艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
ラバウル沖での艦娘艦隊の大規模演習が一段落し、艦隊再錬成充分と判断されたのは、年を越した二〇一九年一月五日の事だった。
大規模演習を終えた第八艦隊傘下の艦娘達に二日間の休暇が出され、食堂では疲れを労う様にステーキなどの豪華な食事が振る舞われた。一見すると、まるで連日の演習で良い成果を出した艦娘達に対する褒賞にも見えたが、艦娘達は少しばかり緊張で引き攣った表情でステーキを食していた。
海軍で豪華な食事が振る舞われる、と言う事は、大規模な作戦をこの直後に控えている、と言う習わしである事は間違っても海軍将校である艦娘なら誰でも知るところである。つまりはと第八艦隊に配備される艦娘達は皆、この後大きな作戦が立案されて、自分達はそれに駆り出されるのだと言う事を無言の内に察していた。
事実、艦隊戦力の拡充や入れ替えは盛んにおこなわれ、補給物資の集積等も頻繁に行われている。問題は、何処へ向かい、何をするのかの選択肢が二つ存在する事だが、集積物資の量や、ラバウル泊地に集められた艦娘の数からいって、二正面作戦を行うのではないかと言う噂が実しやかに囁かれていた。
情報通の青葉を主軸に、今や六戦隊の重巡艦娘全員がスタッフとなって発刊されている艦隊新聞でも、大規模作戦を匂わせる文面で、購読者の興味を買っていた。学級新聞的なノリで始まった艦隊新聞も、今では編集者である青葉が居る場所なら何処でも作られ、観られる情報共有源だった。電子版にも手を広げており、日本艦娘が在籍する太平洋総軍隷下の各艦隊にも電子版艦隊新聞が流通する様になっていた。
朝のコーヒータイムを楽しみながら、艦隊新聞を読むのはケストレルの朝の日課になりつつあった。
食堂の一角に紙面を広げて、カップに注いだコーヒーを飲む。最も年長者でも三〇歳行くか行かないかな年齢層の艦娘達の中で、恐らく女性としては年長層相当クラスに見えるケストレルだったが、そのプライベートな一面は寧ろ、彼女最後の艦長ニコラス・アンダーセンのそれに似ている所があった。無論、彼女とアンダーセンの類似性を指摘出来る者はこの世にはいないし、ケストレルも無自覚に行っているので本人もまた気が付いていない。
その実の所、ストレンジリアルでのケストレルの生涯は一六年と艦艇としては相応に年嵩に値するが、人間として見れば未成年のそれである。
ケストレルの容姿は実に二〇代中盤以降と言った、大人の風貌を見せているが、微かにその佇まいにはアンダーセン艦長と同じく初老の人間の様な落ち着きもあった。コーヒーを片手に、一人静かに艦隊新聞を読む彼女は、一見する容姿以上の貫禄が放たれていた。
午前八時。食堂も閑散としてくる中、その広い室内一帯に響き渡るアナウンスがスピーカーから流れる。
≪連絡する、連絡する。三〇分後に以下に読み上げる者達は作戦会議室へ出頭せよ。第一戦隊大和、武蔵……≫
それから数分程、艦娘の呼び出しが続き、ケストレルがスピーカーへと向けた上目を紙面へ戻した時、ケストレルの名と共に第三任務群の主要幹部の名前もが呼び出された。
ケストレルは紙面の記事の一文を見下ろして、再びスピーカーの方へと視線を上げる。放送は終わり、喚き立てていたスピーカーがぶつりと切られる。
「仕事の時間ね」
コーヒーカップに残っていた最後の一口を飲み干し、艦隊新聞を畳むとテーブルの上に置いていた制帽を被り直す。銀髪の髪を覆う様に白い天井のカバーがかけられ、額にはオーシア海軍の帽章、鍔には海軍中佐乃至大佐を表す桜庭模様が光った。
