艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
その日は快晴となり、航空戦を含めた艦娘艦隊の戦いには絶好の日和となった。波高も作戦行動に支障のないレベルであり、風向も強すぎず、弱すぎずの程々の強さとなった。
そんな好条件が揃った海を、二つの艦娘艦隊が進んでいた。戦艦ニュージャージー、空母ケストレル、重巡青葉、巡洋艦ウミェールイ、駆逐艦フィンチ、グムラクの六名の第三任務群と、航空戦艦の伊勢と日向、軽巡能代、駆逐艦冬月、涼月、白露の六名からなる第四艦隊だった。この一二名の居る海域の更に北方では、第一艦隊の大和、武蔵らを基幹とする艦隊と、TF58のアイオワ達を基幹とする艦隊、それに愛鷹率いる支援艦隊の一八名が作戦行動中だった。
総計五個艦隊が、サーモン北方海域とKW環礁と言う二つの戦域の攻略のために、同時進行を行う様は、人数で言えば壮観であったが、実際の所は各艦隊が別々のルートで進撃する都合上、一枚の絵と言う視点で見れば、通常の艦隊による海域での作戦行動と余り大差が無かった。
第三任務群の中核を担うケストレルは腕時計を見て、時間だ、と胸の内で呟いた。視線を右手に転じると、分離ポイントに到達した伊勢と日向を先頭とする第四艦隊が南へと進路を取っていた。
「ご武運を」
同郷の青葉が旗艦の伊勢に敬礼をすると、伊勢からも朗らかな声で返礼が返される。
「青葉もしっかりね」
「最深部でまた会おう」
日向の低い声も返される中、その後に続きながら手を振る能代、白露、優しい微笑を浮かべる涼月と、生真面目な冬月の生硬い頷きが別離の別れとなり、第四艦隊は瞬く間に第三任務群から見えない水平線の向こう側へと沈んで行った。
「全艦、対水上、対空戦闘用意」
慣れた日本語で下命するニュージャージーの発令に、第三任務群の一同はきっと表情を引き締めて、所定の陣形へと移行を開始する。前衛を青葉が、後衛をウミェールイ、右翼をフィンチ、左翼にグムラク、そして中央の先頭をニュージャージー、その後ろにケストレルと言う輪形陣を形成し、この先の道中にて待ち構えている深海棲艦艦隊の攻撃に対する守りの姿勢を取る。
輪形陣への移行完了と時を同じくして、ケストレルのカタパルトから滑走シャトルがレールを駆け抜ける轟音が鳴り響き、艦隊上空で戦闘空中哨戒に当たるF-14A四機が発艦した。長射程の艦隊防空ミサイルを満載したF-14A四機が空を掴み、二基のターボファンエンジンを唸らせて急上昇していく。零戦や紫電改では上がるまでに一〇分単位の時間を要する高度を、大出力のターボファンエンジンの推力に押されてF-14A四機編隊は瞬く間に高度を上げていく。文字通り天空へと駆けあがっていく四機のF-14を見送ったケストレルは、今度は飛行甲板に視線を転じる。
第一次攻撃隊の景雲改と橘花改が発艦準備に取り掛かっていた。飛行甲板にはまだ上げられていないが、これに対艦ミサイルを装備したF-18C四機が準備を整えている。機速で勝るF-18Cを後から発艦させ、先行して発艦させた景雲改と橘花改とは別行動させる算段だった。
八〇〇キロの対艦徹甲榴弾爆弾を胴体下に備える景雲改一二機と、橘花改一二機、そして空対艦ミサイル四発を一機当たり積んだF-18Cが四機の計二八機の攻撃隊は、F-18Cが先行して突入し、が上がる前に、長距離から敵艦隊の先遣任務部隊を対艦ミサイルで攻撃し、脅威を無力化の上、後続の景雲改と橘花改による深海護衛空母部隊への攻撃を容易にする。ケストレルが立てた航空攻撃の手順はそう組み立てられていた。
