艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2   作:岩波命自

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第七話 崩壊

 地球そのものが呻き声を上げて身を捩じらせたかと思わせるその異音の正体を最初に把握したのは、第八方面軍地下司令部の基地管制オペレーターだった。

「基地の港湾部区画の管制システムに異常表示! 三〇〇秒以内に港湾区画の大部分がオートパージされます!」

「何だと!? 港湾区画の制御室を呼び出せ、直ぐにキャンセルコマンドを入力だ!」

 ショートランド泊地の泊地司令官が顔面を真っ青にして叫ぶ。司令部に降りていたミューラーやアッテンボローと言った第八方面軍司令部要員も、突然の異常事態に顔面から血の気を引かせていた。

 人類統合軍第八方面軍司令部のあるショートランド泊地が置かれるショートランド島は、その島面積に対して、軍部が要求した軍事施設建設可能エリアは充分とは言い難いものであった。人類統合軍の対深海棲艦ソロモン戦線の最前線基地として整備するにあたり、医療施設、居住区角、司令部施設などで手一杯になるショートランド島に更に大規模な艦娘発着設備などの港湾設備を設ける余裕は無かった。この問題を解決する為に港湾区画は固定型人工フロートで形成されており、島にある軍事施設を遥かに凌ぐ面積の港湾施設が人工的に造成された。

 これら拡張された港湾区画は、地震や津波と言った災害時に損傷した場合、損傷区画をパージする事で被害を最小限に抑える機能を持ち合わせている。部分的なパージが可能と言う事は、当然ながら全て「破損した」と言う想定の元なら、全区画のパージも可能である。

 人工の港湾区画には、今対空砲や艦娘の緊急発進の作業に追われる作業員や兵員が大勢いる。最前線基地ウィスキー島への補給、補充物資なども一部集積されており、大型艦娘母艦が一隻停泊できる巨大埠頭も存在する。それらが規定時間後に全て連結と固定を解除され、全区画が崩壊する事になる。この際、深海棲艦の空爆云々以上に深刻な問題がショートランド泊地を襲おうとしている状況では、出港退避に移る艦娘の管制や、防空指揮等に構っている余裕がない。

「港湾区画制御室、応答せよ! 港湾区画制御室、応答せよ! ……港湾区画制御室、応答なし!」

「応答無しとはどう言う事だ!? 港湾区画を全てパージするコマンドなんぞ、あそこからしか発信できないぞ。監視カメラは!?」

「港湾区画制御室の監視カメラは、先程の爆撃で回線が損傷したらしく、映りません!」

「ええい、誰か向かわせて確認させろ! 何処の阿保がこの忙しい時に解除コマンドを……!」

 明らかに不自然さが漂う司令部内に置いて、ミューラーは副官を呼ぶと、憲兵隊に連絡を入れる様に指示を出した。

「どの様な指示を?」

「この島から、何者かがどさくさに紛れて脱出する可能性があるかも知れない。基地の見張りを強化させろ。工作員が紛れ込んでいるかも知れない」

 あり得ない話ではない。人類統合軍の親元である人類統合政府に反発する組織や勢力は世界各地に少なからず存在する。多くが統合政府樹立に反対した中小国であり、深海棲艦の脅威によって統合政府が設立される以前はテロ支援国家として国際的な規制対象に置かれた国々や組織である。統合政府と統合軍の発足後も、嫌がらせレベルから大規模な破壊工作に至るまでの妨害行動を行って来ているし、中には深海棲艦こそが人類にとって友好的存在と見なし、それに敵対する人類統合政府と統合軍、艦娘こそが世界の脅威と唱えるカルト的組織も存在する。

