艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
「攻撃隊発艦始め!」
赤城の令達するその一声の後、弓が矢を解き放つ衝撃音が鳴り、紅蓮の閃光を放って烈風、彗星、流星の影が出現する。
出し惜しみなしのフル装備の対艦攻撃隊、約二五〇機が空を掴む。制空戦闘機隊は四八機に抑える一方、彗星、流星は共に九二機を揃え、更に各攻撃目標へと攻撃隊を導く彩雲がその先頭に立つ。ただしこれら全てが一つの目標にぶつけられる訳では無い。攻撃隊はB、Cと呼称される深海棲艦空母機動部隊へ割り当てられていたからだった。
同時刻、第一七任務部隊でも、旗艦レキシントンから攻撃隊発艦の指示が飛ぶ。
「アルファストライク。可動全機を持って、目標群D、Eの敵空母を無力化します」
「Roger」
サラトガ、ホーネットから揃って返答が返され、程なく三人の頭上に三人の航空艤装を蹴って飛び立ったF6F-5、SB2C-5、TBM-3Dが雲霞の群れとなって空へ舞い上がる。アメリカンな力強い航空機エンジンのコーラスが暫くの間空を鳴動させ、編隊を組み終えたコーラスの集団は、目的地へと行進を始める。
ただ一群、その列に入れず、足元の敵との戦いを強いられていたのが第三任務隊だった。とは言え、長射程から正確無比な雷撃を当てて来る強個体のソ級を、ウミェールイ、フィンチ、グムラクが撃沈した為なのか、鬼怒以下、五人の対潜艦娘の相手取るソ級は至って与しやすい個体しか残っていなかった。
ソーナーの性能では先に対潜攻撃を成功させた三人に遠く及ばない鬼怒、エドワーズ、リアリー、天霧、狭霧だったが、ウミェールイがソーナーで聴知したソ級の的針、的速の参考情報を基に展開する事で、対応は充分に出来た。実質、ウミェールイがハンターとなり、鬼怒達がキラーとして動く、ハンターキラー戦法を疑似的に行っていると言える連係プレーとなった。
僚艦三隻の轟沈は、残るソ級三隻に攻撃するか、或いは撤退するかの躊躇いの狭間に立たせる事となり、その躊躇の間の内に、鬼怒達は距離を詰め、爆雷の加害範囲にソ級を収めていた。
「鬼怒、こちら天霧。現在爆雷攻撃中」
先陣を切った天霧の艤装上で三式爆雷投射機の射出音が鳴り、四発の爆雷が放り上げられる。爆雷は自重で海面へと落下し、着水の飛沫を海面に残し、海中の深淵を目指して沈降していく。その沈降する爆雷の先端で、調停深度設定がされた信管がタイマーによって作動し、撃発信号を送られた四発の爆雷が順繰りに起爆し、四本の水柱を相次いで突き上げる。
ソ級は天霧の爆雷攻撃を前に、その堪航性で即座に轟沈する事は免れたが、発射管とバラストタンクの一部を損傷して戦闘不能に陥る。その天霧の上げた戦果に、少し距離を置いて続いて来た狭霧が仕上げに入る。二式爆雷が狭霧の艤装から落射、要は投下され、宙へと放り上げる三式爆雷とは異なる飛沫を海面に上げる。狭霧の艤装後部から四発の爆雷がレールを転がって海面へと投下されると、損傷して動きの鈍ったソ級に留めの一撃を見舞う。
背後を振り返る狭霧の見る先で、二式爆雷が海中で炸裂し作り上げる水柱がそそり立つ。相棒とも親友とも言える天霧と違い、高い裸眼視力を持つ狭霧の目が、水柱の中にソ級の艤装の残骸を確かに見届ける。
「狭霧より鬼怒さんへ。狭霧、天霧と共に敵潜水艦一隻を撃沈しました」
「了解」
離れた所ではエドワーズ、リアリーのヘッジホッグが連続した射出音を鳴らして、遠目には無数の護摩を宙へ放った様に見える散布爆雷を海面へとばら撒く。日本艦娘の主力対潜装備のドラム缶型爆雷よりも小型だが、その分、多数の弾頭での範囲攻撃が出来るので爆雷攻撃の不確実性をある程度は緩和出来る。何より当たらなければ爆発しないのでソーナーが爆音で乱される心配もない。
