艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
≪青葉一号機より入電。我、敵艦隊上空にて触接に成功。敵艦隊は第一群が空母棲姫一、空母ヲ級flagship級二隻、重巡リ級flagship級二隻、防空巡ツ級elite級一隻、軽巡へ級flagship級一隻、駆逐艦ニ級二隻、ハ級後期型一隻、ロ級後期型二隻、第二群は空母棲姫Ⅲ二隻、戦艦タ級flagship級一隻、重巡ネ級elite級二隻、防空巡ツ級elite級三隻、駆逐艦ロ級後期型五隻。
なお第一〇戦隊及び伊勢隊の接近を受けて第一群より重巡リ級二隻、軽巡へ級一隻、駆逐艦ロ級二隻と第二群より戦艦タ級と重巡ネ級の全艦とツ級一隻が分離、迎撃に入る模様≫
≪陸攻隊は攻撃を開始。各中隊は事前にブリーフされた目標を攻撃せよ、幸運を祈る≫
空中統合管制機ストーンヘッドからの指示が矢継ぎ早に届く中、空と海とで交戦が始まる。
数を減らしながらも可動機を全て発艦させて迎撃に入る空母棲姫とヲ級に、陸攻群が四方八方から吶喊し、或いは周囲を固める随伴艦に狙いを定める。低空へと舞い降りる陸攻群の上空では、隼Ⅱ型が空母棲姫らから上がって来た直掩機、それも艦爆や艦偵すらも動員して空中戦に移行していた。
「火力に難があるわね。青葉、こっちは私達で何とかするから、能代達の援護に回って頂戴」
主砲の四一センチ三連装砲と連装砲に仰角を掛けつつ、水平線上を凝視する伊勢が青葉に振り返って言う。一〇戦隊が相手する敵は重巡リ級が二隻。一〇戦隊の軽巡艦娘の能代は改二になっているので、六戦隊重巡艦娘改二よりもトータルでの性能は上回るが、数的な不利までを覆す性能を持たない。
「了解です。青葉、一〇戦隊援護に回ります」
右肩に担ぐ主砲艤装を担ぎ直し、青葉が単縦陣から離れて先行する一〇戦隊の単縦陣を追う。
青葉が単独で分離していく中、水平線上に轟音が轟く。空にキャンパスに水墨を垂らした様な砲煙が咲き乱れ、陸攻隊の攻撃開始の狼煙を告げた。
「ここを突破すれば、敵はソロモン海域での主要戦区の一つを完全に失う」
正念場だと伊勢は自身に言い聞かせるように呟く。普段は饒舌な伊勢も戦闘を前に、私語はめっきりと減り、表情もきりりと引き締まる。後続の日向も、姉と対照的に物静かで口数の少なめな性格に輪をかけて口数が減っている。私語が少なくなる一方、二人の主砲の仰角は水平状態から大きくなる。
伊勢と日向の二人の後に続くニュージャージーもまた、普段からの眠たそうな表情の状態を一言で言い表せる重そうな瞼の下のオレンジの瞳に、戦艦としての矜持を光らせ、口元を不敵に緩ませている。
間もなく水平線上に伊勢達の相手取る敵が姿を現した。
「本艦隊正面より、真っ直ぐ接近する複数の艦影あり」
「了解、対処する」
「方位090、距離五八〇〇。対水上戦闘、主砲射撃、始め」
「目標、測的始め。照尺完了次第、報告となせ」
三人で構成される単縦陣の先頭を切る伊勢の艤装上で、砲術科妖精達が忙しく報告を上げる。射撃指揮所の入力に倣い、主砲の砲身の仰角に修正が掛かり、砲塔の向きも僅かに変わる。
程なく射撃時機が完成した。
「追尾良し」
「撃ちぃ方始めッ!」
「撃ちぃ方始めッ!」