最深部までに控える敵艦隊は三群。更に一回はKW環礁最深部からの長距離航空攻撃となる。俗に言うKW環礁北ルートは、道中に控える三群の敵艦隊よりも、最深部から来る長距離の航空攻撃の苛烈さ故に、廃れていた攻略のルートだった。だが今、艦娘艦隊にはウミェールイ、フィンチ、グムラクと言う既存のあらゆる防空艦娘を文字通り過去のものとする強力な防空艦が揃っている。それ故に今回の北ルートによる進撃に目途が立っていた。
午前八時三二分。ケストレルの飛行甲板に並べられていた第一次攻撃隊が発艦を開始した。
長身のケストレルの身体を覆いつくす程の蒸気がレールから溢れ、轟然とした射出音と共に発艦する機体を接続した滑走シャトルがレールを駆け抜け、爆装を施した機体を次々に宙へと放り出していく。発艦作業の合間にケストレルの航空艤装の飛行甲板上では、既定のルーチンに沿って動く色とりどりのジャージ、ヘルメットを装備した航空艤装妖精達がスムーズに動き、機体の誘導、カタパルトへの接続、安全確認、発艦指示、カタパルトの操作と言った手順を滑らかに滞りなく消化していった。
優雅な身のこなしで右手や左手を艦首方向へと伸ばした発艦士官妖精の合図を確認したカタパルト要員が射出ボタンを押すと、シリンダーに蓄えられていた蒸気が一気に滑走シャトルに吹き付けられ、重い爆装を施された景雲改や橘花改、F-18Cを瞬く間に空を掴める速度にまで加速させる。
二八機の攻撃隊が全機空へ上がった後、ケストレルは顎紐を顎にかけた制帽の鍔に右手の指先を付ける様に敬礼して、その雄姿を見送った。
「ご武運を」
四本の指先に見立てたフィンガーフォーと呼ばれる編隊を三つ組む景雲改と、橘花改の二機種の編隊の更に上の高度をF-18C四機の編隊が追い越して行く。増槽と空対艦ミサイル四発を装備して、尚景雲改と橘花改よりも高高度を高速で飛んで行くF-18の姿に、景雲改の編隊、アルファ1の編隊長は羨まし気に呟いた。
「良いよなあ、高く早く飛べる機体ってのは」
アルファ1のコールサインの航空妖精の呟きとは別に、F-18の編隊の編隊長、ヴァイパー1のコールサインで呼ばれる航空妖精は、そのF-18の高度に自動化、電子化された機器の操作に何度目か分からない溜息を吐いていた。ボタンを操作し、座標と高度、進路を設定するだけで完全自動の対艦誘導弾が全自動で目標へと向かってくれる。それまで乗っていた艦上攻撃機で敵深海棲艦の猛烈な対空砲火を凌ぎ、海面を這う様に飛んでいたのが馬鹿らしくなる程に楽な対艦攻撃だった。空対艦ミサイル全弾を発射するまでの間、深海棲艦からの対空砲火に気を遣う事も無い。
計器のボタンを押して、操縦桿の発射ボタンを押すだけ。自分達航空妖精がどの様な存在なのかを自覚しつつも、まさに機械の戦いだ、人間の戦う世界じゃない、とヴァイパー1は感じていた。これが現代の人間の戦闘機パイロット、アヴィエーターのミサイルを駆使した戦いのデフォルトとは言え、この戦い方もが艦娘や航空妖精の戦闘の基本となれば、最早いちいち敵対空砲火を気にしながら戦う事も無いし、艦娘の方も中々命中弾の出ない砲撃戦なんぞせずに、艦対艦ミサイルで一方的に深海棲艦を長距離から殴って終わりになるだろう。
ロマンが無い、とは感じはするものの、それが合理的で、尚且つ人的被害の減少になると言われれば納得も行った。戦争はロマンとロマンティストの戦いでは無く、リアリスト達によるリアリズムの戦場なのだ。
HUD(ヘッドアップディスプレイ)とMFD(多機能ディスプレイ)、それにキーボード操作を交えながらヴァイパー編隊が飛ぶ事十数分、対艦ミサイル発射地点に到達したヴァイパー1は酸素マスクの下でミサイル発射をコールした。
「ヴァイパー1、ブレイザー」
操縦桿のミサイル発射ボタンを四回押し、空対艦ミサイル四発の発射を完了すると、後方の空中統合管制機ストーンヘッドに離脱方位を宣告し、ケストレルへの帰投を宣言する。
