艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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第一五話 ジェネレーション・ギャップ

 艦砲の発砲よりも小さい突発音と、砲煙とは比べ物にならない噴煙がウミェールイ、フィンチ、グムラクの艤装を覆いつくす。ウミェールイのVLSからは矢継ぎ早に艦対空ミサイルが撃ち放たれる一方、フィンチとグムラクの艤装では、一発の艦対空ミサイルが単装ランチャーから莫大な噴煙を残して発射されると、即座に腕木の様なランチャーが所定の位置に戻ってレールを接続し、弾薬庫から次の対空ミサイルを再装填し、再び射撃体勢に入る。

 フィンチは単装ランチャー一基、グムラクは単装ランチャー二基とミサイルの連続投射量においてこの二人はウミェールイに圧倒的に劣っていたが、艦対空ミサイルの弾切れが課題になりかけていたウミェールイの補助を行うと言う役目では充分過ぎる活躍を発揮し始めていた。

 接近して来る目標群エコー1、2の艦載機群に対し、ウミェールイの艦対空ミサイルに加え、フィンチとグムラクのミサイルも襲い掛かる。高空から滑空して来る細長い弾体に対し深海艦載機群が気付く前に、ミサイルは弾頭の近接信管に撃発信号を送り、接触寸前で次々に起爆した。

 無数の散弾が虚空に、魚を絡め捕る漁網の如く広がり、深海艦載機群を絡め捕る。粉砕された機体、或いは制御不能になった機体が立て直す事の出来ぬまま、重力に引かれて何もない海面へと最後の飛行に移る。

 相対速度は空母艦娘の放つ航空妖精が駆る艦上戦闘機のそれの比では無い。一瞬にして高空から降り注いだミサイルが、深海地獄艦爆、深海復讐艦攻、深海猫艦戦に近接し、起動した信管によって砕け散ったミサイルの散弾を浴びる。亜音速、または超音速の対艦ミサイルや戦闘攻撃機を迎撃する事を目的に開発された艦対空ミサイルにとっては、深海艦載機群など、鈍足で飛ぶ標的機に等しい。

 一見ウミェールイ、フィンチ、グムラクの三人が居れば、鉄壁の防空網に見えるが、問題は必然的に起きている。まずウミェールイの艦対空ミサイルの射程と、フィンチとグムラクの艦対空ミサイルの最大有効射程が大きく違ったのだ。ウミェールイの艦対空ミサイルの交戦距離が「長」だとすれば、フィンチとグムラクの艦対空ミサイルは概ね「中」ないし「近」であり、足並みを揃えた迎撃は出来なかった。今三人が揃ってミサイル迎撃を実施出来ているのも、ウミェールイが目標群チャーリーの対処に時間を削がれ、エコー1、2への対処開始に送れたが為に、フィンチとグムラクの交戦距離にまで接近されていたからだった。

 もう一つ、武器管制システムの連動に問題があった。ウミェールイとグムラクは、ストレンジリアルでは袂を分かった同士とは言え、武器システムをデータリンクで連動させて、共同交戦する事は出来る。一方フィンチはウミェールイとグムラクとは異なる武器システムを採用しているので、データリンクで連動した攻撃が出来ない。それ故にウミェールイとグムラクの狙った目標をフィンチも狙ってミサイルの無駄撃ちが発生し始めていた。艦対空ミサイルと言う深海棲艦艦載機群からすれば、一機に対し一発で充分な相手に、二発が追尾、命中するなどと言う事が頻繁に起きた。

「……オーシアとユークトバニアの武器システムの違いが、仇になったわね……」

 目標攻撃の重複を知ったケストレルは、苦い表情を浮かべた。もっと効率的に狙えるようになれば、ミサイルの無駄使いが減るだろうが、今現場で対応出来る事は余り無い。この世界の艦娘達はその点、予め防空管制艦と呼ばれる艦娘を指定し、その艦娘が優先攻撃目標を割り当て、データリンクで各艦娘に射撃指示を送る仕様であった。概ねイージス艦の同時多目標対応能力を艦娘自身の人力と妖精の補助で行っている様なものだ。

 ラバウルに帰ったら、この武器システムの統合化に重点を置いた改装が必要だろう。幸いにもこの世界の艦艇、艦娘の技術水準はストレンジリアルよりは少しばかり劣る所はあるが、決して足りていない訳では無い。寧ろ艦娘と言う、ストレンジリアルには無い先進的な技術分野が発達している面もあった。

