鈴奈庵を出たカンザトは帰宅する前に、その足で老舗茶屋『柳』へ向かった。
藍の半暖簾をくぐり、店内を見渡す。
ところが、赤い着物を着た目的の人物が見当たらない。代わりに、老年の女性が給仕として立ち、客と立ち話に興じているのが見える。
こちらの存在に気づいた女性が席に案内してくれたため、ひとまず腰を下ろす。
「せきば……
女性は「赤子ちゃんのお客さまでいらっしゃいますか」と言い、柔和な笑みを浮かべた。
「今ちょっと、おつかいに出てもらっているんですよ。そうかからずに戻ると思いますので、お急ぎでなければどうぞお待ちくださいな」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
ただ待たせてもらうのも不躾かと思い、1杯の煎茶を頼む。
数分後、お茶請けとして和三盆が添えられた煎茶が運ばれてきた。内側が真っ白な小ぶりの茶碗を手に取り、奥深い味わいを堪能していると、隣に一席分空けて座っていた老婦人が「赤子ちゃんね、いい子でしょ」と話しかけてきた。
「美人さんで、気立てよくてねぇ。私のこともなにかと気にかけてくれるのよ」
「優しいんですね」
「ええ、本当にねぇ。この間なんか、周りで怖い噂が広がってるからって、お寺さん行くのについてきてくれてねぇ」
あくまで生活のために人間を利用していると本人は言っていたが、この話を聞く限り、自ら進んで親交を求めているようだ。
「でもちょっとシャイなのかしらね。お友達が少ないみたいでね、あまり浮いた話も聞かないのよ。男の子には人気あるはずなのにねぇ」
「あ、そうなんですね……」
なんだか話が妙な方向に舵を切った。知人の色恋沙汰を一方的に聞かせられるのは反応に困るものだ。
「だからって誰にでも優しくして、変な男に寄りつかれるのもねぇ……。イヤだわ、親でもないのに、こんなことまで心配しちゃっておかしいわよねぇ」
「そんなことないですよ。赤子さんのこと心配してるってことだし」
「あらそう、お優しいのねぇ」
うふふと上品に笑うと、老婦人は目尻に皺を寄せ微笑みながら、「いきなり喋りかけてごめんなさいねぇ」と言い残して去っていった。
その時に自分に向けられた視線が意味ありげなものに思えて、カンザトは言葉にできない引っかかりを覚えた。
あれはそう、いつだったか見た……
青娥や神子からも向けられた、人を見定める時の──
「……ん?」
変な男って──
「俺か?」
「独り言が多いのは寂しがり屋な証拠らしいわよ」
軽く肩が跳ねた。
背後から、聞き覚えのある棘を含んだ声。
「びっくりした……」
「なんて古典的な方法で驚いてんのよ」
「おつかい終わったんですか?」
返ってきたのは、眉間に皺を寄せて下唇を突き出した、ほんの少し前まで可愛い可愛いと褒めそやされていた女性がしてはいけないような表情だった。
例えるなら、苦虫を10匹ほど噛み潰したうえで飲み下した顔。あるいは、シューティングゲームのプレイ中、そこまでは完璧な操作だったにも関わらず、くだらない凡ミスで被弾してしまい、大量のボムを抱えた状態で落ちてしまった時の顔。
とどのつまり──考えるまでもなく、『露骨に嫌そうな顔』である。
「なんで知ってんの……」
「お店の人に訊いたんですよ」
そんな顔しなくてもいいじゃないか、と少し悲しくなった。
「ああそう……というか生きてたんだ」
「へ?」
「もう1ヶ月以上見かけなかったから、鬼の餌になったかと思ってた」
「え、ひどい」
「まずは邪魔な手足を引きちぎってから、ゆっくり丁寧に頭からすり潰して、脳髄をじゅるじゅる啜り、シメにハラワタを喰らう……」
グロいし怖い。いやに具体的なのがとても怖い。
「赤蛮奇さんはそうやって人間を……!?」