 そう言った破壊工作の疑いを向けるミューラーの指示を受けて副官が基地警備の憲兵中隊の中隊長に連絡を入れる。

「ここが崩壊する様な事があれば、ウィスキー島への兵站線が後方のラバウル基地からになり、更には奪還したサーモン北方海域への我が軍の影響力を弱める事になりますね」

 深刻な表情を浮かべたアッテンボローの言葉に、ミューラーは黙して頷く。ショートランド島の基地機能が失われれば、後方のラバウル泊地にまで前線が下がる事になり、必然的にウィスキー島への補給中継地点が無くなって、厳しい長距離の無補給補給線に切り替えざるを得なくなる。随伴護衛の艦娘には過酷な護衛航路となるし、ショートランド泊地と言う存在があったからこそ、補給部隊への艦隊規模の襲撃を防げていた一面もあるし、半年前に制海権を奪還したばかりのサーモン北方海域の制海権維持も危うくなる。

「深海棲艦か、それとも破壊工作員によるクラッキングの可能性は?」

 桐生少将の発言に、限定的ながら港湾区画の制御システムをモニター出来るオペレーターが、首を横に振る。

「バックドアが仕掛けられた形跡はありません。何者かが制御室に潜入して、全区画の強制パージを入力して発動させたとしか……」

 今自身の前にあるコンソールから、全区画のパージコマンドのキャンセルを行えたら、という悔しげな表情を浮かべて答えるオペレーターに、桐生は唸り声を上げながら分かったと頷いた。

「警備室にも誰か行かせて、警備室の警備ログを抑えさせろ。パージされる区画の中に警備室もある。証拠が消されるぞ」

 ミューラーの指示に、手空きの要員数名が地下司令部を飛び出して、警備室へと駆け出して行った。

 破滅が刻一刻と迫る中、意識の埒外に出かけていた爆音と地響きが再び響き、強化バンカーとして作られている地下司令部の天井を小刻みに揺さぶり、微かに司令部の大画面のディスプレイが明滅する。

「深海艦載機群の爆撃、西第三区画を直撃! 損害不明!」

「東第二-五区画、損害甚大。燃料タンクへの延焼を防げ!」

「C-RAM、三基が大破。艦娘艤装整備場三号棟が完全破壊。被害不明!」

「停泊していた駆逐艦『カーマン』『ハリス』『カルヤン』大破着底を確認!」

「緊急出港に移った艦娘の四五パーセントは出港完了。一五パーセントは出港開始。残りは準備中です」

「防空隊、依然交戦中。撃墜一一機確認、損害は三機」

 デスクの上で握りしめる両拳を握りしめ、ミューラーは祈る様な思いで呟いた。

「頼む、凌ぎ切れ……」

 

 

 出港完了した戦艦ニュージャージー、空母翔鶴、瑞鶴、ケストレル、改装重巡青葉、軽巡鬼怒、駆逐艦天霧、狭霧は輪形陣を組んで港湾部からの脱出を急いでいた。途中、出港が完了したヘイウッド・L・エドワーズとリチャード・P・リアリーの二人が合流し、更に長門、陸奥、秋月、照月の四人も外海での合流を計らんとしている。

 基地を爆撃していた深海艦載機群の第一波が去って直ぐに、第二波が飛来し、基地だけでなく脱出に移行する艦娘にも狙いを定め、爆撃行程に入り始める。

 C-RAMが猛然とガトリング砲の砲火を撃ち上げるも、気味の悪い落下音が相次いで空に響き渡り、その落下音が極限にまで大きくなった瞬間、地上で多数の爆発の炎が噴き上がった。格納庫や倉庫が天井をぶち抜かれて内部にあった武器弾薬等の集積物資に誘爆して爆発炎上し、艦娘の発進と作業員の退避が済んだ艤装整備場が直撃を受けて、予備部品やクレーン、工具と言ったものの残骸を床にぶちまけ、それを炎が均並みに呑み下した。

 対空射撃を行うC-RAMにも爆弾が命中し、農業用サイロの様なレーダードームが砕け散り、へし折られた多砲身機関砲がけたたましい音を立てて地面に転がる。

 爆発が起こる度に、基地要員がそれに吹き飛ばされ、破片に切り刻まれて落命する者や、重傷を負う者が続出する。埠頭に係留されていた火力支援艦役のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦三隻が爆発炎上しながら横転し、甲板上に居た乗員が装備品諸共に海面へと滑り落ちて行く。

