艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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注意:今シーズン含め、今作世界ではベルカ連邦は一切の関係はありません。


第一九話 ケープ・セント・ジョージ沖夜戦

 鹵獲された空母棲姫が置かれ、調査が行われている格納庫へと再び赴いた青葉を、調査に立ち会っている朝日が出迎えた。

 何時ものおっとりとした容姿は何処へやら、やや険しい表情を浮かべて、作業服の左の腰に左腕を当てながら、青葉に格納庫内の空母棲姫の残骸を見る様に無言で促した。

 前に見た時と大して変わらない、強いて言えば、概ねの調査が終わったのか、再組み立てが行われて元の側の姿を戻している空母棲姫の残骸には、調査の際に付けられた附箋や、注意書きのメモが艤装の至る所に張りつけられていた。再組み立てを行ったとは言え、一部の部品はまだ取り外されており、アルファベットと数字の組み合わせの識別番号を書き込まれて、ブルーシートの上に並べられている。

「見て下さい、この残骸を」

 重い口調で朝日は空母棲姫の残骸を見て言う。青葉も空母棲姫の残骸に視線を向けて、朝日の次の言葉を促す。

「まさかこんなモノ作りをしているとは思いませんでしたよ、『彼ら』が」

「『彼ら』?」

 空母棲姫を作り出した存在、常識で考えればその想像主は深海棲艦と言う固有名詞で言及される筈だった。だが朝日は敢えて、目的をもって深海棲艦と言わずに「彼ら」と述べた。

 青葉からの疑問の言葉に即答せず、朝日は調査で得た情報を基に、言葉を続ける。

「これは一見、その空母棲姫そのものに見えますが、そうではありません。堪航性と性能を落とす事無く、部品数と工程を減らす工夫が凝らされています。効率的で安上がりです。

 これなら、二隻の資材と予算で、三隻はいけます」

「……誰なんです? 『彼ら』って」

 改めて核心を突く青葉にも、既に本質は伺えていた。この空母棲姫は、創られたものではない。艦娘と同じ技術を用いつつ、何者かの手で作られた存在なのだと。そうで無ければ、前日に見た人類と同じ規格の各種部品が空母棲姫の艤装から出て来る訳がない。模倣にしても、その部品の再現度は単なる模倣、コピーの範疇と言うレベルでは無い。最初に鹵獲、拿捕した時、真っ先にその艤装を簡単に調べた愛鷹も言っていた。これは深海棲艦由来では無いのかも知れないと。

 改めて「彼ら」の正体を尋ねる青葉に、朝日はポケットからスマートフォンを取り出し、画像フォルダを開いた。

 画面を青葉に見せて来る朝日は、スマートフォンのカメラで撮影された、空母棲姫の艤装の奥深くに書き込まれていた、見覚えのある会社ロゴを見せ語る。

「ノース・オーシャン・ファウンダー・インダストリーですよ。その昔は、北ナルヴィク兵器重工業と言いました」

 俯き気味な顔に微かに陰る表情を見せながら、朝日は答えを口にする。青葉はその企業名を聞いて、胸と頭に、雷で打たれたかの様な衝撃を受ける。青葉達の既存の艦娘に関する武器弾薬、艤装の予備部品の製造は勿論、ケストレル達ストレンジリアル組の艦娘の艤装の弾薬や部品の製造も手掛ける、世界的大手軍事産業の名前だからだ。名前が示す通り、ノルウェーのナルヴィク・フィヨルドに本社を設け、世界中に工場を持つ巨大企業であり、軍事以外にも様々な分野を手掛けるコングロマリットでもある。

「しかし、今その会社は統合軍にも多くの兵器、装備を納入する世界的企業。かつてノルウェーの奥狭いフィヨルドにて開業し、世界にその根を張り巡らせる程に成長した同社の技術は青葉達艦娘の為にも使われている。

