艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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第一四話 邂逅

 空をジェットエンジンのけたたましい咆哮が埋め尽くしていた。

 橘花改と深海噴式燕戦爆が互いに銃火を交え、マニューバを持って飛来する銃火を回避し、複雑に入り乱れる飛行機雲の線で空に幾何学模様のアートを描いて行く。青と白の素材で出来ていた絵に、時折配色を間違えた様な炎のオレンジと真っ黒な煙の黒が混ざり、一時的に画角を汚していく。

 見上げる空を例えればそうなるが、空中戦の現場である空の一角は「刃物でやりあう」闘技場の様な想定を見せている。

 蒼空をオレンジ色の銃火の切っ先が切り裂き、それに捉われた深海噴式燕戦爆の胴体が袈裟懸け斬りの形で片方の翼を両断され、一瞬で制御不能に落ちった機体が機体の軸線を基点に回転しながら海上へ真っ逆さまに落ちて行く。眼下の海へと落下していく噴式燕戦爆の破孔から細かな部品が零れ、陽光を反射してキラキラと光る。

 刹那、乱暴で大きな火焔が空に現出する。爆装機の噴式燕戦爆が抱えている爆装に直撃を貰い、火の玉となって果てたのだ。瞬間的に咲く火の玉が瞬く間に黒煙の塊となる中、それを加速時に生じたショックコーンで吹き飛ばしながら橘花改が飛び抜けて行く。

 目標群デルタと交戦するヴァイパー隊、オメガ隊、ヘイロー隊に一機の撃墜機は無い。一方で目標群デルタの深海噴式燕戦爆は、R4MⅡによる先手と、深海噴式燕戦爆よりもジェット機の戦い方を心得る航空妖精達の練度を前に、一機、また一機と空の欠片と成り果てて行く。直掩機も爆装機も、スペックでは概ね近しい筈の橘花改に太刀打ち出来ないまま、壊滅していく。

 とは言え、ヴァイパー隊、オメガ隊、ヘイロー隊を噴式燕戦爆の編隊の中で最も機数が多い目標群デルタへ振り向けた分、他の目標群ブラボーとチャーリーに対応する直掩機は一機も居ない。母艦艦娘ケストレルでは発艦が間に合わなかったヴァイパー隊、オメガ隊、ヘイロー隊の残る機体の発艦作業が進んでいたが、間に合いそうになかった。

 

 

 遥か後方の高空で、戦況をモニターする統合空中管制機ストーンヘッドの機内では、目標群チャーリーを構成する機体の識別が行われていた。

「目標群チャーリーの内訳は、深海猫艦戦一二機、深海地獄艦爆三二機、深海復讐艦攻一六機と判定」

「既存の空母棲姫かヲ級改flagship級辺りから発艦した攻撃隊だな。深海噴式燕戦爆で一の太刀、既存機体で二の太刀と言う算段のつもりか」

「噴式燕戦爆と合わせて九〇機。全機が爆装している訳では無いにせよ、第三任務群だけで裁ききれますかね」

「彼女達を信じろ」

 管制官達の不安交じりのやり取りが機内でぶつぶつと呟かれる中、先行する目標群ブラボーが第三任務群との会敵エリアに突入した。

「第三任務群、会敵します」

 

 

「対空戦闘用意!」

 鋭い青葉の号令が走り、彼女が最も艦隊防空に期待を寄せるウミェールイの表情が引き締まる。

 戦艦艦娘並みの大きさを誇るウミェールイの艤装で対空戦闘用意のアラームが鳴り響いた後、ウミェールイは己の果たすべき戦いに移行した。

「各部、対空、戦闘用意良し!」

「対空戦闘用意。FCSセクター捜索始め」

 彼女のその発令に、艤装内のCICでウミェールイが艦娘として転生時に一緒に転生して来ていたCIC妖精を中心に、コンソールと向き合いながら、対空戦闘の手順が踏まれていく。

