艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
「一体、私に何ほどの価値があると言うのです」
そう答えるかつての敵艦の言葉に、ケストレルは直ぐには答えず、真剣な眼差しを浮かべた碧眼を無言で向けた。目の前のベッドに座る彼女の中には強い悔恨の念と、決して軽くは無い罪の意識の二つに押しつぶされかけているウミェールイは殆ど視線を床に落としたままで、前世、ストレンジリアル世界の時の軍艦の姿と違い、上を向く事が出来る人間の身体を得てもその特徴を生かそうとはしなかった。
ケストレルとしても、ウミェールイへの蟠りが一切ないとは言わない。ストレンジリアル世界で、ウミェールイは麾下の艦隊に自分を、そして心ある離反艦に対して非情なる攻撃命令を下し、「ピトムニク」と言う彼女の同胞の血でセレス海を染めた元凶であったからだ。だが、同時にウミェールイ自身がその攻撃命令を出した訳では無く、あくまでもウミェールイに座乗していた艦隊司令官とそれに従った艦とその乗員が悪いのであって、ウミェールイ自身は一発も撃って来なかったとも言える。
穿った見方をすれば麾下の艦に離反艦への攻撃と言う汚れ役を押し付け、自身は後ろで手を汚さずに傍観していただけとも取れない訳では無かったが、少なくともケストレルがウミェールイ自身との一対一の対面を行った限りでは、彼女がその様な卑劣な行いに徹していた訳では無い事が伺えた。
何にせよ、ケストレルも前世は今の人間の姿をしていたのではなく、鋼鉄の軍艦、その中に宿る船魂でしか無かったから、見聞き出来た世界にも限度がある。船魂の時、艦内で大きな、二つの大国を巻き込む壮大な陰謀と策謀が繰り広げられていた事はケストレル自身も分かっていたが、直接見た光景と、半ば盗み聞きする様に聞いた事以外、彼女が知る所は無い。セレス海海戦、ケストレルがグローリーホーン作戦と呼ぶあの戦いの時、ウミェールイの元で何が起きていたのか、まずそこを聞くところから全てが始まりそうであった。
「時間は沢山あります。貴女が前世で、セレス海で何を見て、何を知り、何を決意したのか、どうしたかったのか。教えて下さらないかしら?」
「話してどうするんですか? 殺してくれるんですか? こんな惨めで、罪深い十字架を背負った女に生まれ変わってしまった私の何もかもを本当に終わらせてくれるんですか?」
ようやくケストレルの方を見上げた顔に、殺してくれと懇願する目と表情を浮かべるウミェールイに、ケストレルはこんな事を言うのは自分と言う存在の柄ではないのだが、と無理を覚悟の上で敢えてきつめな口調と言い回しを取った。
「貴女がセレス海で何を見て、何を考えたのか、あの時、手を伸ばせば知ろうと思う事を知る事が出来る人間の姿ではなく、目の前に映る光景、乗り込む乗員達の会話だけが知る機会でしか無かった鋼鉄の軍艦の船魂の分際のわたくしには知り得ない所です。貴女をどうするべきかの判断を下す情報がわたくしの手元には足りない。パズルのピースを埋めるには貴女が持つピースを語る事で渡してもらう必要がある。
軍艦の船魂と言う概念から、何か人間の計り知れない力の介入を経て人間として、艦娘として生まれ変わり生きるか、それとも今ここで無駄に、無意味に死ぬか……貴女がいつ死ぬかはわたくしが決めます」
「今、死ぬ事は許さない、と?」
「死は救済ではありません」
そう言い放つケストレルに、ウミェールイは再び床に視線を落として沈黙した。
これは長丁場になりそうね、とケストレルは胸の中で溜息を吐きながらも、ウミェールイが顔を上げるか、語り始めてくれるかのどちらかを待った。貴女にもこの世界に来た何かしらの理由がきっとある筈だ、とケストレルは圧にならない様にブロンドの髪に覆われたウミェールイの頭を見つめた。
「あの時……」
長い、長い沈黙の末、ウミェールイは重い口を開いた。
