今回挿絵を入れてみました。
お絵描きも初心者なのでアレですが、何となく場面が伝わると嬉しいです。
その日の人里は何故か、道行く人々がざわついていた。
霊夢から里周辺の地理情報を聞いてから1週間、カンザトは近場を散策しながら、走り込みとペルソナ操作の特訓をしていた。ペルソナの操作は、指南書が無ければ指導者もいないため、完全に手探りである。
だがその結果、望むペルソナを発現させることが出来るようになっため、特訓の成果は十分に出たと言えるだろう。
「ここは……墓地か」
現在、カンザトは命蓮寺の裏にある集団墓地を訪れていた。
何か目的がある訳ではない。安全な場所を散策していたところ、たまたま辿り着いただけだった。命蓮寺の本堂前を通ってきた訳では無いので、参拝客とは出会わなかった。
紅葉で彩られた景色に、多くの墓石が並んでいる。用もなしに墓場を歩くのはどうかと思ったが、なんとはなしに奥に進みたくなった。
ザクザクと落ち葉の絨毯を踏みしめながらぼんやりと歩いていると……
「わっっっ!!!!!」
「うわぁ!?」
突如として目の前に、人ひとりは容易に隠れられそうなほど大きな傘が出現し、それと同時に少女の大声が鼓膜を揺らした。
よく見るとその傘には顔のような模様があり、口と思われる部分には、でろんとした赤い舌のような物体が付いていて、左右に大きく動いていた。
完全に油断していたカンザトは叫び声をあげてしまった。
「お? 意外といい反応……アハハ! 久しぶりに人間を驚かせられたわ!」
「…………」
辺りに少女の笑い声が響き渡る。
次の瞬間、傘の中から水色の髪の少女が姿を現した。
少女は左目が赤色、右目は髪と同じ水色のオッドアイ。着ている服は洋服だが下駄を履いているという、なんともギャップを感じさせる服装をしていた。
「あれ? 貴方、里じゃあんまり見ない格好してるわね」
「あの、キミは?」
「私、
「あぁそう……」
理由なく驚かされたようで、文句のひとつでも言おうかと思ったが、少女の心底嬉しそうな笑顔を見て毒気を抜かれてしまった。
一見、奇抜なファッションをした普通の人間だが、「人間を驚かせられた」と言っていたので、おそらく彼女は妖怪なのだろう。
「あぁそんなことより! 貴方ここにはお墓参りに来たの?」
「いや、ただ散歩してるだけ」
「そうなの? 一応忠告しておくけど、奥には行かない方がいいわよ」
「奥に? 何で?」
「変なのがいるのよ。たまに現れるけど、人間が近づくと問答無用で襲いかかってくるから危険」
「変なのって……妖怪がいるとか?」
小傘と名乗る妖怪は少しの間考え込み、やがてハッキリしない様子で口を開いた。
「う──ん……多分ゾンビってヤツなのかなぁ?」
「……!」
カンザトはその単語に聞き覚えがあった。霊夢との会話に出てきた、聖徳太子の仲間の仙人が使役する存在。
しかし、霊夢(とついでに目の前の妖怪)からは危険だから近寄らないように注意されている。さらに霊夢の言う個体と同じである確証は無く、無関係の別個体かもしれない。
だが……
「それは、どこにいるんだ?」
ついに見つけた手がかり。
例え危険でも、調べない手は無かった。
「え? この道をずーっと奥に歩いてったらいると思うけど……」
「ありがとう!」
カンザトは礼を言うと、小傘が指さした方向へ走り出した。
「えっ!? ちょっと! まさか会う気じゃないでしょうね!」
後ろから制止する声が聞こえるが、カンザトは脇目も振らず走り続けた。
・
・
・
「はぁっ……結構奥に来たと思うけど……ん?」
墓地の中心からさらに奥、墓石が無い開けた場所にそれはいた。
朱色の半袖上着と、膝丈ほどの黒色のスカート。頭には青紫色のハンチング帽を被っており、肩ほどの長さの暗い紺色の髪がそよ風に吹かれている。弱風なのだが、その少女が不動なためか、遠くからでも髪やスカートが揺れているのが分かった。
両腕を前に突き出し、おでこには御札のようなものが貼られている。大衆のイメージ通り、まさにキョンシーの見た目をしていると言えるだろう。
こちらからは横顔しか見えないが、少し血色が悪いように思えた。また、不動なのも相まって、マネキンのようにも見える。
カンザトは「ゾンビ」という存在について、腐り朽ちた肉体を持つ化け物、という認識であったため、一見普通の人間にも見える少女に拍子抜けすると共に、それが件のゾンビだという確信が持てなかった。
だが、会話が出来そうなのは僥倖だと思い、恐る恐る話しかけた。
「あのー……」
「…………」
黒色の虚ろな瞳が虚空を見つめている。
横から声をかけたが、カンザトの存在に気づいていないのか見向きもしない。それどころか微動だにせず突っ立っている。
「…………あー? なんだお前?」
ようやく話しかけてきた者の存在に気づいたのか、少々血色の悪い少女は首を動かし顔だけをこちらに向けた。
「すみません、俺はカンザトという者です。
実は聖徳太子様にお会いしたくて……今はどこにいるか知りませんか?」
「あー……」
聞いているのか、いないのか、少女の反応は薄い。
視線はこちらに向いているが、明確に意識されていない、そんな風に感じた。そもそも意思疎通が難しいのかもしれない。
カンザトがどうしたものかと思案していると……
ドゴォ!
