艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
少し長いお話になりますが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
西の水平線上に日が傾いて行く海上を、一八隻に上る艦艇が二つの輪形陣を組んで進んでいた。
右翼の輪形陣にはスキージャンプ勾配を艦首に備えた大型空母が一隻、左翼の輪形陣には全長二五〇メートルにも及ぶ巨大な艦体を有した大型巡洋艦が一隻布陣し、その周囲を駆逐艦やフリゲート、イージス艦が固めている。
艦尾にオレンジの旗の左上に黄色の記事で描かれた鹿をあしらったユークトバニア連邦共和国海軍の軍艦旗をはためかせて進む一八隻の艦隊の前に、六隻の小規模な艦隊が姿を現した。
輪形陣を組むその小規模な艦隊の中央に大型の航空母艦一隻、その周りを囲う様に四隻の駆逐艦、後ろには補助艦艇が一隻と言う空母打撃群と呼ぶには些か寂しい戦力の艦隊だった。それら六隻の艦隊には上半分が白地、下半分が青地、そして中央に六つの星を描いたオーシア連邦の軍艦旗が翻っていた。
(敵だ……)
「彼女」の意識は目の前に展開する一八隻の大艦隊を見て、その威風堂々たる陣容に息を呑む。今、オーシアとユークトバニアは共に国家元首を欠いた状態で血みどろの戦争を繰り広げていた。此処から西へ数百キロ行った先のベルーサ大陸のユークトバニア本土では上陸したオーシア軍と、本土防衛戦に当たるユークトバニア軍との間で激しい地上戦、航空戦が日々繰り返されている。オーシア軍はユークトバニア首都防衛のクルイーク要塞を陥落させた後、ユークトバニア首都シーニグラードの手前でユークトバニア軍の猛烈な抵抗を受けて進撃を阻止されていた。
そんな戦時下にある両国の海軍だ。当然ながら敵対関係にある。だが、「彼女」の意識が凝視する眼前のユークトバニア艦隊の中には、かつてオーシアとユークトバニアが友好国だった頃、共に艦隊運動の演習を組んだ仲である艦が何隻もいた。敵として討つには余りにも心苦しい。
そんな「彼女」の意志に反して、戦闘配置を命じる警報が艦内に鳴り響き、艦橋から当直士官が艦内のマイクを介して全乗員に戦闘配置を命じた。
「総員戦闘配置! 前方にユーク艦隊」
「敵艦隊一八隻。本艦隊の進路を塞ぐ形で布陣しています!」
CDCでレーダースコープを覗き込むオペレーターが緊迫した雰囲気に包まれるCDCと艦橋にユークことユークトバニアの艦隊の規模、布陣状況を知らせる。圧倒的な戦力差だ、真正面から戦って勝てる相手と言える戦力差ではない。「彼女」から見て左側、ユークトバニア艦隊の輪形陣で言うと右翼に居る空母、「アドミラル・ツァネフ」の艦載機搭載数は戦闘機だけでも六〇機を数える。今の「彼女」の艦内には精鋭中の精鋭と言えど四機分しか戦闘機パイロットがいない。
ユークトバニア艦隊の方でも戦闘配置を命じるのが分かる。旗艦は大型の重原子力ミサイル巡洋艦。かつて「彼女」とは共に艦隊運動演習を行った事もある仲の巡洋艦だ。
旗艦を凝視する「彼女」に、その旗艦に宿る「彼女」も無言で見つめ返して来る。
戦闘開始は避けられないだろうと思われた時、「彼女」の艦橋上でマイクを取った一人の小男が弁舌とリーダーシップ溢れる声でユークトバニア艦隊の通信周波数に合わせた回線で呼びかけた。
≪ユーク艦隊の諸君。私は君達を代表する国家首相ニカノールだ。この……≫
セリョージャ・ヴィクトロビッチ・ニカノール首相はそこまで言って、ふと自身が今乗る空母の名を確認する様に傍らに立つ艦長に一言尋ねる。
「『ケストレル』か?」
その問いに空母「ケストレル」艦長、ニコラス・アンダーセン大佐と「ケストレル」の船魂は同時に答えた。
「イエス・ケストレル」
自分が今座乗している空母の名前を確認したニカノール首相は、再度呼びかけの文言を口にし始める。
「オーシア空母、『ケストレル』の艦上にいる。我がユークトバニアとオーシアの間に友情を取り戻す為だ。我々は再び……」
一触即発の状態であるオーシア艦隊、正確にはケストレル艦隊と言われる空母機動部隊と自身の母国であり国家元首を務めるユークトバニアの海軍艦隊との無意味で無駄な戦闘を避けるべく、戦闘の停止を呼びかけようと回線を開くようアンダーセン艦長に頼んだのだ。老獪で思慮深く、熟達したアンダーセン艦長は快諾し、船務士に戦前にユークトバニアと共有した周波数を用いて回線を開かせていた。
無益な戦闘は避けるべき、この第三者の掌で踊らされているだけの茶番劇の様な戦争は今すぐにでも止めるべき。ケストレル自身もニカノールやアンダーセン艦長と同じ思いであった。本来友好国である筈のオーシア、ユークトバニアが戦争状態に陥ったのは、両国が互いに憎しみを募らせて自ら始めた戦争ではない。
しかし、そのニカノール首相の戦闘の中止を呼びかけようとする無線を遮る様に、ノイズが走り、ユークトバニア艦隊旗艦「ウミェールイ」に座乗する艦隊司令官が憎しみを湛えた眼で前方の空母「ケストレル」を中心とするオーシア艦隊を見据えながら手に持つマイクに吹き込んだ。
「艦隊各艦に告ぐ。ユークトバニアとオーシアの間には憎悪しか存在しない。
元首ニカノールは敵に付いた。
これを敵と認め、敵艦諸共海中へ没せしめよ!」
明らかな敵対宣言。その言葉に艦長や副長、それに「ウミェールイ」本人と言える船魂も驚愕の眼を見開いて艦隊司令官を見る。だが艦隊参謀も含めてユークトバニア艦隊司令部の司令部要員は全員、オーシアとの好戦派と言える程にオーシアへの敵対感情に染まっていた。