 ……それを何故深海棲艦が?」

「興味深いですね」

 作業用の安全ブーツの靴底が地面を擦る音を鳴らして朝日は向きを変え、傍のベンチに腰を下ろす。

「ファウンダー社と言えば……知っていますか? 先日の統合政府と王武とで締結された、王武の統合政府加盟の話を。

 あの一件と時を概ね同じく、目に見えて受注と生産量を増やしている企業があります」

「いえ……」

 艦隊新聞を自主発刊して来た身とは言え、ここ最近は青葉自身も軍事作戦への従事も増え、身内向け新聞作りにうつつを抜かしていられる暇もなかっただけに、当然その新聞を作る取材もまたマトモに出来ていない。それ故に、青葉らしからぬ情報弱者状態なのが、青葉にとっては歯痒く、一種の恥にも思えて来る。

 次の艦隊新聞のネタにするか、青葉次第だと朝日は胸の内で呟きながら、微かに顔を赤くしている青葉に言う。

「王武共和国のコントラクト・クリエイティブ社、主に民間市場向けの食品を手掛けている会社ですが、一部門として軍需産業も手掛けています。そのコントラクト・クリエイティブ社の軍事部門、別名『C2機関』が、王武の統合政府加盟とほぼ時を前後して急激に売り上げを上げています。そして現在進行形で受注生産量は、統合政府加盟以前から増大しています。

 もう一つ、これは、青葉さんは勿論、わたくしも最近存じた話ですが……」

 恥じる様な赤らめた表情から一転、驚愕を顔に張り付かせたまま、言葉を発せない青葉を横目に、老練な工作艦娘は彼女ですら知らなかった事を語る。

「一五年前、深海棲艦との開戦後、発足間もない統合軍の対深海棲艦戦能力を強化する目的で、軍が迎え入れた『C2機関』出身の艦娘が居るのです」

「え……? まさか……」

 口から零れ出る様な間抜けた返答を言う青葉に、朝日はふふっと微笑を浮かべた。

「正規の艦娘艦隊としての戦力化はされなかった、『C2機関』出身者だけのアグレッサー艦娘戦隊です。

 ……いえ、あくまでも聞き伝手です。古株のわたくしでも把握していなかった秘密です。現統合政府首脳部ですら、恐らくまともに把握していないのでは無いでしょうかね」

 そう言って、ベンチから空を見上げる朝日の視線につられて、青葉も宙空へと顔を上げた。きな臭さが漂う人類の事情なぞ素知らぬ海鳥達が、鳴き声を上げながら、群れを成して空を飛んで行くのが見えた。

 その海鳥たちの姿を見ながら、青葉は生唾を呑み込んでいた。

 

 

 突如として下から突き上げるような轟音と衝撃、激しい船体の激動。

 一瞬、寝床から宙を舞ったケストレルは、被っていた毛布を引き剥がす前に、ベッドから転がり落ち、まともな受け身を取る間もなく、硬い床に全身を激突させた。身体中に走る痛みに、一瞬で眠気は吹き飛び、赤い照明が明滅する居住区の床で、ケストレルは何事と視線を上へと巡らせた。

 遅れて非常警報が鳴り響き始め、艦橋に居る当直士官の逼迫したアナウンスが流れる。

≪船体に大激動!≫

「機関室に浸水させるな!」

 非常警報に混じって、第四甲板へと駆けて行く先任伍長の叫び声が聞こえた時、海水の濁流が艦内に雪崩れ込む轟音がデッキを挟んで聞こえて来る。乗員の叫び声と「逃げろ!」の怒号が飛び交う中、迅速な非常閉鎖が行われ、艦内へ雪崩れ込む海水の濁流の音が急激に静かになる。

「何事ですか?」

 ケストレルと違って、上段ベッドから落ちずに済んだウミェールイが身を起こしながら尋ねて来る。

「分かりません、応急指揮所が被害確認するまでは何とも……ただ、敵襲なら、敵襲と戦闘配置が鳴る筈ですが……」

 カウントダウン作戦を終えて、ラバウル泊地への帰路に就く「わかたか」の艦内の艦娘居住区で眠っていたケストレル達が飛び起きる戦闘配置のアラームは鳴っていなかった筈だ。仮に熟睡して気が付かなったにしても、誰かしら叩き起こしに来るから、今の状況は寝耳に水である。