 艦娘艤装用燃料タンクが直撃を受けた瞬間、一際大きな爆発が起こり、熱風と衝撃波を周囲に広げて、新たな火災を引き起こしていく。

「舵戻せ! 第三戦速、港を出るんだ!」

 長門の叫び声が背後から聞こえる中、接近する深海艦載機群の群れが彼女達に向かっていく。深海地獄艦爆と深海復讐艦攻の混成編成だ。

「対空戦闘用意! 対空電探、セクター捜索始め!」

 青葉の鋭い号令が走り、対空目標の諸元を13号対空電探改が補足し、21号改二対空電探がより詳細な諸元を解析する。

「対空戦闘、防空管制艦指示の目標! トラックナンバー3401から3406、エンゲージ・ガン!」

「FCS on Target」

 防空管制艦青葉よりも防空能力に秀でるアイオワ級戦艦艦娘のニュージャージーが低い声で言う。

「第一目標、目標近態勢」

 右肩に担ぐ主砲艤装から展張された照準器を覗き込み、接近する深海艦載機群を見据える。

「ガン・インレンジ! 主砲、撃ちー方始めぇッ! 発砲!」

 刹那、青葉の右肩で火焔が迸り、右耳を聾する轟音が鳴り響いた。二〇・三センチ二号砲が砲身内に装填されていた三式弾改二の撃針を撃発し、装薬を砲身内部で爆発させて赤く塗装された艦娘用の対空威力調整破片弾を砲身から紅蓮の炎と、褐色の砲煙と共に叩き出し、ショートランドの島全体を覆いつくそうとする深海艦載機群の一角に、四発の対空砲弾を撃ち上げていく。巨人ガリバーに挑むリリパットの様な小さな対空射撃に、大槌を打つ様な砲声が遅れて轟いた。

「Commence Firing!」

 赤い髪のアイオワ級戦艦艦娘が叫んだ直後、彼女の叫び声の数倍はある九つの一六インチMk.7主砲が閃光を放ち、遅れて目に見えぬ衝撃波を瞬間的に周囲に広げ、青葉と同じ火焔を砲口に迸らせる。火焔は黒煙へと変わり、黒煙は褐色の煙へと薄れていく中、三基九門の一六インチ砲から撃ち出された三式弾改二がショートランドの空へと昇って行く。

 青葉とニュージャージーの三式弾改二は青空に登って行き、弾頭の近接信管が最も近い位置にいる深海棲艦艦載機群から跳ね返って来たドップラー波を探知するや、信管へと起爆信号を送った。パッと起爆の閃光を放ち、一三発の口径の異なる三式弾改二が炸裂した。空の一角で炸裂した一点を基点に白煙を引きながら無数の散弾を周囲に拡散させていき、編隊を組んで眼下の艦娘へ急降下を行おうとしていた深海地獄艦爆や、水平爆撃を行おうとしていた深海復讐艦攻の群れに鉄の欠片で出来た横殴りの雨を叩き付けた。

 触れるものをずたずたに切り裂き、破壊する死の局所豪雨を浴びた深海地獄艦爆と深海復讐艦攻が、空の塵や空の消し炭となる中、僚機が複数いっぺんに吹き飛んでも動じた様子も見せずに、深海復讐艦攻の先陣が爆弾槽を開き、徹甲爆弾を投下する。投下というよりは、深海艦載機群の胴体から生物的な気持ち悪さを伴う分離とも言うべき投下方法で眼下へ向けて落とされた爆弾が、風切り音を響かせ、回転しながら急激に高度を落としていく。

 ずんという足元から響く腹に籠る衝撃音が響くや、輪形陣を組む青葉達の周囲に、海水の塊で出来た白い塔が天高く幾つもそそり立ち、まるで監獄の鉄条網の様に彼女達を囲い込む。一時的な水柱の監獄の檻に前衛を務める天霧が真正面から突っ込んで、踏み潰す様に乗り越えて突破口を切り開く。

「敵機群、近づきます。090度から一二機、065度からも八機。更にその後方、078度より一八機」

「そいつらは任せろ!」

 狭霧が自身の対空電探の反応を告げた時、背後の方から基地への爆撃の着弾音とはまた異なる、ある意味聞き慣れ過ぎて鼓膜に張り付いて離れない、四一センチ主砲一〇門の斉射音が青葉達の背中を追いかけて来た。