何かがぶつかるような鈍い音と共に胸部に強い衝撃を受けた。カンザトの体は背後に吹き飛び、地面を擦りながら仰向けに倒れた。
「っぐぅ!?」
「人間! ここから立ち去れぇ!」
「ちょ、話を聞いてください!」
すぐに、少女が殴ってきたのだと理解した。
まさか話も聞かずに殴ってくるとは。会話が出来そうだと思ったのは早計だったかと、カンザトは先ほどの己の判断を軽く悔いた。
(どうする……? 一度出直すか?)
殴ってきた今もどこかぼんやりとしているため、おそらく逃走することは容易だろう。十中八九、今は一度退いて霊夢なり霖之助なり、誰かの助けを借りて出直すのが懸命だ。
だがしかし……ここでしっぽを巻いて逃げてしまえば、ようやく見つけた、記憶を取り戻す手がかりを一時的にでも放棄することに他ならない。
なにより、このゾンビが今後もここに居続ける保証はどこにも無い。また、操る仙人がどこかからこちらを観察していた場合、ゾンビ少女を追い詰めれば姿を現す可能性もある。どちらかと言えばカンザトが用のあるのはそちらだ。
頭では退くことが最善と理解している。
だが、カンザトの本能は逃げることを許さず、意思は既に決まっていた。
(この場で無力化して無理やりにでも話を聞いてやる!)
意識を集中させ、八つの頭を持つ大蛇「ヤマタノオロチ」を発現させる。
無力化が目的なので直接攻撃はせず、少女にペルソナを急接近させて拘束を試みる。
やがて、大蛇の巨躯が少女の体全体に絡みつき動きを止めたと思われたが……
「うっ!?」
カンザトをその場から動けなくなるほどの重圧が襲った。何かに並外れた力で体の一部を掴まれているような感覚。
目標を拘束しているはずの大蛇を見ると、苦しそうに身を捩らせている。大蛇が壁になり姿は見えないが、すぐにその中心にいる存在が原因だと理解した。
「なんだー!? 何も見えないぞぉー!」
その原因は突然視界が遮られ混乱しているようだが、拘束されながらも大蛇の体の一部分を掴み、万力のような握力で握り潰そうとしていることが感覚で分かった。
あまりの圧迫感に立っていられなくなったカンザトは膝をつき、堪らずペルソナを引っ込めた。
(あの細い腕のどこからこんな力が……)
息を整えてゾンビ少女の方を見ると、両腕を前に突き出したままこちらに突撃してくるのが見えた。関節が硬いのか、膝があまり曲がっておらず、軽く浮きながら迫ってくるという奇妙な走り方をしている。
「まだいたのかー! 去らないなら食ってやるぞぉ!」
いかにもゾンビらしい発言をしながら走ってくるのだが、それほどスピードは無いため難なく避ける。
少女はそのままの勢いでカンザトの背後にあった木に激突した……かと思うと、ゆっくりと右腕を後ろに振りかぶり、木の幹に拳を放った。
ドゴオォォォン!!!!!!
静まり返っていた墓地に轟音が轟く。木に留まっていた鳥達が驚き、羽ばたく音が聴こえた。
木の幹はひしゃげ、少女の細腕から繰り出されたものとは到底思えなないほど大きくへこんでいる。やがて木はバキバキと音を立てながら折れてしまった。
カンザトは、アレを食らえば自分も同じ姿になるのかと想像し背筋が凍った。
「私の勝ちだ──!!!
