艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
蒼空から火花が散った。
高空へと上り詰めた後、長大な距離を弾頭の誘導装置から発振されたレーダー波と、その受信波を頼りに、深海艦載機群の頭上から迫った二種類の空対空ミサイルの群れが、白く丸い機体の傍で近接信管に火を入れた。
編隊の半数近くが瞬く間に消し飛び、砕け散り、破片を眼下の海面へと投げ捨てていく。突然に起こった一瞬の出来事に編隊は大きくその陣を乱し、気流の乱れや飛散する破片から逃れようとした機体同士の接触事故寸前の光景がそこかしこで見られた。
編隊の半数が撃墜、或いは任務続行不能の損傷を受けた深海艦載機群は、動揺と衝撃を受けつつも、進撃を続行した。幸いにも被害は艦戦、艦爆、艦攻に均等に及んだので総数が半減したとは言え、尚七〇機近い機体が残っている。攻撃を中止して引き返す様な損害ではない。
艦娘艦隊では攻撃中止に値するだけの大損害を被っても、前進を止めないのが深海棲艦の戦い方であり、ある意味では強さの表れであり、融通の利かなさを表してもいた。深海艦載機群個々の生への執着は極めて低い。自分が撃墜されても替わりは幾らでも存在する、という徹底的とも言える深海艦載機群の自己の存在価値観の低さが、例え片道攻撃になろうと躊躇いなく飛び立つ事の出来る戦闘マシーンの如き冷徹さを生み出していた。
しかし、受難はそれで終わりを迎えた訳では無かった。遥か彼方の前方の洋上から高空へと飛び上がり、滑空して舞い降りて来た飛翔体の群れが、滑空音と共に深海艦載機群に迫り、電波を激しく艦戦、艦爆、艦攻に叩き付けて、跳ね返って来た反応を頼りに軌道を変えてクロスする。すれ違う寸前のタイミングで起爆した近接信管によって、空の一角一杯に鉄片がばら撒かれ、新たな受難を深海艦載機群に与える。
艦載機群が砕けるや否や、ウミェールイの火器誘導レーダーは直ちに追尾中の目標のいずれかから選定して照準する。艦娘の手と足の四肢、目と耳の五感に依存しない、電子機器で完成された完全自動の対空迎撃システムが、間断なく撃ち上げられる艦対空ミサイルを管制し、終末誘導を行う。
深海艦載機群が前進すればする程、その母数は減り、そして迎撃に当たる艦対空ミサイルの精度は上がった。
それでも、深海艦載機群は前進を続けた。残機が四〇機を割り、半数が生き残っているか怪しい中でも、彼らは万に一つの可能性に賭けて吶喊した。
「目標群アルファ、ブラボー、チャーリー、凡そ六割から七割を撃墜」
「全滅も同然の損害でしょ、何故それでも歯向かって来るの……」
信じられない、と言う口調でウミェールイは呟いた。相手にしているのは艦載機では無く、片道攻撃も辞さない特攻隊だとでも言うのだうか。ならば上等だ、とウミェールイはその碧眼に炎を宿して、空を睨み上げた。
「特攻隊のつもりなら、望み通り撃ち落としてやる」
抱えて来る爆装に留まらず、自らを弾薬とするのも辞さないのなら、防空艦たるウミェールイがするのはそれを阻止するまでだ。
私には無敵の胸当て(イージス)は備わっていないけれど、それに負けない防空能力がある。その思いを胸に、ウミェールイは完全自動で射撃していた艦対空ミサイルを半自動モードへと切り替えた。最も脅威度の高い艦爆、艦攻を優先的に識別し、それらにミサイルを差し向ける。
確かにウミェールイの武器システムは、イージス艦に備わるイージスシステムと比べると、同時対応能力は九つ迄であり、管制数は一二個と決して多くは無い。だが、それでも仰角を目いっぱい取った主砲や高角砲から打ち上げられる対空弾の修正射による弾幕頼みな既存の艦娘の対空迎撃より、遥かに迎撃距離は長く、射撃精度も高く、一人でこなせる対応数も圧倒的に多い。