「Commence fire」
三人の射撃号令が下るや、海上に百雷が轟いた様な砲声が鳴り響き、海上に衝撃波の波紋を押し広げ、三人の前面には火球を奔騰させた。
初手からの全力斉射の衝撃は凄まじい。戦艦艦娘が総じて身体付きに恵まれた女性がなるのも頷ける苛烈な激動が三人の全身を痺れ渡らせる。全身に高電圧の電流を流し込んだ様な感覚だ。
伊勢、日向、ニュージャージーの砲撃開始に、タ級、ネ級も一拍遅れて砲撃を開始する。三人の逆探(ESM)に深海レーダーの波長が検出され、タ級以下三隻からレーダー照射されている事を知らせる。三人の方も水上電探、水上レーダーに加えて、青葉二号機と呼ばれる零式水上偵察機11型乙改がタ級、ネ級の上空で旋回して触接と弾着観測に移行していた。
「主砲、来るぞ!」
伊勢の艤装上で見張り員妖精が叫ぶ。刹那、甲高い叫び声に似た落下音が三人の周囲を圧しながら降り注ぎ、前後左右に大小の水柱を突き立てた。海中で炸裂し、水柱となって海上に奔騰する爆発が小雨を作り、三人に飛沫を浴びせる。
「敵一番艦第一射、本艦左舷海面に着弾。日向右舷海面に二番艦第一射着弾、ニュージャージーの前方海面上に敵三番艦第一射着弾。何れも損傷は認められず」
「主砲、再装填急げ」
全力斉射を行った分、交互撃ち方より継続的な火力投射は出来ない。タ級も同じとして、重巡であるネ級は一撃こそ小さいがその分連射が効く。タ級の砲撃がストレートの一撃なら、ネ級の砲撃は三人からすればジャブの連打に等しい。一発一発の威力は低くても何発も食らえば体力を奪われていく。
辛抱と根競べの再装填が終わる頃、三人の砲撃が着弾する。伊勢が狙うタ級の左舷に伊勢の砲撃が、日向が狙うネ級の後方に、ニュージャージーの狙うネ級の左舷に太く、高い水柱がそそり立ち、微かに衝撃で三隻の深海棲艦の姿勢を揺るがす。三隻の奥に控えるツ級は射程に収めていない分、その両用砲群は発砲していない。だが、射程に入り次第、雨あられと小口径の砲弾の乱打が始まる事になる。
「発砲!」
「ってぇーッ!」
第二射が三人から放たれる。砲口から砲煙が迸り、閃光と衝撃波と共に砲身が勢いよく後退する。斉射と言っても、コンマ数秒の遅延を各砲門に発生させて、砲弾相互の弾道の干渉を防ぐ発砲遅延装置が機能しているので、僅かだが砲声が二度響いているのが聞き取れる。
褐色の砲煙と黒煙が三人を一瞬包み、ふわりと煙が空へと昇っていく中、深海棲艦側も応射を放つ。水平線上に発砲炎が瞬き、砲煙がパッと飛び散る。遅れて砲声が海の上を駆け、空気を媒介にして伝わり、洋上に人工的な大音響を奏でる。
遠方では能代の一五・二センチ連装砲と青葉の二〇・三センチ二号砲が発砲する砲声が響いているが、向こうもまたまだ初手の内の初手な為か、有効打を送り込んだ様子は無い。
「三回目で直撃乃至は挟叉が望ましいとはよく言うけどね」
それが出来たら苦労しない、の一言で済ませられる理論上の要求を脳内で反芻して、伊勢は苦笑いを浮かべた。最も理屈は分かる。速めに敵を仕留められる事に越した事はない。とは言っても、互いに波間に揺られ、その日時々に変わる風向、風速、湿度諸々の環境要素を考えると、理屈通りにはいかないものだ。