国家元首ニカノールの呼びかけと艦隊司令官の命令に、艦隊全体に動揺が広がる。そんな中、艦隊司令官の命令に躊躇う事無く従う二隻の駆逐艦、「ボイキイ」と「スヴァボドヌイ」が主砲と対艦ミサイルの射撃管制装置をオンラインにして、射撃管制レーダーのレーダー波をオーシア艦隊に照射し始めた。
その時、旗艦「ウミェールイ」を守る輪形陣の左翼に布陣しているフリゲートの「ピトムニク」が陣形を崩して最大速度で加速しつつ、艦隊の前方に割り込み始めた。無線が開かれ、「ピトムニク」の艦長が艦隊司令官に懇願する。
「しかし、司令官! 仮にも元首のお言葉です! 我々だって理不尽な戦いは御免なのです。戦闘の停止を!」
ユークトバニア艦隊の進路を完全に塞ぐ形で展開する「ピトムニク」の呼びかけは艦隊全艦にも聞こえていた。更に艦隊全体に動揺が広がり始める。
(そうよ、無益な戦いはするべきでは無いわ。提督、戦闘の中止を。今からなら……)
縋る様な視線をウミェールイの船魂が艦隊司令官の方へ向ける。「ピトムニク」はその身を持って意味のない戦いが起きるのを止めさせようとしている。
だが、オーシア憎しの感情に支配されている艦隊司令官から、冷酷な命令が下された。
「我に従う艦は、艦隊の前を邪魔するフリゲート艦『ピトムニク』を撃沈せよ」
その命令に、艦隊司令官や艦隊司令部要員と同じ乗員諸共好戦派思想に染まっている「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻の主砲が、艦隊の進路を塞ぐ様に布陣する「ピトムニク」に向けられた。一三〇ミリ連装主砲二基の砲口が、満載排水量三五七五トンの小柄なフリゲートへ指向される。
(提督!? ボイキイ、スヴァボドヌイ!? 止めて下さい!)
ウミェールイの絶叫に近い声が叫ばれるが、船魂の彼女の声は、艦隊司令官は愚か彼女の艦長や水兵にも届かない。同じ船魂のボイキイとスヴァボドヌイはウミェールイの叫びに耳を貸す様子すらない。
そして、
「撃ち方始め!」
艦隊司令官の情け容赦の無い攻撃命令が発せられ、「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻が、味方艦である筈の「ピトムニク」へ躊躇いなく砲撃を開始した。
距離は艦砲射撃を行う距離で言えば目の前と言っても過言ではない。外し様の無い砲撃だった。
爆発音。直撃を受けた兵装が誘爆する轟音、そして艦体が軋み、悲鳴を上げる音が海上に鳴り響く。「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻から砲撃を浴びた「ピトムニク」が、直撃弾によって被った致命傷によって火災と猛煙に包まれ、急激な浸水によって沈み始める。
(ああ、何て事を……)
もし肉体があれば全力で艦隊司令官を殴り倒していただろう。愚行を命じた艦隊司令官、それにボイキイ、スヴァボドヌイの二人に対して止めさせる事が出来なかったウミェールイは悲しみの余り、炎上しながら沈没していく「ピトムニク」の惨状を直視出来なかった。小柄なフリゲートに乗り込む二〇〇名弱の乗員達が乗艦事、海の藻屑となって行く。
罪。
味方艦殺しの命令を発した艦隊旗艦と言う罪の意識にウミェールイが苛まれ、艦長も顔面蒼白に波間に消えてゆく「ピトムニク」を見つめていると、突如「ウミェールイ」を囲う輪形陣の右翼の端に位置する駆逐艦の艦長が名乗りを上げた。
「こちら、栄えあるユークトバニア海軍ミサイル駆逐艦『グムラク』。同僚の撃沈を命じる艦隊司令官とは行動を共にできない!」
それはミサイル駆逐艦「グムラク」の明瞭な艦隊からの造反、離反の意志を示す宣言であった。だが、その離反は本来あるべき、そして取るべき行動の信念に基づいたものであった。
最大戦速で艦隊から離脱を開始する「グムラク」の艦長が続けて、ユークトバニア艦隊全艦に向けて通達した。
「我々はニカノール首相を守る! 同意する艦は我に従え」
こんな行い、間違っている。正しい選択をするべきだ、その意志あるものは続け、そう告げる「グムラク」に、行動を持って賛同の意を示す感が四隻現れた。ミサイル駆逐艦の「チゥーダ」「ドゥープ」「ブードゥシシイ」「ブイストルイ」の四隻だった。
「グムラク」を始めとする五隻の駆逐艦は艦尾の主砲をかつての同僚たちに威嚇目的に向けて、最大速力で艦隊から離反し、離脱していく。その行く先は当然ながらユークトバニアの国家元首ニカノール首相が座乗するオーシア空母「ケストレル」だった。
五隻もの離反艦の出現に艦隊司令官は崩さぬ冷酷な口調でマイクに向かって、最後通告の如く叫ぶ。
「旗艦に従わぬ艦は攻撃する!」
(グムラク、チゥーダ、ドゥープ、ブードゥシシイ、ブイストルイ、あなた達の行動は正しいわ。あるべき行動を示している)
ウミェールイは離反していく五隻の艦の背を見つめ、その勇気ある行動に賞賛と敬意の念を持って見送った。艦隊司令官の指示など、彼女にとっては知った事ではない。この際、船魂ならではの特性を使って、自身のウェポンシステムに意図的な不調を起こして、離反する彼らを攻撃できないようにするか、とも考えていた。
艦隊司令官に賛同する「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻は、弾薬庫に少しだけセットされていた即応弾を「ピトムニク」相手に使いきってしまった為、離反していく「グムラク」達へ追撃を仕掛ける事が出来なかった。攻撃を命じる「ウミェールイ」は、離反する五隻のとの距離が近すぎて、前部甲板にある対艦ミサイルが発射出来なかった。砲撃においては至近距離であったが、対艦ミサイルを発射するには余りにも距離が近すぎる。