 頭上を飛び越し、飛翔音を残して078度の編隊に突っ込んで行った四一センチ三式弾改二が、空中で花火のスターマインの如く連続で閃光を咲き乱れさせ、一〇個の閃光から無数の数えきれない鉄片を持って広大な空の一区画を覆いつくしていく。複数の戦艦艦娘の全力射撃を行えば、文字通り空域制圧砲撃すら可能な三式弾改二の鉄の雨が回避の遅れた深海艦載機群を呑み下していく。

 周囲を囲む随伴艦達の中でケストレルはその足並みに合わせながら、港外への脱出と言う経験のない外海への出立に緊張感を強めていた。これまでの港湾部内での航行演習とはまた違う、波が高い時は艦娘の背丈すら超える荒波が吹き荒れる過酷な環境の大海が、目の前に広がっている。

「三時方向より深海艦載機群、数二四機!」

 CIC妖精が叫ぶ声がケストレルのヘッドセットのイヤフォンから飛び出し、否応なしにケストレルにも深海棲艦の手が寄りつつあった。

 輪形陣を組んでいるとは言っても青葉とニュージャージー、鬼怒、天霧、狭霧、ヘイウッド、リチャードの対空射撃はそれぞれ九時方向、一一時方向、六時方向から接近を試みる深海艦載機群への対空射撃で手いっぱいだった。後方の長門と陸奥に随伴する秋月と照月の対空射撃はこちらにまでは届かないか、有効射程とは言い難い。

「やるしかないわね」

 左舷の航空艤装の右スポンソンに備えられているCIWSのグリップを掴み、制御コードで繋がれたそれの安全装置を解除する。ずしりと重たいCIWSのサムセーフティーを外すと、白いサイロ状の構造物の内部に内蔵されるレーダーが深海艦載機群を追尾し始める。右手に持つCIWSを見て、ケストレルは前世、いやストレンジリアル世界で自分が対艦ミサイルによって沈められる直前、第二波の対艦ミサイルを迎え撃ったのがこのCIWSだったなと思い出す。迎撃距離が短すぎて、弾幕を張っても防げなかったが、今右手頭上から接近する深海艦載機群とはまだ距離があり、ケストレルが対空迎撃を行うには充分な余裕があった。

 三時方向から来る深海艦載機群に対し、ケストレルを護る様に翔鶴と瑞鶴がケストレルの右翼に布陣する。練度の高い艦娘が、練度の低い艦娘を援護、庇うと言う行為はごく自然な艦娘間の上限関係であった。殊に艦種によってはその庇う行為の重要度は変わって来る。ケストレルは空母艦娘として極めて巨大艦に値し、その戦術的、戦略的価値は計り知れない。それに加えて翔鶴型の二人は装甲空母であり、多少の被弾は大した事にはなら無い。対空兵装もお世辞にも防空能力が高いとは言えない方の駆逐艦娘や海防艦娘よりも充実している方であり、深海艦載機群が空母と侮って近寄れば、威力調整破片弾と二五ミリの砲火で叩き落とされる事になる。

 翔鶴と瑞鶴の二人の動きに、無駄は無かった。着任当時は一航戦の加賀から軽く見られる傾向のあった二人も、数々の修羅場、死線を潜り抜けて、数多の空の戦いを経験して来る中でその練度は非常に高い水準に達し、守られる側のケストレルからすれば二人の足元にも及ばない、ベテランの艦娘になっている。

 空母の二文字目の「母」という文字と同じような何処か母性的な雰囲気を漂わせる可憐で、しかしその目と心に通る芯はセコイアの大木の如く太く、頭は常に万年雪が積もる氷河の氷の様に冷静な翔鶴が、凛と張った声で命じる。

