その間にP4Rトレーラー、P6発表、紅魔郷リメイク…と、ペルソナと東方の両界隈が盛り上がってましたね。P6出るまでにこのss完結できるかな…難しそうだな…
「いた」
カンザトとこころが繁華街をさまようこと、約十数分。相も変わらず賑々しい喧騒と、自身に注がれる好奇の眼差しに居心地の悪さを覚えながらも、街角にて目的の人物の後ろ姿を発見した。
「か、絡まれてる……」
布都は想像していたよりも近くにいた。
が、人間より遥かに巨大な体躯を誇る鬼に絡まれているその様は、あまり無事とは言い難い光景であった。
「食い逃げでもしたのかな」
「いやーまさか……」
流石に妖怪嫌いの布都でもそんなことはしないだろうと様子を伺っていると、布都と真正面から睨み合う鬼の雰囲気が変化したことに気づいた。
「なんか……」
「穏やかじゃなさそう」
同じタイミングで気づいたこころと一緒に、急ぎ布都のもとへ駆け寄った。
「布都さん、どうしたんですか」
「! お主ら……」
「なんだ他にもいたのか。いいぜ、まとめてかかってこいよ」
男の鬼はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、人差し指をくいくいと動かす。
事態を飲み込めずにいると、後ろから別の鬼が現れ、挑発する鬼の肩を掴んだ。
「なあ、もうやめにしないか。無闇に地上の人間に手ェ出すのは不味いだろ」
「構いやしねぇよ。そっちから俺らの領域に入ってきてるんだぞ。今さら文句は言えねぇ」
「望むところよ。下賎な悪鬼は悉く誅するまで」
「ちょ、やめましょうよ。何あったか知らないですけど」
売り言葉に買い言葉とばかりに挑発に乗る布都を、カンザトは必死になだめる。ところが、返ってきたのは見るからに怒りのこもった眼差しだった。
「止めるな。この鬼は我を愚弄したのだ」
「あァ? 先に喧嘩売ってきたのはテメェだろうが。俺はただ、ちっとばかし声をかけただけだぜ?」
鬼は人を小馬鹿にしたような笑みをやめない。放置すれば次の瞬間、血みどろの取っ組み合いが勃発しても何らおかしくない。布都がこれほど苛ついているワケは不明だが、この争いは第三者が割って入り止めるべきだろう。
「布都さん、やめましょう。こんなところで喧嘩したらダメです」
「なぜ止める。この地は力こそ全てなのだろう? ならば我もその掟に従うのみ」
「いやそうかもですけど……でも、俺たちは多分ダメです!」
「我が敗れるとでも?」
「思ってないです! けど……」
鬼の戦闘能力を味わった経験が無いため実際のところは分からないが、布都がこの軽薄そうな鬼に遅れをとる様は不思議と想像できなかった。
さりとて、問題はそこじゃない。
「ここで闘っても意味がない」
「意味ならある。鬱憤を晴らせる」
そこで気づく。今の彼女は“何か”理由があり、普段の冷静さを失っているのだと。ならば、なおのこと止めねばならない。
「そんなの、布都さんのためにならないと思います」
「それもお主お得意の優しさか? 時と場合を見定めろと言ったはずだがな」
「見定めたうえで、言ってるんです」
敗北するビジョンが見えないこともあり、体の負傷を心配しているのではない。
憂うのは、無益な争いの果てにある彼女の“心”だ。
「神子さんなら……そんなことのために闘わないと思います」
悩んだ末に、崇敬する人物の声を勝手に代弁するという、下手すれば火に油を注ぐような真似をしてしまったが──効果はあったようで、布都の顔色が変わった。
「んだよ怖気づいたかぁ? それならハンデをくれてやろうか。女子供を捻り潰すのは忍びねぇもんなァ……」
なおも好戦的な態度を崩さない鬼に、カンザトはどうしたものかと身構える。
しかし結果として、その思索は不要だった。
「こっちに人間がいるとは珍しいねぇ」
