艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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第一二話 空母の戦い Ⅰ

 碧天の空を艦上偵察機、彩雲が過った。雲は断雲となって青空に浮かび、そこそこ強めの横風が海上に吹いている。

 空母機動部隊決戦か、とケストレルは空を見上げながら呟いた。惨めな初陣とは違って、今は装備の何もかもが充実し、完全な状態で整っている。空っぽだった艤装の格納庫には、景雲改と橘花改が満載され、甲板員妖精が機体の最終確認と対艦兵装の点検を行っていた。

 波はそこそこ高い。それが横風と波によって上へと払い上げられた飛沫が空へと散り、無数の雫となって再び海上に戻る。その波間に揺られながら、数十人の艦娘が所定の位置に付いて航行していた。

 エリアZ2Kへと進出した統合軍艦娘艦隊は、「連合航空機動艦隊」と呼称され、それぞれ一航戦、五航戦、第一七任務部隊、第三任務群の四個艦隊に分かれて行動している。一航戦、五航戦は彩雲を多数放ち、深海棲艦に対する航空偵察を実施する一方、二個航空戦隊の前方には第一七任務部隊のレキシントン、サラトガ、それにワスプを中核とした機動部隊が、囮艦を務める揚陸艦「四明山」に随伴艦娘と共に随行して防御の布陣を構えていた。囮艦「四明山」は修理の痕やペンキの塗り直しも程ほどのやや中途半端気味な状態だが、航行には全くの支障はない。最も囮艦と言う危険度の高い任務にあたる同艦に、乗員は一人も乗っていなかった。後方に控える艦娘母艦「ジオフォン」からの無線操艦で今は動いていた。

 一航戦、五航戦からやや後方に第三任務群は控え、輪形陣を組んで対空、対潜警戒の陣を既に敷いている。艦隊中央にケストレル、ニュージャージーを置き、先導に青葉、右翼にリアリー、エドワーズ、左翼に天霧、狭霧、後衛に鬼怒、ウミェールイと言う配置を敷いていた。

 今日で一二月も一〇日目。ウィスキー島の補給限界を鑑みて実施に移された今次作戦は、第八方面軍司令部の元、「ローレライ作戦」と言う作戦名を与えられていたが、艦娘や前線将兵の間では、語呂の良さ等から「L作戦」または「L号作戦」と呼ばれていた。

 

 

 午前九時二八分。赤城から発艦した彩雲一号機、コールサイン・レッド0-1が紺碧の海上に、艦娘のものではない多数の航跡を認めた。

 眼下に母艦艦娘達の方へと向けて伸びていくそれら白い航跡を、レッド0-1の偵察員妖精が双眼鏡を取り出して、確認して回る。輪形陣を組むそれらの航跡の中央に、空母棲姫の巨大な艤装が鎮座し、最も太みのある航跡を長く後ろへと引いていた。その後ろに腰巾着の様にヲ級flagship級二隻が控え、更にその周りをツ級、リ級と言った随伴護衛艦が囲っている。間もなく緩やかに左旋回をしながら索敵を実施する彩雲から、一通の無電が一航戦旗艦赤城へ飛んだ。

 ワレ、敵艦隊の触接に成功す、敵位置、規模は……。

 

 

 彩雲の知らせは機動部隊総旗艦赤城に届いた。

 それまで瞑想する様に閉じられ、航行は己の経験に基づく本能で行っていた赤城の目がカッと見開かれる。一対の目から、風向きを読み取らんばかりの眼光が放たれ、一拍置いて赤城の口から凛とした声で一斉回頭が発令される。

「一航戦、五航戦、艦首風上に向けよ、面舵。一斉回頭! 回頭次第、各員第一次攻撃隊、発艦始め!」

「一航戦、加賀。了解」

「五航戦、翔鶴。了解」

「五航戦、瑞鶴。了解」

 回頭発動を発令する赤城に一寸の遅れも見せずに加賀、翔鶴、瑞鶴、そして随伴の愛鷹、磐梯、利根、筑摩、長良、浦風、磯風、谷風、浜風、秋月、照月、吹雪、白雪、初雪、深雪が面舵に舵を切り、風上へ向けて進路を向ける。合成風が彼女達の髪を強く後ろへとなびかせ、制服がばたばたとはためく。

 赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴はそれぞれ弓に矢をかけ、目一杯の合成風を受ける中、それに混じって弓のしなる音の後、鋭利な射出音が響き、矢が放たれる。数十メートル滑空した矢が閃光を放ち、火焔と共に第一次攻撃隊を成す流星改、彗星、烈風改二が出現する。

 一航戦、五航戦から烈風改二が三二機、彗星が四八機、流星改が四八機、戦果確認と編隊誘導機の彩雲二機が放たれ、それらが艦隊上空で旋回集合を終えると、確認された深海棲艦空母機動部隊へ向けて進撃を開始する。発動機の唸る声が徐々に遠雷の様に遠のいていく中、赤城は直ちに第二次攻撃隊の準備を命じる。二の矢を間髪入れずに放てる様に備える四人の空母艦娘の格納庫内で、航空艤装妖精達が魚雷や爆弾を載せたカートを押して、艦攻、艦爆の胴体下に兵装を運び、装着していく。艦上戦闘機では、翼内の機銃に弾薬を装填する作業や燃料の確認作業が行われた。

 ふと、赤城は縁起でもない事を思い浮かべる。今、この兵装準備中の所へ奇襲を受けて被弾したらオシマイだな、と。自嘲にもならない艦娘の由来となった航空母艦「赤城」の最期を連想しつつ、空を見上げる。ついぞと連想してしまうが、「赤城」と赤城は別物だ。殊に改二化されている今の自分には、艦艇の「赤城」には無かった対空電探と言う早期発見の強みがある。それだけではなく、随伴する護衛の艦娘全員に対空電探が備わっているし、何より後方には早期警戒機としてストーンヘッドも控えているから、より早い段階での敵機発見も可能だ。つまり、ミッドウェー海戦で沈んだ「赤城」の様に、急襲を受ける可能性も無いし、直掩機を的確に脅威へと割り当てる術だってある。

 慢心と言う言葉は赤城の嫌いな言葉だが、今の自分達にはそうやすやすと奇襲、急襲を許して、ミッドウェー海戦の様な火達磨になる事は無いと言う自信があった。

 ただ一つ、深海棲艦の深海噴式燕戦爆と言う新型機の存在だけが、少しばかり気がかりではあったが。

 

 

 午前九時三五分。レキシントンを発ったSBDドーントレス艦上爆撃機で構成されるVS-2(偵察飛行隊)は、赤城の彩雲が発見、触接している機動部隊とは別の深海棲艦機動部隊を発見していた。

 偵察機としての運用一択な彩雲とは違い、艦上爆撃機としても運用が可能な偵察飛行隊のSBDドーントレスから、彩雲一号機と同様にレキシントンへと触接情報が打電される。彩雲一号機とは異なり、アメリカ艦娘の母語である英文の暗号打電だった。なお現状は英文だが、統合軍内ではアメリカ艦娘の間で用いられる暗号に、より秘匿性を上げるために第二次世界大戦時と同様にネイティブ・アメリカンのナバホ族の言葉を利用した新規暗号を用いる事が提案された事があった。しかし艦娘か通信妖精の側にネイティブ・アメリカンの言語学習が必須になる事や、深海棲艦に暗号を解読された節が無い事、更には少数言語話者に対する倫理的観点から構想止まりとなっていた。

「Gotcha (見つけた)」

 そう呟くレキシントンはサラトガに目配せして、艦上戦闘機隊の発艦準備を進めると同時に、随伴護衛艦の中でも駆逐艦娘により広い範囲への展開を命じる。

「DESRON104、ピケットラインを展開。電子の網を投げなさい」

「Roger」

 レキシントンの指令を受けて、第104駆逐隊のヒコックス、ハント、ルイス・ハンコック、マーシャルの四人がピケットラインを構成しに前進していく。数多くいるフレッチャー級姉妹の四人の艤装に備わるSK+SGレーダーの電子の目でDEW(遠距離早期警戒網)を構築する。別働の赤城が艦娘としての防備に自信を持てる理由がこのシステムだ。当初日本艦娘とアメリカ艦娘の対空レーダーの性能差に問題が生じていたが、現在では開発企業の統合化による日本側の対空レーダーの改良もあって、性能差はほぼ無くなっている。