「FCS目標探知。目標は目標群ブラボー三〇機。方位077より真っ直ぐ近づく」

「目標、まだ視認出来ない」

 艦橋部につめる航海科妖精が双眼鏡を手に、CICへ報告する。

 一方ウミェールイは対空戦闘を行うに最適な進路、姿勢へと切り替えていく。

「両舷、第三戦速。面舵、077度ヨウソロ」

「両舷、第三戦速。面舵、077度ヨウソロ」

 航海科妖精が復唱する。

 CICではFCSレーダーが捕捉した目標群ブラボーを正確に追尾し、ロックオンしていく。

「射撃、用意よし!」

 その砲雷科妖精の報告に、ウミェールイは凛と張った声で下命した、

「対空戦闘、CIC指示の目標! トラックナンバー5001から5012まで、艦対空ミサイル、攻撃始め! 発射用意、てぇーっ!」

 攻撃始めのが下るや、艤装に埋め込まれている艦対空ミサイルのVLSのハッチが開き、圧搾空気で艦対空ミサイルが宙へ放り上げられ、空中で点火したブースターで加速しながら急速に上昇していく。第一発目の発射に続いて、一一発の艦対空ミサイルが後に続いてVLSから打ち上げられていく。褐色の噴煙が一時的にウミェールイの姿を艤装事覆い隠すが、直ぐに三戦速で前進するウミェールイの堂々たる姿が再び姿を現す。

「バーズ・アウェイ……艦対空ミサイル、正常飛行」

 一二発の艦対空ミサイルが故障無く正常に飛行を開始した事を砲雷科妖精が告げる。CICのレーダーディスプレイで、目標群ブラボーへと迫る艦対空ミサイルの輝点が急激に相対距離を縮め、上昇から滑空降下に転じていた艦対空ミサイルがフィンで細かく軌道を修正し、ウミェールイのFCレーダーからの終末誘導を受けて正確に一二機の深海噴式燕戦爆と交わる軌道に乗っていく。

「インターセプトまで一〇秒……スタンバイ、マークインターセプト!」

 CIC要員が宣告を発した後、ウミェールイは勿論、第三任務群の誰もが見えない所で、一二機の深海噴式燕戦爆を表す輝点とミサイルのマークが重なり合い、音も光も無く次々に輝点が消滅していく。

 一二発の艦対空ミサイル全弾の命中を確認したCIC妖精が、依然健在な輝点を見つめながら事務的な口調で告げる。

「ターゲット・サーヴァイブ。目標一八、依然近接中」

「短SAM発射始め、サルヴォー!」

 残る一八機に対して、ウミェールイは短距離艦対空ミサイルを放った。ケストレルの自前の艦対空ミサイルと概ね射程が同じそれらが、長射程の艦対空ミサイルとは別のVLSから乾いた射出音と、瞬間的な点火音を伴って鶴瓶撃たれ、目覚めたブースターの力で上昇し、燃料を使い切ってからは滑空に移った短距離艦対空ミサイルの群れが、残る一八機の深海噴式燕戦爆に襲い掛かる。

 距離が近かったからか、それともウミェールイと妖精の練度の問題か。四機の深海噴式燕戦爆が二波の対空ミサイル迎撃を躱して、尚突入を図る。

「爆破閃光視認。残り四機、真っ直ぐ近づく」

「主砲、攻撃始め! 撃ちー方始めぇ! 主砲、発砲!」

 ウミェールイの艤装で唯一後ろ向きにマウントされている一三〇ミリ連装主砲が、砲身内に装填されていた威力調整破片弾に撃発信号を送り、砲口から砲煙と共に宙空へと叩き出す。発射速度は毎分二〇発。速射砲とは言い難い連射速度だが、それでも艦娘の主砲の中では最も速射性に優れた主砲であった。

 奥歯を震わせ、顔面に見えない濡れ雑巾で殴りつける様な戦艦の砲撃とは比べ物にならない程、その衝撃は少ないが、同口径の艦娘の主砲の発砲音と比べて、針の様な鋭利さを伴う射撃音が二回同時に轟く。鋭利な砲撃音だが、意外な程にその音は遠くまで鋭利さを保てず、輪形陣の先頭を行く青葉からは乾かした布団を布団たたきで叩くのに似た鈍さのある発砲音が規則正しく鳴り響いているのと同じに聞こえた。

 射撃レーダーと連動した一三〇ミリ連装主砲が発砲する度に、排莢された薬莢が、金属の喚き声を上げながら艤装の上を転がりまわり、数個が転がり回り過ぎて海中へと転落する。艦娘の主砲は概ね消尽薬莢や装薬を薬嚢に包んで手間の掛かる金属薬莢を採用しない方式を取っているが、ウミェールイの主砲弾に関しては、現時点で弾薬庫に装填されている分を撃ち切ってから、既存の装薬形式に切り替える事になっていた。

