艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
総計一二人の艦娘達は三群に分かれ、二群が交戦し、そこから一人が脱落し、二人が一時的に戦列を離れ、数的には対峙する深海棲艦より劣勢な状況だったが、その数の不利を埋める攻撃が実行されていた。
時をやや前後して、高空から低空へと舞い降りながら、陸上攻撃機銀河の一個中隊が空母棲姫らの輪形陣へと吶喊した。
「アンダーテイカー中隊、戦域突入。アンダーテイカー1-1から全機、総攻撃」
銀河の両翼の二基の誉エンジンが加速の叫びを上げ、眼前の敵艦隊に対して、懸架する九一式航空魚雷を見舞うべく、海面すれすれを這うように飛行を開始した。一個中隊一八機の銀河の内、四機編隊四つを構成した一六機が突入し、二機は誘導と爆撃効果確認のために上空で待機に入る。
その上空で、一式戦隼Ⅱ型が深海棲艦戦ら直掩部隊との空戦に移行した。征く手を阻む様に展開を開始する深海棲艦の直掩機部隊に対し、軽快な一式戦隼Ⅱ型が次々に抜刀するが如く増槽を投棄し、機体重量を軽くするとフルスロットルの轟音を上げて直掩機の群れに挑んでいく。
空母棲姫と空母ヲ級flagship級二隻から戦闘機が、更に空母棲姫Ⅲから深海噴式燕戦爆がスクランブル発艦して来るが、その数は敵乍ら嘆きたくなる程に少ない。三六機の一式戦隼Ⅱ型に対し、直掩機はその全てをかき集めてもその半数にも満たないし、深海噴式燕戦爆に至ってはたったの四機しかいない。
スクランブルした直掩機の大多数は、文字通り数で勝る一式戦隼Ⅱ型を前に、雪崩に呑み込まれる塵芥に過ぎなかった。唯一、奮戦したのが四機しかいない深海噴式燕戦爆だった。爆装していない分、機体重量が軽い深海噴式燕戦爆が大口径の機関砲の発射音を響かせ、虚空を引っ掻くと隼の群れは駒の様に回るローリングで目視出来る程に弾速の遅い大口径機関砲弾を躱し、数機単位で散開する。決して単独戦闘してはならない事を叩き込まれた航空妖精が駆る隼の群れに、深海噴式燕戦爆も深追いはしない。大口径機関砲で隼の陣を払いのけると、その向こう、艦隊を攻撃しにかかる陸攻の群れへと吶喊する。
一式戦隼Ⅱ型はその背を追う事は出来ない。隔絶したエンジン出力差がある以上、ヘッドオンからのワンチャンスの一撃以外、一式戦に深海噴式燕戦爆との対戦の場は有り得ない。
深海噴式燕戦爆が微かに減速し、低空を這うように飛ぶ陸攻群に対する射撃位置に付こうとした時、その四機のあらゆる方向から小さな針のような物体が襲い掛かった。
「Fox 2!」の発射コールと共に放たれた短距離空対空ミサイルが、深海噴式燕戦爆の機体前面の熱や、ジェットエンジンの排気炎の熱とあらゆるシーカーが正確に誘導されるに足る熱源へ弾体を導いていた。背後からエンジンノズルの熱を感知して迫っていた空対空ミサイルは鍵穴に鍵を差し込む様にスッとノズルに入り込み、または機体前面の空気抵抗の熱を探知したミサイルはその前面で近接信管を作動させて無数の鉄片を鼻先に叩き込んだ。
四機の深海噴式燕戦爆が、火球となって果てるのは一瞬の出来事だった。
「ビンゴ!」