然程大きくない、水柱が先程から相次いで日向とニュージャージーの傍に着弾している。ネ級の交互撃ち方だ。ジャブに例えられるネ級の砲撃が、より速く、苛烈さを極めた連射となって降り注いでいる。だが、日向とニュージャージーを捉えていない以上は、ジャブにもなっていない。只の無駄撃ちだ。しかし、その間断無き射撃が海面に突き刺す水柱は刻々と二人にその位置を寄せていく。
焦りは禁物よ、と二人に胸中で呼びかけつつ、一番焦っているのはきっと自分なのだろうと眉間とこめかみを流れる冷や汗を感じながら、伊勢はタ級を凝視する。
三人の第二射が着弾する。伊勢の砲撃は再度タ級の左舷海面へ、日向は修正し過ぎて前方に、ニュージャージーも伊勢と同じく再度左舷海面に射撃が落着する。
≪青葉二号機より弾着修正。伊勢、右寄せ五、上げ一。日向、苗頭そのまま上げ二、ニュージャージー、右寄せ二、下げ一≫
「修正中……」
「Affirmative」
観測機からの修正値に基づき、日向とニュージャージーから返答が返される。伊勢もまた、主砲に修正値を入力し、微かに砲塔と砲身の向きを変える。
その間にタ級、ネ級の砲撃が三人の元へ届く。海面で弾ける音が轟き、飛沫が飛散する音が鳴る。霧雨の噴霧となって降り注ぐ水柱の海水に、顔面や手足などの素肌を微かに湿らせながら、三人はじっと第三射の発射時機完成を待つ。
ネ級からの砲撃が次第に日向とニュージャージーの艤装に水柱を打ち付けるようになり出した頃、三人の艤装上で主砲発砲用意のブザーが鳴り響いた。
「ってぇーッ!」
伊勢の号令の叫びは、直後の彼女の主砲の発砲音によって殆どかき消される。艤装の前面で、三人の眼前に砲炎が迸り、砲煙が前を覆い、後退する砲身とは真逆の方向へ砲弾が飛び出していく。
三度目の何とやら、と伊勢が呟いていると水平線上に炸裂音が弾けた。それと同時に短い悲鳴が上がり、黒煙が立ち上り始めた。
一〇戦隊旗艦能代が被弾した。
「嘘ォ……!?」
能代にとっては実に運が無く、代わって深海棲艦にとっては実に運が良く事が運んだ。能代の再装填を待っていた第二主砲の天蓋を、彼女のあらゆる艤装装甲を貫けるリ級の砲撃が貫いたのだ。天蓋貫通の瞬間、能代の第二主砲の天蓋で火花が散り、ぐにゃりと天蓋はふやけるようにひしゃげ、見えない何かで無理やり上へ下へと曲げられた様に二本の砲身がそれぞれ上下のあらぬ方向へと向く。
被弾の衝撃で軽度の挫傷を起こした能代が気付いた時には、炎が彼女の眼前を覆っていた。唯一、能代にとって幸運だったのは、咄嗟に砲術科妖精が独断で砲塔内注水を行った事だった。これにより能代は第二主砲の大爆発によって、大きな艤装と能代と言う小柄な頭身そのものを自らの弾薬によって粉々にされる事は防がれた。無論、弾薬庫注水で無力化されなかった分の砲弾、装薬の誘爆で能代が戦闘続行不能な重傷を負ったのは変わりなかったが。
能代の右舷艤装の第二主砲が宙を舞い、炎が艤装上に溢れ出し、小柄な能代の上半身を呑み込む。能代の悲鳴は炎の中に呑み下され、腹部から上が燃える松明となった能代ががくりと膝を海上に着く。
その光景を目の当たりにした臨時五番艦青葉の判断は早かった。
「白露は能代を護衛して海域より離脱を。後方のケストレル隊と合流して下さい。冬月、涼月は戦闘続行、一〇戦隊指揮は青葉が執ります」