「五航戦、対空戦闘用意!」

「了解!」

 即答する瑞鶴の言葉に、無駄な台詞回しは無い。二人の艤装上で一二・七センチ連装高角砲、二五ミリ三連装対空機銃、一二センチ三〇連装対空噴進砲と言った対空兵装が、対空電探に誘導されて、空の一角を睨み上げる。射撃管制装置が射高の概念も取り入れた射撃諸元を算出し、各対空火器にデータを入力する中、突如翔鶴、瑞鶴の二人の後ろでケストレルが対空戦闘を発令した。

「対空戦闘! CIC指示の目標! 艦対空ミサイル、攻撃始め!」

 作動音と共にケストレルの艤装の右舷全部のスポンソンに設けられた八連装の近SAM発射機がぐるりと発射口を三時方向の敵機に指向するや、発射を知らせるアラームがケストレルの艤装上で鳴り響く。鳴りやんだ直後、褐色のブースターの噴射炎がケストレルの航空艤装の右舷艦首側の一角を埋め尽くし、長身のケストレルの身体そのものの一部も覆い隠す。鋭い発射音と共にどんな弓の名人も及ばない速さで八発の艦対空ミサイル(SAM)を発射していく。

 たった八発のSAMだったが、深海艦載機群に与えた心理的な効果は非常に大きかった。それもそうだ。大型の鳥程度の大きさしかない深海艦載機群に、人類の通常兵器の軍艦の艦対空ミサイルが発射されても、シーカーが補足し切れずに目標失探で悉く躱されてしまうのだから、明確に自分達の動きに合わせて軌道を変えて追尾して来る艦対空ミサイル八発を前に、深海地獄艦爆と深海復讐艦攻は慌てて回避機動に入る。爆弾槽に抱いた大型の徹甲爆弾によって鈍重と化している機体を無理やり捻り、躱そうとする艦載機群だが、八発の艦対空ミサイルは捉えた獲物を絶対逃がさない蛇のようにブースターの軌跡をくねらせ乍ら追いすがり、三式弾改二と同じ原理の近接信管が起爆信号を信管に送るに充分な反射波をがっちりと捉えると、弾頭に装填されている散弾を一斉に解き放つよう、信管に信号を送った。

 空中の一角で八回の小爆発が起こり、ぶちまけられた散弾が補足された深海棲艦の艦載機に鉄片の嵐を吹き付けた。密集隊形が災いし、八発の艦対空ミサイルは発射弾数以上の数の深海地獄艦爆と深海復讐艦攻を一度に屠った。砕かれ、或いは制御不能に落ちった深海地獄艦爆と深海復讐艦攻が破片を空に撒き散らし、空の欠片になって散っていく。

「トラックナンバー2601から2615まで撃墜確認!」

「新たな目標、120度! 目標群散開して再接近を試みる!」

 矢継ぎ早にケストレルCIC妖精が報告を飛ばす。別れた敵機群の内、一群に両手で構えたCIWSの銃口を向けたケストレルは、咄嗟に射線方向にいる瑞鶴に向かって、引き金を引く前に叫んだ。

「耳を塞いで!」

 その理由を問うより早く、瑞鶴が両手で耳を塞ぎ、口を開けて発砲時の衝撃に備えた。それを確認したケストレルは誤射や暴発防止の為に重いトリガープルの引き金を引き絞った。作動音と共に六本の銃身が回転を始め、コンマ数秒後無数の二〇ミリ弾が金切り声を上げて発射される。

 青空を切り裂く様に放たれた二〇ミリ弾が迂闊に近づいていた深海地獄艦爆を、その銃弾の濁流の中に巻き込む。卓越したドラマーでも出来ないであろう金属を連打する音が響き、無数の二〇ミリ弾の濁流に呑まれた深海地獄艦爆が文字通り消し飛んだ。一機、二機、三機と爆弾を抱えたまま艦爆が空から消し飛ばされ、かつて艦爆であった事を示す細切れの残骸だけが空からひらひらと舞い降りて来る。

 もう一方から来る深海復讐艦攻にケストレルがちらりと目を向けると、翔鶴の高角砲と噴進砲が発射した弾幕が正確に、翔鶴自身をぴたりと爆撃コースに合わせていた艦攻のみを射抜く。艦娘の対空射撃は、概ねその爆撃する側に正確な爆撃を行わせない、「嫌がらせ」程度の物を求められる程度であるが、翔鶴はそのセオリーを敢えて反して、正確な射撃で艦攻を、それも直撃弾を出すと分かった機体のみに狙いを絞って撃墜していた。

