艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
二日後。
作戦は、まず先だってケストレルから発艦したEA-18Gによる電波妨害を開始する事から始まった。
午前八時三二分より深海棲艦補給艦隊とその随伴護衛艦隊に対する電子妨害をEA-18G開始すると、深海棲艦側は即座に戦闘態勢に移行したが、一時間たっても、二時間たっても艦娘艦隊が現れなかった事で、一部部隊が元の護衛位置に戻るなどの部分的な戦闘配置の解除の動きが確認された。
EA-18Gの電波妨害に対して、深海棲艦もレーダーの波長を切り替えるなどして対応を試みたが、その努力はEA-18Gの翼下に吊り下げられた四基の電子戦ポッドの高い処理能力を前に水泡と化した。深海棲艦がどれ程強い出力のレーダー波を発振しようと、波長を巧みに変えて警戒を試みても、その電波を受信するや、即座に波長や出力を解析し、それをマスキング出来るジャミングを発振してのけるEA-18Gの電子戦ポッドの性能の前には無駄な努力でしか無かった。
とは言え、EA-18Gの電波妨害も、妖精が乗り込めるサイズにスケールダウンした分、ジャミング可能範囲も小さくなっており、深海棲艦補給艦隊とその護衛艦隊全艦隊に電子の目潰しを食らわせる事は出来なかった。
深海棲艦とEA-18Gとで、電波と言う見えない取っ組み合いが繰り広げられる中、空中統合管制機ストーンヘッドの指揮の元、ケストレル、ウミェールイ、フィンチ、グムラクは四箇所の進入ポイントに到達し、進攻を開始していた。
≪カウントダウン作戦発動。一一三〇まで後、五秒……マーク≫
声音は良いが、愛想は良くないストーンヘッドの宣告と同時に腕時計の秒針が「12」の盤面を刺したのを見たケストレルは、最初の一歩は良し、と頷き、ヘッドセットの向こうにいる三人に向かって吹き込む。
「間もなく、破壊時刻のカウントダウンを開始。カウント・ゼロで敵艦を撃沈出来るよう、タイミングに注意して下さい」
≪くっそ、暑いったらありゃしないぞこの海は≫
≪陸の上にいるより、海で過ごしてる時間の方が長い……≫
これが最後の無駄話だとフィンチとグムラクが溢した後、フィンチから通信が入る。
≪ケストレル、3、2、1、0で同時に敵ピケット艦を破壊するんだよな?≫
「イエス」
≪了解、すまないね≫
そうケストレルに返すフィンチの声の向こうで、ランチャーに対艦ミサイルをセットする機械音が聞こえて来た。
ケストレルはタブレット端末を手に取り、レーダー画面を表示させてストーンヘッドから送られて来ているピケット艦の位置情報を再確認した。敵ピケット艦はEA-18Gの電波妨害で目潰しを食らってまだこちらに気が付いた様子は無い。深海棲艦も護衛空母としてヌ級を随伴させてはいるが、その艦載機には人類軍の空母の早期警戒機に相当する機体は存在しない為、ピケット艦のレーダー網が早期警戒網の要になっている。
最初の攻撃対象の四隻との距離が縮まり、対艦ミサイルの射程圏内に到達するまでの残り時間を切った時にケストレルは再度ヘッドセットの通知スイッチを押して通告した。
「破壊時刻前のカウントダウン……はい、マーク」
そこでフィンチから再度連絡が入る。
≪ごめん、もう一回確認させてくれ。合わせるのは発射じゃなくて、着弾破壊タイミングだよな?≫
念には念を、とは言うが、流石にしつこいと一瞬の苛立ちを噛み殺し、先程とは少しばかり素っ気無さのこもった「イエス」をケストレルは返した。
≪やっぱりそうか、ごめん。もう大丈夫だ≫
