貸本屋『鈴奈庵』の店内には、来客用に丸机とソファが置かれている。和風建築の外観に反して洋風の調度品で揃えたその空間は、ある意味、外来の漂流物を雑多に取り入れていく幻想郷の気風そのものと言えよう。
ソファの使用頻度ランキング堂々の1位は、休憩時間や営業時間外に頻繁に座っている本居小鈴である。次に友人である稗田阿求が入り、時折顔を見せる霊夢と魔理沙、薬売りの女性や小鈴の父の知人などがランクインしてくる。
そして本日、小鈴と向かい合ってソファに座り、談笑に興じているのは、人里を発って以来初めて顔を出したカンザトであった。
「へ〜……地底って本当にあったんだ……」
目を輝かせて旅の話を聞く小鈴。未知なる地底世界の存在に、いたく惹かれたようだ。
「凄いな〜、私も行ってみたいかも」
「めっちゃ妖怪いるよ? 鬼とか……」
「鬼とか?」
「蜘蛛っぽい鬼とか、犬っぽい鬼とか……」
「鬼ばっかりじゃないですか。それはヤだなぁ」
「まあでも、案外なんともなかったな。いきなり襲われることもそんなに無かったし」
「そんなにってことは」
「なんか一番下に着いてすぐ、変なのに絡まれてさ。妬ましいが口癖の女の妖怪だった」
「なんですかその妖怪……」
ちなみに、ペルソナと怪物の話題は避けて喋っている。わざわざ話す必要はないことと、無用な心配はさせるべきではないと判断した。
「結果的に怪我も何もなかったけどね」
「無事でよかったです。地底に行くって言い出した時は気でも狂ったのかと思いましたよ〜」
和やかに微笑みながら、さらりと酷い物言いである。
「こころと布都さんが一緒に来てくれたおかげだな」
「布都さん?」
「ああ、布都さんは……俺の、師匠的な人」
「的なってなんですか。というか、師匠ってなんの?」
「ん? なんのって……」
布都からすれば道教徒の師弟関係なのだろうが、道教に入信した覚えはないので宗教的な師とは言えない。
「剣術とか武術とか、武芸の師匠ですか? それとも芸術関連?」
「えーと……武芸、かな? 体の動かし方とか教えてもらってるし」
「なんで疑問形……?」
「俺から弟子入りしたわけじゃないんだけど、いつの間にか師匠になってたっていうか、知らないうちに生えてきたっていうか……」
小鈴はなんですかそれと苦笑いし、「師匠って生えてくるもんなんですね」と言った。
「頼れる人なんだ。強いし、キツい時は励ましてくれた」
「なんかいいですね、そういうの! かっこいい!」
朗らかに共感してくれると、記憶を求めるために旅に出た選択が肯定される気がして、こちらも嬉しくなった。
「やっぱり行ってよかった。色々と大変だったけど、二人とも仲良くなれた気がするし」
「でも、記憶はちょっとしか戻らなくて残念でしたね」
「うん。でもまあ、とりあえず一歩前進ってことで」
「どんなこと思い出したんですか?」
「……家族のこととか」
あの記憶をつまびらかにしては要らぬ心配をかけるだろうと考えたカンザトは、嘘にならない範囲で濁すことにした。
「すごい大切なことじゃないですか! よかったですね!」
「うん、よかった」
そう答えると、小鈴は目を丸くしてキョトンとした。
よかったと言う割には喜ぶ素振りのない自分を、怪訝に思ったのかもしれない。
「小鈴ちゃんは何してた? なんか面白いことあった?」
なんとなく気まずくなり、話題を変えるために今度はこちらから質問する。
「あったありましたよ! ちょっと怖い思いしたけど大収穫!」
ぱっと花が咲いたように表情を綻ばせて、小鈴は懐に手を突っ込んだ。
「聞いて驚け見て驚け〜……じゃじゃん!」
取り出したのは、いくつものボタンと液晶画面があり、小さなアンテナがついた古い型式の携帯電話──いわゆるガラケーであった。それも、折り畳めないタイプだ。
「これ、携帯電話?」
「けーたいでんわ?ってなんですか?」
幻想郷には電話がないため、情報伝達手段は口頭か文書だ。知らないのも無理はないだろう。
「電話って知ってる? 遠くの人と話す道具なんだけど」
「むっ、それぐらい知ってますよ! 外来本の知識ですけどね!」
「その電話を外に持ち運べるように小さくしたやつ。それがこれ」
「へー! 電話って持ち運べるものなんだぁ」
「折り畳めないから、多分だいぶ古いやつだな」
「あれ? でも電話って遠くの人と話すための道具なんですよね。それじゃ、別に持ち運ぶ必要ないんじゃ?」
「どういうこと?」
「置き場所に困らないって意味なら分かりますけど、これは屋外に持っていく物なんですよね? どうせ外に出るなら、電話なんて使わずに口頭で話した方が早いんじゃないかなって」