「了解した」
「了解です」
「了解……うひゃー、こりゃあカチカチ山だ」
一〇センチ連装高角砲による効力射を継続する冬月、涼月に続航する隊列から外れた白露が、艤装の臀部辺りにぶら下げていた小型消火器を手に、能代に駆け寄っていく。噴霧時間は五秒くらいしか効果がない携帯型の艦娘用消火器だが、何もしないよりはマシだろう。最悪能代は艤装を投棄して、白露に曳航されて離脱するしかない。艤装が無くても、靴となる主機の側の予備動力で一応一定時間は艤装無しでも航行は可能な様に艦娘の艤装周りは設計されている。
「能代、あの様子では拙いな……」
「六戦隊の改二重巡より優れた艤装の阿賀野型軽巡艦娘ですよ? そう簡単にくたばりはしませんって」
「そう言う問題では無いと思いますが……」
単縦陣を再編した一〇戦隊が砲撃を再開する。五人から三人に数が減り、投射火力も減じたが、高初速の長一〇センチ連装高角砲に、二〇・三センチ二号砲の火力はリ級以下の深海棲艦に対して十分有効打になり得る。数的劣勢は練度にて補うだけだった。
急斉射を再開する冬月と涼月の射撃が、程なくへ級とロ級を捉える。二隻の艤装上で着弾の閃光と爆炎が相次ぎ、間断なく降り注ぐ長一〇センチ砲弾によって、主砲が捥ぎ取られ、胴体が抉られ、魚雷発射管が跳ね飛ばされる。発生した火災の黒煙が徐々にへ級とロ級を包み込み、その黒煙の下で艦首波が小さくなっていく。
それでも最後っ屁の様な一撃がへ級の主砲から放たれ、冬月の直ぐ右に着弾し至近弾となる。損害、怪我の発生こそ免れたとは言え、冬月の艤装を砲弾の破片が叩き、金属同士がぶつかる音を立てた。
軽巡へ級と駆逐艦ロ級をそれぞれ一隻ずつ無力化した冬月と涼月の前では、青葉がより重い発射音を轟かせて、二〇・三センチ二号砲から零式通常弾をリ級flagship級へと送り込む。二二号水上電探改四後期調整型による正確なレーダー測距と、上空で旋回する青葉三号機による触接と弾着観測支援を受けて、青葉から放たれる砲撃が斉射の度にリ級との距離を縮めていく。
リ級も二隻の数的優位を生かし、青葉に二対一の不利を強いて行く。片割れが敢えて精度をやや欠いた射撃で青葉の前面に間断なく水柱を突き立て、視界を遮る中、もう片方のリ級が深海レーダーによる測距で得た諸元を基に、着実に修正射を送り込んでいく。
「青葉にも、魚雷発射管があればなぁ……」
後続の秋月型の二人の背中に背負われる形でマウントされている魚雷発射管を思い浮かべて青葉は呟く。そもそもだが、日本重巡艦娘の艤装に魚雷発射管を備えているのは古鷹型くらいで、殆どの日本重巡艦娘の得物は主砲くらいしかない。一応、青葉の左足にマウントされている航空艤装のアタッチメントに魚雷発射管を備える事は可能だが、生憎青葉の為の魚雷発射管の調達はされておらず、何時まで経っても装備されない「後日装備」枠となっていた。
せめて魚雷があれば、片方のリ級へ牽制を行いつつ、もう片方の対処に注力出来るのだけれど、と歯痒さを噛み締めながら、右肩に担ぐ主砲艤装から斉射を放つ。戦艦級の主砲よりは小さいとはいえ、それでも充分に強い方の衝撃が青葉の全身に行き渡り、発砲時の硝煙の匂いが鼻腔を突いた。