リアリーの前方で海面が滾り、丘状に盛り上がる。白く染まる海面に幾つもの水柱が林立し、ヘッジホッグが命中した事を示した。多数の小型爆雷の連鎖爆発とそれによって引き起こされる大量の海水圧の乱打がソ級を襲う事になる。一発が致命的なストレート級のジャブを無数に食らう様なものだ。
リアリーの細い足が海面を斬り、白い航跡を引く中、彼女の航跡の後ろ側で海水とは混ざらない油膜が大量に浮かび上がる。
「いっちょ上がり」
にひっと笑うリアリーとは対照的にエドワーズは真剣な眼差しを崩さない。対潜戦には自信があったのだが、ウミェールイの高性能なソーナーの方が彼女の耳、そして艤装のソーナーより遥かに優れていると言う現実に軽いショックを受けて内心少し意気消沈もしていたが、それとは別に彼女の事務的な姿勢にまで心情が反映される事は無い。
乾いたヘッジホッグの射出音と共に、ハート状に広がって行く弾頭を見やりながら、エドワーズはリアリーとは違って、大分厳しい乱視と近視をコントロールする眼鏡を右手の人差し指で正しながら、攻撃成果を見守る。五臓六腑にも衝撃を与えて来そうな炸裂音が海中で響き、多数の水柱が海上に沸き立つ。破片は混じっていないし、黒く濁っても居ない。ダメージだけは入れたが致命傷は免れたか? と海面を凝視するエドワーズの目に、油膜が浮かんで来るのが見えた。
一瞬、撃破を確信しかけ、エドワーズは疑う。油膜が少なすぎる。潜水艦、それもソ級を仕留めたなら海洋汚染甚だしいレベルの油が浮かんで来てもおかしくない。大抵、潜水艦を仕留めた後の油膜は、もしその場にひしゃくがあるなら掬って回収したくなるくらい、海洋汚染の度合いも強い。
誤魔化しレベルの油膜と言う事は、死んだふりをしている事と見て間違いないだろう。
「ふーむ……」
鼻を鳴らして唸りながらエドワーズは辛抱強く待つ。損傷を与えた場合、時によっては浮上をせざるを得ない局面もある。そこを砲撃で仕留める事も可能だ。
「主砲、弾種AP。機関砲も同じ。射撃、指命」
準備して待て、と各砲座に指示して周囲を見渡しながら潜水艦は何処に行ったとソーナーにも耳を傾ける。
近場に居る鬼怒の機関音が少々煩いが、その鬼怒の機関音に混じって異常をきたした物体の音が聞こえて来る。見つけた、と彼女が思った時、エドワーズは音が聞こえた方角にざわりと背筋を粟立たせた。
「まさか……」
そう呻いた直後、輪形陣の内側の海面を突き破り、波飛沫を周囲に散らしながらソ級が浮上して来た。
「り、輪形陣の内側に……!」
目を剥く青葉の呻き声と、声なき呻き声を漏らすニュージャージーに混じって、ケストレルの息を呑む声が微かに聞こえた。
ソ級の艦首がケストレルの方向へと向いていた。潜航不能のダメージは入っても発射管が無事なら、ケストレルに高確率で直撃を与えられる位置だった。
エドワーズは自身の凡ミスをカバーしようと、主砲艤装を向けて、引き金を引いた。カチッとその右手の人差し指が引き絞るトリガーが硬くロックされ、エドワーズは思わず舌打ちを挟んだ。射線方向に味方艦娘が居る場合、自動的に艤装がそれを検知して火器のトリガーをロックするセーフティー機構が作動したのだ。
ケストレル自身が対応するしか無かったが、ケストレル自身も射線方向にエドワーズが居る為、CIWSや対艦ミサイルを指向する事が出来ない。彼女の艤装内のCICで対艦ミサイルのFCSコマンドが自動的にデンジャークロース制限を宣言してトリガーロックを行っていた。