ケストレルから深海噴式燕戦爆へのカウンターとして上げられたオメガ隊の隊長機、オメガ1はF-18Cのコックピット内でガッツポーズを取った。オメガ隊のF-18C四機は、パイロンに短距離空対空ミサイルを八発搭載して出撃していた。中距離空対空ミサイルは、同士討ちの可能性から載せていなかった。故にナイフでやり合う距離であるドッグファイトを彼らは挑んでいたのだ。
≪オメガ3より1、他に敵は?≫
「ネガティブ、今ので終わりみたいだ。おこぼれ拾いと言う訳でもないが、今回のビジネスは楽だな」
最も、とオメガ1はMFD(多機能ディスプレイ)のマップに表示されるKW環礁にある飛行場姫の位置を確認する。ファイタースイープと言う訳では無いが、飛行場姫上空の制空権も奪い取ってやった方がいいかも知れない。
「オメガ隊、方位0-0-0に変針し、KW環礁の飛行場姫の頭を抑えるぞ」
僚機からのコピーの返答が返り、オメガ隊は進路を変えた。
手を伸ばせば、海面に触れる事が出来そうな高度だった。僅かでも操縦桿の操作を誤れば、機体は海面に激突し、バラバラになる。そんな恐怖も感じる低高度を一六機の銀河が飛び抜けて行く。
目指す空母棲姫と空母ヲ級の周囲を、なけなしの随伴護衛艦が固め、対空砲火を水平撃ちする。特に艦隊防空の要であるツ級elite級からは、対空弾が次々に飛来し、銀河の群れの頭上を押さえつけていた。
一六機の銀河の左右、上で対空弾が炸裂し、破片が機体を殴り付ける。鈍い衝突音が何度も響き、機体が振動する。爆撃効果を確認する二機の銀河が高高度から見守る中、一機の銀河が遂に対空砲火に絡めとられる。二基のエンジンがカウリングから炎を滾らせ、回転が鈍ったプロペラが緩慢な回転をし始める中、銀河の機体が海面へ突っ込む。大きな水柱が立ち上がり、バラバラに砕けた機体の残骸が海面に投げ出される。
更に一機が対空砲火を受ける。コックピット真上で炸裂した対空弾がキャノピーを貫き、操縦桿を握る航空妖精を無数の鉄片で粉砕し、ほぼ機体が無傷のまま機体が海面に激突して果てる。
更に一機、また一機と銀河が落ちる。銀河の機動性は陸攻の中でも高い方ではあるが、魚雷投下前となればその進路、機体挙動はどうしても制限が付いてしまう。深海棲艦の対空砲火に最も脆い状態が続く事になる形だ。この時銀河の航空妖精に出来る事と言えば、自機の幸運を祈り、僚機の不運を祈るしかない。
四機の銀河が撃墜され、四分の一の戦力を失いながらも、爆弾槽のハッチが開かれ、「ってぇッ!」の叫びと共に魚雷が投下される。重量物投下による機体の上昇を抑え込みながら、対空砲火を突っ切り、反対舷へとフルスロットルで飛び抜ける。
一二機の銀河が投下した魚雷の成果は、上空で爆撃効果を確認する二機の銀河が正確に捉えていた。四式重爆飛龍の爆撃で大破する随伴艦の火災煙が視界を悪化させる中、空母棲姫とヲ級の側面に一本、二本と水柱がそそり立つのが見えた。火焔と黒煙が白い水柱と共に立ち上がり、被弾箇所から油膜が流れ出始める。
「目標へのBDAは中。敵空母三隻の損傷を認むも、撃沈には至らず」
「とは言え、あれは虫の息だろ」
空母棲姫は兎も角、ヲ級に二発命中は致命傷に等しい筈だと銀河の乗員は言う。
「とどめは一式陸攻隊がやってくれるさ」
「だな。しかし、四機も落とされたか……」