 心なしか、艦が傾斜していた。艦首方向へ「わかたか」が傾いている。

「艦首がやられた感じですね」

 ベッドから降りて、素足を床に付けたウミェールイが床の傾きを見て言う。

 非常警報はまだ鳴っている。被弾した第四甲板での喧騒は防水作業が済んでも尚止む気配が無かった。単にハッチを閉じればそれで良し、と言う訳では無く、隔壁やハッチを毛布や角材、支柱を立てて補強しなければならない。艦首の損傷状況にもよるが、艦が傾く程と言う事は、浸水量は相応に多いだろう。

 手早くケストレルとウミェールイは制服に着替え、何かあった時に備えて待機に入る。艦娘が艦娘母艦の応急作業に駆り出される事はまずないが、かと言って乗員に任せてこのまま寝続ける程の馬鹿は艦娘には居ない。

 二人の部屋のドアがノックされ、ケストレルが入室を許可するとフィンチが入って来た。乱れてはいるが、彼女もまた制服に袖を通して、寝間着から着替えていた。

「何があったんだ?」

「艦首で何か被弾したようですね。攻撃が来る事を知らせる警報も鳴らなかったから、機雷に触雷したのでしょうかね」

「機雷……? 来た時はそんなもの無かったじゃないか。それに……時間から言って既に統合軍の制海権内だ。深海棲艦が顔を出せる場所じゃない筈だぞ」

 部屋の時計を見て、即座に現在位置の辺りを付けたのであろうフィンチの言葉に、ケストレルも確認しようと部屋に備え付けられているPCを点けて、AIS(自動船舶識別装置)の現在位置を確認する。フィンチの言う通り、統合軍の制海権内に「わかたか」のマーカーはあった。それも制海権エリアと深海棲艦活動圏内との境目付近と言う訳でもなく、あと四時間程でラバウル泊地に入港すると言う殆どラバウルの目の前と言う所だった。

「こんなところに深海棲艦が機雷を敷設に出張って来ていたら、レーダーは勿論、海底の音響監視システムでも分かる筈……」

 深海棲艦の機雷敷設艦と言うと、輸送補給艦ワ級の改装艦や、機雷敷設潜水艦仕様に改装された各種潜水艦等が上げられるが、どちらにしてもこの場所で機雷の敷設作業を行えば、哨戒機やレーダーサイト、音響監視システムに引っかかること間違いない。疑念交じりにケストレルの横からPCのディスプレイを見つめるウミェールイが鼻の奥を鳴らして腕組した時、戦闘配置のアラームが艦内に鳴り響いた。

≪達する、総員戦闘配置、総員戦闘配置。方位0-8-5より敵編隊接近を検知。全艦、対空戦闘用意! 対応可能な艦娘は直ちに緊急発艦≫

「行って来ます!」

 ケストレルにそれだけ言って、制帽と靴を掴んだウミェールイが、フィンチを連れて一目散にウェルドックへと駆け出して行った。

 二人の姿を見送りながら、ケストレルはマップを見て、眉間に皺を寄せた。制海権内に深海棲艦が侵入して来る等、前例があるのだろうか?

 

 

 艦首での損壊に伴って機関停止を行っていた分、ウェルドックへの注水作業が直ちに行えたのは僥倖であった。

 おっとり刀で出撃したウミェールイ、フィンチ、グムラクの三人は、海上を進みながらシャツや袖のボタンをはめ、ベルトを締め直していた。

 月明りはあったので、その月明りに照らされる形で薄暗く「わかたか」の艦影が見えた。艦首が沈降し、泡が被弾箇所のあると思われる場所辺りからごぼごぼと言う音を立てて、気泡が弾ける音を立てている。

「致命傷では無いと思いたいですが」

 暗闇とは別の陰りのある表情でグムラクが言う。「わかたか」の艦内は細分化された防水区画で区切られているから、適切な防水処置を施せば沈没は免れるだろう。とは言え、それとは別の胸騒ぎがこの時三人の胸を騒がしていた。

 早期警戒機であるストーンヘッドは先んじて帰投してしまっているので、深海棲艦の航空部隊の探知は、「わかたか」の対空レーダーで探知しなければならず、発見から対応までの距離は大幅に縮まっていた。