 装填ドラムにセットされている即応弾を三秒に一回撃ち放つウミェールイの主砲の砲撃が、深海噴式燕戦爆一機を捉える。真正面から鼻面を殴りつける様に、正確には敵機の直前で近接信管を作動させた対空弾が無数の破片へと変貌して、激突したのだ。両翼をもぎ取られ、エンジンに無数の破片が飛び込んでタービンブレードを粉砕し、爆弾を引きちぎって機体とは別の方向に向かって放り出す。

 即座に二機目へ精測し、射撃を開始する。が、徐々にだがウミェールイの主砲の射界から外れつつあった。

 しかし、射撃兵装は何も主砲だけでは無い。

「進路そのまま、CIWSコントロールオープン!」

 刹那、ウミェールイの艤装の艦首方向側でチェーンソーが起動した様な機械音、否射撃音が絶叫した。三〇ミリガトリング砲で構成された近接防御火器がけたたましい音を立てて、無数と言える弾丸を空中へと射出する。主砲の砲撃よりも迫力に満ちたCIWSの銃火が三機目の深海噴式燕戦爆の機体を貪り尽くし、食い散らかされた機体の残りかすが幾多の黒煙を引きながら紺碧の海と交わる。

 四機目も同じ末路を辿り、閃光と共に消え去る中、二機目が主砲の放った砲撃で右翼を消し飛ばされ、艦娘を目指して飛ぶ事が出来なくなった機体がもがく様に左翼と、切断面を覗かせながらも辛うじてまだ翼として主張出来る部分で空を掻き毟るが、程なく海面へと機首から突っ込む。

「敵機全滅を確認。目標群ブラボー、殲滅」

 ぱちんと制帽の鍔を弾きながらウミェールイは得意げに笑みを浮かべた。これでもストレンジリアルではイージス艦に匹敵する防空能力と多目標同時対応能力を持っていたのだ。この程度の機数で舐めて貰っては困る。

 

 

 ヴァイパー隊、オメガ隊、ヘイロー隊が目標群デルタの爆装機を殲滅し、護衛機を退散に追い込んだ頃、発艦が間に合っていなかった残りのヴァイパー隊、オメガ隊、ヘイロー隊所属の機体、三隊合計一二機が、目標群チャーリーへと向かう。

「オメガ3、エンゲージ」

「オメガ4、エンゲージ」

「ヴァイパー7、エンゲージ」

「ヘイロー10、エンゲージ」

 セオリー通りのR4MⅡの斉射からの機関砲での交戦が始まるが、今回ばかりは深海棲艦も学んでいた。

 密集隊形を捨て、各編隊内の各機の間隔を大きく取り、R4MⅡによる空間制圧射撃による効果を封殺したのだ。数機がそれでもR4MⅡの餌食となったが、発射母機の少なさからの斉射数の減少と、目標群チャーリーの散開戦術は結果としてR4MⅡの無駄撃ちを招いた。無論、撃たなければ良いと言う理論はあるが、撃たなければ撃たないでR4MⅡにも発射母機の方に重量の概念による機動性低下のデメリットを与えて来る。

 効果的に活用出来なかったR4MⅡを全弾発射した三隊は、機関砲で目標群チャーリーへと切りかかる。

 当然だが、護衛の深海猫艦戦も指を咥えて見ている訳では無い。フルスロットルで橘花改の後を追い、或いは先読みして速度の不利を立ち回りで補おうとする。だが、攻撃隊の盾になった深海猫艦戦は、文字通り三〇ミリを食らって粉砕され、悠然と飛ぶ橘花改に些かの弾の無駄遣いを強いただけに終わった。

 無論、橘花改の方も、深海猫艦戦に舐め腐った態度で当たっていた訳では無い。寧ろ反対だった。深海棲艦の空母艦載機の中でも、運用歴の長い艦上戦闘機な分、立ち回りのスキル、戦術を確立している分、寧ろ深海噴式燕戦爆よりも脅威と言えた。速度は圧倒的に劣っていても、六門の機銃の弾幕に捉われれば、橘花改とて無事では済まない。