四式重爆飛龍の投下した徹甲爆弾は、只の徹甲爆弾では無かった。投下された爆弾は尾部から推進器の噴射炎をたなびかせ、母機からの無線誘導で、軌道を修正しながら深海棲艦機動部隊の随伴艦へと迫った。深海棲艦の誘導爆弾と違い、四式重爆飛龍の投下したのはイ号一型甲誘導弾だった。誘導爆弾と違い、自らも推進力を得て突っ込んでいくので狙われた対象艦には回避の余裕がない。深海棲艦の陸攻の誘導爆弾と同様、母機からの誘導が必要である為、母機がやられてしまえば無力となってしまうので制空権の確立は必須のやや注文の多い装備だったが無誘導の雷撃や爆撃よりも正確さは格段に違った。
一六機の四式重爆飛龍の投下したイ号一型甲誘導弾の内、四発が動作不良で無意味に海面に突っ込み、二発が惜しくも誘導ミスで外れたが、残る一〇発はそれぞれ狙いを定めた随伴艦に命中した。魚雷命中とは異なる爆破閃光が海上に走り、誘爆と火災の黒煙が幾つも海上に立ち昇った。銀河隊と同じく二機の四式重爆飛龍が、僚機の爆撃効果を判定する中、後詰の一式陸攻が突入を開始した。
七二機に及ぶ一式陸攻の群れが、なお健在な空母棲姫Ⅲを囲う一群と、浮かんでいる空母棲姫と残存艦で構成される空母機動部隊の二手に分かれて突入する。
艦載機による防御ラインを失った空母の脆弱さが現出した。随伴のツ級が六機の一式陸攻を撃ち落としたものの、殺到する一式陸攻は次々に魚雷を投下し、海面を雷跡で埋め尽くし、深海棲艦はその白い航跡から逃れようとした。最も既に魚雷を食らっていた空母棲姫とヲ級には僅かにその余命を伸ばしたに過ぎなかった。
ツ級一隻とロ級三隻にそれぞれ一発が命中し、当たり所の悪かったロ級が二隻轟沈の炎上げる中、空母棲姫Ⅲ二隻にもそれぞれ二発ずつが命中した。既存の空母棲姫より重量感ある飛行甲板が揺らぎ、艤装の上に鎮座する姫級が身を仰け反らせる。被弾した喫水線下から黒煙が漏れ出始め、二隻の速力が弱まっていく。
尚浮かんではいたが、速力の鈍った空母棲姫Ⅲが這う様に海面を低速で動く中、更に迫る機影があった。ケストレルから発艦した景雲改一二機の編隊だった。被弾して動きの鈍る空母棲姫に対し、景雲改は抵抗らしい抵抗を受けずに爆弾をその飛行甲板に落として行った。
KW環礁に展開するほぼ全ての深海棲艦が戦闘不能に陥る中、一矢報いた艦が居た。伊勢達を迎え撃ったツ級elite級だった。
先んじて交戦に入る僚艦を他所に、相手にされなかったことを生かして発砲せずに近接を試みたツ級は、目標を見定めて更に近接した。艦娘の方は僚艦との交戦に気を取られているし、何より艤装の火器が左舷に集中して設けられている分、咄嗟の応射がしづらい。無論上半身を捻れば即応出来るとは言え、意識外からの砲撃は不意打ちに最適だ。
味方艦に砲撃が向けられている合間に、ツ級は射撃を開始した。相手が戦艦であろうと、近距離から叩き込めば何かしら被害は与えられる。
連続したジャブを食らう様な衝撃が日向を襲った。
「し、しまった……!」
日向の低音の声が呻き声を上げるが、その声すら着弾音にかき消される。間断なく浴びせられる両用砲弾が日向の装甲規定耐久をごっそりと削り落とし、ネ級からの砲撃を弾くので既に耐久を削られていた日向のシールドを急激に弱まらせていく。