ぱたんと静かに背中でドアを閉めたケストレルは、スリッパの音を鳴らしてギャリソンの元へ向かった。この世界に転生して来た際に着用していた制服は替えを作る為の寸法取りに、靴は艤装に動力を直結させての回転調査を行っているので、下着以外、今のケストレルに着用する私物と呼べるものは一切なく、貸与された患者衣とスリッパだけが初めての支給された私物となっていた。
ウミェールイが目を覚まし、最初にコンタクトを取った牧平に呼ばれてケストレルが事情を聴く為に、ウミェールイの部屋に入ってから半日が過ぎていた。人の姿を得てから真っ先に不便だと感じた空腹の音を腹部から鳴らしながら、ケストレルは牧平のオフィスに入って、ギャリソンを呼んで貰う様に頼んだ。
数分後、ギャリソンは牧平とケストレルが待つオフィスへと現れた。
「どうでしたか?」
「話すとかなり長くなりそうですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「問題ありませんよ」
にこやかな笑顔を浮かべて返すギャリソンに、ケストレルはウミェールイから聞いたストレンジリアル世界の事を語った。正直な話、ケストレル自身も知り得なかった所が大多数だったので、あの時ウミェールイの艦内で何が起きていたのか、ケストレル自身も初めて知った形になるから、再確認も兼ねる事にもなった。
「オーシア空母『ケストレル』に乗艦する、ユークトバニア連邦共和国首相閣下ニカノールの呼びかけに呼応し、フリゲート『ピトムニク』が戦闘中止を呼びかけ、それをきっかけに同胞同士での流血へ発展。ニカノール首相の言葉に従った離反艦との間で戦闘拡大……ウミェールイ自身は、戦闘は本意では無かった……ですか」
この世界でも、同じ海軍組織内である一派とある一派に分かれ、骨肉相食む事態に発展した事が無い訳では無い。だが、ギャリソンが生まれて以来、その様な軍艦内の段階で内紛状態に陥った例は聞いた事が無い。
話を整理するなら、ウミェールイは味方艦を撃てと言う艦隊司令官の意に徹頭徹尾、彼女の艦長と同様に反し続けたが、船魂の時点で何かをどうするか出来るという訳でもなく、傍観する以外に出来る事は無く、と言う所だろうか。
「実際問題として、船魂って何も手を出す事は出来ないものなのですか?」
前世が人間にあらずの軍艦であり、更には見聞きする事と艦体に傷を追ったら痛みを感じる以外、何も出来ない船魂と言う概念についての事前情報が圧倒的に不足しているだけに、ギャリソンの質問はケストレルに常識を尋ねる様なレベルの問いかけではあったが、ケストレルは丁寧に回答を返した。
「出来ませんね。こちらから何を言ったところで乗組員に届く事はありませんし、乗組員も私の事を認知いなかったので。
……ただ、わたくしが最期を遂げたその時、わたくしの艦長、ニコラス・A・アンダーセン艦長は明らかにわたくしの声を聴き、存在を認知していた様に見えました。なのでもしかしたら、艦によっては船魂の存在を認知している乗組員が居て、不完全ながらコミュニケーションをとっていた可能性が無い訳でもありません。憶測ではありますが」
「不完全ながらコミュニケーションは取れていた、としても物理的な干渉は出来ない。つまりはそういう事ですね?」
「はい。ただ一応念を入れておきますと、わたくしはわたくしの中での船魂の介入範囲しか存じえませんので、他の艦の船魂がどういう干渉を行えたのかは把握出来る範疇にありません」
「ふむ……それで、話は変わりますがウミェールイは今後どうしたいのか、何か希望の確認は出来ましたか?」
「それが……」
バツの悪そうな表情を浮かべて、ケストレルは言葉を濁した。全てを聞き終えた後、ウミェールイから出た言葉は自らの死を望む発言ばかりだった。病室の中で、自殺が出来る様な道具は揃っていないから、ウミェールイが自ら命を絶つ事は出来ないとしても、何かその強い死を望む意思を、生きる方向に変える事が出来なければ何も進展は生れそうにない。
