艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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Chopper「大っ嫌いだ、こんな敵!」(ACE5のM5でチョッパーが言ってた)と悲鳴を上げながらラ級やら軽巡新棲姫やらネ級改やらヌ級改にボコボコにされながら、イベント進めてます。
 そんなプレイヤー虐めな深海棲艦を逆に虐め返すのが弊艦これ二次創作のテーマだったり……。
 本編どうぞ。


第五話 戦力化への道

「次、左一斉回頭。発動五秒前……発動!」

「とーりかーじ」

 ショートランド泊地の港湾部で黄色い声が響く。一対の脚が海面を切り裂き、踵から噴射される推進力が蹴立てた白波が後ろへ航跡となって流れ出て行く。背負う艤装内からはタービンの回転音が勢い良く響き、艦娘サイズとは言え、大馬力を実感させる機関音が周囲に殷々と響き渡っていく。

 ストレンジリアル世界から人間としてケストレルが転生し、空母艦娘として着任し、慣熟訓練を実施するようになってから今日で四日目。ストレンジリアル世界の軍艦の船魂だった者達の艦娘はタナガーもそうだったようにケストレルも非常に呑み込みが良く、ごく短期間の内に一線級の艦娘と肩を並べられる程度には航行能力は習熟していた。

 昨日から実施されている艦隊運動演習は、鹿島が指導、旗艦の元、ケストレルの艦隊運動演習の付き合いとして青葉、翔鶴、天霧、狭霧が動員され、艦娘艦隊の最低単位にして基本単位である六隻編成での艦隊運動の習熟を行っていた。

 呑み込みが良く、学習能力が高いのは艦娘として優秀な事この上ない事であったが、一つだけ指導教官である鹿島泣かせな一面もケストレルは持っていた。それは……、

「二番艦、両舷停止。三から六番艦、両舷前進原速、赤二〇」

「てーし!」

「三から六番艦、赤二〇。ようそろ」

 主機であり靴であるハイヒールのアンクルストラップの辺りまで、蹴立てた白波の飛沫でびしょ濡れになる程の動力が回されていたケストレルの足元が静かになり、彼女の艤装を纏った身体は慣性で長い距離を進む。一方、青葉、翔鶴、天霧、狭霧は原速へと速度を落としながらも、ケストレルと違って動力は依然として伝達されていた。

 

 

 艦娘の艤装はその内部に仕込まれた史実の記憶、つまり艦娘として名乗る艦名の由来となった軍艦の記憶を保存し、同じくその身体にDNAに刻まれた在りし日の軍艦達の記憶を受け継ぐ女性である艦娘とリンクさせて、艤装の各種機能を発動させるコアが存在する。そのコアに認証された記憶の中には当然、史実艦の記憶が反映されており、その内容は艦の規模、全長と排水量にまで至る。

 この時、そのコアの中に記録されている史実艦のサイズが最も巨大なのがケストレルだった。OFS「ケストレル」、その艦の規模はスーパーキャリアーであり、全長三三三メートルと一〇万トンに上る排水量と言う巨躯を誇る。そしてその巨体を動かすのは二基の原子炉が作り出した二八万馬力の出力であり、多くの艦娘の由来となった軍艦たちの中でもその出力は文字通り破格であった。艦娘の艤装でも最大出力を誇るアイオワ級戦艦艦娘の由来となるアイオワ級戦艦の最終改装時ですら重油燃焼ボイラー八基とタービン四基で二二万一〇〇〇馬力が最大値である事を考えると、たった二基の原子炉と四基のタービンで二八万馬力は船舶の機関部技術の進歩の表れだったと言えるだろう。

 そしてケストレルはその破格のエンジン出力を艦娘の艤装レベルに落とし込んだものであり、当然ながら彼女は現状艦娘の中でも最大級のエンジン出力を誇る怪力さを誇る。だが艤装機関部が余りの高出力と言う事はそれだけに他の艦娘と足並みをそろえにくいと言う事にもつながる。現に日本艦隊は島風と言う高速駆逐艦娘の余りの出力の高さに足並みを揃えられる駆逐艦娘が用意し切れず、些か持て余し気味な所は否めない。