「2」
「3」
「4」
同様に空対艦ミサイル四発の発射を完了した僚機が、それに倣うと言う短い返答を返す。
さて、一六発の空対艦ミサイル。ちゃんと当たってくれるかな? ともう見えない所を飛ぶミサイルの方を一瞥しながら、ヴァイパー1は「RTB」と短く言った。
「ヴァイパー隊、敵先遣任務部隊への攻撃開始。アルファ、デルタ隊、敵深海護衛空母部隊への進撃続行中」
眼下の南洋の海上と違い、空調の効いた機内でオペレーターの乾いた声が上げられる。
管制官のストーンヘッドはその事を第三任務群にも伝達しながら、自身のコンソールでも戦況を確認する。第一次攻撃隊の攻撃した艦隊は二つ。もう一つ、最も第三任務群の近い場所に、先遣任務部隊前衛艦隊が展開している。編成は軽巡へ級flagship級一隻、軽巡ホ級flagship級二隻、駆逐艦ハ級後期型三隻の艦隊と、軽巡へ級flagship級二隻、軽巡ホ級flagship級二隻、駆逐艦ハ級後期型二隻の艦隊。至って造作もない艦隊だ。
「ストーンヘッドより、第三任務群ウミェールイ、フィンチ、グムラクへ。SSMによる攻撃を開始せよ。目標座標は……」
後方の高空から合成開口レーダーで海上を捜査して敵前衛艦隊を発見したストーンヘッドからの情報と諸元を受け取ったウミェールイ、フィンチ、グムラクは艦対艦ミサイルによる水上攻撃を開始した。
「ウミェールイよりフィンチ、グムラクへ。ストーンヘッド指示の目標、SSM攻撃始め」
「了解」
一二隻の敵艦隊に対して、ウミェールイは六発、グムラクとフィンチは三発ずつの計六発の対艦ミサイルが発射される事になった。
「発射始め」
目標座標を入力する事も無い。飛翔中の中間誘導はストーンヘッドが行ってくれるし、最後はミサイル自身のレーダーによる誘導になるので、発射プラットフォームであるウミェールイ達が正確な敵前衛艦隊の位置座標を特定して入力する必要は無かった。ウミェールイの射撃号令が下り、三人の艤装上で非常ベルが鳴り、鳴り終わった後ロケットモーターの点火音がフィンチで鳴り、三発の艦対艦ミサイルが左右に向かって飛び出す。一方グムラクの艤装では彼女の前面に向けて三発の太い艦対艦ミサイルが発射され、ミサイルの噴射炎でグムラクの身体を暫し覆い隠す。
そしてウミェールイの艤装からも火山噴火を思わせる噴煙を六つ立ち昇らせて大柄な艦対艦ミサイルが発射されていった。ウミェールイの艦対艦ミサイル六発は、最初に発射されたミサイルが編隊長となり、残る五発のミサイルを率いて深海棲艦艦隊までの行程を飛翔する事となる。
一連の誘導弾による攻撃を眺めながら、青葉は持ち込んだカメラでウミェールイ、フィンチ、グムラクの艤装からミサイルが発射されていく様にシャッターを切った。砲声とはまた違う轟音を上げて空高く上昇していく対艦ミサイルと、そのミサイルが残した噴煙の軌跡をカメラのレンズで追いながら、ふと、これが本来の二一世紀の海戦の姿なのだなと思い返す。青葉自身、すっかり日常として第二次世界大戦レベルにまで退化し切っていた艦娘艦隊の戦いで感覚が麻痺していたが、水上艦(艦娘)の艦砲や魚雷による敵を目視しての砲撃戦、雷撃戦など当の昔に廃れ気味な海上での戦いの筈だったのだ。今の時代、ミサイルを発射し、或いは飛来するミサイルを迎え撃つ、それだけの敵を目視しない戦いが現代戦のセオリーだった。それが今や深海棲艦と言うイレギュラーな存在の出現によって、艦娘達の戦いは目視に頼った戦いがデフォルトになっている。
「何で、ストレンジリアルの艦娘のミサイルはエラーを起こさなくて済むのだろう……」