言葉を濁しても、解決にはつながらないとケストレルはありのままウミェールイの病み切った精神具合を語った。それを脇で聞いていた牧平が、ギャリソンとケストレルを交互に見ながら、解決策になりえる提案を口にした。
「このショートランド泊地軍病院に、そう言う自殺願望の人を多く救って来た精神科医が居ます。彼にメンタルケアを依頼しましょう」
「精神科医は、かかりつけの患者が多くてそう簡単に時間を作れないと聞くが、可能か?」
「彼はSOSを発する人がいれば、直ぐに来てくれる人です」
艦娘相手のメンタルケアを担当する精神科医の存在は少なくない。艦娘と言う女性達は、概ねその大半が各国軍や自衛隊と言った組織からの続投組では無く、艦娘適正を見出されて、本人の意思決定の元軍へ半分徴用される形で軍人になった元民間人であり、軍内における上官への服従の精神を身に着ける為に敢えて行われる理不尽な仕打ち、理不尽さを伴うブートキャンプの過程の多くを省略して、艦娘戦力としての戦力化を優先した為、戦場で生きていくに充分な精神を身に付けられていない艦娘も初期の内には存在した。
現在では人類統合軍の艦娘は総じて軍人として、即席とは言え場数を経験し、上官への服従を徹底されて来た事もあり、一人前の軍人としての精神が出来上がっている者が大半だが、時に仲間の艦娘の死を看取った艦娘に、自死を望む者が現れる傾向がみられた。最もこれは艦娘に限らず、必要充分な訓練課程を修了した兵士であっても、こういった傾向は見られた。
それもあって統合軍は民間から、軍属と言う形でプロの精神科医を招き入れ、精神的に病んでしまっている艦娘や将兵のメンタルケアに務めて来た。ここショートランド泊地はソロモン諸島を起点とする深海棲艦との激戦区の最前線に当たる場所であり、そう言ったメンタルケアを専門とする精神科医もまた常駐していた。
病院食では無い、通常の食事をケストレルが摂る事が出来たのはそれから三〇分程後の事だった。牧平経由で精神科医に手配を取り付け、更に寝起きする仮の自室で寸法取り等が終わった靴以外の制服が返却されて来ていたので、数日ぶりにケストレルは自身の制服に袖を通す事が出来た。
ワイシャツに紺のネクタイを締め、ODのズボンを履く。黒のコートは、今は要らないと手を付けず、枕元に置いたままにした。
食堂に向かい、ウミェールイへの事情聴取でフイになった昼食と夕食の二つ分に相当する量を頼んだ。規模はどの大型艦娘よりも遥かに大型に類する空母艦娘らしく、現世に転生して来たケストレルは大変な健啖家であった。
ビュッフェ形式の食堂からケストレル自身がよそって来た大盛の皿が幾つも彼女が座る事にしたテーブルの上に置かれていく。ミートローフ、スパゲッティ、麻婆豆腐、チャーシューメン、ハッシュドビーフ、ハンバーガー、それに山盛りのサラダがケストレルの前に並ぶ。ぐうと愚直に空腹を訴えた腹を満たすために、ケストレルはフォークとナイフを手に取った。
軍病院の外、かつ屋内限定であればケストレルも大分ショートランド泊地の基地施設内を動き回れる様になっていた。
そしてその過程で知り合った正規の艦娘もいる。
「相変わらず、健啖家ですね」
声はおっとりとして包容力がある一方で、目の底は常に鋭さが光り、精神の強さが内面から滲み出ている翔鶴型空母艦娘の翔鶴が自身のトレイを手にケストレルの隣に座った。普段、妹の瑞鶴と殆どの時間を共にしている彼女だが、瑞鶴の方はと言うと今は何かしら用事があるのか一緒に居なかった。
重いトレイを置く音が静かに響く。ケストレルの量には及ばないが、翔鶴も翔鶴で摂取する食事量は大変に多い。
「昼食を訳あって抜いたので、その分今の分が増えた感じですよ」