本当に大丈夫なのか? と黄色い声の主の返事に一瞬疑いをかけるがもうこれ以上の待ったは勘弁だとケストレルはカウントダウンを開始する。
「三〇〇秒」
そう告げてから通知スイッチから手を放し、自身の艤装に攻撃開始を命じた。
「対水上戦闘。艦娘指示の目標、SSM攻撃始め。てぇッ!」
その発令の直後、ケストレルの航空艤装の艦尾、航空機エンジンのテスト場が設けられている場所に左右に砲門を向ける形で配置されている四連装の対艦ミサイルランチャーの二基の底部から噴煙が吐き出され、一瞬の遅れの後に発射筒のカバーを突き破って二基の対艦ミサイルが発射煙を引きながら旋回上昇して行った。
若干神経質に腕時計の盤面と針を見て、ケストレルはカウントダウンを開始する。彼女の高い背丈をもってしても見えない所にいる他の三人も、対艦ミサイルを発射している筈だ。
「土壇場でミスは勘弁して下さいよ」
体内で流れる時間が、妙に間延びして感じられる中、ミサイルはスペック通りの時速で飛翔していく。ブースターを切り離し、ロケットモーターに点火して巡航に移行している。これを捕捉、撃墜出来る深海棲艦は無い。
五分が経過するのは遅い様で早かった。ケストレルが秒針を見ながらカウントダウンを始める。
「五、四、三、二、一、破壊!」
タブレット端末のディスプレイ上で「LOST」の文字が四箇所同時に表示される。最初の関門を突破したと安堵の溜息を洩らしながら、ケストレルは三人に宣告した。
「同時攻撃成功」
≪よし、やれば出来る。次に行こう≫
満足気なフィンチの声が返される。
次、とケストレルはタブレット端末を見る。電波妨害が行われている海域に深海棲艦は三重のピケットラインを構築している。その内の最も外周を突破し、まだその事実には向こうは気が付いていない様子だった。四隻のピケット艦が同時に、それも電波妨害下で消失したのだから、異常を察知するのも遅れるのは無理もない。
それも、いつまで続くか、と思いながらケストレルは次の攻撃カウントダウンを始める。
すると、今度はグムラクから通信が入る。
≪着弾タイミング合わせへの展開が間に合いません。もう少しだけお待ちを≫
原子力艦のケストレル、ウミェールイ、ディーゼル艦のフィンチと違い、グムラクは突発的な加速にやや弱い蒸気タービン艦だ。歩調の合わせ方と言う意味ではこの世界の艦娘と最も相性がいいが、ストレンジリアル組ではやや加速にかかる時間に揺らぎがある様だった。
「了解。陣地転換完了次第報告を。カウントをリセットします」
胃がキリキリするような同時攻撃をやる前に起きる遅延に、何とも言えない苛立ち覚えながらも、ケストレルは右足で思いっきり海面を踏みつける事でアンガーマネジメントとした。右足が海面を踏みつけた際に飛沫が盛大に上がって靴とズボンが余計に濡れたが、気にも留めなかった。どうせ帰ったら洗濯するのだから。
程なくグムラクから準備良しの知らせが来て、ケストレルは再び同じカウントダウンを開始する。
「一八〇秒。SSM攻撃始め」
再びケストレルの艤装から対艦ミサイル二発が発射され、ディスプレイを凝視するCIC妖精から、報告が上がる。
「対艦ミサイル発射、正常飛行開始。ストーンヘッドによる中間誘導開始」
水平線の向こうにいる深海棲艦に、ケストレル達が直接レーダーで捕捉し、ミサイルを誘導する事は出来ないから、高空に居るストーンヘッドが対艦ミサイルを目標まで導く中間誘導を担当する。
一回目と異なりフィンチからのしつこい迄の再確認はもう無く、一回目と同じ手順が進められていく。
