「なぜ初めから言わなかった」
「……いきなりなんです?」
さとりは手に持っていた愛用の万年筆をそっと脇へ置く。そして、あからさまに不機嫌な表情で意図の読めない質問をぶつけてくる布都へ視線を向けた。
「3つの魂の存在は、初めから分かっておったのだろう?」
サードアイの瞳に不躾な来訪者の姿が映る。さとりは半ば癖と化した行為である読心をいつも通り実行するが──思わず顔をしかめた。
「……先んじて伝えていれば、カンザトさんはあそこまで混乱しなかっただろう、と」
「その眼を向けるな」
不快だ、と布都の心が吐き捨てる。
どういうわけか、布都はやや理不尽とも言える理由で不平を漏らしている。彼女がこちらに向けて抱く意思は、以前からほか二人に比べて刺々しいものだったが、今はそこへさらに敵意すら乗っている。
理由は……多方予想できるが。
「言ったでしょう。最初は疑わしかったと。確証もないうちに伝えては不安を煽るだけじゃないですか」
「ならばあやつに話さずともよかっただろう。あれでは徒に混乱させるばかりだ。先ずは師たる我を通せ」
「は? ……なぜ貴方に?」
「我は師として、弟子の一切を把握する責務がある」
「なんですかその理屈……カンザトさんの問題を貴方に話してもどうにもならないじゃないですか。本人がどう思うかなんて分からないんだから」
「されど、教えをもって絶望から護ることはできよう」
「えらく過保護ですね。よく分からないけれど、師弟関係ってそういうものなんですか?」
「……そのとおり」
どうにも面倒くさくなり、さとりは小さくため息をついた。
「貴方を全面的に信頼していれば先に話していたかもしれませんね。しかしそうではなかったので彼へ話しました。理由はこれで十分ですか?」
「……なに?」
ピクリ、と布都の片眉が跳ねる。
サードアイは彼女の感情がふつふつと煮え立つ様を感じ取った。
「では、お主はあやつを信頼してつまびらかにしたと?」
「少なくとも貴方よりは彼を信じているので」
さとりはわざと二通りにとれる言い方をした。
それが尚のこと癪に障ったのだろう。布都の感情に鋭さが増すと、引きずられるように二人の間に漂う空気も冷えていく。
「……あやつと出会って一週間程度の分際で、なぜそう容易く信じるなどと言える」
「こいしと真摯に向き合ってくれた。これ以上に理由が必要ですか」
自身と無関係にも関わらず、彼は一切の打算なしにこいしの“今“と向き合い、真剣に頭を悩ませた。それだけで信頼に値する人物だと感じ、こちらも真剣に彼の抱える問題と向き合おうと思った。
「……いえ、たしかに早計だったかもしれません。楽しい記憶なわけはないと分かっていたのだから、もっと慎重になるべきだったのかも」
蘇った
「それでも彼の決断を尊重したいし、信じているからこそ負の記憶を想起させました」
「信じている? 何を……」
「彼はもう一度立ち上がりますよ」
眠るカンザトの思考を読んだのではない。あの人の全てを知っているわけでもない。だというのに、半ば確信があった。
「簡単に折れる人じゃない」
これはまさしく“信頼”だ。彼の言葉と行動により育った、希望に満ちた意志だ。たった一週間で芽生えたものだとしても、この意志は長い時を経た結晶のように硬い。
だが布都は、この発言を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「なんとも言い切るのう。それも心を盗み見たおかげか?」
棘のある発言が鼓膜を震わせ、暗い意志が脳内に響く。久方ぶりに向けられる肌を突き刺すような暗い意志に、さとりは己の心が拒絶反応により震えていることに気づいた。
その動揺を悟らせぬように、さとりは心底大儀そうに、今度はわざとらしくため息を吐く。
「さっきからなんなんですか。いきなり来たと思ったらワケも話さず苛立って。その上から目線も、貴方の言う“教え”ですか?」
瞬間、布都の両眉が吊り上がる。
見事に地雷を踏み抜いたかもしれない──と、さとりは内心で舌打ちした。
「貴様っ……」
怒気を剥き出しにする布都へ、すかさずサードアイを向ける。
「……なるほど」
「だから読むなと……!」
「そんなに怒って、よほど彼が心配なのかと思いきや……ただ自分が信用されていないのが悔しかっただけですか」
全く心配していないわけではないのだろう。だがそれでも、さとりの中にあった布都への信頼は確実に崩れ落ちた。このような状況でも自分本位な考えを持つ彼女に失望したのだ。
「あぁそれから……焦ってますね。主の期待を裏切ってしまう、と」
「……っ」
「貴方の持つトラウマは、それに関係あるのかしら」
一方的に畳み掛けられ、布都は返す言葉を失った。彼女の目に見えて動揺している姿を見てもブレーキをかけず、さとりは冷たく言い放つ。
「くだらない」
「なっ……!」
「勝手に焦るのは知ったことじゃないけど、私に当たらないで」
──感情が臨界点に達する。さとりのサードアイは、嵐の如く荒れ狂う心の声を聴いた。
布都が手を出さなかったのは、皮肉にも師としての矜持が防波堤となったおかげかもしれない。
「貴方は彼の師たり得ない」
貴方のような人間が師を名乗る資格は無い、とトドメとばかりに断言した。
布都はわなわなと震えながら口を何度も開閉し、血の上りきった頭で何か反論を絞り出そうとしている。
「…………」
沈黙のなか、互いを睨み合う。
そこへ──
