艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
ローレライ作戦の成功から一週間は愚か、五日も経たぬ内に、南洋の戦況は別の方向に展開し始めていた。
ローレライ作戦が艦娘艦隊を有する人類統合軍の勝利に終わり、ウィスキー島への大規模な補給の実施と連絡の確保が成され、分断されかけていた前線の再構築が急ピッチで進む中、深海棲艦もまた、素早い立て直しに移っていた。
ウィスキー島の艦娘艦隊が動かせない状況下で再編成が進んでいた、サーモン北方海域の敵深海棲艦の南方任務部隊本隊の再建が部分的に完了し、限定的ながらポイント5-5Sの南坊任務部隊本隊は活動を再開しつつあった。ただサーモン北方海域全域の制海権を奪い返す程の反攻に出られていない辺りに、艦隊への補給が乏しく、積極的に出られないと言うのが艦隊総軍司令部の見解だった。
それに限らずショートランド泊地の放棄、ラバウル泊地とウィスキー島との連絡の遮断が祟って、深海棲艦も大々的では無いものの幾らか各海域での戦力の再編成が進んでいた。ラバウル泊地の飛行場を飛び立ったRQ-4グローバルホークや、地球の軌道上から海上を見下ろす偵察衛星の監視、索敵は近日中に深海棲艦がサーモン海域、それに中部海域で反攻作戦に出るだろうと言う兆候を掴みつつあった。
そしてその兆候を裏付ける情報が入ったのは、ローレライ作戦終了から四日後の事だった。各戦域に展開する再編された深海棲艦艦隊に対する深海棲艦補給艦隊発見の知らせが偵察に出たRQ-4グローバルホークから発せられたのだった。その数は輸送補給艦ワ級五〇隻、随伴護衛艦は護衛空母を担うヌ級四隻を含む軽巡と駆逐艦、それに間接護衛隊から成る三〇隻以上と言う大規模補給艦隊であった。
カッカッと靴音を鳴らしながら歩くケストレルの表情は些か不機嫌に歪んでいた。ローレライ作戦を終え、少しは休めるだろうと安堵していた矢先に、ケストレルを含むストレンジリアルからの転生艦娘全員へ作戦参加招集が下ったのだ。
フィンチとグムラクの二人に、この世界に関する事情説明と、一市民として生きるか、それとも艦娘となって新たな人間としての姿として新たな戦場に身を投じるかの意思確認やら、第三任務隊の事後処理やらでゆっくりと眠れる夜を余り過ごしていないケストレルはこの時、少しばかり重なるストレスから不機嫌気味だった。普段はなるべく耳障りな足音を控える様に歩く彼女が、それを護らずに鼓膜を突く足音を鳴らして歩いているのはそう言う理由があった。
ブリーフィング資料を抱えてブリーフィングルームへと入ったケストレルに、ウミェールイと駆逐艦娘としての生を選んだフィンチとグムラクの三人が既に部屋で待っていた。
「今回は四人だけですか?」
ウミェールイの問いに、ケストレルは椅子に腰かけながら仏頂面で頷く。
「四人、四騎で行う戦い。さて果てどんなミッションが令達されるのやら」
不機嫌気味のケストレルと違って、フィンチはやる気に満ち溢れていた。元気なのは良い事で、とケストレルは思いながらブリーフィングが始まるまでの間、軽く転寝をする事にした。
三〇分程してグムラクに肩を叩かれて目を覚ました時には、アッテンボロー少将と、新規配属された艦娘首席幕僚も務める軽巡艦娘大淀、それに首席参謀井村大佐と作戦参謀パヴリチェンコ中佐らがブリーフィングルームの壇上の椅子に並んで座っていた。
部屋の照明が暗くされ、ブリーフィングルームの大画面ディスプレイにソロモン諸島近海のMAPが表示され、そこの一角に深海棲艦補給艦隊のマーカーが表示された。
「作戦内容を令達する。先のローレライ作戦の成功後、我が方はウィスキー島との連絡を確立したが、同島が積極行動に出られない間に、サーモン海域や中部海域での深海棲艦の活動が活発化しつつある。往時の脅威度には達しないが、その限定的な戦力を復活させる為と思われる深海棲艦の大規模補給艦隊の存在が確認された。