端末の表示と腕時計のカウントダウンを交互に見ながら、ケストレルは声に出して残り時間を読み上げた。
「五、四、三、二、一、破壊!」
二回目の「LOST」の表示が四つ表示される。一回目の時よりも大き目な溜息を肺からどっと吐きながらケストレルは二度目の宣告を行う。
「同時攻撃成功」
≪段々間隔が縮まる……≫
ウミェールイの囁くような独語が聞こえて来る。確かにとケストレルはタブレット端末を見ながら即座にカウントダウン開始をマークする。
「破壊時刻のカウントダウンを開始。マーク」
一二〇秒前になって、ケストレル、ウミェールイ、フィンチ、グムラクの艤装から対艦ミサイルが息を合わせた様、遅延なく発射される。ケストレルとフィンチ、ウミェールイとグムラクとで対艦ミサイルの仕様、弾速が違うが、そこは展開位置、攻撃開始地点からの距離で調整を行っていた。
「一〇秒」
湿気たっぷりの海上の上の筈なのに、乾ききっているように感じられる口の中を舐めてケストレルは最後のカウントダウンを開始する。
「五、四、三、二、一、破壊」
ドオン、と言う破壊と爆発の音が水平線上の彼方で響き、オレンジの閃光と黒煙が海原の一角に立ち昇った。
三度目の溜息を吐こうとした時、待ち草臥れたかの様にストーンヘッドが攻撃開始を宣告した。
≪敵ピケット艦の哨戒網を突破。引き続き、敵補給艦隊への攻撃に移れ≫
「了解」
五分としない内に、四方へ散っていたウミェールイ、フィンチ、グムラクの姿が目視出来る距離にまで集まって来た。対艦ミサイルの噴煙で制服がやや煤けている三人と単縦陣を組み直したケストレルは、航空艤装を展開して航空隊の発艦を開始した。
「攻撃目標は敵輸送補給艦ただそれのみ。全機爆装、発艦急げ!」
ローレライ作戦の時は出番が無かったアルファ隊、デルタ隊の景雲改が続々とエレベーターで飛行甲板へと上げられ、誘導員の誘導に従って、四基のカタパルトへとタキシングしていく。カタパルト要員が景雲改をブライドルワイヤーでカタパルトシャトルに接続し、安全確認が行われ、カタパルトへの蒸気のチャージが完了し、景雲改のスロットル全開の轟音が鳴り響く。発艦士官の射出のポーズの後、ホールドバーが外れる金属音と共に景雲改の機体が甲板とカタパルトの上を駆け抜け、爆装した機体が宙へ放り出され、主脚と前輪で空を漕ぐ。
アルファ、デルタ、合わせて一六機の攻撃隊が発艦し終えた後に水平線上に黒々とした影が列となって姿を現した。列と言うよりは黒い水平線が海面より浮き上がって見える様だが、水平線と呼ぶにも、波の凹凸にしてもその線は人工的と言える形に凸凹していた。
「対水上戦闘、対艦ミサイル、攻撃始め!」
ウミェールイが先陣を切る。切り込み隊長として突入するウミェールイの後にグムラク、フィンチが続く。三人の艤装から対艦ミサイルの近接射撃が開始され、更にグムラクとフィンチの右手に持つ一三〇ミリ連装砲、一〇〇ミリ単装砲が砲撃を開始する。対艦ミサイルのバックブラストで髪を大きく乱されながら、吶喊する三人に先行して対艦ミサイルが輸送補給艦ワ級に迫る。深海棲艦の前線部隊へ届ける補給物資を満載している大柄な輸送補給艦と、その周囲を囲む随伴護衛艦が気付いた時には、対艦ミサイルの群れの先陣が到達していた。
対艦ミサイルはそのリーチの長さを生かした長距離の対艦攻撃に本領を発揮するが、近距離でも勿論効果を発揮出来る。寧ろ、弾頭の炸薬に加えて消費し切られていない推進部の燃料までもが可燃物として加わる近距離での発射は、よりその凶暴さを増すと言えた。