 すれ違いざまに六門の機銃の弾幕が横から伸び、橘花改が寸でのところでバレルロールで銃火を躱し、離脱する間に、攻撃を逃れた深海地獄艦爆、深海復讐艦攻の編隊は第三任務群との距離を詰めていく。一航戦、五航戦の直掩機はストーンヘッドの指示で母艦娘の直掩に回されて援護に回れない。

≪こいつらしつこいぞ≫

≪オメガ3、避けろ≫

 機体性能で劣っても、慣れがある深海猫艦戦の粘り強い抵抗を前に、橘花改は安心して攻撃隊に挑む事が出来なかった。放たれた三〇ミリが切り裂いて、バラバラにした艦爆、艦攻は結局その全てを合わせても五本の指で数えられる程に留まった。

 

 

≪敵攻撃隊、尚接近。敵編隊は艦戦五機、艦爆二七機、艦攻一〇機≫

「思ったより減っていない……」

 冷や汗をこめかみに滲ませて青葉は呟く。既に主砲、高角砲は目標群チャーリーの方へと指向し、砲尾に対空弾を装填して待機している。

 輪形陣を形成する天霧、狭霧、エドワーズ、リアリー、鬼怒、ウミェールイにも少しばかり緊張が走る。

 射撃号令がウミェールイの口から飛び、艦対空ミサイルがVLSから飛び立ち、空を目指す。速度は深海噴式燕戦爆よりも遅い分、迎撃に掛けられる時間は長かったのが幸いではあった。

 艦対空ミサイルが順調に敵編隊を崩し始めた時、ストーンヘッドから悪い知らせが入る。

≪新たな敵編隊を確認。方位077より敵機六〇。更にその後方に四八機。進路は第三任務群と推定される。尚的速から深海噴式燕戦爆では無く、深海猫艦戦、深海地獄艦爆、深海復讐艦攻の戦爆連合と推測。以後、目標群エコー1、2と呼称。

 方位010に新たな反応、敵艦載機群。機数八〇。フォックストロットと同じ機体構成。目標群フォックストロットと呼称。敵針路、一航戦、五航戦へ向かう≫

 それを聞いて、第三任務群の防空指揮艦である青葉が呻き声を漏らした。ケストレルの直掩機は全て上がっているから、戦闘機での対応は間に合わない。ウミェールイの艦対空ミサイルの鉄壁の防御があるが、それも万全ではない。

 

 ウミェールイの対空兵装は、命中精度の観点においては、艦娘の中でも最高峰と言えたが、問題は勿論あった。例えばニュージャージーの主砲よりも遠くの対空目標を捉えられる長射程の艦対空ミサイルのVLSに装填されている装弾数は九六発、短距離艦対空ミサイルは六四発がVLSに装填されている。この内、既に長射程の艦対空ミサイルを一二発、短距離艦対空ミサイルを一八発発射して、更に今、チャーリーの編隊への対応で右肩下がりにミサイルを消耗している。

 弾薬庫に即応弾と予備弾を数百発単位で装填出来る分、命中精度は艦娘のエイム力次第な艦砲の対空弾と違い、艦対空ミサイルはほぼ確実に当たる一方で、対空弾よりも装弾数が圧倒的に少ないと言う致命的な問題を抱えていた。ストレンジリアルのケストレルとウミェールイが軍艦だった頃の時代の現代軍艦の対空戦闘も、自艦と僚艦の対空ミサイルと合わせて、対艦ミサイルの波状攻撃を防ぐ事は想定していたが、ミサイルの弾持ちの悪さは実の所、第二次世界大戦と同じ、数十、数百単位で送り込まれて来る攻撃機と言う物量戦とは相性が悪かった。それに艦載機は対艦ミサイルと違って、撃墜されなければ再び母艦に戻って再武装して何度でも攻撃隊を構成する事が出来る戦力を残している内は対艦攻撃を繰り返す事が出来る。深海棲艦について、長い戦いの中で判明した事も多いが、深海棲艦空母の爆弾、魚雷搭載量については少なくとも空母艦娘より多いだろうと言う、曖昧かつ抽象的な答えしか無く、深海棲艦の謎の中でも未だ判明していない分野であった。

 

 詰まるところ、ウミェールイの百発百中の迎撃も、現状第三任務群を目指して来る艦載機全てを迎撃する事は不可能と言う事だった。あとは不確実性の高い、既存の高角砲や主砲、機銃の対空砲火で凌ぐしかない。