その他の艦艇達は行動を決めかねていた。だが駆逐艦「チージ」「ツァープリャ」「シニーツァ」は混乱しつつも艦隊司令官の攻撃命令に従う兆候を見せ始めていた。同様にフリゲートの「ザーフトラ」「グラナート」も艦隊司令官の意志に従う素振りを見せ始める。
一方、肝心な空母「アドミラル・ツァネフ」とその直掩艦のイージス艦「カニェーク」など一部の艦は離反には至らずとも中立の姿勢か、未だに意志を決めかねて乗員内で揉めていた。
離反の意志を見せ、合流の動きを見せて来る五隻のユークトバニア艦を含めて、FCレーダー照射を察知した「ケストレル」艦長のアンダーセン艦長は、速やかに「ケストレル」が取るべき行動を発令した。
「勇気ある彼らを守れ、戦闘機発進!」
マイクに吹き込んだ後、彼は傍らのニカノール首相に向き直った。
「元首、貴方は艦を発って下さい」
「しかし……」
アンダーセン艦長の進言にニカノール首相は難色を示した。自分がこの空母に居れば、大半のユークトバニア艦は攻撃を躊躇うだろうと言う思いが彼の中にあったからだ。
そんな目線も年齢も下のニカノール首相にアンダーセン艦長は自身の策を語った。
「我々の大統領の下へ。そしてお二人が手を取り合っている姿をテレビ放送に載せ、世界中に示すのです」
アンダーセン艦長の策は理に適っていた。今この場を鎮めるのはユークトバニア艦の一部の行動を見るもう無理だ。だが、ユークトバニアの最高元首のニカノール首相を同じ和平派であり、戦争当事国であるオーシア連邦の大統領ハーリングの元に向かわせ、共同で戦争の終結宣言を全世界に発信し、同時にこの戦争の裏に隠された真実と陰謀を全て白日の下へ曝け出せば、オーシアとユークトバニアの両軍将兵の多くが、自分達が間違った戦争に駆り出されていた事を知り、大局的な戦闘の、戦争そのものの終結に繋がるのだと。
「分かった」
意思を汲み取ったニカノール首相は、行動を共にする「少佐」または「謎の女一号」を自称するナスターシャ・ヴァシーリエブナ・オベルタス陸軍少佐と共に艦橋を出た。
(頼みましたよ、ニカノール首相閣下)
ケストレルも背の高いオベルタス少佐を伴って急ぎ足で艦橋を降りて行くニカノール首相の小男なのに大きく見える背中を見送りながら、希望を託すように見送った。
ニカノール首相が艦橋を出た後、アンダーセン艦長はオベルタス少佐の元恋人でオーシア空軍大尉ジャック・バートレットに、この「ケストレル」にまで幽閉されていたニカノール首相を救出して運んで来た輸送機の準備を命じた。
「バートレット大尉、首相閣下を任せるよ」
「了解です、アンダーセン艦長。きっちりオーレッドまでお届けして見せまさあ!」
口調は荒くれ者染みているが、部下の面倒見においてこれ程理想的な上司は居ないと言える自称「万年大尉」の男が、格納庫のデッキクルーを招集して直ちに発艦準備に入る。ユークトバニア艦隊の好戦派艦艇がもたもたしている間に発艦しなければ、即座にカタパルトで射出された直後に艦対空ミサイルや対空砲弾の餌食だ。
(首相閣下と『彼ら』の発艦が終わるまで、攻撃圏外に居なければ……)
そう留意するケストレルは、前方で三手に分かれている状態のユークトバニア艦隊の姿を見て、冷静に状況を確認していた。
程なくして、カタパルトの作動音と共にニカノール首相を載せた輸送機が発艦し、続いてケストレルが「彼ら」と呼ぶ黒く塗られた四機のF-14がカタパルトで射出された。御伽話「姫君の青い鳩」に登場する「ラーズグリーズの悪魔」が部隊の名前の由来となっているラーズグリーズ隊の四機だ。ありったけの対艦装備と空対空装備を積んだF-14が発艦した後、アンダーセン艦長はオペレーターに命じて一枚のレコードを敵味方共通のオープンチャンネルで流す様命じた。
「今、我々に味方する心が現れた。勇気ある彼らを守れ! 戦闘開始! 我々は孤独ではない!」
全艦隊に通達するアンダーセン艦長と共にケストレルはセレス海で始まった艦隊戦を見つめた。
好戦派を主導する「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻が戦闘態勢を整え、対艦ミサイルを離反艦に向けて発射する。それに対してラーズグリーズ隊が低空へ舞い降りるや、瞬く間に対艦ミサイルを撃破する。
艦隊戦が勃発し、戦闘の火蓋が切られるセレス海に、突如一つの音楽が流れ始めた。
『The journey begin, Starts form within. Things that I need to know. (旅立ちは自分の内から始まる。答えを求める事から)』
(ああ、この曲を艦長は流すのね)
ケストレルは美しいメロディ、女性の歌声を聞きながら、一か月ほど前、反戦のスタジアムでも流された曲を聞きながら、想った。
『The song of the bird. Echoed in words. Flying for the need to fly. (鳥の歌声が問いかける。ただ飛ぶために飛び続けるのかと)』
(この曲は……)
オープンチャンネルで聞こえて来るレコードの歌声にウミェールイは、混乱する艦橋内で一人、スピーカーから流れて来る曲に耳を傾けていた。艦橋では遂に艦隊司令官と艦長が意見の衝突を起こし、副長や艦の首脳、艦の乗員の半分は艦長に、艦隊司令部要員と艦の乗員の半分は艦隊司令官に追従し、巡洋艦「ウミェールイ」は艦内で内紛状態に陥って戦闘どころでは無くなっていた。
ニカノール首相の意志に沿うべきであると主張する艦長と、オーシアは敵だ、それに味方するなら国家元首とて許されない、と主張する艦隊司令官が真っ向から激突する中、艦隊内の通信の主導権を奪った通信参謀が全艦に「ケストレル」艦隊及び離反艦への再度の攻撃命令を発令した。