ロケットモーターの燃料を丸々残したまま突入していく対艦ミサイルは、弾頭の高性能爆薬に加えて推進部の燃料を追加してワ級に突き刺さり、遅動信管を作動させて起爆して行った。大概の深海棲艦を一撃で屠れる火力の対艦ミサイルが炸裂した瞬間、直撃を貰ったワ級はその船倉内の補給物資にまで裏切られながら文字通り、木っ端微塵に爆散して行った。
弾薬運搬艦だったワ級が、尺玉の様な衝撃と爆発音を上げて轟沈し、吹き飛んだ艤装や弾薬が周囲のワ級や護衛のナ級に落下し、二次被害を誘発していく。戦艦級の砲弾が落下して来てその直撃を貰ったナ級の一隻は、砲弾が衝突した瞬間、目を眩ませる閃光と共に粉微塵に消し飛んだ。
更に燃料を満載していた油槽艦のワ級が燃料を破損個所から零れ落としながら、着火した燃料によって瞬く間に全身火達磨になる。轟音を上げて炎上し始めるワ級から漏れ出た燃料が、隣を随行していたワ級やナ級の足元に油膜を伸ばし、そこへ火が恐ろしい勢いで手を伸ばしていく。忽ち数隻のワ級とナ級が延焼に呑み込まれ、慌てて密集隊形を取っていた船団は四散する様に相互の距離を取り始める。
対艦ミサイルの第一波攻撃に遅れて、第二波攻撃、更にフィンチとグムラクから発射された艦砲の砲弾が着弾し始める。
軽巡ト級に一三〇ミリが着弾し、両用砲を抉り飛ばし、レーダーアレイをなぎ倒す。ナ級の艤装上に一〇〇ミリが落下し、両用砲を根元から叩き折り、爆砕された砲身の破片を丸っこい艤装に突き刺す。
深海棲艦にとって、最も不幸な出来事はフィンチの放った艦対艦ミサイルが、上空警戒機を慌てて発艦させようとしていたヌ級二隻を捉えた事だった。発艦口を開けて、艦載機を射出しようとしていた二隻のヌ級の航空艤装―最もレーダー反射面積が大きかった―へ突き刺さった対艦ミサイルが正規空母のヲ級改等よりも薄い船殻を突き破り、航空艤装の内部で信管を作動させた瞬間、発艦準備中だった完全装備の戦闘機諸共に紅蓮の炎が均並みに飲み干し、燃料と機銃弾の誘爆がその炎の中で花を咲かせた。
ヌ級の上部甲板が吹き飛び、一部ではめくれ上がってそこからあらゆる可燃物が燃え盛る炎が立ち上がった。どす黒い黒煙が炎の先から伸び、青空を黒く汚く汚していく。
僚艦の被害を横目に健在な護衛艦艇が近接して来るウミェールイ、フィンチ、グムラクをレーダーで捕捉しようと電波を海面に沿って飛ばすが、たちまちその見えない電子の波長を拾い上げたEA-18Gが駆けつけて、ECMを行い、深海棲艦のレーダーに目晦ましを仕掛けて盲目状態に追い込む。
高性能な深海レーダーも、EA-18GのECMを前には無力に成り下がっていた。マニュアル射撃に切り替えてウミェールイ達へ応射を行うが、レーダーによる補助を受けられないト級、ナ級の射撃はその精度を著しく欠いていた。
「あなた達のマニュアル射撃では当たらないわよ」
ト級の一隻の武装を全て破壊し、船体への一撃を加え乍ら、グムラクが不敵に釣り上げた口角の隙間から言い放つ。
艦対艦ミサイルの二度の攻撃と砲撃で黒煙が海上に広がり始める中、遅れてその上空にジェットエンジンの金切り声が駆け寄って来る。八〇〇キロ爆弾を一発抱えた景雲改一六機の編隊が、海上の至る所に上がる黒煙の隙間から、複雑な航跡を描いて逃げ回るワ級の艦影を確認する。
「全機、攻撃開始。爆弾を無駄にするなよ」
アルファ、デルタの各編隊長が各編隊を率いて、中空から低空へと舞い降り、ワ級へ接近する。一六機の編隊は、四機ずつの編隊に分かれ、更に二機一組のエレメントに分かれ、二機で一隻のワ級に狙いを定める。自らを守る術に乏しいワ級を援護すべきト級とナ級は、対艦ミサイルと徹甲榴弾の攻撃で、援護が難しい状況に陥っていた。