VLSからは尚絶えず艦対空ミサイルが撃ち上げられる。彼我の距離が縮まる中、近距離艦対空ミサイルへと防空戦闘は移行しつつあった。
輪形陣を固めるフィンチとグムラクからも、艦対空ミサイルが発射され始める。その二人の撃ち上げるミサイルの統制もウミェールイが行っていた。今の世界での改装により、武器システムが異なるフィンチや、ケストレルの対空ミサイルすら、今ではウミェールイの意のままに操る事が可能になっていた。
VLSを採用しているウミェールイと違い、ランチャー式のフィンチとグムラクは一発を撃つごとに数秒の再装填時間が必要ではあったが、防空艦であるウミェールイの補佐を行うと言うポジション充分な対応力を見せていた。
四〇機を割った深海艦載機群は、二〇機を割り、やがて一〇機を割った。間もなく、主砲による対空射撃が可能な距離と言う所で、食い下がり続けて来ていた深海艦載機群が反転を始めた。
「敵機群、反転します」
CIC妖精の報告に、硝煙で煤けた頬を乱暴に左手の拳で拭いながら、ウミェールイはようやく両目で目視出来る距離で反転に転じる艦載機群を凝視した。反転する機体の下の海面で、投棄されたであろう兵装の上げる飛沫は無い。残った機体は戦闘機だったのだろう。
「対空戦闘、撃ち方止め」
発令しながら、ウミェールイは尚艤装上に残るミサイルの噴煙の微かな化学物質の匂いに、手で顔の前をはたいた。悪臭とまでは行かないにせよ、良い臭いとも言えない。髪や肌に染みつかれたら、と思うと少しばかり嫌な気持ちになる。
「これで終了……と言う訳では無いでしょうね」
そう呟くケストレルの言葉に、青葉が無言で鼻を鳴らした。
兵装と言う兵装の殆どを使い切ったレイピア、オメガ、ヘイローの三隊が帰投し、着艦収容を終えた頃、ストーンヘッドから警報が入る。
≪警報、新たな敵機群を探知。方位076、高度一五〇〇、速度六〇〇キロ。機数は四〇機。深海噴式燕戦爆と思われる。ウミェールイ以下三名は迎撃に移行せよ≫
「偶然か、それとも奇をてらったか」
後者では無いか、とウミェールイは睨んだ。第一次攻撃隊で直掩機の弾薬を消耗させ、補給に降ろさせた頃合いを見計らって足の速い深海噴式燕戦爆の編隊を送り込んだのではないか。速度にして二倍の深海噴式燕戦爆は当然ながら海上の艦娘からすれば迎撃可能距離が短くなる。母艦である空母棲姫Ⅲへの搭載機数自体が少ない事や、ストーンヘッドの様な空中統合管制機、それにケストレルのE-2ホークアイ早期警戒機があるからこそ、早期の探知が可能故に対応は可能だが、だからと言って難易度が下がったと楽な気分に浸れる訳では無い。
それに、とウミェールイは空を見上げた。今、直掩機は橘花改が八機居るだけだ。対艦攻撃に重点を置いている分、ケストレルの橘花改と景雲改の多くは爆装して待機中だ。動く火薬庫状態のケストレルの航空艤装に爆弾が突き刺さったら、と思うと胃がきりりと苦しくなる。
「対空戦闘、目標群デルタ、艦対空ミサイル、攻撃始め」
強力な火器管制レーダー波が海上から接近する深海噴式燕戦爆へと浴びせられる。艦娘サイズへサイズダウンした分、ストレンジリアル時代の頃のアルミホイルに包んだジャガイモを蒸かせる程の電波出力は無いが、それでも艦娘のレーダー艤装ではトップクラスの性能を持つアメリカ製の各種レーダーより遥かに高出力のレーダーが四〇機程の敵機群を捕捉する。
VLSから艦対空ミサイルが放たれ始め、再び化学物質の強烈な匂いをウミェールイに吹き付ける。合成風で幾らかは流れてくれるとは言え、それでも多量の噴煙が彼女の顔を覆う。