今回の作戦は、ストレンジリアル軍艦転生艦娘四名を含む二個艦娘艦隊による敵補給艦隊の撃滅にある。今次作戦は空母ケストレルを基幹とする四人の艦隊と、超甲巡艦娘大峰を基幹に四戦隊の高雄型四人と重雷装艦北上、大井の七名からなる水上部隊の二個艦隊での通商破壊戦だ。
敵補給艦隊は輸送補給艦ワ級五〇隻を、軽空母ヌ級四隻を含む軽巡ト級flagship級と大型駆逐艦ナ級等を含む有力な護衛艦隊、更に間接護衛隊としてネ級改四隻と駆逐艦ロ級後期型四隻から成る部隊も確認されている。
言うまでもなく、護衛艦隊は対空戦闘能力、対空戦闘能力、対潜戦能力に隙の無い有力な艦隊だ。船団の周囲に複数のレーダーピケットラインを設けており、空、海、海中に鉄壁の防御を敷いている」
パヴリチェンコのブリーフィングにケストレル達は少しばかり自身が揺らぐのが分かった。幾ら世代の格差があるとは言っても有力な艦隊に四人だけで挑むのは決して楽な戦いでは無い。
「それで敵補給艦隊に随伴する護衛艦隊の多重のレーダーピケットラインをどうやって突破しろと仰るのですか?」
そのウミェールイの質問に井村が答えた。
「ケストレルがこの世界に転生してきた際に、その格納庫にあった多数の航空機の内、EA-6BとEA-18Gそれぞれ一機ずつの修復と航空妖精の慣熟が完了した。今回の作戦ではこの二機の電子戦機による電子支援の下、敵艦隊の二重のピケットラインを食い破る」
そこから井村に代わってパヴリチェンコによる作戦の概要の説明が始まった。
敵補給艦隊は強力な防空能力を誇る軽巡ト級flagship級と大型駆逐艦ナ級のレーダーピケット警戒網によって守られている。各レーダーピケット艦警戒網を構成するピケット艦は、相互に連動しておりどれか一つでも撃沈、撃破で機能停止に陥れば、護衛艦隊は守りを固め、間接護衛隊が急行し、襲撃が困難になる可能性が高い。
しかし、少なくとも四箇所のレーダーピケット艦を「同時に」無力化すれば、艦娘艦隊の進入察知を遅らせられる事が出来ると分析されている。
EA-6Bは大峰率いる艦隊の電子支援に徹する一方、EA-18Gは補給艦隊へ突入する第三任務隊の前面に展開するレーダーピケット艦の対水上レーダーに対するECMと、ECMに対応して変更されるレーダーの波長を逆探知して新たなECMを実施。敵レーダーピケット艦が電子戦機のECMによって目潰しを受けている間に、ケストレル、ウミェールイ、フィンチ、グムラクは四方向から敵艦隊へ接近。敵レーダーピケット艦四隻を同時攻撃によって無力化し、敵補給艦隊へ近接。ケストレル艦載機と対艦ミサイル、艦砲、魚雷攻撃を持って敵輸送補給艦全てを撃沈せよ。
なお大峰隊の突入は第三任務隊が攻撃を開始し、敵護衛艦隊と補給艦隊の注意が第三任務隊に向けられてから、とする。
それが今回の作戦の骨子であった。
「電子戦機のECMだけで、敵補給艦隊の護衛艦隊のレーダーピケット艦全てに目潰しは出来ないんですか?」
ケストレルの質問にパヴリチェンコは答える。
「生憎、妖精サイズの電子戦機では広大な範囲に広がる敵護衛艦隊全てにECMをかける事が出来ない。その為第三任務隊を支援するEA-18Gが電子支援を行える範囲で四人は四方向から敵ピケット艦を同時に撃破する必要がある。
向こうもECMによるジャミングを実施すれば警戒態勢に入るだろうが、二方向で同時にECMが発生すればどちらから艦娘が襲撃してくるかで、まず迷いが生じるだろう。どちらが陽動で、どちらが本命か。敵にはその迷いの隙を与える」
「ECMを展開した時点で、即座に敵艦隊が戦闘態勢に移行する可能性は?」
「ECMの展開開始は、艦隊突入開始の三時間前から実施する。長躯深海棲艦の太平洋の牙城ハワイから進出して来る艦隊だ。三時間にわたって戦闘態勢を維持すれば、長距離航海による疲労とダブルの疲労を与える事になり、万が一の時に対応出来なくなる。深海棲艦にも疲労の概念がある事は過去の戦闘で判明済みだから問題は無いだろう。
敵が戦闘、警戒態勢を解いた時を見計らって作戦開始となる」
そこでウミェールイが手を上げる。
「目標は輸送補給艦ですが、敵護衛艦隊への対応はどの程度に?」