人里の敷地内は、徒歩で端から端まで移動したとしてもさほど時間を要しない。加えて里より外側に出ることが少ない者では、情報交換手段を携帯できる利便性に思い至らないのだろう。
どう伝えたら分かりやすいかな……と悩みながら、カンザトは口を開く。
「小鈴ちゃんが買い物に出かけた時に、なに買うか忘れたとするじゃん」
「わたしそんな物忘れしないですよぅ。阿求ほどじゃないにしろ、記憶力はいい方だと自負してます!」
「う、うん、そっか。じゃあ……たまたま入った店で、小鈴ちゃんのお父さんが前々から欲しいって言ってた物を見つけたとしよう」
ふんふんと頷く小鈴。
「だけど、値段が高くて簡単に買えない。そしたら、お父さんに『この前言ってたやつ、高いけど買おうか?』って訊きたくなるじゃん。そういう時に携帯電話を持ってれば──」
「戻って訊きますね。そんな大変じゃないし」
「……えーっと、じゃああれだ! めっちゃ貴重で、目を離した隙に他の人に買われちゃうかもしれない!」
「なるほどそれなら……便利ですね!」
納得してくれたようだ。カンザトはホッと胸を撫で下ろす。
もっとも、何もこんなに必死こいて説明する必要はどこにも無いのだが。
「あとは……魔理沙みたいなよく出歩く人とも話しやすくなる、とか」
「たしかに!」
携帯可能な電話の利便性を理解したのか、小鈴は目を輝かせた。
「私は幸運だわー! これがあれば、どこでも好きな時に誰とでも話せるんですよね!」
「や、電波ないから実際使うのは無理かな……」
「え〜! そんなぁ、期待させといてそりゃないですよぉ」
そもそも一台しかないので通話出来るわけもないのだが、さらに追い討ちをかける意味もないので黙っておく。
「ところでどこで手に入れたの?」
「えっと、話せば長くなるんですけど──」
小鈴が語るには、少し前の人里では数々の奇妙な噂、もとい怪談噺が流れ、人々を怖がらせていたらしい。
とある夜、人里に出没した化け提灯──正確には七不思議のひとつ『送り提灯』を利用した妖怪の仕業らしいが──を小鈴が捕まえた際に、その場に残されていた物がこの携帯電話だと言う。
携帯電話が残された理由は不明だが、一連の噂を流した犯人は、江戸時代の怪談『本所七不思議』を利用し、里の夜を我が物にしようと企んでいた悪い妖怪だった。のちに妖怪は霊夢に封印され、騒ぎは収束していったのだとか。
「なんか俺がいない間にとんでもないことになってる……」
「いやぁ、とんでもなくは無いですよ。ただみんなが怖がってただけで、何も被害は出てないですし」
「そっか。何もなくてよかった」
「……なんかあんまり驚いてませんね。一応これ妖怪の話ですよ?」
「え?」
常日頃から妖怪と身近に接し、幻想郷の非日常に染まってしまった自分では、小鈴が欲するリアクションを返してあげられそうにない。
「むぅ、なんか悔しいなぁ。これでカンザトさん驚かそうとしたのに」
「まぁ色々あったからなぁ。大抵のことじゃ驚かないかも」
小鈴は「あとなんかあったかなぁ」と呟いて、帳場まで行く。
すると何か思いついたのか、引き出しから細く折られた紙の束を取り出した。黄ばんでいて見るからに年季の入った何枚かの紙が、紐で束ねられている。
「すごい古そうな紙だ」
率直な第一印象を述べると、小鈴は自慢げにニヤリと口角を上げた。
「思わず度肝を抜かれる掘り出し物ですよ。倉庫で積まれてる雑書の山から見つけてきたんです」
紐を解き、紙の束を机の上に広げる。
小鈴がそのうちの一枚を開くと、独特な書体の文字列が現れた。
「これは……よ、読めない」
文字は流れるようにくずして書かれており、とても現代人の一般知識では読み解けそうもない。歴史博物館に展示されている古文書、といった印象だ。
「これは江戸時代に書かれた艶書です。普通は読めないと思いますよ」
「えんしょ?」
「恋文──ラブレターのことです。とある男性が恋仲の女性へ贈った、愛の言葉が綴られてます」
「愛の言葉……へー」
他人の恋愛模様を覗き見るような、なんとも言えない気恥しさを極わずかに感じていると、先ほどの小鈴の『普通は読めない』発言が引っかかった。
「小鈴ちゃんは読めるの?」
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれました!」
待ってましたと言わんばかりに小鈴は紙を左手に持ち、右手の人差し指を上から下へ滑らせた。
『嗚呼、何故逢えぬのか。何故返事が貰えぬのか。私はこんなにも、貴女との逢瀬を待ち侘びているというのに……』
細く淡く、それでいて厳かな音色を内包した聴き心地のいい声が小鈴の口から紡がれる。
