艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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第二二話 眼下の絆

 海上に空気を媒介にして伝播する衝撃と、海上に奔騰する二つの赤い水柱に、艦隊の最前衛を担っていた鬼怒の姿が呑まれる。

「うわぁぁぁッ!?」

 赤い水柱に呑まれる鬼怒から、悲鳴が上がる中、上空で第三任務群に帯同して、演習における状況判定を担うUAVのカメラ越しに鬼怒をモニターしていた訓練指導教育隊の指導官から、無情な宣告が入る。

≪鬼怒、魚雷直撃により『轟沈』と判定。機関停止の上、演習終了まで現位置にて待機されたし≫

 絶句する鬼怒の声にならない声を最後に、鬼怒の無線通信は強制的にシャットダウンされ、艤装にも青の「轟沈信号旗」がきりゅうされる。

 軽巡一隻の「轟沈」は、一七名の艦娘を抱える第三任務群の規模から言えば、大事では無いが、軽度のパニックは引き起こされた。演習魚雷の虫も殺せない着色塗料で全身真っ赤になる鬼怒を避けようと、青葉、加古が左右に分かれ、その後ろのニュージャージー以下も急ぎ転舵、回避に移る。

「ソーナーコンタクト、方位090、距離七〇〇に潜水艦の機関音を探知」

 フィンチの鋭い声が艦隊内通信に乗って飛ぶ。

「Seven hundred yard ?」

 回避運動を行いながら母国語で思わず呻き声を漏らすエドワーズの言葉は、至極当然な反応であった。襲撃距離にしてはかなり近い。相手の赤軍潜水艦が誰なのかは分からないが、その襲撃距離には相当な自身が伺える。深海棲艦の潜水艦であれば一〇〇〇メートル以内からの魚雷発射を試みる艦は居ない。

 周囲の一六戦隊と、六戦隊、そしてアメリカ艦娘の主機の航走音に、可聴範囲、能力を大きく削がれながらも、フィンチは懸命に聴覚へ神経を集中させ、幻聴と脳内再生を鼓膜から聞こえて来る音と切り離して処理し、必死に聴知した潜水艦の後を追う。だが、彼女の努力虚しく、潜水艦の機関音は間もなく聞こえなくなった。

「足音」が皆煩過ぎる……! フィンチは一種の憤慨に近い感情を抱いて、周りを囲う艦娘達に恨めしい視線を向けた。世代が違うとは言え、こうも煩くては、折角の原子力潜水艦や静粛性に優れた通常動力潜水艦のキャビテーションノイズすら拾い上げるソーナーもろくに聞こえやしない。ましてや、艦隊速度は原速のままである。戦速よりも静か目な筈の速力でこれなのだから、最大戦速での回避行動になろうものなら、何も聞こえなくなるだろう。

 ヘッドセットをかなぐり捨てて、耳を休ませたくなる衝動に駆られながら、フィンチは聴音を続ける。艦隊を分離してストレンジリアル組と、この世界組とで艦隊を二分した方が、対潜効率が上がりそうな気がしていた。幸い、演習要項には艦隊の分離に対する制限は無い。

 問題は、とフィンチは輪形陣を組む第三任務群の一七名、 ―いや鬼怒が脱落して一六名になった― からストレンジリアル組四名だけを分離するまでに、更に雷撃が来て第三任務群を構成する艦娘が二、三人は食われかねない、と言う事だった。そもそもストレンジリアル組とこの世界組とで分けた艦隊運動の演習を行っていない。艦隊を分離する作業中に、衝突事故になり、怪我人の発生やそれで轟沈判定を貰っては本末転倒だ。

 ならば、とフィンチは策を改める。

「良き牧羊犬は、自らの意思で、羊を守る」

 誰かの著書に感化される迄も無く、自己の感性に導かれるままに呟いた一言に従い、フィンチはニュージャージーへと意見具申を行った。

 

 

 初手の鬼怒の「轟沈」判定から体勢を立て直した第三任務群の周囲を、フィンチとグムラクの二人が、牧羊犬の様に周回して守りに入っていた。特に、艦隊前面からの再襲撃に備えて、艦隊前面を基点に展開するグムラクは、アクティブソーナーの発信ボタンにかけた指を、今か今かと待っていた。対潜演習において、演習用の対潜弾は存在しない。仮に演習用の対潜弾を用意しても。ある程度の炸薬を仕込まなければならなくなる演習弾の海中での爆発による衝撃だけで、相手の潜水艦娘の全身に演習弾の起爆の衝撃が地球の七割を占める膨大な量の海水を触媒に押し寄せる。確かに艤装の加護で幾らかは保護されているにせよ、ほぼ生身の潜水艦娘が食らっていい衝撃では無い。

