艦隊これくしょん ストレンジリアル軍艦艦娘転生海戦譜season2 作:岩波命自
数分前、いや一〇分程度前までは水平線の上に浮かび上がる黒いシルエットに過ぎなかったネ級改が、今や掌を眼前にかざせばその掌と全く同じサイズにまで見える程に近くなっていた。その重巡ネ級改に、陸奥の射撃が命中する。直撃の爆炎がネ級改の上に踊り、屈強な深海重巡、いや超巡とも言うべきネ級改が四一センチ一式徹甲弾改の命中弾がもたらした数百ジュールに登る運動エネルギーの勢いに、たたらを踏む。
搭載弾薬の少ない中で、投射量がモノ言う砲撃と言う概念を真っ向から否定する倹約した射撃を繰り返して、ようやく得た命中弾だったが、直後に上がって来た主砲搭全基からの警報音に、陸奥はその端正な顔立ちに似合わない呻き声を上げた。
「全火器、残弾無し!」
副長妖精が逼迫した声で告げる。陸奥の四一センチ連装、三連装主砲それぞれ二基、計四基の主砲搭の弾薬庫には、一発の徹甲弾も三式弾も残っていなかった。
直撃弾をようやく出したところでこれか、と呻き声を漏らした口を閉じ、陸奥は被弾したネ級改を凝視する。被弾痕を抑え、苦悶を表情に浮かべて身を捩っている。全身を駆け巡る激痛、被弾痕からとめどなく漏れる青い体液は、体液とネ級改の肌の色を変え、その頭部の角を無くして見れば傍かも撃たれて悶え苦しむ人間とそっくりである。
「……タイプDかしら……?」
被弾によるダメージに人間的な悶え苦しみ方をする様を見せるネ級改の姿と、その僅かな艤装の形態差を見て、陸奥は呟く。重巡ネ級改にも実はバリエーションが存在し、最も強力なのがAからCでネ級改そのものの総合体力と言うべきか、総合耐久が優れ、尚且つ艤装の装甲が分厚い「重巡の皮を被った戦艦」「重巡とカテゴライズされる超巡」なのに対し、タイプDは最も耐久が低く、尚且つ装甲も弱いと言うネ級改シリーズの中でも比較的与しやすい個体であった。仮にタイプAからCの個体であったなら、陸奥からの数発の砲撃の命中であそこ迄悶え苦しむ程やわな重巡ではない。
恐らく、当たり所が悪かったか、射入角からして体内で砲弾が致命的なダメージを入れているのかも知れない。同情心こそ浮かばなかったが、立場が違えばあの姿になっていたのは自分だったかもしれないと言う戦慄が陸奥の背を粟立たせた。
陸奥がネ級改を無力化したのと同時刻にはナ級三隻もニュージャージー以下の艦娘の砲撃を前に、その丸い大型の艦体を抉られて火災の炎に包まれるか、お椀をひっくり返す様に転覆するかのいずれかの損害を受けて、機能停止に至っていた。
深海棲艦の封鎖艦隊を何とか突破した艦娘達だったが、問題は尚、その背中に死神のように追いすがって来ていた。まず一つ目の問題が残弾の払底だった。ネ級改とナ級と交戦した陸奥、ニュージャージー、黒姫、磐梯、タスカルーサ、ノーザンプトン、ヒューストン、ヘレナの弾薬庫は、元からその内部には弾薬と装薬よりも空の空間が多かっただけに、ネ級改とナ級との砲撃戦で、残弾が残っている者は居なくなっていた。
そしてもう一つが、
≪敵艦隊を探知≫
深海棲艦が送り出して来たらしい、追撃隊の戦艦タ級四隻、重巡リ級elite級四隻からなる艦隊だった。対抗しようにも、手持ちがない艦娘達には、どうする事も出来ない。辛うじて長門と大峰の弾薬庫には僅かに弾薬があったが、その程度の弾薬で出来る事と言えば、恐らくは長門と大峰を遅滞戦闘の為の殿軍、捨て駒にして、脱出するくらいだろう。当然ながらその案は論外である。
「逃げます! 全艦前進全速、敵艦隊を迂回し、最大戦速で振り切ります」
そう叫ぶ青葉の口と、胸の中で苦渋と共に漏らす言葉は別だった。くそ、弾薬があれば、タ級とリ級elite級なんてこのメンツならどうって事ないのに。
「逃げろ逃げろ、逃げるに徹するしか今は出来る事無いよ」
青葉の言葉に便乗する鬼怒の言葉は、素の性格故か軽いものに聞こえたが、表情自体は強張り引き攣っている。
加速して、深海棲艦艦隊の進路とは被らない方角へと艦隊を導いて転舵を始める青葉に、臨時艦隊の全艦娘が追従する中、長門だけは隊列から外れて、敵艦隊の方へと向かっていた。艦娘の戦術的に論外なのは長門自身も承知だが、やらなければならない。ビッグセブンのプライドにかけても仲間を守らねばならない。それに気が付いた大峰も無言で長門の後に追従する。
「大峰、最悪私達が盾になるぞ。仲間を逃がすんだ。やれるな?」
「やれるか、やれないか、ではないでしょう。やるしかないんですよ」
大きなため息を交えながら返して来る大峰は、付き合わされては困ると言いたげだったが、表面上の台詞とは逆にその顔には腹を括った覚悟が浮かんでいる。付き合わせてすまんな、と長門は詫びながら、ただ孤立した戦いをしないと、ストーンヘッドにあらゆる支援を取り付けるよう要請を出す。