リ級二隻の砲撃も継続して青葉の周囲に着弾していたが、片方が水柱を作り、もう片方が本命を担う割には中々青葉への着弾が無い。一周回ってリ級の片割れの作り出す水柱が青葉の代わりのエコーとなっているか、林立する水柱でリ級のレーダー測距を補助する光学照準をも阻害している可能性はあった。
数的優位は必ずしも有利に働く訳では無いなと青葉が胸中で呟いていると、リ級の片割れ、正確に言えば水柱を突き立てて海水の壁を作っていたリ級flagship級に着弾の閃光と爆炎が飛び上がった。ぐらりとリ級flagship級の身体が姿勢を崩し、たたらを踏むが致命傷には至っている様子は無い。だが手応えは感じた。
伊勢と日向、ニュージャージーと違い、再装填にかかる時間が半分程度で済む青葉が、被弾したリ級へ再度砲撃を放つまでにかかったインターバルは短い。
「主砲、撃ちぃ方始め! 発砲! ってぇーッ!」
閃光、衝撃、熱、三種の現象が一度に発生し、青葉の五感を痺れさせる。閃光は眼球を一瞬晦まし、衝撃は全身に濡れ雑巾で殴りつけた様な感覚を与え、主砲前面を中心に発砲の砲炎の熱が一瞬青葉の顔面を始めとする上半身を熱する。
撃ち放たれた四発の砲弾は、大気との摩擦で真っ赤に光りながら宙空を飛び抜け、被弾していたリ級に更に追撃をかけた。命中弾は三発に及んだ。
非凡なる堪航性を持つリ級も青葉からの砲撃が立て続けに着弾すると、膝を折り、炎と黒煙の中で苦悶し、もがく様な挙動を取る。着弾した四発の砲弾に身体を穿たれ、体内で炸裂して内部を滅茶苦茶に引っ掻き回す砲弾の破片が引き起こす激痛に耐えかねる様なその様は、敵と分かっていても苦しそうに感じる。青葉は博愛主義と言う程では無いが、冷徹冷酷の感情とは無縁の存在であった。同時に平和主義者でも無いし、長年砲火を交えて来た間である深海棲艦への同情の感を持ち合わせる程の慈愛も仁愛も持たない。ただ、ただ敵であるリ級に対して、己の職務を正直に実行する模範的さを持ち合わせていただけだった。最もこの概念自体は何も青葉に限った話では無く、概ねの艦娘に共通した思想であったが。
故に青葉が傷つき斃れかけるリ級に対して、慈悲を掛けて引き金から指を離すと言う事は全く無い。もう一撃か、二撃で仕留められる、と言う感情以外のものを持たず、再装填完了のブザーを聞くや、撃発ボタンを機械的に押し込んだ。
再度砲口から叩き出され、弾道に乗って着弾地点と結びつけられていたリ級の艤装上で刹那、眩い閃光が走り、海上の空気を震わせる衝撃波と轟音を上げた。紅蓮の炎が立ち上がり、黒煙がどうっと吹きあがる。先に能代がやられた弾薬庫誘爆の手をそっくり返したようだった。
「撃ち方止め。主砲、続けて第二目標へ測的始め」
発砲時の砲煙が微かに砲口から棚引く中、青葉は第二目標、即ち積極的に青葉を狙っていたリ級へと狙いを付ける。一隻撃破したとは言え、残る一隻から能代の時の様なラッキーショットが飛んで来ないと言う保証はない。一応リ級の砲撃に青葉の主砲天蓋は耐えられる筈だが、距離と入射角次第では貫通される可能性が無い訳では無い。六戦隊の改二は総じて改二重巡勢の中でも低スペックになるので、どうしても堪航性に劣る面がある。