 その為に、対潜演習では相手潜水艦娘に対する「王手」を意味する攻撃は、アクティブソーナーの探信音の発信と定められていた。アクティブソーナーの発信による「王手」の意図は、潜水艦娘にも適応されるが、発信すれば自身の位置も暴露する事になるアクティブソーナーによる「王手」を決める潜水艦娘はまずいない。

 艦隊の陣形を二分するよりも、ソーナーの聴音能力に優れるストレンジリアル組の駆逐艦娘二人だけ、その行動範囲に自由を大きく与え、他は青軍である第三任務群の敗北条件である空母艦娘ケストレルを守る様に、対潜陣形を維持する。輪形陣から第一警戒航行序列へと陣形を切り替え、ケストレルを重点的に守る陣形に移行した第三任務群は、一見すると手の出し様がないくらい対潜の防備は硬い筈だった。

 少なくともグムラクはそう信じていたが、予想だにしない状況を迎える。

「方位357より魚雷航走音! くそ、さっきと同じ奴の機関音だ! 距離八〇〇、雷数一発」

 艦隊後方に展開していたフィンチからの警報だった。ソーナーの可聴範囲をある程度回復させられていたからこそ、早期の探知が出来たお陰で、彼女の警告を受けた後衛の艦娘が回避運動に入り、今度は直撃を貰う者は免れた。

 それでも艦隊中央部の古鷹と衣笠の後方を酸素魚雷では無い、敢えて航跡を見やすくしている通常動力の演習魚雷が過ぎ去り、然程離れていない所で、演習用魚雷が自爆する。厄介な事に、その自爆する魚雷の爆発音で、ソーナーが一時的にマスクされる。

「最初の襲撃行動と同じ機関音ですって?」

 馬鹿な、とグムラクは眼を剥く。幾らこの世界組の主機の「足音」でこちらのソーナーの効力が低下しているにしろ、短時間であの位置に展開し終えるのは不可能だ。もし可能だとしても、パッシブソーナーに捉えられない「無音」で遷移するのはやはり不可能だ。

 異状事態なのは、艦隊全員が把握し始めていた。未知の潜水艦に艦隊は襲撃を受けている。

「何か聞こえますか?」

 相手潜水艦の音紋に関しては、ストレンジリアル組より詳しいであろう一九駆とエドワーズ、リアリーの二人に問うグムラクだったが、六人から芳しい答えが返る事は無い。ソーナーの精度で優れるフレッチャー級のエドワーズとリアリーですら、難儀する相手の要だ。

「フィンチ、敵潜水艦は?」

「駄目だ、また見失った。息を殺して無音潜航に入られちゃ、幾らこっちのソーナーが強くても聞こえやしないよ」

 ふむ、とグムラクは鼻奥を鳴らして思案を巡らせる。無音潜航でこちらの聴音から身を隠し、短時間で高速で移動し、襲撃位置を変える。ストレンジリアル組も驚く脅威の艤装性能をした潜水艦娘か、或いは……。

 フィンチが見失い、彼女の担当範囲で捜索が続けられる中、今度はグムラクの水測員妖精とグムラクの両方が機関音を捉えた。

「正艦首に潜水艦、距離二〇〇」

 二〇〇、と聞き、グムラクは息を呑む。魚雷を発射されたら、間違いなく食らう。だが、二〇〇メートルの距離で発射すれば、演習魚雷の爆発の衝撃を潜水艦娘も諸に浴びる事になる。己の身に潜水艦娘としての人生を差し出す負傷もいとわず演習に挑む潜水艦娘は何処の国にも居ない。潜水艦乗りが選ばれし精鋭しかなれない職種であるように、潜水艦娘もまた、数多く来る艦娘候補生の中から選ばれし精鋭だ。スタンドプレイを好む者は潜水艦娘になる事を許されない。