ふとした疑念が青葉の中で渦巻く。対深海棲艦戦争において、ミサイルと言った誘導兵器が廃れたのは重巡以上の深海棲艦相手には謎のバリア機能によって無力化されてしまうからだったが、ストレンジリアル組の艦娘の対艦ミサイルは問題無く機能している。前任のタナガーの対艦ミサイルで沈んだ重巡ネ級や戦艦級は複数居るし、今の第三任務群に配属されているストレンジリアル組の艦娘の対艦ミサイルも無力化される事なく機能している。
艦娘サイズに最適化されたミサイルだから、なのか、或いは何か深海棲艦への特別効果を付与されているのか。幾ら考えても何も始まらないが、このミサイル兵装が青葉の様な一般の艦娘の兵装として標準装備される様になれば、深海棲艦との戦争も随分楽になるだろうなと言う思いがあった。
ミサイルを搭載した青葉か、と青葉は自身の想像出来る姿を脳裏に浮かべて苦笑を浮かべた。恐らくだが、相当に艤装のバランスが悪くなりそうだ。
「ミサイルね」
青葉には聞こえない声量の母国語で言うニュージャージーの呟き方は、空耳で例えるなら「ミッソー」と言っている様にも聞こえた。
艦隊から放たれる一二発の艦対艦ミサイルに対し、青葉はバランスが悪いだろうと自嘲を交えていたのに対し、ニュージャージーは至って肯定的に捉えていた。二人の間で発生した感情の違いは、単純に艤装の規模の違いから生まれる余裕にも直結していた。青葉は重巡艦娘ではあるが、その艤装規模は重巡としては規模が小さい方であり、阿賀野型軽巡艦娘や夕張と言った軽巡艦娘の改二艤装と同等と言ってよい程に拡張性に乏しい。青葉の改二の実装が遅れたのは、先行して改二を実装した衣笠の方で既にその拡張性の限界が露呈していた為で、青葉の現在の改二艤装の姿はその限界の中で極限まで拡張性を求めた結果であり、言葉を返せば青葉改二は青葉型の艤装の拡張性を全て限界まで引き出した姿であった。
一方のニュージャージーの艤装は、青葉と違って艤装の拡張性に充分過ぎる余裕を残している。現に統合海軍ではアイオワ級戦艦艦娘のモンタナ級戦艦化相当のMk.Ⅱ艤装の研究開発が進められており、その発展を遂げて尚更なる発展を見込めた。飛躍した発想の中には、アイオワ級戦艦艦娘の航空戦艦化を提唱する者が居る程であり、事実としてそれが可能なのである。
何よりタナガーと言う、アイオワ級戦艦艦娘と同じ艤装を用いつつ、主砲や高角砲、機関砲に加えてCIWSと巡航ミサイル、対艦ミサイルを装備した戦艦艦娘が無理と破綻も無く存在し、活躍出来た事実が存在するだけに、アイオワ級戦艦艦娘には発展性と拡張性が非常に大きくある存在であった。
とは言え、ニュージャージーはそれが可能なのは「戦艦」と言う艦種だからこそ、だと思っていた。戦艦と言う艤装の発展に余裕がある世代の艦娘だからこそ、ニュージャージーにもミサイル兵装を載せようと思えば載せられると言う見立てがあった。これが金剛型やネヴァダやコロラドの様な世代の古めな戦艦艦娘だったら逆に無理だろうと言う考えもある。最も彼女自身はミサイル兵装に肯定的な解釈を持ってはいても、いざ本当に装備するかと問われれば、彼女は必ず「NO」の二文字を唱えるだろう。
燃える様なバラ色の髪が、ミサイル噴射炎の引き起こす暴風に荒れるのを右手で軽く抑えながら、ニュージャージーの碧眼が遠ざかるミサイル群を見送った。
深海棲艦の先遣任務部隊前衛艦隊二群は、探知した艦娘艦隊に向かって最大戦速で向かっていた。艦娘艦隊の艦隊構成艦がどうなっているのかは問題では無かった。どっちにしろ彼らにはただ艦娘を沈める、という単純で、それだけに恐ろしい行動ロジックが存在している。相手が何であれ、命を奪い、沈めるだけだった。
元々ポイント6-5Aに展開する先遣任務部隊前衛艦隊は九つの艦隊で構成されていた。戦艦や空母、重巡こそいないが、雷撃戦にもつれ込めれば意外にも強い雷撃戦火力で艦娘達を殺傷出来る魚雷兵装を備えている艦ばかりであった。砲撃戦も案外侮れない火力があり、少なくとも駆逐艦相手なら無視出来ない被害を招く艦ばかりであった。