「本当に、『おかしなリアル』世界ね……」

 口元を緩めて言うケストレルの耳朶を、再び艦対空ミサイルの発射音が打った。

 

 

 問題はあった。だが、その問題を問題にまで発展させない力技でウミェールイ、フィンチ、グムラクは目標群エコー1を殲滅した。三人の艤装内のCICのディスプレイ上で、ミサイルの輝点と、深海艦載機群の輝点が交わる度に、フラッシュする事も無く、ただ無味乾燥な「LOST」の表示が出て、直ぐに消える。

 六〇機程の目標群エコー1の編隊は、音も閃光も見える事無く、空から消し去られた。先行する攻撃隊の消失に、後続の目標群エコー2は流石に訝しみ、進撃速度を落とした。艦娘を含め、人類側は察知しえない世界であったが、深海棲艦と同様に、艦載機もまた、個々に交信を行う事が可能だ。今日明らかに、味方空母を飛び立った味方機が、艦娘に爆弾や魚雷を投げつける以前の段階で消失して、未帰還となる事が多すぎる。いや多すぎると言う言葉ですら足りない異常事態が起こっていた。

 艦娘側の大規模な機動艦隊の出撃に、深海棲艦も大規模な空母機動部隊による空母機動部隊決戦を挑んだ。少なくとも先手を取られた一群を除き、殆どの空母群は無傷で済んでいる。だがその格納庫に収まる艦載機が、出撃する度に瞬きをする間に減って行くのだ。

 明らかにおかしい、と判断した目標群エコー2の編隊は、判断に迷った。突入か、それとも反転して退却するべきか。突入すれば、味方航空隊と同じように全滅か、壊滅する事になるかも知れない。だが艦娘とてその弾薬は無限にある訳では無い。深海棲艦も、艦娘に関する情報を全く持っていない訳では無い。此方が物量に任せた波状攻撃を続ければ、どんな兵装も弾切れに追い込める。

 もし反転すれば、航空戦力の壊滅的損害を抑え、最低限の戦力を残しておく事は出来るだろう。母艦の空母達は普段であれば、戦果無しの手ぶら帰りしたら憤慨するかもしれないが、今は状況が違う。投入された最新鋭のジェット機ですら未帰還機多数と言う状況なのだ。イレギュラーな事態が発生している中、突入するのは無謀でしかない。

 状況を母艦に報告した深海艦載機群に、母艦から返された返事は簡潔だった。

 

 

「目標群エコー2、反転し離脱する模様」

「今日だけで何十機も艦隊到達前に撃墜されたからな……流石にイレギュラーが発生しているから戦力温存に走ったのかも知れんな」

 空中統合管制機の機内で、管制官がコンソールのディスプレイを見つめながら言う。

 コールサイン、ストーンヘッドはこの機を逃す事は無かった。

「攻撃可能な全空母に発令する。敵深海空母機動艦隊を攻撃せよ。敵空母群の位置はデータリンクで転送する。全軍、反転攻勢に移行せよ」

 

 

 第三任務隊は目下、弾薬を使い果たした橘花改の収容作業で手が一杯だった。ケストレルの甲板へ、兵装を使い切り、燃料も減って身軽になった橘花改が次々に降りて来ていた。

 ケストレルが首を目一杯後ろ側へ向けると、橘花改がまた一機、着艦フックを垂らして、大きく機首を上げて迫って来た。ゆっくりと接近して来る機体が空の一点にぶら下がっている様に見えた一瞬の後、どしんと甲板に音を立てて主脚が足を下ろし、着艦フックが着艦ワイヤーを握りしめて、機体をぐっと捕まえる。ワイヤーが千切れた時に備えて、航空妖精が反射でフルスロットルに入れていたエンジンの音が忽ち小さくなり、着艦した橘花改に緑のジャージ、ヘルメットのフックランナーと黄色のジャージ、ヘルメットの誘導員が駆け寄って、直ぐに着艦ワイヤーを元に戻したり、駐機場所や格納庫へ至るエレベーターへと誘導していく。