 二〇〇メートルの距離を瞬く間に詰めた潜水艦娘は、グムラクの直下を通り抜け、反対側へと抜けていく。すれ違い様に探信音を放って、仕留めようとするグムラクだったが、振り返った時に思い出す。今打てば、その探信音はケストレルやニュージャージーと言った後方の青軍艦娘にも当たる。フレンドリーファイアで最多キルスコアを稼ぐ馬鹿は出来ない。

 結局、大胆にも艦隊中央直下をすり抜ける潜水艦娘を、第三任務群は手を出す事も出来ずに見送った。

 

「水中速力は一九ノットか……」

 真下を通り過ぎる潜水艦娘の「足音」を聞きながらウミェールイは苦々し気に呟いた。最初の襲撃時と二回目の襲撃時の襲撃位置の転換に、有り得ない程の高速で、それも無音で到達した癖に艦隊の真下を通り過ぎる際は、こちらが手出ししようがないのを良い事にか機関音を響かせて、ゆっくりと進んでいく。

「馬鹿にしてくれて……」

 この演習が終わったら一発、拳骨でもお見舞いしてやりたい、と言う思いが喉元迄込み上げて来る。無論、ウミェールイが属する青軍が勝ったら、の話ではあるが。

 

 

 艦隊中央直下を堂々と抜けられた後、潜水艦娘の機関音は再び消えた。

 可能性としてあり得るのかと考えるグムラクは、CICの船務長妖精に一つの注文をした。

「推定速力一〇ノットで目標運動解析を」

「今行います、お待ちを」

 CICで海図と三角定規、ペンを手に船務科妖精達が解析に移る。

 するとその時、何かを察した様にニュージャージーから艦隊全艦に向けて一言の命令が発せられた。

「停止」

 その言葉に、誰もが耳を疑う。潜水艦に襲われている中で足を止める事など、文字通りの自殺行為に等しい。全滅させて下さいと首を差し出す様な行為である。

「惰性で進む。現進路維持」

そう語る旗艦の指示に抗弁する艦娘は居なかった。抗命よりも、先に経験の無い相手に対するニュージャージーの浮かべる好奇心と探求心に駆られた表情に同調する思いが上回ったのだ。

 大小さまざまな主機の機関音が弱まり、せわしなく、やかましい「足音」が一斉にしんと静まり返る。惰性で進む一同の波を切る音だけが、微かに聞こえる中、その向こうにいるであろう潜水艦はまるで存在しないかの様に音を立てずに隠れていた。

「敵潜水艦水中速力の数値が出ました。その……」

 自分達が算出した数字が俄かには信じがたいと言う震える口調で、グムラクの船務長が報告する。

「言って御覧なさい」

 圧を掛けず、優しく答えを生徒に求める教師の様な口調で回頭を求めるグムラクに、航海長妖精は答えた。

「敵潜水艦の水中速力は最低でも五〇ノット以上は出ていると思われます」

 有り得ない、と断定する口調で船務長妖精は言う。確かにその通りね、とグムラクは頷いた。洋上の艦娘と違って水中速力が三〇ノットも出ない潜水艦娘には不可能な所業だ。確か最も水中速力に優れているドイツのUボートXXI型や、日本の潜高型でも水中での速力を二〇ノット以上出す事は不可能だ。

 深海棲艦に対して、超兵器的な存在となりつつあるストレンジリアル組すら翻弄するこの世界の技術の粋を凝らした超兵器潜水艦娘がこの演習に投入されたのか。決してそれは無いと否定して終われる要素では無い。ケストレルとウミェールイの転生によって、艦娘サイズの原子炉の技術の成熟が急速に進められている。試験的に原子炉を搭載した原子力潜水艦娘がこの演習に投入されて、その圧倒的な速力で艦隊を翻弄しているのなら。

 いやそれでも、とグムラクは引っかかる所を思い出す。どれ程水中速力に優れていようと、五〇ノットの速力で航行すれば、どうしても押しのける海中の海水との流体雑音や、機関音が大きく鳴り響いてしまう。あと半世紀もすれば、艦娘では無くフルサイズの原子力潜水艦でこの要求性能を達する高性能な無音潜航可能な潜水艦が開発されるかも知れないが、今の時代の技術では出来ていない。フルサイズの潜水艦で無理な事を、人サイズの潜水艦娘に落とし込むのは技術的に出来ない。