……あれ? これ人間じゃない……」
混乱する少女を尻目にカンザトは後ずさる。ゾンビの圧倒的な力を見て、一瞬、逃走することが頭をよぎったが、ここで逃げては当初の目的から遠ざかると、己を奮い立たせる。
先ほどのように怪力で抵抗されては拘束は不可能だと考え、攻撃を与えて無力化する方向に切り替えることにした。
「ちょっと痛いかもしれないけど、ごめん!」
人面の鳥妖怪「オンモラキ」を発現し、今だ混乱している少女目掛けて
猛スピードで翔ける疾風が目標の体を切り裂き、致命傷にはならないまでも相手は動けなくなる……はずだった。
「そこにいたかぁ! 人間!」
「!?」
だが、獲物の存在に気づいたゾンビ少女は目をギラギラと光らせ、襲い来る疾風などものともせず、まるで暴走機関車のごとく突進してきた。
2度3度と魔法を放つが、本当に当たっているのか疑わしくなるほどに進む勢いは止まらない。
ならばより威力のある魔法を放とうと、カンザトはペルソナを半人半蛇の女怪物「ラミア」に切り替えて、
放たれた火球は堅牢な標的に命中し、猛々しく燃え盛る業火となった。
近距離で着弾したため、火の粉が舞い、熱がこちらにも伝わってくる。カンザトは思わず腕で顔を覆った。
「や、やばい……やりすぎたかも」
火はカンザトの身長よりも高く燃えている。
初めて使用した技だったため、想像以上の威力に少女の安否が心配になるほどだった。これでは話を聞くどころでは無い。
しかし、カンザトが消火するべきか悩んでいると、炎の中から人型の影が急接近してきた。
「ワハハハ! こんなもの効くかぁ!」
「なっ!?」
炎の中から姿を現したそれは、間違いなくマトモに火球を受けて灼熱地獄に呑まれたはずのゾンビ少女だった。衣服が煤けている程度で、攻撃は全くもって効いている様子は無い。右腕を後ろに振りかぶり、今にも拳を放とうとしている。
カンザトは咄嗟に、腕を顔の前に交差させ防御の姿勢をとった。
そこに恐るべき破壊力の一撃が叩き込まれる。予備動作は鈍かったわりに拳の振るわれる速度は凄まじいものだった。
拳が交差させた両腕に吸い込まれていき……
ミシリと、何かが軋む音が頭に響いた。
直後、カンザトは痛みを感じる暇もなく後方に吹き飛ばされた。
「がっ……はっ……!」
地面に背中から叩きつけられ、数瞬呼吸が止まる。
すぐに、両腕に叫びたくなるほどの激痛が走った。
関節は曲がっていないが、どうやら前腕の骨が砕けたらしい。
(ペルソナを出してなかったら死んでた……!)
防御の瞬間、明確に「死」を認識した。
もし直前にペルソナを発現させていなかったら……衝撃で体が弾け、見るも無惨な姿になっていただろうことは想像にかたくない。
「今度は当たったなー? 殺すのは可哀想だから仲間にしてやるぞー」
屍の少女が体を左右にゆらゆら揺らしながらゆっくりと近づいてくる。その緩慢な動きが、いつでも獲物を仕留められることを表しているようで、より恐怖心を増幅させる。ザクザクと落ち葉を踏みしめる音が、カンザトには死神の足音のように聴こえた。
殺すのは可哀想と言っているが、先ほどの一撃を常人が食らえば死へ直行すること間違い無しなので、彼女は全くもって力の加減が出来ていない。そもそも加減する気があったか定かではないが。
まだ人間をやめる訳にはいかないと、カンザトは荒い呼吸のまま震える足で立ち上がる。
次なる攻撃に備えるため、ペルソナによる回復を施そうとするが……
(頭が……回らない……)
鈍痛と恐怖が思考を乱す。
ペルソナを発現するには意識を集中させなければならない。博麗神社にてペルソナを出した際、判明したことだ。
「やるな人間、まだ立てるのか! それじゃあもう一発お見舞いしてやる!」
楽しそうにケタケタと笑いながら拳を構える少女。
あまりに一方的で闘いにすらなっていない。彼女にとってこれは宴……死の狂宴なのだ。
(ダメだ……まだ……)
死んでしまうくらいなら、最初から戦わず逃げていれば良かったのだろうか。今さら考えても後の祭りだが……
悉くを粉砕し、死へと誘う屍の拳撃が眼前に迫る。
(あ……死…………)
意識が、薄れていく──
────兄ちゃん……お兄ちゃん!