「エアボス、着艦収容した橘花改の数を正確に数えて下さい。未帰還機の有無をはっきりしておきたいです」

「了解」

 エアボスと呼ばれる飛行長妖精が頷き、格納庫へ降りるエレベーターに乗って橘花改と共に甲板下へと降りる。

 ケストレルは着艦機の数を数えながら、別の事にも考えを巡らせていた。即ち、深海棲艦空母群へ、ケストレルも攻撃に参加するべきか否か。

 大柄な空母艦娘は格納庫の内部を脳裏に浮かべる。艦娘となった今、直接見る事は出来ないが格納庫の風景はストレンジリアルと今とで何も変わらない。その格納庫内に、爆装を施さずに待機させている景雲改があった。景雲改に爆装を施し、深海棲艦空母群への航空攻撃に加わるべきだろうか。

 ケストレルはもう一度、着艦機で混み合う飛行甲板を一瞥し、頭をゆっくりと振った。今、攻撃隊の発艦準備を命じれば、着艦機の収容で忙しい飛行甲板や、格納庫、デッキクルー妖精は大いに混乱する事だろう。無駄に手間が増え、作業が遅延し、その結果余計な損害を生じかねない。

 敵空母撃破の大仕事は、先輩たる翔鶴や赤城と言ったこの世界の空母艦娘達に任せておくのが今は無難だろう。新米の自分が迂闊に出しゃばって、変に戦果を多く上げるのは無礼に当たるかもしれない。

 着艦機の収容作業に専念し、後は先輩空母艦娘に任せておこう。そう判断したケストレルは回転翼のローター音で意識を現実に戻された。

 万が一の着艦事故に備えて、救難機として発艦したS-51J改ヘリコプターが二機、ケストレルの周囲を飛び回っていた。他に四機が対潜哨戒の為に発艦して警戒に当たっている。対潜哨戒に当たる自前のヘリコプターを搭載しているのは、空母艦娘多くあれど、ケストレルただ一人しかこの世に居なかった。

 

 ヘリコプターの機影を見て、ケストレルは古典的なその外観に、何気ない吐息を漏らした。転生時に艤装の格納庫に多数の現代戦闘機があったのとは対照的に、ヘリコプター類は全て無かった。空母「ケストレル」がストレンジリアルの頃に運用していたH-9系列のヘリコプターの内、海兵隊特殊部隊シーゴブリンの展開と回収に用いられていたHH-9B戦闘救難ヘリはオーシア連邦大統領ビンセント・ハーリングがシーゴブリンを率いて首都に乗り込む際に全機出払い、対潜哨戒、輸送等に用いていたSH-9、MH-9と言った各種艦載ヘリコプターは空母「ケストレル」沈没時に乗員の退艦に全機が使用され離艦したのが恐らく要因だろう。

 あのヘリコプターには随分馴染みと親しみを覚えていたのだが、と前世を思い返しながらケストレルは一抹の寂しさを覚えた。「ケストレル」のヘリコプター乗りは愉快で陽気な性格が多かったので、船魂だった頃のケストレルも随分あの陽気な男たちの声に励まされたものだった。

 今周囲を飛び回るS-51J改と言う、本来なら航空博物館でしか見られない様な古典的な妖精が乗り込む艦上ヘリコプターも、決して悪い訳では無いが、ついぞとストレンジリアルの頃の記憶が懐かしくて溜まらなくなる。その点で言えば、恐らく撃沈時に脱出出来無かったのか一緒に転生していたウミェールイのKa-25哨戒ヘリの存在が羨ましくなる(ウミェールイのKa-25はケストレルの格納庫に残されていた戦闘機同様、まだ修復途上の為、この場には居ない)。

 

 ようやく最後の橘花改が甲板に主脚をどすんと降ろし、艦尾側の飛行甲板に三本張られているワイヤーの一つを掴み、急制動して着艦を終える頃にはケストレルの航空艤装も大分整理がつき、着艦した橘花改は格納庫内で機銃弾の再補充と燃料の補給作業に移っていた。