 結論が出ない内に、今度はグムラクのカバー位置の方から突発音が海中に響いた。

「魚雷航走音聴知、方位090、雷数一発。同時に機関音……さっきと同じ奴です! 距離八〇〇」

「黒二〇、第一戦速!」

 惰性で進んでいた艦隊にニュージャージーから増速の指示が入る。一六名の主機が回転数を上げ、騒々しい「足音」を鳴らしながら加速を掛ける。低速で進んでいる時より、ある程度速度が出ている方が舵の効きは良い。

 魚雷は躱せる。それよりもさっき足下を通り過ぎたばかりの潜水艦娘が、あっという間にまた前に姿を現している、と言う事態に水測員妖精の声が完全に上ずったものになる。

「面舵一杯、左後進一杯、右前進一杯」

 海面に演習用魚雷の航跡がゆらりゆらりと浮かび上がりながら迫って来るのを、グムラクの碧眼が捉える。あれは当たらない、と確信し、背後を振り返って再度頷く。グムラクを狙ったように見せかけて、後方の艦娘を狙ったものでは無いかと一瞬疑ったが、射線上にその様な艦娘は居なかった。

グムラクの左側の海中を疾駆して、通り過ぎた演習用魚雷が自爆する轟音が遠くで鳴り響く。洋上よりも遠くまで響き渡る海中の特性で再度、艦隊のソーナーは盲目と化す。

 

 

「どう言うからくりなのかしら……?」

 タブレット端末で確認された潜水艦の位置を表示させて、ケストレルは首を傾げた。

 最初に確認された時、艦隊前方となる方位090の七〇〇メートルに出現し、演習魚雷二発を発射。鬼怒の「轟沈」となる被弾の音に乗じて姿を消した。

 二回目に確認された時は方位357度、距離八〇〇メートルから魚雷一発を発射。二度目の時点で既に奇妙な状況となるスペックをしている。

 三回目、再び艦隊前面、グムラクの正艦首にもなる方位090の方向から現れ、艦隊中央直下を突破し、そして消える。

 四回目。再び方位090から姿を現し、魚雷一発を距離八〇〇から発射。水中での炸裂音に乗じて姿を消す。

 確認された位置をタッチペンでトンと突きながら、ケストレルは唸り声を漏らす。

「七〇ノットは出ているわね」

「まるで、セイレーンか何かかしら?」

 ケストレルの呟きに、ニュージャージーが状況に似合わず、楽しんでいるかの様な声が返される。ニュージャージーが、一六インチ主砲と言う戦艦の大口径砲の攻撃力と言う武器だけでなく、豊富な知識と教養と言う不可視な武器を持っている事はケストレルも良く知っている。もしかして、もう既にニュージャージーはこの不可解な動きをしてのける潜水艦娘の正体のタネを見破っているのではないか? と疑念を抱くケストレルに、ニュージャージーもその疑念を見破っていたのだろう。こっそりと「SOUND ONLY」の個人チャンネルでケストレルにだけ話して来た。

「……なるほど、そう言うからくりなのですか」

「大砲を撃つだけが戦いでも無いのよ」

 そう言って、ニュージャージーは振り向きながら左手の人差し指で真っ赤なバラ色の髪で覆われた自身の頭部を軽く突いた。

 

 

 再び魚雷発射音と機関音が確認された時、それまで黙って戦隊のメンバーと共に回避運動を行っていた青葉が叫んだ。

「そうか! そう言う事だったのか!」

 五度目の出現は、方位280。魚雷発射距離は七〇〇メートル。発射本数は二発。

 ここまでの確認で、襲撃行動を行う潜水艦娘に行動パターンが見られる事と、その違いが浮き彫りになって来ていた。攻撃してくる方位はそれぞれその度に異なるとして、距離八〇〇から一発の時と、距離七〇〇から二発の時の二種類が存在する。

 そして明らかに異常な水中速力。同一人物が行ったものであるなら、全く知らない未知の艦娘の成す技に思えて来たし、C2機関の保有するアグレッサー艦娘と言う存在をこの場で唯一知る青葉は、その線を疑ってもいたが、もう一つの回答が実に腑に落ちる答えとなって、第三任務群の全員を納得させていた。

「もう一人いる」

 ケストレル、ウミェールイ、フィンチ、グムラク、青葉、そしてニュージャージーが同じ台詞を唱和した。

 すると、まるでそれすらも海中から聞いていた、とでも言う様に、艦隊を挟む様に、二つの海中のポイントで、同時に機関音が自己を主張する様にその音を響かせた。

 