片割れを撃破されたリ級から、射撃が降り注ぐ。絶妙な左右の足の主機の出力加減で軸線をずらし、寸での所での回避を繰り返す青葉に、絶えず至近弾の飛沫が飛び掛かり、破片が艤装を叩き、波飛沫が全身に飛び掛かる。見張り員妖精が着弾位置と距離を何度も報告するが、青葉はその殆どを無視していた。
「測的良し、照尺良し。射撃用意良し」
「撃ちぃ方始め!」
リ級二番艦への斉射が放たれる。無数の至近弾でじわじわと削られている体力の中で味わう自身の主砲艤装の発砲の衝撃は、決して楽ではない。だが疲れたからと膝を着く気は微塵も起きない。
片割れを失い、投射火力が半減したリ級の砲撃は、急にその頻度を落としていたが、それでも青葉に絶えずレーダー照準した砲撃を送り込み続ける。水平線上に砲炎が瞬いた時、動物的本能が青葉に向かって叫んだ。避けろ、と。
「転舵、取り舵! 回頭!」
咄嗟に発令する青葉の靴底の裏で舵が曲がり、青葉の進路が左へと曲げられていく。十数秒後、直進していたら青葉が居たであろう海面にリ級の砲撃が纏まって着弾し、一際大きな水柱が海面そのものを吹き飛ばす様な勢いでそそり立たせた。
「面舵、砲撃続行」
奇しくも之の字運動を行う形となりながら、青葉は砲撃を継続する。回避運動を行った分の修正値を入力した主砲が射角、仰角を修正し、四発の零式通常弾を放つ。上半身を微かにのけ逸らす反動を受け流し、両足に力を込めて踏ん張る中、リ級の次弾が早くも飛来する。射撃間隔から言って交互撃ち方に移行している様だった。
交互撃ち方に切り替え、休みなく撃ち続けるリ級の焦りを感じ取りながら、青葉は冷静に自身の着弾位置を見守る。彼女の砲撃の成果は着弾音と共に訪れた静けさとなって現れた。リ級は尚黒煙を上げながら健在だったし主砲も問題無く見えたが、射撃を掌る重要部位に損傷が及んだのか、あれ程の射撃が嘘のように止まっていた。
ここで手を抜く程、青葉も甘くは無い。事実上無力化された二隻のリ級に対して、仕上げの一撃を見舞うべく、右肩の主砲艤装を担ぎ直した。
見るも無残、と言うべき能代の姿に、ケストレル達は息を呑む。端正な顔一杯に火傷の水膨れの跡が遺り、可憐な容姿は見る影もない。上着を中心に衣服も殆どが焼け爛れ、更に第二主砲の近くにある艤装のコントロールスティックを握る右腕は繋がっているのが不思議な程の右腕だった何かに成り果てている。
一先ず後退したケストレル達の展開場所で、医療キットを取り出した白露の手で最低限の応急処置がとられる。蒸留水をかけて患部を冷やし、火傷の軟膏を塗り、ガーゼと包帯を巻く。同じような傷を負った姉妹達の手当てを何度となく経験した白露の手際は良い。あっという間に能代の火傷の傷口の上に包帯が巻かれてさながらミイラの様な見た目になる。
「……咄嗟に口を塞いで、気道への延焼を防げたのは幸いだったわね……」
包帯でぐるぐる巻きにされているので表情は伺えないが、命が助かっただけでも勝ちだとでも言う様な素振りで能代は言う。
「能代さんの三つ編み、全部燃えちゃいましたね……」
「……いっそショートカットの能代ってどうかしら?」
気落ちした様に能代の後頭部から消えてしまった三つ編みを惜しむ白露に、重傷を負っている割には元気な声で能代は答えた。意外なポジティブさに白露は苦笑いを返す事しか出来なかった。髪は女の命と誰かが言ってなかっただろうか?