 着艦作業が終了して、ケストレルを含む第三任務隊が風上に向かっていた艦隊進路を元に戻した時、哨戒中のS-51J改の一機が、黄色い発煙筒を海上へと投下した。

 海面でもくもくと上がる黄色い煙と共にS-51J改、コールサイン・ブルーハウンド2から無線で第三任務隊に警報が飛ぶ。

≪警報。敵潜水艦の艦影を目視で確認。艦影から潜水艦ソ級flagship級と思われる。各艦対潜警戒を厳にされたし≫

「全艦、ASW(対潜戦闘)用意! 艦隊旗艦、速力を一戦速以下に落として」

 対潜指揮艦を務める鬼怒の進言に、ニュージャージーから即座に減速の指示が飛ぶ。

「All ahead standard.(両舷前進原速)」

 第三任務隊の各艦娘がスロットルを絞り、速度を落としていく。が、直前まで最大戦速で走っていたケストレルは慣性が大きく付いており、尚且つ第三任務隊の中でも最も規模の大きい質量を持つ艤装故に、急には減速出来なかった。同じ大型艦でも加減速には慣れがあるらしいニュージャージーが急速に速度を落とす中、ケストレルは前方を進む戦艦艦娘へと距離をぐいぐいと詰めていく。

「面舵一杯、舵一杯!」

 接触を避けようと右に舵を切るケストレルに、ニュージャージーも察知したのか、左へと舵を切る。しかしフィギュアスケート選手がその場で身体の向きそのものを変えられても、滑る方向を即座に変えられないのと同様に、艦娘も鋭角的に進路を変える事は出来ない。ましてやニュージャージーは減速して舵の効きが鈍っている状態、ケストレルは艤装重量から来る強烈な慣性と尚速い速力と相まって二人の距離が急激に縮まる。

「皆、ちょっと御免」

 衝突事故になったら目も当てられない、とニュージャージーは詫びの一言を入れ、加速をかけた。海中に響く第三任務隊の艦娘達の主機の音が静まりかけていた中、急激にニュージャージーの機関音が上がり、耳を澄まそうとしていた鬼怒達の鼓膜を全力回転するニュージャージーの機関音が引っ掻いた。

「Wow 相変わらずパワフルなエンジンだ事」

 ヘッドセットのミュートボタンを反射で押しながら、エドワーズが呻く。フレッチャー級駆逐艦娘三人分以上の出力を誇るアイオワ級戦艦艦娘の艤装の機関音は、それ相応にけたたましい。

「足音が大きいよね、戦艦って」

 ミュートが少し遅れたリアリーが耳元を抑えて渋面を浮かべながら言う。艦娘、深海棲艦共に航行時のキャビテーションノイズの事を艦娘は「足音」と言い回す事が多々ある。

 ギリギリのところでケストレルに飛行甲板が、ニュージャージーの艤装背部を掠めたものの衝突は回避された。しかし、その分、減速が遅れたケストレルと緊急加速したニュージャージーの二人の機関音が、海中に鳴り響き、潜航中のソ級の探知が遅れる事となった。

 タイミングが悪い、と胸の内で悪態を漏らしながらもエドワーズはヘッドセットの位置を正し、聴音に移行する。意外だがケストレルは原子炉を備えた艤装固有の特徴的な音こそ発しているものの、ニュージャージーよりは比較的静かな「足音」だった。第二次大戦時の艦艇の模倣と言える既存の艦娘艤装と違い、より潜水艦の性能が発達した冷戦期世代の軍艦の転生者と言えるケストレルやウミェールイの艤装の「足音」はより高い静粛性が求められた為なのか、既存の艦娘よりずっと静かだった。

 衝突回避をしたニュージャージーが改めて減速した事で、ようやく海中の音が静かになる。

 エドワーズに遅れてリアリー、天霧、狭霧、鬼怒がパッシブソーナーで海中の音を探り始める。上空ではS-51J改が海面付近に潜水艦が居ないか、探し回っているが、潜望鏡発見の報は無い。

 ひやりとした一面を回避したケストレルは、改めて、今第三任務隊の直面する敵の存在を思い返して背筋がざわりと粟立った。潜水艦? いやな相手が出て来たわね。

 曲がりなりにも潜水艦と言うのは、ストレンジリアルで「ケストレル」と「フィンチ」「グムラク」を撃沈した張本人である艦種なだけに、ケストレルが本能的な嫌悪を示すのは至極当然の反応だった。フィンチとグムラクはどう思っているのだろうか、と視線を転じた先ではフィンチとグムラクの二人も聴音に注力しているらしく、耳に手を宛がい、目を瞑っていた。

 

 