その声を聞くや否や、それまで一貫していた鬼の軽薄な表情が一変した。
声のした方を見れば、額から一本の角が伸びた金髪の女性が通りの奥から悠然と近づいてきていた。角が無ければ普通の人間に見えなくもないが、おそらく彼女も旧都を根城にする鬼の一人だろう。
「ちょいと見に来てみれば……」
女の鬼はすぐそばで足を止めると、男の鬼を冷ややかに睨めつけた。
「なんだアンタ、迷い込んだ人間相手に威張り散らしてんのかい。なっさけないねぇ」
女性としては高身長だが、男の鬼と比べれば特段大柄ではない。
しかしその姿を目の当たりにしたカンザトの中で、彼女は他の鬼と『何かが違う』と直感があった。
「……勇儀」
男の鬼の調子づいた態度は嘘のように消え去っている。
「何の用だよ」
「ここから
「あァ?」
「アンタは虐殺を楽しみたいのか?」
「何言ってやがる」
「私たちが望むのは命をかけた真剣勝負だ。この力は戦意を失ったヤツ相手に振るうもんじゃない。地下生活が長すぎて、そんなことも忘れちまったかい」
「卑怯だって言いてぇのか?」
「いんや? ただ、鬼の本分を見失うなってことさ」
男の鬼は勇儀と呼ばれた鬼をしばらく睨んでいたが、やがてわざとらしく舌打ちをして去っていった。
一向に引く気配のなかった鬼があっさりと引き下がったために、カンザトは呆気にとられた。
「なんだ、つまんないね」
勇儀は通りへ消える鬼の後ろ姿を見つめながら、期待外れとでも言いたげに唇をへの字に曲げた。
「悪かったな、ヒトのにいちゃん。アイツ、ここんとこ無駄に血気盛んでいけねぇ」
突っかかってきた鬼を制止していた別の鬼が話しかけてきた。どうやら鬼の中にも理性的な者はいて、皆が皆、粗暴なわけではないようだ。
「でも、こんなところを人間が一人で歩いてたら危ねぇよ。またさっきみたいに目ぇつけられるかもしれんし、気をつけた方がいいぜ」
「あ、はい……気をつけます」
まさか鬼から注意されるとは思わず、カンザトは面食らった。
「で、ホントのとこ、姐さんはなんでここに?」
「ん? いやー、なんか人間の匂いがしたから気になって」
彼女がどれほどの距離を移動してきたかは謎だが、妖怪からすると人間の存在は匂いで分かってしまうらしい。やはりよそ者が、とりわけ人間が地底にいると色々な面で浮くのだろう。
「あとは……引き寄せられちまったかな」
突然、勇儀がずいっと顔を近づけてきた。
「なあお前さん、強いだろ」
「へ?」
「“力”があるな。ヒトには似つかわしくない、強靭な力だ」
「姐さん、アンタまで何言ってんだよ」
カンザトにとって、ハッキリと返答しかねる問いだった。自身が周囲と比べて強いかはさておき、目の前の鬼に対抗しうる力が今の自分に備わっているとは思えない。
「というか、姐さんのお眼鏡にかなうようには見えんがね」
「いーや、能ある鷹は爪を隠すもんさ。私の目は騙せないよ」
「ふぅむ、いくら見てもただの人間にしか見えんな」
「純粋な人間でも強いのはいるさ。昔よりは少ないだろうけどね」
勇儀の値踏みするような視線がすっと横へ流れる。
「そっちの二人もなかなかだが……」
不意に注目された二人──布都は一歩後ずさり、こころは微動だにしなかった。
「アンタは特に伸び代がありそうだ」
再び自分に興味が戻り、カンザトは思わず顔を引き攣らせた。
「そんな顔しなくたっていいじゃないか。傷つくねぇ」
「えっ、すいません……」
「いやいや、ほんの冗句」
勇儀は愉快そうに笑うと、注目を解いて下がった。
「ま、力があるとはいえここいらを歩くなら気をつけることさね。上とは常識から違うからさ」
この時初めて気づいたのだが、彼女は鮮やかな青の着物を着こなしていた。どこか鬼のイメージと離れた、美しく気品のある装いに思える。
「それとも、余計なお世話だったかな?」