 

「姉1、どうも向こうも気付いたっぽいね……」

 水中通信は秘匿の為使えないとは言え、伊203こと「フーミィ」は、蒼い海中の向こうにいるであろう彼女の姉である「フレイ」こと伊201に向かって、少々独特な彼女固有の姉の呼び方で呼んでいた。

 ここまでは赤軍潜水艦娘である潜高型の二人の優勢で進んでいる。軽巡鬼怒を初手「轟沈」に追い込み、それ以後は屠った艦娘は居ないが、こちらには被害は無しに襲撃行動を繰り返せられている。

 同一人物の潜水艦娘の襲撃行動に擬態した、フレイとフーミィによる共同襲撃行動は、潜高型と言う同型艦娘ならではの特徴を最大限に引き出せたが故に出来た戦術であった。潜高型潜水艦娘は、その潜水艦娘としては極めて高速な部類になる一九ノットと言う水中速力を発揮する為に、艤装のバッテリーを姉妹全てで全くの個体差なく均一に電力を発揮出来る様に、針の上で針を立てるが如くの繊細な調整を行っている。潜高型のバッテリーは特殊なものが使われているが故に、万が一の時の「共食い整備」を行っても、各潜高型姉妹の艤装同士間でバッテリー個体差によって艤装の不調をおこなさない様に細心の注意を払った調整が成されている。

 この個体差を徹底的に潰す調整の結果、潜高型の艤装は全くと言っていい程に機関音が同じになり、その特性を生かして第三任務群を翻弄する戦術が長女フレイによって考案されたのだ。

 妹フーミィの位置する所とは反対側の海中で、フレイも第三任務群が、潜高型姉妹による襲撃行動のからくりに気が付いた素振りを感じ取っていた。

「獲物は罠にかかったわ、フーミィ」

 フッとリブリーザーを咥える口元に諧謔に満ちた笑みを浮かべてフレイは呟いた。

「さて、ここからどう勝ちをもぎ取るのか。やってみましょう?」

 

 

「相手は最初から二人いた……」

「停止と始動を切り替えて、高速移動しているかのように擬態していた訳よ」

 呆然とした様に言うケストレルに、ニュージャージーは答え合わせを行う大学教師の様な口振りで、彼女なりに今のこの演習の状況を満喫しているかの様な表情で、空母艦娘の言葉に付け足して締めた。

「相手は……恐らく、バッテリー個体差を無くした特殊な調整を施している潜高型の伊201と伊203ですね」

 対潜空母と言う役回りなだけに、相手取る潜水艦娘の事も事前に予習も豊富らしい瑞鳳が、慎重な言葉使いで言う。

「この水中電話も使えない環境下で、これ程の連携プレイをやってのけるなんて……恐ろしい程の連携……」

 信じられないと言う口調で呟く青葉の後ろで、古鷹が不可能では無いと言う表情で言った。

「互いに実の姉妹の様な信頼関係があればこそ、出来る高等テクニックね」

「ならば、こちらは集団の数を最大限生かしたチームプレーで行きましょう」

 そう発言したニュージャージーは、艦隊旗艦としての次なる号令を下した。

「全艦、第三戦速。ジグザグ運動。エドワーズ、リアリーはフォーメーション切り替え。エドワーズはフィンチ、リアリーはグムラクに従属し、水中目標トラック0879と0880に対応しなさい。

 相手が潜高型なら演習魚雷の装弾数も一〇発が限界よ。狙うなら距離八〇〇からチクチク狙って来るトラック0879。彼女が一番、残弾を残している」

 水中目標トラックナンバー0879と呼称された相手こそが、ニュージャージーの狙い通り、魚雷一発を撃つにとどめた襲撃行動を行う伊201、フレイだった。残弾数に関係なく、積極的に複数発を撃って確実に仕留める襲撃行動を行う妹フーミィと違い、フレイは潜高型の弱点でもある、魚雷装弾数の少なさを気にしがちな一面があった。決してフレイが貧乏性などの及び腰気味な性格だからではない。フレイは魚雷装弾数が少ないと言う手数の少なさに対し、正確に、狙撃手の如く狙いすました一撃に賭ける癖があった。