麻婆豆腐を飲み下したケストレルが、水を注いだコップに手を伸ばして答える。思えば翔鶴とはこの食堂で食事を共にしてからの仲であった。翔鶴と言う艦娘については、日本艦隊の第五航空戦隊の一番艦を務める空母艦娘と言う程度の素性しかケストレルはまだ知らないが、仕事抜きのある意味食事仲間として見れば、ケストレルの最初の親しい友人が翔鶴であった。
ケストレルが艦娘となる事を決意したその日の内に、友人関係が構築された艦娘は、まず自分を最初に発見した艦娘である青葉、それに狭霧と天霧、そして食堂で出会ってからの仲となる翔鶴型姉妹だった。まだまだ大勢の艦娘が他の基地や、母国に一時帰国中と青葉が語るので、その規模の大きさにケストレルは驚くばかりであった。
実際、ストレンジリアル世界のケストレルの所属元であったオーシア国防海軍第三艦隊も、所属艦艇は戦闘艦艇、補助艦艇合わせて七〇隻の艦艇を有していた。第三艦隊だけで七〇隻も保有していただけでなく、他に存在したオーシア国防海軍第一、第二、第四の艦隊にもほぼ同数の艦艇が配備されて、世界中に展開していた。オーシア海軍の空母戦力に関してはケストレルが七女となるヒューバード級航空母艦の同型艦が各艦隊に配備されていたが、ケストレルの知る所で姉妹艦の「ヴァルチャー」「バザード」、そして「バーベット」が沈んで失われている。
黙々と食事しながらケストレルは、味方艦を手にかけた罪の意識に苛まれるウミェールイの姿を脳裏に浮かべていた。直接手を下した訳では無いが、ケストレル自身も実のところラーズグリーズ隊と言う艦上戦闘機部隊を用いて、「バーベット」以下同じオーシア海軍艦隊を、敵対していたとは言え沈め、多くの犠牲者を出している。
前世で背負った十字架の重みは私だって決して軽くは無い、そう自分自身に言い聞かせるケストレルは食事中と言うのはあっても、いつになく無口になっていた。
「どうかしたんですか? お食事中にそんな難しい顔して」
ステーキを細かく切り分けながら翔鶴が聞いて来る。艦娘と言う世界において、着任が内定しているに過ぎないケストレルからすれば歴戦の翔鶴はまさに新兵に対して親身に話しかけて来る古参兵のそれと変わらない。前世が人にあらずな軍艦だったケストレルと言えど、年上、或いは古参艦に対する敬意を一度として忘れた事は無い。それだけに安直に今の気持ちを相談して良いものか、或いは気軽に相談するべきなのか、スパゲッティのパスタを口に運びながらケストレルは逡巡した。
「悩む同じ艦娘の悩みを気軽に聞いてあげるのも、また艦娘の仕事です。私で出来る範囲でケストレルの悩みの相談に乗ってあげられますよ?」
逡巡するケストレルの横顔を軽く横目で見遣りながら、人の姿と言う名の人生経験と言う点において圧倒的な経験豊富さがある翔鶴が新任の後背の心を慮る様に伺って来る。
ケストレルは直ぐには答えなかった。黙々と食事を摂りながらどう相談すればいいか、と考えに耽る。翔鶴も急かす事無く、自身の食事を静かに食していた。
「食事が拙くなるので、その内一対一でご相談出来れば、と」
長い間を挟んでようやくケストレルは翔鶴から問いかけに、答えを返す。
翔鶴は御淑やかさ溢れる顔で微笑み、「いいですよ」と頷いた。
ケストレルが食堂で翔鶴と席を共にしている頃、ウミェールイの部屋では精神科医松井誠也(まつい・せいや)によるカウンセリングが行われていた。壮年の少し髪に白髪が混じる男だが、若い頃の頭髪が真っ黒の頃から今の白髪が混じるに至るまで精神科医としてキャリアを積んで来たベテランの精神科医である。男女問わずに対面すると何でも話せる雰囲気を漂わせる不思議な医師でもあった。
ギャリソンと牧平が席を外して、松井とウミェールイの一対一で行われたカウンセリングはゆうに一時間を超え、長時間にわたるものとなった。塞ぎ込み、己へ対する負の感情が下限を突破しているウミェールイの心に人生経験と精神科医としての経験豊富な松井の大人の心が静かに寄り添い、彼女の心を聞き、それに対して静かな呼びかけを行った。