艦娘艦隊の侵攻作戦で七個艦隊が殲滅され、補充も無いまま残存する二個艦隊で戦線を維持していたが、艦娘艦隊は北ルートの空襲の辛さに堪えたのか、進行ルートを変更してしまいポイント6-5Aに展開する先遣任務部隊前衛艦隊は遊兵となって、ただその近海を哨戒するつまらない日々を過ごす事が多かった。
それだけに久々の艦娘艦隊の侵攻とあれば、全艦を上げての狩りの行動に出るのもこの時ばかりは無理も無かった。血と久々の刺激に飢えていた深海棲艦一二隻は、探知した艦娘を求め、西へと進んだ。
海上を走るそんな彼らの視界に一瞬、黒い点が空中に出現するのが見えた。それが何なのか、理解が及ぶ前に銭湯を進んでいた軽巡へ級flagship級が突如として爆発し、どう足掻いても復旧不能な大火災を発生させて海上に停止した。
そしてそれを合図に、一方的な展開が繰り広げられた。
亜音速で飛来した艦対艦ミサイルが次々に先遣任務部隊前衛艦隊の各艦に着弾し始める。目視出来たその直後にはミサイルは艦隊各艦に直撃し、弾頭の高性能爆薬を起爆させ、秒速数百メートルに及ぶ破壊のエネルギーを叩き込んで来た。一瞬にして各艦の艤装が吹き飛び、ミサイルの残燃料もが添加物となって海上に一二本の紅蓮の火柱と褐色の爆煙、そして墓標の様に立ち昇るどす黒い黒煙を出現させた。
蒼空に向かって、その青々とした空を汚す様に立ち昇る黒煙が一二本目を数えた時、先遣任務部隊前衛艦隊を構成していた深海棲艦は全て、その黒煙の基点の下で海底への最後の航海へと舵を切っていた。
瞬きする間に先遣任務部隊前衛艦隊全艦との連絡が途絶えた事に、先遣任務部隊は即座に対応に入った。全艦に戦闘配置が下命され艦娘艦隊の侵攻で前衛艦隊と同様に二群しか残っていないながらも、その二群をもってしても尚強力な戦力である先遣任務部隊の主力艦の空母ヲ級改flagship級から直掩機がスクランブルを開始し、ヲ級改のその格納庫では対艦兵装の爆撃機、攻撃機の発艦準備が直ちに執り行われた。
だが、直掩機の深海棲艦戦Mk.3が二機程スクランブルし終えた時、外周を固める重巡ネ級elite級を皮切りに、艦隊構成艦に次々と目視しづらい何かが直撃し、高性能爆薬が引き起こす紅蓮の炎に呑み下されていった。
主力艦たるヲ級改は、慌ただしく始めていた攻撃隊の発艦準備作業が仇となり、突入して来た飛翔体 ―空対艦ミサイル― にその弾頭の起こす破壊の力に対し、自らその力を増す手助けをしてしまった。格納庫に飛び込んだ空対艦ミサイルの爆発が、発艦準備中の爆撃機、攻撃機の誘爆を呼び込み、ヲ級改に数秒後の死を宣告した。
艦娘艦隊であれば、ヲ級改が辿る様な悲劇を繰り返さない為にも戦訓として友軍内で共有され、対策が協議されるものだが、深海棲艦はそう言う訳には行かなかった。大抵艦娘と交戦した艦隊は殲滅されてしまうから、共有される戦訓と言うべきものが殆ど残らないのだ。それはつまり、艦娘にとっては深海棲艦の方が学習して対応される事が防がれていると言う意味であり、深海棲艦にとっては何時まで経っても同じ悲劇が繰り返されると言う正と負のスパイラルの発生であった。
空対艦ミサイル一六発の直撃を受けた深海棲艦はその悉くが轟沈、撃沈、大破航行不能からの自沈に追い込まれる中、奇跡的にその三択の難を逃れた艦が居た。第三任務群にとって厄介な事にそれは戦艦タ級flagship級であった。
随伴艦も僚艦も悉くが撃沈された中でもタ級は意に介さず、前進を続けた。攻撃らしい攻撃も、抵抗らしい抵抗も出来ない内に殲滅されかけている先遣任務部隊のメンツをかけても、刺し違える勢いで迫る艦娘艦隊と戦うつもりだった。