貧弱な備砲で対空砲火を打ち上げるワ級に、景雲改はフラップを下げ、可能な限り減速して相対速度を落とし、正確な爆撃タイミングを合わせる。後席に座る航空妖精が、爆撃照準器を覗き込み、低空で切り離す航空爆弾の投下タイミングを計る。貧弱とは言え、キャノピーを貫通すれば一大事なので、操縦席に座る航空妖精はラダーを踏み込んで微妙に機首のヘッドラインをずらしながらワ級との距離を詰める。
「ヨーイ、てぇッ!」
航跡の航空妖精が叫んだ直後、胴体下で作動音が鳴り、機体が何かに摘まみ上げられた様にひょいと軽くなる。大きく浮かび上がりかける機体を、操縦桿を押さえつけてその上昇を抑え、直ぐにはスロットルを開かずにワ級の上空を通過する。
低空で水平投下された航空爆弾がワ級へ叩き付けられた瞬間、その薄い蓋板を突き破り、内部で遅れて作動した信管を撃発させる。
最初に投弾し、命中させたアルファ1と2は、刹那一瞬世界が暗く光を失った直後、機速を凌駕する轟音と共に吹き荒れた爆風で機尾を蹴り上げられ、姿勢を崩す。操縦席に座る航空妖精が慌てて操縦桿と格闘して何とか海面に突っ込むのを免れた頃、バックミラー越しにきのこ雲が海上にそそり立ち、周囲の海面に小さな波紋が幾つも同心円状に広がっているのが見えた。
「大当たり、あのワ級は弾薬満載だ」
「危うくこっちまで吹き飛ぶかと思ったよ」
文字通りの大物を仕留めた事へガッツポーズをする後席員とは対照的に、墜落しかけた操縦席の航空妖精は深い安堵の溜息を酸素マスクの中に溢していた。とは言え、その溢された吐息の中に、これで深海棲艦が使える弾薬がワ級一隻分減った、と言う安堵もまた含まれていたのは事実だった。
低速艦で尚且つ対空戦闘能力も貧弱なワ級に、景雲改は次々に爆弾を投下し、八〇〇キロの徹甲榴弾を叩き込んでいく。
一六機の景雲改の爆撃の無線を聞きながらケストレルはタブレット端末にタッチペンで撃沈、撃破したワ級のマーキングとキルカウントを書き込んで行った。全機爆弾投下完了。轟沈三、撃沈確実二、撃破三、と言う所か。撃沈出来なかったワ級にしろ、どの道物資輸送艦としての機能は失ったも同然だ。その船倉に収められた補給物資が前線の深海棲艦の元へ届く事は無いだろう。
タッチペンをタブレット内に差し込む形で戻した時、タブレット端末のレーダー表示の所に新たな接敵を知らせる通知マークが表示された。
ケストレルがタブレット端末のボタンを押して、表示を切り替えた時、ストーンヘッドからも通知が入る。
≪ストーンヘッドより各隊へ通達。敵間接護衛隊、方位0-8-0より増速して補給艦隊援護に急行中。各員警戒を厳にされたし≫
超巡ネ級改四隻と駆逐艦ロ級後期型四隻から成る間接護衛隊が、補給艦隊の窮状を聞いて駆け付けたらしい。最も近い位置に居るのは、とケストレルはタブレット端末を見て、軽く呻いた。別方向から進入して来て主砲射程内に収めようとしている大峰隊よりも、自分が一番間接護衛隊に近い。
「足止めにはなるかしら」
タッチペンで間接護衛隊の先頭を進むネ級改四隻をマーキングしながら、ケストレルは己の対艦ミサイルの威力に若干の不安を覚える。深海棲艦よりも強固な装甲を誇るネ級改相手に、対艦ミサイルの貫徹能力は充分なのか。不安が残るが、このままではウミェールイ達が引き返して来るまでの間に間接護衛隊の主砲射程に入る事になる。勿論、最大射程距離から撃っても砲撃なぞそう当たるものではないし、ケストレルの瞬発力で言えば、振り切るのは容易ではあるが、ただ逃げ回るのも面白くない。