日がすっかり暮れ、赤道付近の夜空が天空を覆う頃、ようやくウミェールイの居る病室から松井は出て来た。手元にカルテやメモなどを抱えて松井は牧平とギャリソンの居るオフィスへ向かい、二人に報告を上げた。
「少なくとも彼女の自殺願望は和らいだと思います」
二人と、そしてケストレルが最も懸念していたマイナスの感情に覆い隠され、押しつぶされ、その勢いで首を吊るなり、身を投げるなりしそうなウミェールイの心理的状態を抑えた松井の言葉にギャリソンと牧平は安堵の溜息を吐いた。やはりその手の専門家によるメンタル対応は、素人が言葉をかけるよりも確かな効力を発揮する。
牧平が安堵の溜息を吐き終えると、今後の課題について松井に問う。
「それで今後彼女にしてあげられる対応は?」
「自殺願望は和らいだといっても、ウミェールイは心の底で忘れる事の出来ない精神的な闇を抱えたままなので、民間人として生きる道は無いでしょうね。こちらが目を離した瞬間に、彼女は自ら命を絶ってしまいかねない。何より、異世界の軍艦の船魂の転生者となれば、日常生活のノウハウも無いでしょう。
強制的に艦娘として軍に編入し、軍の管理下でメンタルケアを行いつつ、マイナスの下限を突破している彼女の精神を回復させる事から始めるべきかと。場合によっては彼女に艤装を纏わせて海に出してあげる事も治療のひとつでしょう。ただ戦闘は当面の間は控えた方が良いです。今の状態で戦闘に投入しても、死に急ぐ事になるので」
「彼女に施せる治療はどういう感じに?」
「私としては薬物療法による精神安定の治療が望ましいかと。メンタルが回復したら、薬物の服用量を減らす方針で。あとは定期的に私がカウンセリング治療を行います。週に四日か五日のペースが望ましいですね」
週休二日は譲れないと言うよりは、カウンセリングによって得たウミェールイの反応を整理する期間が要ると言う意味で、毎日では無く週に一日、二日の間隔を開けての対応スケジュールを松井は提示する。
「それで暫く様子を伺いましょう」
ギャリソンも松井の提案を受け入れる。医療分野は専門外の彼にストレンジリアル世界からの転生艦娘に出来る事と言えば、彼女達が再び艦娘となって海へ出る際の慣熟や演習のスケジュール調整と言う所だ。餅は餅屋の担当と言う事になる。
作戦会議室に集まったミューラー、アッテンボロー、シャルフコッフ、コクラン、桐生ら第八方面軍隷下の各軍司令官とその参謀達を前に、青葉はKW環礁への偵察による情報を共有していた。傍らにはサポートして呼ばれた一六戦隊の鬼怒も同席している。
KW環礁海域、エリア6-5の衛星写真に深海棲艦艦隊が確認された場所にアルファベットのマス名を記した海域図が作戦会議室のディスプレイに表示され、各マスを青葉達一六戦隊が収集して回った攻略可能なルートを線として繋いだマップを前に、青葉はKW環礁海域に関する解説を行った。
「敵はエリア6-5の北方、中央、南方の全域にわたって展開しています。北方ルートですが、調査の結果深海棲艦は空母を主体とする機動艦隊を展開させているのが確認出来ました。ポイント6-5C及びDに深海棲艦は空母を基幹とする艦隊を複数遊弋させています。ポイント6-5B及びEでは敵潜水艦隊を確認しています。6-5Bの潜水艦は大して脅威になりえないと思いますが、6-5Eの敵潜水艦隊は全艦がソ級で構成されており、脅威度が高いです。この6-5Eを経由するのは回避するべきでしょう」
電子SEで北方、中央経由、南方ルートの三本のルートが各マスを経由して引かれる音が鳴り、要所要所で警告音に似た異なる電子SEが鳴って、KW環礁海域に展開する深海棲艦の艦隊の脅威を示した。
「エリア6-5G及びHでは最深部の空母棲姫率いる艦隊からのアウトレンジ空爆に晒されました。ここが空母棲姫とその随伴艦による空爆圏内と見て間違いないでしょう。特に北方ルート上のGはかなりの脅威となりえます。こちらが艦上戦闘機を載せた空母がいなかったと言うのもあるとは思いますが、激しい空爆で多数の艦娘が負傷の損害を受けました」