ポジティブな意見を述べるだけの元気はあっても、能代が全く戦闘に寄与出来ない状態なのは変わりない。ケストレルはヘッドセットからストーンヘッドを呼び出す。
「第三任務群空母ケストレルよりストーンヘッド。能代、大破、重傷の為、至急LZに救難ヘリを送られたし」
≪こちらストーンヘッド、了解した。ケストレル、能代の意識はあるか? 可能であれば怪我の程度を送られたし≫
「はっきりと。会話が出来るくらいには。ただ第二主砲が誘爆したらしく、右舷艤装は全壊、右腕はほぼ焼損、能代さんの上半身にも酷い火傷が。生きているのが不思議なくらいです」
人体の三割から五割に渡る範囲に火傷を負うと致命傷、とこの世界に転生して以来受けた座学で学んだのを思い起こしながら、ケストレルは答える。ストーンヘッドもユーモアのセンスが無いとは言え、人の心まで無い訳では無かった。
≪了解した。直ちに近傍のLZに救難ヘリを送る。可能であればLZまで随伴艦を付けて能代を避退されたし。以上≫
「可能も何も、随伴無しで行かせられる訳がないでしょう」
無線が切れたのを確認してから、ケストレルは愚痴った。
「この辺りで最も近いLZですと、北へ六キロ行ったところのLZが最も近いですね」
戦術タブレット端末で回収地点を検索していたグムラクがケストレルに言う。
「見せて頂戴」
「はい」
グムラクが見せて来た戦術タブレット端末の画面には、LZの脅威度が表示されていた。彼女が最も近いと語ったLZは安全圏に設定されたLZである。確かに救難ヘリ撃墜による二次被害を考慮するなら、そこが無難だが、今は元気でもあれ程の傷の能代が急に体力を失う可能性が無い訳では無い。オレンジの危険度の高い表示で示されるLZならグムラクが提案したLZまでの半分の距離で辿り着ける。
「LZはG1に設定しましょう」
「G2より危険度が高いLZですよ?」
「能代さんの体力が持つか分かりません。私達がG1の制海権と制空権の保持に務め、救難ヘリの防衛に当たれば問題ないでしょう」
「了解、指定LZをG1に設定します」
タッチペンでグムラクはタブレット端末の「G1」の表記があるポイントをトンと叩く。
ケストレルは能代と白露、フィンチ、ウミェールイに振り返り、フィンチに向き直って能代の随伴を命じた。
「能代さんの随伴護衛をお願いします」
「ん? あたし一人でもやれるけど?」
二人は過剰戦力では? と白露が首を傾げつつ異を唱えるが、ケストレルは持論を曲げなかった。
「G1まで能代さんを護衛し、ヘリへ引き渡した後、白露さんとフィンチは艦隊に復帰、作戦継続を」
「了解」
「ほーい」
はきはきと答えるフィンチと場数慣れしている故に余裕を見せた態度で答える白露の返答を聞いたケストレルは、能代に視線を転じる。
思った通りと言うべきか、早くも火傷による体力的な限界が出て来ているのか肩で息をする能代に、ウミェールイが強壮剤を打っていた。一時的だが体力が回復する薬物に能代の辛そうな息遣いが少し治まった。
白露とフィンチに支えられる様に能代がLZ「G1」へと避退していくのを見送りながら、ケストレルはあの能代の姿は今日明日の自分の姿かも知れないと言う不安を微かに感じていた。全回復しているからこそ気が付かないとは言え、今この海域に居合わせるストレンジリアル組以外の艦娘も一度は能代と同じくらいの重傷を負っている過去がある。怪我の程度にも個人差はあるが戦傷章を授与されるに値する傷を、その身体に刻まれた過去を持つ者ばかりだ。
そう思った時、ふとケストレルの端麗な容姿の右頬に刻まれている傷跡が微かに疼いた。