「レーダーコンタクト、方位0-8-5より敵陸攻群接近」

「夜間爆撃出来る陸攻が居るなんて……」

 事前の深海棲艦に関する講習では、夜間爆撃を実施して来る艦載機はあっても、陸上攻撃機、爆撃機は無いと聞いていただけに、フィンとグムラクの困惑は大きかった。

 同様の思いを抱きながらもウミェールイは対空迎撃を開始する。

「トラック4011から4019、艦対空ミサイル、攻撃始め。発射用意、てぇッ!」

 夜の帳が覆い尽くす海上で、閃光が走る。ウミェールイのVLSから射出された艦対空ミサイルが、空中でブースターに点火して上昇加速に転じて行く。機械的な作動音が相次ぎ、ブースターに点火する突発音がそれに覆い被さる。海上にミサイル発射の閃光が煌々と光り、一時的にウミェールイ、フィンチ、グムラクの姿を真っ黒な海上にハイライトする。

 そのウミェールイの左翼で、対空、対潜警戒に当たっていたフィンチは、ヘッドセットから聞こえて来た馳走音に呻き声を漏らした。

「魚雷航走音探知! 方位1-7-6、的針3-2-5、的速四〇ノット、ウミェールイ、狙われて居るぞ!」

 叫びながらフィンチは悪態を胸中で漏らしていた。くそ、音響監視システムの連中は何をしているんだ。潜水艦の進入を許しているじゃないか。

「対魚雷回避運動!」

 夜間の為、雷跡を視認しづらい。最大戦速へと加速し、複雑なウェーキを描いて魚雷に対する回避運動を行いつつ、ウミェールイは尚対空迎撃を止めなかった。

 一方、フィンチとグムラクは対潜掃蕩に移行する。規定速度へと減速してソーナーの探知可能環境を整え、パッシブソーナーで敵潜位置の把握に努める。

 魚雷が発射された方向を重点的に捜索するが、深海棲艦もストレンジリアル組の事を早くも察知して、対応に出たのか、息を潜めて無音潜航している様で、ソーナーには海中に響く機関音が一切鳴っていない。海中の温度の違いが生じる変温層の存在で音の伝播にも変化が出るが、深海棲艦の潜水艦がこの統合軍の変温層を把握しているとは俄かには思えなかった。

「何か聞こえるかい?」

「何も……」

 フィンチの問いにグムラクもトーンを落とし切った声で返す。同じ艦隊を組むフィンチを横目にグムラクは少し苦い表情を浮かべていた。自分とフィンチの得意分野は対空戦闘だ。対潜戦は「ピトムニク」の様なフリゲートに委ねるところ大きかっただけに、グムラク自身は決して対潜戦に強い訳では無い。確かにソーナーの感度はこの世界の艦娘の誰よりも高性能ではあったけれど、対潜戦の能力自体は至って平凡寄りなのだ。

「『ピトムニク』が居てくれたら……」

 自身と同じく撃沈された艦であるのに、この世界に艦娘として転生している様子はない対潜艦の名を口にしながら、グムラクは渋面を浮かべつつ、聴音を続ける。

 遠くの空で、艦対空ミサイルと陸攻群が激突した爆音と、閃光が微かに見える。ウミェールイの爆破閃光視認の声を他所に、フィンチとグムラクはソーナーに聴覚を集中させ、低速でぐるぐると付近を巡回する。

「着底して、やり過ごす気か?」

「その可能性はあります」

「なら、アクティブを打った方が速いんじゃないかな?」

「即断即決は構いませんが、やる前に一言言ってくれたら助かりますね」

 前日の独断専行を根に持って釘を刺す様に言うグムラクに、フィンチは御免、と詫びながらウミェールイにも聞こえる回線で通達する。

「アクティブソーナーを打つ、鼓膜やられるなよ」

「了解」

 ウミェールイ、グムラクの応答を確認してからフィンチは探針音を放った。靴の爪先にあるバウソナーから甲高い音が放たれ、海中に木霊していく。

 木霊す音に、反響する甲高い音が一回だけ、鳴り響き、跳ね返った音がフィンチの元へ戻って来る。

「方位1-7-7、距離一五〇〇に敵潜探知。目標座標をグムラクに共有」

「了解。対潜ロケット砲、発射用意」

 グムラクの艤装上で対潜ロケット砲が弾頭を潜水艦の方へ向けようと旋回し始めた時、探知された事を悟った深海棲艦の潜水艦も動いた。

 ソ級flagship級と概ね同じ機関音が鳴り響き、ゴトンと言う突発音と共に魚雷が走り出す音が一回だけ鳴り始める。

「ソーナー探知、方位1-7-7、的針1-6-4、的速二五ノットから加速中。グムラク、狙われているぞ!」

「当たらなければ、問題無し」

 加速音と共にグムラクの身体が急加速して、迫りくる白い魚雷の航跡から離れる。回避運動には成功しているが、対潜ロケット砲の発射を取りやめた為、諸元の修正が必要になった。