「噂に聞く二正面作戦。さて、何処へ仕掛けるかしらね」
会議室へと出頭したのは第一戦隊の大和、長門、一航戦の加賀、TF58のアイオワ、サウスダコタ、ホーネット、第四航空戦隊の伊勢と日向、そして第三任務群のケストレル、ニュージャージー、青葉、そして第二戦隊の愛鷹の一二人だった。
九人が出頭して五分後、アッテンボロー以下第八艦隊の幕僚が入室して来た。参謀長の井村を始め、艦娘参謀の大淀も居る。
会議テーブルを囲んで座った一同を前に、上座に座るアッテンボローから集まった一同へ、早くも本題が切り出される。
「艦隊再錬成も叶った今、我が第八艦隊は一挙に、敵深海棲艦艦隊が展開する二海域への大規模攻勢に転じる。
いよいよだぞ。我が海軍はサーモン海域もといソロモン海域において、敵と艦隊決戦を行う。大規模な艦隊戦、力と力のぶつかり合い。海軍はこの海域の戦いに勝利すれば、最終目標まであと一息だ。
諸君らには各戦線で、我が統合軍の進行を阻む敵勢力の排除を担当して貰う。約八年の激戦区……君達の双肩に期待する事となる」
アッテンボローの訓示の後、作戦説明は井村参謀長が音頭を取った。
作戦名は「ソロモンの自由」と「ソロモンの空」。それぞれ前者は再度深海南方任務部隊本隊が進出しつつあるサーモン北方海域、後者がKW環礁への攻略作戦の名前だった。
「ソロモンの自由」作戦は第一戦隊及びTF58を中核とする二個艦隊と愛鷹率いる第二戦隊含む支援艦隊一個の三個艦隊を持って、サーモン北方海域に再進出を図ろうとする深海棲艦南方任務部隊本隊の完全撃滅を企図した作戦だった。但し、ラフシーズ作戦の時の様な第八艦隊を上げての一大艦隊決戦、と言う程の大規模な戦いにはならないだろうと予想されていた。
投入される艦娘はアメリカのTF58から戦艦アイオワ、サウスダコタ、マサチューセッツ、ワシントン、空母ホーネット、レキシントンの六名。
日本からは第一戦隊の戦艦大和、長門、第一航空戦隊の空母加賀、第七戦隊航巡最上、第二水雷戦隊軽巡矢矧、第六一駆逐隊駆逐艦秋月、初月、補給艦宗谷から状況に応じて六名を選抜。支援艦隊は第二戦隊の超甲巡愛鷹、磐梯、黒姫、大峰、第一六駆逐隊の駆逐艦雪風、天津風となっている。
もう一つ「ソロモンの空」作戦は第三任務群と第四航空戦隊の伊勢型を主軸とした水上艦隊。及び空軍傘下の陸攻隊の航空攻撃を持って、KW環礁に残る敵深海棲艦空母機動部隊との航空決戦であった。KW環礁の深海棲艦艦隊は、一群一二隻からなる二群の艦隊が展開しており、その中核をなす空母棲姫と空母ヲ級flagshipの航空戦力は先のローレライ作戦で漸減しているとは言え、尚強力なモノである。最深部の敵任務部隊主力群は勿論、その手前に控える各艦隊戦力も決して侮れない戦力を有しており、サーモン北方海域とはまた別の意味で、一筋縄にはいかない海域攻略になると想定されている。
そこで、艦娘母艦「いなば」から、一式陸攻、飛龍を主軸とする陸攻隊を発艦させ、艦娘艦隊の攻撃開始に先立っての航空支援を実施、敵艦隊の随伴艦を一隻でも多く撃沈する、空海共同作戦が採択される事となった。陸攻隊の直掩には、隼Ⅱ型を主力機とする飛行第六四戦隊が護衛に当たる事となっていた。
またKW環礁攻略は二つのルートからの進軍が決定されている。一つは北方ルートと呼ばれるポイント6-5A、C、D、G経由の進行ルート。もう一つが南方ルートと呼ばれるポイント6-5B、F、I、J経由の進行ルートだった。第三任務群は北方ルート、四航戦の伊勢型を含む艦隊は南方ルートからの進撃となり、数と戦力で勝るKW環礁最深部艦隊に対し、艦娘側も二個艦隊による挟撃を企図するものであった。