「今回の主攻撃目標は輸送補給艦ただそれだけだ。護衛艦艇は最悪放置でも構わん。ただし、間接護衛隊のネ級改だけは、輸送補給艦への攻撃開始後、対艦ミサイルによる先制攻撃で撃破するのもありとする」
「空中統合管制機の支援は?」
「勿論ある。それは心配する事ではないさ」
ケストレルは考えに耽る。四人がばらけて四方向から襲撃を行う。無論、補給艦隊の攻撃時には集結出来るとは言え、空母である自身が護衛もなく単艦でレーダーピケット艦を攻撃する事になる。随伴護衛艦に潜水艦は確認されていないし、潜水艦が近海に居ると言う情報も無い。護衛空母の艦載機だけがネックだが、それも発艦前に空母自体を叩けば問題にはならないだろう。
ただしレーダーピケット艦の破壊が遅れたら、ケストレルはレーダーピケット艦の通報を受けた敵水上艦の追撃に遭う事になる。原子力艦のケストレルを継続的に追撃するのは容易ではないが、少なくともケストレルからの航空攻撃が遅れ、作戦全体の破綻に繋がりかねない。
「ECMを展開しながら、私の航空隊から四機を発艦させて、レーダーピケット艦の撃破に当たらせると言うのは?」
「確実に敵レーダーピケット艦を無力化するには、不確実性が高い航空攻撃は却下だ。無誘導の爆弾、魚雷では外した時のリカバリーが効かない」
航空参謀のミン中佐が答える。
なるほどとケストレルは頷く。だからSSMを備えたストレンジリアル艦娘四人による同時攻撃が必要と言う事か。
そこでそれまで黙っていたフィンチが手を上げ質問を向けて来る。
「同時攻撃と言う事は、3、2、1、0の0のタイミングでレーダーピケット艦を撃沈乃至無力化済みで無ければならないと言う事ですか?」
「シビアではあるが、そう言う事になる」
うわあ、とフィンチが呻き声を漏らす。
「二回も同時攻撃を実施、かなり骨が折れそうだなぁ」
「折角ウィスキー島の主力部隊を救出出来たのだから、出し惜しみなしの主力艦隊出撃による火力ごり押しは駄目なのですか?」
そう尋ねるグムラクに井村が頭を振る。
「サーモン北方海域最深部の敵再編南方任務部隊本隊の再撃滅、KW環礁攻略前の戦力損耗を避ける為に、主力部隊は温存の方針を取る。
これでも四戦隊と愛鷹型超甲巡、北上と大井、それに君達ストレンジリアル艦娘組を動員出来ただけでもかなり艦隊総軍には無理を言っているのだ。
それに艦娘用の物資の集積はそう容易な話でもない。通常の部隊と違う規格の物品が多い分、金もかかるし、必要な時に必要な量を配達するだけでも大変に時間がかかる。時間さえあれば、補給物資を確保して通商破壊の為に主力部隊出撃も叶っただろうが、現状それを待っている間に敵補給艦隊は現場に到着してしまうだろう」
井村の弁は暗にストレンジリアル艦娘の予備弾薬の調達で難儀する事を示唆していた。艦娘艤装用の砲弾一発よりも、ストレンジリアル艦娘の艤装に装填する各種ミサイルや短魚雷一発の方が遥かに高価だ。聞き伝手によれば今年度の艦娘関連の装備調達予算には、ストレンジリアル艦娘の装備弾薬に関する補正予算が急遽組まれたと言う話もある。予算を確保し、製造企業に発注し、弾薬や予備部品を製造し、前線に届ける。これら行程を終えるには一日、二日の時間で足りる話ではない。
深海棲艦はそう言う所はどうしているのだろうか。ケストレルは不思議になる。深海棲艦にも工場があり、工員が居て、原材料があり、予算の枠が存在するのだろうか。
詮の無い事だ。頭を軽く振って関係ない事に思いを馳せかける思考を排除し、ブリーフィングに意識を向ける。
フィンチは井村とアッテンボローを前にケストレルの単独行動の危険を説いていた。対艦ミサイルを備えているとは言え、対潜兵装は無く、対空兵装もCIWSと短射程SAMのみの空母艦娘を単独行動させるのは上策とは言えない、と。
「心配はいらないわよフィンチ。私は速い。潜水艦や水上艦に捕まる前に全速力で逃げられるし、航空機が飛んでくる前に自前の艦載機で対応出来るわ」
