艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
公式でそう言う組織関係があったと言う情報はありません。
二月。それまでの日常は過去の物となり、新しい日常が、それも以前よりも良いとは言えない新たな日常が始まっていた。
始まりは一月二五日に迄遡る。KW環礁、サーモン北方海域での艦隊決戦に勝利し、制海権と前線の大幅な前進に成功した第八方面軍と第八艦隊が勝利の余韻に浸っていた頃、事後処理に追われる大淀がそれに真っ先に気が付いた。
艦娘首席幕僚と言う役柄、司令部への出入りの多い彼女が書類を抱えてアッテンボローのオフィスを訪れると、どう言う訳か彼のオフィスでは段ボール箱が幾つも並び、そこにアッテンボローはファイルや私物を入れる作業に追われていた。
「失礼しま……提督、どうなされたのですか?」
真昼間からの夜逃げではあるまいと思いつつ尋ねる大淀に、アッテンボロー少将は首をすくめながら答えた。
「艦隊総軍からの人事異動指令だ。後任の一木提督に引き継ぎ、俺は別部署への異動が命じられた。俺だけじゃない。ミューラー司令官、コクラン司令官、シャルフコッフ司令官に皆異動命令だ」
普段は滅多に上司に対して部下と上司の関係を維持し、砕けた言葉や困惑の言葉をはっきりと口にしない大淀もこの時ばかりは「えー……」と歳相応の女性らしい声を上げた。二方面の海域の制海権制圧に成功した勲功ある司令部要員ごっそり入れ替えなぞ、事前の予告すらなかったのに、と唖然と困惑を露にする大淀に、アッテンボローは落ち着けと軽く片手で制する。
「ギャリソン大佐とか、海軍航空隊基地司令官のマイケル大佐とか、入れ替わらない将校もそこそこ居るから、彼らと連携して後任の司令部要員への引継ぎを頼むよ」
「そう言われましても……司令部要員の人事異動ってまだ先の話ですよね? 何故前倒しになったのです?」
「さあな。性善説に基づいて考えるなら、二海域の奪還に成功し、そして維持出来ている第八方面軍の優秀なる司令部要員を他所の方面軍に配置して、他方面軍の指揮機能の質の向上を図りたい、と言うのがあるかも知れない」
「性悪説的に見ればどうなのです」
「そこだ。問題はそこだ。問題しかない」
そう言ってアッテンボローはファイルを一つ手に取って大淀へ差し出した。後任の一木提督に関する資料だった。
「艦娘の運用に関してはド素人では無い方だが……お世辞にも棚ぼた式で昇進出来た様な人間だ。我が第八方面軍がここ数年の間に失った艦娘はタナガー一人だが、一木提督の元で戦死した艦娘は五人にも上る」
通常、海軍において艦隊司令官でも指揮下の艦娘を五人戦死させた提督は、その指揮能力に問題ありと見なされ、解任、左遷の対象になる。勿論、無条件にそうなると言う訳では無く、不慮の事故やどうしようもない戦術的誤算がある場合はその限りではない。だが一木提督こと一木啓介(いちき・けいすけ)中将は、人事ファイルにも備考欄にはっきりと無理な艦隊運用により五人の艦娘殉職者を発生させた、と言う旨のあからさまな過失が明記されている。
そう言えばこの人、と大淀は人事ファイルに添付されている顔写真を見て思い出す。中将とは言え、その実、キャリアは良くて三等海佐止まりで終わる筈だった元海上自衛隊の佐官であり、元海上自衛隊時代からお世辞にも評判のいい士官と言えなかった人物だ。しかし、勤務する艦が偶然にもドック整備入りで前線に出る事が無かったが為に、太平洋における海上自衛隊とアメリカ太平洋艦隊、中国海軍、韓国海軍、台湾海軍、オーストラリア海軍の残存合同艦隊による深海棲艦との総力戦、第二次ミッドウェー沖海戦での致命的大敗による戦死を免れ、海自で急激に発生した将官不足の補填で、短期間で海将補にまで昇進させられた経歴がある人物だ。ある意味では己の実力不相応の役職にまで無理やり昇進させられた可哀想な人間と言えるが。