投入戦力は北方ルート担当の第三任務群、それに南方ルート担当の第四航空戦隊の伊勢、日向、第一〇戦隊の能代、第四一駆逐隊冬月、涼月、それに第二七駆逐隊から白露が参加する。尚、第三任務群は先の演習で艦隊規模と対潜戦での問題が発生した事を受けて、作戦投入艦娘は艦隊旗艦ニュージャージー、空母ケストレル、巡洋艦ウミェールイ、防空重巡青葉、駆逐艦フィンチ、グムラクの六名へ編成を減らすものとする。
この二つの艦隊を支援する航空隊は、戦闘機二個中隊三二機+二個小隊八機、陸攻隊六個中隊七二機、更に「いなば」の直掩機として第三四三海軍航空隊戦闘701紫電改の戦闘機四個中隊が動員される。
ケストレルの隣で、青葉が武者震いで震えるのが分かった。ラフシーズ作戦の時よりは苛烈な戦いにならないとは思うが、ソロモンの自由・空作戦も充分に大規模な軍事作戦になる。いや、二正面同時攻略作戦になる分、ラフシーズ作戦の時よりも大規模な戦いになる。
ケストレルの方はと言えば、折角編成、錬成した第三任務群の殆どを留守番にする事になる編成に、落胆と、納得の二つの相反する感情を抱いていた。艦娘艦隊のルート固定上の都合で一個艦隊の定員が六名なのは承知しているから、第三任務群の全員を投入する事は出来ないし、対潜演習で艤装の世代の違いから来る「足音」の不統一の問題は艦隊の作戦上致命的であった。北方ルート上には潜水艦は居ないけれど、万が一、潜水艦隊が予想外の急襲を仕掛けて来たら、第三任務群全員で行動していたら早期に察知するのが難しい。
そうと分かっていても、とケストレルは渋面を消す事が出来なかった。南方ルートのメンバーと併せても、このメンツだけで深海噴式燕戦爆を艦載機とする空母棲姫Ⅲを含む有力な空母機動部隊が控えるKW環礁最深部の艦隊に、対抗出来るのか。確かに航空隊の航空支援があるけれど、と不安を隠しきれない。
そのケストレルの不安を他所に、作戦説明は進む。艦娘母艦「わかたか」が長期の戦線離脱を余儀なくされている為、「ソロモンの自由」作戦の母艦は「ジオフォン」が担い、「ソロモンの空」作戦は「いなば」が母艦を務める事とされた。
二個艦娘母艦の投入、海軍と空軍との共同作戦、いや統合作戦。ここでは触れられていないが、KW環礁の深海棲艦掃蕩が成されれば、海兵隊によるKW環礁ことクウェゼリンの逆上陸、奪還作戦も行われる。
ケストレルは溜息を吐き出した。二正面作戦が古来よりろくな戦略的展開に繋がった経緯は歴史が証明しているが、この二正面作戦は成功すれば、一挙に第八方面軍の管轄エリアにおける深海棲艦の勢力図が大きくミッドウェー島、ジョンストン島、パルミラ環礁まで後退する事を意味していた。「ソロモンの自由」「ソロモンの空」作戦成功の暁には、深海棲艦の太平洋の牙城、ハワイへチェックメイトを仕掛ける事も不可能ではない。
長い作戦会議室でのブリーフィングや事前説明が終わり、艦娘達が解放された頃には正午を周ろうとしていた。
ニュージャージー、ケストレル、青葉と共に食堂で昼食をとると、ニュージャージーは自室へ軽いシエスタタイムに引き上げ、ケストレルと青葉は艤装整備場へと赴き、艤装の整備に当たった。