 敵潜水艦、と聞きフィンチは俄然とやる気が溢れて来ていた。前世では自分を沈めてくれた憎き敵だ。恐らく今襲い掛かろうと海面下で牙をちらつかせているのは、前世で駆逐艦「フィンチ」を沈めた艦とは別だろうが、それがどうした。撃って来るならやられる前にやるだけだ。

 この世界の艦娘にとっては、ソ級の探知は骨が折れる作業だったが、フィンチを始め、ウミェールイ、グムラクの三人は事情が全く違った。潜水艦ソ級の航走音は、オーシア海軍やユークトバニア海軍の潜水艦が抜き足差し足忍び足で歩くのと同じと考えれば、まるでフラメンコのステップをしているのと同じくらいに騒々しい。耳を澄ます、と言うまでもない。

「ソーナーコンタクト。方位0-9-0、的針2-5-3、速力六ノット。数……六。二隻は反応が大きい、大型の潜水艦だろうか?」

 あっさりと潜水艦を聴知したフィンチの言葉に、鬼怒が思わず二度見をして来る。鬼怒の視線はウミェールイとグムラクにも向けられ、その二人からもフィンチと同じだと言う視線や頷きが返され、唸り声を漏らした。

「ストレンジリアル艦娘、マジパナい……」

 呟く鬼怒のヘッドセットにディーゼルエンジンの回転音が大きくなる。音の主を見やると、フィンチが加速して、潜水艦が居ると分かった方へ向かっていくのが見えた。

「フィンチ、何処行くの!?」

「狩りに出かけるのさ」

 思わず制止の声を上げる鬼怒にフィンチの明朗な声が返される。明朗な声、と一瞬思ってから鬼怒はその感想に一言を加えて訂正した。明朗で少々生意気臭い、と。

 

 

 鬼怒の感想の通りの性格と言動だが、フィンチは決して軽薄な人間として転生した訳では無い。寧ろ、復讐の炎に心は燃える一方で、目はアイスブルーの瞳と同じように冷え切った様な冷静さがあった。

 前世の対潜戦の訓練程、手こずり、嫌な経験を重ねた戦技訓練は無かっただけにフィンチも身体が覚えている。とは言え、相手が最早意図的に海中で主張激しく喚き散らかしている様な航走音を立てているのだから、こちらが真面目にやるだけ逆に馬鹿な事をしている様にすら思えて来る。

 撃たれる前に撃つ、それが何事も鉄則だとフィンチは艤装に備わる魚雷発射管を潜水艦の航走音がする方向へと向けた。

「諸元入力良し、対潜戦闘、短魚雷攻撃始め! ファイヤー!」

 炭酸飲料の栓を抜いた様な間抜けた音を鳴らして、短魚雷一発が魚雷発射管から発射された。重量物を水中に落とした音が足元で鳴り、靴底の下の海面下を短魚雷が馳走する音がソーナー越しに聞こえて来る。

「短魚雷、正常航行開始」

 コーン、と言う甲高い探信音を鳴らして、海中を魚雷が潜水艦を求めて走る。騒々しい機関音が更に高まり、最大速度で魚雷を躱そうとするのが分かった。潜水艦ならもっと速く動ける筈だけど、とフィンチは訝しむ。潜水艦は海中では海上よりも速く航行出来る。潜水艦にもよるが二〇ノット以上は出せる艦は当たり前だ。だが今フィンチと、彼女の放った魚雷が追う潜水艦は一〇ノットもろくに出ないのろのろとした動きで回避機動を試みている。

 もしかして自走デコイを追いかけてしまったのだろうか、と言う不安が脳裏を過った時、魚雷が潜水艦と交わり、水中で二次爆発を伴う大きな爆発音を放った。水中を衝撃波が走り、海上をどす黒い油交じりの水柱が突き上がる。海面に付き上がった直後から崩れ去る水飛沫の中に破壊した潜水艦内の何かのパーツが発見したフィンチは鼻を鳴らして得意げに笑みを浮かべた。

 

 

「あのバカ……!」

 自分でもらしくないと思いながらも、グムラクは悪態を吐き、耳を抑えていた。フィンチが沈めた潜水艦の爆発音が鳴る直前、更に四隻の潜水艦の粛々とした航走音をグムラクは聞いていた。それが、フィンチの先走りで沈めた潜水艦の爆沈の音で、分からなくなってしまった。相手を軽く見過ぎだとフィンチの行動に批判的な意見を胸中で述べながらも、全く間違った行為でもない事は彼女も認めていた。何故なら、潜水艦はあらゆる方位から迫っているからだ。