 そんな島風の失敗を受けて、艦娘の艤装は概ねスピード狂な艤装技術陣が居ない限りは基準となる速度、出力をあらかじめ計算の上で艤装を製造されるが、ケストレルはその手の手順を踏んでいないから、当然既存の艦娘との歩調を合わせるのは大変な苦労を伴っていた。

 今しがた鹿島が発した号令はケストレルと既存の艦娘との隔絶した出力差を考慮しての指示だった。「回転整合」、即ち実物の軍艦と同様に艦娘毎に違って来る艤装の機関出力を予め一定の数値で合わせる作業を行ってはいるが、どうしてもケストレルの場合は規格外過ぎた。

 他の艦娘達が依然低速回転させる機関音を響かせながら前進の動力で進む中、前進の動力が切られて慣性で進むケストレルの姿を見て、鹿島は内心溜息をもらしていた。前任のタナガーはまだ、母体となった戦艦「タナガー」がアイオワ達の母体となったアイオワ級戦艦と概ね同性能だったから足並みを揃えるのには苦労しなかったが、ケストレルは本当に操艦指示を出すのに気を遣う。彼女なりに気を配って加減をしている様だが、二八万馬力相当の出力を出す二基の原子炉の力に、そもそもケストレル自身の慣れも必要になる。元が軍艦だった存在の艦娘化と言うだけに、航行テクニック自体の習得は早かったが、他の艦娘と足並みを揃える工程に関してはケストレル自身も手こずり気味なのは否めない。

 今この演習艦隊の中で最も艤装出力の高いのが翔鶴だが、それでも一六万馬力相当である。翔鶴ですら、ケストレルの足並みに合わせるのは容易い事では無かった。

 だがそれでも、ここ四日間の徹底訓練のお陰で完全では無いにせよ、ケストレルの方も既存の艦娘に合わせられるようにはなっている。せっかちにもミューラー提督は二日目から艦隊運動演習を実施する様に鹿島に言い渡して来ていたから、最初はお互い随分その勝手の違いに困惑した物だった。上記のデフォルトでの出力の差に気が付いたのも、艦隊運動演習を実施してから発覚した事だった。

 

 

 洋上に六名が停止し、再度微速で艦娘発着場へと戻る際中、鹿島はケストレルへの艦娘としての練度のレベル評価を行っていた。

 陸上の港湾管制室や、埠頭から眺めてその審査を行っている海上訓練指導隊群ことFTCの隊員と協議の上で練度は一定数ごとに当該艦娘へ通達されるシステムになっている。鹿島やその姉の香取、そして鹿島の妹で現在は海上護衛部隊に転属している香椎、練習特務艦として潜水艦娘達の教導を担当する朝日の原隊とも言うべきFTCの審査基準は、部外者が見れば呆れそうな程に細分化されたステータスを見比べた上で艦娘の練度と言うものを数値として算出する。その要求ステータスや経験値は練度が上がれば上がる程に複雑かつ高難易度と化し、見込みあると判断された艦娘には幕僚過程の履修が許可され、ゆくゆくは艦娘上がりの提督が艦娘艦隊を率いる指揮系統の温床を整える環境づくりも行われている。秘書艦と言う地位を経験した事がある艦娘は総じて将官への昇進が将来的に見込めると判断された艦娘でもあった。

 ケストレルは当然ながら高等教育と言える幕僚過程を受講できるほどの練度ではない。成長の早い艦娘は確かにいるが、早すぎる練度の上昇は早熟に過ぎて逆に経験不足になり実戦で役に立たない場合になる。きちんと踏むべき過程を踏んで、成長しなければ、却って足手纏いでしかない。