それはどういう意味だ? と疑問符を浮かべていると、横から布都が「いや」と答えた。どうやら布都へ向けた問いだったらしい。
「少し、冷静さを欠いていた。止めてくれて感謝する」
「なあに、その程度の喧嘩なら日常茶飯事だ。あんまり気にしないこったね」
そう言い残すと、鬼たちは去っていった。
三人は少々呆気にとられながら、街の喧騒へ紛れていく威風堂々とした背中を見つめていた。
「よかった。帰ってくれた」
姿が見えなくなった頃、こころはほっと胸を撫で下ろした。理由を訊けば、「他の鬼より冷静だけど、それでいて好戦的な感情だった」とのこと。
「そういえば、街になんか用事ですか?」
危険を顧みず、わざわざこんな場所に足を運んだ理由を、布都へ尋ねる。こいしは買い物だと予想していたが、人間がひとりで歩けば好奇の視線に晒されることは想像にかたくないはず。
「……いや、何も。少し外の空気を吸いたかっただけだ」
「……そうですか」
明らかに間があったが、無理やり聞き出すのは困難だろう。
ひとまず移動を提案し、布都も了承したため帰路に着く。
しばらく黙々と歩いていたところ、妖怪の影が多い繁華街を抜けたあたりでこころが口を開いた。
「布都。今は気持ちを吐き出すべき」
それまでうつむいていた布都が勢いよく顔をあげる。提灯に照らされたその表情は、いくつもの感情が複雑に絡んだものに見えた。
「私もカンザトも、そうした」
沈黙ののち、布都は重い口を開く。
「カンザト。少し……よいか」
「……はい」
了承しつつも、どうしたものかと迷う。
名指しされたと言うことは、二人だけで話したいということだろう。
そう考えていると、こころが踵を返しひとりで歩き始めた。
「さとりに報告してくる。あなたは残って」
「分かった。よろしく」
己の役目をおおよそ察したカンザトは、こころを追いかけることなく布都のそばで彼女の言葉を待つ。
「……すまん」
やがて絞り出した声は、普段の彼女では考えられないほどに弱々しいものだった。
・
・
・
近くの石塀を背にして、二人は肩を並べた。明かりに満ち満ちている大通りから離れたせいで、辺りは自身の影が紛れるほどに薄暗い。
「体は良くなったのか」
「はい。おかげで」
「その……大丈夫なのか。心の方は」
「なんとかって感じですね……」
「そうか」
打てば響くような会話とはほど遠い、いつもより歯切れの悪いやり取りが続く。
「……のう、カンザトよ。教えてくれぬか」
自分が彼女へ教えられるようなことがあるだろうかと、やや身構えながら続きを促す。
「なぜ、鬼との決闘を止めた」
その問いは既に答えたはずだ。改めて訊きたいのだろうか。
カンザトは先ほどと変わらない答えを再度口にする。
「闘う意味が無いからです」
「無益な争いを止めたいという気持ちは分かった。されど、まことにそれだけではなかろう?」
「え?」
「
命を懸けたルール無用の戦いはもちろんのこと、幻想郷では些細な諍いから乾坤一擲の勝負まで、多種多様な争い事が起こる。こと少女たちの勝負においては、スペルカードルールに基づき、色とりどりの光弾の雨──弾幕を撃ち合う決闘によって解決されるが、そうした全てに理由や意義があるわけではない。
「そうですね、たしかに」
カンザトは先の気持ちを思い起こす。
そうだ、たしか……
「なんとなく、布都さんが心配で。このまま闘ったら布都さんの心によくない気がしたので止めました」
返答して布都の方を見れば、しかと目が合った。いつの間にか見つめられていたようだ。
「そうか……我を案ずるが故か」
ひと呼吸置いて、布都は冷静な声色で告げた。
「お主は弟子ではないな」
「え?」
「ゆえに、我も師とは言えない」
「いきなりなんですか」
もしかして弟子になるのを渋っていたことを未だに根に持っているのか……と思っていると、すぐにその想像が誤りだと分かった。