「見事な腕前よケストレル」

「翔鶴先輩も流石です」

 短いが互いの射撃の腕前を褒めるケストレルと翔鶴の二人の横で、外様に置かれる瑞鶴が少し頬を膨らませて、少し子供っぽい不満そうな表情を浮かべるが、何も言わずに瑞鶴は乱れかけた隊列を戻し、青葉に撃墜報告を入れる。

「青葉、こっちは二四機の艦爆と艦攻の九割方を落としたわよ」

 刹那、爆撃を受けていた港湾部の燃料タンクが耳を聾する爆発音と、顔を見えない雑巾で思いっきり叩いた様な衝撃波を広げながら大爆発を起こし、瑞鶴の報告をかき消した。何か瑞鶴が知らせて来ていたのは聞こえた青葉は、馬鹿になりかける耳を抑えて怒鳴り返す。

「何ですか!? 聞こえません!?」

「こっちに来ていた攻撃隊を叩き落としたわよ!」

 大体三時方向ら辺を右手で指さしながら、瑞鶴も怒鳴る声でもう一度知らせる。グレイッシュピンクのポニーテールが大きく揺れ、瑞鶴の指さす方向を見上げて、最早残骸の痕しか残らない空を見上げて、青葉は自分とは逆にツインテールの空母艦娘の目をまじまじと見つめて問う。

「二四機の殆どを五航戦の二人で?」

「な訳ないでしょ、ケストレルのSAMとCIWSが半分以上は消し飛ばしてやったわ」

 功労者の名を口にする瑞鶴から視線を外し、即応弾を使い切ったCIWSをスポンソンに収めつつ、対空警戒を続けるケストレルの長身を見て、青葉は強い納得感を覚えた。それもそうだ、艦娘の艤装兵装として未だに実現ならない誘導弾や高性能多砲身機関砲を備えているのだ。深海棲艦と言う異形の存在に置換されているとは言え、技術レベル自体は第二次世界大戦レベルでしかない深海棲艦の艦載機は成す術も無く粉砕された事が青葉にも容易に想像出来た。

 戦艦タナガーはCIWSしか備えていなかったが、ケストレルはCIWSだけでなく、即応弾に限れば必中の艦対空ミサイルも備えている事を考慮すると、その防空能力たるやタナガーすら凌ぐ高性能艦なのかもしれない。そう言えばタナガーも、ストレンジリアル世界時代の頃は艦対空ミサイルを備えていなかった悔しさを語っていたような……。

 

 艦娘達への空爆は艦娘自身の対空射撃で退けられていたが、基地への空爆は防ぎ切れず、投下された爆弾が倉庫を焼き払い、クレーンをなぎ倒し、集積されていた貨物コンテナを薙ぎ払い、駐車されていたトラックを吹き飛ばしていった。随所で火災が発生してオレンジの炎が空に黒煙を高く昇らせていき、その火焔の向こう側で基地要員の怒号が飛び交う中、崩壊しつつあるショートランド泊地を背に、艦娘達は続々と港外へ脱出して行った。

「クソ、アタシらの家が……」

「皆、燃え落ちて行く……」

 悔しさと無力感を滲ませた天霧と鬼怒の呻き声が上がる中、再び地球そのものが蠢く様な轟音が響いた。直後に基地全体に響き渡る生きているスピーカーから警報音が鳴り響き始め、消火ホースを握って消火作業を行っていた基地要員や、瓦礫の下に埋もれた仲間を救出しようとしていた基地要員が一斉に同じ方向へ向かって駆けだした。

 その様を双眼鏡で見た狭霧が、レンズを下ろして呟く。

「何……何が起こるの……?」

「あれは……基地の拡張区画の緊急パージ警報?」

 ニュージャージーが呟いたその時、長門から避退する全艦娘に向けて、絶叫染みた警告が飛んだ。

「全員、逃げろ! 基地が崩壊するぞ!」

 