 勿論、第一七任務部隊の上空もストーンヘッドが警戒監視を行っているが、高空にあるE-16統合空中管制機では環境と波高次第では、海面付近でのレーダー波の乱反射で精確な探知が出来なくなる可能性があった。その為、海面に立つレーダーピケット艦娘のレーダーと併用する事で、より堅実な警戒網を構築する事になっている。丁度今の海面は強風によるやや高い波のお陰で、微妙にE-16ジョイントバードのレーダー反応にも乱反射が生じていた。

 レーダーピケット艦娘の展開を確認した第一七任務部隊の空母艦娘の艤装上で、F6F-5ヘルキャット艦上戦闘機のエンジン音が鳴り響き始める。逞しさを感じさせるWワスプエンジンの咆哮が轟々と鳴り響き、チェッカーフラッグを握る発艦士官妖精が発艦前の安全確認を行う。

「GO!」

 レキシントンの号令と、カタパルトの乾いた作動音が響き、ヘルキャットが次々に甲板を蹴る。レキシントン、サラトガの二人から合計四八機のF6F-5が発艦し、高度を上げていく。

「さあ、パーティの準備を整えましょう」

 フフッと口角を上げて言うレキシントンの周囲で、無言で頷く随伴艦娘達の主砲、両用砲の砲尾で、対空弾が装填される機械音が鳴った。

 

 

 空の一角で、コントレイルが幾つも引かれ、銃火が飛び交っていた。一航戦、五航戦からの攻撃隊が、深海棲艦機動部隊から上がって来た艦上戦闘機と交戦を開始したのだ。

 機銃を撃つ射撃音と共に、曳光弾交じりの弾丸が火箭となって互いの戦闘機を絡め捕ろうと伸びていく。日本機らしい格闘戦に強い烈風改二が誉エンジンの唸り声を高らかに鳴らして深海棲艦戦Mk2の背後を奪い取り、銃弾を叩き込んで屠る。一方深海猫艦戦は突っ込みの良い加速を生かして無理な格闘戦を避けながら、烈風改二に対し一撃離脱を試みる。

 レッド、ブルー、ホワイト、グリーンのコールサインで呼ばれるそれぞれ赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴から上がった八機の烈風改二の各航空中隊間で、無線でエレメントを組む編隊同士で警告、警戒、指示が飛び交う。銃弾だけでなく無線電波も飛び交う中、深海猫艦戦四機が烈風改二の防空網を突破し、流星改と彗星の編隊へと迫る。

 流星改、彗星共に前任機の九七式艦攻や九九式艦爆よりも固定武装火力に優れていたが、重い魚雷や徹甲爆弾などの爆装を吊り下げた状態でドッグファイト出来る様な万能さまでは持たない。各機体同士、距離を詰め、互いの後部銃座でカバーし合えるコンバットボックスを組み、防御を固める。

 流星改、彗星の編隊に、深海猫艦戦は二機ずつに分かれて襲い掛かった。広い射角を持つ後部銃座の弾幕を蹴散らし、銃火を流星改、彗星に浴びせて一撃離脱を行う深海猫艦戦の銃撃を前に、一機、また一機と流星改、彗星が散っていく。翼をへし折られた流星改が駒の様に回転しながら墜落していき、機首に銃撃を浴びた彗星が暫く飛び続けた後、液冷エンジンの中枢を破壊された機首から白煙を上げて力なく落ちて行く。波にひたひたと攫われる砂浜の砂の様に、流星改、彗星がじりじりと数を減らし、不気味さ、不吉さを伴う戦力低下を起こし始める。

 深海猫艦戦が弾切れで、或いは反転救援に駆け付けた烈風改二によって撃退されるまでに、流星改六機、彗星五機が編隊から脱落し、攻撃隊の火力を減じさせていた。

 編隊に不自然な穴が出来る中、攻撃隊は程なく深海棲艦機動部隊の一群と会敵する。前方の海面上に黒い点の様な艦影が浮かび上がり、それらがゆっくりと機速に合わせて大きくなり、白い航跡を引く一二隻の艦隊として出現する。