天井があるだけの開放型廊下を歩く二人に、ケストレル航空隊のF-14のエンジン音が聞こえて来た。ラバウル泊地の海軍航空隊の飛行場を利用し、発着訓練やACM(空中戦闘機動)の実技迄、ケストレルの新しい航空戦力の航空妖精達は鍛錬に余念がない。平日が七日間あると言われる程に航空妖精の錬成期間は長く、そしてみっちりとしたスケジュール管理の元、行われている。そもそもが長い時間かけて錬成する筈の航空妖精に、ごく限られた時間内に、既存の妖精航空機とは一切合切の使い勝手が違う第四世代以降のジェット戦闘機の運用方法を仕込むのだから、彼らに小休止はあっても、休日と言う概念そのものが与えられる筈がない。
それがケストレルの不安要素ではあった。事故で機体を破損、喪失させようものなら、補充の目途は無い機体だし、何より飛ばし、操り、戦える航空妖精を失う様な事はかけがえの無い損失になる。軍事の世界でも事故と言う概念はどうやっても切り離せない不可抗力ではあるが、ケストレルにはその不可抗力が起きない事を祈るばかりであった。
カツカツと元気のいい足音を鳴らしながら、ウミェールイは早足で居住区へと歩いていた。歩く速さの足運びの速さは彼女の身のこなしの特徴ではあるが、冬とは言え暑い事に変わりない外の気温から逃れようと急ぎ足で歩いているだけと言えた。
居住区の入り口の前の木製の階段をがたがたと鳴らしながら登り、ドアを開けると冷房の効いた涼しい空間が彼女を迎えた。入口から入って目の前には談話室があり、調度品の少ない実用一辺倒の目には物寂しい風景の中でテーブルの一つをフィンチとグムラクが何かを挟んで対峙しているのが見えた。
何をしているのだろうと、制帽を一旦脱いで頭髪に冷気を入れながら、ウミェールイは二人の元へ歩み寄る。
「タンゴ2-4」
「波高し」
「エコー1-3」
「……当たり、撃沈だよ」
ぶすりとした口調でグムラクが返し、フィンチがにひひと悪い笑顔を浮かべてピンを版上に刺していく。
「何しているの?」
素朴な疑問を掛けるウミェールイに、フィンチが答えた。
「ボードゲームの『バトルシップ』さ。この世界のネットゲームってのは、個人のアカウントってのが無いと出来ない様でね。個人アカウント無しでも楽しめる遊びは無いものかとグムラクと探してたら出て来たのさ」
「昔ながらのボードゲームな分、ルールさえ分かれば案外面白いものですよ。今、私は戦艦を仕留められましたけど」
「そりゃあ……勝負は勝たなきゃ面白くないわよね」
仏頂面のグムラクに少しだけ同情しながらも、とは言え百戦して百勝と行くまい、とウミェールイも胸中で自答する。何をやらせても負けなし、そんな豪運の持ち主がこの世に居るとは思えない。少なくともたかがゲームの場なら負け込みで楽しむものだ。
そう言えば、とウミェールイは自室に戻ろうとした足を止めてもう一度、フィンチとグムラクの方へと振り返る。精神科への通院やら、艤装の調整やら、艦娘としての職務やらでウミェールイが何か人としての趣味快楽を楽しむ時間が中々無かったなと思い返す。ただ、ウミェールイは対戦相手が必要な対戦ゲームには興味が無かったし、ルールを覚えるのも何だか億劫だった。そもそも対戦相手と言う、プレイヤーをもう一人用意しないと出来ない趣味と言うのが、彼女の中に透明の壁となって立ちはだかる様だった。
とは言え暇を持て余す時があろう時、何もせずに自室で寝ているのも時間が勿体ない。何か無いかと適当に談話室の本棚に歩み寄り、何気なくパズルの本を手に取る。ページを開いて目に入ったクロスワードパズルを見て、これをやってみたい、と彼女の本能が囁いた。
「後で、本屋にクロスワードパズルの本が無いか探してみよう」