 果たして、グムラクが対潜ロケット砲の諸元修正を行っていると、全く別の方向から最大速力でフィンチとグムラクのソーナー探知可能範囲に乱入して来るソ級flagship級の機関音が聞き取れた。隠れる気力を微塵も感じられないその機関音に、フィンチとグムラクは夜陰越しに視線を合わせた。

 再び突発音が弾け、既にフィンチとグムラクが追尾していたソ級よりも多くの魚雷の航走音が海中を駆けた。

 ウミェールイは第二波の陸攻群への対処で手が離せないが、少なくともどう見ても魚雷の進路とウミェールイが重なっていないのは、この時幸いだった。

 全速力で走り、魚雷群を躱しにかかるフィンチとグムラクの足元で、ソーナーが効かなくなる程の機関音が鳴り響き、捕捉したばかりのソ級と、乱入して来たソ級flagship級の音が完全に聞こえなくなる。最大速度で乱入して来たソ級flagship級の機関音すら聞こえなくなる二人の「足音」だったが、緊急回避手段として止むを得ない。

 自身の背後を通過する魚雷の航跡を二つ数えて、フィンチは速度を緩めた。

「もしかして……」

 ふとフィンチの脳裏で一つの仮説が不意に声を上げた。最初に探知したソ級は機雷敷設潜水艦なのでは無いか。だから、積極的な攻撃姿勢を見せず、息を潜めてやり過ごす事に徹し、いざ防戦に移っても発射出来る魚雷が一発しか無かったのではないか。それに対して、隠れる気を微塵も見せずに乱入して来たソ級flagship級の方は機雷敷設潜水艦の護衛を担う攻撃潜水艦だったのではないか。

 もしそうなら、優先排除対象は攻撃潜水艦だろう。機雷敷設潜水艦も、追加の機雷を射出して不意を突いて来る可能性が無い訳では無いが、機雷の敷設は海底の深度次第で準備に手間がかかるので、魚雷を射出するのとは訳が異なる。

「グムラク、先に探知した潜水艦を目標A、後から来た方を目標Bとし、先に目標Bを叩くぞ。こっちが多分用心棒だ」

「撃って来た魚雷の数も、Bの方が多いものね。フィンチは追尾を、私が叩くわ」

「了解、がっちり掴んで離さないぜ」

 大言壮語にならない様、フィンチは再度減速して聴音に取り掛かる。時間をかけすぎると機雷敷設潜水艦に逃げられる。焦りから一瞬右手の人差し指が艤装のアクティブソーナー発振ボタンに伸びかけ、慌ててその指を引っ込める。慌てず、急いで確実に……。

 遠くでグムラクが第一戦速で走る音が聞こえた。減速し過ぎると、対応可能距離が変わるので、グムラク自身は余り減速が出来ないのでやむを得ない。

「出てこい……」

 二人が走っていた間に、ソ級flagship級もまた無音潜航に切り替えたのか、ぱったりと音沙汰が無くなる。とは言え、魚雷を撃って来たと言う事は、それ程深い深度ではない。海面からも潜航中の所が見えては潜航している意味もなくなる。だが身を隠す為に微かに潜航の姿勢を取れば、その微かな流体雑音が聞こえて来るだろう。

 ウミェールイの方では対空ミサイルの迎撃から主砲とCIWSの迎撃に切り替えている射撃音が聞こえて来る。より近くなった場所で爆破の音が海上を駆け、耳を澄ませるフィンチとグムラクの耳を一瞬聾する。

