艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
夜明けの陽光が東の空から昇って来た港に、一隻の軍艦が足を引きずる様に入港して来た。
深夜に沖合で触雷し、艦首が大破した為、後進で最寄りのケープ・セント・ジョージ港への避泊を試みて奮闘して来た改おおすみ型艦娘母艦「わかたか」だった。艦首喫水線下を大きく損傷している「わかたか」に肩を貸す様に、ラバウルから出動して来た救助のタグボートが伴走している。
「わかたか」の周囲には、「わかたか」の護衛に当たるウミェールイ、フィンチ、グムラクの三人と、救難艦として手配されたタグボートの護衛の第一六戦隊の青葉、鬼怒、浦波、敷波の四人が随行し、対潜警戒に当たっていた。本来ならば、対潜警戒する必要のない程に人類側が制海権を確立した海域の内側なのだが、昨晩の「わかたか」の触雷と、ソ級二隻の存在が確認されて以降、ラバウル近海では戦備態勢強化が取られ、ほぼ常時哨戒の艦娘が出回っている様な状況だった。
上空ではMH-60ヘリコプターが飛び回り、ケープ・セント・ジョージ港へと入港する「わかたか」の上空援護に当たっている。埠頭や近くの海岸からは、現地住民や報道陣たちがスマートフォンやカメラを手に、傷ついた艦娘母艦を映そうと集まっていた。
不眠不休の護衛を終えたウミェールイに、「わかたか」のCICから、任務ご苦労の謝礼が入った。
「何とか港まで持って良かったですよ」
≪同感だ、最悪の場合は港の中での着底も視野に入れていたからな。一先ず本艦はここに投錨して、掃海潜水員支隊らダイバーの調査が終わるまでは動かない。君達の私物は艦内に残っている大峰達に持って行かせるよ≫
「ラバウルにはどうやって戻れば?」
≪司令部からは、派遣されて来たタグボートに乗って帰って来いとの事だ。こっちはこっちで暫くどうにもならないが、君達は全く問題無いからな≫
「了解です」
私物を艦内に置いて来ている事をウミェールイは思い出し、微かにその表情を歪ませた。別に無くしたら人生が詰んでしまう様な貴重品を持っている訳では無いが、着の身着のままでこの世界に艦娘として転生を果たした自分には、今あの艦の居住区にある支給されたものや初任給で購入した着替えや日用品を失うと、些か今後の日常生活で不便を強いられるのは間違いない。替えの衣類を失えば、また丈のあった衣類を調達しないといけないし、替えの靴を失うと新しいものを足に馴染ませるのにこれまた時間を要する。
ラバウル泊地の居住区にも幾らか私物は残して来てあるが、この熱帯の地域では着替えは幾らあっても困らない。軍艦の船魂が人間として実在化した存在とは言え、ウミェールイとて一人の人間の女性として汗臭いのを嫌うくらいの概念は持ち合わせている。
右腕の袖で額の汗を拭いながら、ウミェールイは溜息を洩らした。今日も暑くなりそうだ。
「わかたか」の主錨と副錨の二つが海面を突き破り、大きな飛沫を上げる音が港内に響き渡った。随分と艦首の喫水が下がり、前のめり状態ではあったが、何とか沈没、着底は免れていた。
錨が港内の海底に達し、固定が終わると、艦尾のウェルドックが慎重に開放され、内部から艤装だけでなく、自分達の手回り品を詰めたバックを抱えた艦娘達が、ゆっくりとした動作で出て来た。傷ついた母艦に衝撃を与えない様な、優しさを感じさせる加減でケープ・セント・ジョージ港の水面を踏んだ彼女達は、その足でラバウル泊地へ戻るタグボート「ボーダーコリー」へと向かった。