 最もケストレルはタナガーと同様に元が軍艦の船魂と言う実体の有無の分からない存在が、人間として転生しただけあって、民間人や一兵卒の水兵から上がって来た艦娘と比べると、基礎練度そのものが異なって来る。艦娘と言うのは養成校や安全が確保されている海域にある基地での演習を積んで大体Lv20から35で初心者マークが外され、二線級艦娘として着任が許されるが、ストレンジリアル世界からの転生艦娘の場合は基礎練度の時点でLv40程度はあり、艦娘としての訓練を積むうちにLv50へと瞬く間に昇ってしまう。最初のストレンジリアル世界からの転生艦娘であるタナガーが戦死した時点での練度がLv81相当だった事を考えると、ストレンジリアル世界からの転生艦娘は素で出来上がっていると言えた。

 艦娘発着場へと進入した六人は、モーターの作動音を響かせて天井のレールを滑り、アームを下ろして来るガントリークレーンに、背中に背負う艤装を預けた。翔鶴と天霧と狭霧の艤装は整備員が数人がかりで持ち手を接続すれば持てなくは無いが、設備のある場所ではこういったクレーンに頼る。

 ケストレルもまた同じであった。広いアングルドデッキを備えた航空艤装と背中に沿う様にある船体艤装と至ってシンプルな構成だが、重量はそれなりに重い。艦娘の艤装は総じて長時間艦娘の足腰で支え切れる代物では無いから、小規模な反重力エンジンが仕込まれている。戦艦艦娘や重巡艦娘、一部軽巡艦娘などは反重力エンジンが無ければそもそも立つ事すら出来ない程に巨大な艤装を纏っている。ケストレルの場合、外観はそれ程大きく無くても船体艤装が大変に重かった。それもその筈ケストレルが既存の艦娘と足並みを合わせるのに苦労する源である二基の原子炉が内蔵されているのだから。

 クレーンで身体から外された艤装を見上げながら、ケストレルは身軽になった腰を軽く摩り、ポンポンと叩いた。ぎっくり腰、ぎっくり背中と言う概念はOFS「ケストレル」の頃に何度かその悲劇に見舞われた乗員を見ているだけに、熟知していたし、そうならない様にする動き方も学んでいる。

「本当に大出力ですよね、ケストレルさんって」

 今更ながらと言う顔を浮かべながら陸用の靴に履き替えた翔鶴が、自分より素で一〇センチ以上背丈が高いケストレルを見上げて言う。

「愚痴を言うのは失礼を承知ですが、艦娘の皆さんが低馬力に過ぎるんです」

 制帽に手をやりながらケストレルは内心抱えていた不満を翔鶴に吐露する。ある種の世代差を薄々と感じてはいたが、実際に動いてみれば歴然とした違いにケストレルは苛立ちに近い感情を覚えていた。オーシア海軍の駆逐艦やフリゲートの馬力は四万馬力前後で、天霧と狭霧の由来であり綾波型駆逐艦の五万馬力より低出力で、巡洋艦は七万馬力、イージス艦は二一万馬力程度とOFS「ケストレル」の頃から二八万馬力を出せる彼女と随伴艦との間には馬力差はあったが、艦隊運動において不自由を覚えた記憶は一切なかった。

 やはり加速と減速の加減の違いだろうか、とケストレルは制帽の鍔を掴んで唸る。既存の艦娘はどうしてもダッシュと減速に言い表し難い遊びがあった。機関出力を変える時、微妙にラグの様なものが生まれるのだ。ケストレルも大型艦に分類されるが故に舵の効きや、ピッチ可変にほんの少しラグを起こすが、同じ大型空母艦娘に分類される翔鶴よりも機敏に動けている自信はあった。

「しょうがないです、私達はそう言う仕様の艤装なのですもの。この先艦娘として過ごす以上はケストレルさんの方が合わせて頂かなくては」

 端正な顔に余り合わない苦笑を浮かべ、翔鶴はやんわりとケストレルの苦言を受け流した。その苦笑を見てはケストレルも我慢するしかないと自分を納得させる。翔鶴と同じ銀髪の髪を無意識にかき上げ、鹿島の方へ向き直った。