「やらんわそんな悪趣味なこと! あとその名前で呼ぶな!」
「すんません……」
どうにも赤子呼びは未だに慣れない。客がいなくなった後でよかった。
「で、わざわざおばあちゃんに訊いてまで待ってた理由はなに? またなんか用?」
その感じでおばあちゃん呼びなのかとニヤけそうになったが、バレてしまえばシメられ必至なので、鋼の意思で下唇を噛んで堪える。
「地底から帰ってきたこと、伝えとこうと思って」
「はぁ、そんだけ?」
「……そんだけ」
悲しいかな、地底というスーパーデンジャラスゾーンから五体満足無病息災で帰還した個人的ビッグニュースは、彼女からすれば「そんだけ」な報告だったらしい。
「またなんか持ってきた方がよかったですか?」
「なんかってなにさ」
「プレゼント……」
「いらんわ! 調子乗んな!」
ですよねーと苦笑い。
カンザトは、なんとなく彼女の反応が予想できるようになってきた。
「すみません、お土産もないです」
「だからいらないっての。……え、なに、地底ってお土産なんかあんの?」
「あるところにはありましたよ。温泉まんじゅうとか煎餅とか、湯の花の入浴剤とか!」
「う、入浴剤はちょっと欲しい……」
「また今度行ったとき買ってきますね」
「いやせっかく拾った命を投げ捨てるんじゃないわよ。実際、よくぞ無事で帰ってきたって感じだし。最初地底なんか行くって聞いた時は、気ぃ狂ったかと思ったわ」
「それ言われるの今日2回目です」
「だってホントにそのレベルだもん。普通の人間が丸腰で行くとか正気の沙汰じゃないって。まだ守矢の神にマジビンタとかの方が生還率高い気がするわ」
「誰……?」
それにしてもこの物言い、赤蛮奇は地底の危険さをよく知っているように見える。
「赤子さんも地底行ったことあるんですね」
「昔に何回か。私にはイマイチ合わない場所だったけど」
地底は全体的に荒くれ者が多い。好き好んで平和な人里に住むような赤蛮奇に合うはずもないのだろう。
「ま、でもアンタが無事に戻ってきたってことは、昔より安定したってことなのかな」
「昔の地底ってどんな感じだったんですか?」
「そうね……頭のネジが数本トんじゃってるような妖怪が跋扈してて、あっちこっちで鬼が喧嘩してて、あとなによりとんでもなく暑かった!」
「へー……何年くらい前ですか、それ」
赤蛮奇、嫌そうなオーラ剥き出しの表情再び。いや、一回目よりは多少緩和されたかもしれない。
「……いや、言いたくないんですけど」
「え、なんで?」
「デリカシーないわね……察しなさい」
デリカシーとはなんの事だろう。
と思考した次の瞬間、天啓が降りてきた。
「ああ、年齢バレるからか」
ゴン
上からの圧が頭蓋にかかり、脳天に痺れるような痛みが広がる。
「いって!?」
「覚えときなさい。そういうのは気づいても口に出すんじゃないって」
「殴らなくてもいいのに……」
話題を逸らしたいのか、赤蛮奇は「もういいでしょ」と手首を振った。
「そういえば、桜さんと何話してたの?」
「桜さん?」
「さっきアンタの隣にいた人。ほら、なんか喋ってたでしょ」
唐突に赤子の恋愛模様を暴露してきたあの老婦人は、桜さんと言うらしい。
「……言いたくないです」
「は?」
「別に大したことじゃないですよ」
「そう言われるとなおさら気になるわ。いいから言ってよ。それとも何? 私に言えないようなことなの?」
なんて面倒くさいムーブだ。ちょっとした意趣返しのつもりで断ってみたが、自白を強要してきた。自分は年齢を明かさなかったくせに。
「面白い話じゃないんで」
「面白いかどうかは私が判断する」
「なんだこの人」