これに「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻を始め、艦隊旗艦の指示に追従寄りの姿勢を見せていた各艦が消極的ながら攻撃を開始した。だが、積極的な攻撃を行ったのは「ボイキイ」「スヴァボドヌイ」の二隻だけで、他は実に消極的かつ散発的な姿勢を見せた。
オーシア艦隊と、四機の黒いF-14は防空戦闘を行いつつ、対艦攻撃にも移行し始める。「016」の番号を機首に書き込んだ黒いF-14が放った対艦ミサイルが「スヴァボドヌイ」に突き刺さり、紅蓮の火焔を噴き上げた。
戦闘が繰り広げられる中、オープンチャンネルで流される歌は遮られる事なく流れ続ける。
『Thoughts endless in flight. Day turns to night. Questions you ask your soul. (無尽の想いを抱き、朝も夜も飛び続ける。私の心に問いかけながら)』
ウミェールイは歌の通り、自らの心に、そして戦闘を命じる艦隊司令官の心に問いかける。何故戦おうとするのですか、と。
禍根等ない筈の友達に、何故矛の先を向けるのか。
止めましょうこんな行いは。それを隷下の艦隊にも命じるのです。戦闘は始まってしまったが、「ケストレル」は今すぐにでも戦闘を止めれば、撃つ引き金から指を放してくれるだろう。上の四機のラーズグリーズの亡霊もきっと……。
最早無様にも攻撃命令を下す艦隊司令官に憐憫を湛えた視線を向けながら、ウミェールイは夕刻の海で繰り広げられる艦隊戦を見つめた。
『Which way do I go? How fast is too slow? The journey has its time then end. (どこへ向かうのか? いつ辿り着くのか? この旅の終わりは、きっと訪れる)』
そう長い旅もいつかは終わりが訪れる。求めた目的の先に終着はある。その終着まであと少しだ。
ケストレルはそう思いながら、その終着までに流される流血の事を思い胸が痛む。と同時にその思いに不思議な気持ちにもなった。自分は実態を持たない船魂の筈だ。なのに人間と同じように悲しむ心を持ち、争いを忌む怒りを持っている。ただの軍艦に宿った船魂と言う意思の結晶でしかないのに。
ラーズグリーズ隊と、「ケストレル」の周囲を囲む護衛の駆逐艦の対艦攻撃が続く。前衛を担う二隻の駆逐艦「フィンチ」と「コーモラント」から対艦ミサイルが発射され、敵対の意志を見せるユークトバニア艦艇へブースターの煌めきと噴煙を夕焼けの空に引きながら飛ばしていく。後衛の駆逐艦「トロゴン」「ティナモウ」は、「ケストレル」と「ケストレル」艦隊の影の功労者と言える通信情報艦「アンドロメダ」を守らんと防空体制を維持する。
さらに離反したユークトバニア艦五隻も、「ケストレル」艦隊に加わるや、即座に反転し、つい数十分前まで味方だった敵対ユークトバニア艦に対して、砲火を開いた。
≪厄介なのは『ボイキイ』だ、優先的に攻撃しろ≫
≪こちら『グムラク』、攻撃を開始する。目標『ザーフトラ』!≫
なし崩し的に「ケストレル」艦隊への攻撃に移った他のユークトバニア艦に対しても、対艦ミサイルが発射され、空母「アドミラル・ツァネフ」が瞬く間に飛行甲板に被弾して発着艦機能を喪い、イージス艦「カニェーク」もおたおたしてい内に離反ユークトバニア艦からの砲撃を受けて全ての兵装が破壊されて戦闘不能に陥る。
そんな中、「ウミェールイ」のCICを制圧した好戦派乗員が対艦ミサイルの照準を「ケストレル」に向けた。
(対艦ミサイル発射シークエンス! ケストレル、聞こえる!? 私から対艦ミサイルが発射されるわ! 阻止して!)
CICで血走った目で、コンソールを操作して「ケストレル」をロックオンし、射撃グリップのトリガーを引く乗員の姿を見たウミェールイが、ケストレルに向かって叫ぶ。届くかは分からないが、想いだけでも届けと念じる彼女が目を瞑った時、前甲板のVLSのハッチが開いた。
直後、「016」の番号を機首に書き込んだF-14が、素早く無駄の無い接近を「ウミェールイ」に仕掛けた。レーダーで捕捉した好戦派乗員が即座に探知したF-14に対してCIWSによる弾幕でその接近を阻もうとする。一手遅かった。
機体番号「016」のF-14が放ったミサイルが、発射寸前の対艦ミサイルVLS群に直撃し、弾頭の信管を作動させた。
艦橋で揉めていた艦隊司令官一派と艦長一派関係なく、VLS上で炸裂した大爆発の衝撃波が窓ガラスを突き破って流れ込み、その場にいた全員が壁へと打ち付けられた。次いでVLSの誘爆の炎が艦橋内に吹き込み、艦隊司令官も艦長も、皆その炎の中に消えた。
ウミェールイが目を覚ました時、艦橋内は破壊し尽くされ、窓があったところには巨大な破孔が出来ていた。全身に渡って激痛が走る中、艦橋内を見渡すと、先程まで激しく争っていた艦隊司令官も艦長も、参謀達も水兵も皆、床に倒れ伏し、あるいは健在な壁に寄りかかって、血まみれになって死んでいた。爆風、炎、そして誘爆したVLSのミサイルや粉砕された艦橋前面の構造物の破片が音速を超える勢いで激突したのだ。即死だったのだろう、死屍累々とかした艦橋で一人痛みを堪えながらウミェールイは、今はもう只の肉片と成り果てている艦長と副長に視線を向け、痛まれず逸らした。
彼女が破壊し尽くされた艦橋内から破孔へと歩み寄ると、空にはF-14四機が、力強いエンジンの音を響かせ、尚も抵抗するユークトバニア艦を攻撃していた。
水平線の向こうに更にオーシア艦隊の姿が見えて来る。「ケストレル」の同型艦の空母一隻、イージス巡洋艦一隻、巡洋艦一隻、駆逐艦一隻、フリゲート二隻と言うオーシア海軍の空母打撃群だ。艦番号からして「バーベット」率いる艦隊だろう。