共用品の本を閉じてからウミェールイは呟いた。その口元に楽しみを待ち望む子供の様な笑みを浮かべて。
艤装整備場では工作機械の作動音、工員の掛け声、アナウンスが引っ切り無しに鳴り響いており、控え目に言えば煩い環境であった。
互いに艤装を点検するケストレルと青葉同士、何か話しかける度に決まって大きな作業音が鳴るので大声で「何ですか!?」と怒鳴り返さないといけない程であり、大声で喚く様に言った後、決まって少しだけバツの悪い気分にもなった。
現在の太平洋総軍において主戦場と言えるソロモン海域を担当する第八方面軍隷下第八艦隊には、工作艦艦娘の明石と朝日の二人が重点配備されており、更にこの二人を水上機母艦艦娘の秋津洲と軽巡艦娘の夕張、それに多くの艤装整備課の工員、作業員がサポートしていた。
またけたたましい警報音を鳴らして、クレーンが艤装を抱えて作業台へと運んで行く。青葉が上目使いに見たそれは、三連装砲の砲搭だった。角ばった形状であるアメリカ戦艦艦娘の一六インチ三連装砲Mk.6とMk.7ではない、一部に曲線が用いられている所に日本艦のそれだが、砲身の細長さから言って大和型改二の五一センチ三連装砲でも、長門型改二や伊勢型改二の四一センチ三連装砲でもない。あれは愛鷹型の三一センチ三連装砲だ。愛鷹型が配備されている第二戦隊は、「ソロモンの自由」作戦で支援砲撃部隊として指定があるので、それに先立っての整備だろう。
よくもまあ、あんな大きくて重そうな主砲搭を人間の、それもどれ程体力を鍛えても同じくらい身体を鍛えた男性に体力的には及ばない女性が背負って立って、そして両腕を駆使して直接操作せずにいられるものだ、と青葉は見慣れた光景の中に奇妙な違和感を今更ながらに覚えていた。愛鷹型の主砲搭の重量は砲の口径の割には重く、金剛型の三五・六センチ砲と同規模の重量がある。軽量化も勿論行っているとは言え、成人男性が数人がかりでようやく持ち上げられると言う程には重い。
艦娘が自身の体重よりも重たい艤装を装備しても何の苦も無く立っていられるのは、その実艦娘の方でも余りよく知られていない。明石や朝日辺りは理解している様だが、それを誰にでも分かる様に解説するのはかなり難儀する様であり、青葉も二人に取材を試みた際は「上手く解説出来ない」と言う理由で断られたものだった。
只少なくとも、艤装の機関部が起動中である事、一定の電力供給が受けられている事、そして「脳から筋肉を動かす指令として発せられる微弱な電気信号を皮膚の表面から感知して、その電位を検知して必要な動作を補助している」と言う生物工学に基づいて設計されていると言う概要は青葉も知っている。勿論、それがどう重量問題に結びつくのかは分からないし、結びつかないのかも知れない。
艦娘の艤装の操作に関しては、一部ではジョイスティックやヘッドギア同調システムを導入する等の操作方法に既存の航空機の操縦技術を応用したりはしているが、基本はバイオニクスの技術を応用している。艦娘の黎明期には、艦娘の脊椎の辺りにインプラントやコネクターを外科的に埋め込む事も検討されたが、戦後に退役した際に元艦娘の心身的に問題になると言う事から、艦娘の身体の方に外科的施術を求めない生物工学技術を生かした艤装の開発と技術発展が行われたと言う。
深海棲艦はその点真逆であり、艤装と本体が直結されている。この場合、レスポンスタイムのロスは深海棲艦の方が少ないが、被弾時の衝撃やダメージがダイレクトに本体の方にも伝わる、と言う事がごく初期に拿捕、鹵獲研究された深海棲艦を解析した結果判明していた。艦娘にもいろんな性格の女性がいるが、少なくともマゾヒズムを日常的に好む異常性癖者はいない。