「わかたか」と比べれば小ぶりな船体だが、その小柄な船体が絞り出すパワーは大型船すらも押しのけ、更には外洋を渡れるだけの充分な航続性能がある「ボーダーコリー」のデッキから、艦娘揚収クレーンが降ろされ、まず大峰が収容される。とは言え、決して高いとは言えない乾舷なのを良い事に、摩耶は海面を勢いよく蹴って、掛け声とともに甲板へ派手な足音を響かせて着艦したりもしていた。甲板に敷かれた緩衝材のマットにめり込む摩耶のブーツのヒールの沈み込みを見て、甲板作業員の何人かは言い知れずひやりとしていた。
そんな乗組員の心情や知らずと言った顔で摩耶は抱えていたバックをデッキに降ろしながら、海面の方へ身を乗り出し、姉妹の方へ手を差し伸べた。
「掴めよ」
「貴女みたいにはしたない乗り込み方はしないわよ」
鳥海がやや非難がましさと、苦笑いのどちらとも取れない表情を浮かべて返す。同性だからこそと言え、摩耶が豪胆な乗り込み方をした時に盛大にめくれ上がる衣類等を見て、ああはなりたくないなと言う羞恥心の様なものを鳥海は覚えていたし、高雄と愛宕も、鳥海と摩耶程の露出の高い制服では無いにせよ、遠慮すると言う姿勢だった。
遠慮する姉妹達に、まあそう言う事もあるか、と摩耶が手を引っ込めようとした時、「乗せてくれ」と頼む声があった。
見慣れない艤装と制服の艦娘が、小脇にショルダーバッグを下げて右手を掲げて寄って来るのが見えた。引っ込もうとした手をもう一度舷側の下へと伸ばした摩耶の手に、海面を蹴ったフィンチの右手が乾いた音を立てて掴む。
「よっと……見た目より重いな」
「どうも」
タグボートの舷側を艦娘ならではの靴で何回か引っ掻きながら登って来たフィンチは、手を貸してくれた摩耶に礼を言いつつ、重いと言う言葉に意外さを感じる。
「駆逐艦を引っ張り上げるのは始めてかい?」
「その重さで駆逐艦? 最低でも軽巡くらいはあると思ったぜ」
意外だと摩耶は軽く目を見開く。巡洋艦級の重さと思えば、駆逐艦だったとは。だが実際、摩耶はフィンチの容姿と制服、艤装を見て、一種の納得を覚える。古今東西世界に数多くいる艦娘の中でも、見慣れない制服と艤装だからこそ、駆逐艦だと分からなかったのかも知れない。フィンチがどう言う出自なのかは摩耶もある程度は把握していたが、軍艦「フィンチ」の排水量が、軽巡「天龍」より重く、軽巡「長良」よりは軽いと言う事は知らなかった。
最後に揚収したケストレルが、クレーンの耐荷重量ぎりぎりであり過ぎた余り、タグボートが傾斜して少しばかりの騒ぎになったのを除けば、三〇分程で「わかたか」に乗艦していた艦娘は「ボーダーコリー」への移乗を終え、外洋タグボートは汽笛を鳴らしてラバウル泊地への進路を取った。
周囲を一六戦隊の四人が囲う中、昨晩の「わかたか」の触雷以来、睡眠をとっていなかった「わかたか」組の艦娘達は各々タグボートの甲板上で仮眠を取った。ラバウル迄は数時間の航海だったが、その数時間でもいいから彼女達には睡眠が必要だった。
ラバウル泊地の海軍司令部では、アッテンボロー以下、幕僚が協議を行っていた。
「深海棲艦輸送船団の撃滅に成功し、敵補給線を破壊したとは言え、これでは手放しに喜べる状況とは言えませんね」
苦虫を嚙み潰したような表情で首席参謀の井村大佐が言う。
アッテンボロー司令官は溜息交じりに髪を揉むと、作戦参謀のパヴリチェンコ中佐が一同を励ます様に努めて明るい声を発す。
「幸い、『わかたか』は沈没を免れました。当面はドック入り修理が必要ですが、沈没による完全喪失や、サルベージ船を出しての浮揚作業を行わすに済んだだけ、我々はまだ恵まれています」