「ケストレル」の窮状を聞いて救助にはせ参じたのだろう、と思っていたウミェールイの見る中で、突如「バーベット」空母打撃群は、味方である筈の「ケストレル」艦隊に対して攻撃を開始した。上空の四機の黒いF-14も、敵対の意志を積極的に見せないユークトバニア艦を放置して、敵対の意志を見せるオーシア艦隊への攻撃に移っていた。
オーシア、ユークトバニア、両国和平の象徴であるオーシア海軍空母「ケストレル」を守らんと、四隻のオーシア駆逐艦と五隻のユークトバニア駆逐艦が、敵となったオーシア海軍の「バーベット」空母打撃群から放たれた対艦ミサイルに対して対空砲火を張る。発射された艦対空ミサイルが艦対艦ミサイルを撃墜し、主砲の砲弾が互いの敵艦と定めた目標の傍に水柱を突き立てる。
戦うべき相手が誰なのか、今になっても分からない相手が居るのか。そう理解したウミェールイは悲しみを覚えると同時に、それが人なのかもしれない、と言う一種の諦観も覚えていた。
ではどうすれば人は争わなくていいのだろうか。退艦命令も出る事が無く、出す者もいないまま、致命傷を負った巡洋艦「ウミェールイ」の艦体が徐々に前のめりに沈んでいく中、破壊された艦橋の中でウミェールイは一人考えていた。
その時、ふとウミェールイは真っ先に沈められた「ピトムニク」の事を思い出した。彼女と彼女の乗員達は相手を信じて、自らの行動を起こした。その信じる力に共感した「グムラク」らが勇気ある行動を取った。
世界を変えるのは、人を信じる力なのかも知れない。信じあえば人と人との憎悪も無くなる。今のユークトバニアとオーシアとの戦争だって、防げたはずだ。そう、そんな簡単な事も出来ないのが人なのだ。
艦体が軋む音を上げながら、「ウミェールイ」の燃え盛り紅蓮の炎と黒煙に覆い隠されている艦首が、流れ込む海水とせめぎ合って白い水蒸気を噴き上げる。
(ケストレル、最期に貴女と会う事が出来て、私は光栄だったわ。軍艦として、貴女に討たれるのもまた本望。
どうか、この無益な戦争を終わらせる為に、最後まで貴女の健闘を祈るわ)
黒煙の向こうで辛うじて堂々たる姿を見せる航空母艦「ケストレル」の威容を見つめながら、ユークトバニア海軍巡洋艦ウミェールイの船魂は最後の別れの敬礼を送った。
美しい艦だ、気高く、そして……。
そう思った時、未だ火災が続く艦首VLSの火災が誘爆していなかったミサイル群を誘爆させ、最後の大爆発を起こした。既に被弾時の誘爆で酷く痛めつけられていた「ウミェールイ」の艦体は、その二度目の誘爆で限界点を突破した。キールの破断する轟音と共に、「ウミェールイ」の艦体が真っ二つに折れて、艦首と艦尾が高々と持ち上がった。
さようなら、ケストレル。皆……私は地獄に行くわ……。
沈みゆく重原子力ミサイル巡洋艦「ウミェールイ」と共に、船魂ウミェールイは先に逝った「ピトムニク」や環太平洋戦争中、セレス海で撃沈された多くのユークトバニア艦の後を追う様に、セレス海の海底三〇〇メートルの水底へ沈んで行った。
排水量二万四〇〇〇トン程の巨艦が沈んだ後には、少数の艤装の破片や装備品がセレス海の海面を漂い、火元を絶たれた黒煙の残りが墓標の跡を記した。
二〇〇五年一二月二九日一七時四〇分。敵対するオーシア艦隊とユークトバニア艦隊を制した空母「ケストレル」から勝利宣言が発せられ、この日セレス海海戦こと、グローリーホーン作戦は「ケストレル」艦隊の勝利に終わった。
(これを勝利と呼んでいいのかしら……)
敵対する艦艇を全て撃沈し、勝利宣言が成される中、ケストレルは一人その疑念に駆られていた。
確かに「バーベット」は自身の呼びかけを無視して隷下の艦隊と共に容赦なく「ケストレル」艦隊に襲い掛かった。故に「ケストレル」艦隊に自己防衛の範疇で撃沈されても文句は言えないだろう。
だが、矛を交える前に、話し合って分かり合う事だって出来たのではないか。本当に流すべき流血では無かったはずだ。
虚しい、実に虚しい。そう呟きながらケストレルは悲しみを湛えた眼で日が暮れたセレス海を眺めた。
今この場にいる艦隊はセレス海海戦と後世に語りがれるであろう海戦を生き延びたオーシア艦とユーク艦、計一一隻の混成艦隊から成っていた。艦隊運動演習もそこそこと言う急増の艦隊なだけに、オーシア艦とユーク艦を混ぜた編成にする事は危険とされ、離反して合流して来た五隻の駆逐艦は少し離れたところで複縦陣を組んで随行し、「ケストレル」艦隊は輪形陣を組んだままその隣を進むと言う事になった。
翌日、「ケストレル」艦隊はセレス海を東へ進んでいた。
昨日の海戦の混乱から立て直した艦隊は、年末の今日と明日にかけて実行される事になるであろう、最終決戦となる作戦に向けて北オーシア大陸本土へ向けて進撃していた。
(最後の戦いね……)
この戦争の終結を掴む為の最後の航空作戦となるであろう、と言う事をケストレルは艦橋に佇み、曇空に覆われたセレス海を眺めながら最終決戦へ思いを馳せた。
「視界が悪いな……」
双眼鏡を手に当直にあたる当直士官や航海長が双眼鏡を下ろして、さっきから同じ事ばかり呟いていた。艦隊の全艦を眺める事は出来る程度の視界はあるが、水平線の上を見渡せる程の視界は無い。曇空による視界不良は思っていた以上に深刻の要だ。
とは言え、ここまで来ればもう敵らしい敵は居ないのではないか? と言う安心感に似た思いが「ケストレル」艦隊に漂っていた。ユークの原子力潜水艦や通常動力潜水艦の音紋データを持つユーク離反艦たちの対潜警戒でユークトバニアの潜水艦は接近すれば即座に探知されるし、オーシア海軍は太平洋における海域優勢を確立して、ユークトバニアの艦隊戦力の大半を本土及びその沿岸部に押し込めているから、こんなところで油を売っているオーシアの原子力潜水艦は居る訳がない。