エドワーズとケストレルが対応出来ず、詰んでしまった時、戦闘において出番らしい出番が無い艦娘の一人だったニュージャージーが動いた。
「53番、54番砲、俯角五度! Commence fire!」
小気味の良い連射音と共にニュージャージーの艤装に備わる五インチ連装両用砲が射撃を開始する。射線方向に艦娘が居ないニュージャージーの両用砲が捲し立てる様に砲撃を敢行し、遅れて機関砲がそれに続く。波間をふわふわと漂うソ級の周囲の海面を、五インチ、四〇ミリ、二〇ミリの三種の口径の弾丸が抉り飛ばし、飛沫となって白く視界を染める。互いに波間に揺られる同士、直ぐには命中弾が出ない中、ゴトンと言う鈍い突発音が一回海中で響き、ケストレルへ向かって魚雷が馳走を始める。ソ級は魚雷命中の瞬間を見届ける事無く、立て続けに命中したニュージャージーの乱射によって爆散したが、沈む直前に空母一隻に魚雷命中と言う刺し違えた結果を信じて疑わなかった。
「舐められたものね」
確かに私は大型艦娘。決して舵の効きが良い方ではないわ、と呟きながらケストレルは海面を凝視する。
サッと風になびかれた銀髪が、ストレンジリアルで右舷に二発の対艦ミサイルを食らった事を今でも如実に残す様に出来ている傷跡を撫でる。魚雷が来るのは左舷だが、潜水艦の攻撃である事は同じだ。
だが、沈む際に食らった対艦ミサイルと比べたら、自身に迫る魚雷は何と遅い事か。欠伸をしていられそうな程に、時間がゆっくりと流れ出しているかの様にも感じられる程に、魚雷の速度は遅い。勿論、近距離で撃った分、雷速は速めに調停されているから決して侮って良い速さではないが、ケストレルが肩透かしを食らった気分になれる程に魚雷と彼女の機動力には差が存在した。
「最大戦速、取り舵一杯」
取り舵一杯を命じたケストレルの靴底で舵が曲がり、進路を左へと取る。同時に原子炉が生み出す高出力の機関部の回転音が高まり、ハイヒール型主機のヒールの後ろから滾る海面がより一層激しく泡立ち、太く長い航跡が更に長さを伸ばす。
大型艦は速度が遅い程、舵の効きは悪い。最大戦速とする事でスピードのエネルギーは回頭のエネルギーと変換されていく。ケストレルの機動性は、空母「ケストレル」の時と同様、舵が効いてしまえばその旋回半径は巨体に似合わず恐ろしく小さかった。艦娘の技量と言うよりは、ストレンジリアルでの空母としての経験であり、「ケストレル」の艤装委員長にして初代艦長であったウィーカー大佐の卓越した操艦技量を見て来たケストレルの経験のなせる業であった。
白い航跡が回頭したケストレルの右舷をすり抜け、当たる目標を失い、まぐれで当たる相手も無くした魚雷が力尽きる迄走るしかない酷く殺風景な最期の航海をするのを横目にケストレルはふっと口元を緩めた。
「Nice Breakです、ケストレルさん」
「勿論です。プロですから」
サムズアップして来るエドワーズにケストレルは微笑を浮かべた。
再び海上に轟音が鳴り、水柱が奔騰する。
「いよっしゃぁぁぁ!」
黒く濁った水柱を見て、海上に鬼怒のガッツポーズをする声が響いた。
第三任務隊が襲撃して来たソ級を悉く返り討ちにしてから一時間後。広大な海原の四か所で複数の黒煙が空を焦がしていた。
バチバチと音を立てて炎が燃え盛り、大きく艤装を傾斜させた空母棲姫の巨体が沈降していく。かと思えば完全に海面を這う様に横倒しになったヲ級が、健在な片腕を空へと伸ばし、蒼いオーラを放つ左目で空を凝視する。その瞳に宿すは制空権を奪い艦隊上空を自在に舞い踊る艦娘艦隊の艦載機への最期の憎しみか、天空と言う「空母」も憧れる自由な空間への憧憬と未練か。