「とは言え、当面の間、我が第八方面軍には稼働可能な艦娘母艦が一隻も居なくなるのは事実だ。『ジオフォン』は定期修理の為に現在はメルボルン海軍工廠に後退している今の空白期間中に、深海棲艦が再度の攻勢や、新たな補給船団を送り込めば、我々は艦娘達を母艦による支援無しの、長距離航海を経ての出撃を命じる事になる。
艦娘母艦の支援無しの艦娘の長距離作戦行動が、どれ程過酷な事かは過去の歴史が語っている」
暗い表情で井村が言う。
そこでふとそれまで黙っていた艦娘首席幕僚の大淀が発言を求めた。
「宜しいですか?」
「構わんよ」
何かいい話でもあるか、と言う表情のアッテンボロー以下の幕僚の視線に、大淀は一〇〇パーセントの期待に応えられる訳では無いが、と口には出さずに前置きしてから口を開いた。
「日本本土で、最新鋭の艦娘母艦の慣熟が完了し、前線配備の命令を待っている艦が一隻あります。現在、佐世保基地で待機中の同艦を第八方面軍へ編入する様、ミューラー司令官に進言いたしましょう」
「最新鋭艦、か。名を何という?」
「『いなば』と言います。正式艦種名をいなば型多目的艦娘母艦支援艦と言います。従来の艦娘母艦が、所謂空母的な後方支援専門の存在だったのに対し、『いなば』は母艦自ら前線に突入し、母艦自ら直接深海棲艦と渡り合える事を目指して建造された支援艦です」
「いなば型……確か建造中のさめじま型装甲強襲艦娘母艦とセットで運用する事を想定していなかったかね?」
日本人なだけにある程度は聞いているらしい井村の問いに大淀は頷く。
「ええ。さめじま型は建造の遅れが生じているので、『いなば』は片割れが居ない状況ですが、『いばな』単体でも役立てるかと」
「艦娘母艦自ら前線に突っ込ませる? 開発提唱者か、設計主か、発注した海軍の高官は余程の武闘派かね?」
「艦娘だけ戦わせて、自分達は後方で胡坐を組んでいるのは実に大人気ない、と言う思想の方たちだとは聞いています。さめじま型も同様で、こちらはいなば型よりより戦艦然とした艦影と兵装を備えています」
本来戦線後方に布陣して、艦娘達の移動拠点として機能する艦娘母艦そのものを前線に突っ込ませると言う発想に、半ば呆れたような声を上げるパヴリチェンコに、大淀は確かにそうだが、艦娘母艦自ら艦砲で支援しながら突撃してくれるのは艦娘として非常に心強いものである、と大淀自身も艦娘であるだけに感じられる感想を語った。
改おおすみ型艦娘母艦「わかたか」の戦線離脱と、「ジオフォン」の不在で一時的に空気が重くなっていた会議室に明るさが戻った様な雰囲気が現れる。
「宜しい。ミューラー司令官には私から『いなば』配備を上申しておこう。とは言え、日本本土からここラバウルへの回航は直ぐには出来ん。
新しい艦娘母艦のラバウル泊地への回航と配備が完了するまでの間、第八艦隊は受け身の姿勢を取りつつ、可能な限りの近海の深海棲艦に対する情報収集に務めよう。それと、『わかたか』の触雷に至った原因の究明にも当たらねばならない」
海底の音響監視システムをどうやって突破したのか、と言う今この場では解き明かせない議題を含ませつつアッテンボローは一応の締めを計った。幕僚達から異論の意見が上がる事は無かった。
幕僚達が退席した後、残された大淀とアッテンボローは二人きりで話をしていた。
「どう思う?」
「少なくとも、第八艦隊司令部の幕僚に、破壊工作を試みる工作員が紛れ込んでいる可能性は無いかと。勿論、演技が上手いのか、被る仮面が良く出来ているのかも知れませんが」