容姿に関してはこの際、歳を重ねた男性は総じてそうなるからどうでもいいとして、どうにも大淀としても上司にしたくない経歴の人物である。大淀が艦娘になる前の半年間しか艦娘の指揮を執った経験が無いと言うのもまた別として、解任、左遷させられるまでの半年間で五人もの艦娘を戦死させたのは、流石にその指揮能力に疑問を抱く。
今に至るまで予備役将校として過ごしていた筈の人物を何故、突然この方面軍の司令官に当てる様な人事を発動したのか。それが大淀には理解が出来ない。
「まあ、流石に予備役に回されていた期間中にちょっとは学習してくれている事を望むがな。幾ら無理やり将官になってしまった人とは言え、三等海佐、つまり少佐相当官になるだけの士官の才能はあるんだしな……」
ええ、と大淀は不満そうな返事を返す。大淀も少佐の階級持ちだから分かるが軍隊の中で少佐に昇進するのはそう簡単な話でもない。士官の中でも専用の教育を受けた上で少佐になれるか、なれないかでキャリアが変わる人間は多い。大淀の場合は姫級討伐と言う実力と、正規の将校課程履修等を経ているから少佐になれたが、艦娘の場合は任官される時の最低階級が少尉から始まるので、本来の士官の昇進とは少し勝手が違って来るのだ。CS課程無しに大佐になった艦娘だっている。
一木提督はその点はきちんと三佐に昇進し、一応はある程度の指揮官としての能力は買われているから将官への抜擢がされたのだろうが……。
人事ファイルを読めば読む程、大淀の中での不安は広がる。政治思想的にも中立さを求められる軍人において極右寄りな思想である事など、目の前のアッテンボローが輝いて見える程、この人物に任せて大丈夫なのかと言う感情が大きくなる。
「……ここだけの話だが」
片付けの手を止め、アッテンボローは大淀に口を開いた。
「俺が今の統合政府のやり方に懐疑的、と言うのがどうにも上には気に入らんかったらしい。今回異動人事が下ったメンバーもそうだ。上としては軍閥を組まれてしまう前に、不穏分子は四散させて連携が取れない様にするべき、と言う魂胆なんだろうな」
「そんな、確かに提督は……」
「伊達と酔狂でやってきたわけじゃあないが、まあ上としては従順な犬が欲しかったんだろうさ。俺は些か飼い主に対して咆えすぎた様だ」
「言う程、咆えてましたか?」
「記憶に御座いませんな」
へらっと笑いながらアッテンボローは返した。このフランクな上司が居なくなると言うのが大淀には余りにも惜しい。
「何はともあれ、命令は命令だ。畜生、もうちっと階級が高けりゃ、直訴でもして辞表を蹴っ飛ばしてやるのに」
本当に輸送機に飛び乗って軍上層部にカチコミをかけかねないのがこの男なだけに、流石に大淀もそれは止めて下さい、と制止する。
「一先ず、引っ越しは月末だ。二月から一木提督が俺の後任として方面軍司令官も兼任する形で赴任する。ちったあマシな男として戻って来る事を願っておいてくれ」
第八方面軍の司令部要員の約半数が入れ替わった二月は、大淀が危惧した通り余り良い月始めとならなかった。
赴任した一木啓介中将は海軍司令官と方面軍司令官の兼任として着任し、他に空軍司令官にドーソン中将、陸軍司令官にロックウェル中将、海兵隊司令官にアラルコン少将と言う新司令官が揃い、副官や参謀長らもそれぞれ多くが一新された。一方で艦娘参謀のギャリソン大佐は少将に昇進の上、方面軍兼海軍の参謀長となり、海軍航空隊基地司令官のマイケル大佐は引き続き基地司令として残され、他に一木提督の副官としてハメル大尉が部署異動と少佐に昇進の上任官されるなど、知っている顔や聞き覚えのある名前と顔が幾らか残された。
そうした新人事の上で始まった二月は、唐突な閲兵式を行うと言う形で始まり、将兵や艦娘から少なからぬ反感を買った。深海棲艦との戦争が続いている中で閲兵式など、時間とリソースの無駄として誰もやって来なかった式典だったし、やるとしても整列した兵士や艦娘の前で五分程度の訓示をして解散と言うのが暗黙のルールとなっていた。