最期の時を迎えようとする深海棲艦は空母に留まらない。大量の彗星、流星、SB2C-5、TBM-3Dに襲われた各空母機動部隊の守りを固めていた巡洋艦級以上の殆どが被弾し、動きを鈍らせている。足を引きずる様に動いているものもあれば、動きを完全に止めがくりと膝を付いて力尽きかけるものもある。
艦娘艦隊への航空攻撃にありったけの艦載機を投入し、その殆どを叩き落とされた結果、深海棲艦の空母機動部隊は無残なまでに航空機の援護を受けられない有様になっていた。そこを猛烈な爆撃を食らったのだ。
彗星、流星、SB2C-5、TBM-3D、全て一切の手加減をしなかった。情けをかければ、いずれ敵は再び態勢を整え戻って来る。深海から来たものは深海へと帰るのが定めと言わんばかりの激しい雷爆撃を前に、対空砲火である程度一矢を報いたものの、代償は余りに大きかった。
空母棲姫の一隻が航行不能に陥っていた。機関部に魚雷を食らい、深海噴式燕戦爆を運用する左舷斜めに張り出した甲板を持つ飛行甲板は穴ぼこだらけだったが、辛うじて沈没は免れた状態だった。しかし空母棲姫を曳航して勢力圏に持って帰られる深海棲艦が残っていなかった。曳航能力の有無もだが、この時残存深海棲艦の動き方はまるで大破した空母棲姫を仲間とみていない様な素振りがあった。元から同族と見なしていない様な、異端者を致し方なく護衛していたかのような、そんなよそよそしい態度が如実に表れていた。
≪敵空母群の全滅を確認。敵残存艦は再集結し、撤退する模様。追撃は不要だ、作戦終了を宣言する≫
ストーンヘッドからの宣告が、ローレライ作戦の終結を報じた。
作戦終了を聞いた翔鶴はふうと溜息を洩らした。これでウィスキー島への補給を脅かす深海空母群の脅威が取り除かれた。現地で補給不足に苦しむ大和や武蔵と言った有力な艦娘戦力との合流を果たせば、ここ南洋での海域優勢は一気に艦娘側へ傾くだろう。それに留まらず、今回のローレライ作戦で恐らく戦力を抽出していたであろうKW環礁の最深部の深海空母機動部隊も戦力を低下させただろうから、サーモン海域に続き、統合軍はその制海権の拡大に成功する事になる。
「あの人たちは役に立ちますね」
そう呟く赤城の言葉に、翔鶴は相槌を挟む。今回の作戦の成功は、ひとえにケストレルら第三任務隊の存在も大きい。無論仕上げは一航艦と第一七任務部隊が行ったとは言え、最後の仕上げを滞りなく成功させたのも、深海噴式燕戦爆と言う新型機への対抗も、第三任務隊の存在なしでは果たし得なかった事だ。
「……了解。第二戦隊愛鷹より一航艦赤城へ意見具申。ストーンヘッドによると敵深海棲艦の空母棲姫が一隻、大破漂流中の模様です。私達には奴らに関する情報がまだまだ不足しています。この際、鹵獲するのはどうでしょう?」
ヘッドセットの片方を外して、愛鷹が赤城に意見を述べる。深海棲艦が自沈処分されずに漂流しているのは珍しい話である。情報を獲得する為に拿捕、鹵獲するのは大いにありだ。
「許可します。愛鷹さんは鹵獲艦隊を編成して、空母棲姫の拿捕、鹵獲を実行してください」
「了解です」
程なく愛鷹を先頭に、磐梯、一一駆の吹雪、白雪、初雪、深雪が空母棲姫拿捕の為に一航艦の隊列から分派された。
艦娘母艦へと戻る帰路、第三任務隊の輪形陣の中央で、ケストレルが数を数える呟きがぶつぶつと呟かれていた。それがようやく止んだ時、安堵の溜息が吐き出される。
「……何度数えても全機無事ですね」