深海噴式燕戦爆への対応中に、更にストーンヘッドから新たな敵機群の探知を知らせる報告が入る。
≪敵陸攻群を新たに検知。方位080、高度一二〇〇、速度三二〇キロ、機数三〇≫
「陸攻群……? 深海棲艦にも一式陸攻や銀河の様に魚雷を抱えて突入出来る機体があると?」
ケストレルの訝しむ声に、ウミェールイは本能的に陸攻群の正体に気が付いていた。
「奴等だ……」
「奴等?」
「先日の夜間の防空戦闘中に初会敵した、誘導弾装備の陸攻群ですよ」
その答えに、ケストレルの碧眼が大きく見開かれ、軽く息を呑む声が聞こえて来る。しかし、長身の空母艦娘に浮かんだ動揺は一瞬の事だった。即座に動揺を吹き消し、ヘッドセットのマイクを掴むと、上空に展開する橘花改八機に迎撃を指示する。
「オメガ、ヴァイパー各隊へ、敵陸攻群を迎撃して下さい」
≪ウィルコ≫
上空で旋回待機していた橘花改八機が加速を掛ける轟音が鳴り、緩やかなコントレイルを引いて八機は艦隊上空から陸攻群を迎え撃つべく飛び去る。
「しかし、一体どこに陸攻群の飛行場が……」
「KW環礁には飛行場姫が一体、鎮座していると言うから、恐らくそこからじゃないかしら。近海の空母機動部隊に航空戦は任せて、飛行場姫自体は最近稼動していなかったと聞いていたけれど」
ニュージャージーの言葉に納得した様にケストレルは頷いた。向こうも総力を挙げてこちらを迎えうとうとしていると言う訳だ。
「カウントダウン作戦の時とは別で、回航目的であろうとされてターゲットにならなかったワ級とヲ級各一隻がKW環礁へ向かっている事が確認されています。その時のワ級とヲ級にその陸攻が詰まれていた可能性はあるかと」
司令部での判断を聞いていたらしい青葉も添える様に発言する。
統合海軍ではワ級は深海棲艦の兵站を支える艦種と判断しているだけに、その破壊は時に戦艦や空母よりも高い高価値目標とされる時があるが、海域に進出するワ級全てを攻撃している訳では無かった。事実上の独航船状態のワ級は大抵が連絡や価値の低い輸送任務中だと判断され、見逃されやすかった。折しも、ショートランド泊地の崩壊やラバウル泊地への機能移転、ウィスキー島への補給路維持などで余裕の無かった第八艦隊では、一隻程度のワ級に艦娘艦隊を割く余裕は無く、寧ろカウントダウン作戦の時の様な大規模な船団を組むワ級の方が輸送する物資量を鑑みても脅威度は高いと認定し、優先的に排除する方針を固めていた。
それを逆手に取ってか、或いは単に大規模な船団を組む程の輸送量では無かったからか。青葉は後者の理由がメインの、前者の理由が副次的に付く事になって成功したのではないかと睨んでいた。飛行場姫を維持するには最低でも三隻から四隻のワ級が必要だろうと推定されている。だが、仮設的に、取り急ぎで再稼働させるのなら一隻でも充分なのかもしれない。陸攻の輸送は正規空母であるヲ級が行えば良いのだから、ワ級はそのヲ級に積まれている陸攻を運用するに必要な貨物だけ運べばいい。
六人のヘッドセットが再度着信の電子音を鳴らす。
≪更なる敵陸攻群を検知、第二波だ。方位、高度、機数、速度、全て同じ≫
「波状攻撃と飽和攻撃……突破される」
掌に爪を突き立てる様に拳を握りしめて、ケストレルは奥歯を鳴らす。ウミェールイとフィンチ、グムラクの対処能力に対し、深海棲艦は物量を持って突破を試みている。噴式燕戦爆四〇機はウミェールイの艦対空ミサイルの迎撃で半数を失いながらも尚進撃を止めず、更にウミェールイは陸攻群への対処にも迫られていた。幾らウミェールイの同時対処能力が優れるとは言え、飽和攻撃を仕掛けられては防ぎ切れない。