「艦娘指示の目標。対艦ミサイル、攻撃始め。発射用意、てぇッ!」
「対艦ミサイル、発射始め!」
ケストレルの号令と、CICの戦術士官妖精の発令が続けざまに発せられた後、キャニスターに残る対艦ミサイル一〇発全てが撃ち放たれた。ケストレルの航空艤装の艦尾側が噴煙の中に消え、そこから煌々と青空へ向けてブースターの輝きと噴煙を放ちながら対艦ミサイルの細長い飛翔体が駆け上って行く。
一〇発の対艦ミサイルの発射となれば、いくら時間差を置いてはいても後に残る噴煙の量は大変な事になった。煙に包まれるケストレルの鼻と口から気管支へ流れ込んだ煙で、ケストレルの咳き込む声が苦しそうに上がった。
補給艦隊と護衛艦隊の半分ほどを沈めたウミェールイ、フィンチ、グムラクはケストレルからのむせ込む声交じりの援護要請を受けて、ケストレルの元へ引き返した。
単縦陣を組む三人の制服には、対艦ミサイルや主砲発砲の噴煙や硝煙で早くも煤けた後が至る所についていた。
「臭いわね」
白いカバーをかけたばかりの制帽の天井に着いた煤を払い落としながら、体臭とは違う化学物質の匂いが付着する自身の制服に顔をしかめながらウミェールイは呟いた。
「左舷前方、大峰隊上がってきます」
ストレンジリアルから一緒に転生して来て今はCIC妖精となった乗員がレーダー画面を見ながら言う。ウミェールイが首を巡らせると、大峰を先頭に、高雄、愛宕、鳥海、摩耶、北上、大井の七人の単縦陣が入れ違う様に深海補給艦隊へと向かっていくのが見えた。
無線が繋げられ、摩耶からウミェールイへ他愛の無い台詞がかけられる。
「随分、散らかしたな」
「それが今回の仕事なので。散らかったものを踏んで怪我しない様、ご注意を」
「おうよ」
すれ違ってから数分後、大峰の四一センチ砲と四戦隊の二〇・三センチ二号砲、北上と大井の一四センチ砲の発砲音が轟き始めた。
ケストレルが空中へ放った対艦ミサイルの群れは、遮るものも、迎え撃つものも無いままネ級改に突入していった。
先頭のネ級改一番艦に二発が命中し、その強靭な装甲を前に激突したミサイルの誘導装置を含む弾頭が潰れ、砕かれ、後方の炸薬部へ押し付けられた。炸薬部はロケットモーターによって尚前進を続け、結果押し付けられた誘導部の残骸で円錐状に凹んでいた炸薬部が信管の作動と同時に成形炸薬弾としての効果を発揮し、ネ級改の装甲の一点に熱エネルギーを叩き付けた。
ネ級改の顔面に苦悶の表情が浮かんだ直後、内側から金属蒸気を含む、熱と運動エネルギーで加速した破壊の力がネ級改の艤装を内側から吹き飛ばし、その破壊の先に偶然存在した第一主砲の弾薬庫の弾薬に到達した。轟音と閃光と共にネ級改をネ級改たらしめる暴力の道具である主砲搭がターレットリングから飛び上がり、紅蓮の炎が噴き上がった。弾薬庫誘爆の炎に、対艦ミサイルの燃料が添加材となって注がれ、化学物質によってブーストされた灼熱の炎がネ級改を抱き込んだ。
二番艦、三番艦も似たような末路を辿り、四番艦はシンプルに当たり所が良く対艦ミサイルによる致命傷を免れたが、やはり推進部に残っていた燃料を諸に全身と艤装に浴び、着火した炎で激しい火災に見舞われた。オーラとは異なる不規則に揺らめく炎にのたうち回るネ級改だったが、咄嗟の起点か海面に身を投げる事で、消火には成功した。
四番艦は、燃える松明となって機能停止した一番艦、二番艦、三番艦を見て、焼け爛れた体表から滲む青い体液を他所に、信じられない表情を浮かべた。何にやられた? と理解が及ばない表情で僚艦が沈んでいく様を見つめるしか出来ないネ級改四番艦の視界に、一瞬ちらりと何かが映った。