「そうは言ってもね、ケストレル。私やグムラク以外の駆逐艦が居ながら君はストレンジリアルで沈んだんだって君自身が言っているじゃないか。護衛が居ても沈められたのに、それ以上に護衛自体が居ない状況の空母がどれ程脆弱か分からない君じゃないだろ?」
「その時は貴女が飛んで来てくれる。違うかしら?」
その返しに困惑顔を浮かべるフィンチだったが、自信に溢れるケストレルの顔を見ると言葉に詰まってしまう。何より万が一の時は直ぐに貴女が駆けつけてくれるのだろう、と言う自身を信頼しているからこその言葉をかけられてはフィンチも認めざるを得ない。
「分かったよ」
駆逐艦としてケストレルに万が一の時に駆け付けられなかったら自裁モノだな、とフィンチは冗談の無しに胸中で呟いていた。
作戦に先立っての艦娘母艦「わかたか」の出港は明日の夜。それまでに各自準備を進めよ、と言うアッテンボローの締めの言葉をもってブリーフィングは終えられた。
夕食を摂りに食堂へと赴いたケストレル、ウミェールイ、フィンチ、グムラクは夕食を盛りつけたトレイを手に、テーブルに着き、ナイフとフォークを手に食事を摂った。
丁度、食堂に備え付けられている液晶テレビで、BCNと言う世界的報道機関のニュースが流れていた。
ラバウル泊地に多く在籍者が居る日本艦娘と同じアジア系、特に日系と言える顔立ちのスーツを着た男性と、白人の同じ様な服装の男性が握手を交わす中、フラッシュが多数焚かれる。字幕には「王武共和国、来月にも人類統合政府への正式加盟を締結する模様」と書かれている。
「王武って確か統合政府には政治的中立国の筈では……」
スープを掬っていたスプーンを止めてケストレルは訝しむ。この世界についてはケストレルも勉強しているから、違和感にも独自の勘で気が付く。
人類統合軍を傘下に収める人類統合政府は、その実態は決して地球上の全ての国家が参加、加盟している訳では無い。
アメリカ主導の統合政府の発足は、反米諸国を中心に反統合政府不加盟運動に発展しており、南米ではベネズエラ、中東ではイラン、アフガニスタン、中央アジアではクルドニア、東欧ではスラビア、カストビア、アジアでも北朝鮮と言った国々が反統合政府を表明して加盟を拒んでいるし、政府組織自体は加盟を拒んではいるが、軍事的には密接に関わる事を約束して統合政府内で軍事的発言力を確立しているロシア、中国、王武の様な国々も存在する。
アメリカと言う国への反発はあるが、深海棲艦と言う共通した脅威に手を携えない愚は犯さないと言う判断から、統合政府の同盟国と言うスタンスで軍事同盟を結んでいるロシアと中国はまだしも、王武は統合政府加盟による外国資本の乱入による国内産業の混乱や、長年の孤立主義、中立主義を国是としていただけに、統合政府との軍事関係こそあれど、統合政府とは一定の距離を保っていた国だ。
最近の政権交代で統合政府との軍事関係にすら消極的な姿勢を見せていたセイケ首相の擁立もあって、統合政府との距離は広がりつつあった筈だが、ここに来て真逆の政府方針と言えた。今テレビに映るのはセイケ政権のイケザキ官房長官で、握手を交わすのは統合政府のピア―ス副議長だ。
おかしいな、とケストレルはテレビの画面を注視する顔の眉間に皺を寄せる。こう言う国の在り方を左右する会談は、例えば王武共和国のセイケ首相とウィリアム・ハリソン統合政府議長が行うはずだ。
そもそもとケストレルはテレビに横目を向けながら考えに耽る。ここ近年、反統合政府派を表明していた筈の国々が、掌を返して統合政府へ加盟する事例が相次いでいる。個別の国名は調べ切れていないがアフリカ、中央アジア、中東の国々でその傾向は加速度的に増えているらしい。反統合政府不加盟運動へ強硬策、つまり最悪の場合は軍事行動を辞さない考えの軍高官の復職も最近では多いと言う。
王武が統合政府に加わる事で、それまで独自の防衛体制を構築していた王武軍は統合軍の傘下に入る事になり、悪い言い方をすると統合政府の属国軍化するし、王武の国内にある有力な大企業もこれまで以上に大々的な海外企業との交流が可能、いや強制される事にもなる。