「今はっきりと理解した。我に誰かの師を名乗る資格は無い」
「……え」
「弟子に諭されるなど……片腹痛いな」
今まで散々師匠という肩書きを誇示していたのに、ここにきてそれを自ら手放すとは。
これは相当弱ってるなと、遅まきながらカンザトは彼女の心理状態を悟った。すぐさま気づき指摘したこころは流石というべきか。
「言い方正しいか分かんないですけど、上司が部下から教わることも全然悪くないと思いますよ」
色々と言いたいことはあるが、なるべく冷静に努める。ここで感情に任せて喋れば、彼女を困惑させるだろうと考えてのことだ。
「……なんだその顔は」
だがどうやら、目論見は失敗に終わったらしい。
この場に鏡がないため己の表情は分からないが、布都の視界には、薄暗闇でも分かるほどに切迫した顔が映っているのだろう。
「弟子呼ばわりは御免なのだろう?」
「最初はたしかにビックリしましたけど、でも今はっ……」
旅の中で、カンザトの布都に対する認識は変わった。それは決して悪いものではなく、ポジティブな変化だと言える。
「そんなこと言うなんて布都さんらしくないです。何があったんですか」
「聞きたいのか?」
肯定すると、布都は顔を逸らし、腹を括るかのように細くゆっくりとため息をついた。
「我は今より情けない姿を晒す。軽蔑してくれて構わぬ。ただ、聞いてくれ」
「聞きますよ、なんでも。仲間ですから」
「……あぁ、そうであったな」
苦悩はひとりで抱えるものじゃない。貴方と共にある弟子に打ち明けてくれと、恩返しのつもりで、あの日かけてくれた優しさを師へ返す。
「お主が倒れたあと、我は考えた。何か己にできることがあったのではないか、今為すべきは何か……と」
やはり心配してくれていたようで、カンザトは素直に嬉しく思った。反面、彼女の不安定な心理状態の原因が自分にあるのではないかと不安がよぎる。
「千々に悩んだが……確たる答えなど得られるはずもなく。果ては楽な結論に頼ってしまった」
そこで一旦区切り、布都は言いにくそうにしながらも続きを口にした。
「サトリに八つ当たりした」
「や、八つ当たり?」
予想外の単語が飛び出したせいで、声が上擦った。
「奴が初めから全てを打ち明けておれば、お主の受ける衝撃も幾らかは和らいだであろうと思ってな」
「……」
「何も言わずともよい。分かっておる。全て理不尽な八つ当たり……我の弱さだ」
沈黙を悪くとったのか、布都はすぐさま自身の発言を省みた。
「
カンザトはさとりの言葉を意外に思った。八つ当たりされたとて、それほど棘のある言い方をする人だったか。
「……いや、違うな。そうじゃない」
何か間違っていたのか、布都は軽くかぶりを振った。
「あやつが否定したのは行為そのものではない。その根底にある動機だ」
そう呟くや否や、顔を上げてこちらを見た。
「さとり妖怪の言うとおりだ。我はお主を案ずるふりをして、その実、己が身を守ることばかり考えていた。太子様の期待に応えられぬことが、何より恐ろしかったのだ」
「神子さんの、期待……? なんのことですか?」
「太子様に頼まれてな。お主のことを」
「神子さんが、俺を」
「そうだ。己の意思でこの旅に同行したというのは真っ赤な嘘よ。太子様の頼みがあったからこそ、ここまで来たのだ」
カンザトが地底を目指すことを知った神子は、布都にその旅へ同行するよう命じたのだった。
とはいえ、一度会っただけの神子がここまで良くしてくれる理由を、カンザトははかりかねた。
「さとり妖怪は悟っておった。我の行動は全て、常に己がためであると」
「自分のこと第一なのは誰でも当たり前だと思いますけど……」
「そういう問題ではない」
自然と口に出たフォローは逆効果だったのか、布都は再びうつむいてしまった。
「あやつは我の傲岸不遜たる性根を見透かしていたのだろうよ。お主の師たりえず、太子様の従者としても未熟な……物部布都のことを」