 その鹿島は天霧、狭霧、青葉と何か話し込んでいる様子だったので、彼女の手があくまで、ケストレルは自動販売機に足を向けた。

 今の人の姿を得る前、OFS「ケストレル」の頃に自分の中とも言うべき艦内で見た自動販売機で飲み物を購入する。今ケストレルが持っているお金は、本格的な艦娘としての給与が入るまでの間の繋ぎなので、贅沢は出来ないが、少なくとも自販機で飲み物を買う程度の贅沢は出来た。

 音を立てて落ちて来た缶を拾い、栓を開ける。彼女の好きなコーラの炭酸が抜ける音が響いた。

 

 

「なあ、鹿島。本当にあのケストレルとあたしら組む事になるのか?」

 不安をありありと浮かべた目つきで天霧が鹿島に問う。傍らで狭霧と青葉が油で汚れた手をタオルで吹きながら、天霧の言葉に耳を傾けていた。

「私に言われましても……提督か参謀長辺りに聞かれては? 私はただケストレルさんの評価と指導を行い、導き出された回答を基に指導し、報告するだけですから」

「あいつ、明らかに馬力が違い過ぎるんだよ。アングルドデッキを備えてる航空艤装って時点で、あたしらの由来となっている先の大戦時の軍艦ベースじゃないのは分かるけどさ。あいつが自由に走り回れるようにすると、こっちが全力運転で合わせる事になるからガス欠になるし、あい津の方が回転整合であたしらと足並みを合わせたら寧ろ回避能力が低下する事になる。

 艦娘は機関部の全力を発揮出来る同士の艦隊の方が、回避や艦隊運動性が良くなるんだぜ? あいつとあたしらじゃ違い過ぎてどっちかが骨を折る事になるぞ」

「そこは……ケストレルさんの方が合わせて貰うしかないんじゃ」

 おずおずと言う狭霧に青葉が首を振った。

「足に錘を繋がれては、どんなに身軽な鳥も自由に空を舞えません」

「……難しい問題ですね」

 鹿島も帽子を脱いで髪を揉みながら口をへの字に結ぶ。艦隊運動に苦労する相手がいると、概ねそう言う艦娘は同じ艦娘同士の世界でも、一人ぼっちの仲間外れにされやすい。現に島風は天津風や長波と言った親身に接してくれる艦娘が入隊して来るまで、少し外様気味、悪く言えば仲間外れの憂き目にあっていた感は否めない。天霧もそう言った島風の味わった孤独は見た事があるだけに、ケストレルの事を心配していたし、青葉も狭霧も同じだった。

「司令官が艦娘の機関部を新型ガスタービンに切り替える計画を依然話していましたが、どうにも予算の決着がつかなくて、まだ艦隊総軍で揉めているとは聞きますね」

「青葉さんの言う新型ガスタービンって、予算の決着がつかない程に高いんですか?」

 率直な疑問を述べる狭霧に、青葉は鹿島の様に口元をへの字に結んでから答えた。

「うーん、単純な調達予算の問題では済まないんですよね。新型エンジンに換装すると言う事は、それを整備する機材や予備備品を調達しないとですし、纏まった数を導入しないと、青葉達がケストレルさんの抱える悩みを同じ艦娘同士で抱える事になる。新型ガスタービンエンジンに換装するなら、配備中の全艦娘に一斉に実装するべきですが、そうなると今度は一定期間、艦娘艦隊の行動を全面的に休止しないといけなくなる。その間に深海棲艦が攻めてきたらお陀仏です。

 取り敢えず、一線級部隊や今整備中で可動状態から外されている艦娘の艤装に優先して新型ガスタービンエンジンに換装するとして、一体何人に上る事やら。防衛白書は読みましたが、新型ガスタービンエンジン一基で睦月型か神風型の艤装ワンセット買える価格です。大体軍の主力小銃一〇〇丁くらいは買えますよ」