「俺の部下達を疑うのは正直な話、全く気が滅入る話ではあるが、先のショートランド泊地の崩壊と、展開していた深海棲艦の封鎖艦隊、鹵獲した空母棲姫の出処に、『わかたか』の触雷……。我々人類の側に何もないと思う方に無理があるな」
両手を組んで席に座るアッテンボローの隣で、大淀もスカートの前で組む手に心なしか力が籠る。
「だが、一体何が目的だと言うのだろうか? 我々が深海棲艦に対する反攻作戦が進む事を良しとしない人類がこの世にいると言うのか」
「そうで無ければおかしいと、私は考えます。朝日さんの情報からも、統合軍内部にまで及ぶ深海棲艦援助勢力が居る可能性はあります」
「身内まで疑わねばならないと言うのは、実に世知辛い話だな」
苦渋を露にアッテンボローは呟く。
「一応、調査は行われている様ではあります。統合軍幕僚幹部作戦部六課が調査に乗り出しているとの事です。人類製の空母棲姫だけならまだしも、内部の破壊工作員の手でショートランド泊地を失った可能性があるとなれば六課が捜査に乗り出すのも無理はありません」
「この件を知っているものは?」
「空母棲姫の検分とある程度の伝手で情報収集を行った朝日さんと、朝日さんの話を聞いた青葉さん他ごく少数です」
「青葉か……あの性格だ、べらべらと拙い情報を拡散する程の軽率では無いから安心だな」
そう言いつつも、アッテンボローは目の前の大淀が実は破壊工作員では無いと言う確証が無いのが不安になって来る。最もそれは目の前の大淀も同じの様だった。アッテンボロー自身が破壊工作員であると言う保証はない。ただ白であると信じるしか無い。
「嫌な世の中ですね。私は世代ではありませんし、当人達でもありませんが、まるで旧東ドイツの、『国民の五人に一人は密告者だった』監視社会染みていて……」
「時に、身内ですら疑わねばならんのが人間の醜い所だ。早期に解決する事を願おう」
その日の正午頃、「カウントダウン作戦」に参加していた艦娘は、出迎えに上がったタグボート「ボーダーコリー」に乗り換えてラバウル泊地への帰投を果たした。
ラバウル泊地の入り口となるカラヴィア湾北のタブルブル山を右手に見るケストレルは、約半日遅れの帰還となった我が家の風景に、安堵のため息を漏らしていた。
そのケストレルの鼓膜を、ジェット機の奏でる甲高いエンジン音が突いた。遠くから迫るその音に首を巡らせたケストレルの碧眼に、F-14戦闘機の姿が見えた。エンジンの音から言って、F-14Aだろうか。この世界では既に退役か、戦争で失われてして久しい機体と聞くが、と微かな疑問を抱くケストレルの視界で、ゴマ粒の様な機影が少しだけ大きくなる。音だけは豪勢に響かせながら、見事なフィンガーフォー編隊を組んだF-14A四機が「ボーダーコリー」の船上を飛び抜ける。微かにその尾翼に「KT」のテイルコードのイニシャルが見えたのをケストレルの碧眼が捉えた。
そこでようやく彼女は気が付いた。あのF-14Aはこの世界に転生したケストレルの格納庫に残されていた機体だ。乗り込む航空妖精の機種転換訓練の最中なのだろう。飛行訓練に移行していると言う事は、カリキュラムもそこまで進んでいると言う事にもなる。
ジェット機の轟音はまだ続く。帰投する「カウントダウン作戦」の参加艦娘を出迎える様に、ケストレルの格納庫から運び出され、修復作業が行われていた各種機体の編隊が、F-14Aの後に続く。F-18C四機、F-18E四機、F-14B二機、F-35C二機、更にはS-3B対潜哨戒機まで飛んで来た。あの日、偶然格納庫で点検の為に降ろされていた機体だろう。