 射程に収めたツ級を始めとする随伴艦が対空砲火を発射し始め、攻撃態勢に入りかけていた流星改、彗星の周囲に、対空弾の黒い炸裂の花を咲かせる。撃ちあがって来るのは近接信管対空弾と言うよりは、旧来の時限信管の対空弾らしく、あてずっぽうな位置で複数の対空砲弾が炸裂する。とは言え、最初はあてずっぽうでも、徐々に精度を上げた対空砲撃が来る事は間違いない。

 対空射撃の精度が上がる前に、流星改は低空へ、彗星は高度を上げて攻撃態勢に移行する。

「全機、突入進路を確保。攻撃開始地点まで五〇〇〇」

「ブルー中隊、続け!」

 先陣を切る加賀の彗星隊一〇機が翼を翻し、眼下の深海棲艦へと急降下を開始する。戦果を欲張って輪形陣の中央にいる空母棲姫かヲ級flagship級を狙っても良かったが、ブルー中隊は謙遜して味方機の突入ルートをこじ開ける策を取った。最も脅威度の高い対空射撃を行うツ級に一〇機の彗星が狙いを定め、一列に連なって急降下していく。彗星の両翼下からダイブブレーキが展張され、降下速度を抑えながら彗星はツ級目掛けて突入していく。近接防御火器の機関砲が射撃を開始し、彗星の征く手を阻む様に銃火が撃ち上がって来る。

「高度九〇〇……八〇〇……」

 後席員が高度を読み上げる中、操縦席の航空妖精はレティクルの真ん中にツ級を捉え、更に頭の中でその未来位置を予測して、長いとは言えない足の片方でフットレバーを軽く押す。

「六〇〇……五〇〇……四〇〇……」

 照準装置の中に捉えるツ級の姿が急激に大きくなる。距離四〇〇メートルを割る内に対空砲火も熾烈から苛烈になり、機体が左右上下から殴られた様に揺さぶられる。操縦席の航空妖精は操縦桿を抑え、フットレバーを押して機体姿勢を維持しながら進路を保ち、左手を爆弾投下レバーに賭ける。

「三〇〇……二〇〇……」

「ヨーイ……」

 爆弾投下レバーを握りしめる。高度計が一〇〇を刺し、後席員妖精が「一〇〇」と伝えて来た時、操縦席の航空妖精は叫んだ。

「てぇッ!」

 その一言と共にレバーを引き、即座に両手で操縦桿を目一杯引き寄せる。爆弾投下レバーが引かれるや、底部で作動音が響き、重量物が機体底部から切り離されて彗星の機体の挙動が軽やかになる。液冷エンジンのエンジン音を高らかに鳴らしてツ級の頭上を航過する彗星一〇機から投下荒れた五〇〇キロ爆弾が一列に連なって降り注いで行く。

 僅かに弾道が逸れた、或いはツ級の微かな蛇行運動で数発が逸れて周囲に巨大な水柱を突き上げて果てるが、約半数の五〇〇キロ爆弾がツ級の頭上から殴りかかった。

 見えない巨大な拳に、何度も何度も殴りつけられたかと思わせる一撃を多数食らったツ級がたたらを踏み、直撃を受けた本体、艤装が破砕され、破片を周囲に散らす。最後の一発が命中した途端、ツ級は一際大きな爆発炎を噴き上げて艤装が爆発四散し、猛煙の中に包まれながら急速に海面下に姿を消していった。

「敵、防空巡撃沈確認!」

 深海棲艦の対空砲火の射程外へと逃れるブルー中隊の彗星の後席員が、火焔と黒煙の下に沈んでいくツ級を見て、戦果を報告する。

「他はどうだ?」

「分かりませんが、何隻かはやったっぽいです」

 ブルー中隊一番機の操縦席の航空妖精の問いに、後席員の航空妖精がやや自信なさげに答える。黒煙が海上から上がっているから、敵艦を撃沈した、とは限らない。撃墜された味方機が海面に激突して上げている黒煙かも知れないし、外れ弾の水柱が魚雷命中の水柱に見える事もあるから、ブルー中隊が狙った目標以外の戦果はいまいち判りにくい。