突然出たくしゃみにニュージャージーは「Hum……?」と鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。誰かに噂話でもされたかのような感覚だが、果たして誰なのか。我らがアイオワ級姉妹の長女アイオワか? と疑いつつも考えても詮の無い話だと軽く頭を振る。ただ、微かに彼女が過去に負った古傷が疼いた様な気がした。
「パープルハートを貰う程でもない」と彼女自身が断言出来る程度の傷の疼きの不快感を発散する様にニュージャージーは主砲を放った。戦艦の主砲の砲撃の衝撃が、不快な疼きまでもを吹き飛ばし、戦艦艦娘でしか味わえない砲撃の快感をとくと味わう。人を選ぶ戦艦級艤装の砲撃の衝撃だが、ニュージャージーはこれが好きだった。別に身体に走る衝撃などの痛みが好きと言うマゾヒズムからでは無い。戦艦と言う圧倒的強さを誇る火力を扱える艦種の艦娘としての勇悦と愉悦が、彼女に発砲時にかかる身体的苦労を快感へと変えてくれるのだ。そう言う意味で、ニュージャージーもまた根っからの大艦巨砲主義の信奉者の一人であった。
殷々と轟く砲声が周囲に響き、その喧騒が静まり返りかけた時、砲術科妖精が「Impact!」とストップウォッチを片手に叫ぶ。
反航戦を行っている分、彼我の距離は速度に乗じてみるみる縮まって来るだけに、砲戦開始時よりもかなり相対距離は縮まっていた。砲戦距離の縮小は即ち着弾迄のラグと、被弾のリスクの上昇に反映される。
空気を震わせる衝撃音と炸裂音が海上に走る。砲撃開始から数えて第七斉射目でニュージャージーの一六インチ砲はネ級elite級を捉えた。
「Fire at will」
赤い髪に左手を通して払いながら、低い声でニュージャージーは言った。低い声とは言っても、その声には微かに大砲屋艦娘の昂ぶりが見て取れていた。
ニュージャージーに遅れて第八斉射で伊勢が、それに遅れて第九斉射で日向も直撃乃至挟叉を遂に得る。その間に三人が被った被弾は無い。但し至近弾の破片で手足を軽く切り裂かれ、裂けた衣服の下で鮮血が滲む程度の負傷は発生していた。
鮮血が滴る右腕を一瞥したニュージャージーは、ふっと不敵な笑みを浮かべて、言い放った。
「So What !(それがどうした!)」
その一言はニュージャージーに言わせれば「この世で最強の台詞」であった。
飛来する砲撃の合間に再装填完了と発砲用意良しのブザーが鳴り響く。
「Fire!」
短いが、明瞭で、かつその一言で完結した言葉を発したニュージャージーの語尾に続く形で、九門の一六インチ砲が咆哮した。
一拍遅れて伊勢と日向の概ね同じ声音の「ってぇーッ!」が海上を駆け、四一センチ砲の発砲音が轟いた。
鳴動する空気、衝撃波によって均される海面、瞬間的に灼熱と化す空間。その三者が出現して十数秒後、戦艦タ級、重巡ネ級の二隻にほぼ同じ口径の砲弾が着弾する。
タ級の艤装と身体に伊勢の徹甲弾が突き刺さり、装甲を貫通し、奥まった内部で起爆する。日向の徹甲弾がネ級を真正面から殴り飛ばし、引き千切られた艤装やネ級の四肢が宙を舞う。もう片方のネ級が空を見上げた瞬間、先だって能代を襲ったのと同じ現象が起きた。ニュージャージーのSHSがネ級の砲塔を射抜き、ネ級が対処するよりも速くその弾薬庫内の砲弾と装薬が一斉にネ級に対して反旗を翻した。
深手を負ったタ級とネ級が黒煙を引き摺りながら速度を落とす中、その後ろでネ級elite級一隻が轟沈する。自らの主砲搭一基の唐突な反逆によって身体を炎に包まれ、飛散した砲塔の破片で四肢を抉られ、艤装を切断される。目くるめく閃光と炎の中にネ級が消え去った後、洋上にはネ級の艤装の残骸と引き千切れたラダーヒールの片方だけが漂っていた。
「Splash one」
鼻を鳴らして言ったニュージャージーは、次なる獲物を求めて、ツ級elite級に視線を転じた。戦艦や重巡と比べれば叩き合いの無いが、これも仕事だ。
感想評価ご自由にどうぞ。