溢れ出る卑下が止まらない。ここまで弱気な布都は未だかつて見たことがなく、カンザトは対応に迷った。
「未熟だなんてことないですよ」
「未熟なうえ浅慮だ。物の見事に言い負かされ、弟子を信じていない事実をまざまざと突きつけられたのだからな」
弟子を信じていない──とは、なんのことだろう。
「サトリは……お主が負の記憶に屈することなく、再び立ち上がると信じておったよ」
布都はさとりの言葉を思い返す。
さとりはこちらの敵意を込めた揺さぶりに動じず、「彼を信じている」と力強く断言した。後悔の念に急き立てられ、謂れの無い責任を追求する自分とは対照に、さとりはカンザトが逆境に立ち向かう未来を信じていたのだ。
はたして、感情に任せて八つ当たりする自分にその思考があったか。
「我こそ、お主を信じてやらねばならなかったというのに」
布都はさとりと言い争った直後、何かから逃げるように地霊殿を飛び出した。当てどころなくさまよう彼女の胸中には、どろどろとした気持ちの悪い感情が渦巻いていた。疲弊した心ではそれらを整理し言葉で表すことが出来ず、唾棄すべきか、向き合うべきか、それすら分からなかった。
だから、普段なら笑い飛ばすような安い挑発に乗ってしまったのだろう。
「……分からなくなった」
彼女の心を灼くのは、指導者としての不甲斐なさと、耐え難い劣等感だった。
「お主へ薫陶を授ける優れた師父でありたかったのか……それとも、太子様から失望されたくなかっただけなのか」
分からない。
我が行いに“
信ずる心はいずこへ。
「我はもはや、己を信じられぬ」
主への信頼が揺らぐことはない。小難しい理由など不要。自分を暗闇から救い出した、偉大な御方だから。
ならば、自分自身は。
どう信ずればよいのだろう。
「最も近くにあるはずの己すら信じられぬのだ。どうしようもないな」
布都は自嘲気味に笑う。沈みきった気持ちでは、自分自身さえどこか遠い他者のように思えてしまう。
「すまぬ。お主こそ辛いだろうに……」
布都の弱々しい声が暗がりに溶けて消える。
この時カンザトは、自身が立ち上がる契機となったこころとこいしの顔を思い出していた。澱みに沈む己を再び奮い立たせるには、彼女たちの存在は必要不可欠だった。
「俺でもいいですか」
「…………は?」
直前の弱りきった調子と打って変わって、「何を言っているんだお主は」とでも言いたげな間の抜けた声が返ってきた。
「俺が布都さんを信じます。布都さんが自分を信じられないなら、その分俺が信じます」
彼女が自信を失い、先の自分と同じように前へ進む頼りを見つけられないと言うのなら、弟子である自分が背中を押そう。神子のように彼女の前に立ち先導することは叶わないが、後押しなら出来る。それによりどの程度の力が与えられるかは定かでないが、何も無いよりマシだろう。
「だから、自分を否定しないでください」
シーン……と、遠くの喧騒が鮮明に聞こえるほどの静寂が流れた。
──マズったかもしれない。
5秒、10秒、20秒……長い沈黙に耐えきれなくなってきた頃、ようやく布都から応答があった。
「このような醜態を晒す我を、信じると言うのか」
「え、あ、はい」
明らかに動揺しながらも、どうにか答える。
「醜態なんてそんな」
「我は旅の間、終始頼りなかったろう。師としてお主たちを導くことも叶わず、戦では己の力量不足を露わにした」
「そんなこと……」
思ったことがない。ひょっとして、ずっと気に病んでいたのだろうか。
「怪物に真っ先に倒されたのは我だ。本来なら殿を務めねばならぬというのに、いかにも足手まといであった。このような者をどうして信じられようか」
あれは無機物を装ってからの凶悪な不意打ちだったため、誰が相手でも避けるのは難しかった。
とはいえ彼女が求めているのは、そんな分かりきった答えではないのだろう。