「やる事が……やる事が多い……!」

 流石にウミェールイの表情に焦りが見え始める。一航戦、五航戦の直掩機は目標群フォックストロットへの対応になるので、直掩機の援護を受ける事は出来ない。

「Saturation attack……シンプルだけど、実に効果的ね」

 どんな強い敵も、飽和攻撃を浴びせられれば、息が切れる。至極単純でそれで居て効果的な戦術にニュージャージーが眉一つ動かさずに呟く。

「ウミェールイさん、対応出来ます?」

「あのなあ、狭霧。ウミェールイばかりに仕事を押し付けるのはどうかと思うぜ?」

 自信無さげに尋ねる狭霧に天霧が横から口を挟むが、ウミェールイは艦対空ミサイルの残弾数と敵機の数を勘定して、率直な感想を持って答えた。

「ちょっと厳しい気がします。相手がミサイルよりはゆっくり来るのが幸いとは言え」

 深海噴式燕戦爆は音速か亜音速で飛来するので、長射程の艦対空ミサイルの迎撃タイミングが一度に限られていた所はあるが、それ以外のジェット機ではない深海艦載群の速度なら、二回は長射程艦対空ミサイルで迎え撃てそうな雰囲気はあった。二回の長射程艦対空ミサイル、そして恐らくは同様に二回くらいは攻撃タイミングがありそうな短距離艦対空ミサイル、後先考えずに残弾を気にせずに発射するなら、目標群エコーを平らげるのは容易い。ただエコー1、2の様にこの後も波状攻撃が続くなら、ミサイルの温存は視野に入れないと、土壇場での残弾僅少による行動制限がかかる可能性が高い。

「物量の戦い……これはどっちが息を切らすかの勝負ね」

 そう呟くウミェールイの艤装から短距離艦対空ミサイルが斉射され、目標群チャーリーの残敵を掃蕩していた。

 

 

「ん、こいつは、なんだい?」

「どうした?」

 空中統合管制機の機内で、戦術士官がディスプレイに表示された二つの輝点を見て首を傾げた。彼が見るディスプレイは対空レーダーでは無く、対水上レーダーであった。コンソールを叩き、水上レーダーで捕捉した目標についての正確なデータを求める。

「水上目標探知。第三任務群を参照点に、方位181。第三任務群との距離、一〇キロ。的速、一八ノットで北上中」

「一〇? なんでもっと早く探知出来なかったんだ?」

「近隣の島嶼群に遮られていた模様……ですが……」

「何だ、何の話だ?」

 ストーンヘッド自身が騒ぐ戦術士官の元へ歩み寄る。

「これを見て下さい。この赤い輝点が深海棲艦の機動部隊で最も近い所にいる艦隊です。当然ですが、識別信号、IFFコードなんてものは割り当てられていません。こっちが艦娘艦隊」

「そんなのは見れば分かる」

「で、問題がこの二つの輝点。よく見て下さい。我が軍の識別コードではありませんが、深海棲艦とも異なります。自ら固有の識別コードを発信している」

「なんだ、王武海軍艦隊が出張って来たのか?」

「いえ、これを」

 戦術士官はキーボードとトラックボールを操作して、比較対象を表示した。見知らぬ識別コードと今、第三任務群の中で戦いを繰り広げる二人の艦娘の識別コードが並べられる。

「一つはケストレルの識別コードと、もう一つはウミェールイの識別コードと一部が一致します。それも、所属組織を表す数字と文字の羅列部分が」

「……それってつまり……」

 

 

「OFSフィンチとYFSグムラク?」

 懐かしい名前だが、何故ここに、と言う疑念の余り、自分でも分かる変な声でケストレルは聞き返した。

≪こちらでそう識別している。君とウミェールイの識別コードを統合軍の物として全面的に書き換えていなかったから分かった様なものだ。名前に聞き覚えはあるかい?≫

 ストーンヘッドでは無く、ストーンヘッドが乗り込む空中統合管制機に居合わせる戦術士官直々の問いに、ケストレルは「ええ」と答える。

「ストレンジリアルでは私の僚艦でした」

 マジかよ、と言う反応がヘッドセット越しに聞こえて来る。

 確かに、とケストレルはストレンジリアルの記憶を思い起こす。自分がセレス海で撃沈されたその日、潜水艦発射対艦ミサイルの奇襲攻撃で、空母「ケストレル」を護っていたオーシア海軍駆逐艦「フィンチ」と、前日に心ある僚艦と共にユークトバニア海軍艦隊から離反して合流して来たミサイル駆逐艦「グムラク」が呆気なく轟沈してしまった。