 勿論、水上艦隊組からすれば、今どちらがフレイでフーミィなのかの判別は付かない。それと同時に、艦隊が三戦速でジグザグ運動に出た事で、海上の「足音」はより盛大なものとなり、襲撃行動を行うフレイとフーミィのパッシブソーナーを完全に聾していた。

 

 

「これは困ったな……」

 フーミィはゴーグルのレンズ越しに海上を見上げ、複雑な航跡が海面を切り刻み、幾多の波紋を広げているのを見て、呟いた。

 潜水艦に最も確実性が高い雷撃を行えるのが、潜望鏡を上げての目視確認での雷撃だが、今の相手を前に潜望鏡を上げようものなら、一瞬でこちらの負けだ。

 そうなれば第三任務群の航走音から己の絶対音感を頼りに正確な諸元を算出して、潜望鏡を上げずに発射する聴音雷撃一択だが、第三任務群の方もこちらのトリックに気が付いたらしく、聴音雷撃を封じる騒音を立てつつ、狩人役の駆逐艦が積極的に、かつ強気に動き始めていた。

 水中スクーターの様な艤装にある時計を見て、フーミィは初めてその端正な容姿に苦り切った渋面を浮かべた。電池残量、酸素残量は兎も角、残弾が決して潤沢な状態とは言えない。自分よりは慎重な襲撃を行うフレイは残弾がまだマシな方だろうが、魚雷装弾数からの経戦能力の悪さは潜高型自体の悪い所ではあった。

 こちらが残弾切れでギブアップするか、向こうが血眼で探して来て、見つけられて探信音打たれてゲームオーバーか。

 刺し違える覚悟で、ケストレルに肉薄して魚雷を発射するか……フーミィは改めてブリーフィングの内容を思い出す。伊201型潜水艦組の勝利条件は「空母ケストレルの撃沈」だ。自分が派手な攻撃を行って囮となっている間に、姉1ことフレイが別方向から攻撃してケストレルを仕留める。

 だが、もし第三任務群の方がフレイの方が残弾を残している事を見抜いて、自分を無視してフレイの方を先に無力化したら? その時は全力で全弾撃ち尽くす勢いで襲撃行動に出て、フレイを援護するしか無いだろう。

「負ける為に戦う人はいない。私も、向こうも……」

 己を奮い立たせるのも含めてフーミィは呟いた。

 

 

「微かな機関音らしき音、方位280、距離九〇〇メートル。信頼水準、低い」

 フィンチの水測員がヘッドフォンを両手で抑えて言う。

「状況から考えてトラック0880か」

 報告を受けたフィンチはふむ、と考え込む。襲撃行動を行う潜水艦娘には、姉妹の様な強い信頼関係があるかも知れないと古鷹は言っていた。それを逆手に取った行動に出れば、本命が動くのではないだろうか?

「回頭、面舵一杯。エドワーズ、続いて。ソーナー、相手を離すな」

「了解」

 艦首波を蹴立て、白波の飛沫を上げながらフィンチとエドワーズの二人が右へと舵を切る。

 

 

 フーミィが危ない事に、フレイは気が付いていた。機関を停止し、徹底的に息を殺した無音潜航で、今の彼女は第三任務群の前方の位置から同艦隊の中央直下辺りに潜んでいた。第三任務群の後方で対潜掃蕩に当たっていた駆逐艦二人が、隊列を離れて、フーミィが居る方へと向かって行く。雷撃を行うには精度を欠く程に海上は「足音」で満たされているにしても、異なる動きをする艦娘の「足音」の違和感程度ならまだ聞き取れる。

 駆逐艦二人、動きからしてフーミィに気が付いたと思う方が自然だった。確実にアクティブソーナーのエコーを得られる距離、即ち事実上の対潜兵装の射程内に捉えんと向かって行く駆逐艦二人が攻撃成功を果たせば、形勢は一気にこちらが不利になる。

 フレイは微かな迷いの後、自身の意思を決めた。

 発射管に注水し、艤装の進路を合わせる。艤装内で水雷科妖精が抗議の声を上げた。魚雷を撃てば、流れ弾でフーミィが巻き添えになる可能性があると。安全距離二〇〇メートルは必要だと。

 しかしフレイは己と妹への自信を持って、言下に返した。

「潜高型の安全距離は一五〇メートルよ」

 

 