「狼の寝床に入り込んでしまったのかしら」

 爆音が静まり始める中、その爆音越しですら聞こえる潜水艦の機関音に耳を傾けて、グムラクは呟く。フィンチが包囲して来る潜水艦の一角を食い破ったから、群浪戦術を仕掛けようとしているらしい潜水艦群の方位の輪も、一部が崩れている。しかし、なんだこの機関音は、とグムラクは別の意味で顔をしかめた。隠れる気が無いのか、潜水艦の存在の主張激しい機関音だ。少しは息を潜めると言う概念自体が無いのだろうか?

 ようやく静かになる海中で、気泡が膨れて弾ける音が聞こえて来た。グムラクのパッシブソーナーはそれを拾い上げ、彼女の耳に届ける。

「発射管注水音。方位0-4-3、距離凡そ三〇〇〇……三〇〇〇……?」

 近すぎる、とグムラクは青くなった表情を浮かべた。潜水艦の魚雷で三〇〇〇は一瞬で食い付かれる。フィンチの沈めた潜水艦の爆沈の音に乗じて、襲撃位置を詰めていたのだろうか。潜水艦が襲撃対象に距離を詰めるのは、雷撃の精確性を上げる事にはなるが、離脱に駆けられる猶予も短くなる。

 何にせよ、発射管注水音が聞こえた以上、直ぐにでも敵潜水艦は撃って来る筈だ。私は駆逐艦、空母や巡洋艦を護るのが務め。使命を果たせない駆逐艦は駆逐艦にあらず。

「グムラクより各艦へ。ワレこれより敵潜水艦への対処行動に移行します! 対潜ロケット弾にて攻撃を実行します」

「こちら対潜指揮艦鬼怒、了解。攻撃を許可」

 恐らく対潜戦の指揮艦らしい「キヌ」と言う名の人物が許可を出した事で、グムラクは増速し、艤装に備わる一〇連装の対潜ロケット弾発射機を潜水艦の方へと指向させた。作動音が艤装上で鳴り響き、適切な仰角、射角を取った対潜ロケット弾発射機がその向きを固定する。

「対潜戦闘、対潜ロケット、発射始め! ヴィストレル(発射)!」

 ロケット弾のブースターの点火と共に一〇発の対潜ロケット弾が発射機から鶴瓶撃たれていく。既存の艦娘のヘッジホッグ散布型爆雷に似てはいるが、ヘッジホッグと違い、グムラクの対潜ロケット弾は自力で飛翔していくので、射程がヘッジホッグ等より遥かに長い。そして敵潜水艦をヘッジホッグの様に包み込む様に―正確には蹄鉄の様な広がり方をして―宙空を飛翔し、ロケット弾の燃焼が尽きると、そのまま自由落下していった。

 海上に着水の飛沫が一〇個上がり、何もない時間が少しだけ流れる。一瞬不発を疑う間が流れた時、一〇発の対潜ロケット弾が一斉に海中で起爆し、海上に黒い油と鉄の欠片らしい物体交じりの濁った水柱の群れをそそり立たせた。

 

 

 グムラクの対潜攻撃より少し前、ウミェールイも同様にソーナーで潜水艦を探知していた。

「これが聞こえていないなんて……」

 ソーナーで拾える潜水艦ソ級elite級の機関音をヘッドセットで聞きながら、これ程のキャビテーションノイズを発するソ級に気が付いた様子が無い対潜艦担当の鬼怒、天霧、狭霧、エドワーズ、リアリーに対し、本当に対潜、それも艦娘としてのキャリアで私の先輩なのだろうか、と言う一瞬疑問が浮かんで来て、ウミェールイは直ぐに思い直す。艤装の装備の性能が違い過ぎるのだと。静粛性に優れたオーシア海軍の原子力潜水艦や通常動力潜水艦を探知する事を目的に作られたユークトバニア海軍軍用ソーナーの前には、この世界で言う八〇年以上前の戦争での技術水準をなぞった様な深海棲艦を前には、過剰なまで性能が優れているのだ。文字通り造作もない。