「……んまあ、安くはねえよな」

 眼鏡をはずし、眼鏡吹きでレンズを吹きながら天霧は言う。眼鏡を取った相棒の容姿に狭霧が少し見とれた後、直ぐに彼女なりの意見を口にした。

「でも、そうした方が結果的には燃費の改善とか、諸々の今までの経費が安くなるはずですよね?」

「そう。だから、推進派と慎重派が協議と言う名の時間を浪費していると言う訳です」

 青葉自身は推進派なのだろうと思わせる口振りで語られるその物言いに、鹿島はふと何気ない質問を情報通の青葉に向けた。

「推進派って誰が主導しているのです?」

「ソラーレ・オストベルク中将が中心人物だとは聞いていますね。青葉達の日常では聞き馴染みのない名前ですが、調べた感じはドイツ方面軍の予備役将校上がりだとか。深海棲艦との戦争が始まった頃に当時のドイツ海軍に復帰して、ドイツ海軍がドイツ連邦軍共々統合軍に吸収されてからは、深海主戦派の一人として強硬策を唱える軍高官として、知られているそうです」

「知られているそう、と言っても末端の艦娘で知ってるやついるのかねえ、その提督」

 首を傾げる天霧に青葉は苦笑を浮かべるにとどまった。

 その後、ケストレルを交えてデブリーフィング等が行われた後、ケストレルはその足で軍病院へと赴いた。

 専門の精神科医、確かマツイ・セイヤと言う名の医師のカウンセリングを受け、薬物療法を受診してからは大分落ち着いた言うウミェールイへの見舞いだった。

 

 

 ウミェールイは自室で読書をしていた。いや、サイドテーブルに置かれた本の山を見るに、恐らくは語学勉強に励んでいる様子だった。

「調子はどうです?」

「少しは、生き方を変えてみようかな、と想う様にはなりました」

 この世界で言うスラヴ系の整った顔立ちに微笑を浮かべて言うウミェールイは、精神的疲労による窶れは少し残っていたが、たった数日で相応の回復を見せていた。自分が艦娘としての練度を早くも上げていくのと同じように、ウミェールイも一見すると精神的な回復は早い様に見えた。

「今は日本語のお勉強です。人の姿って、不自由もありますけど、面白い発見もありますよね」

 そう言ってふふっと笑ったウミェールイは、少しトイレに行ってきます、とゆったりとした足取りでトイレに向かった。

「結構、何とかなりそうかしら」

 艦としてではなく、人間としての初対面時は今にも自殺をしそうな程に気を滅入らせ病んでいたウミェールイの姿を思い浮かべながら、あの時よりは随分マシになったとケストレルは思っていた。そして何気なく、ウミェールイが日本語の勉強に使っているらしい書籍を手に取る。

 いくつかの参考書の下にノートが置かれているのに気が付いたケストレルは、日々日本語を書いて練習していたのだろうと、そのノートを何気なく捲った。そして捲った瞬間に現れた文字の列に、思わず取り落としかける程にゾッと戦慄を覚えた。

 ノート一杯に、ぐちゃぐちゃな字で「ごめんなさい」とびっしり書き込まれていたのだ。一ページだけではあったが、ノートの隅から隅に至るまで、ぐちゃぐちゃなウミェールイの心情をダイレクトに表すかのように、何度も鉛筆の芯を折った跡を浮かべ、崩壊寸前の精神で書いた「ごめんなさい」の文字が余白無しに書き込まれていた。不自然にノートが歪んでいるのは涙の雫を垂らした痕か。

 それでも二ページ目からは、順当に「あいうえお」の平仮名が丁寧な書体で書かれており、三ページ目、四ページ目にはカタカナも書き込まれていた。ウミェールイの癖なのか、ユートバニア固有のアルファベット(リアルワールドで言うキリル文字)っぽい字体ではあったが、きちんと字を書いていた。