ネ級は沈黙しかけているから、ツ級へ射撃目標を変更しようとした日向が振り向いたその瞬間、ツ級の砲撃が日向の後頭部辺りにある対空電探を爆砕して吹き飛ばしたのを皮切りに、両用砲弾が次々に彼女のシールドを破って着弾し始めた。
がっしりとした日向の身体が被弾の度に踊る様に揺れ、被弾痕から鮮血が飛ぶ。交互撃ち方で休みなく撃ちこんで来るツ級の砲撃は正に機関銃の掃射に等しい。伊勢が気付く前に複数発の砲弾に身体を穿たれ、ダイレクトに身体へダメージを叩き込まれた日向で喘ぐ声が漏らされる中、ツ級の両用砲とは別の両用砲の斉射音が弾けた。
ニュージャージーのMk.28 五インチ連装両用砲の斉射だった。援護射撃と言うよりは不意打ちに等しい一斉射撃を浴びたツ級は、日向の比では無い踊りをした後、艤装の誘爆の炎にその全身を焼かれた。
KW環礁ことクウェゼリン環礁にあるロイ=ナムル島には飛行場姫が展開し、かつて同島にあった飛行場に深海棲艦としての飛行場を広げていたが、KW環礁の航空戦力の主力は空母機動部隊と言う艦隊に依存し、島の飛行場姫は専ら予備戦力的扱いだった。
しかし誘導爆弾装備の陸攻の活動拠点として再整備が進んだ以上、統合軍には無視出来ない存在へと昇華していた。お世辞にも大きな島とは言えないロイ=ナムル島の上空をケストレルから発艦した橘花改と景雲改、それにF-18Eの編隊が多い、対地兵装を投下して飛行場姫の滑走路を徹底的に破壊していく。僅かばかりの対空火器的存在の砲台小鬼には、レイピア隊のF-18Eが空対地ミサイルを撃ち込み、無力化していく。
活動は低調、いや不活発気味な深海棲艦の陸上拠点であろうと、後々に奪還の為に上陸を敢行する海兵隊の為にも露払いとして空爆は必須だった。
集合体恐怖症の人間が空から見れば、鳥肌が総立ちしてしまいそうなクレーターだらけになった飛行場姫が炎上し、擱座した砲台小鬼が黒煙を上げて機能停止する中、対地攻撃隊は悠々と空を支配した物を知らしめるかの様に島上空を旋回してBDAを確認すると、母艦艦娘の元へ帰って行った。
ロイ=ナムル島に黒煙が幾つも立ち昇る中、そこから離れた空では大編隊に幾つも空白を作った銀河、一式陸攻、四式重爆飛龍の各編隊が再集合して、「いなば」への帰還の途についていた。被撃墜による編隊に生じた空白の他に、機体表面に穿たれた損傷の痕も酷い陸攻の群れを一式戦隼Ⅱ型が寄り添う様に囲った。
「敵艦隊脅威レベル、完全に消滅。我が軍はKW環礁の制海権を奪還した」
また一つ、海域を取り返したと言う割には高揚も特にない事務的な言い回しでストーンヘッドは一一名の艦娘に、事実上の勝利宣告を下した。第三任務群と第四艦隊の艦娘達は勝鬨の歓声を上げるよりも、安堵の溜息を吐きつつ、残敵掃蕩と負傷者の対応に移行した。
尚浮かぶ空母棲姫Ⅲに青葉、冬月、涼月、更に戻って来た白露の四人が向かい、撃沈か、拿捕かの判断を決め、伊勢とニュージャージーは負傷している日向の手当てに周る。ケストレル達は帰還して来る攻撃隊の収容作業に追われた。
ラバウル基地の格納庫で見たとは言え、改めて見る空母棲姫Ⅲの姿に青葉は違和感を拭い切れなかった。深海棲艦では無く、人間の手で製造されたらしい深海棲艦。だが一体誰が、何の目的で?