 まさか、あの二隻が艦娘に転生を? にわかに信じられない思いを感じながら、しかしとその想いを引き留める様に、ケストレルは振り返りざまにその視界に共に転生して来ていたミサイル巡洋艦ウミェールイの姿を収める。

 しかし、本物だろうか、と言う疑念に、突如オープンチャンネルで割り込んで来た陽気な声が回答を明朗な声で返して来た。

 

≪ララーラ、ラ~~。我々の美声を聞きたまえ。こちら栄えあるユークトバニア海軍ミサイル駆逐艦グムラクだ≫

≪こちらオーシア海軍駆逐艦のフィンチだ。ケストレル、居るんだろ? 応答してくれよ≫

 

 今になってケストレルは急に眩暈がして来た。無論フィンチとグムラクの名を知らぬ訳では無いが、艦娘となった姿は当然知らないし、特にフィンチはこんなに気安いノリの性格の駆逐艦だっただろうか、と言う確証の持てない不安を覚える。トントンに進む事態よりも、見知らぬ艦娘がいきなり合流を希望して来る事への不安が大きい。

 しかし無線で聞こえるフィンチはケストレルの事を知っているし、「オーシア海軍」と言うごく限られた人物しかこの世界では知らない組織名を知っている。ケストレルと同じストレンジリアルと呼ばれる世界の住人だったモノしか知り得ない名詞を口にするのは、ある意味合言葉を唱えているのにも等しいのかも知れない

「信じて見ましょうよ、ケストレル」

 背後から進言して来るウミェールイに、ケストレルは尚困惑を浮かべていたが、ウミェールイの一言で躊躇いを断ち切った。

「どの道、猫の手も借りたい状況です。フィンチとグムラクの艦対空ミサイルが無ければ、この先詰みです」

 

 

 何で人の姿になっているのか、それは幾ら考えても答えは出て来なかった。宛てもなく、グムラクと二人っきりで彷徨っていたフィンチにとっては、馴染みのある識別コードを発しているケストレルを見つけたら、合流を計って今の状況についての情報を確認したい願望はある。気安いノリは素のモノだが、目を覚ます前は鋼鉄の軍艦だった筈の自分が、人の姿と在りし日の軍艦のそれを彷彿させる謎装備を纏っていると言う理解の範疇を越えた超常現象には内心困惑が隠せなかった。

 そもそも人が何故、直に海上に直立出来るのか、と言う点においても理解が及ばない。人間は船か、浮き輪か、遊泳具無しには浮かんでられない程の存在なのに、それを通り越して海上に二本の脚で立っているのである。これは夢か、それともあの世の様々な理が書き換わった摩訶不思議な世界なのか。

 ケストレルと邂逅すれば何か分かるかも知れない、と言う藁にも縋る想いで進むフィンチに、続航するグムラクが呟く。

「もう一つの識別コードには見覚えがある。我らが艦隊旗艦、ウミェールイだ」

「味方の背中を撃つように指示していたあの巡洋艦か」

「巡洋艦が、と言うよりはウミェールイに座乗していた艦隊司令官と彼に従った兵が悪い……少なくとも私としてはウミェールイや艦隊司令官の命に従った艦そのものが悪いとは思ってはいない」

 抑揚ある低い声で言うグムラクは、明朗快活なフィンチとは正反対の性格だった。フィンチはセレス海海戦の時の「グムラク」艦長の勇ましい名乗り上げを聞いていたから、艦長の性格と、人としての姿を得た自分達とは比例しないものなのだなと言う最低限の情報はこの時点で把握した。

 何にせよ、自分達がどの様な存在なのか、この世界はどんな世界なのか。それを知る必要がある。まずその為にも、何か得体の知れない相手と戦闘状態にあるらしいケストレルとウミェールイの支援に当たるべきであろう。

 

 

「Roger……艦隊全員に通知。南から『味方艦娘』が合流。繰り返す、South方向より、味方接近」

「味方?」

 ストーンヘッドから共有された情報を元に、主に友軍への誤射への警戒と言う意味で、南から味方艦娘が近接すると言う旨を知らせるニュージャージーに、青葉が訝しむ声を上げる。今になって増援か、と言う若干の混乱が第三任務群全体に広がろうと言う時、新たに取得した情報に一応の整理を付けたらしいストーンヘッドが改めて伝達して来る。