いつになく上機嫌かつ満足そうな笑みを浮かべてケストレルは言う。死傷者無し、未帰還機無し。どれ程誇りたくなる成果だろうか。
戦略的にも、そしてケストレルにとっての戦術的にも大勝利の戦いであった。勝利と幸運が空にある限り、負けはしない。そんな少し浮かれた様な自身が胸の底から湧き上がって来る。その自信を補完する様に、ウミェールイ、そしてフィンチとグムラクと言う新たに加わって来た仲間もいる。ストレンジリアルから転生して来た四人の軍艦転生艦娘。
そう言えば、とケストレルはつい懐かしくなる頭数を思い浮かべて懐古の笑みを浮かべる。
ブレイズ達も四人編成だったっけ。
「各員警戒を厳に」
単縦陣の先頭を進みながら愛鷹は続行する磐梯、吹雪、白雪、初雪、深雪、それに第三任務隊から呼び寄せた青葉を加えた六人に警戒を呼び掛けた。
傷は完治しているとは言え、空母棲姫には苦い目に遭わされた経験があるだけに、愛鷹もより用心深くなっていた。深海棲艦は撤退したとはいえ、何か置き土産の一つや二つでも残されて居たら、と思うと全く気が抜けない。戦闘終了宣言を出したのはあくまでもこちら側の判断であって、深海棲艦の方が反転して徹底抗戦を叫んで来たら、一戦交える事も覚悟はしないといけない。
勿論、超甲巡二人に重巡一人、駆逐艦四人の有力な水上艦隊がそう簡単に負けるとも思っていないし、深海棲艦とて質量ある存在だから、いきなりテレポートして来たりはしないだろう。ただ、漂流中の空母棲姫の拿捕、鹵獲作業中に襲撃部隊が来る可能性は視野に入れておくべきだろう。
「水上電探に感あり。方位1-0-0に敵空母。艦載機発艦の兆候なし。反応から、敵艦は停止している模様」
二二号水上電探改四後期調整型で漂流する空母棲姫の姿を認めた磐梯が言う。航行不能と見られると航空隊は言っていたが、死んだふりをして、どさくさに紛れて艦砲で撃って来る可能性はある。事実、空母艦娘の赤城と加賀が過去に行われた対抗演習の際にその奇策をてらって駆逐艦娘を返り討ちにした事だってある。
「空と海中は?」
「対空電探感無し。ソーナーも反応なし。静かです。嵐が過ぎ去った後の様な静けさです」
そう返す吹雪に、愛鷹は顎を揉みながら唸った。行動不能の味方艦の始末はきっちりしていく深海棲艦が、何故航行不能の大破艦を置いて退いたのだろうか? 通常ならここまで来る間に潜水艦なり、後退した空母から残り滓の様な機数で編成された攻撃隊なりが襲って来てもおかしくないのだが、全くと言っていい程に前方の空母棲姫は放置されている。
「まさか、とは思いますけど……」
カメラを常時ポーチに入れて持っているから、と言う理由で愛鷹に呼ばれて隊列に加えられた青葉が、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「青葉達を充分に引き寄せてから、目撃者諸共、自爆して抹殺とかありませんか?」
「可能性としてはあり得る範疇です。現着したらブービートラップの類を探る事から始めましょう」
自爆の可能性を否定しなかった愛鷹だが、しかしたった七人の艦娘相手に自爆も割に合わないのではないだろうか? と言う疑念もあった。それをするくらいならさっさと自沈して己を抹消していても良い筈だが。
あらゆる可能性は否定せずに頭に留めておこう、と考え直した愛鷹は、乾いた声で号令を下した。
「全艦、対水上戦闘用意。但し、発砲は許可あるまで禁ず。なお会敵した場合は各個の判断で応戦せよ。以上」
程なくその海上を漂う空母棲姫と邂逅した愛鷹達は、滅多に見る事の出来ない距離で見る深海棲艦の姫級を前に、言葉を失っていた。