「拿捕は難しそうです。浸水がかなり進んでいて、放っておけば勝手に沈む可能性大です」
検分を行う涼月の報告に我に返った青葉は、もう片方の空母棲姫Ⅲを調べる冬月に様子を伺った。
「片割れはどんな感じですか?」
「あー、これは持って帰られんな。涼の見た個体と同じだ。魚雷の直撃による浸水量が多すぎる。曳航するには専用のタグボートが必要だと思うぞ」
タグボートね、と青葉は吐息を漏らした。青葉の機関出力でも、あのサイズの姫級を曳くのは無理がある。冬月と涼月、白露の三人がかりでも恐らく無理だろう。タグボート艦娘と言うよりは、本物の外洋型タグボートが無いと深手を負った空母棲姫Ⅲを持って帰るのは不可能に等しい。
かと言ってこのまま放置して自然に沈むのを待っている間に、深海棲艦の救援艦隊が戦域外から来て回収されてしまっては大事だ。
「爆破処分しましょう」
「過去に拿捕した事がある深海棲艦とは言え、持って帰られないのは何か勿体ない気もするけどねえ」
「青葉達は深海棲艦をコレクションしている訳では無いのですよ」
「そんな狩猟じゃないんだから」
苦笑いを浮かべる白露だったが、実際問題として何処かの国に帰属している訳でもない深海棲艦の討伐と、害獣駆除との線引きが難しい所ではある、と思っても居た。その正体において謎の多い海洋武装勢力との非対称戦争、とでも言うべき今の深海棲艦との戦争だが、深海棲艦と言う存在を何処迄組織的に見るか、或いは動物的な群れと見なすか。議論の尽きない話であった。
考えても結論の出ない事を思案するのを止め、フーッと溜息を吐く白露の隣で、青葉も肩に担いでいた主砲艤装を降ろし、せめて爆破処分する前にとスマートフォンで空母棲姫Ⅲの姿をカメラに収めた。艤装のボディカム等でも撮影はされているが、念の為に記録媒体のバリエーションを増やして置く。
「青葉、あたしも一枚撮ってよ」
「ピクニックの記念撮影じゃないんですから。それに艦娘を撮るならとっておきの自前のカメラでって決めているんです」
「ふーん……ちゃんと拘りがあるんだ」
「逆に無いとでも?」
そう思われていたのなら心外だと少しばかり傷ついた顔でぶすりと答える青葉に、白露は笑って否定した。
空母棲姫Ⅲの爆破処分の準備が終わる頃、ケストレル達も海域への合流を果たしていた。
「能代は?」
「救難ヘリに引き渡したからもう大丈夫。今頃は『いなば』の医務室だと思うよ」
重傷を負って後送された能代を案じる冬月の問いに、フィンチが答える。そうかと頷きつつ、もう一人の負傷者の日向に話題を切り替える。
「日向は?」
「伊勢さんが呼んだヘリに回収されるのを待っているとの事です。容体は不明ですが、まあ巡洋艦の弾位で戦艦艦娘がくたばりはしないでしょう」
フィンチに変わって答えるグムラクの言葉に、どうだろうね、と白露は異を唱える。
「ツ級の砲撃は基本戦艦艦娘のシールドを貫けないけど、怪我を負わされたと言う事は、シールドが無い状態で食らった事になるからね。生身に食らう直撃は、傷によっては治りが悪いし」
「とは言え、サーモン北方海域での『ソロモンの自由』作戦も成功していれば、こちらは大きく勢力圏を拡大し、深海棲艦は大幅な戦線の後退と縮小に至る訳ですから、能代さんと日向さんが戦線離脱しても、当面は安泰なのでは?」
そう進言するウミェールイに、一同は確かにと頷く。サーモン北方海域での戦況は不明だが、悪い知らせが共有されて来ない辺り、艦娘側優勢に進んでいると見て間違いないだろう。
「よし、じゃあ、あの空母棲姫Ⅲは爆破するぞ。皆、あの空母棲姫Ⅲに愛着は無いな?」
「帰りに持って帰るお土産が無くなりますね」
棒読みの台詞で青葉が答えた。それをGOサインと捉えた冬月は涼月に目配せして爆破装置のスイッチを押した。
苦し気に息をする日向の声が、舞い降りて来るローター音にかき消される中、伊勢は相棒の身体を支えながらこれで一息つけると安堵していた。