「布都さんは完璧な人になりたいんですか?」
「道士たる我にそれを問うか……」
何の気なしに口をついた疑問ではあったが、不用意な発言だったやもしれない。慌てて訂正しようとしたところ、布都に「いや、なんでもない」と遮られた。
「太子様のような非の打ち所なき御方になれるとは思っておらぬ。されど、太子様の近衛たる道士として相応しき者であらねば」
『聖徳道士の側近として相応しく在る』とは、まさに正しい心がけだ。
一方でカンザトには、布都がこれまで見せた振る舞いと溢れ出た情動が“相応しくない”とは、どうしても思えなかった。
「……その点、我は失敗を重ねすぎた。正直、太子様に合わせる顔がない」
神子が布都に望む姿とは。一切の弱みをおくびにも出さず、常に完璧で在り続ける完全無欠の存在だろうか。
それが彼女たちの目指す終着点なのだとしたら、部外者である自分に口を挟む権利はない。ただ、その姿はいささか人間味に欠ける気がした。
「失敗するのって、そんなに悪いことですかね」
人生に失敗はつきものだ。失敗ひとつせず生きていけるなら、誰も苦労はしない。過ちを重く受け止め自責の念に囚われるのは結構だが、その後も旅路は続いていく。さとりへの八つ当たりも、布都の性が生んだ人生の一端なのだろう。
「完璧すぎる人って、俺はちょっとこわいです。親近感が湧かなくて」
傑物を否定する意図はない。欠点を持つ人物の方が身近に感じるという意味だ。
こんな考えを持つのは、自分が完璧な人間ではないからだろうか。
「しかしそれでは信頼に値するまい」
「そうですか?」
「お主は我を信じると言ったがな。それは何故だ? 口にするだけなら容易いぞ」
信頼に値する理由は何か。
難しい問いだが、それはきっと彼女が──
「布都さんが、いい人だって知ってるからですかね」
我ながら非常に曖昧な答えだ。布都もいまいちピンとこなかったのか、「いい人……」と呟いている。
「布都さんは俺に修行をつけてくれて、地底にもついてきてくれた。挫けそうになったら元気づけてくれたし、すごく良い人だなって思います」
「同行が命によるもので、我の意思ではなかったとしてもか?」
「だとしても、途中で帰らないでここまでついてきてくれたじゃないですか」
それはそうだが……と、釈然としない視線を受けながら、カンザトは胸に募る想いを伝える。
「あと、頼りないなんて思ったことないです。森で変なのと戦った時も、勝てたのは布都さんの作戦のおかげでしたし」
「とは言うが、お主、最初はまるで賛成してくれなかったではないか」
「ちょっと上手くいくか分かんなかったんで……」
しかしその疑念を払ったのもまた、布都の言葉だった。
「でも、布都さんの声が力強くて……『信じろ』って言われたら、大丈夫な気がしたんです。あの時、布都さんを信じて本当によかった」
彼女の表情と声が、半信半疑だった自分の身体を動かした。最も懐疑的だったこころでさえ同調したのだから、そこに疑う余地は無いだろう。
「そういう、布都さんの“今まで”を知ってるから、俺は布都さんを信じられると思うんです」
「しかしな、それは上手くいったことだけを見ておるからだ。我が犯してきた数々の失敗、失態に目を向ければ……」
「そこもむしろ、信じられるひとつの理由かも。親近感を覚えるから」
「失敗するから信じられるって……お主、少しおかしいぞ」
たしかに支離滅裂な回答だ。いい加減なことを喋っていると思われても無理はないだろう。
「失敗を全く何とも思ってないなら違いましたよ。だけど実際は、さとりさんに八つ当たりしたことを反省して俺に全部話してくれた」
失態をひた隠し、厚顔無恥にさとりへの悪態をつき続けたなら、この考えは変わっていたかもしれない。
しかしそうはならなかった。彼女はこころに後押しされつつも、己の意思で自らの行いをつまびらかにしたのだ。