艤装の重量にまつわる問題は、実の所ここ直近で全艦娘に大規模な改修措置が取られている。その理由が、先年の戦艦タナガーの戦死にあった。落命したタナガーの遺体を艤装から安易に外す事が出来なかった為に、遺体は艤装ごと海没し回収が出来なかったと言う教訓から、非常時にはイジェクトレバーを引く事で安易に艦娘から艤装を切り離せる機能が追加実装されたのだ。
ケストレルやウミェールイ、フィンチ、グムラクの艤装にも統合海軍の艦娘として配備するにあたって、このイジェクトレバーとその機構が追加装備されていた。特にケストレルとウミェールイの場合はイジェクトレバーを引く事で、強制的に原子炉を閉鎖する機能も付与されている。
砲身の内側を清掃しながら青葉は、ちらりと横目でケストレルの長身を伺った。隣の空母艦娘は、艤装を纏って出撃する時、常に自分は沈まないと言う自信をその身に纏っているかの様な雰囲気を漂わせていた。ケストレル自身の証言から、ストレンジリアルでは潜水艦の攻撃で撃沈されたとの事だが、その最期の時に被った攻撃以外、訓練以外で一切の被弾を経験したことが無いと言う幸運艦としての素養があるらしい。それだけに浮沈艦としての自負と自身が常にケストレルには無意識の内にある様だった。
羨ましい、と青葉は胸中で苦笑交じりに思った。青葉も数多くいる艦娘の中でも幸運艦枠と呼ばれ、カテゴライズされるが、雪風や宗谷、プリンツ・オイゲンら同じ幸運艦枠とは違い、「不幸中の幸い」の意味での幸運艦枠だった。それもそうだ、と自嘲気味に青葉は笑う。着任初期の自分はお世辞にも慎重な性格とは言い難かったから、迂闊な発言をした直後に被弾すると言う事は度々やらかしている。それでも今まで死に瀕したことが無いのは、死神に嫌われていると言われる程に致命傷を躱す才能に恵まれていたからだった。
ケストレルはその点で言えば、恐らくは雪風に似た幸運艦娘だろう。弾が雪風を避けている、とすら言われる程の豪運を発揮する雪風と、殆ど被った経験が無いケストレル、果たしてどちらが幸運の女神に最も近い場所に立っているのか。
「なんです?」
無意識に視線が向けられているのを感じたケストレルの問いに、青葉は慌てて砲身の清掃作業に戻りながら、咄嗟に他愛の無い話に話題を逸らす。
「新しい艦載機を載せて活動している訳ですけど、重く感じた事は無いんですか?」
「重量と言う意味で、なら無いですね。見て解かるくらいに私の艤装は重いのに、出撃時に連結された時、立てない程の重さを感じた事は無いですね」
そう言ってから、ケストレルはカタパルトレールを掃除する手を止める。
「でも、航空妖精の命を預かる、母艦としての責務の重さ、はひしひしと感じますね。航空妖精達は出撃し、敵機との空中戦を行い際に、強いGとの戦いを強いられる。私は彼らの全身にのしかかるGとは別の責務の重さを全身に感じます。
だからせめて、疲れ、時に傷ついて帰って来る事もあろう彼らの帰るべき場所として、絶対に沈まない事、それを常に心がけたい」
「ふむ……」
鼻の奥を鳴らして青葉は相槌を打つ。
「艦娘の事について私は詳しくは語れません。この世界に来てまだ間もない新参者ですから。
ですが空母としての矜持は、先輩空母艦娘に一切後れを取る所は無い自負はあります。寧ろ……『空母としての経歴』でなら本来なら私の方が先輩でしょう。最年長でも一〇年未満の空母艦娘と、ストレンジリアルで一六年に渡る本物の航空母艦としての生涯の違い。
