「退けっ!!」
布都の叫びが警鐘を鳴らす。言葉の意味を理解すると同時に、着地を考慮せず全力で後ろに飛び退いた。
数秒と待たずに、数瞬前まで立っていた場所を細長い鞭のような物体が通り抜ける。それは地面を荒く削り、雪煙を立ちのぼらせた。
危うく体勢を崩しかけながらも、巨影を見上げる。
「なんだよこれ……!」
何かの生物に例えようもない。タールやヘドロなどの、粘り気のある物質が化学反応で膨張していると言われた方が、まだ納得できる。
「妖か? これほどおぞましきものは見たことがないが」
すんでのところで攻撃を回避した布都が横に着地する。
「それにしては意思が感じられない。でも、こっちを狙って攻撃してきたのは確か」
同じく回避に成功したこころが並び立ち、冷静に所感を述べる。
「意思持たぬ異形か……嫌でも思い出すわ」
布都は魔法の森の死闘を想起していた。自然と、握りしめた手のひらが汗ばむ。
「もしかして、あの変な奴の仲間か?」
「でも、アレはもっとこう……形があった気がする。透けてたし」
カンザトの嫌な想像をこころが否定する。
しかし、カンザトは直感的に『似ている』と思った。
「どうする? 戦う?」
「くっそ、疲れてんだけどな……」
「来るぞ!」
漆黒の粘性物質から触手が生え、凄まじい勢いで一直線に伸びてくる。
対し、カンザトは女神『ダーキニー』を顕現させ、両の手に携えたタルワールを振るう。
目的は真正面から受け止め弾くことだったが、その刺突は想定外に重く、触手の軌道をズラすに終わった。
「っ! 切れ!」
即座に思考を切り替え、ペルソナに反撃命令を出す。ダーキニーは二刀のタルワールを大上段から振り下ろし、伸びきった状態でその場に留まっていた触手を切断した。
切断された触手は、陸に打ち上げられた魚のようにびちびちと跳ね、最後には塵となり消滅した。
「ようやった! 奴め、固まっておるぞ!」
怪物は脈動を止めていた。痛みに震えることも激昂することもなく、ただじっと佇んでいる。
──だが、それも束の間。
全員が息を呑んだ。
ぐぐ……と、肉体の中心が隆起し、そこから形成された突起が夜空を目指し伸びていく。まるで何かが外の世界へ出ようともがいているような、名状しがたい光景だった。やがて成長が止まると、突起の先端がこちらを向いた。
「顔……か?」
そこには三本の線が描かれていた。線はぐにゃりと歪み、憂い嘆く悲痛な表情を思わせる。眼前の謎物質が生命体らしい存在だと判っている以上、単なるシミュラクラ現象として片付けるのは難しい。
「もしかして意思疎通できるかも」
こころが希望を語った、次の瞬間。
怪物の顔に引かれた線が一本、大きく裂ける。
──────ッッ!!!!!
耳にした途端、寒気が足先から脳天まで駆け抜けた。
込められた感情は、怒りか悲しみか。泣いているようで、嗤っているようにも聞こえる。
声、としか表現できない。耳障りな、生物の根源的恐怖を掻き立てる怪音が大気を震わせた。
カンザトは反射的に耳を塞ぎ、目を閉じてしまう。
マズい──と瞼を開けた時には、触手がしなり、至近距離まで接近していた。
「うっ──」
横からくぐもった呻き声が聞こえたかと思えば、風切り音に鼓膜を殴られる。直後、肩から下が強い圧迫感と浮遊感に襲われた。
衝撃に怯んだ頭を必死に持ち直しつつ、先ほどの声が布都のものだと理解したカンザトは、急いで後方を確認する。
思った通り、布都は遠くへ吹き飛ばされていた。咄嗟の防御が間に合ったのか、よろめきながら立ち上がる姿が見える。
自分はそれを──高所から見下ろしている。
怪物に、胴を鷲掴みにされているからだ。
「離せっ!」
ペルソナによる反撃を試みるが、反抗の意思を見せたせいか、身体にかかる圧が強くなった。
「うぁぁっ……!」
気が乱れ、ペルソナを召喚できない。つまり、今はペルソナ顕現による身体強化が為されていない状態だ。このままでは容易く握り潰され、胴体が泣き別れになってしまうだろう。
しかし訪れたのは身を引き裂かれる激痛ではなく、逆に、痛みから解放され、自由落下していく感覚だった。
一体何が起きたのか。
それは、薙刀を振り抜き飛翔するこころの姿を視界に捉えたことで即座に理解した。そして、次に取るべき行動も。
空中に放り出されたカンザトは地面に激突する寸前、軍事の神『タケミナカタ』を顕現させた。これにより増強された瞬発力で受け身をとり、魔法を放つ。
『
紫電が迸り、怪物へ襲いかかる。神体の内より放たれた高密度の電撃は槍の如く、粘液を焼きながら突き進み、怪物の肉体を貫いた。