その振る舞いは、偶然か必然か──カンザトの信じる『師、物部布都』の人物像と合致していた。ある意味、敬愛する主の期待に応えることを至上とする一途な姿も、カンザトの想像する布都の人となりだ。
「なら、俺は布都さんの心に共感できるし、信じられる」
人を“信頼できる”と感じる要素には、相手の言動が己の信条に合致することも大きいのだろう。
「俺……布都さんみたいな人、好きですよ」
そんな貴方の心が好きだと、今の気持ちを包み隠さず伝える。これで少しでも自信を取り戻せるといいのだが──
「…………」
──またも、謎の静寂がその場を支配した。
数秒後、カンザトはハッとする。
ひょっとして今自分は、とんでもなく恥ずかしいことを言ったのではないかと。
「……布都さん?」
布都は下を向いている。暗くて表情が見えないことが、なおのことカンザトを不安にさせた。
「お主ごときに好かれてもしようがないわ」
ようやく返ってきたのは、ぶっきらぼうな返事だった。弟子の身で言うにはおこがましい台詞だったようである。
「ましてや、おなごの湯浴みを覗くような助平にはな」
「いやちょっ……あれは事故なんですって」
「だが……礼は言おう。悪くない気分だ」
こちらの弁明を遮るように、布都は呟いた。
「お主が信じる我を、今一度信じてみようと思う」
その言葉を聞き、カンザトの頬が自然と緩んだ。
つい先ほどまで己の存在意義を見失いかけていた自分が、彼女の力になれたことが心の底から嬉しかった。
・
・
・
「妙なことを言ってすまなんだ。戻るとするか」
わずかに活気を取り戻した布都にほっとしながら、歩き出した彼女のあとを追う。
「そういえば、どういう流れで鬼と喧嘩になったんですか?」
尋ねると、布都は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「わざわざ訊くか……
「あ、すみません。言いづらければ全然……」
布都は苦々しい顔のまま、深いため息をつく。
「気が立っておったからのう。普段ならば一笑に付すような戯言を真に受けてしまった」
「何言われたんですか?」
「ひ弱な人間がいるぞ、とな。まったく、唐突に言われたわ」
それを聞いたカンザトは、急に黙ってしまった。
不思議に思った布都が顔を覗き込んでくる。
「どうかしたのか?」
「止めない方がよかったですかね」
「……先と言っておることが真逆だぞ?」
「いやだって、ムカつくじゃないですか。布都さんは弱くないのに」
俺は布都さんの実力を知っている。弱いわけがない。あんな鬼なんかより、ずっとずっと強いのに──
我ながら不可解なほど苛立っている。強い怒りの原因はハッキリとしないが、とりあえず、そんなわけないだろうと一言物申したくなった。
ところがそんな自分と対照的に、布都はふはっと吹き出した。
「お主、存外熱いところがあるのう」
くつくつと笑う布都に、数瞬呆ける。腹の奥に滾る熱がみるみるうちに冷めていく。
「いかんのう、悪鬼の戯言ごときに心を乱すとは! 精神統一が足りん!」
「えー……布都さんが言うんですかそれ」
彼女の上機嫌な後ろ姿を見つめながら、思う。
やっぱり、布都さんは信頼できる。
すっかりいつもの調子に戻った布都と共に、帰路につく。
早く戻らなければ。きっと、こころが心配しながら帰りを待っていることだろう。
信頼を失うことを恐れる、布都の本心を聞いた……
つまりグレンラガン。俺が信じるお前を信じろ的な。
●コミュランクup
『法王』物部布都:ランク4→5
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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存在を知らない