 港湾区画制御室からの区画パージコマンドの入力は、不可能だった、コンソールやディスプレイが物理的に破壊されており、どうする事も出来ない有様だった。制御室に駆け込んだ要員は、結局何も出来ぬままに制御室から脱出するだけで精一杯だった。警備室は基地要員が辿り着く前に、区画のパージが始まり、こちらは逃げる間もなく崩壊する基地区画ごと要員は運命を共にした。

 天と地が崩壊するとはこの事だろうかと思わせるショートランド泊地の港湾区画の全区画のパージが始まった。がっちりと結合していたブロックごとの連結と固定が解除され、既に爆撃で損傷を受けていた港湾区画ブロックが次々に足場を失って沈み始める。なお健在だったクレーンが倒壊し、艦娘達の発着場がブロックごと崩壊し、残骸と化していた建物や貨物コンテナと言ったオブジェクトの数々が支えを失った基盤の傾斜によって海面へと滑り落ちて行く。

 そしてその支えを失って崩壊する港湾区画ブロックの轟音に交じって、逃げ遅れた基地要員の断末魔の悲鳴が一瞬上がり、すぐさま崩壊音にかき消されるか、声の主自体が重量物に押しつぶされて声を消される。

 ミューラー達第八方面軍司令部は幸いにも陸上部にあったので事なきを得たが、机や天井、椅子を天変地異の地震の如く揺らす港湾区画パージの衝撃と無関係で済んだ訳では無かった。司令部施設全体に響き渡る警報音と泊地の崩壊音は鳴りやむ気配は無く、衝撃で天井のパネルが数枚剥がれ落ちて、運の悪いオペレーター数名がパネルの下敷きになる。

 亀裂が走る司令部の大画面ディスプレイの幾つかが完全に割れるか機能不全でブラックアウトを起こす。表示する情報の悉くが「EMERGENCY」表示になっていたとは言え、薄暗い司令部施設を照らす数少ない光源だったディスプレイが損傷する度に、薄暗い司令部施設が更に暗く沈み始める。

 港湾区画のパージが全て終了した直後も惨禍は止まらない。脱出が最後だった艦娘達に死神が追いすがるかのように、区画のパージ時に起きた津波が彼女達の背を軽く超える高さとなって押し寄せたのだ。

 悲鳴と波飛沫の音が鳴った後、一〇名近い艦娘が津波に呑まれて転覆する。ブイの様に浮かび上がれるとは言え、津波にもろに呑み込まれた艦娘は一時的にだが海中に沈み、その間、閉鎖が間に合わなかった艤装の煙突などから海水が流入して機関部に深刻なダメージを入れる。津波に呑まれもがく艦娘達の手から主砲艤装が、足からは主機兼靴が、濁流に剥ぎ取られ、酸欠に耐えきれずに開かれた口から容赦なく海水が気道へ流れ込む。

 

 

「全速で退避!」

「逃げろ逃げろ!」

 青葉と鬼怒の叫び声に言われずとも、雑多な混成部隊は津波が押し寄せる前にと全速力で外海へと逃げる。先頭に立って逃げる青葉、鬼怒、ニュージャージー、翔鶴、瑞鶴、ケストレル、天霧、狭霧、ヘイウッド、リチャードからなる艦隊と、それに遅れて長門、陸奥、秋月、照月の小艦隊が続くが、その背後にいた艦娘達は逃げきれず、港湾区画崩壊の津波に呑まれた。

 ようやく轟音が鳴りやみ、津波すらも振り切った一同が振り返ると、人工の構造物の大規模な廃棄場と化したかつてのショートランド泊地だった跡地だけが、不気味に訪れ始めた静けさの中に広がっていた。

 

 

 水平線の向こうで人類統合軍の大規模な最前線基地の一つが崩壊するのを無表情に見ていた重巡ネ級改は、続航する大型駆逐艦ナ級三隻と、PT小鬼群二隻に合図して、脱出して来るであろう艦娘達への封鎖線を展開し始めた。深海棲艦艦隊の上空には、複数の攻撃機も飛び交い、絶対に逃がさない布陣を整え始めていた……。

 

 

 




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