視線を転じると、ケストレルの格納庫にあっただけで、空母での運用に適していない空軍機の姿も見えた。常人では空の一点に黒く浮かぶ点にしか見えない機影を、ケストレルの猛禽類の如く高い視力が確かに捉える。F-15C四機、F-16C四機、F-2A四機の姿が見えた。
これら三種の空軍機は当然ケストレルの航空艤装での運用に適さないので、地上航空基地からの基地防空任務や、航空妖精の駆る陸攻隊、爆撃機隊による対地、対艦攻撃に先だっての航空優勢確保や、同機体を用いての対地対艦攻撃任務となる。ただケストレルの格納庫から発見され、レストアが行われた空軍機による渡洋攻撃に関してはコクラン空軍司令官含め、運用を担当する空軍内では慎重論が根強い。妖精サイズの第四世代戦闘機に空中給油を実施出来る空中給油機の用意が出来ていないのが、その要因だ。
一応KA-3D空中給油機もケストレルの格納庫から発見されているが、こちらは空母「ケストレル」がストレンジリアルで最期を迎えた時に右舷に転覆した際に、格納庫の各機体が格納庫右舷側に転落した時に下敷きになったらしく、機体の損壊が大きい為、レストアと修理にはまだまだ時間がかかると見積もられていた。
空を飛ぶ機体はまだ良い方であり、ラファールやタイフーン、スホーイと言った機体の中には、損傷が激しく再生可能な部品取りに回された機体も少なくない。「ケストレル」横転時に大破したもあれば、海水に浸かり過ぎて腐食してしまった機体もある。また復元出来た機体にしろ、「ケストレル」がストレンジリアルの頃にユークトバニア向けへ密輸される筈の機体を鹵獲した際、どれも少数機ずつの積み込みだったから、今ケストレルの航空隊を編成する橘花改、景雲改の全てを置換できる数は無い。
格納庫に無かった機体はそれつまり、ブレイズ達が最後の出撃に使った機体だ、とケストレルは思い返し、そう言えば最後の出撃に際してブレイズ達は何に乗り込んだのだったか、と軽く目を瞑り目頭を押さえる。大破した自分から最後の力を振り絞って射出したのは覚えているが、無我夢中の余り、何に乗り込んで出撃したのかケストレルの記憶は曖昧だ。少なくとも、おとぎ話の「ラーズグリーズの悪魔」を彷彿させる黒に機体色を塗っていたのは確かだが、どんな機体だったか……。
目頭を押さていた右手が自然と右頬の傷跡を触る。何か覚えていないかと言う様に触られた傷跡だったが、それで脳内に記憶が蘇る訳でも無かった。
フィンチやグムラクは……と考えて、ケストレルは軽く吐息を吐く。この二人は「ケストレル」が沈む前に、撃沈されていたから、そもそも空母「ケストレル」が撃沈された事すら知らなかった。フィンチとグムラク、それにウミェールイが、セレス海海戦以後の「ケストレル」の動向を知ったのは、この世界に艦娘として転生してからの事である。
思い出せない記憶のもやもやとした感覚に、釈然としない不快感を覚えながらも、その内に思い出せるだろうと割り切り、ケストレルは制帽の鍔の端を掴んで空を見上げた。
F-14Aの編隊が再度、「ボーダーコリー」の上空を旋回して、ラバウル泊地に併設されている旧ラバウル空港を再建したラバウル航空基地へと向かって行った。
一九九四年のタブルブル火山の噴火で放棄された旧市街地は、深海棲艦との戦争開戦後、皮肉にも軍事拠点としての再整備の折に大規模な再開発が行われた結果、火山灰に覆われていたかつての放棄された市街地や空港は莫大な資金と資材、人員を投じて復活を遂げ、後の最前線基地となるショートランド泊地の完成までの間、第八方面軍の最前線拠点として活動していた。