ハリソン議長が掲げていた「協調政策」とは意向が異なる、併合主義とでも言うべき強引な政策が続いている今の世界情勢は、はっきりと言ってきな臭い裏があるように思えて来る。
ケストレルのかつての故国オーシアも昔は貪欲なまでの拡張主義に走っていた過去を持つ国である。生を授かってまだ間もないばかりの「ケストレル」も参加したベルカ戦争も、直接的な戦争の原因はベルカ連邦とは言え、戦争の下地を作ったのは寧ろオーシアであると言う意見はオーシア国内でも囁かれていた。そう言った真っ黒な裏を持つ国の育ちであるだけに、オーシアのそれまでの方針を転換したハーリング大統領の平和主義をケストレルは船魂とは言え愛していた。
あれこれと考え、その深みに墜ちかけて踏みとどまる。一介艦娘の分際で考えても始まらない。それより食事が冷めない内に食べきらないと。
政治の話は今考えず、明日からの作戦の事に注力しよう。今の自分はするべき事はそれだ。
「成程、ありがとうございました」
ペンと回していたレコーダーを止めて男性士官は青葉に謝礼を述べた。生真面目そうな整った顔立ちの大尉の階級章を付けた士官の左胸に視線を転じれば「ウォーレン・C・ハメル」と書かれている。第八方面軍所属の対深海棲艦調査官と言う肩書の士官であり、青葉も今まで話した事こそなかったが一応顔と名前は知っていた。
空母棲姫を拿捕、鹵獲した艦娘は対深海棲艦調査部と言う名の部署の管理下に置かれ、調査官の様々な事情調書に付き合わされる羽目になっていた。青葉がその事情調書の最後の番だった。
対深海棲艦調査部と言う、分からない事だらけの深海棲艦に対する解明を試みる部署の部長はやや高圧的だったが、ハメル大尉は異なった。空母棲姫に関するあらゆる写真を撮った青葉のカメラを取り返してくれたのも、ハメル大尉であった。
ハメル大尉には青葉自身、好感を持てる人物であった。青葉の方が階級は上だと言うのはあるかも知れないが、終始丁寧語で、かつ紳士的な態度を崩さず、時に役所仕事の無駄さを苦笑交じりに語るなど、長い時間がかかる調書の間、青葉をうんざりさせる事なく、話者として巧みな会話力を見せてくれた。深く多くは語らなかったが、親族が軍人で無かったら、青葉が趣味でやっている事の職業分野であるジャーナリストを志したかった事を明かしてくれた人物でもある。
ようやく事情調書が終わりハメルは仕事道具を片付け始める。
「愛鷹隊への聞き込みで何か分かった事ってあるんですか?」
それまで質問される側だった青葉が逆に質問を返す。仕事道具を纏める手を止めて、ハメルは答える。
「まだ、全員の調書を精査した訳では無いので、即答しかねますが、一つ皆さんに共通する確かな事があります。青葉少佐を含め、全員が頗る健康そのものであると言う事です。深海棲艦による精神汚染や侵食汚染の可能性も無い」
朗らかに答えるハメルに青葉も微笑を浮かべ、それは何よりですと頷いた。
「これで良し。これで青葉少佐をこの部屋に閉じ込めておく理由は無くなりました」
両手を広げてハメルは言い、青葉も席を立つ。小脇にはハメルが取り返してくれたカメラを抱える。
「では、青葉はこれで」
一礼して部屋を辞した青葉はすっかり日が暮れたラバウル泊地の本部庁舎内の廊下を歩きながら、格納庫の一つへと赴いた。
辿り着いた格納庫の前にはMPが立ち、厳重に監視されていたが、青葉が身分証を提示するとすんなりと通された。
格納庫内では、工作艦朝日以下、艤装整備課と技術科の要員が、拿捕、鹵獲した空母棲姫の残骸を調査していた。日が暮れて夕食の時間帯になっても、調査作業は続いていた。夢中と言った様子で誰もが空母棲姫の艤装を調べまわしている。
ウミェールイ、それに上着を脱いでいるので一瞬分からなかったがケストレルの二人が空母棲姫の残骸を眺めているのを見つけて青葉も二人の元へ歩み寄る。寄って来る青葉に気が付いたケストレルが、青葉を一瞥しながら言った。
「深海棲艦そのものを直接拿捕、鹵獲出来るのは相当珍しい話だそうですね」
「過去に拿捕、鹵獲の前例が無い訳では無いですが、実際ここ一〇年程はぱったりと無かった事例ではありますね」