 しかし、自分の見ていない所で、ウミェールイの精神を落ち着かせる為に、相当な苦労が払われたであろう事を今になってケストレルは知った。参考書とノートが積まれていた机の反対側には、大量のカプセルが入れられたケースが置かれており、一筋縄では解決していくとは思えないウミェールイの精神治療の過程が見て取れる。

 トイレからウミェールイが戻ってくるまでにケストレルはノートと参考書を元に戻して、何も見ていなかったフリをしたが、病床に座る同じ世界からの転生者の心の闇をはっきりとこの目で見た気がして、内心滝の様な汗が流れ出るのを感じながら、ウミェールイとの他愛の無い話を交わした。

 夕食時前に部屋を辞する際、ケストレルは制帽を被り直しながら、ウミェールイに自らの願望を告げた。

「いつか、共に再び海の上に出る日が来ることを願って、待ちます」

 

 

「合戦準備、合戦準備! 全艦対水上戦闘用意!」

 潜水艦の襲撃、深海巡洋艦部隊との交戦、ヌ級flagship級二隻を中核とする深海護衛空母部隊、そして一夜かけてもう一群の深海護衛空母部隊との夜戦を経て、ようやく辿り着いたKW環礁海域の最深部を前に、愛鷹は続行する全艦娘に戦闘配置を命じた。

 三一センチ三連装主砲を備えた愛鷹、長門型改二化に伴って外された四一センチ連装主砲の予備二基を大破した主砲艤装に移植して再生し、更に戦闘機紫電改四一二機、彗星一二型六三四空機八機を艦載する航空艤装を備えた事実上の航空戦艦として再生された愛鷹型甲巡の大峰、阿賀野型軽巡矢矧改二乙、そして三二駆の涼波、藤波、早波の三人の計六名からなる艦隊は、夜戦で軽微な損害を受けつつもKW環礁最深部への進出を果たしていた。

 前方の海面に広がる赤く染まった海と黒く染まる雲に覆われた空に、見慣れた風景に似た感情を抱きながら、愛鷹はヘッドセットの通知スイッチを押すと、後方に控える艦娘母艦「わかたか」へ一報を入れた。

「『わかたか』へ連絡。我が艦隊は敵最深部艦隊を捕捉セリ。……やるわよ、戦闘配置! 砲戦よ!」

 愛鷹率いる艦隊の本来の任務は、最深部海域に展開する深海棲艦の任務部隊主力への威力偵察だったが、愛鷹としては今ここにいるメンバーで殲滅できない相手ではない筈だと、自信を持って戦闘配置を発令していた。この艦隊は負ける筈がない、皆経験豊富なベテランぞろいなのだから。夜戦での会敵ではヒヤッとする場面はあったが、雲はあれど見通しの効くこの昼間なら勝負も……。

 その愉悦に似た感情は対空電探で警戒を行っていた矢矧の叫び声に遮られた。

「……ッ!? 対空電探に感あり、一一時上方に機影多数! 速い!」

「頭上……何ッ!?」

 咄嗟に指示された方向へ首を巡らせた愛鷹の耳に、深海艦載機群の飛行音が聞こえて来た。いや、飛行音では無かった。急降下の甲高い降下音だった。

 愛鷹隊にとって不幸だったのは、KW環礁海域最深部では深海棲艦による電波障害で最も探知距離の長い対空電探のレンジが狭まっており、早期警戒が不十分だった事、もう一つ彼女達にとって不幸だったのは、KW環礁海域最深部に展開する深海棲艦任務部隊主力の中でも最も強力な空母機動部隊が襲って来た事の二つであった。

 不幸と言えば不幸であったが、それ以外にも旗艦愛鷹を含めた愛鷹隊全員の慢心が招いた必然だったのかも知れない。

 カタパルトに接続されていた大峰の紫電改四が二機、スクランブル発艦し、即座に輪形陣に陣形を変えて対空防御の構えを取ったまでは良かったが、早期発見が遅れたことが愛鷹隊の進退を決定づけた。