 ただ黒煙を上げる深海棲艦のシルエットにヲ級と確信を持って言える姿が一つあるので、ヲ級一隻に直撃弾を与えた事は間違いないだろう。

 戦果の確認は触接中の彩雲に任せ、ブルー中隊は再度編隊を組み直し、味方機の攻撃完了まで旋回待機に入った。

 キャノピー越しに海上から重みのある爆発音が数回轟き、鳴動する空気が上空の彗星すらも震わせに来る。海上の随所で黒煙が上がり、その根元で数隻の深海棲艦が膝を着き、もがき苦しんでいた。空母棲姫の姿は黒煙に遮られ確認のしようがない。

「駆逐艦二隻、重巡一隻、空母一隻は被弾しています。撃沈するかは兎も角」

「重巡と空母は最悪、持ち直すかも知れんな。ただ暫く戦闘不能には負い込めたはずだ」

「ですね」

 程なくして、攻撃を完了した全機が集結した。防空の要であるツ級をやったとは言え、更に数機が食われたらしく、編隊を組み直す流星改、彗星の数は更に減っていた。制空戦闘に当たる烈風改二にも、被害は出ているらしかったが、詳細は母艦娘に帰ってからでないと分かりそうになかった。

 

 

 敵機動部隊、目標群Aと呼称する一群の被害は、空母ヲ級、重巡リ級、防空巡ツ級各一隻、駆逐艦ロ級二隻撃沈確実、駆逐艦イ級後期型一隻、中破ないし大破確実、空母棲姫及び空母ヲ級flagship級は健在と認む。第二次攻撃隊の要有り。

 

 第一次攻撃隊を収容した赤城からの報告は第三任務群にも届けられていた。ケストレルはその知らせを眉一つ動かさずに聞き、その後に続く攻撃隊の未帰還機の集計に心を身構える。

 

 出撃機数、烈風改二が三二機、流星改、彗星がそれぞれ四〇機。帰還機は烈風改二が二九機、流星改が三一機、彗星が三〇機。

 

 未帰還機数、全二二機。航空妖精未帰還数四一名。

 

 脱出して海上を漂っている航空妖精は居るとは思われるが、今の艦娘側に救助する術は無い。制海権、或いは海域優勢を確保していない今、救難に当たる艦娘を差し向けられる段階ではない。

 分かってはいても、やはり未帰還機は出る事にケストレルは溜息の吐息を漏らす。ストレンジリアルで自身の艦長であったアンダーセン艦長が、「ケストレル」から出撃し、未帰還機が出る度に気を落とす理由が、艦娘としての姿を得た今でも痛い程分かる。それが自分の飛行甲板を蹴って発った機体では無くても、痛みは自分のものと同じくらい分かる。この世界の空母艦娘がそこの所をどう感じているのか、気になる所ではあったが、今問い質している状況ではない。

≪ストーンヘッドから各隊。第一七任務部隊及び『四明山』に目標群Bより襲来した敵編隊がレキシントン、サラトガ、ワスプの直掩隊と交戦中。形勢は我が方に有利≫

「アメリカ空母艦娘の戦闘機搭載数は伊達じゃないよな」

 天霧の言葉に、何人かが頷く。日本の空母艦載機と違い、アメリカ空母艦載機は非常にコンパクトに翼を畳める分、艦載規定数が同規模の日本空母艦娘より多くなるのがアメリカ空母艦娘の強みだった。艦載機搭載数が多い分、載せられる戦闘機の数も比例的に多くなるから、艦隊や攻撃隊の直掩機の数も日本艦娘艦隊よりも多めになる。

 特に第一七任務部隊を構成する空母艦娘の一人、エセックス級空母艦娘のワスプは、その強みを遺憾なく発揮する大型空母艦娘だった。エセックス級空母艦娘が居るか居ないかで、大分艦娘艦隊の航空戦力にも差が出て来る程である。

 ワスプと言えば、とケストレルは作戦前にニュージャージーから借りたこの世界の軍艦に関する書籍で得た情報を思い出す。ワスプはこの世界ではエセックス級と言う空母の艦娘だと言うが、そのエセックス級と言う空母の艦娘の由来となった軍艦の実物写真を見て、ケストレルは驚いたものだった。ストレンジリアルのユージア大陸の国の一つ、FCU(中央ユージア連合)に親善訪問した時に見かけた保管艦となっていた空母「エンデュアランス」とそっくりだったのだ。