「…………!」
誰かの声で、薄れていた意識が引き戻される。それは、少年であり、少女のような声だった。
その刹那、謎の赤黒い塊が、カンザトとゾンビ少女の間に突如出現した。
放たれた拳は止まることなく、赤黒い塊もろともカンザトの体をバラバラに砕く……かに思われた。
「ぐっ!」
しかし、衝突した拳はカンザトを吹き飛ばし、地面に叩きつけただけで、致命傷を与えてはいなかった。
瀕死の人間など耐えうるはずもないその一撃は、到底今のカンザトが受けきれるものではなかったはず。
(何で俺は生きてる……? それに、お兄ちゃんって……俺のことなのか?)
カンザト自身も今の現象に困惑しながら、ゾンビ少女に目を向けると、動きを止めて表情に驚きの色を滲ませていた。
「あれ? あんまり手応え無かったなぁ」
今のうちに持ち直さなければと上半身を起こし立ち上がろうとすると、体全体に鋭い痛みが走った。
(痛い……! でもさっきの力はこんなものじゃなかったはず……もしかして、ペルソナが守ってくれたのか?)
衝突の瞬間に聴こえた声と、自分の意思とは無関係に発現した赤黒い塊のペルソナ。
両者の関係性は不明だが、分かったことが一つある。
(まだ、戦える……!)
兄を呼ぶ声は、必死さを感じさせる声色だったが、同時にやさしさに満ちていた。それに、どこか懐かしさを覚えて、心が安らいだ。
いつの間にか、頭を支配していた恐怖心は和らいでいた。
カンザトは立ち上がり、敵を視界に収めながら冷静に思考を巡らせた。
まず、何故先ほどの強力無比な一撃を受けてこの程度のダメージで済んでいるのか。
それはおそらく、拳が接触する瞬間に現れたペルソナ……複数の人面が歪に貼り付けられた赤黒い球体から、蠢く触手が生えている悪霊「レギオン」に守られたおかげだろう。
思わず目を背けたくなるようなおぞましい見た目をしているが、このペルソナの能力により一命を取り留めた。
さて、その能力とは何か。
(もしかして、ペルソナにはそれぞれ効きにくい攻撃があるんじゃないか?)
ペルソナ毎に得意技があることは以前判明したことだが、攻撃を受ける場合も同じなのではないか。カンザトはそう推察した。
先ほどは、ゾンビ少女の放った「打撃」を、レギオンの持つ耐性で軽減した、ということだ。
(この特性を使えば有利に戦えるかもしれない)
だがしかし、得手あれば反対に不得手もあるというもの。実際、打撃に耐性を持つレギオンも貫通攻撃と光魔法に弱点をもつ。今回は威力を軽減できたが、もし弱点を突かれれば弱い攻撃でも致命傷になりかねない。
その得手不得手が、何故かカンザトには理解出来た。
理屈は不明。なんとなく頭に浮かんでくるとしか形容出来なかった。
自分のことは自分が一番よく分かる、とはよく言うが、カンザトは今の今までペルソナの耐性のことなど微塵も知らなかった。そもそも外敵から攻撃される機会が少なかったため仕方の無いことではあるが。
では、判明した能力を駆使してどう立ち回るか。
近づくと噛まれそうなので、遠くから魔法攻撃を浴びせ続けるのはどうか。距離を詰められた時はペルソナの耐性で打撃を防ぎ即座に距離を取る、ヒットアンドアウェイ作戦。
これは一番安全かつ確実かもしれないが、先ほど今撃てる最高火力で攻撃したところ全く効いている様子はなかった。しかも、何発撃ちこめば決定打になるのか分からないうえに、先にこちらの気力が尽きる。
自身の筋力及び魔法の威力を向上させる技もあるが、焼け石に水だろう。
ならば、
ペルソナには多種多様な技があり、中には対象の筋力を低下させるものや、思考を乱す技もある。
こちらは一見有効だが、戦闘が長引くだけで決着がつかず、やはりジリ貧は避けられない。
それでは、結局のところどう戦うか。
(消耗する前に高火力で倒す方法……あの技を使えば、どうにかなるかもしれない)
カンザトは一つ、起死回生の策を思いついていた。
成功すればたった一撃で、それどころかこちらから攻撃することなく相手を無力化出来るかもしれない。
強力な魔法攻撃や、搦手も必要ない。
その作戦に必要なのは──
恐れを燃やし、敢然と立ち向かう「勇気」。
(でも、結構危険だよな……とにかく、まずは回復しよう)
痛みに悲鳴をあげる体に鞭を打ち、距離をとるため後ろに走り出す。足の骨が折れていないのは不幸中の幸いだった。
「あ、おい! 逃げるなぁー!」
カンザトは「最初は立ち去れって言ってたじゃん」とツッコミたくなったが、今はそんな場合ではないのでやめておいた。
ゾンビ少女の非難の声を背中に受けながら走るが、持続する痛みに足がもつれそうになる。
やはりペルソナは攻撃を「軽減」したのであり、「無効化」した訳ではないのだろう。耐性を過信は出来ない。
ある程度距離を離せたかと思っていると、風切り音と共に、視界の端で何か、鋭利な物体が前方に飛んでいくのが見えた。
「いっ……!?」
直後、じわりと脇腹に痛みを感じた。
見ると、コートの脇腹部分が切り裂かれ、赤い血が滲んでいる。
何事かと振り向くと、ゾンビ少女の周囲にクナイのようなものが浮遊していた。痛みの原因はあれかと気づく。
「当たったか? 逃げると痛いぞー! 大人しく喰われろー!」
すぐさま第二射が飛んできたので、慌てて近くの木に隠れてやり過ごす。
クナイの対処を考えなければならないが、ひとまず距離を離すことは出来たため、権天使「プリンシパリティ」を発現させ、回復魔法で傷を癒す。
痛みが引いていくのを感じながら、一つ深呼吸をして思案する。
(あれじゃあ遠くから攻撃され続けて終わりだ……いや待て、あのクナイもペルソナで凌げるんじゃ?)