それが三時間にわたって行われれば、反感は少なからず起きる。しかし、兵士や艦娘からの反感は、「士気と規律のたるみ」として新司令官の一木中将から一蹴されてしまった。
「酷いものですよ、全く」
大事なカメラを少し投げやり気味に食堂のテーブルに起きながら、青葉は不満をケストレルに溢した。
「司令部の人達、言うに事欠いて、『艦隊新聞と言う軍内における情報管理の観点において、余りに守秘義務に不真面目であり、その様な同人メディアは廃刊が妥当である』ですよ。そんな事を目的に書いてきたわけじゃあないのに」
「お気持ちお察しします」
普段は滅多に怒らないケストレルも内心腹を立てていたし、青葉の気持ちには同情の念を禁じ得ない。少なくともケストレルが購読していた間の艦隊新聞は、軍内における情報共有の場として、非公式ながらも求められていた存在だったし、勿論青葉も守秘義務は順守していたから違法性は皆無だった。
それが新司令部に人事が入れ替わってから手のひらを返した様な有様である。
青葉の不満は他にもあった。六戦隊も二小隊の古鷹と衣笠ばかりが出番を与えられて、一小隊の青葉と加古は大幅に出番を削られている。新司令部に人事が一新された後から、第八方面軍隷下の第八艦隊ではサーモン北方海域とKW環礁への哨戒任務出撃が恒常的に実施されているが、どうにもその哨戒任務を回される艦娘に偏りが生じていた。以前なら偏りが生じて艦娘への負荷が大きくならない様にローテーションを組んでいたのだが、それが見事に崩され、特定の艦娘ばかりに任務が回される事態になっていた。
愛鷹型超甲巡の四人からなる第二戦隊は、燃料の出費控えと言う名目で出撃がめっきり減る中、愛鷹型より遥かに燃費の悪い大和型と長門型の第一戦隊は休む暇もなく哨戒任務への出撃を繰り返している。明らかに哨戒任務において愛鷹型を当てる方が無難であるにも関わらずだ。
こうした歪な艦隊運用には、当然艦娘の方でも不満が上がっている。特定艦娘ばかりに任務が回されると言う事は、必然的にその艦娘達の休みが減る事を意味した。やっと帰って来たと思えば、仮眠の後、また出撃と言うのはザラだった。
ここ最近、第三任務群でも露骨に哨戒任務に当たる艦娘とそうで無い艦娘の格差が広がっている。艤装自体は燃料の消費が無いケストレルとウミェールイですら、二月に入ってから哨戒任務に出た事は一度もないし、フィンチとグムラクも母港待機の日々を過ごしている。自主で練度維持の為の港湾内での訓練ですら、今では自由に行えない。
「新司令官、艦娘の扱いに不慣れな印象がありますね」
「それは確かにそうではあるんですよね。何せ以前指揮したのは何年も前に半年だけで、それも艦娘に五人もの殉職者を出して左遷された訳ですし。
予備役期間中、少しは過去を反省してくれていればと思っていたんですがね……性善説と言うのはどうにも希望的観測に依存しがちです」
「酷い話ですね」
缶コーヒーを片手にケストレルは相槌を打つ。同時に、似た様な事がストレンジリアルでもあったな、と少しばかり表情を歪めて苦い思い出を思い返す。
ストレンジリアルでケストレル、もとい空母「ケストレル」は、所属元のオーシア連邦海軍第三艦隊では艦長のアンダーセン大佐と乗組員が当時のオーシア連邦大統領のビンセント・ハーリング支持派だったからか、戦争中に艦載機の多くを喪失して補充機が必要な中、それを行って貰えず、オーシア軍内の主流派であるユークトバニア好戦派 ―平和主義のハーリング大統領とは当然ながら水と油の存在である― から左遷される様に北の僻地カーウィン島へ送られ、そこの泊地で無為な日々を過ごす羽目になったのだった。アンダーセン艦長は「飛行機の無い空母はお役御免です。ここで昼寝をしております」と自虐的に後に合流して来た空軍整備士のピーター・N・ビーグル特務少尉に語っていた。