「対空戦闘! CIC指示の目標! 攻撃始め!」

 輪形陣に移行し、対空火器を空に全て向け、愛鷹が「攻撃始め」を命じたのと、急降下爆撃である深海地獄艦爆二四機が急降下による突入を終え、爆弾投下に移行するのは同時だった。ようやく打ち上げられ始めた対空砲火の火箭、砲煙は既に爆装を投下して身軽になった深海地獄艦爆を捉えるに至らず、代わって二四発の爆弾の雨が、輪形陣中央に布陣する愛鷹と、前衛を務める矢矧に向かって降り注いだ。

 前後左右に着弾する爆弾が作り出す水柱に視界を遮られ、身体を圧迫するような着弾の爆発の衝撃波に揉まれる愛鷹の視界の端に、躱し様の無い爆弾一〇発程が見えた。何れも一〇〇〇ポンド級の徹甲爆弾だった。

 次々に着弾する爆弾が艤装を打ち砕き、爆炎が艤装上を舐めまわし、飛び散った破片が愛鷹の身体を切り裂いた。悲鳴を上げる愛鷹の脳天を何かが一撃したかのような衝撃が一瞬走ったかと思うと、世界が深紅に燃え上がり、意識が消失する程の衝撃と轟音が愛鷹を飲み下した。

 

 

「空母艦娘として、艦載機を運用する事になる訳だが、現段階では君の艤装内から発見された航空機は航空妖精の側に機首転換訓練を要するので、機首転換が終わるまでの間、君にはこの機体を運用して貰う」

 第八方面軍海軍航空隊の中でも艦娘航空隊の司令官を務める瀬戸大佐の見せる、ラジコン飛行機程のサイズの航空妖精が乗り込む艦上機を見せられ、ケストレルは少しばかり驚きを見せながら、差し出された機体を受け取った。ずしりと重い機体には航空妖精が自信たっぷりな表情を浮かべて乗っている。

「これは何て言う機体です?」

「噴式景雲改と橘花改だ。景雲改が艦上攻撃機を担当し、橘花改が艦上戦闘機の役割を担う事になる。両方ともカタパルト射出を前提にした機体だから、艤装に四基のスチームカタパルトが備わっている君の艤装なら、迅速な艦載機の展開が可能だろう」

「ふーん……随分古典的な機体ですね」

「そう言うなって。航空妖精の方の機種転換が終われば、その景雲改と橘花改と概ね同じサイズのF-18やF-14が君の艦載航空戦力となるから、あくまでも繋ぎだよ。

 所で、艦載機運用に当たって、各空母艦娘の艦載機には固有のコールサインを割り当てるのだけれど、君としては何かこう名付けたいという希望はあるかな?」

 瀬戸の言葉にケストレルは、軽く考え込んでから、ストレンジリアル世界の時の自身の空母航空団や僚艦の空母航空団で使われていたコールサインを口にした。

「ヴァイパー、ヘイロー、オメガ、アルファ、デルタ、この五つで呼び分けしようかなと思います。ただとっておきのコールサインが一つありますが、それは使えないですね」

 彼女の言う、とっておきのコールサイン、それは恐らく自分の空母艦娘としてのキャリアの中で、「ACE of ACES」とも呼べる程の熟達し、尚且つ「絶対に生きて帰って来る」事が出来た航空妖精だけに与える事になるコールサインになるだろう。

「今は、使う事が出来ないコールサイン……か。どんな名前か、くらいは教えて貰っていいかな?」

 興味が湧く瀬戸大佐の好奇心に満ちた目を見返しながら、ケストレルはその名を口にした。

「ラーズグリーズ」




 ケストレルの口にした「ヴァイパー、オメガ、ヘイロー、アルファ、デルタ」のコールサインの飛行隊は実際にACECOMBAT5本編をやっていると聞けるモブオーシア飛行隊のコールサインだったりします。
 あと没無線情報によるとヴァイパー隊はブービー達サンド島基地飛行隊と同居してた飛行隊だったとか。
 
 また次回のお話でお会いしましょう。
 感想評価、お待ちしています。
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