拳での打撃を軽減出来るなら、遠距離から飛んでくるクナイも同様にダメージを抑えることが出来るのではないか。
危ない賭けだが、試す価値はある。
カンザトは木から顔だけ出してクナイが飛んできていないのを確認し、ペルソナを切り替えてから、少女の前に飛び出した。
「あ、出てきたな。逃げなかったのは褒めてやる」
まだ距離はある。すぐにクナイを飛ばしてくるだろう。カンザトは、覚悟を決めて作戦を実行することにした。
「おい、ゾンビ! さっきからお前の攻撃は全く効いちゃいない! もっと力を入れたらどうだ!」
「な、なんだとぉ!」
勿論ハッタリだ。この短時間で何度も死にかけている。
だが、知能が低いのか、ゾンビ少女はカンザトの思惑通り憤っている。
「くっそぉー! これでも食らえ!」
ゾンビ少女が怒りのままにクナイを射出してきた。
カンザトは長槍を持つ騎士「セタンタ」を発現させ、迎撃する。一本の弾きそこねたクナイが体に傷をつけるが、かすり傷だった。
(やっぱり、これなら何発か当たっても問題ない)
推測していたものが確証に変わった。
ペルソナは各々が別の耐性を持っており、それは物理攻撃にも対応出来る。
この場合は、セタンタが「貫通攻撃」に耐性を持っていたため、クナイのダメージが軽減されたというわけだ。
「なにぃ! 本当に効いてない!」
効いていない訳ではなく軽減してるだけなので、普通に痛いのだが、上手く騙せているようだ。
「だからそう言っただろ! そんな弱っちい道具じゃなくて、ご自慢の拳で殴って来たらどうだ!」
「なにおぉ! それならお望み通りブン殴ってやる!」
さらに煽ると、ゾンビ少女が怒りを露わにして突撃してきた。作戦通りにいきすぎて怖いぐらいだと、カンザトは思った。
カンザトはペルソナをレギオンに切り替え、守りの体勢をとる。
距離を詰めたゾンビ少女が2度、3度と重い拳を叩き込むが、カンザトはペルソナで衝撃を殺す。
正直なところ、怒りによって威力を増した打撃に、今にも体勢が崩れ、倒れてしまいそうだったが、根性で乗り切る。自身の骨が軋む音が聞こえてくるようだった。
「こんなもんか? 全力で来いよ!!!」
攻撃の合間に数歩下がり、さらにヒートアップさせるため挑発する。
「ぐっちゃぐちゃにしてやるぅ!!!!!」
怒り心頭のゾンビ少女は非常に恐ろしいことを言い放ちながら、その場で跳び上がりカンザトに殴りかかった。その顔には、発言とは裏腹に狂気的な笑みを浮かべていた。
彼女は他者の命を奪うことをなんとも思っていない。死生観が人間とは違う。自身が既に亡者なのだから至極当然とも言える。
彼女は命令と欲望に従い動く。「仲間にしてやる」と言っていたのは、共に語らう、共感出来る存在を求めての発言かもしれない。
だが、カンザトはここで死に絶え、喰らわれ、彼女の求める仲間になる気はさらさらなかった。
痩せ我慢して猛攻を耐えきったのも、大見得を切り相手を煽り立てたのも、全てはこの瞬間のため。
「────今だ!!!!!」
カンザトは待っていた。
ただの打撃ではない、大気を震わすほどの、彼女の持ちうる全ての力を込めた究極の一撃を。
カンザトは呼び出す。逆転の可能性を秘めたペルソナ、五芒星を形取る魔神「デカラビア」を。
そして解き放つのは、反撃の魔法。
カンザトの策は単純明快。己の攻撃が意味を成さないなら、より強い格上の、
亡者の拳が迫る。
周囲の空気が嵐の最中のように荒れ狂い、頬を切りつける。
ガキン!!!