それがこの恋文の文章なのだと察し、カンザトは目を丸くした。
「これをしたためた男性は愛する女性となかなか会えず、何度も手紙を送っていたみたいです。深い愛が伝わってきますよね」
カンザトは思わず拍手した。
「読むの上手いね」
「いやぁどーもどーも……じゃなくて!」
照れくさそうな顔がパッと別のものに変わる。
「そっち褒めてくれるのも嬉しいけど、読めること自体に注目してくださいよ!」
「ご、ごめん。そんな昔の文章、どうやって読んだの?」
「誰かに聞いたり、解読したんじゃないですよ」
「え、じゃあどうやって」
我が意を得たりといった風に小鈴は不敵な笑みを浮かべ、自身の『眼』を指さした。
「私は読めるんです。どんな古文書や魔導書の中身も。外の文字でも、妖怪の書いた文字も読めますよ。この目で見ただけで、書いてある内容を理解できる」
「そういう魔法が使えるってこと?」
「いえ、最近目覚めたんですよ。不思議な
先天後天の差はあれど、幻想郷の住人の中には、稀に特異な力を宿す者がいる。それは純粋な人間も例外ではない。
神の意思か世界の偶然か──本居小鈴、彼女は『如何なる文字でも理解できる』能力に選ばれた少女なのだ。
「それって森近さんみたいな──」
「森近さん?」
霖之助の能力について漏らす前に、慌てて口を噤む。
能力持ちイコール妖怪と結びつける者はそうそういないだろうが、どこに部外者の耳があるか分からない場所で、迂闊に口にするべきではないだろう。
「……すごい力だね! そんなの誰もできないんじゃない?」
「ええ、私だけの特殊能力ですよ! 普通の人が妖怪の書いた本を手に入れたとて、まず読めるわけがない……でも! 私の力があれば本の声を余さず聴き取り、秘めたる真実を解き明かせる!」
身振り手振りを交えながら鼻高々に言い切る小鈴。
カンザトはまた拍手しそうになった。
「最近は本のもつ『気』も分かるようになってきましてね……ワタクシ本居小鈴の進化は、留まるところを知らないわけですよ」
「本のもつ気? なにそれ」
小鈴は近くの本棚から適当な本を一冊抜き取り、厳かな眼差しをページへ向ける。
「こう本を読んでると……なんとなく伝わってくるんです。本の意思というか、声というか……」
彼女の飴色の瞳は、さながら本がもつ“物語”の全てを見通しているかのように澄んでいた。
「この艶書についても、それで分かりました。江戸時代に書かれたものだって」
「そんなことまで……」
世辞ではなく心から感服した。それは霊夢や魔理沙すら手が届かない、小鈴だけが感知できる領域なのだろう。これからも様々な異変が生まれ続ける幻想郷において、いつの日か彼女の力が必要に迫られる時が来るのかもしれない。
小鈴の異能を知った……
「で、ここからが重要なんですけどね。実は、この艶書が
それからしばらく小鈴の語りを聞き、その後は小鈴が今まで蒐集してきた秘蔵の蔵書たちのお披露目会もとい朗読会を楽しんだ。
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「そういえば、小鈴ちゃんも博麗神社の花見行く?」
「花見? 初耳です」
先日霖之助へ伝えたように、小鈴にも日時と場所を教える。
「楽しそうだなぁ。博麗神社の桜って綺麗なんですよ」
「へぇ、見るの楽しみだな」
今回の花見で、肝心の桜の花を観賞できるとは限らないが。
「私も行っていいのかな」
「ダメなことないんじゃない?」
「……そうですね。じゃあ行こうかな。阿求も誘っていいですか?」
「もちろん。……あ」
「どうしました?」
戦闘能力の無い小鈴と阿求が二人だけで神社へ向かう光景を想像して、ある懸念が生まれた。魔法の森で相次ぐ、妖怪の死体の不審な目撃情報と、満月の夜に出没した怪物の存在だ。
「当日さ、一緒に行かない?」
「え?」
「ほら、里の外を一人で出歩くのって危ないし」
「私たまに、普通に一人で神社まで行ってますよ」
「あっ……そっか。まあ、そうだよな」
「でもそうですね、一緒に行きますか! 友達ってそういうものですし!」
小鈴は嬉しそうに快諾してくれた。なんだか気を遣われたような気がするが、良しとしよう。
小鈴が語ったエピソードは東方鈴奈庵3巻を参照。
現在アベマでペルソナトリニティソウルが無料配信されてます。アベマの回し者みたいなこと言いますが、未視聴の方はこの機会に是非。あと2日しかないのでお急ぎで!
●コミュランクup
『節制』本居小鈴:ランク4→5
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