それがネ級改四番艦の見た最後の光景となった。
突入したウミェールイの対艦ミサイルは、ケストレルの対艦ミサイルの様な偶然と科学マジックの二種の内、偶然の要素を必要としない重装甲の相手を始めから相手にする事を考えられた対艦ミサイルだった。ネ級改の装甲の分厚さは容易くは無いが、不可能ではない相手であり、突入した二発の大柄な対艦ミサイルはネ級改四番艦をこの世から文字通り抹消する事に成功していた。
間接護衛隊の主力艦となるネ級改四隻全てが轟沈に追い込まれた事で、残る四隻の駆逐艦ロ級後期型は行動に迷いが生じた。味方艦隊の救援要請は無数に飛び交い、補給艦隊が窮地にあるのは分かるにしろ、どの様な惨状なのかすら分からない。そもそも幾ら通信周波数帯を変更しようが、直ぐに強烈な通信妨害が入るので味方との連携が全く取れない状態だった。ロ級後期型にはレーダーが装備されていないので、ソーナーで聴音する形で何となくの味方の状況は掴もうとしていたが、それも程なく海中にまで轟き始めた艦砲の砲声の余韻で功を成さなくなる。
迷う四隻の駆逐艦の前方、水平線上の上に三人の艦娘の姿が微かに確認出来たが、ロ級後期型の記憶には無い、未知の艦娘であった。艦娘なら大きな砲塔が大抵備わっている筈なのに、見える艦娘としか言いようがないそれらには、己の主張の激しい主砲搭が見当たらない。副砲クラスの申し訳程度の砲塔があるのは確認出来るが、あれを主砲と呼ぶにはおかしい。
ロ級後期型の一番艦は考えを巡らせた末、その姿をまじまじと見つめてから針路を北に取って僚艦を連れて北上した。
一方、大峰隊も狩りを続けていた。
単縦陣を組んで既に壊乱状態にある補給艦隊に突入し、主砲、副砲、機銃、魚雷を放ってワ級を、護衛艦艇のナ級やト級らを攻撃する。本来であれば、真剣勝負となり、一瞬の油断も出来ない難敵ばかりの護衛艦艇を突破して、と言う前段が無い実に単純で与しやすい相手だった。
「こいつは良いぞ! どっちを向いても敵ばかりだ。狙いをつける必要もない。兎に角撃てば敵に当たるぞ!」
哄笑を上げる摩耶の笑い声と共に彼女の二〇・三センチ二号砲の砲口が火を噴く。彼女の艤装の左右両側でめくるめく砲炎が迸り、叩き出された零式徹甲弾がほぼ海面と水平の弾道を描いて逃げ惑うワ級に追いすがり、着弾点をその背に結び付ける。搭載物資に引火し、轟々と音を上げて燃え盛るワ級の放つ炎の熱気が、大峰隊の七人の肌にまで届き、じわりと南洋の熱気とは異なる灼熱の炎の温度で地肌を熱していく。
「暑いったらありゃしないのに、火災の炎で余計暑いって」
額を何度も左腕で拭う北上の顔には既に汗の筋が幾つも滴っている。陸に居ればハンカチを差し出していたかもしれない相棒の大井も、戦闘中ともなれば北上が被弾しない限りは干渉して来ないので、汗に関しては自力で拭い続けるしかない。
まあアタシらはまだいい方さ、と北上は南洋、ソロモンの海で活動するには些か厚着気味の大峰と高雄、愛宕の制服を横目に入れて、苦笑いを噛み殺していた。殆ど地肌の露出が無いこの三人の制服は、被弾した際の服が破けた時以外、風通しと言う意味では恐らく最も絶望的であった。無論、被弾すれば服だけでなく、その下の身体まで風通しが良くなるので被弾するのは当然良い事ではない。
とは言え、暑苦しいからと戦闘の手を緩める三人ではない。大峰の視線は自身の身体よりも、抵抗を試みる深海棲艦護衛艦隊に向けられ、艦隊の進路を塞いで迄立ちはだかろうとする敵には、大峰の速度が一瞬鈍る程の衝撃、砲声、砲煙と共に撃ち放たれた四一センチ主砲弾が叩き付けられる。大峰の戦艦級の巨砲が再装填の為に暫しの沈黙を保つ中、その後ろからやや左右に逸れて展開している高雄と愛宕が阿吽の呼吸で、大峰が対応出来ない護衛艦艇に二〇・三センチ二号砲の砲弾を叩き付けていく。