少女の全力の拳がカンザトの体に接触する瞬間、壁のようなものに阻まれた。
カンザトが発動したのは、どんな不利な盤面をもひっくり返す、反則級の魔法。堅牢なる戦士を打ち倒す唯一の手段。
『
気力を大幅に消費するため連発は出来ないが、今は無力化が目的なので一発で充分だ。
この魔法壁により衝撃が反射され、相手は自分自身の力で敗北を喫する。
──はずだった。
ピシッ
どこからか、ガラスにヒビが入るような音がした。
音の発生源を確認するよりも先に、強い衝撃がカンザトを襲う。
「がっ……!?」
吹き飛ばされ、地面にうつ伏せで倒れた時、やっと事態を理解した。
魔法壁が、強すぎる衝撃に耐えきれず崩壊した。
実は、魔法壁は万能ではない。その耐久性は、使用者の身体能力や精神力に左右される。
つまるところ、ゾンビの卓越した膂力をカンザトのキャパシティでは抑えきれず、魔法壁は破壊されたのだ。
魔法壁が緩衝材となったため致命傷は避けられたが、これで実質打つ手が無くなってしまった。
「アハハハ! なーんだ、効いてるじゃないかぁ!」
屍鬼は幼子のように無邪気に笑う。
無礼者に仕返し出来たのがよほど嬉しいのだろう。
「お前はムカつくから仲間にしてやらん! ここで殺してやる!」
今度は逃げる隙を与えないために、直ぐにとどめの一撃が放たれる。
(どうする……考えろ……考えろ!)
近距離で振るわれた拳が風を切り、カンザトに迫る。
カンザトが命の終焉を覚悟した時──
突如目の前が真っ暗になった。
これが死か。
案外あっさり訪れるものだなと、諦念と無念の想いが綯い交ぜになっていると……
「いったぁ〜〜! ギリギリかすっちゃった……コイツ馬鹿力すぎるでしょ!」
少女の声が、カンザトの耳に届いた。
この声は、つい最近聴いたような──
「ねぇ大丈夫!? 動ける!?」
視界が晴れると、目の前には墓地の入口で出会った妖怪「多々良小傘」が額に汗を浮かべながら、こちらを心配そうに覗き込んでいた。
暗闇だと思っていたのは、小傘の持っていた傘が視界を覆っていたものだったようだ。
カンザトが周りを見ると、自分が先ほどいた位置から移動していることに気づいた。どうやら、拳が激突するすんでのところで小傘がカンザトを回収したらしい。
「あ、あぁ……なんでここに?」
「忠告したのに貴方が走って行っちゃったからでしょーが! 心配で見に来たのよ! ……って、説明は後でするから! 早く逃げるのよ!」
小傘に手を引かれる。
ゾンビ少女の方を見ると、眉をひそめて不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「仲間を呼ぶとは卑怯なぁー! 正々堂々戦え!」
忌々しげに地団駄を踏むゾンビ少女を見ながら考える。 ゾンビ少女は追撃してくるだろうが、小傘という妖怪の力を借りれば、ここから逃げることは可能かもしれない。
「…………」
唯一の勝ち筋だった魔法壁が破られ、気力はあと一回魔法壁を張れるほどしか残っていない。
万策尽きたのだ。命が惜しいなら、潔く逃げるべきだろう。
──だが、
(まだ、負けてない。まだ、終われない)
たとえ死の淵に立っても、カンザトの記憶を追い求める意志は、死んでいなかった。
折角救われた命を投げ打つ愚行だと理解していても、倒れるのはまだ早いと自分に言い聞かせ、足を突き動す。
カンザトはペルソナ「ナーガ」を顕現し、
魔法壁の強度が足りないなら、補ってやればいい。
相手の筋力を低下させる手もあるが、それでは反射する衝撃が足りず仕留め損ねる可能性がある。
「えっ、なんか出た!? ちょ、ちょっと! 何する気よ!」
小傘の制止する声は耳に届かなかった。
カンザトは数歩前に出て、張り裂けんばかりの大声で叫んだ。
「俺はまだ死んでない! もう一発撃ってこい!!!」
自分でもテンションがおかしくなっているのが分かった。意固地になっているのかもしれない。一度死を覚悟したからだろうか。恐れはとうに消えていた。
ゾンビ少女は驚きに目を見開いた後、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。
「負けず嫌いだなぁ人間……気に入ったぞ! やっぱり今ここで殺して、その血肉を喰らってやる!!!」
屍鬼は拳を握りしめ、全身全霊の一撃を放つため走る。
これが最後の好機。最後の、『
カンザトは二度目の魔法壁を張り……