「どこだ……」

 そうフィンチが呟いた時、ウミェールイの撃墜した陸攻が視認出来る衝撃波を放って弾けた。抱えていた爆装に直撃したらしく、一際大きな誘爆の炎が空中で奔騰し、聴覚を馬鹿にする音が殷々と周囲に広まっていく。その余波をもろに受けたフィンチが耳を抑えて顔をしかめた時、黒い海面にゆらりと幽霊の影の様なものが浮かび上がった。

 ドキリと胸が大きな鼓動を打ち、脳に数百万ボルトの電光が流れたかのような感覚がフィンチの身体の中を走り抜け、直後に生理的嫌悪と恐怖に似た感情が脳裏を過る。一瞬の驚きと恐怖は、その幽霊の影の様なものが気泡を吐き出しながら進んでいくのを見る迄ざわりと肌を粟立て続けた。

「そ、ソ級flagship級を目視で確認! 対潜戦闘、打ち方始め!」

 グムラクから予め刺されていた釘も、一瞬で吹き飛んだかのようだった。咄嗟砲撃戦の構えで主砲のグリップを握りしめ、トリガーを引き絞った。

 右手に持つフィンチの一〇〇ミリ単装速射砲が発砲し、海面下のソ級flagship級へ向けて発射されたばかりの徹甲弾が海面を突き破って、膨大な量の海水にその威力、運動量を減じられながらほんの数メートルしたの海面を征くソ級flagship級の艤装の直上から打ち据えた。

 一〇〇ミリ弾は海中に広がる膨大な量の海水にその弾速を大きく減じられながらも、なお海中を征くソ級の速度より速く進み、気泡で出来た航跡を引きながらソ級の艤装の直上に到達すると、弾頭の触発信管を作動させた。直撃した徹甲弾に真上から一撃されたソ級の艦体が下向きに押しやられ、大量の油の様な液体が破孔からあぶれ出た。大破したソ級の両脇から一斉に気泡が弾け、海面下に居たその姿が一気に海面へと浮き上がる。

 黒い水面を白い飛沫を纏って突き破る様に浮上したソ級は、のろのろとした動作で回頭し、フィンチの方へと頭を向けなおす。最後のせめてもの足掻きかとフィンチが思った時、グムラクの鋭い声が走った。

「フィンチ、そこを動かないで!」

 砲声が台詞の直後に轟き、口笛を高々と鳴らす様な飛翔音が迫る。身動き一つせずにソ級を凝視するフィンチの視界の内で。グムラクの放った一三〇ミリ弾二発の内、一発がソ級を捉え、奔騰する水柱の隣でソ級が暗闇を明るく照らし上げる爆炎を上げて四散した。

「あ、危なかった……グムラク、助けられたな。有難う」

「まだよ、獲物はもう一匹いる筈よ」

 そう言うグムラクは主砲艤装に添えていた左手を耳元のヘッドセットに添える。今しがた撃沈した護衛役のソ級の爆沈の影響で、海中には崩れて剥がれるソ級の艤装の残骸の音が木霊している。機雷敷設潜水艦が無音潜航を続けているなら、この音に便乗して微速で位置を変えている可能性はあるし、或いは味方艦の爆沈の音で完全に海底に着底してやり過ごす可能性もある。

 再び海中に沈黙が訪れ、無音に近い世界での音の探り合い、我慢比べが再開しようとした時、フィンチとグムラクのCIC内で、二人のレーダーロック警報が鳴り響いた。

「レーダー照射? 敵艦?」

 急に何事? とグムラクが海上に視線を転じた時、空の一角に月光を反射する物体が一つ、一瞬のきらめきを放つのが見えた。

「飛翔体を確認」

 レーダー画面を見ていたCIC妖精が言う。続けて、飛翔体の挙動を知らせて来る。

「飛翔体、軌道を変えつつ、本艦に接近!」

「……対艦ミサイル?」

 その割にはブースターの轟音が全く聞こえないが……と疑念を浮かべながら、グムラクはフィンチに通信を繋ぐ。

「回避に入るわ。申し訳無いけど、少しだけ対潜戦はそっちでお願い」

「了解」

 フィンチの聴音を邪魔しない範囲で加速して、大きく舵を切るグムラクに、夜の海の空に溶け込んだ飛翔体は、追随する形でその軌道を変え続け、グムラクに迫る。滑空する音が聞こえ始めた時、グムラクの艤装上でCIWSが目覚めた。