第三艦隊の同僚艦の空母「バーベット」が、絶えず対ユークトバニア戦の最前線に立ち、補充機を優先的に受けられていたのは、推測にはなるが「バーベット」がユークトバニア好戦派だったからだろう。勿論、オーシア連邦軍が戦争前まで軍縮を行っていて軍人、特に艦上機のアヴィエーターの予備人員に余裕が無かったと言う事情もある。空軍の方でも補充パイロットの補充率は軍縮のあおりでそこまで充足率は高くなかったと、ビーグル特務少尉は語っていた。政府と軍内での主流派が入れ替わっても、軍縮によって減っていた軍備を即座にベルカ戦争時の頃まで戻すのは無理がある。兵器はあってもそれを動かす人員はそう直ぐには用意出来ない。
「ケストレル」がカーウィン島に島流しを食らっている間に、セント・ヒューレット軍港脱出の際に世話になったイージス艦「エクスキャリバー」も「バーベット」の盾となって沈み、他多数の同僚艦がセレス海に散った。そう言った中で最低限「ケストレル」の随伴艦の一隻として残されたのが、今でも付き合いのある「フィンチ」だった。
クソ、何時だって軍隊って言うのは政治や軍上層部のエゴイズムによって翻弄される。柄にもない悪態を胸中で吐きながらケストレルは飲み干したアルミ缶の缶コーヒーを片手で握り潰した。
「まあ、六戦隊で格差が生じるのは百歩譲って理解出来ます。一時期青葉以外のメンバーは休暇か、任務から外されていた訳ですから、その分の埋め合わせと考えれば無理やり納得は出来ます。
でも、燃費の悪い第一戦隊を哨戒任務に何度も出撃させ、燃費の良い第二戦隊を母港に繋ぎとめるのは理屈が分かりません。空母の皆さんだってそうです。明らかに運用に偏りが生じている。お陰で皆疲れが出始めています」
「改二艦娘でも、トータルでの性能が優れる艦娘を起用すると言う理屈は分かりますが……分かるんですが……」
どうにもな、とケストレルも違和感を拭い切れない。
「まあ、ギャリソン参謀長の苦労たるや、と言う所もありますけど」
一木提督へのサポートと言う意味で第八方面軍司令部要員に参謀長へ昇格の上で残されたギャリソンが、あの手この手で現在の艦隊運用や方面軍内での連携維持に腐心していると言う話は、公然の秘密だった。初めて会った時と比べて多忙な職務に当たっているだけに、ギャリソンとは顔を合わせる機会がめっきり減ってしまったのが残念ではある。
と、青葉とケストレルの背後で、自販機に小銭を入れて飲み物を買う音がした。誰か飲み物を買っているのだろうとそれ以上の事を考えかけなかった青葉とケストレルに、慰める様な台詞がかけられた。
「あの人も、艦娘の運用と言う点では経験不足だからな。非力ながら何とか補佐して、もっといい環境に出来る様に私も努力するよ」
缶コーラの栓を開けて飲みながら青葉とケストレルに言うのはハメル少佐だった。ギャリソンと同様多忙な人物だが、暇を見ては艦娘達の元を訪れ、ガス抜きとも言える愚痴話を苦とも思わずに付き合ってくれる将校だった。青葉とケストレルからの心象も良い。特に青葉とはケストレルよりも面識があるらしく、気さくな関係とはまではいかずとも、何かと世話になっているらしい。
「提督の理屈も分からんでは無い……」
抑えたげっぷを漏らしながらハメルは二人に言った。
「海の上の見えない境界線を跨いだ先に居る深海棲艦に対し、有力な改二艦娘で編成された哨戒艦隊による疑似的な砲艦外交を続ければ、サーモン北方海域、KW環礁で主力艦隊級の大艦隊を相次いで失った深海棲艦に反転攻勢と海域の奪還の意図を挫く事が出来る。提督はそう考えておられる」
「なら何故、私の様な大型空母を投入しないのです? 兵站への負担と言う意味では私は寧ろ軽い方だと思いますが」
率直な疑問を投げかけるケストレルに、ハメルは良い質問だと頷く。