フィンチとグムラクの補佐を以てしても、突破を許す可能性が出て来ていた。無論、橘花改八機がいくらかは防いでくれるだろうが、橘花改の機関砲弾の装弾数は決して多くは無いし、R4MⅡとて誘導弾では無いから弾幕を形成するのに斉射してしまえば、それっきりだ。
オメガ、ヴァイパーの二個小隊八機が全弾を使い切って撃破出来た陸攻群は六機に留まった。
「六機?」
たったそれだけ? と呻くケストレルに、オメガ編隊を率いているオメガ11が答えた。
≪三〇ミリを食らっても簡単には四散しない程度に頑丈な機体です。R4MⅡでようやく目立った損傷を与えられると言う所でしょうか。それに機体も大きい≫
「誘導弾は何処にあるか分かりましたか?」
≪胴体内に内蔵している様です。機体底部に射撃してワンチャンスの貫通による誘爆を狙いたいですが、底部の装甲が厚い様で三〇ミリを食らっても貫通出来た手応えがありません。
加えて連中はかなり高い高度を飛ぶので、一旦上方から降下する形で射撃を行えば、再度上昇する間に向こうはあっという間に距離を離してしまい、再攻撃の機会が余りありません≫
「……了解、間もなく艦隊の対空迎撃射程内に入るので、オメガ、ヴァイパーは戦域より離脱を。アウト」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるケストレルの周囲で、まず深海噴式燕戦爆への対応に追われるウミェールイ、フィンチ、グムラクから休みなく撃ち上げられる艦対空ミサイルの噴射煙のケミカルな匂いが海風に乗ってケストレルの鼻を突く。
深海噴式燕戦爆の編隊は、半数を切り、そして一〇機にまで減った時点でようやく反転した。
間断なく撃ち上げられていたウミェールイの長射程の艦対空ミサイルはこの時点で五〇発以上が発射され、迎撃成功率は九八パーセントに達していた。残りの二パーセントはフィンチとグムラクが補っている。ウミェールイの長射程艦対空ミサイルは半数以上を既に消耗していた。
深海噴式燕戦爆の反転を受けて、ウミェールイは直ちに陸攻群への対応に移行したが、程なく射程の死角に入られた。撃墜出来た陸攻群は一〇機に留まり、バトンは近距離艦対空ミサイルの射程へと移る。半数以上を失った陸攻群は、落ちて行く味方機の残骸の黒煙を乱暴に振り払い、黒煙の筋を引きながら艦隊への距離を詰め、やがて飛来する近距離艦対空ミサイルの存在も無視して、機体底部からどろりと物体を切り離し、大型な機体を引き起こした。
黒々とした物体は、爆弾投下にしては余りにも遠く、魚雷投下にしては距離どころか高度も高すぎるポジションだったが、それは問題では無かった。寧ろ高度が高ければ高い分だけ、長く滑空出来るから都合が良い。滑空している間に、陸攻群からの母機誘導で物体、いや誘導爆弾は第三三任務群の艦娘と交差する軌道へと逐次その弾体を捩じる。
高高度へと昇っていく陸攻群へ近距離艦対空ミサイルが追い上げる。フィンチとグムラクからも艦対空ミサイルが撃ち上げられ、誘導爆弾の母機へとミサイルの軌跡を伸ばす。高高度で爆炎が一つ、二つと高空で瞬き、一拍遅れて空に四散する音を鳴らす。
ウミェールイは南洋の海の気温から来る汗とは別の、焦りからの冷や汗に眉間やこめかみに強い痒みのストレスを感じていた。今対応している陸攻群に加えて、更にもう一群の陸攻群が迫っている。
「青葉さん、ヲ級が航空機運送艦に徹したと仮定して、陸攻群を運べたとしたら何機くらいだと思いますか?」
「ヲ級改flagship級に無理を言わせた搭載をしたとしても、七〇機は行かないと思います。艦上機より更に大きな陸攻群となれば、分解でもしてなければ、艦載機程は載せられない筈です」
「つまり、向こうは第二波以上の攻撃は無いと?」
「可能性としては、そうかもしれません」