≪理由は不明だが、ケストレルとウミェールイと同じ世界の軍艦二隻が、艦娘として他に転生して来ていた模様。彼女達と協力して、敵機群を撃退せよ。尚艦隊陣形に関しては、新たに合流する駆逐艦フィンチ、グムラクの二人を、輪形陣と並走させる形で一応の対応とする≫

 深海棲艦との一つの戦闘の後に、艦娘が一人か二人、新規に艦隊に入隊して来る事は、不定期ながらも今でもある話であるが、戦闘中に新参の艦娘が邂逅して来るのは前代未聞の事例であった。戦闘中に新規入隊艦娘を増援として送り込む、と言うかつての泥縄式の戦力投入方法も現在では封じられた戦術である。最も、フィンチとグムラク、共にその出自が、この世界の人と艦娘の理とは外れた存在であると言うイレギュラーな事態ではあるが。

 海上に沈殿する艦対空ミサイルの発射煙の中から姿を現したウミェールイと、その前方輪形陣の中央に位置するケストレルの右目の端に、合流を図るフィンチとグムラクの姿が見えた。二人の姿を認めたケストレルとウミェールイは、始めて見る艦娘として生まれ変わったフィンチとグムラクの姿に、何故か既に見慣れた姿にしか見えないと言う心理がその胸の中で芽生えていた。二人の駆逐艦艤装に書き込まれた艦番号、艤装の形状、手に持ち、身体に纏う火器兵装艤装、二本の脚の先に履く主機艤装、そしてその容姿。形も絵も分からないのに頭で知っているパズルのピースを拾ったような、とでも言うべき不思議な違和感のない二人の姿だった。

 フィンチと分かる艦娘が右手を振りながら、輪形陣の右翼を固める狭霧と天霧の横へと布陣していく。特型駆逐艦の中でも綾波型と呼ばれる艦種に属する狭霧と天霧の艤装と比べると、軽巡程の大きさを誇る二人の艤装は、果たして駆逐艦娘と呼んでよいのかと言う躊躇いを見るものに与えて来るサイズだった。

「ウミェールイからフィンチとグムラク、データリンク接続出来ますか?」

 ウミェールイの問いに、フィンチが耳に手を当てて、なんだって? と言う仕草をする。オープンチャンネルでは無く、専用の軍用無線チャンネルで話しかけたので、周波数ががあっていない二人にはここからでは声が届かないらしい。一瞬のもどかしさの後、ウミェールイは二人に近い所に布陣する天霧に頼み、無線周波数を伝達させた。

 ヘッドセットにフィンチとグムラクの黄色い声が同時に入り込んで来る。

「ヘイ、ケストレル。私ら何で人の姿になってるのか、教えてくれよな」

「後で、にして下さい。今、大変に忙しいんです。二人はウミェールイさんの指揮下に入って、対空戦闘に移行して下さい」

 そのケストレルの独断は、防空管制艦である青葉の指揮権限の範疇であり、越権行為に該当する指示だったが、青葉は黙認した。面識がないフィンチとグムラクだし、共同運用の事前演習も何もないぶっつけ本番の状況下だ。面識があり、尚且つ艤装の由来となった艦艇の世代が同じウミェールイの指揮下に預けて、自分はウミェールイの上で現場責任を負うと言う体を取れば問題無かろう。

 とは言え、一応、そう言う体裁を取る事を宣言しておく必要はある。

「全隊、駆逐艦フィンチとグムラクはウミェールイ指揮下に入れるものとする。尚、三人の指揮系統上の指揮官はあくまで防空管制艦青葉に依るものであり、現場で起こり得る全ての責任は青葉が引き受けるものとします」

「Copy」

 艦隊旗艦であるニュージャージーが真っ先に応答し、遅れて鬼怒、狭霧、天霧、エドワーズ、リアリーが承服した旨を口にする。

「ウミェールイより青葉さんへ。此方で『好きにやって』いいんですか?」

「どうぞどうぞ」

 その答えを聞いて、ウミェールイはふうと溜息を吐き、自身の心の中を軽く整えてから、その喉から凛と張った声を張り上げた。

「対空戦闘、ウミェールイ指示の目標! 攻撃始め!」

 

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