ぽっかりと穴を空けられた怪物の身体が揺らぐ。これほどの負傷具合では、痛みでまともに戦えるはずがない。いずれ倒れ伏すだろう。
それが……普通の生物なら。
恨みを力に変えるかのように、怪物は触手をがむしゃらに振り回した。触手はあちこちで雪をまき上げ、木の幹や地面を抉りながら、外敵に荒々しく対抗する。
カンザトは距離を取りつつ、間一髪で猛攻をかわし続け、時にはペルソナで受け止め、いなす。この息もつかせぬ暴れよう、こころへ助けてもらった礼を伝える暇も無い。
すると、回避に徹し反撃の隙を窺うカンザトは、さらなる変貌に気づく。
「腕が……増えてる!」
三本以上の触手に同時に狙われた時、ついに身体が追いつかなくなる。軋むような痛みに足がもつれ、致命的な隙を生み出した。
「はぁッ!」
だが、間に飛び込んできた布都が、強靭な脚力をもって触手を打ち払った。
「動けるか!」
「……はい!」
体勢を立て直し、怪物の“顔”を見上げる。表情が形成された時は意思疎通を図れるかと思ったが、無駄な願いだったようだ。
しかし倒すとして、攻撃の軌道が読みづらい夜の環境では不利になる一方だ。なら逃走した方がいいか──と策を練っていると、こころが触手を断ち切りながら真横に降り立った。
「カンザト。布都。こいつ、手に何か捕まえてる」
「え?」
こころの指先を追い、信じられないものを目にする。
「人……!?」
距離があるせいで分かりづらいが、ボロ切れの布が怪物の手からはみ出ていた。そして、布の下からだらりと垂れた肌色の足が、なにより人間の存在を物語っていた。
「助けなきゃ!」
「いや、しかし」
三人が狼狽えた、その時。
ブォン
ヒトを掴んでいる腕が大きな弧を描いた。
ダン!!!
林の奥より響く、重量感のある物が激しく叩きつけられた衝撃音。
……血の気が引いた。
見上げた怪物の手には、何も残されていない。
じゃあ、さっきの音は──
カンザトは知らず知らずのうちに走り出していた。
しかし、布都がそれを制する。
「追うな! あれはもう助からん!」
「俺のペルソナなら治せます!」
「無理だ! どう見ても即死だぞ!」
こころが布都のそばに立つ。
「布都。捕まえられてたのは人間じゃないかもしれない」
「なに……?」
「こんな時間帯、こんな場所に人がいると思う?」
怪物の手の中にいた誰かが人間なら、疑う余地なく即死。しかしそれが妖の類だとしたら……
布都は足を止め、いくつもの考えを巡らせる。
ペルソナの再生術を信じ、カンザトの気持ちを尊重するか。怪物は自分とこころだけで足止めできるか。そも助ける術があるとはいえ、妖を救う必要があるのか。
「……分かった。すぐさま治し、安全な場所へ連れてゆけ! 我らは怪物がそちらへ向かわぬよう、足止めする!」
「すみません、お願いします!」
カンザトは駆け出す。向かうは木々が生い茂る森の中。
突然走り出した獲物に気を引かれたのか、怪物の意識がそちらへ移る。当然、触手がカンザトを捕獲しようと迫った。
「させるか!」
布都が皿を投擲し、こころは霊気を纏った能面を突撃させることで、触手を弾く。
カンザトは二人のサポートを受けながら、後ろを振り向かず魔法の森へ突入した。
微かな月光が差し込む夜の森は、鉄紺の闇に包まれており、昼間と異なる神秘的な趣があった。
カンザトは山羊頭の悪魔『バフォメット』を呼び出し、角から噴き出す炎の灯りを頼りに走る。
「いた!」
運悪く障害物の無い方向へ投げられたらしく、戦闘音が聞こえないほど奥まった場所に“彼女”はいた。
「……え」
あの時と同じ、紫のマントを羽織っている。怪物の手からはみ出ていたボロ切れの正体はこれだろう。
髪色は黒、白、赤が入り混じり、彼女の荒々しい気性を体現するかのようだ。その髪から覗く小さな角は彼女の個性であり、同時に種の証でもある。
「鬼人、正邪……!」
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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全話視聴済
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途中まで視聴
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未視聴
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存在を知らない