 三〇ミリ弾がガトリング砲の砲身から吐き出され、飛翔体に向かって弾幕を張る。対艦ミサイルと違って、自由落下している様な速度の飛翔体を捉えるのは実に容易かったので、直ぐに暗闇の空に明るい火球が姿を現した。

「ウミェールイ、対空戦闘の状況は?」

「何機か撃ち漏らしているわ。その内の一機が貴女に爆弾を投下したのだけれど……深海棲艦の航空爆弾って、無誘導の筈じゃ……」

 返す言葉の合間に、VLSから尚、艦対空ミサイルを打ち上げる音が混じる。夜襲を仕掛けて来た敵陸攻はまだ複数居る様だ。

 対空戦闘はウミェールイに任せて、こちらは潜水艦を、とグムラクは再度元の任務に戻る。

 横に並ぶフィンチと二人だけの単横陣を形成して、原速で暗い海面に二条の航跡を引いて進む二人の背後で、低速で動き出す潜水艦らしき音源が忍び足の足音を微かに鳴らした。

「敵潜らしき機関音探知。方位0-9-8、距離二五〇〇、ゆっくり遠ざかる」

「真反対側か……どうする、追うかい?」

「対潜ロケットを打つにも遠いわね。反転して追いましょう」

 

 

 ようやくレーダー探知出来た全ての陸攻を撃墜し終えたウミェールイは、額の汗を拭いながら何機かが妙な動きをしていた事を思い返す。爆弾を水平投下する機動と言う訳でも無く、低空からの反跳爆撃をすると言う訳でも無く、高高度から爆弾を投下して以降は旋回して、離脱もしない機体が何機か居たのだ。

 そしてその機体と同数の、軌道を変えて来る飛翔体がウミェールイのレーダーで検知されていた。速度から言って、空対艦ミサイルとはとても言い難いが、風に乗って軌道を変えて来たと言う訳では無いその飛翔体に、ウミェールイは一抹の不安を覚えていた。艦対空ミサイルを備えている自分には造作もない相手ではあったけれど、これが高角砲や仰角を大きく取れる主砲等の既存の艦砲しか備えていない艦娘相手だったら、あの飛翔体は逃げる艦娘のその背中に追いすがっていたのでは無いか。

 そう言えば、とウミェールイはこの世界で、ドイツや日本で妖精爆撃機に無線誘導の滑空誘導爆弾の開発が行われ、洋上試験も実施済みと言う話を聞いたのを思い出した。深海棲艦に対する新たな誘導兵器技術の話として聞いた話ではあったが、まさか深海棲艦も対応する形で誘導爆弾を開発して来たのだろうか。少なくともそうで無ければ、今しがたの「軌道を変えて向かって来る飛翔体」の説明はつかない。

 いたちごっこだわ、とウミェールイは苦り切った表情を浮かべた。この世界の艦娘程の深海棲艦との戦いの経験は無いが、過去の戦史くらいは勉強しているから、その過程で艦娘と深海棲艦とでの、技術競争染みた拮抗した争いの話も聞いている。ストレンジリアル組の存在は、その技術競争の過程の中には含まれないだろうとしても、深海棲艦の方は何かしら、人類側の対応策にカウンターを打ち出して来ている。

 敵潜を追って距離が離れていくフィンチとグムラクの背を見つめながら、今の自分達の持つ優位性が揺らぐ日も、そう遠くないのでは無いか。そう考え至った瞬間、ざわりと背筋が粟立つのを感じた。

 

 

「発射!」

 鋭い号令が発せられ、遅れて対潜ロケット弾が次々に発射機を飛び立つ発射音が一〇回鳴り響く。

 夜空に一〇発のロケット弾が山なりの弾道を描いて着水地点へと軌道を伸ばしていき、ブースターの燃焼の終了と共に自由落下して海面に突っ込む。

 海上に水柱の奔騰が相次いだ後、一際大きな水柱が波紋を突き破って海上に一〇個の柱を立ち上げる。その内の二つに暗闇の暗さとは別の濁りの黒さを確認したフィンチとグムラクの二人は、敵潜水艦撃沈を確信した。