酷く破損しているが、喫水は然程下がってはいない。艦尾が少し沈降しているが、沈む可能性は無いだろう。上部構造物を見やれば、少なくとも航空艤装を侍らせているとでも言うべき空母棲姫本体は息をしている様には見えない。無論、肺呼吸する生物なのかも分からないが。
航空艤装は五〇〇キロ爆弾が多数命中した事で、月面を思わせる程の損壊ぶりだったが、人類統合軍のスーパーキャリアーであるニミッツ級、ジェラルド・R・フォード級、中国とロシアのクヅネツォフ級、「福建」等と同じ、アングルドデッキを備えている事は分かった。
「こんな間近で姫級の深海棲艦を見るのは初めてだぜ」
口笛交じりに深雪が呟く。
空母棲姫の周りをある程度距離を取って一周した跡、愛鷹は腰の刀を引き抜き、六人に待機を指示すると、単身自爆の可能性を含めたブービートラップの有無を探りにかかる。
探ると言っても、愛鷹に深海棲艦の艤装に関する知識は皆無だ。何がどう接続されていて、何がどう作動するのか、艦娘基準で無ければ見当もつかない。取り敢えず必要以上に刺激しない範囲で探るしかない。背後に置いて来た磐梯と青葉と一一駆の隊列から、青葉がカメラのシャッターを切る音が聞こえて来た。万一今自爆したら青葉が撮った写真が唯一の証拠になる。
愛鷹はまず空母棲姫の首筋に手をやった。その肌は深海の水底の様に冷たく、人間の脈打つ鼓動も感じられない。腕時計を見やって、少なくとも人間基準で考えれば心肺停止している場合、とうに脳死に至っていると判断し、艤装を調べて行く。
ペンライトを手に、陰になっている艤装を照らして眺める愛鷹は、ある違和感に気が付いた。愛鷹を含め、艦娘は概ね深海棲艦の外観を写真等の画像で知っている。今目の前にいる空母棲姫も一応は既存の空母棲姫に酷似している。が、その艤装の表面等には深海棲艦と言う正体不明の無機物とも有機物とも付かない謎の存在と言うよりは、既存の人類の工業技術で作った様な仕上げを視覚的にも感じ取らせた。
ざっくりと過剰に刺激しない様に調べてから、愛鷹は無線に吹き込んだ。
「恐らく、クリアです。細かい事はラバウルに戻って調べてみない事には分かりませんが……」
「分かりませんが……?」
愛鷹の物言いに何か引っかかったらしい青葉がカメラを下ろして尋ねる。向けられて来た問いに愛鷹は喉元迄込み上げて来た自身の仮説を口に仕掛けて、呑み込んだ。迂闊な事は言わない方が良いのかも知れない。死んでいる様にしか見えない空母棲姫が、何か特定のワードに反応して自動で自爆したら、目も当てられない。
「……断定は出来ませんが、この空母は深海棲艦由来ではないかも知れないですね」
「そりゃ、一体全体どう言う意味よ」
珍しく初雪が動揺を見せた口調で聞く。愛鷹はその初雪の問いに、困惑を浮かべながら再び空母棲姫に視線を向けた。
「分からない……分かりません……とにかく持って帰って見ない事には」
「うんうん唸っても仕方ないですね。曳航準備。私が『この眠り姫』を持って帰りますよ」
艤装から曳航用ワイヤーを引き出しながら磐梯が言う。妹の言葉に愛鷹はもう一度空母棲姫を見て、自身の艤装からも曳航用ワイヤーを引き出した。
「私も引くわ。青葉さん、吹雪さん以下一一駆は警戒隊として周囲を警戒。味方勢力圏まで出会った動くもの全てへ発砲を許可します」
「発砲禁止だったり、無制限発砲許可だったり、今日は忙しいですね」
生真面目な性格で知られる白雪が珍しく愚痴交じりの軽口を叩くと、吹雪、初雪、深雪もそれはそう、と頷いた。
愛鷹達が曳航して持って帰って来た空母棲姫の残骸を、艦娘母艦「ジオフォン」の艦尾ウェルドックのキャットウォークの手すりにもたれかかりながらウミェールイは眺めた。