その答えに、ミサイル巡洋艦艦娘は安堵の吐息を漏らした。第三波、第四波と繰り出されて来ていたら、ウミェールイも弾切れに追い込まれていただろう。最も、安心するのは今迫っている陸攻群を凌いでからになるが。
第一波の陸攻群は既に全機が投弾し、半数以上が母機の撃墜で誘導爆弾が誘導を失い、海面へと自由落下を始めていた。残る半数も大して余命は変わらないだろう。だがしかし、深海噴式燕戦爆、第一波の陸攻群への対処に追われている間に、第二波の陸攻群は既に長射程艦対空ミサイルの射程圏内へと悠々と入り始めていた。
近距離艦対空ミサイルと長射程艦対空ミサイルの射撃管制レーダーは別々なので、対処自体は可能だった。問題はウミェールイがそのマルチタスクに追い付けなくなり始めている事だった。焦りで機器の操作で入力ミスやタイプミスが頻発し、その間のヒューマンエラーを起こしている間に、陸攻群は距離を詰めて来る。完全自動に切り替え、艤装が全自動で対応を始めた頃には第二波の陸攻群は爆弾投下の射程距離に第三任務群を収めようとしていた。
「敵陸攻群、第一波全滅! 誘導爆弾一発、艦隊正艦首五〇〇に着弾を確認」
「前衛艦青葉に被害確認出来ず」
「敵第二波、第一次防空ラインを突破。第二次防空ラインに接近中」
胃がキリキリと痛み出すのをウミェールイは感じ取っていた。CIWSやケストレルの個艦防空ミサイルの射程距離である第三次防空ラインにまで迫られる可能性が高い。艤装の操作ミスも相まって、第二波の迎撃率はまだ低い。三〇機の陸攻群はまだ二五機程が健在だ。
更に五機の陸攻群が艦対空ミサイルに引き裂かれて爆散した頃、残る二〇機は一斉に誘導爆弾を投下し、旋回上昇に転じた。
二〇機の陸攻群に、二〇発の誘導爆弾と言う二つの目標が出現し、困惑したのはウミェールイの火器管制装置だった。脅威度の判定で火器管制装置は誘導爆弾を最優先目標と仮定し、一旦再考して誘導母機の陸攻群を狙い直し、そこで再度脅威度の高さが誘導爆弾へとリセットされた。その間一〇秒程度だったが、逆を言えば一〇秒ほど、ウミェールイの迎撃が止まった。
迷うウミェールイの武器システムに連動しているフィンチとグムラクの艦対空ミサイルも同様に沈黙し、貴重な迎撃時間の一〇秒が消えた。
ロシア語とほぼ同じユークトバニア語で悪態を吐きながら、完全自動から半自動へと迎撃を切り替えて迎撃を再開するウミェールイだったが、既に誘導爆弾は艦隊からもはっきりと目視出来る距離にまで迫っていた。
「飽和攻撃をされると、やはりどんな武器システムも限界が出ますね」
機械の限界と艦娘と言う人間の側の限界の両方が現れた沈黙の一〇秒に青葉は呟いた後、己の役職としての職務に移行した。
「対空戦闘、目標、接近中の敵機。防空艦指示の目標、主砲、撃ちぃ方始めぇッ!」
刹那、右肩に担ぐ青葉の主砲艤装の前面に火球が奔騰し、褐色の砲煙と黒煙が迸る。赤い砲弾が天空へと駆け上っていき、弾頭から発せられるドップラー波が跳ね返って来たのを検知した信管が撃発する。高空に四つの白い閃光が走り、房状の白い煙が陸攻群を殴りつける。
青葉の背後でも、ニュージャージーが巨大な艤装に所狭しと設置されている五インチ連装高角砲や四〇ミリ対空機関砲に仰角を賭けるのが分かった。特徴的な連射音を響かせて四〇ミリ四連装対空機関砲が射撃を開始し、その間断ない連射音を断ち切る様に五インチ砲の発砲音が炸裂する。
主砲の対空射撃を行った青葉も、高角砲の射撃に移行する。対空電探と連動した八センチ高角砲が射撃を開始し、対空弾を打ち上げる。
青葉とニュージャージーの対空射撃は、決して低い訳では無い。相対的に見て、その優秀さが霞んでしまうストレンジリアル組の存在で空気になりがちだったが、二人の防空能力自体も非凡ならざる精度を発揮できた。だが、対処速度と言う意味では、艦対空ミサイルを発射するよりも遥かに遅い。