そのタ級のレーダーに六人の艦娘の影が映る。うち二人が増速してタ級に向かって来た。レーダーの反応から片方が戦艦級であるとタ級は判断し、満足気ににんまりと口元を緩めた。相手にとって全くの不足なし。主砲を向かって来る艦娘の内、戦艦級と判断した方に差し向け、レーダーの出力を上げて捜索電波でがっちりとその艦娘を捉えようとした。
その頭上に下駄履きの水上機がのっそりと進入し、位置、速度、進路、と言った情報を伝達している事にタ級が気付く事は無かった。
「Commence Fire. (撃ち方始め)」
「打ち方始め」
ニュージャージーの主砲は、青葉から発艦した水上爆撃機瑞雲改二から共有される触接、観測情報と自身のレーダー測距の二種類を基に、砲塔と砲身に適切な仰角、射角を算出し、与えていた。
ニュージャージーの一六インチMk.7が発砲し、随行して来た青葉の二〇・三センチ二号砲も統制射撃に則り、ほぼ同時に発砲した。
タ級が射撃を開始するより数秒早く砲撃を開始した二人の砲撃は、十数秒後にやや浅い角度でタ級に降り注いだ。
ニュージャージー、青葉の射撃の練度は金色に輝く射撃賞を授与される程に高いものだったが、それでも艦娘と言うスケールの必然で波の動揺には弱く、初弾は惜しくも外した。タ級の周囲に林立する水柱は、着弾観測用の染料のカラフルな色を成して突き上がるに留まった。
瑞雲改二から射撃諸元の修正値が来る。二人にとっては実に有難い事に、波の動揺と言う乱数値まで計算に組み込んだ諸元だった。
機械的作動音を立てて、各主砲の砲身が修正値に基づいて修正を行う中、タ級からの砲撃が飛来する。
「敵艦、発砲!」
洋上に奔る発砲炎の閃光を認めた青葉の短い叫びが飛ぶ。ニュージャージーは泰然とした姿勢を崩さず、落ち着いた様子で主砲の再装填を待った。
唸り声を上げてタ級の砲撃が海上に突き刺さり、水柱を奔騰させる。レーダー測距を行っているとは言え、タ級とて波の動揺と言う影響は等しく受けていた。そして目下タ級には数的不利な状況をレーダーと目視の二種類、二次元的手法に頼って自力で修正値を出さなければならなかった。
対するニュージャージーと青葉は、レーダー、目視の二次元的測距に加えて、瑞雲改二の観測支援と言う三次元の測距が可能だった。どちらが有利なのかは最早語るまでもない。
ニュージャージーと青葉の統制射撃の第二射は、そんな必然的環境の中で導き出された回答だった。第一射こそ海面を吹き飛ばすに留まったが、第二射はタ級に複数発の直撃弾を出す事に成功した。ニュージャージーの射撃は四発、青葉の射撃は二発がタ級を捉えていた。
僚艦、随伴艦を一瞬にして壊滅させられた最初の不幸を凌いだタ級だったが、二度目に発生した自身そのものに降りかかった不幸には抗い様がなかった。ニュージャージーの射撃はタ級の主砲搭の天蓋をぶち抜き、その全てを稼働不能に追い込んだのだ。これに青葉の二発の直撃弾が両用砲の損壊と言うおまけを付けて来る。
全身を殴り付けられる様な衝撃の中、全砲塔が一瞬にして使用不可になった事にタ級は文字通り唖然とした。馬鹿な、何故だ、と言う言葉がタ級の思考を支配し、遁走と言う最良の判断の二文字をかき消す。被弾の衝撃でタ級にも挫傷と言う状態異常が発生していたのかも知れないが、いずれにせよタ級が事態を好転させられる事は最後までなかった。
第三射の統制射撃が再びタ級を掴まえ、事態を理解出来ないタ級は先に沈没した僚艦の後を遅ればせながら追う事となった。
二か所のポイントに展開する四群の深海棲艦を一時間、いや三〇分と経たずに壊滅させた第三任務群は、再集結すると再び進路を北東へ取り、深海護衛空母部隊が布陣する海域へと迫った。