現在はそのショートランド泊地の崩壊も相まり、再度最前線基地として再整備が進み、南洋ソロモン海域における陸海空の一大軍事拠点として機能している。深海棲艦の出現が結果として市街地復興に繋がると言う皮肉な結果を迎えた珍しい地域である。
「灰に埋もれた街を蘇らせた……皮肉な話ね」
話には聞いているラバウルの今の成り立ちを思い返したケストレルの呟きは、入港準備に移る「ボーダーコリー」の上空を通過したF-2Aの爆音にかき消された。
帰還した青葉が艤装を整備場に返却し、埠頭の傍で伸びをしていると、彼女の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえて来た。
視線を転じれば、古巣第六戦隊の古鷹、加古、衣笠の三人が青葉の方へと歩いて来るのが見えた。先日の船団護衛の際に負傷した衣笠も、どうやら完治して戦線復帰になったらしい。
やれやれと青葉は胸中で苦笑いを浮かべた。艦隊新聞は愚か、我が大切な妹の近況すら把握出来ない程、自分の生活は随分と多忙状態かと思うと、嬉しい様な、悔しい様な少々複雑な気分でもある。
とは言え、「六」を目印に手と手を繋いで再び青葉型、古鷹型の四人が一堂に会する機会があるのでは無いか、と期待する青葉は三人の元へと歩み寄る。
「お久しぶり、青葉。また一緒に戦えるの嬉しいよ」
古鷹の言葉に、青葉はやはりなと確信を持ちながら微笑を浮かべて問う。
「六戦隊再結成、ですか」
「なんだよ、随分寂しがっていたとか言う割にはドライな反応じゃないか。青葉ってそんなノリだったか?」
意外だと言うよりは、やや大げさ目なリアクションで加古が嘆く。一六戦隊配属の内に、青葉の心境も、精神的にも変化が生じているのだろうと言う事くらいは加古も察している。気持ち以前と比べて達観した視線を湛えている様に見えるかつての六戦隊第一小隊の戦友に加古は大げさ目な反応を解くと、右手を相棒の左肩に置く。
「ま、また一緒に戦えるようになって嬉しいよ青葉」
「ちょっと加古、青葉は私のお姉ちゃんよ。何勝手に青葉を独占しようとしてるの」
青葉と加古の脇からむくれ面を見せる衣笠が割り込みをかける。
「独占も何も、第一小隊の相棒だからなぁ」
「それはそうなんだよね」
「青葉、フォローしてよ」
「はいはい、そこまでにして、再編六戦隊の再会祝いに行こうよ」
その場を取りなす様に古鷹が言う。六戦隊の四人のある意味でリーダー格である古鷹の一言に、三人が大人しく喧騒を沈める中、青葉が最も先に実務レベルの話を古鷹に切り出す。
「六戦隊再編成の理由は?」
「聞く話だと、第三任務群への編入だって。第三任務群は正規編成としてストレンジリアルからの転生艦娘に六戦隊、三航戦から対潜空母として瑞鳳、一六戦隊、それに戦艦ニュージャージー、駆逐艦エドワーズ、リアリーで編成するって。ただ一六戦隊の北上と大井は九戦隊として再編するから除外だって」
「つまり、第三任務群は空母ケストレル、瑞鳳、戦艦ニュージャージー、巡洋艦ウミェールイ、我らが六戦隊、軽巡鬼怒、駆逐艦敷波、綾波、浦波、磯波、フィンチ、グムラク、エドワーズ、リアリーで編成すると」
「それに加えてケストレルの航空隊も、もうじき錬成が終わるジェット戦闘機も加わるってさ」
数え上げた艦娘の数と名前、それに新規配備の機体を聞いて、青葉は今いる場所の気温とは別の熱さで身体が火照る様な気がした。同時にこの編成を決定した艦隊司令部の真意を図りかねて訝しくさえも思った。これだけの艦娘、そして既に運用が行われているEA-18GやEA-6Bに加えてF-14やF-18と言った艦載機まで加われば第三任務群の戦力は飛躍的に高まるからだった。