青葉はそう言って頭に包帯を巻いて、三角巾で左腕を吊っている鬼怒をちらっと見やる。青葉達一六戦隊の中において、防空担当とも言うべき鬼怒とてその激しい空爆を前に負傷は免れなかった。幸いにも重傷ではないのが救いと言える。
「南方ルートですが、こちらも道中に6-5Iで空母ヌ級を主体とする機動部隊との会敵は避けられません。また南方ルートは総距離が長い為、どうしても最深部手前辺りで夜戦になります。南方ルートの最大級の難所はこの6-5Jです。先んじてこちらの基地航空隊による空爆を実施すれば、6-5Jの深海棲艦の伏撃部隊を撃破し、艦隊の進撃の安全確保にもなるとは思いますが、KW環礁へ進出可能な基地航空隊戦力を考えると、可能な限りの航空戦力を最深部へ差し向けるのが宜しいかと」
「それはどういう意味かな?」
アッテンボローの問いに鬼怒が青葉に代わって答えた。
「KW環礁最深部である6-5Mの敵艦隊は二個艦隊一二隻を一個艦隊群として行動しています。何れも旗艦に空母棲姫を置き、随伴に空母ヲ級を一隻から二隻、その他防空巡ツ級、重巡リ級など多数の随伴艦艇に輪形陣にて防御されており、空母棲姫を早期に撃破するのは困難とみられます。唯一幸いなのは最深部の敵艦隊に戦艦級の深海棲艦が含まれていない事でしょう」
普段は快活でフランクな口調で艦娘達とじゃれている鬼怒も、こういう場では戦隊旗艦の青葉と同じように軍人口調で話す。
深海棲艦の展開状況と予想できる進行ルートを語り終えた青葉と鬼怒にミューラーが静かに、簡潔に、要点だけを問いかけた。
「偵察部隊としてKW環礁海域における現実的と言える進行ルートは?」
「攻略の容易さから言えば、南方ルート、次いで北方ルート、そして中央経由ルートです。小官としては、敵艦隊の規模から言って、南方、北方の両方から艦隊を突入させ、最深部を目指すと言うのが望ましいかと。艦隊に編入できる艦種毎による海域異常は正確なデータがまだ出ていませんが、北方ルートは空母主体の深海棲艦とかち合う関係上こちらも空母を基幹に、南方ルートは比較的高度な防空能力を求められないので、航空戦艦や航空巡洋艦の航空戦力だけで防ぎ切れるかと思います」
そう答える青葉にアッテンボローが呻く様に呟いた。
「一度に二個艦隊を投入か……」
二個艦娘艦隊を投入すると言う事はそれ即ち、艦娘の艤装に必要な燃料弾薬の消耗量が二倍になると言う事の証左だ。艦娘の燃料弾薬は、一般的な軍需物資よりもコストが割高であり、それ故に最も効率良く深海棲艦と過不足なしに戦える艦隊編成単位として導き出されたのが、六隻編成であった。
最深部に展開する空母棲姫を中心とした機動艦隊を相手にするとなれば、艦娘艦隊も空母や戦艦を主体とした規模の大きな艦隊を投入せざるを得ない。最も物資の消費が軽い軽巡と駆逐艦主体の水雷戦隊では、全体的な火力不足と道中会敵する事になる深海棲艦に叩き返されるリスクが高くなる。
「6-5Gの苛烈な空爆を切り抜けるとするなら、随伴駆逐艦は全て秋月型等の防空能力の高い駆逐艦娘一択と言うところか。それと出来ればその他の巡洋艦級も防空能力の高い艦娘が望ましいとも言える……」
KW環礁海域のマップを見つめてアッテンボローが言う中、ミューラーが青葉と鬼怒にご苦労と声をかけると、第八方面軍司令官としての攻略案を語った。
「作戦方針としては北方ルートと南方ルートの二方面より同時進行でKW環礁の敵に挑む。片方の牙を折られても、もう片方の牙で最深部の敵艦隊を殲滅出来れば我が方はこの海域における制海権の奪還に成功出来るだろう。
基地航空隊は全て最深部へ派遣し、可能な限りの敵艦の撃破に務める。艦娘艦隊の頭数の不利を補う為、二個混成航空団の派遣は決定事項とする」