アルファ、デルタの二個中隊が既に航空攻撃に移行している頃だが、攻撃中なのか、或いは何らかの通信障害が挟まれているのか、二個中隊からの攻撃効果の報告は中々送られて来なかった。
届かぬ連絡を待つ間、左手の人差し指で飛行甲板を、トン……トン……と叩くケストレルの指使いに微かな苛立ちと焦りが滲む中、先行して航空攻撃を終えたヴァイパー隊が着艦許可を求める通信を入れて来た。四機とも長射程の対艦ミサイルを放って帰って来ただけなので、何の損害も無く無事に帰って来ていた。
「着艦を許可します。着艦デッキは艦上機着艦に備えよ」
四機のF-18の内、一番機がまず着艦アプローチを開始する。ケストレルを中心に何回か周回しつつ減速したF-18が着艦フックを垂らし、ランディングギアを下ろして、機首をぐいともたげてアングルドデッキへと接近していく。IFLOLSと呼ばれる着艦誘導灯と、着艦信号士官の誘導が行われ、適切な仰角、進入角、速度を維持してデッキへと進入して来たF-18が急激に大きくなったと感じた瞬間、主脚が甲板を叩き、着艦フックがアレスティングワイヤーの三番ワイヤーを握りしめる。ワイヤーを捉えそこなった時に備えて着艦復行の為にエンジンスロットルを最大に入れていたF-18がワイヤーにがっちりと掴まえられたのを確認するや、瞬時にエンジン音が静まり、弛緩したアレスティングワイヤーを着艦フックがペッと吐き出す。外されたワイヤーをフックランナーと呼ばれる甲板要員妖精が元に戻す為に駆け出して行き、着艦したF-18は誘導員の誘導に従って駐機位置へと移動していく。
全く同じ作業がそれから三回繰り返され、三番機が四番ワイヤーを捉えて着艦技量と言う意味で減点要素を食らった以外は問題無く収容が完了した。四機のF-18Cは再出撃に備えて一旦格納庫に降ろされ、簡易的な検査と並行して再兵装を施される事となった。
ヴァイパー隊の着艦収容が完了した頃にようやくアルファ隊とデルタ隊の攻撃効果の報告が上がって来た。レシプロ艦上機相手には無類の強さを誇る防空巡ツ級や、重巡ネ級elite級等の随伴護衛艦を含めた軽空母ヌ級flagship級二隻の計四隻に爆弾多数命中を確認。他駆逐艦一隻に不確実な戦果を認む、との事だった。
被撃墜機は、と問うケストレルにアルファ、デルタの編隊長からは「ネガティブ」の返答が返され、ようやくケストレルは安堵の溜息を吐いた。
ポイント6-5Dの敵深海護衛空母部隊は駆逐艦一隻を残して壊滅したと見て良いだろう。不確実一隻が健在だったとしても、深海駆逐艦二隻で第三任務群の進撃が阻害される事は無い。三か所のポイントの深海棲艦を一時間と経たずに壊滅させたのは正に快挙と言えた。
問題はこれからだとニュージャージーとケストレル達は、この先に控える最後の経由地であるポイント6-5Gの事を考えていた。北ルートで進撃した艦娘艦隊は、殆どがここのポイントで甚大な損害を出して撤退の憂き目にあっている。防空巡洋艦や防空駆逐艦の対空砲火ですら、完全には防ぎ切れない猛烈な航空攻撃が行われる地点だ。
「アルファ隊、デルタ隊の着艦収容完了後、全艦、輪形陣を維持。対空戦闘に備え」
ニュージャージーからの下命に再び元の輪形陣が組み直される。ルート上に潜水艦隊はいないと言う事前情報はあれど、それでも念には念を入れてウミェールイからKa-25哨戒ヘリが発艦し、艦隊の前路掃蕩に当たった。
ケストレルはと言うと次なる経由地が防空戦闘と言う事もあり、対空兵装を満載したF-18EとF-14Bを発艦させて、艦隊上空で既に戦闘空中哨戒に当たっているF-14Aに合流させて防空体制を構築した。総計一〇機の艦上戦闘機に搭載される空対空ミサイルでは、雲霞の如く押し寄せる敵艦載機群全てを防ぎ切る事は出来ないだろうが、防空隊を上げていないよりはマシな戦況には出来るだろう。