 ストレンジリアルとこの世界では呼称されるケストレル、ウミェールイ達のいた世界だが、ケストレルからすれば、今のこの世界の方がストレンジリアルと言えなくもない。一体どちらが「奇妙にリアル」な世界なのか。少なくともケストレルとしては自分が生を授かった世界を「奇妙な」「おかしな」と言う文言が付いた世界呼ばわりされるのは、納得行かないが。

「深海噴式燕戦爆、出て来ませんね」

「真打を初っ端出して来る訳無いやん」

 エドワーズの呟きに、リアリーが返す。

「まあ、釣られてくれないとこっちが出張って来た意味が無くなるんですがね……」

 そう言う青葉の表情は、第三任務群の各位からは見えない。ただ、決して心穏やかな状態ではない、と言うのは確かだろう。妹、衣笠とは強い友情と信頼で結ばれる相棒同士だから、その相棒がやられて病院送りにされている中で青葉が平気でいる訳がない。努めて平静を保っているが、内面では文字通りの妹馬鹿な性格が、微かな焦りを滲ませていた。

 借りはきっちり返してやる。青葉の決意が燃えていた。

 

 

 赤城から第二次攻撃隊の発艦と、レキシントンから敵第一次攻撃隊との交戦終了の知らせが同時に入る。一航戦、五航戦の四人から兵装の準備が完了して待機していた第二次攻撃隊が次々に空へと飛び立った事が知らされ、一方第一七任務部隊からは戦闘結果の報告が上がる。

 第二次攻撃隊は第一次攻撃隊と同編成だった。第三次、第四次の攻撃隊発進が今日中に発生する場合は、攻撃隊の定数は被撃墜機の数に比例する形で減って行く事になる。最悪は予備の航空妖精と予備機を組み上げて定数を補う事になるかも知れない。

 第一七任務部隊の報告では、直掩のF6F-5、九機被撃墜、三機損傷甚大により廃棄が決定されるも、第一七任務部隊の対空砲火や「四明山」のCIWSの迎撃なども合わせ、敵第一波は撃退に成功したとの事だった。現在第一七任務部隊では襲来した敵機動部隊に対してカウンターの攻撃隊を放つか、協議中だと言う。

(迷ったら撃った方が良い、と思うのだけれど……)

 ウミェールイはそう思いながら、自分が言うか、と自嘲気味に薄らと口元を緩めた。

「何笑ってるの?」

 薄らと笑うのが見えたのだろう、やや不審そうな目つきで鬼怒が尋ねて来る。ウミェールイは顔に浮かんだ笑みを吹き消し、頭を振る。

「いえ、ただの悪い思い出し笑いですよ」

「ふーん……」

 詮索はしないタイプなのか、それともまだ距離感が計りかねているのか。鬼怒はそれ以上の事は聞いて来なかった。

 

 

 E-16空中統合管制機の機内では、TACネーム「ストーンヘッド」と呼ばれるの管制官の下で、複数の戦術士官がコンソールと向き合い、キーボードとトラックボールを操作して、一分一秒単位で変わり続ける眼下の海上、空中での戦いをモニターし、必要に応じて適切な情報を共有していた。

 周囲から「ストーンヘッド」と呼ばれる管制官は、言動と同じようにやや硬派な所を感じさせる男性将校だった。声は人を魅了する声域Aだが、その魅力を生かしきれないユーモラスの無さ、好意的な言い方すれば事務的な口調の「ストーンヘッド」は、戦術士官の一人に尋ねた。

「ケストレルとウミェールイのIFFコードが統合軍の正式コードでは無いが?」

「司令部としては、別に統合軍の公式コードでは無くても問題は無いだろうとの判断らしいです。深海棲艦が統合軍部隊と混乱するようなIFFコードを発している訳ではありませんから、二人の艤装に最初からインストールされていた識別コードをそのまま用いています。ただやはり識別上の問題はあるので、おいおい統合軍から正式な識別コードを割り当てられるとは思います」