防御のため身を屈むのではなく、ゾンビ少女に向けて走り出した。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
その行動は、覚悟の表れだったのかもしれない。
必ず自らの手で、失くした記憶を、真実を掴み取るという覚悟。
死した少女の濁った瞳を真っ直ぐ見つめ、彼女の拳に合わせて、自らも右腕を振り上げて拳を放った。
普通に考えれば、激突した自身の腕だけが破壊される完全なる自殺行為。
だが、どうしてだろうか。
死してなお動き続け、魂を持つ彼女の全身全霊に、カンザトはこちらも死力を尽くして答えなければと思った。
言ってしまえばこの闘いはカンザトの都合によるもの。恨みや憎しみによるものではない、カンザトの探究心による闘いだ。それに最後まで付き合ってくれる彼女に敬意を払いたくなったのかもしれない。
言わばこれは、魂のぶつかり合い。
枯葉舞い散る墓地、両者の拳が交差する時──
キーンと、何かが弾かれるような甲高い音が辺りに響いた。
次の瞬間……
グシャッ
動く屍は、強い衝撃と共にバラバラに四散した。
先ほどまで喋り動いていたものが、物言わぬ肉片と成り果て、ボトボトと重量感のある音を出しながら辺りに散乱する。頭も胴体から完全に離れているため、調べるまでもなく即死だろう。
そして、静寂がその場を支配した。
「…………えっ?」
死闘の後とは思えない、実に間の抜けた声が喉から出た。
この惨状を引き起こした張本人は、魔法壁について一つ思い違いをしていた。
魔法壁は受けた衝撃をその場で発生させ、攻撃を加えた者を吹き飛ばす……のではなく、
受けた衝撃を、
つまり、ゾンビ少女は魔法壁に反射された衝撃で、肉体の内側から爆散したのだ。
「うわあああああああああああ!!!??」
そんなことは露知らず、「相手を吹き飛ばして気絶させたら勝ち」程度に考えていたカンザトは大いに取り乱した。
(殺しちゃった!? 俺、逮捕されるのか!?)
「だ、だだだ大丈夫よゾンビだから蘇るわよたぶん!」
後ろで一部始終を見ていた小傘もパニックに陥っている。妖怪が人を襲う事が日常茶飯事である幻想郷の住人でも、スペルカードルールが普及してからは目の前で殺人(?)が行われる場面を目撃することは少ないだろう。
カンザトが、暗く冷たい座敷牢で干からびていく己の姿を想像し青ざめていると……
「おのれ〜〜よくもやったなぁ〜〜」
地面に落ちていた生首がこちらを見て言葉を発した。
「おわあああああああああ!!!!?」
「きゃああああああああああ!!!!??」
なんともホラーな光景に絶叫する人間と妖怪。人ならざる者にも喋る生首はショッキングだったらしい。
「なんだようるさいなー」
「い、生きてるのか? というかそれ、喋れるのか?」
「我は死を超越した不滅の戦士……これぐらい問題ない。動けないけどなー」
「うぅ……私が驚かされる側になるなんて……」
死を超越した戦士は生首のまましたり顔で喋り、何故か小傘は落ち込んでいる。
「それにしても、お前人間のくせに強いな! 驚いたぞ!」
「え? あぁ、ありがとう……」
「そういえば私達はなんで戦ってたんだっけ?」
非日常が日常の幻想郷においても、地面に落ちている生首と普通に会話を繰り広げる状況をシュールだと思う気持ちを無くしてはいけないのだろう。
「あーえっと、聖徳太子様の居場所を聞きたくて……いやその前に、このままだと見た目悪すぎるし治すよ」
もう戦意は無いようなので、カンザトは「プリンシパリティ」を顕現し、
すると、周囲に散らばった肉片が生首に寄り集まってきた。みるみるうちに少女の肉体が形作られていく。
ゾンビ少女に失礼だが、思わず目を背けてしまうグロテスクな光景だ。カンザトは自分がやったのだと理解しつつも、つい目を逸らしてしまった。
蘇生魔法にしたのは特に深い理由はなく、今のゾンビ少女の損傷具合は、常人ならばとうに死んでいるような状態だからである。
「お? おぉーなんかくっついてくるぞ」
ゾンビ少女は黒い瞳をキョロキョロと動かして、修復していく己の体を物珍しそうに見ている。
カンザトは一瞬衣服が心配になったが、よく見ると服も合わせて修復されている。回復魔法が無機物にも効くからなのか、それともゾンビ少女に何かしら術がかかっているからなのか、少し考えたが答えは出なさそうなので、今は単純に便利だから良しと思うことにした。
「ねぇ、さっきから思ってたけど貴方の出してるソレなに? 最近の人間にはそんな技術があるの?」