F-18EとF-14B全機発艦完了から一〇分程してアルファ隊とデルタ隊が第三任務群の対空レーダーでも確認出来る所まで戻って来た。
「総計二四機、着艦収容には時間かかるわね」
「一機ずつしか着艦出来ないのが、悩みの種よね」
ウミェールイの言葉にケストレルも渋面を浮かべて返す。二四機の着艦作業ともなれば飛行甲板も混雑するし、そう言った混雑の中で滞りなく着艦作業は進めなくてはならない。時間制限の掛かったパズルを解く様な正確さが求められる作業だった。
≪オメガ1からヘイロー1へ。レイピア編隊と共に貴編隊に合流する≫
≪了解。ケストレルは今どんな状況だ?≫
≪アルファ、デルタの着艦収容作業でてんやわんやらしい。敵艦載機群の強襲があった場合は我が隊が最初の防波堤だ≫
≪ラジャー≫
編隊を維持して艦隊上空を旋回しているF-14A四機に、F-18Eが四機とF-14Bが二機、戦闘空中哨戒に加わる。F-14A、Bはそれぞれ長射程の艦隊防空ミサイルを六発、自衛用の短射程空対空ミサイルを二発、F-18Eは中距離の空対空ミサイルを八発と自衛用の短射程の空対空ミサイルを二発、それに各機とも機関砲弾を満載して出撃していた。
全機が空対空ミサイルを全弾発射して、ようやく一回の航空攻撃は凌げるだろう、という程度の弾数ではある。
F-14Aの編隊のコールサインはヘイロー隊、F-18Eの編隊はオメガ隊、F-14Bの編隊はレイピア隊のコールサインで識別され、後方のストーンヘッドからの空中管制指揮下に入った。
ヘイロー隊、オメガ隊、レイピア隊の三隊が戦闘空中哨戒に移行して一五分程、ストーンヘッドから各隊へ通達が入る。
≪ストーンヘッドからヘイロー、オメガ、レイピア各隊へ。方位076、高度七五〇、速度三〇〇キロでボギー多数が接近中。ボギーをバンディットに識別。各隊、対空戦闘用意≫
ストーンヘッドのボギー(中立)からのバンディット(敵性)への判断は素早かったが、ある意味当然の判断ではあった。その方位に展開する味方機、味方艦娘、味方勢力は一切存在しない。深海棲艦の艦載機群と見て、間違いはない。
≪ヘイロー1、コピー。ヘイロー1から各機、槍を放て≫
≪目標ロックオン、追尾よし。Fox3! Fox3!≫
ヘイロー隊とレイピア隊のF-14のパイロンから大柄な長射程の空対空ミサイルが一発切り離され、ロックオンした目標へ向けてロケットブースターの白煙を引きながら急激に上昇していく。F-14の火器管制レーダーの六目標同時追尾、捕捉機能を生かし、次々に長射程空対空ミサイルがF-14の胴体から離れていく。
ミサイル投下の作動音が六回鳴り、微かに機体が震え、ブースターに点火したミサイルの白煙が天空へと昇っていく。六機合わせて三六発の長射程空対空ミサイルが長い軌跡を引いて、碧空の空へ吸い込まれていく。
弾切れを意味する「ウィンチェスター」の宣告はヘイロー、レイピア共に出さなかった。自衛用の二発の短距離空対空ミサイルも駆使して、敵機の接近を阻むつもりだった。
距離が縮まるにつれて、オメガ隊のF-18Eからは中距離空対空ミサイル八発が、先に放たれた長射程空対空ミサイルの後を追い、天空を走った。本来ならミサイルを撃つ度にミサイルの初期の誘導を行いつつ、ある程度の回避機動を行わなければならないが、相手が空対空ミサイルを持たない深海棲艦の航空機となれば、その挙動は不要だった。真っ直ぐ進撃しながらF-18Eはミサイルを次々に発射し、F-14と同様に短距離空対空ミサイルを用いての接近戦に備えた。
二種類の長射程の空対空ミサイルの成果は果たして……。
活動報告にも書きましたが、感想の投稿、何卒よろしくお願い申し上げます。