「突発音、魚雷四発発射を確認! 艦隊の真下です!」

 裏返りそうな綾波の叫びに、第三任務群に動揺が広がる。続けて綾波から送られて来た魚雷の的針、的速から誰が狙われているのかが判明する。

「フィンチ、エドワーズ、四本の熱烈なファンが追いかけて来るわよ」

「ファンの行為は熱烈過ぎると嫌われるわよ」

 旗艦ニュージャージーからの警告に、エドワーズが眼鏡の位置を正しながら言う。それに対し、フィンチはにこやかに笑ってブスリとした表情のエドワーズに返す。

「熱烈なファンなら、サインでも書いてあげるのが道理じゃないかな?」

 余裕を見せている様な口調だが、フィンチの目は恐らく最大速度で調停したのであろう演習魚雷が、猛然とした速さで迫って来るのを捉えていた。距離がそれ程離れていない分、魚雷との距離が縮まるのも速い。厄介な事に、四発の魚雷が扇状に広がりながら向かって来る。どっちに舵を切っても、弾頭の近接信管が作動しかねない。

 あんな扇状に撃ったら、流れ弾が味方に当たる可能性だってあるのに、とフィンチは静かな驚きを隠し得ない。同時に、「姉妹の様な信頼関係」があるからこそ、撃っても避けてくれると言う「信頼」が水中にはあるのかも知れない、と言う簡易的な考察もしていた。

「舵そのまま。進路を維持。見張り員、魚雷の進路を正確に監視せよ」

 エドワーズを従えながら、フィンチは真っ直ぐ進む事を選んだ。下手に左右に舵を切れば扇状に広がる射線の魚雷のいずれかに当たりに行くことになる。逆に扇状に広がる魚雷と言う事は、下手に動かなければ躱せる。勿論、直進を強いられると言う事は、フィンチ、エドワーズが追跡していた潜水艦からの雷撃があった場合、躱す事が出来ない。

 果たして、二人の前面からも二発の魚雷が海中に躍り出て来た。真っ直ぐに、フィンチの足元を掬わんと迫って来る魚雷二発に、フィンチは少しばかり、左の海面を蹴り、進路をずらす。後続のエドワーズがそれに倣って右へと進路をスライドする中、二人の左右を二発ずつ魚雷が追い越して行く。

 固唾を飲んで魚雷四本が過ぎ去るのを確認したフィンチは、即座にエドワーズにも聞こえる声で命じた。

「面舵一杯、右後進一杯、左前進一杯。衝撃に備え!」

 トラック0880からの魚雷が二人に迫る中、急激に面舵へと舵を切る。最悪、当たるかも知れない、とフィンチの胸中に諦観が僅かに顔を見せる。だが、ケストレルさえ無事ならこの演習はこちらの勝ちだ。本命を守って散れるなら駆逐艦の本望だ。

 腹を括るフィンチ、そして神経質に眼鏡の位置を正しながら魚雷を凝視するエドワーズが身を強張らせた直後、二発の魚雷は二人の背後をするりと抜けて行った。

 

 

 全部で六発の魚雷襲来に見舞われたフィンチとエドワーズが何とか躱した事を喜ぶ暇はない。水中で自爆した魚雷の爆音で、艦隊直下に居た潜水艦、推定トラック0879は再び姿を消していた。

「もし相手が潜高型なら、トラック0879と0880の残弾は?」

「多分、共に四発って所じゃないかしら」

 グムラクの問いに、リアリーが答える。

 四発。反芻する様に独語しながらグムラクは想定される状況を考える。残弾四発なら、もう大胆な行動に打って出るのは無理だろう。尚の事、慎重さに拍車がかかって、機関音を漏らす事すら無くなるかも知れない。

 だが、艦隊直下で魚雷を撃った潜水艦娘トラック0879が息を潜めて、艦隊の通過をやり過ごしているなら、話は早い。恐らく魚雷発射方向からしてトラック0879は第三任務群本隊とは反航戦を描く姿勢だろう。第三任務群の大名行列が如くの航走音に乗じて無音潜航に移行しているだろうが、それはつまり向こうは位置をほぼ変えずにいると言う事になる。微速で動いていれば、グムラクのソーナーがそれを拾い上げるかもしれない。

「両舷、前進強速。方位330に転進し、航跡静波を形成します」

 航跡で円を描くとその内側は外側より静かになるギミックを駆使するグムラクに、リアリーがこくりと頷いて、円状の航跡を描くグムラクにピタリとくっついて、二人で大き目な円を描く。大体この円の中にトラック0879が居れば、グムラクだけでなく、リアリーのソーナーでも聴音出来る筈だ。