曳光弾の弾幕がニュージャージーの艤装から撃ちあげられ、青葉と合わせた高角砲の対空弾が陸攻群を一機、また一機と天空から食い千切るが、一五発の誘導爆弾が尚、軌道修正を行いながら艦隊に迫っていた。
空母ケストレルには七発もの誘導爆弾が狙いを付けていた。
「第三次防空ライン、発動」
艤装内のCDCで、CDC妖精の声が甲高くなる。ケストレルに備わっている個艦防空ミサイル発射機から、個艦防空ミサイルが次々に発射された。七発の誘導爆弾の内、二発を個艦防空ミサイルが撃ち落とし、一発に軌道修正不可能な損傷を与える事に成功する。
最後の頼みの綱はケストレルの右手に構えるCIWSと左舷スポンソンに設置されたCIWSだった。艦尾側のCIWSは設置位置の都合上、射撃できない。
二基のバルカン・ファランクスが咆え、空に機関砲弾を撒き散らし始める。赤く光る曳光弾が残る四発の誘導爆弾の一発を粉砕し、もう一発を火球に転化させ、更に一発を打ち砕く。CIWSが出来た迎撃はそこまでだった。
「敵弾、一発、近い!」
「面舵一杯! 一〇秒後に舵戻せ!」
迫りくる誘導爆弾をケストレルの碧眼ががっちりと捉え、視界から外すまいと凝視する。一方、彼女の主機の後ろから流れる航跡が右へと曲がり、一〇秒間右への旋回を続けてから、舵が戻される。
目の前に迫っていた誘導爆弾が左手へと流れていく。幾ら誘導爆弾とは言え、咄嗟の回避運動に追随出来る程の終末誘導能力は無いらしい。
それでも、誘導爆弾が突っ込んだ海面は一瞬の間をおいて白く変色し、海面を丘状に盛り上がらせ、結晶の様に尖った水柱を突き上げた。ケストレルの長身が揺らぐ程の爆発が海中で起こり、周囲に霧雨と小雨の混じった雨を降らした。
「敵弾、本艦左舷に着弾」
「各部、損傷報告なし」
「危なかった……」
見張り員妖精と応急班妖精の報告を聞いて、ケストレルは胸を撫で下ろした。咄嗟の面舵を行っていなかったら、爆弾は広大な飛行甲板のど真ん中を穿ち、その下で行われている兵装装備作業中の格納庫内で起爆して、ケストレルを炎で包み込んでいただろう。
ほっとしたのも束の間、今度は衝突警報がけたたましく鳴り響き、ケストレルは見張り員妖精が叫ぶ方へ視線を転じた。右翼のフィンチが誘導爆弾から逃れようと必死に取り舵に切って回避を試みていた。
「面舵一杯! 右後進一杯、左前進一杯!」
左足で海面を蹴りながらケストレルは叫ぶ。CIWSを備えていないフィンチは、誘導爆弾に肉薄されると自力で回避する以外に手が無かった。ケストレルの叫びにフィンチが気付く様子は無い。天空では陸攻群撃墜の音が、低空ではウミェールイとグムラクのCIWSの射撃音と、撃破の爆音が殷々と鳴り響き、人の声が届く状況では無い。
だがフィンチの方も彼女の見張り員妖精の報告に気が付いたのだろう。取り舵から面舵に転じ、接近して来るケストレルと互いの左舷を晒しながらすれ違う。
フィンチを捉え損ねた誘導爆弾がケストレルの進路上に飛び込み、海面下に潜り込む。
「総員、衝撃に備え!」
咄嗟に両手で艤装を掴み、腰を少し落としてケストレルが叫んだ直後、誘導爆弾が海中で起爆し、彼女の前面に水壁を作り上げた。両腕を頭の前でクロスさせて顔面を保護するケストレルの長身が、滾る海面と崩れきらない水柱に突っ込み、その水柱の半分程を文字通り吹き飛ばして突っ切った。飛行甲板に滝のように海水が叩き付け、甲板に居た航空艤装妖精や艦載機に海水のシャワーをたっぷりと浴びせた。
「被害確認!」
顔にかかった海水を拭いながらケストレルは妖精達からの報告を促す。幸いにも彼女の口から呻き声を漏らす事になる凶報は上がって来なかった。