「驚いた。味方のIFFコードがこんなにもおざなりな管理だったとは」

「まあ深海棲艦が二人のIFFを解析して、同じものを発信したら困るので、現状のまま放置って事は無いでしょう」

 溜息を洩らしながら「ストーンヘッド」は目元を抑えた。艦娘の管理がこんなに緩くて我が軍は大丈夫なのか。この緩さを生むようなら、何れ何処かで破綻するのではないか。自身が心配性な所はあるにせよ、軍事作戦の世界において、心配性である程、安全な事は無い。可能なら今すぐこの機の上からケストレルとウミェールイのIFFコードを統合軍のものに書き換えたいところだが、生憎E-16のコンピューターにそこまでの機能権限は無い。

 再度吐息を漏らして「ストーンヘッド」は自身の席に戻った。第二次攻撃隊の攻撃が始まろうとしている。

 

 

 健在な艦が半分にまで減った目標群Aの深海空母機動部隊から撃ちあがって来る対空砲火は、お世辞にも濃密とは言い難かった。防空の要であるツ級を失って、艦隊全体の防空能力が低下した残存艦に、第二次攻撃隊は弾薬を惜しむ事無く、爆弾と魚雷を投げ込んだ。

 特に空母棲姫は集中攻撃を浴びた。最も装甲や耐久が高く、航空戦が不可能になる程の損傷を与えるには、イロハ級の深海棲艦よりも多くの火力を要する棲姫級の空母なだけに、流星改、彗星はじっくりと手間とテクニック用いて弾薬を消費した。棲姫級なだけに攻撃隊の方がやや過敏になっていたのもあったが、それでも空母棲姫が被った爆弾、魚雷の数は随伴護衛艦を遥かに凌駕する量となった。

 無論、直掩の深海猫艦戦も防戦に努めたが、随伴のヲ級を無力化された事で、数において劣勢気味な深海猫艦戦は母艦を守り切る事が出来なかった。

 攻撃隊は流星改を二機と彗星一機の計三機を対空砲火で失ったものの、空母棲姫に火力を集中し、これを転覆撃沈に追い込んだ。その他艦艇は足を引きずる様に反転、味方深海棲艦海域へと撤退を開始していく。

 

「目標へのBDA最大、敵旗艦空母の転覆撃沈を確認。残存艦は反転し味方勢力圏に脱出する模様」

 戦果確認を行う翔鶴の彩雲三号機の偵察員妖精が双眼鏡を手に、ヘッドセットに吹き込む。さて、まだまだこれからだぞ、と偵察員妖精は時計を見る。午前一一時一七分。日差しが灼熱となってキャノピーを貫通して降り注いでいる中、帰投する攻撃隊の最後尾について、彩雲も帰還の途につく。一個分艦隊を無力化したとはいえ、まだまだ敵機動部隊は多数がこの海域に潜んでいる。第一七任務部隊が目下防戦に努める事になる相手を含めて数群の空母機動部隊が居る筈だ。

 そんな時、彩雲三号機の偵察員妖精は、攻撃隊より高い高度を、コントレイルを引きながら飛んで行く一群を見つけて、身構える。

「どうした?」

 相棒が何かを見つけたのを察知した操縦席の航空妖精が伺う声を寄こす中、偵察員妖精は双眼鏡を手に取り出し、碧天の高空を見上げた。

 手振れやら、ピントやら合わせるのに暫し難儀した後、高空を過る一群を捉える。燕の様な形をした三〇機程の編隊が、白いコントレイルを引きながら空を過っていく。整然とした編隊に、真っ白に後方に引かれる水蒸気の軌跡。

「四時方向上空に三〇機程の不明機を視認。あれが噂に聞く深海噴式燕戦爆か?」

「見えた。うちのレシプロ艦載機じゃ、あんな高高度をあれ程の速度で飛ぶのは無理だな。この足自慢の彩雲でも無理だ」

「過給機付ければどうですかね」

「いや重量が重くなって、もっと無理だろうな。エンジンそのものを更にパワーアップさせないとだし、そうなると機体サイズがもっと大きくなって空気抵抗も増える。この機体をチューンするよりも、あの機体に追いつけるジェット偵察機を新規に作った方が良いな」