 対潜ロケットの爆発で滝壺の音を聞いているかのような海中が静かになって来た時、大破して浮上不能になった手負いの機雷敷設潜水艦が沈降していく、いや沈んでいく音が聞こえて来た。潜水艦娘と比べて圧倒的な最大潜航深度を誇る深海棲艦潜水艦と言えど、大きく傷ついた状態で深く潜れば、地球上の七割を占める海の海水圧がその膨大な圧力で傷ついた潜水艦を爆縮させにかかる。

 爆発音の様な轟音が一回、足元の遥か下で鳴り響くのを確認したフィンチとグムラクは、ようやく「敵潜撃沈」と口に出して宣言した。

 他に潜水艦が居ないか、警戒しながら別の場所にいるウミェールイ共々、母艦「わかたか」の元へと一旦戻る。

「流石に沈んではいないと思うけれど……」

 暗闇の向こうに、微かに灰色の艦体が見えて来た時、そのシルエットの端で突然紅蓮の炎が炸裂した。まだ距離がある三人にも伝わる衝撃波と、熱気に、三人とも目を剥き、唖然とした表情で再び災厄に見舞われた母艦「わかたか」を見つめた。まだ敵が潜んでいたのか? と疑いウミェールイが連絡を入れると、混乱した様子の「わかたか」CICから否と返された。艦首に吸着していた深海忌雷なるものが時間差で起爆したとの事だった。機雷と忌雷がどう違うのか、ウミェールイ、フィンチ、グムラクには分からなかったが、そんな三人を他所に「わかたか」の艦体の艦首が燃えながら更に沈降する。

「艦首第四甲板はあの分じゃ全滅ですね」

 暗がりとは別の暗い表情で言うグムラクに、フィンチが生唾を呑み込んで頷く。ウミェールイは二人と別れて「わかたか」の艦首の周囲を見て回りながら、再度CICと連絡を取る。

「『わかたか』状況を」

≪艦首の倉庫の塗料に引火して火災が止まらない。第四甲板の艦首第三区画までが完全に浸水して、第四区画にも浸水が始まっている。

 何とか後進に切り替えて、ケープ・セント・ジョージまで持たせられたら御の字だ≫

「死傷者は?」

≪忌雷除去に向かっていた爆発物処理班の隊員四名が行方不明だ。他は把握中だが重軽傷合わせて一二名を確認している。ラバウルから救援の外洋型タグボートが向かっているが、正直どれ程持ちこたえられるか……≫

 艦首が沈降すると、当然艦尾のスクリューが浮き上がってしまい、後進出来なくなる恐れがあった。かと言って艦尾側へ注水でもすれば、艦全体のバランスや海水の流入量でまた問題になる。ラバウルへの帰還は諦めるしか無さそうだった。最も近いケープ・セント・ジョージへ避泊するのが現実的案と艦長は判断したらしい。

「ケープ・セント・ジョージまでの間、護衛を行います。頑張って」

≪了解した。何とかこちらも沈めないくらいには対応する。寝ていたところの突然の追加残業、申し訳ない≫

「沈まない限り、負けはありません。ウミェールイ、アウト」

 そう言って、ウミェールイは通信を切り、改めて酷い惨状の「わかたか」の艦首を眺めた。左右には傾斜していないので、恐らく艦首直下、ソーナードームに組みつかれて起爆されたのだろうか。普段は海面から随分高い位置にある筈の主錨と副錨が、かなり海面に近い位置にあった。火災は尚続いているが、喫水線付近にある破口周りは鎮火していた。懐中電灯の光が艦首甲板上から海面下へと伺う様な光芒を落としている。

「ウミェールイからフィンチ、グムラクへ。最寄りの港であるケープ・セント・ジョージまでの間、私達が護衛任務にあたります。各自、対空、対潜警戒を厳に」

 了解の返答を得ながら、ウミェールイは避泊先のケープ・セント・ジョージまでの距離を計算した。何事も無ければ、夜明けまでには着くだろう。




「パシフィックリム」未視聴なので、オブシディアン・フューリーなる存在を感想で始めて知った民です……そう言うのがあるのか……。

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