二個混成航空団か、と青葉は内心で口笛を吹いていた。航空妖精の乗る航空機によって構成された混成航空団の定数は四個中隊七二機だ。主に戦闘機一個中隊に陸攻三個中隊が基本編成だから、KW環礁海域最深部への投入戦力は二個戦闘機中隊三六機、陸攻六個中隊一〇六機にも上る。勿論、余りにも空戦による被撃墜での中隊の損耗によっては戦闘機隊や戦闘爆撃機隊の定数を増加して、制空権確保を重視する事もあり得る。
基本編成として一〇〇機以上の陸攻による対艦攻撃となると、さぞかし壮観だろうなと青葉が思っていると、コクランが必要な航空戦力としての名を列挙した。
「護衛戦闘機隊としては第六四戦隊の一式戦隼の二個中隊を当てたいと思います。陸攻部隊については後々に煮詰めますが、小官としては一式陸攻の野中隊と銀河の江草隊の投入を望むところです」
かつては陸軍航空隊の機体であった隼は兎も角、一式陸攻も銀河も共に本来は海軍航空隊の陸上機と言う括りで開発された機体だが、航空妖精が駆る機体として現代に運用される機体は総じて空軍所轄になっていた。
「貴官が望む部隊の手配は私も手を貸す。中部太平洋解放の最後の関門たるKW環礁海域の解放だ、ハイリスクハイリターンの陣で臨もう」
ミューラーも賛同の意を示した。何名かの参謀が、熟練航空妖精で編成された野中隊と江草隊を個々で消耗して良いのかと疑念を口にしたが、ミューラーはここで決定的な勝利を刻む事に意志を固めている様だった。
海域攻略にあたっての協議を続ける司令官、参謀を他所にここを抜ければ、次は何処の海域に行くのだろうか、と青葉と鬼怒は無言で同じ事を考えていた。
「次は何処に行くことになるんだろうね」
「差し当たり、ミッドウェーか、ハワイってところでしょうね。王武共和国が統合軍に更なる軍事的協力を約束してくれれば、王武国内に基地を設営してそこからミッドウェーにもハワイにも王手をかけられる」
「それが出来なかったら?」
サーモン北方海域での決戦後に政権交代が行われ、統合軍への軍事的支援に対して消極的姿勢に路線を変換した王武共和国の出方を脳裏に浮かべているらしい鬼怒の言葉に青葉は嘘か本気かと疑わせる発言を返した。
「王武に軍事侵攻して無理にでも前進拠点を作りましょうか」
半ば冗談とは思えない凄みを浮かべている青葉の表情に、鬼怒は返す言葉も出ずに機械的に会議室のメンバーに視線を転じた。
数日後。KW環礁海域への攻略艦隊出撃前の艦娘の技量維持の為の航海演習の場に、ケストレルはいた。
整備が終わった主機兼船体色のアンクルストラップ付ハイヒールを履き、コツコツと艦娘発着場に足音を鳴らしながらスロープを降りて、靴底を海面にそっと降ろす。彼女の背中に背負う艤装の心臓部で二六万馬力相当の出力を発揮する二基の原子炉が靴底へ浮揚出力を送り出し、ケストレルの足元で浮揚の力場とアイドリングの奔流が沸き立つ。機関音に交じってケストレルの靴が海面を踏み、直立する静かな足音が鳴った。
見事だ、と練習巡洋艦として初めて海に出るケストレルの付き添い担当として先んじて海面に立っている鹿島は感嘆した。初めてにしては実に手慣れている。艦娘の練度で言えばケストレルのレベルはLv1程度の筈だが、初心者にしては上出来以上の進水をしている。初めて海の上に立つ艦娘の中にはバランスを崩して尻餅をついたり、転んだりする者も少なく無いが、ケストレルの動きはバレリーナの様に優雅であり、熟達者の如く危な気が無い。
「では、ゆっくりと微速で前進を。私の後に続いて港内を一周しましょう」
「はい、宜しくお願い致します、鹿島さん」
先導する鹿島に敬礼を返したケストレルの涼しい声が、鹿島の艤装出力の八〇〇〇馬力相当を遥かに凌駕する自身の機関音に交じって返される。
小柄な鹿島を先導に港内へと出るケストレルは、もう二度と見る事は無いだろうと思っていた、海の上の風景に感動に似た感情を胸に抱いていた。
私は、また海を駆けられる。その感動と興奮に動かされるままケストレルは海面を軽く蹴って前へと進んだ。