私の一六年の艦暦の中で、そこに生き、空を目指した輩たちの軌跡の起点であり終点であった……」
静かに語るケストレルの真顔を横から見つめながら、青葉はその碧眼に炎の如く燃える様な確かなケストレルの空母としてのプライドを見ていた。秘めた熱い情熱がケストレルの身体の中に宿っている。空母艦娘としての経験では劣る自覚はあっても、空母艦娘としての情熱と、意志の強さは何にも劣らない。いや、勝っているのかも知れない。
ケストレルは、目を閉じて、ストレンジリアルで自身の甲板を蹴って飛び立った男女達の顔一つ一つを思い返す。
かつて肩を並べ、共に空を目指した輩……もう言葉は届かないが、記憶は確かに残っている。
そこでふとケストレルは苦笑いが込み上げて来た。確かに空母「ケストレル」から飛び立ち、帰って来た搭乗員一人一人の顔は覚えている。だが、恐らく最も腕利きであり、絶対的なエースパイロットであったラーズグリーズ隊のブレイズの顔だけは、何故かモザイクが彼の顔の前に局所的にかかっているかのように鮮明に思い出せないのだ。元々ブレイズは集合写真の時も、シャッターが切られるタイミングで何故か何かの拍子で顔が隠れると言うジンクスを持っていたからケストレルの心象も微妙な形で残ってしまったのかも知れない。素顔は愚か、どんな本名だったのかも思い出せない。
ブレイズの、いやブレイズ達の再来となれる航空妖精が現れるだろうか……。
一時間後、艤装の整備を終えたケストレルは軍用飛行場へ向かう車輛に相乗りして、所謂「ケストレル空母航空団」の訓練を視察しに向かった。
飛行場ではF-35やC-17等の通常の軍用機に混じって、ケストレル空母航空団のジェット艦載機がエプロンに並べられていた。
橘花改や景雲改は翔鶴型の改二や加賀改二護での運用実績がある分、ここで重点的に訓練を行っていたのは空母艦娘ケストレルの艦載機として運用されるF-14やF-18と言った妖精サイズの航空機だった。
飛行場上空で訓練飛行を行うF-14を見上げていると、ケストレルに挨拶をして来る声があった。振り返ると今年で五七歳になると言う元アメリカ海軍航空隊上がりのラバウル軍用飛行場の基地司令だった。ケストレルに似たカーキの略装の襟に大佐の襟章が光り、胸部にはアメリカ海軍時代に打ち立てたであろう数々の勲功章を語る記念章が沢山着いている。
「F-14なんて、久しぶりに見る機体だよ。二〇〇六年にアメリカ海軍から退役してからこっち、今じゃ飛べる機体なんてイラン空軍所属機だけだからな」
基地司令が懐かしむ様な口調で、ケストレル空母航空団所属機として再び空を飛ぶF-14を見上げて言う。サングラスが実に似合う男で、大変に女性に人気がありそうな男前だったが、本人の左手の薬指に指輪が嵌め込まれた形跡が全くない事や、F-14を見上げる黒のサングラスのレンズの底に光る子供の様に無垢で、憧憬に満ちた目からも、彼がどんな事を生涯の生き方にしようとしたかが、ケストレルにも何となく分かった。
「僕も、妖精にでも慣れたらあの操縦桿を握って飛んでみたいものだ」
「それが出来たら、大佐の人生もより楽しいものになるでしょうね」
「抱いた夢ってものは、いつかは現実と向き合った末に別れる時があるからね。そこは、仕方ないさ」
破顔して言う基地司令だが、少しその向き合った現実の結果、「大空の男」としての看板をしまった事への未練が顔に滲んでいた。
そんな感傷を少し見せた基地司令は、再びフライパスしたF-14Aをまた見上げる。