「おねーちゃん!」
一触即発の雰囲気を切り裂いて飛び込んできたのは、いつになく焦った様子のこいしだった。
「カンザトが!」
「どうしたの?」
「起きた! でも調子悪そう!」
後遺症が残ってしまったのかと、さとりは不吉な想像をしてしまう。しかしすぐに頭を切り替え、椅子から立ち上がった。
「すぐ行くわ」
歩きながら一瞥すると、苦々しい表情でうつむく布都が目に入った。
さとりはこいしと共に、カンザトが休む寝室へ足早に向かう。後ろから誰かがついてくる気配は無かった。
・
・
・
「あ、さとりさん……」
こいしが部屋を飛び出した数分後、さとりが険しい顔つきで駆け込んできた。
「……平気なんですか?」
問われ、カンザトは身体の調子を確かめる。
「ちょっと体重いかな……でももう普通に動けますよ。別に怪我したわけじゃないし」
さとりがこいしをジロリと見る。
「さっきすごい汗かいてたけど、大丈夫なの?」
こいしは姉から注がれる訝しげな視線に気づいていないのか、何食わぬ顔で訊いてきた。
「ん? あぁ、大丈夫」
「立たなくていいです。病み上がりなんだから大人しくしててください」
平気だと示すためにベッドから降りようとすると、さとりに止められた。
「……ごめんなさい」
唐突に、さとりは謝罪の言葉を口にした。
「私の提案で辛い記憶を思い出させてしまった。もっと熟慮するべきでした」
「いや、俺が自分で決めたことですし……全部じゃないですけど、実際記憶は取り戻せたので」
実行前にも伝えたことだ。不測の事態が起きようと、さとりのせいにするはずがない。
「気分も、こころとこいしと話してたらちょっと楽になりました」
そう答えると、さとりは意外そうにこいしを見た。
こいしはその視線に応えるように、ニコリと笑った。
(こいしも頑張ってる。俺も前を見ないと)
悩みが一点の曇りもなく整理され、気持ちがスっと楽になったわけではない。当然だ。大切な何かを失った時の喪失感は、考え方や言葉ひとつで消え去るものではない。
それでも、前へ進むための足がかりは得た。こころに手を引かれ立ち上がり、過去と向き合うこいしの凛とした佇まいを目にしたおかげだ。
「あと、大事なこと思い出しました」
「?」
「俺の弟のことで」
「たしかに、見た記憶の中で貴方の兄弟と思しき子供がいたわね」
「それもそうなんですけど、ついさっき顔と名前も思い出しました」
「え? なぜ突然……」
「なんか、こいしと話してたらいきなり……」
「わたし?」
こいしはなんの事だと言わんばかりに、キョトンとした顔で自分自身を指さした。
「こいしと話した何かがトリガーになったのかしら」
「わたしすごい!」
「名前は……
そして、どこか中性的な顔立ちをしていた。
全て忘れるはずがなかったことなのに、忘却してしまっていた。
「心当たり、ないですよね」
「残念ながら」
「私もないや」
案の定、さとりとこいしに心当たりは無いようだった。
「本名は『カンザトジュン』かしら」
「神郷……洵」
無縁塚にてバックを拾い、己の名を定めたあの時の同じ感覚がする。明確な理由は無いが、違和感なく
「名前が分かったのなら、次の目的は弟さんの捜索がいいですかね」
本名と容姿が判明した今なら、見つかる可能性は飛躍的に高まるだろう。人里の役場などに問い合わせるのも手か。
「あと、俺が見たトラウマのことですけど……」
ガチャリとノブをひねる音がして、カンザトは無意識にそちらへ目をやった。
「……あれ、増えてる」
入ってきたのは水差しとコップを手に持ったこころだった。
こころはさとりを一瞥してから、水差しを枕元の小棚の上に置く。
「はい、飲んで」
「ありがとう」
コップを受け取り、冷水を一気に流し込む。カラカラに乾いた喉へ澄んだ水が注がれ、身も心も生き返るようだった。
「そういえば、布都さんは?」
「さっきすれ違ったけどどっか行った」
「ふーん……」
彼女も皆と同じく心配してくれているのなら、早く元気な姿を見せたい。そう思い、カンザトはベッドから降りて立ち上がった。
「まだ寝てた方が」
「いえ、もう大丈夫です。これ以上寝てたら体硬くなっちゃいそうですし」
「どこへ行くんですか?」
「ちょっと布都さんと話してきます」
「私も行く」
こころと一緒に廊下へ出ると、奥から歩いてくる燐と出くわした。
「あれニーサン! よくなったのかい」
「はい、お陰様で」
体の方は悪くないため良くなるも何もないのだが……心身ともに不調だと思われるほどに尋常ではない様子だったのだろう。
「布都さん見ませんでした?」
「ん? あの人なら外出たよ」
思わず「えっ」と声が漏れた。なぜなら、布都は鬼たちの住まう街を自分以上に恐れて、地霊殿に滞在中、これまで一度たりとも独りで外出することがなかったからだ。
「そういえば、ちょっと様子がおかしかったような……」
「なんか買いに行ったのかな〜」
呑気に間延びした声を出すこいしとは反対に、カンザトは漠然と胸騒ぎを覚えた。
「……俺も行こうかな。買い物」
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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全話視聴済
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存在を知らない