「日向、大丈夫かしらね」
用心棒の様に付き添ってくれるニュージャージーに伊勢は、日向の顔を伺ってから軽く肩をすくめた。
「日向ならこれくらいなら引っ叩けば起きるわよ」
「それは良かった」
当然だが冗談である。日向の傷は唾を突けてれば治ると言える程の怪我では無かった。短く見積もっても全治一か月と言う所だろうか。
「痛いのは勘弁だよ」
被弾による体力の消耗も相まって、普段の低い声が余計に低くなっている日向が薄らと笑いながら伊勢に釘を刺す。そう言い返せるだけ、日向はまだ元気だと伊勢は微笑を浮かべつつも、制服を濡らした日向の鮮血の生暖かさに、この日何度目か分からない生唾を飲み込んだ。
日向がヘリに回収されて間もなく、艦娘母艦「いなば」が水平線上に姿を現した。空母型の艦影の母艦自らのお迎えに一同が帰りの労力が省けると喜んでいると、その「いなば」から段艦長から連絡が入った。出番の無いまま終わりか、と不満をたっぷり含んだ愚痴だった。
KW環礁から数百キロ離れたサーモン北方海域では、尚砲声が轟いていた。
大傾斜して沈黙している空母ヲ級flagship級の上げる黒煙が疑似的な煙幕になったお陰で、彼我の砲撃命中率が低下していたのが長期戦へと繋がる要因となっていたが、それでも彼我の位置が交戦によって変わる事で解消されつつあった。
サーモン北方海域の深海南方任務部隊本隊は、戦艦レ級elite級二隻、戦艦タ級flagship級一隻、駆逐艦ハ級後期型一隻を残してその殆どが壊滅状態にあった。大和型改二の特殊砲撃を浴びた空母ヲ級flagship級、ヲ級改flagship級、駆逐艦ハ級後期型の多くが轟沈し、艦隊は跡形もなく崩壊しかかっていた。
最も海域の攻略を担当する第一艦隊、TF58共に無傷では済んでいない。随伴の最上、矢矧、秋月、初月、宗谷は大破、戦闘航行不能、TF58もサウスダコタ、ワシントン、ホーネットが大破、戦闘不能に追いやられている。大破艦娘は支援艦隊である愛鷹達が救援に当たっているので、戦死する恐れは免れているが深海棲艦への一撃の代償は余りにも大きかった。大和、武蔵、アイオワ、マサチューセッツ、レキシントンだけが小破未満の状態で交戦を継続している。
最も残るレ級、タ級、ハ級も何れも中破以上の損傷を被っており、彼我の戦況推移の優劣で言えば、深海棲艦の敗退は眼に見えていた。それでもレ級、タ級、ハ級何れも白旗を上げて投降する素振りは無く、尚盛んに砲撃を撃ち返して来る。
「戦闘開始から一時間半経過……遅滞戦闘と言うより、もう退くに退けないから最後まで粘り倒している感じかしら」
腕時計を見て最深部までの移動時間を除けば戦闘経過時間にそれだけを費やしている事に、大和は軽い驚きを覚えていた。
深海棲艦に救援が来る気配はない。後方の警戒機の合成開口レーダーには急接近する深海棲艦の知らせは無く、眼前のレ級以下の残存艦はただひたすら、与えられたテリトリーにしがみ付く様に戦い続けていた。
レキシントンから航空機射出音と共に爆装したF4U-7が八機、ハ級へ向けて発艦する。ヲ級とレ級の航空戦力との戦闘で消耗著しいレキシントン航空隊には、戦闘不能になった際に航空艤装への発着艦も不可能になったホーネットの搭載機も臨時で引き取って戦闘を継続させている。
「ってぇーッ!」
武蔵の号令が大和の後ろで上がり、交戦海域の複数個所で黒煙を上げて大破擱座しているヲ級の煙を縫う様に定められた測距の元、タ級へと五一センチを送り込んで行った。
それに遅れて大和、アイオワ、マサチューセッツも砲撃を放つ。五一センチと一六インチ(四〇・六センチ)の二種類の砲弾が迸る砲炎と共に砲身を後にし、砲身の仰角にそって宙空へと昇り、一点を境にレ級、タ級、ハ級の元へと落下していく。
刹那、レ級とタ級が応射の発砲炎を瞬かせた時、三隻の艤装上に着弾の閃光が走った。
「直撃、直撃です!」