「確かに。ストーンヘッド、こちら翔鶴彩雲三号機。深海噴式燕戦爆と思われる敵編隊約三〇を目視で確認。方位……250へ向かっているものと推測。そちらのレーダーで捕捉しているか、送れ」

≪こちらストーンヘッド。微かだが、こちらでもレーダーコンタクト。爾後、ターゲットを深海噴式燕戦爆と識別する。第二次攻撃隊は交戦せず帰投せよ。繰り返す、交戦は禁止≫

「彩雲三号機、その件了解。終わり」

 

 

「全艦、対空警報黄警報。I report, Air warning yellow. All girls prepare AA combat. (繰り返す、対空警報黄警報。全艦、対空戦闘用意)」

 第三任務群旗艦ニュージャージーからの発令が飛び、第三任務群を構成する艦娘全員に緊張が走る。

「対空戦闘用意!」

 防空指揮艦である青葉からも日本艦娘に馴染んだ日本語での発令が飛び、輪形陣を組む九人の艦娘達の艤装上で、対空警戒部署が発令される。

≪こちらストーンヘッド。敵編隊の的針250、的速約七六〇キロ。目標群、一航戦、五航戦、第三任務群の方へ向かう≫

「防空指揮艦青葉より空母ケストレルへ。直掩機、全機発艦始め。ミサイル巡洋艦ウミェールイ、撃ち方用意」

「了解」

 ケストレルとウミェールイの揃った返答が返される中、ケストレルの飛行甲板がにわかに騒がしくなる。

 五分発艦待機でカタパルトに接続されて待機していた橘花改から燃料ホースが外され、カタパルト要員が安全確認を行い、ブライドルワイヤーとシャトルの固縛を確認して、素早く甲板の四方へ散っていく。第一カタパルトに接続された橘花改の左側で、発艦士官妖精が左手を上げて手首を振り、橘花改に発艦に必要な推力へパワーを上げろのハンドサインを送る。橘花改の操縦席に座る航空妖精がスロットルを目一杯押し込み、操縦桿、ラダーを目一杯操作して、舵の最終確認を行い、全てオールクリアと確認すると、発艦士官に見える様に右手でサムズアップして、キャノピーの端の取っ手を掴む。

 既に立ち上がっているジェットブラストデフレクターの左右両側で、安全要員妖精がそれぞれ片腕を上げてサムズアップをし、後方異常なしの合図を発艦士官妖精に送る。発艦士官妖精は右手で艦首方向、そして橘花改の周囲にいる各デッキクルーの安全確認と、発艦して良しのハンドサインを指さし確認で確認すると、身を屈め、左手を甲板に触れた後、艦首方向へとまっすぐ伸ばした。

 発艦士官のそのポーズを見たカタパルト要員妖精が、バブルと呼ばれるカタパルト操作所で射出ボタンを押す。

 瞬間的に大量の蒸気が滑走シャトルを走らせ、それに噛ませられたブライドルワイヤーに引かれて橘花改がカタパルト上を滑走し始める。ほんの数秒で時速四六〇キロ程にまで加速した橘花改が甲板を蹴り、軽く甲板より下に沈み込みながら艦首右上方へと旋回上昇していく。

「ヴァイパー1、Good shot. (発艦良し)」

 明朗な声でケストレルが言う。続いて第二カタパルトから、第一カタパルトと全く同じ手順を踏んだ後、ヴァイパー2と呼ばれる橘花改が発艦する。

 艦首の二基のカタパルトから橘花改が打ち出されると、続いてアングルドデッキの第三、第四カタパルトから待機していた橘花改が相次いで打ち出された。

「幸運を」

 上空へと上がっていく四機を見上げて、ケストレルは戦地に旅発つ我が子を見送る母親の様な眼差しで見送った。

 ジェットエンジンの遠雷の様な推進音が遠ざかるのを聞きながら、センチメンタルな気分に浸っている時ではない、とケストレルは直ぐに切り替えて、次の四機の橘花改の発艦準備作業にかかった。

 深海噴式燕戦爆は果たして一航戦、五航戦を狙うか、それとも第三任務群を狙って来るか。

 大きな胸の内側で高鳴る鼓動を聞いて、ケストレルは成程と頷いた。これが興奮か、と。

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