前衛の三人の砲撃で護衛艦艇は蹴散らされ、後続の鳥海、摩耶、北上、大井の砲撃と雷撃でワ級の残存艦は更に数を減らす。戦術的行動の覚えがないワ級は纏まって逃げ惑うので、その中の一隻が被弾して火を噴けば、瞬く間に隣の一隻、二隻にまで飛び火し、誘爆の炎が至る所で噴き上がる。
逃げ惑うワ級は統率を失った羊も同然だった。当然、それらをリードすべき牧羊犬のボーダーコリーの様な務めを果たす指揮船たるワ級や、護衛艦艇がいるのだが、深海棲艦にとってこの時ばかりは運は悉く無かった。ケストレル隊の対艦ミサイル攻撃と、航空攻撃によって牧羊犬的務めを担える深海棲艦はあらかたその指揮機能を喪失済みだったからだ。
「射撃演習と最早大差ないわね」
合流したウミェールイ達と隊列を組んで、深海棲艦補給艦隊の残骸が漂う波間から一定の距離を置いてその周りを一周しながら、ケストレルは呟いた。
「当たったら花火みたいに吹っ飛んだよ。私らが一〇〇回連続で戦えるだけの弾薬が入ってたんだろうなあ。戦略攻撃の本懐ここにあり、ってな」
「一〇〇回も戦っていたら疲れるわ」
爆発四散を尚繰り返すワ級とはまた違う意味で弾けた笑みを浮かべて言うフィンチの言葉に、グムラクがぼそりと呟いた。
「あらかた片付いたようですが、間接護衛隊の駆逐艦四隻は北方へ退避し、離脱したと追跡していたストーンヘッドから通達がありました。
……追いますか?」
残敵が尚存在する事を語り、掃討戦に移行するか否かを問うてくるウミェールイに、ケストレルは頭を振った。
「作戦目標は敵補給艦隊の撃滅です。深海棲艦に補給物資を一つも渡さない事、それが達成出来ているのなら、残敵を追う意味もありません」
事務的にそう言って、ケストレルは制帽を脱いで頭髪を軽く撫でて再び被り直すと、ウミェールイに向き直って言った。
「作戦終了、帰りましょう」
「ケストレル」
「え?」
少しばかりの不満を籠った顔で言うフィンチにケストレルが振り返ると、底抜けに明るい元気娘な駆逐艦は、笑顔を軽く吹き消し、微笑に切り替えて言った。
「もう少し気合の入った声で言うべき台詞だぜ、それは。帰れるんだろ、今回も」
「ええ」
ストレンジリアルで「帰れなかった」機体をずっと待っていた「ケストレル」を見て来た存在であるだけに、そのフィンチの台詞の言葉の重みは台詞の文面以上の重みをケストレルに感じとらせに来た。艦隊旗艦はもっと元気に、快活に振る舞えよ、そう言いたげな駆逐艦の表情にケストレルの表情にも微かに笑みが浮かぶ。
「だったら、もっと元気出せ」
「フィンチも」
「……まあねぇ」
自分にかけた言葉が巡り回って来るとは思わなかったフィンチが、気恥ずかしそうに人差し指で右頬を引っ掻いた。
程なく、再編して追撃して来る可能性がある残敵が居ない事を確認した大峰隊が、先んじて艦娘母艦「わかたか」へと引き上げるケストレル達に追い付いて来た。
追い付くなり大峰の文句がケストレルに浴びせられて来た。一緒に帰らないなんて、ずるくないですか、と。
普段、二話、三話と跨っている戦闘回を一話の尺に切り詰めて見ました。
まあ、これで綺麗に終わる訳では無いんですが。
感想評価ご自由にご記入ください。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。