空母棲姫の姿は深海棲艦艦影識別画像集で見た事があるから、ウミェールイにも曳航されて持ち帰られた深海棲艦が空母棲姫だと分かったが、何処となく漂う違和感をウミェールイは拭い切れなかった。
「何だか、妙に人工的ね……」
抽象的な感想しか出て来ないが、パッと見られる外観上での感想がそれだった。深海棲艦らしくない、人工物っぽさを感じるとでも言うべきか。しかし雰囲気は人工物でもシルエットは確かに空母棲姫のそれだった。触ったらぬるりとしていそうな表面、艦影識別票で見た空母棲姫の外観ほぼそのものと、違和感を除けばアングルドデッキを備えた空母棲姫にしか見えない。
空母棲姫本体は全く動く様子はない。眠っているのか死んでいるのか。恐らく後者だろうと生きている感覚を全く漂わせない、寧ろ水死体の様な気持ちの悪さを纏う空母棲姫本体の姿に、本能的にウミェールイは生理的な嫌悪感を覚えた。
排水が終わった「ジオフォン」のウェルドックで五分隊の乗員や一分隊等の乗員が、不発弾処理の手順に則って、愛鷹が行えなかった検分を行う。少なくとも自爆の可能性無し、と判断されると、防護服に身を包んだ検疫官がバイオハザードの可能性の有無を調べ、問題無しのハンドシグナルを掲げる。
既定の作業が終わると仮止めのワイヤーが接続され、空母棲姫の残骸にシートが被せられた。あとはラバウル泊地への帰投までの間、保安科の保安要員が常時監視に当たる。
「とんでも無いものを拾って来たものね」
そう独語するウミェールイの声が聞こえたのだろうか。簡易的な調査に立ち会っていた青葉がウェルドックから顔を上げ、頭上のウミェールイに返した。
「いや、もしかするととんでもない掘り出し物の情報源を拾って来たのかも知れませんよ」
「いきなりドッカーン、って自爆したり、未知のウィルスをばら撒いたりしないと良いんですけど……」
「それは大丈夫だと思います。少なくとも持って帰って来た青葉達の健康に何の問題もありませんから」
「だと良いですが」
自爆とか、生物兵器汚染を起こすとかの問題より、もっと大きな存在を巻き込んだ面倒事の種にならないと良いが……言い知れぬ不安を胸に抱きながら、ウミェールイは溜息を洩らした。
「了解した」
ミューラーはアッテンボローからの報告を受けていた受話器を置くと、トントンと人差し指で置いたばかりの受話器を叩いた。作戦成功に留まらず、深海棲艦の、それも姫級クラスの空母を一隻、拿捕して持って帰る事が出来るとは、とことん自分達は運が良い。深海棲艦の拿捕、鹵獲は非常に古今例が少ない。詳しく調べるには専門の技術者が要る。
人差し指で受話器を叩いていたミューラーは胸の中で沸き立つ二つの高揚感を抑えて、再び受話器を取ると、連絡先のボタンを押して回線を繋いだ。相手はラバウル泊地の艦娘艤装整備長の艤装整備長だ。
「もしもし、艤装整備長か? そこに明石か朝日はいるか?」
≪明石は昨日から風邪で有給休暇中ですが、朝日はおります。何かご用件でしょうか?≫
「今回の大規模作戦で、敵深海棲艦の姫級の空母を一隻、拿捕、鹵獲する事に成功した。朝日らを交えた艤装整備員も交えて、鹵獲した姫級の調査を頼みたい。調べる事が山程ある。我が方には奴らに関する情報が殆ど無いからな」
≪情報の塊を紐解け、ですか。技術部門の要員が徹夜で調査しそうですな≫
明朗だが、同時に高揚感を抑えられない口調で艤装整備長は答える。ミューラーは微笑を浮かべながら受話器の向こうの艤装整備長に言った。
「目下、色々とスケジュールが立て込んでいるかも知れないが、宜しく頼む」