制帽の鍔から滴り落ちる海水の雫を指で払いながら、他の第三任務群の艦娘はどうなったのかと視線を転じる。
海上に幾つもの黒煙が上がっているが、艦娘が撃破された事を示す様な太い黒煙は上がっていない。気が付けば、あれ程海上を騒がせていた対空砲火も止んでいた。
≪敵陸攻群壊滅。第三任務群各艦、被害報告≫
ストーンヘッドからの通達に、安堵の溜息を洩らしながら、ケストレルは異常なしと報告する。
第三任務群は第三次防空ラインまでの敵機群の接近を許したものの、回避運動によってどうにか被弾を免れる事に成功していた。陸攻群がそもそも誘導爆弾の終末誘導を母機から行わなければならない都合上、機体挙動に制限が付く上に、誘導爆弾も推進装置を持たない分、ミサイルと違い初速に劣るのが迎撃と回避の余地を第三任務群に与えてくれた形となった。
再度輪形陣を組み直す六人の艤装には、発砲の硝煙によって煤けた跡が残っていた。青葉とニュージャージーの高角砲、機関砲の砲身に砲員妖精達の手で冷却水がかけられ、加熱した砲身の冷却が行われる。
ケストレル、ウミェールイ、グムラクでも消耗したCIWSの予備弾の給弾が行われ、再度の航空攻撃に備える動きが進んだ。
ポイント6-5Gの通過を確認した時点で、時刻は一一時を回っていた。艦隊旗艦ニュージャージーから、艦隊序列の入れ替えが令達される。
最深部ポイント6-5Mを前に、艦隊先頭をニュージャージー、二番艦に青葉、三番艦にウミェールイ、四番艦フィンチ、五番艦グムラク、六番艦ケストレルと言う単縦陣に移行した。対水上戦闘用意の号令が下る中、後背の空から聞き慣れたエンジン音が追いかけて来た。
一同が見上げた空を、艦娘母艦「いなば」の飛行甲板から飛び立った一式戦隼Ⅱ型三六機と、四式重爆飛龍が一八機、銀河一八機の陸攻が三六機の編隊が第三任務群の頭上を追い抜いて行く。更にその後方からも一式陸攻七二機が続いて行った。
「水上レーダーに感あり。南方より第四艦隊、上がってきます」
CDCからの報告に、ケストレルは双眼鏡を南の水平線上に向けた。
黒煙が微かに上がっているが、中破以上の損傷を被っている様子は無い伊勢達の姿が見えて来ていた。先頭を切る伊勢の艤装上から発光信号が瞬く。
「我、合流せんとす、ね」
双眼鏡を下ろし、呟いたケストレルに航空管制指揮所のエアボスから報告が入る。
「第二次攻撃隊、発艦準備完了です。全機爆装を施し、五分以内にデッキへ上げます」
「了解。味方航空隊の航空攻撃終了後、本艦も総攻撃を実施。敵機動部隊撃滅を図ります」
「アイ・マーム」
俄かにケストレルの飛行甲板が騒がしくなった。四基のエレベーターに橘花改、景雲改が載せられ、続々と飛行甲板へと上げられて来る。
蒸気カタパルトへと最初の四機が誘導され、カタパルトへと接続される中、第三任務群に先だって突入を図る第四艦隊が、第三任務群の右手前方に布陣し、単縦陣へと移行した。
「旗艦ニュージャージーの合戦準備発令を確認。続いて第四艦隊伊勢の合戦準備発令を確認」
「第四艦隊一〇戦隊能代より発光信号。変針点通過、面舵五度、統制水雷戦に備え。先行する一〇戦隊は単縦陣の戦闘隊形を維持。尚も増速中」
飛び交う報告の内容が、艦隊戦直前の内容へと刻々と変わる。
先行する能代率いる一〇戦隊の冬月、涼月、白露の四人の単縦陣が速度を上げる中、伊勢と日向、それにニュージャージー、青葉の四人の単縦陣が別個に作られ、水上砲戦に備える。
分けてケストレルを中心にウミェールイ、フィンチ、グムラクの四人の隊が一歩引いた位置にて遊弋に移行し、その間、ケストレルの航空艤装から第二次攻撃隊が甲板を蹴って飛び立った。