「君自身は確かに燃料要らずの艤装だ。だが、君の航空艤装に載せる大量の艦載機はどうかな? 航空燃料と艦娘の艤装の燃料は概ね同種だ。君の航空艤装に載せる航空燃料だけで、一体何人の駆逐艦娘が哨戒任務を何回こなせられるか」
確かにそれはそうだとケストレルは押し黙る。艦載機に積み込む燃料は駆逐艦娘や軽巡艦娘に洋上でお裾分けの給油を実施出来る程に多い。
「限られたリソースの中で、出来る限りの事をする。まあ、制約だらけと言うのも君達にとっては籠の中の鳥も同然だ。そこは何とかするよ」
そう言って白い歯を見せて笑ったハメルは缶コーラの中身を飲み干すと、綺麗なトスでゴミ箱に投げ込み、食堂を出て行った。
スコールが降り付ける王武共和国海軍マイタカ基地から、一隻の軍艦が出港しつつあった。
「両舷、前進微速。進路187度、赤黒無し」
王武共和国海軍第二艦隊ミサイル巡洋艦「ウンカイ」の艦橋で、艦長タカド大佐は出港時の操艦の決まりに倣い、自ら操艦を指揮していた。
艦橋右側の席に座らず、絶えず双眼鏡を手に忙しく艦橋内を行き来して「ウンカイ」の航路を確認して回り、速度と進路に正確な指示を飛ばすタカド大佐の操艦はベテランの船乗りならではの的格さがあった。
副長兼航海長のアカギ中佐以下二八〇名を載せた「ウンカイ」の今日の出港は、いつもの領海警護だった。港を出た先で僚艦の駆逐艦と邂逅し、いつもの哨戒航路を一週間の行程で哨戒する。
王武が中立政策を破ってまで統合政府に加盟した後でも、王武国内の海軍基地に対深海棲艦戦力における有効戦力である艦娘が進出して来る予定は今のところ、タカドやアカギ達には知らされていなかった。聞くところではソロモン諸島海域における深海棲艦の脅威を完全に排除し、制海権を奪還したと言うのは聞いている。タカドやアカギ達が余り把握出来ていない所で今では王武を含むソロモン諸島海域が安全地帯になっていた。
外海へ出て、合流予定の駆逐艦と邂逅してから航海長操艦に切り替え、艦長席に座ったタカドに、アカギは他愛の無い話を切り出した。
「一人の大人として、何とも言えない気分です。年端も行かない女性ばかりの艦娘にバケモノ退治を丸投げして、自分達はただ自国の海をパトロールするしか出来ることが無いと言う。海の男のプライドが泣けてきます」
「彼女達とて、無尽蔵の人手がある訳では無い。彼女達が何でもかんでも手を回さなくて済む様に我々でしか出来ない事をするのが、間接的に彼女達の戦いを楽にしてやれる。そうは思わんかね?」
壮年のタカドに対し、アカギはまだ若い士官だっただけに、二人の会話は時に教え子に対して説く教師の様な光景を想起させた。
はあ、と頷くアカギの若さ故に感じるもどかしさはタカドにも理解は出来る。しかし、統合政府に参入したとは言っても、基本的な国防方針である専守防衛から勝手に逸脱する訳には行かない。今後の統合政府の一国として活動していく内に、国防方針も変わるかも知れないが今は今やる事をやるまでだ。
出港から二時間半後の午後二時四八分。タカドがそろそろ艦長室に一旦引き上げようかと思っていた時、ワッチ(見張り員)が報告を上げた。
「左舷前方の水平線上に異常あり。海が……海面が赤く染まっています」
「赤潮か?」
タカドは艦長用双眼鏡を手に取り、見張り員が見つけた異常の方角を確認した。赤潮は海中の生態系には痛手だが、艦船の航行には特に異常は無い。精々、航海日誌に追記する一文が増える程度の筈だが。
「赤潮にしてはやけに色が濃いな……」
「まるで、血の色みたいですね。気味が悪い」
アカギも双眼鏡を手に水平線上に浮かぶ赤い水面を見つめる。寒気がする程にその赤い海は赤潮で見る様な生易しい色では無く、誰かが流した血が海上を覆いつくしているかの様な不気味さがあった。
双眼鏡を手に艦橋の窓の外を見る二人の後ろで、今度は航海員が「ん?」と声を上げてコンソールをトントンと叩いた。