 果たして、二人が海上に航跡の波紋で出来た円環を描き終わった後、その内側は外側で尚響く第三任務群の航走音から隔絶されてシンと静まり返り、円の中に存在する異物の音だけが響いていた。

「掴まえた!」

 リアリーが歓喜に浮かれた声を上げ、グムラクが満足気に頷く。目配せされたリアリーがソーナーをミュートした後、グムラクはアクティブソーナーの探信音を一度、放った。

 明らかな人工物への反響音が二人のソーナーに返されて来た。

 

 

「姉1がやられた……」

 残るは私一人か。フーミィはリブリーザーの下で唇を噛み締めた。残弾四発、味方は己一人のみ。この状態で、ケストレルを「撃沈」するのは、ほぼ無理だ。何か奇策を衒えば可能かもしれないが、今のフーミィに、距離が離れていく一方の第三任務群主力を追い掛ける余裕は無い。最大水中速力で追っても間に合わないし、最大速度で航走すれば、当然自分の位置を露呈する事になる。

 ならばせめて、あと一人は食ってやる、とフーミィは恐らく六発の魚雷を躱して少し気が弛緩しているであろう、フィンチとエドワーズの「足音」を聞きながら目を細めた。残弾四発全てをあの二人のどちらかに当てて、「撃沈」判定の一つ捥ぎ取ってやる。

 先に使用した発射管を含む全ての魚雷発射管に、残る魚雷全てを装填する。装填作業の音すら、聞こえてしまうのではないかと言う緊張感で、腹部がきりきりとする中、水雷科妖精が「発射管注水完了」と告げる。

「シップス・レディ、ウェポンズ・レディ、ソリューションズ・レディ、オール・レディ」

 艤装のパネルに四本の発射管が準備良しの黄色に点灯する。この演習で始めて魚雷を撃った時と同じ様に、感情の起伏に欠けた淡々とした口調で、フーミィは最後の魚雷を艤装から解き放った。

「ファイヤー」

 

 

「突発音、魚雷航走音探知!」

 文字通り、何も音がしない海中からいきなり音が鳴ったかの様な唐突さと共に、四発の魚雷が走り寄って来る。

 報告を聞いたフィンチは、全てを理解し、苦笑いを浮かべた。魚雷の予測進路から自分が逃れられる見込みは無い。トラック0879の「撃沈」に浮かれて気を抜いた一瞬を突かれた格好になってしまった。

 同時に、どれ程優れた艤装や、装備を備えようと、知略を尽くせば案外渡り合えるのだなと言う新たな知見を得られた事への目新しさに、苦笑は満更では無い笑みへと微かに代わる。あと一〇秒もしない内に四発の内一発か二発は確実に自分を捉えるだろう。だがそうなる前に、やるべき事があった。

「方位280へ向けて探信音、打て!」

 刹那、フィンチの爪先からアクティブソーナーの探信音が鳴り、彼女を基点に同心円状に甲高い音が海中に広がって行った。

 アクティブソーナーを打ったフィンチは、エドワーズに振り返って言った。

「戦果は君が確認してくれ」

 

 

 アクティブソーナーの探信音がフーミィの艤装に当たり、「撃沈」判定を下すのに十分な反響音を返すのと、一発の演習魚雷がフィンチを捉え、その赤い水柱の中に彼女の身体を呑み込むのは同時の出来事だった。




・久しぶりの長文あとがき 
 以前に感想欄で「沈黙の艦隊」との展開の類似性を指摘されてから、じゃあ、実際に本気で再現してみたのをやってみよう、と思い書いてみたエピソードになります。
 何やかんやで、深海棲艦視点を徹底的に省いて何を考えているのか分からない相手との戦いとして描く対深海棲艦戦闘より、相互の視点を盛り込める艦娘間演習の方が、探り合いと知略を描く事が出来て楽しいと思ったり。

 感想評価、投稿宜しくお願い致します。
 
 追記。2026年6月28日の神戸のフリートドックの「艦娘母艦合同誌2」にて、拙作「第二次MI作戦回顧録」を寄稿しています。台風が来ていますが、同日、または間接的に同合同誌を手に取る機会がある読者の皆様、どうか向こうでの拙作もよろしくお願いいたします。
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