必死の抵抗としてしばらく視線をぶつけ合っていたが、十秒と経たないうちにこちらが根負けした。彼女は美人だが──いや、美人だからこそ、目を鋭く吊り上げると、なかなかに迫力があり怖い。
「分かりましたよ……」
自分が“変な男”だと警戒されていた哀しきエピソードなぞ、語りたいはずも無し。
だが冷静に振り返ってみると、先の己の言動は第三者からすると、『赤子』を狙った軟派男だと勘違いされても文句を言えないのではないか。
その事実にショックを受けつつ、カンザトは白旗をあげた。
・
・
・
「アーハハハハッ! おかしー!」
老婦人とのやり取りを明かすと、赤蛮奇はツボに入った様子で大笑いし始めた。
「そりゃ怪しいわ。桜さんいいこと言うわねー」
「いやたしかに怪しかったかもだけど。そんなに変なこと言ったかなぁ俺」
「やだ怒んないでよ。悪気あったわけじゃないんだから」
「赤子さんが笑いすぎなんですよ……」
「あ、私? ごめんごめん」
たしかに不審者ムーブをかましてしまったことは否定できないが、その場にいなかった赤蛮奇に嘲笑されるのは悔しい。誠に遺憾である。
「でも桜さんがそんなに言うなんて意外かも。あの人、いつもぽわぽわしてて誰にでも優しいから」
「そ、そんなに俺怪しかったんだ……」
「あーもう、そんなに落ち込まないでよ」
いよいよ情けなくなってきたが、どうにか気を持ち直して、老婦人の話しぶりを思い返す。
「赤子さんのこと、心配してましたよ。それで多分、俺に一言言いたかったんでしょうね」
「心配、か……。そっか、心配させちゃってるのか」
そう独り言つ彼女が何を考えているのか、カンザトは察せられなかった。
「実際いるんですか? 赤子さんにそういう目的で近寄る男なんて」
「あ゛? お前なんか好きになるヤツいないだろって言ってる?」
「言ってない言ってない。悪く取りすぎでしょ」
「ま、いないこともないわねぇ。ほら、私って結構かわいいし? それで看板娘やらせてもらってますし?」
事実その通りなので否定しないが、自分から誇らしげに言うことではない。
「でも、それで不用意に私の縄張りに近づいてこようもんなら……」
不意に距離を詰めてきた。
こちらが身を硬くしている間に薄紅の唇が耳元に迫り、彼女は熱っぽく囁く──
「たべちゃうから」
「…………」
「わあ、苦虫を踊り食いしたみたいな顔」
……赤蛮奇の周囲との関係は良好なようだ
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用は済んだので帰ることにした。
だがその前に、一応例の件を訊いておく。
「博麗神社のお花見、赤子さんも行きますか?」
「なにそれ、行くわけないじゃん」
レスポンスが早いうえに、「行くわけない」ときた。
意味はないだろうが、純粋に気になったのでその理由を尋ねる。
「なんでも何も、巫女のお膝元に自ら飛び込むわけないじゃん。私まだ死ぬつもりないし」
「酉の市は来てたじゃないですか」
「あの時は人に紛れられたからいーの。流石の蛮族巫女も、あんな人目の多いところで妖怪退治はしないでしょ」
「お花見も他に人いますよ」
「いや、どうせ巫女の個人的な集まりでしょ? 酉の市は里でも大々的に告知してたけど、花見はやるなんて聞いてないし」
言われてみれば……と腑に落ちた。道理で小鈴は花見の開催を知らなかった。
「ていうか私を花見に誘うって……」
赤蛮奇は目尻を下げて笑う。大笑いしていた時とは何もかもが異なる、始めて見る表情だった。
「やっぱアンタ、変な男よ」
バンキ( ´_ゝ`)フッ……おもしれー男
●コミュランクup
『月』赤蛮奇:ランク4→5
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