「もう、『任務群』と言うよりは『艦隊』か、『任務部隊』ですね」
薄らと笑みを浮かべた青葉の言葉に、古鷹達も同感だと頷いた。
上着など着てられない熱帯の暑さに、ケストレルはカーキの将校服の袖で額の汗を拭った。呑み込む唾が出て来るくらいの湿度があるが、その分、湿気の強いまとわりつくような暑さがここラバウルの気候だった。
「暑いわね……」
「暑いよ」
傍らのフィンチも同感だと頷く。暑さのせいか、宿舎までの道のりが果てしなく長く感じられる。睡眠が完全では無いからの疲労も相まっているかもしれないが、兎にも角にも暑い。
後について来るウミェールイ、グムラクも陽光とは別の暗い表情である。
最も、それは至極当然の結末とも言えた。四人の着る艦娘制服は、そもそもが冬服なのだ。ケストレルは上着さえ脱げば、一応全季節対応の将校服とは言え、それでも左右の腕を覆う袖を切り落としたくなる思いはある。四人共、ストレンジリアルでの最期を遂げた季節が一二月であるからなのか、それとも何か四人をこの世に連れて来る判断を下した存在の趣味なのか、季節外れの制服のせいで余計に暑さを感じる四人だった。
「帰ったら、夏服の支給を要請しましょう。この格好じゃ、深海棲艦と戦って倒れる前に、熱中症で倒れますよ」
滝の様な汗を流しながら言うグムラクに、三人から一切の異を挟まない返答が返される。
「冬や寒冷な気候の地域は良いですよ、着込めば乗り切れますから。でも気温が高い熱帯、赤道付近はそうもいきません。服を脱ぐにも限界がありますし」
「鉄砲よりも威力が高い深海棲艦の艦砲を前に、ボディーアーマーすら着てない艦娘が、真逆の水着とか、ましてや素っ裸で出撃する阿保する筈が無いよねぇ……」
ウミェールイの言葉に、フィンチも全くだと頷く。
早くクーラーが効いた部屋に戻りたい、と歩く四人の視界の端で、宿舎のある居住区に隣接するグラウンドやテニスコートが見えた。真っ黒に日焼けした男女の軍将兵が、長大なグラウンドの淵をランニングしたり、ラケットを振るってテニスボールを打ち合う姿が繰り広げられているのを見た四人は、自然と自虐に染みた笑みが浮かんでいた。
一週間後
日本の佐世保基地を発って、長躯ラバウル泊地へ到着した新鋭艦娘母艦「いなば」は、既存の艦娘母艦とは一線を画す外観であった。
いなば型多目的艦娘母艦支援艦AMSD-244「いなば」は、既存の艦娘母艦のライトグレーよりも黒味の強いダークグレーに塗られた艦体に、艦橋、艦娘揚収用クレーン、そしてその武闘気質さを表す各種砲こう兵装、誘導弾兵装を頂いており、前任の「わかたか」や「ジオフォン」等と比べれば、より艦娘母艦自体の武力を強調した姿であった。
従来の艦娘母艦が、所謂航空母艦的な「母親」的存在として戦域後方に展開し、洋上移動基地として機能するのに対し、「いなば」は自らも艦娘と共に前線に赴き、その豊富な火力で艦娘と共に深海棲艦と渡り合う「戦友」的存在であった。またリスキーな運用を想定している分、その艦の堪航性は非常に高く、現代に建造される艦艇には珍しい重厚な装甲防御が施されていた。
「艦娘母艦支援艦、つまり本艦は本来ならば艦娘母艦と艦娘艦隊に対する火力支援、前線への部隊や航空機の輸送、負傷艦娘の回収、更には深海棲艦の破片などの回収から、飛行甲板にMLRS等を設けての陸上深海棲艦への対地制圧攻撃などを想定した艦です」
艦長、段真喜人(だん・まきと)大佐は艦橋に上がって艦を視察するミューラー司令官と、アッテンボロー提督に解説した。
