。
「……うん、そうだな。試してみる」
「ちなみに〜、最近はあなたのことを考えるのがマイブーム!」
温かな想いを秘めた眼差しを向けられる。そこからは、無意識を超えたこいし自身の確かな意志を感じた。
「もうやだな、なんて思わないけどね」
「そっか……ありがとう」
感謝を伝えると、こいしは急に目と鼻の先まで顔を近づけてきた。
「う〜〜ん」
「ど、どうした?」
「私と話してたら楽になったんだよね」
「ん? うん」
「やっぱり、見ただけじゃホントか分かんないなーって」
どうやら表情から思考を読み取ろうとしたらしい。不可能ではないが、凄腕のカウンセラーやメンタリストでもなければ難しいだろう。
「目を開けなくても気持ちが分かるようにならないかなー」
それは何気ない一言だったのかもしれない。
だがカンザトは、その発言にこいしの真の望みを聞いた気がした。
「このまま戻っても、また嫌われるだけだから……」
心を読むサトリの異能を完全に制御し、封印したうえで、全ての人に等しく認知されたい──と言っている。
こいしは、『普通』になりたいのかもしれない。
一度自我を手放しかけた彼女は、徐々に目覚める辛酸たる記憶と改めて向き合い、新たな生き方を模索している。
(じゃあ、俺は……)
鏡を突きつけられている。澄み切った鏡面に映るのは彼女ではなく、自分の姿。それも、進むべき道を見失いへたり込む自分だった。
こいしは自分自身を見つめ直しているようだ……
「ねぇ、カンザトは心を読まれても嫌な顔しないよね」
「ん?」
「お姉ちゃん言ってたよ。心を読みながら話してるのに全然嫌がられないって」
言われてみれば、たしかに自分は心を読まれながらもごく自然に会話を進めている。最初こそ動揺したものの、数日経てば慣れていた気がする。
「まぁ、慣れてるからかも」
こいしは目を丸くした。
「どういう意味?」
「……ん?」
──いま俺、なんて言った?
「私たちの他にもサトリの友達がいるの?」
「いない……けど」
サトリではないが、こころは感情の働きを感じ取れる。ただ、それも薄らとした表面上の感情に限り、サトリほどハッキリと心の声を読めはしないはず。
いやそれよりも……今、無意識に口が──
『にいちゃん……』
どこからか、声が弱々しく響いた。
「っ……!?」
──耳鳴りがする。
たまらず両目をつむると、まぶたの裏にノイズが走った。
やがて、目の前に困り眉の中性的な少年が現れる。
『ぼく、変なんだ』
君は誰だ。
『みんなが、気持ち悪いって』
いや、俺は君を知ってる。
『思ってること、なんでも当てちゃうから』
そうだ、君は……!
『にいちゃんも、そう思う?』
今にも泣きそうな顔が、自分を見上げていた。
……!!!
カンザトは手で顔を押さえた。
「どうしたの? 大丈夫?」
こいしが心配そうに覗き込んでくる。
だが、まともに返事ができない。
「わっ、汗すごいよ」
こいしの声も、どこか遠くに聞こえる。
「お姉ちゃん呼んでくるー!」
バタンと扉が勢いよく閉まる音が聴こえた。
「……」
身体が熱を帯びている。少年の声が残響を伴って脳内に響く。本能が思い出せ、思い出せと叫んでいるようだった。
目を閉じれば、先ほどの光景が鮮明に思い出せる。
あの声、あの顔。
間違えるはずがない。
忘れるはずもない。
忘れてはいけなかった。
彼は、自分にとって何よりも大切な家族。
「
俺の……弟だ。
─────────────────────
我は汝…汝は我…
一に甦りしは、『刑死者』の記憶なり…
記憶は汝へ力を与え、魂を呼び覚ます唄声とならん…
嫉妬心と無力感ってちょっと似てる気がします
●コミュランクup
『星』秦こころ:ランク5→6
『刑死者』古明地こいし:ランク7→8
『愚者』???:ランク1→2
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
-
全話視聴済
-
途中まで視聴
-
未視聴
-
存在を知らない