「航空妖精ってのは不思議な存在だ。僕らが二〇年来の経験と鍛錬の末に掴んだ現場を、一年も経たずに習得してしまう……」
「羨ましいのですか?」
「いや、瞬きする間にアヴィエーターとしての素質を磨き上げる事は羨ましいとは思わない。
僕らの飛行時間は、僕らの生き様そのものだから。航空妖精には生き様と呼べるものでは無く、戦争の部品として短期間のうちに仕上げている感じが強い。
もっとも航空妖精がどんな存在なのか、僕にはわからないけど、彼らが機械であれ、人間とは違う生命体であれ、アヴィエーターとして空にある時間は有限だ。
その限りある搭乗員の時間の中で、精一杯自由な空を満喫出来ているなら、僕はそれを嬉しく思う」
両腰に手を当てて言う基地司令の言葉に、ケストレルは相槌を打ちながら碧空を見上げる。
フライパスして来たF-14が飛び去った後、ケストレルは基地司令の名前を知らなかった事を思い出し、無礼を承知で尋ねた。
「申し訳ありません、小官は司令官のお名前を存じてなくて……」
「ああ、僕か。いや、ごめんね、僕の方こそ名乗ってなかったからしょうがないよ。僕はピーター・マイケル大佐だ。TACネームはローンウルフ。今年で五七になる老兵だ」
名乗って来なかった自分が悪かったと言う様にマイケル大佐は苦笑と共にケストレルに名乗った。自称老兵と言う割には若々しさとエネルギッシュさに満ち溢れている男だ。
ローンウルフ……基地司令マイケル大佐のTACネームを聞いて、今度はケストレルが苦笑する番だった。語り口からしてF-14乗りだったのだろうが、「ローンウルフ(一匹狼)」と名乗る、或いは名付けられている当たり、昔は無鉄砲な性格だったのかも知れない。
久しぶりに見る艦がラバウル泊地の港湾に入港して来た。大型艦娘母艦「ジオフォン」は数隻のタグボートに横腹を押されて埠頭へと寄せられると、ラバウル泊地の水底へ錨を降ろした。
錨泊が確認されると原則のランプドアが降ろされる。降ろされたランプドアの固定を確認した作業員の誘導の元、補給物資を満載した軍用トラックが何台も「ジオフォン」の車両甲板へ乗り入れて言った。
同じ光景は、「ジオフォン」の係留される埠頭を挟んだ反対側に停泊する「いなば」でも行われていた。食料、医薬品、生活物資、艦娘艤装の予備部品や治具、武器弾薬、その他艦の方から補充と補給の要望があったあらゆる物品を詰め込んだ軍用トラックが休みなく乗り入れ、車両甲板内では乗組員総出で荷下ろしと、各部署への荷物の分配作業が行われた。
「いよいよ明日かぁ」
艤装整備場で自身の艤装の整備点検を手伝って来た帰りの鬼怒が、埠頭での喧騒に気が付いて足を止める。
「折角一生懸命演習して、実技を磨いたのに、留守番なんて、何だかちょっと悔しいです」
口先を尖らせて、一緒に居住区への帰路についていた浦波が不満そうに溢した。
「まあまあ、大所帯で行く事も出来ない海域だから、仕方ない所もあるよ。訓練の成果は、今は発揮出来なくても、いつかは実りを咲かす時が来るさ。必ず浦波が役立つときがあるよ。だからそう腐らない、腐らない」
そう説いて来る鬼怒に浦波は不満そうな表情をしつつも、それ以上は言わなかった。
本当は、一六戦隊の巡洋艦級艦娘って、青葉さんと言い、鬼怒さんと言い、何処か締まりがない様な……気のせいかな……と言う浦波なりの疑念があったけれど。
余談・バイオニクスのメカニズムに関してはMGSVTPPのヴェノム・スネークの義手ネタを参考にしています。
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