過去の事例を思い出しながら、青葉は一〇年以上前の拿捕、鹵獲の前例はどういう内容だったか、と記憶を呼び起こそうとして難儀する。一〇年も前の話である。その一〇年の間に濃ゆい出来事が余りにも多くあり、一〇年前は勿論、五年前の事すらあやふやになりがちだ。深海棲艦との戦い意外にも、将校課程の卒業やら、改二改装の拝命など戦い以外の事で記憶に残る事は数多くある。
「深海棲艦、案外私達の艤装とはそう変わらない内部構造っぽいですね」
そう言うウミェールイの視線の先には、空母棲姫の艤装を解体して取り出された部品の数々が見える。ボルト、ナット、パネル、ケーブルと艦娘の艤装にもふんだんに用いられている部品がブルーシートの上に並べられている。深海棲艦は有機物の塊の様に見えて、その実、機械の部分はちゃんと機械部品で構成されていた事が手に取るように分かる。
ただ……青葉はシートの上に並ぶボルト、ナットの姿を見て、妙な既視感を覚えていた。艦娘の艤装に使われているボルトやナットとそっくりな形状だ。深海棲艦は、艦娘の艤装に使われている工業製品すら模倣して来ているのだろうか。コピーしてのけるだけの工業力を深海棲艦は持っているのか、それとも深海棲艦独自に作り出した部品が、たまたま艦娘の艤装装備とそっくりなだけか。
「偶然も二つまでは許されるが、三つも重なったら偶然とは思えない、何らかの必然である……と誰かが言っていましたが、この空母棲姫、その偶然が二つも起きているんですよね。三つ目が出て来るのか、それとも三つ目は偶然を否定して来るのか」
そう語る青葉の横顔をケストレルとウミェールイが見つめる。
「ただ、おかしい事は既に始まっている。それは確かです。現に空母棲姫は自沈処分される事なくここにいる。僚艦の何隻かは無事だったのにも関わらず、彼らの手で処分される事なく、かと言って拿捕、鹵獲しに来た艦娘を諸共に巻き込んでや、この基地で自爆して大勢を巻き込む事も無く……何を考えているのか、ここまで分からない深海棲艦は逆に恐ろしいです。
常に青葉達は何を考えているのか分からない、ホラー作品の怪異の様な深海棲艦と戦って来ました。しかし、戦いの中で深海棲艦が見せる『意思』を感じ取れる局面は何度かあった。彼らの怨嗟の叫び声だって聞いた。そう言った相手と一〇年以上も戦争を続けて来たのだから、敵なりの何か信頼も生まれます。
だけど、この空母棲姫は明らかに今までとは違います。本当に何だか分からない不気味さがある」
「感性豊かな感想ですね、青葉ちゃん」
少し休憩と言う様に空母棲姫から離れて、ヘルメットを脱いだツナギ姿の小柄な女性が青葉の名を呼ぶ。
「お知合いですか?」
小声で問うケストレルに青葉は答える。
「工作艦朝日。元敷島型戦艦艦娘で練習特務艦も兼務する艦娘特務大佐です」
階級がずっと上の艦娘と知り、ケストレル、ウミェールイの背筋が伸びる。
「楽にして下さいな。……まあ、青葉ちゃんの感想も間違ってはいないですわ。ここまで人類の規格装備品ばかりがボロボロと出て来る深海棲艦も随分珍しいものです。最も、中枢部には調査の手はまだ届いていませんが」
「技術的な問題ですか?」
そう尋ねるウミェールイの言葉に、朝日は端正な顔立ちを崩して苦笑を浮かべる。
「何しろわたくし達はこの空母棲姫を解体する事は出来ても、元通りに組み上げる術を存じ得ませんからね。慎重に、一つずつ外していくしかありませんの」
ツナギを着た朝日はその容姿と合わせて機械にめっぽう詳しい、少し古風な佇まいの大規模企業のご令嬢と言った印象を与えて来る。実に事務仕事や、工作艦の本領である艤装関連の仕事に向いている様に見えて、青葉が艦娘になる前から戦艦艦娘として日本海で深海棲艦とも戦った歴戦の古強者でもある。姫級の深海棲艦登場以前の世代の艦娘であり、おっとりとした性格に似合わず、戦艦級の深海棲艦を多数屠った揶揄無しのエース級の艦娘でもあった。
「とは言え、どんな謎も時間をかければ何処かに手掛かりは残っているものです」
そう語る朝日の口調はおっとりとしていたが、目には揺らぎない自信が湛えられていた。