「おい、二〇世紀のテレビじゃないんだぞ」
「そうですが、レーダー画面がノイズまみれなんです。電波妨害を食らっているのとは違い、本当にディスプレイが……」
「見せて見ろ」
異状を察知したタカドが即座に艦橋の水上レーダーディスプレイを覗き込む。何者かの電波妨害を受けているなら、画面の一角が塗りつぶされた様に映らなくなる筈だが、今のレーダーディスプレイは接続が不安定であるかのようにぶつぶつと表示がノイズによってブレていた。
「CIC、こちら艦橋。そちらのレーダーに異常は無いか」
艦内電話の受話器を取って電子機器で埋め尽くされているCICに確認を取るタカドに、CICを管理する船務長も困惑した声を返す。
「無いか、では無く、異常しかありません。それどころかTACAN(戦術航法装置)は狂い散らかしていますよ」
「一体どう言う事だ……船務長、僚艦『モズ』との連絡は取れるか?」
「通信不調です。『モズ』とのデータリンクも止まっています」
「駄目か。当直士官、発光信号を『モズ』に送れ。内容は『貴艦の状況を知らされたし』だ」
「アイ・艦長」
電子機器が使えなくても、古くからのアナログな方法は生きているだろうと言うタカドの判断は、駆逐艦「モズ」の艦長と共通認識だった様で、「ウンカイ」からの発光信号に対し、即座に発光信号で「モズ」での状況が返される。本艦の電子機器は異常有りや、と。
「同じか」
「艦長、考えたくはありませんが、あれは深海棲艦の変色海域と言うものでは?」
「副長も同じ意見か。私もそうでは無いかと思っていたよ。赤潮が電子機器に迄影響を及ぼす事は無いからな」
変色海域が発生するのは、ある程度の規模のある深海棲艦が引き起こせる、とタカドは聞いている。ふらっと王武の近海にも姿を現す駆逐艦級や巡洋艦級数隻の艦隊で発生させる事が出来る海洋現象ではない。変色海域は赤潮の様にふわりと波間に漂ってやってくる物ではなく、ある種の意思を以てその変色範囲を広げて来る、と言うのも聞いている。
「まさか……」
「艦長、左舷前方に深海艦影! 重巡級二、駆逐艦級四と思われ……い、いや、あれは……」
「報告は正確に」
上擦り返りかけるワッチに冷静な声を返しつつ、タカドも左舷前方に再び双眼鏡を向けた。
再び向けられた双眼鏡のレンズに映るものを見て、ベテランの船乗りのタカドすらも思わず声を失った。
黒い深海棲艦の艦影が、艦隊と言う単位ではない、大軍の群れとなって水平線上を埋め尽くしていた。戦艦、正規空母、軽空母、重軽巡洋艦、駆逐艦、補給艦、揚陸艦、魚雷艇、海上移動形態の地上型姫級、見える限りでも五〇隻、いや一〇〇隻は下らない数が水平線上に並び、前進して来る。その進路は真っ直ぐ王武共和国へと向かっていた。
「海軍本部に打電を!」
「駄目だ、通信が使えんのでは無理だ。五分隊に哨戒ヘリの緊急発艦を発令。彼らを伝令とし、海軍本部と国防省に緊急電を送らせる。全艦に発令、合戦準備。対水上戦闘用意。『モズ』にも発光信号で合戦準備を発令」
「アイ・艦長!」
警報音がけたたましく艦内に鳴り響き、当直士官がマイクに「合戦準備、合戦準備。対水上戦闘用意。これは演習では無い、繰り返すこれは演習では無い」と喚き立てた。
「副長、本艦第三戦速、面舵一杯。深海棲艦の狙いは分からないが、可能な限り奴らを食い止めるぞ」
「電子機器が異常を来しているのでは、SSMでの攻撃は出来ません。主砲での砲撃戦しかありませんよ」
「その為に訓練を重ねて来たのだろ。主砲、撃ち方用意。CIWSと各銃座にも人員を付かせろ」
「了解。艦長はCICに」
「いや、此処にいる方が見える」
五分後、慌ただしく発艦したMH-60哨戒ヘリが王武本土へ向けて飛び立つ中、「ウンカイ」と「モズ」の五インチ砲の射程内に深海棲艦は入り込んだ。
「主砲、撃ちぃ方始め!」
「発砲!」
「何としてもここで食い止めろ」