「対潜戦闘は時間がかかる上に、地味、と覚えた筈なのだけれどなあ……」

 余りにも楽な相手であるソ級に、逆に得応えを感じない事へぼやきを交えながらウミェールイは鬼怒に連絡した。

「こちらウミェールイ。方位1-2-4の敵潜水艦ソ級elite級に対して、魚雷にて対応します」

「了解、任せます」

 巡洋艦艦娘ウミェールイの艤装上で、五連装魚雷発射管が舷側へと魚雷を装填した発射口を向ける。駆逐艦娘島風の背負う五連装酸素魚雷発射管と比べれば、遥かに小さいが、その小型の対潜魚雷の弾頭に充填された炸薬と貫徹能力に一切ふざけた所はない。

「ヴィストレル!」

 射撃号令が発せられ、短魚雷が圧搾空気の力で発射管から蹴り出され、海面へ飛び込む。ソ級相手に二発以上使うまでもない、とウミェールイは考え、発射本数を一発に絞った。ソ級の性能は、ストレンジリアルで相対する事を想定していたオーシア海軍の潜水艦以下だし、何よりウミェールイもグムラクもフィンチも、本業は対潜戦では無く、対空戦闘にあるから、決して潤沢な対潜装備と兵装量と言う訳では無い。弾薬の節約も兼ね、一発に絞った。

 遠くでフィンチがソ級flagship級を短魚雷で仕留めた様に、ウミェールイの対潜短魚雷もまた。探信音を放ちながら、海中を走り、ソ級の艤装から跳ね返って来た反響音を頼りに距離を詰めていく。一応、デコイは備えているそうだが、深海棲艦の備えるデコイ風情に惑わされる短魚雷ではない。

 案の定、ソ級の機関音とは別に、回転しながら気泡が砕ける音が別に発生する。この世界の艦娘のソーナーなら、機関音と勘違いするかもしれないが、発生した気泡の音が位置を変える事はない。発生地点で回転しながら泡を出すだけのデコイだ。マスキングにはなるが、この程度の囮で騙されるウミェールイの短魚雷ではない。

 炸裂音が海中で鳴り、二次爆発を伴う爆発と、船殻や艤装が砕け、圧壊する音がソーナー越しに拾い上げられた。例え深海棲艦とは言え、あまり聞いていて愉快とは言えない音である。砕け散る艤装の破片に混じって、何か断末魔を思わせる叫びが微かに聞こえた気がして、ウミェールイはその端正な顔に苦い表情を浮かべた。

「嫌な音ね」

 胸元の縞シャツを掴んでばたつかせて、南洋の熱気に包まれる海上で汗を搔く身体の不快感を晴らそうとしながら、ウミェールイは呟いた。

 左手で制帽を脱いで、顔に空気を煽り付かせながら、ふと自身の制帽や制服を見て、ウミェールイは苦笑が不意に浮かんで来た。青い上着に、黒い天井の制帽、テルニャシュカと呼ばれる縞シャツ、寒冷な北辺の海なら兎も角、赤道直下のこんな南洋の海で着ていていい制服じゃない。

 帰れたら、ケストレルの制帽の様な天井に白いカバーをかけられる様に補給部門に掛け合っておこう。

 

 

 三隻の深海棲艦潜水艦が瞬く間に沈められても、残る三隻のソ級は襲撃行動を止める気配が無かった。寧ろ、僚艦の分、雪辱を晴らそうとも、何が何でも第三任務隊の艦娘に損害を与えたい、とも取れる執念深さだった。

「厄介だねえ」

 三式爆雷投射機に爆雷を手動で装填しながら鬼怒は呟いた。同時に既存の艦娘のソーナーよりも遥かに可聴能力に秀でるであろうストレンジリアル転生艦娘のソーナーが羨ましくなる。ああ言う程に良く聞こえるソーナーがあれば、ソ級や潜水新棲姫等への対応や被害も随分楽になっただろうに。

 まあ、彼女達はシンギュラリティみたいなものだから仕方ない。そう自身に言い聞かせ、鬼怒は己の果たせる対潜戦闘へと移行した。

 




 ウミェールイのビジュアルについては、ざっくりとした物を頭に描いていた程度でしたが、先日お猿プロダクションさんよりファンアートを頂いたので、彼女の詳細なディテールに関してはそちら準拠に書いています。
 お猿プロダクションさん、special Thanks.
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