新鋭艦ならではの新しいペンキの匂いを艦内中に漂わせ、調度品一つから艦内の構造物に至るまで、全てが真新しさに覆われている「いなば」に、ミューラー、アッテンボローは副官、幕僚と共に多大な感心の目を向けていた。
「兵装は主砲にMk45五インチ砲二基、Mk.15CIWS三基、SeaRAM二基、装甲ボックスランチャー二基、Mk.41VLSなどです。VLSには対深海棲艦対応能力強化型トマホークやアスロック、深海棲艦航空機対応型長距離艦対空ミサイルSM-7と同近距離艦対空ミサイルSM-7Sなどです。
他にF-35BやUTH-66ブラックフット戦術ヘリ、MH-60ヘリなど各種航空機を艦載可能です」
「艦首のスキージャンプは、F-35Bの発艦補助か?」
艦橋の左舷側から見えるスキーのジャンプ台の様な構造物に視線を向けて聞くミューラーに、段はまさしくと頷く。
「本艦の航空隊のF-35Bはいずれも対地対艦攻撃の重装備を想定していますので、旧来のライトニング空母の様にフラットな艦首では発艦に支障を来しかねないのでスキージャンプを採用しております」
「艦載機にはUTH-66なる機体を載せているとの事だが、どんな機体だ?」
入れ替わりに尋ねて来るアッテンボローに、段は持参しているタブレット端末を操作して、艦載ヘリについてのデータを表示させる。
「艦娘艦隊に対する前線での空中指令室を担える機体です。ただ、この機体が空中指令室任務を行うのは、統合空中管制機が進出、滞空不可能な海域等に限られます。第八方面軍では統合空中管制機が常時展開出来ますので、UTH-66の主たる任務は軽量アップリケ装甲による防弾性と、開発のベースとなったUH-60ブラックホーク系列のヘリの数割増しのエンジン出力による離陸重量と巡航速度を生かした高速かつ迅速な艦娘艦隊の戦域展開、及び回収になります。
また緊急時には搭載するミニガンや空対地ミサイルによって、LZ近辺の深海棲艦への攻撃にも使用可能です。ただ、幾ら軽量アップリケ装甲を施しているとは言え、無敵の防弾性を誇る訳では無いのである程度は敵対空迎撃能力の低いLZへの派遣が前提にはなります。
本艦とのデータリンクシステムで結ばれたUTH-66を持ってすれば、昨年の痛ましい犠牲者の発生を今後抑える事も出来ましょう」
最後に声のトーンを少し落としつつ、去年戦死したタナガーの悲劇を始め、開戦以来命を落として来た艦娘達の犠牲者の拡大を無くすとは言い切らず、抑えると強調するような口調で段は言った。
「これだけ豊かな装備の艦に慣れると、ドック送りになった『わかたか』を元に戻す意義も無くなりそうですね」
苦笑交じりに語るパヴリチェンコに、段は頭を振った。
「開発コンセプトが尖っている分、建造調達価格と工程が相応にかかる本艦の大量建造は想定されておりません。必要とされた戦域に、必要な数のいなば型とさめじま型のアセットを投入する。これが統合海軍のドクトリンになっております。それ故、既存の艦娘母艦全てを置換するだけの量産配備計画はありません」
「なるほど……しかし、母から友へ、とでも言うべき発想の転換だな」
脇で聞いていたアッテンボローの台詞に、一同が頷く。
そんな一同の背後がにわかに騒がしくなって来た。
「何事かね?」
真っ先に首を巡らせた井村の耳に、新鋭艦「いなば」の取材に乗り込んで来た六戦隊の四人の黄色い声と、応対する広報官の声が返されて来た。
スペシャルサンクス
艦娘母艦支援艦「いなば」概念の出演許諾を快諾して頂いたベナトルさん(@venator_LMG)に感謝を。