弾んだ声を上げる見張り員妖精の声に、大和が目を凝らして凝視すると、直撃を受けた三隻は何れも船足が目に見えて低下していた。航跡は短くなり、纏わりつく様に多量の黒煙が噴出し、煙の端端から見える主砲の砲身は明後日の方向を向いている。
やったの? と大和が疑念を浮かべながら沈黙する三隻に視線を注ぐ中、レ級とタ級が力尽きた様に海面に膝を着いた。本来なら膝を着いたところが地面の様に海上に尚立っている筈の三隻の姿は、膝を着くと共に巨大な海龍にでも飲み込まれる様に海面下に沈んで行った。
三隻の最後の一撃は、大和達の直ぐ傍に着水したものの、三隻自身を葬った一撃に見合う反撃の成果を上げる事は出来なかった。
「対水上戦闘、撃ち方止め」
ようやく終わった、と深い溜息を吐きながら大和は大きな声で戦闘停止を命じた。ハ級はどうしたかと首を巡らせれば、レキシントンのF4U-7の爆撃を諸に食らったのか、四散した艤装の残骸だけが波間に残っているだけだった。
空中統合管制機からも敵艦隊全滅を確認したとの通信が入る。同時に、KW環礁での戦いにも完全勝利した事が、大和達にも知らされた。
サーモン北方海域だけでなく、KW環礁でも勝利を。その知らせに大和は自分自身でも驚く程に驚かなかった。
「勝ったのね……」
「Yes」
絞り出す様に呟いた大和の言葉に、アイオワが短く言葉を添えた。
訪れた終幕に、感動も、驚きも無かった。実に普段の日常の空気、戦場の緊張と変わりないシームレスな感覚が身体に残った。二つの海域での完全勝利を収めた、と言う偉業を達成した割には、感じる感覚はまるで年越しや正月、自分達の誕生日を迎えた時と同じくらい呆気ないものだった。呆気ない勝利とは行かないが、掴んだ偉業に対して感じる感覚が余りにも呆気ない。
本当に勝ったのだろうか、と言う想いすら感じられる勝利の余韻とは程遠い様な気分の中、大和は軽く伸びをしながら武蔵に振り返って言った。
「これで、もう食事に困る最前線は無くなり、ゆっくり寝られる日が少しは来ると良いわね」
「戦争はまだまだ続くが……一息は入れられそうだな。兎も角、熱い茶が飲みたいな」
そう答える妹に大和はフフッと笑みを浮かべた。武蔵もまた、フッと口元に笑みを浮かべた後、屈託のない笑顔を浮かべて大きな声で笑った。
笑う武蔵につられてアイオワとマサチューセッツも笑った。ただ屈託なく笑う武蔵とマサチューセッツと違い、アイオワは笑う中で何処か虚しさも湛えた笑い声だった。当然だ、共に勝利を分かち合いたかった一人の艦娘はこの世に居ないのだ。不完全燃焼の気持ちと、尚拭えない悲しみがアイオワの笑い声に空虚さをもたらしていた。
もしこの場にニュージャージーが居たら、アイオワの笑い声の違和感に気が付いただろうが、姉妹の位置は声が届く範囲に居なかった。
二〇一九年一月八日。統合軍海軍はサーモン北方海域とKW環礁における二大攻勢作戦の全ての行程を完了し、長く激戦区として多くの血を呑んで来たソロモン諸島近海の制海権奪還に成功した。
開戦から約八年と九か月。遂にソロモンの海から深海棲艦が駆逐されたのだった。
二日後の一月一〇日、クウェゼリン環礁に上陸した海兵隊の手で統合政府の旗が掲げられ、従軍記者たちのカメラが高々と変わらぬ海風を受けてたなびく統合旗を写真に収め、ネット記事にてその日の内に南洋の海での勝利宣言が世界に向けて発信された。
艦娘と統合軍将兵による尊い犠牲と血の滲む献身と貢献が掴んだ勝利。
太平洋における人類と深海棲艦の戦況は人類優勢に傾き、統合政府の名に結集した人類の勝利と安定期を誰もがそう考えた。そして来るべき太平洋における一大決戦、ハワイ諸島奪還に向けて備え始めていた。
だが、正にこの時、濁り水はゆっくりと流れ始めていたのだった。
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