そろそろブリーフィングルームでラーズグリーズ隊の四人がブリーフィングを受けて、作戦開始の準備が行われる頃だ、とケストレルは艦橋の時計を見て最後の航空出撃が間近に迫っている事を悟る。ケストレルもまともに周囲を見れない艦橋からCDCに移動した。
海域は静かだった。随伴艦の機関音、風の音、波の音以外、音らしい音は無いと言える。
ケストレルは昨日の海戦で沈んだ数多の艦艇達の事を想っていた。昨日戦った艦達。オーシアもユークトバニアも関係ない、彼女達とその乗員達と共に海を征く事が出来たら、どんなにか素晴らしい事だったろうか。
「海面に飛翔体の出現を確認! これは……対艦ミサイルです!」
「何だと!?」
CDCでレーダーディスプレイを見ていたレーダー士が叫び、副長が大きな声を上げて、コーヒーカップをひっくり返した。
ドーン、と言う轟音を響かせて海上に「ケストレル」の艦体すら震わせる大爆発が走る。
「『グムラク』と『フィンチ』が!」
悲鳴の様な乗員の叫び声。昨日、自らの意思を示し、国家元首に対する忠義と勇気を貫いた栄えあるユークトバニア海軍のミサイル駆逐艦「グムラク」と、いつどんな時も「ケストレル」の傍にあり続け、その随伴護衛艦としての任を全うし続けてきた歴戦の駆逐艦「フィンチ」の二隻が、真っ黒な黒煙に包まれていた。「グムラク」は艦首のソーナードームと艦尾のスクリュープロペラが海水を滴らせながら持ち上がっていく。「フィンチ」は急激に右舷へと傾き、マストが轟音を立てて海面を叩き割る様に水飛沫を高々と上げて横転した。
二隻の駆逐艦から乗組員が脱出する様子は無かった。沈む速度が速過ぎて脱出出来ないのだ。
突然の暗殺者の手で二隻の駆逐艦が、余りにも呆気ない最期を遂げた事に嘆いている暇は無かった。
「グムラク」と「フィンチ」が轟沈した事で、「ケストレル」を防衛する防衛網に穴が開いた。そこをつく様に、一発のミサイルが空母「ケストレル」の右舷側の舷側に突き刺さった。
直後、ケストレルは凄まじい激震と、身体の右全身に走る痛みを覚えた。艦内に警報が鳴り響き、乗員達の怒号と駆けまわる足音が艦内に響き渡る。
吹き飛びかけたコンソールにしがみ付いていたレーダー士が新たなミサイルを検知する。
「ミサイル、第二波検知! ミサイルは潜水艦発射型と断定」
「バンパイア、バンパイア、バンパイア、対空戦闘! CIWS、コントロールオープン!」
戦術行動士官が叫び、「ケストレル」の右舷スポンソンに設置されているCIWSが右舷側から飛来するミサイルに対して、迎撃を開始する。ガトリング機関砲の砲身の回転音と、毎分数千発に及ぶ猛牛の唸り声の様な発射音が鳴り響き、徹甲弾がミサイルの方へと無数に吐き出される。
「対艦ミサイル、第二波接近! 弾着まで一〇秒」
「弾幕を展開しろ!」
戦術行動士官が叫び、副長がCIWSによる弾幕を張る様指示する。八連装短距離艦対空ミサイル発射機は迎撃が間に合わないと言う事で沈黙したままだった。
しかし、ミサイルを検地出来た距離が近すぎ、「ケストレル」に有効な迎撃を行わせる時間が無かった。
「駄目です! 衝撃に備えて下さい!」
絶望的な戦術行動士官の叫び声がCDCで上がり、乗員達が衝撃に備える。アンダーセン艦長は一人、顔を俯けた。
CIWSは最後まで抵抗をした。弾切れになってもなおその銃口はミサイルを追尾していた。
対艦ミサイルの二発目は、右舷第二エレベーター付近に直撃した。一発目は艦橋の直下のやや後部、二発目は艦橋を挟んだ前部と言う形で命中した。
凄まじい爆発音と衝撃がケストレルを再び襲う。苦悶の声を漏らして身をよじる彼女に、被害報告をする乗員の声が聞こえて来る。
「右舷に浸水! ダメコン急げ!」
「敵潜水艦からのミサイル二発命中! 艦が傾斜します!」
この時、命中したのは只の対艦ミサイルでは無かった。所謂空母キラーと呼ばれる大型の潜水艦発射型対艦ミサイルだった。空母「ケストレル」は一〇万トン程もある大型空母だ。普通なら対艦ミサイルの二発程度で致命傷になる様な脆い艦ではない。重厚なバルジと装甲帯に守られた堅牢な艦だ。
だが先日の海戦で多数の砲弾、ミサイルの至近弾によって累積した見えないダメージが、空母キラーである対艦ミサイル二発の命中によって、解き放たれた様に一気に「ケストレル」の右舷側にダメージを広げていった。分厚いバルジや装甲帯に亀裂が走り、そこから大量の海水が「ケストレル」の右舷第三、第四甲板に雪崩れ込み始める。
「彼らを発進させろ!」
空母「ケストレル」が右舷への浸水による傾斜によって発艦機能を喪う前に、ラーズグリーズ隊の四機を射出しなければならない。そう結論づけたアンダーセン艦長はいつになく反論を許さない声で命じた。
「駄目です! 傾斜してゆきます、艦が沈みます!」
副長が震える声で言葉通り傾き始めるCDCのコンソールの端を掴んで身を支えながら言う。ダメコンは既に行われているが、浸水速度が対応能力を上回っている。当然だ。元はと言えばカーウィン島で艦載機の大半を喪失して以来補充機も無く、人員も他艦艇へ引き抜かれて、運航に必要最低限の人員しか残っていなかったのだ。当然ながらダメージコントロール要員も相当数引き抜かれていた。
もし他の艦艇へ人員を、特にダメコン要員が引き抜かれていなかったら、「ケストレル」は浸水に対応できたかもしれない。もし、本来の乗員数で運航されて居たら、視界の悪い今、甲板上に見張り員を多く立てて早期にミサイルを発見できたかも知れない。