小傘が恐る恐るといった様子で問いかける。
「ペルソナっていう力なんだ。多分俺だけの能力……かな?」
そういえば考えたことがなかった、とカンザトは思った。もしかしたら自分以外にもペルソナを持つ者がいるかもしれない。外の世界にも、幻想郷にも。
幻想郷の知識人である霊夢は、初めて見たようだったが。
「治った! 礼を言うぞ人間!」
修復は無事完了した。
動く死体である彼女に蘇生の術を使うと、人間として蘇るのでは? という疑問が湧いたが、見る限り特に変わりはないようだった。
「それで、なんだっけ?」
「聖徳太子様の居場所を教えて欲しくて……」
「おぉ太子様か! 太子様はー……」
途中で言葉が止まった。時が止まったかのように表情をそのままに静止している。
「誰だっけ?」
「えぇ……」
ここまで苦労しておいてなんだが、話を聞く相手を間違えたかもしれないとカンザトは思った。
「難しい話は分からーん! そういうのは青娥に聞いてくれぇー!」
「青娥? もしかしてキミを操っている仙人のことか?」
「そうそう、青娥は仙人だ!」
なんだか微妙に話が噛み合わない。
「う、うん。その青娥さんと話せないかな?」
「あー、私は青娥が何処にいるか知らん」
「えぇー……」
頼みの綱はいとも容易く途切れた。
万事休すとはこの事か。
「そんなことよりお前、私の仲間になりたくないか? お前がキョンシーになったら更に強くなれそうだ」
「え、遠慮しとくよ……まだやることあるし」
「ざーんねーん、いつでも仲間募集中だぞー」
そう言いゾンビ少女はケラケラと笑った。
どこまで本気なのか分からないが、やはり1人この墓地にいるのは寂しいのだろうか。
カンザトは彼女の境遇に同情しつつ、その孤独を埋めることは出来そうにないと心の中で謝罪した。
動く屍の少女は、カンザトの強さを認め、仲間になって欲しいようだ……
「!」
我は汝……汝は我……
汝、新たなる絆を見出したり……
絆は即ち、まことを知る一歩なり。
汝、『戦車』のペルソナを生み出せし時、
我ら、更なる力の祝福を与えん……
………………
(どうにか青娥って人と話せないかな……)
カンザトが手がかりを諦めきれず頭を捻っていると、ズキリと腕が傷んだ。
自分も傷を負っていたことを思い出し、プリンシパリティの
「え、あれ? なんか私も治ってる?」
どうやら小傘の持っていた傘も修復されたようだった。やはり回復魔法は無機物にも適用されるのだなとカンザトは勝手に納得したが、小傘の持つ傘は小傘自身でもあるため、やはり謎のままである。
「多々良さん、さっきは助けてくれてありがとう。あと……迷惑かけてごめん」
「なんでコイツと戦ってたか知らないけど、今度から無謀な行動は止めなさいよ!戦う手段は持ってるみたいだけど、相手は選ぶべきね」
「うん、今度から気をつける……よ……」
返事をしようとしたカンザトだったが、体から一気に力が抜けて背中から倒れてしまった。
すでに気力が底を尽きていた。
「えぇぇぇ!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」
「なんだ、やっぱり私の勝ちか? ワハハ!噛むチャーンス!」
「ギャー! やめなさ────い!!!」
(クソ……体が動かない……)
少女達の姦しい声が遠くなっていき……
死闘に勝利したペルソナ使いの青年は、無念の想いを抱きながら薄れゆく意識を手放した。
レギオンが突然妹属性に目覚めた訳では無いです。
呼び出すペルソナについてですが、この話では基本的にP3(P3P、P3R)のペルソナを出します。ただし、展開によっては今回のようにP4、P5のペルソナを出すことがあります(今回はP5のデカラビア)。本来ならまだP3デカラビアはレベル的に出せません。
●解放されたコミュ
『戦車』宮古 芳香:ランク1
ペルソナ〜トリニティ・ソウル〜は
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全話視聴済
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途中まで視聴
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未視聴
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存在を知らない