発砲音が二隻の艦首で轟き、歯をがたがたと揺らせる程の衝撃と共に高性能爆薬弾を装填した五インチ砲弾が、針のように細長い砲身から放たれる。それから三秒ごとに五インチ砲は砲撃を継続した。砲口から砲弾が発砲炎と共に叩き出され、一拍置いて砲身の付け根辺りから薬莢が排莢されて甲板上で派手な金属音を鳴らして転がり回る。
「ウンカイ」と「モズ」の左右両舷に一基ずつ設けられているMk.38二五ミリ機関砲にはオペレーターが配置に付き、更に甲板上にはM2重機関銃、王武国産の〇五式軽機関銃などがセットされた銃座にヘルメットと救命胴衣を着込んだ乗員が付く。
砲撃は三射目から早くも深海棲艦を捉えた。「ウンカイ」と「モズ」の砲手が優秀と言うよりは、艦娘と比べて波の動揺に強いフルサイズの軍艦ならではの射撃安定性がここで功を奏した。
前衛の駆逐艦に着弾の閃光が走ったかと思うと、火柱が一つ海上に突きあがり、四方に艤装の破片が四散していく。三秒後、今度は前衛艦隊の旗艦らしいネ級改に着弾し、艦娘では一苦労する難敵の重巡級が一瞬で爆散していく。
通常兵器の軍艦は確かに艦娘より深海棲艦に対する対抗兵器としては最適解では無いが、その主砲や対艦ミサイルの弾頭重量や炸薬量において大和型改二よりも圧倒的に多く、その一撃は理論上姫級ですら無視出来るものではない。勿論、大型艦クラスが展開しているバリアを貫けないし、電波妨害による誘導兵器の動作不良率も上がると言う解決に難儀する課題があるものの、それら課題がクリアされれば、通常兵器艦艇と艦娘の統合作戦と言う更に有効な作戦運用が可能になる。
深海棲艦からの反撃も飛来し始める。空を光り輝く砲弾が幾つも埋め尽くし、「ウンカイ」と「モズ」の周囲に無数の水柱を突き立てる。
「艦長、本艦の主砲装弾数から言って、砲撃継続可能なのは以てあと三分が限界です。『モズ』も同じかと」
「哨戒任務とあって、実弾搭載数を減らしていたのが仇になったな……」
哨戒任務だけが理由でもない。合戦準備を発令してから主砲の装填ドラムにセット出来る砲弾の数にも限界がある。砲員が大急ぎでセットしても機械的な動作の限界もある。取り急ぎで二〇発を装弾ドラムにセットしたとは言え、事前にセットされていた砲弾と併せても四〇発くらいしか準備が無い。
「副長、深海棲艦の予測進路を割り出せるか?」
「敵の凡その向きから逆算するに、敵主力の針路は首都獅意武に向かっていると思われます」
「我が国の首都へ敵前上陸か……」
首都獅意武には何百万もの住民が住んでいる。そこを襲われたら、と思うと流石のタカドも背筋がざわりと粟立った。
「他にマイタカ、タテスガにも上陸される可能性大です」
「陸軍の即応部隊の展開が間に合うかな」
タカドとアカギの話す艦橋の外で、再び五インチ砲がなけなしの砲弾を発射した。
「ウンカイ」と「モズ」が迎撃に移行する中、そこから西に七〇キロ程行った王武首都獅意武では、避難命令のサイレンが不気味な低音と共に市内全域に鳴り響き始めていた。
非常事態宣言の速報が市民のスマートフォンや街頭のテレビに表示され、直ちに首都及び本土東岸の海岸地域からの避難命令が発せられた。
誤報か? 訓練か? と唐突な表示に戸惑う市民の頭上を、ジェットエンジンの轟音が切り裂き、遠雷の様な音を響かせて市民の頭上を飛び抜けた燕のような形をした物体は、政府庁舎と軍本部の建物へ黒い粒の様なものを落とした。
本土防空レーダー網を掻い潜った深海噴式燕戦爆の編隊が、獅意武の政府庁舎、軍本部への爆撃を敢行した頃、遅れて来航した第二波の深海艦載機群が獅意武市内のランドマークへの爆撃を開始した。
爆発音と共に市民の間に悲鳴と混乱とパニックが巻き起こったが、それはのちに語られる「王武戦役」の序幕の一ページでしかなかった。
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