だが、それはたらればの話でしか無かった。
「発艦を続けろ」
非情とも言える程の口調でアンダーセン艦長は言った。
「でも……!」
コンソールと向き合っていた戦術行動士官が無茶苦茶言うなと言わんばかりに振り返り、アンダーセン艦長を見る。
ケストレルは右半身を抑えながら、アンダーセン艦長の前に立った。
(艦長、浸水が思っている以上に酷いです。長くは持ち堪えられそうにありません……ラーズグリーズ隊の四機を打ち出すなら今しかありません)
貴方なら、今何をすべきか、何を果たすべきか分かっている筈です。私を殺す事になってでも、やらなければならない事がある筈だ。そう訴えかけるケストレルの姿と訴えを知ってか知らずか、見えているのか見えていないのか。アンダーセン艦長はケストレルが立つ真正面を見て続けた。
「彼らを打ち出せ。射出急げ。発艦だけは全うしろ。射出要員を除く乗組員は退艦急げ」
「……了解。ダメージコントロールチームへ。防水作業は逐次中止。総員退艦準備」
「射出要員以外の全乗組員は退艦部署発令。各自、部署を放棄し、最上甲板へ!」
「機関停止。原子炉閉鎖。閉鎖完了次第、全機関員は速やかに退艦せよ」
致命傷を負った空母「ケストレル」の放棄の準備と、ラーズグリーズ隊の四機の強引な射出準備が始まった。
カタパルトが逝かれようが構うものか、どんな機体でも必ず空に上げて見せる、と射出要員は沈み始める空母内で「ケストレル」からの文字通り最後の出撃となる発艦作業を速やかに始めた。多くのチェック項目を省き、必要最低限なチェック項目だけを確認し、最低限の人員だけで四機の戦闘機の発艦を行った。
右舷への傾斜に対応するべく、左舷のバラストタンクへ注水する応急措置を取ったとは言え、右舷の浸水に対する防水措置を切り上げた為、艦の安定性は最後の隊長機を射出する事には限界に達していた。グラグラと小刻みに不安定に揺れ始める甲板上で四番機、三番機、二番機と順にカタパルトがありったけの蒸気をシリンダーに吹き付けて射出していく。
(何が何でも打ち出して見せるわ! 例えこの身を代償にしようとも、最後の発艦の時まで、持って……お願い……!)
ラーズグリーズ隊の四機の内、最後の隊長機を文字通り身体に無理を言わせてケストレルは発艦させた。ありったけの爆装と燃料を積んだ機体番号「016」の漆黒の機体がカタパルトで射出される。原子炉が停止した為、文字通りありったけの蒸気を込めてスチームカタパルトを作動させての射出だった。
満身創痍の空母が最後の最後の力で「016」の隊長機の射出を完了するや、その姿を見届けた発艦士官はまだCDCに居るアンダーセン艦長に、ヘッドセットのマイクを掴んで告げた。
「発艦を確認した、これより射出要員は退艦します!」
「了解した」
CDCにはアンダーセン艦長と副長、戦術行動士官の三人とケストレルだけが残っていた。
「急ぎましょう!」
「スマンが、少しだけ一人にさせてくれんかね。用が済んだら直ぐに私も退艦する」
先を促す副長に、アンダーセンは少しだけ我儘を頼んだ。
副長と戦術行動士官は少しだけ嫌な予感を感じたが、自分達の艦長は艦と運命を共にする様な人間ではない、と信じていたので先に行きますとだけ残してCDCを後にした。
誰もいなくなったCDCでアンダーセンは傍らのケストレルの方に向き直ると、悲しそうな目で言った。
「ケストレル……お別れの時間だ……」
(私の事を認知してくれていた?)
最後の最後に意外な事を言い出すアンダーセンを、ケストレルはきょとんと見つめ返した。
「お前の姿を私は見る事は出来ん。私の言葉が届いているかも私には分からない。だが、感じるのだ、お前さんがこの艦に宿っているのを。
息子、娘のいない私にとって、ケストレル、お前は私の娘の様な存在だった。そんな愛娘を置いて、老い先の短い臆病で負け続けの老人が逃げ出す事を、どうか許してくれ……」
「貴方は確かに負け続けの老人だったかもしれません……。でも……今度は私と艦長の勝ちです」
ケストレルは俯く老人に、優しい口調で言った。走馬灯の如く見えて来る在りし日のアンダーセン艦長指揮下の自分が見た風景を思い返しながら、ケストレルは痛みを噛み殺しながら、精一杯の笑顔を浮かべて俯くアンダーセン艦長の頬に手をやった。それが届いたのかはケストレルも分からない。しかし、偶然にしてはよくできたタイミングでケストレルがアンダーセン艦長の頬に手をやった時、アンダーセンはケストレルにいる方へと顔を上げた。
ケストレルはまだ生きている艦外を映すカメラの映像が表示されるディスプレイを指さして、自身とアンダーセンが最後に掴みとった勝利を見せた。
「彼らは空中にあります。ラーズグリーズの四人が空にある限り、私と艦長に敗北は決してありません。そして……ブービー達ならやり遂げてくれます」
ディスプレイ越しに空母「ケストレル」の上空で、別れを惜しむ様に編隊を組んで旋回するラーズグリーズ隊の四機、その先頭を飛ぶ機体番号「016」の戦闘機に乗るパイロットの名を口にして、ケストレルはにっこりとほほ笑んだ。
薄暗い照明越しに見える悲嘆に暮れていた老艦長の顔に明るさが戻った様な気がした。
「貴方の指揮の下でこの大海を征く事が出来た事。生涯の誇りに思います。さようなら、ニコラス・A・アンダーセン」
駆逐艦「グムラク」と「フィンチ」、そして空母「ケストレル」を襲った潜水艦に対して、他の駆逐艦は容赦しなかった。
対潜誘導魚雷が二発、四隻の駆逐艦から発射され、計八発の魚雷が海中を逃げ回る潜水艦に迫る。「グムラク」と「フィンチ」、そして「ケストレル」を襲ったベルカ海軍の潜水艦「フヴェズルング」はジャマーとデコイを射出して、騒音と偽物の中に息を潜めて隠れようとした。そしてその全てが成功し、放たれた対潜魚雷は悉く海中を掻き乱して終わった。
だが「チゥーダ」の発射した多連装対潜ロケット爆雷が、「フヴェズルング」の息の根を止めた。海中で多連装対潜ロケット爆雷が相次いで爆発すると、「フヴェズルング」は膨大な海水圧によって致命傷を負い、程なくして海中で爆沈した。
海上に突如突き上がった巨大な水柱は明らかに対潜兵器の爆発とは異なるものだった。何かしらの艦体の破片や油が混じるその水柱を見て、海上を漂う大量の救命筏に乗る「ケストレル」の乗組員が撃沈を確認を告げる。
「敵潜水艦撃沈!」
「やったぜ!」
「ざまあみろ!」
喝采を叫ぶ乗組員達が崩れていく潜水艦撃沈の水柱に気を取られた時、一人の乗組員が叫んだ。
「沈む! 艦が沈むぞ!」
その言葉に、セレス海の海上に浮かぶ無数の救命筏に乗り移って退艦した乗組員達が、最期の時を迎える空母「ケストレル」を見つめた。
右舷側に横転し、艦首から沈んでいく「ケストレル」は、停止している四本のスクリューと艦尾から海水を滴らせ、右側へと倒れ込む様にして沈んでいく。艦体の軋む音、海水を飲んで大きく沈み込む轟音が海上に響き渡る中、救命筏の上の乗組員たちは静かに敬礼して、空母「ケストレル」の最期を看取った。
その筏の群れの中の一艇にアンダーセン艦長の姿があった。副長と戦術行動士官への約束通り、彼は「ケストレル」と運命を共にする事なく、退艦して生還した。
沈みゆく「ケストレル」に背を向けて筏の縁に座るアンダーセンに、同じ筏に乗り込むジャーナリストのアルベール・ジュネットが、「ケストレル」を見て呟く様に言った。
「『ケストレル』が……沈みます」
その言葉に、アンダーセンは何も言わず、両手で持つ艦長の制帽に目を落として黙っていたが、やがて同じ筏に乗るジュネットと、ラーズグリーズ隊のブリーフィング担当をしていたピーター・N・ビーグル特務少尉を相手にどこか誇らしげに言った。
「負け続けの私だが……今度は私の勝ちだ……」
「……え?」
不思議そうに老艦長を見つめるジュネットに対し、老艦長は「ケストレル」ではなく、空を飛ぶ四機の戦闘機を見上げて、力強い、文字通り勝ち誇った口調で語った。
「見たまえ、彼らは無事に飛び立った。それが私の勝利だ」
母艦だった「ケストレル」の沈没を見届けた四機が、東に向かって飛び去って行くのを見つめて、老艦長は誇らしげに続けた。
「彼らが空中にある限り、私の負けは無い。そして彼らならやってのけるだろう……」
「ああ……」
ビーグルも東へ飛び立っていく四機の機影を見送りながら、相槌を打った。
アンダーセンはCDCで確かに、空母「ケストレル」の中に宿る何かと会話を交わしたのをはっきりと覚えていた。独身の身である彼にとって、「ケストレル」と言う艦は文字通り娘の様な存在であった。愛娘と別れる辛さは人一倍に強かった。
だが一方で、その愛娘が言ったのだ。ブービー達が空にあり続ける限り、私と貴方に敗北は無いと。ずっと負け戦ばかりをして来た老人にとって、その言葉は文字通り、残る人生をもう少し生きて見ようと思う気持ちにさせてくれた。
出撃する度に、戻って来ない機体が命を散らす搭乗員が必ず出てしまう。一機でも一人でも出ればそれはアンダーセンにとってどれほど作戦上の勝利を収めようと、敗北と何一つ変わりはしなかった。とうとう出撃する機体と言う機体を損耗し尽くし、カーウィン島でお役御免にされて日向ぼっこをするだけの日々を送っていた時、ブービー達が合流した。
そこに唯一残っていたマーカス・スノー大尉を加えた新編ラーズグリーズ隊は、出撃する度に必ず全機が生きて帰って来た。思えばラーズグリーズ隊の結成以来、アンダーセンにとっての「敗北」は止まっていたのだろう。出撃する度に帰って来ない機体が、搭乗員が出る度に、その心を痛めて来たのはケストレルも同じだった。いや、寧ろアンダーセンが艦長を務めてきた時間以上に、軍事作戦への従軍時間が長いケストレルにとって、未帰還機と言う犠牲者に心を痛める時間はアンダーセンよりもずっと長かったと言っていい。
彼女にとってもまた、「敗北」の打ち止めを、そして勝利をもたらしてくれたラーズグリーズ隊の四人は、素晴らしい出会いであり、アンダーセンと同じく素晴らしい存在であったことは間違いない。
アンダーセン元艦長は自然と鼻歌を歌い出した。昨日の海戦の最中に欠けたレコードの曲だった。調子のいい鼻歌を歌いながら、軽く頭を撫でて手に持っていた制帽を被り直した。老人の謳う鼻歌が、静けさを取り戻す海上に、波と風の音に交じって、小さな小さな演奏会を奏でていた。
セレス海の海底へと沈む空母「ケストレル」の艦内で、ケストレルは確かに、アンダーセンの謳う鼻声を聞いていた。
老人の奏でる低いトーンの鼻歌が、海戦の最中に流されたレコードの曲に収録された女性の美しい歌声とは違う、子守歌の様な歌声が聞こえた。
一緒に歌いたかったな……。視界は暗くなり、意識は遠のき、徐々に消滅していく中、ケストレルはもう叶わない思いを抱きながら、深度三〇〇メートル下の海底へと沈んで行った。
ACE5本編でも「ケストレル」を襲った潜水艦の正体は不明だったので、独自解釈としてベルカ海軍の「灰色の男たち」のシンパと言う設定の潜水艦「フヴェズルング」、北欧神話の神「ロキ」こと「閉ざす者」「終わらせる者」の異名を冠した潜水艦に任せました。
また「ケストレル」の沈没の理由も、対艦ミサイル二発程度でニミッツ級空母モデルの同艦が沈むか? と言う疑念から独自の解釈を交えさせてもらいました。
また長いお話を書いて行く事になりますが、次回以降も「season2」にお付き合い頂けたら幸いです。