「長門よりストーンヘッド、これより本艦と大峰の二人で遅滞戦闘に移行する。されど戦術的不利は明瞭なり。至急近隣の艦隊に応援を要請する。現在の我々に支援を提供出来る友軍戦力なら、何でもいいから頼む」
≪了解した。統合軍の全チャンネルにて応援要請を出す。臨時艦隊各員は長門と大峰の遅滞戦闘の間に離脱を急げ≫
「こちら陸奥、その指令は承服出来ないわ、私も残る」
「Me too」
長門と大峰の遅滞戦闘指令に、陸奥が無線越しにも分かる怒りすら滲ませた声でストーンヘッドの指令に抗命する。ニュージャージーも我もと陸奥に続いて追従する姿勢を見せる。例え弾薬が尽きても、彼女達には戦艦級の装甲と言う鎧がある。無論、無限に耐える事は出来ないが、艦隊の盾として、殿を務める事くらいは出来る。
抗命する戦艦艦娘二人にストーンヘッドが声を荒らげかけた時、彼の乗機に多数乗り込むオペレーターが共有して来たコマンドが、ストーンヘッドが見るディスプレイにも表示された。
≪ん……第八方面軍司令部コマンドがオーバーライドして来た……『艦対艦誘導弾中間誘導データリンク』……この表示は何のことだ?≫
「『艦対艦誘導弾中間誘導データリンク』……もしかして……」
ストーンヘッドが口にしたそのワードに、ケストレルは思い当たる節を見せて、背後を振り返った。見える筈だったショートランド泊地の島影は既に水平線の向こう側に消えていた。
水平線上に新たに姿を浮かび上がらせ、黒々したシルエットを急速に明瞭にしながら接近して来る八つの姿に、青葉は歯ぎしりした。
「くっそ、間に合わない……」
始めは黒々としたシルエットも、急速に距離を詰めて来る内に、後続の四隻の艦影に纏う赤いオーラまでもが見えて来る。距離にして、既に六キロは無い。戦闘のタ級四隻の戦艦級の主砲の砲門に斉射の火焔が迸るのも時間の問題だ。そして青葉達の離脱行動と、長門達の遅滞戦闘に対して、後者に振り向く事なく、八隻の深海棲艦艦隊は全速で臨時艦隊の本隊と言える方を追っていく。
この時、艦隊は三個に分裂した状態だった。一つは青葉が率いる臨時艦隊の本隊、もう一つは長門、大峰、それに陸奥とニュージャージーが加わろうとする四隻の艦隊、もう一つが陸奥とニュージャージーが抜けたタスカルーサ、ノーザンプトン、ヒューストン、ヘレナの四人の艦隊だった。深海棲艦が狙いを定め、追従する臨時艦隊本隊は、艦娘の側としては火力的に対抗しずらい状況であり、深海棲艦的に見ても空母と言う実に狙いやすい大型艦が三人もいると言う時点で、戦術的価値は高かった。
その臨時艦隊の輪形陣の中央部でケストレルは絶望とは無縁の、遠くから来るであろう希望と言う名の一矢に視線を向けて、その時を待っていた。
全速で追随して来るタ級とリ級の姿に狭霧が真っ青な表情を浮かべて、視線を逸らすのを横目に、ケストレルは腕時計を見た。
≪カウントダウンが始まっている。9、8、7……≫
「駄目だ、こっちは何時もの最大戦速を発揮できないんだぞ」
天霧が叫ぶ。緊急発艦で残燃料がばらばらな臨時艦隊にとって、全速でダッシュすれば当然ながら、最悪救援の艦娘母艦との合流前に燃料切れで行動不能になる。自動的にリミッターがかかって、本来の最大戦速の速度を出せない臨時艦隊の艦娘達に、燃料の不安が無い深海棲艦艦隊が主砲射程に捉えようと更に距離を詰めて来る。
その間にもストーンヘッドがケストレル以外の艦娘達には理解が及ばないカウントダウンを数えていく。
≪4、3、2、1≫
最後の「One」と統合空中管制指揮官が時を数えたその時、飛翔体が臨時艦隊の近くの空間を過る音が鳴り響いた。いや、正確には飛翔体が飛び抜けた後に音がやって来た。
「空が鳴った!?」
咄嗟の出来事に、過った物体を目視出来なかった青葉が、音だけが聞こえたそれに対して抽象的に叫んだ直後、意気揚々と獲物に向かって駆けて来るハイエナの群れの様な深海棲艦艦隊のリ級elite級二隻に唐突に巨大な火炎が奔騰した。
「何か」が直撃したリ級elite級は、戦艦級の砲撃を諸に食らったかのように爆炎を周囲に撒き散らし、紅蓮の炎と黒煙を青空に立ち昇らせて、リ級自身は逆に海面下へと急速に沈み始める。付近の海域に味方の戦艦艦娘が展開しているという情報は臨時艦隊には知らされていないし、何より、周囲に外れた砲弾が突き上げる飛沫と水飛沫が皆無と言う不可解過ぎるシチュエーションではあった。
何が起きたと深海棲艦や艦娘達が困惑する中、一人、ケストレルだけが高らかに勝利宣言めいた声を上げていた。
「Bull‘s eye, bull‘s eye, bull‘s eye!」
故郷オーシアの言葉で叫ぶそのケストレルの言葉を咄嗟に理解出来たのは、アメリカ艦娘だけだった。
「苗頭修正、次弾着弾、一万二〇〇〇、調定、よし! 射撃、今!」
右舷艤装に埋め込まれている巨大なVLSの右列と左列にある二つのハッチが重々しく右側と左側へと開口し、時間差を置いて弾薬庫誘爆を思わせる紅蓮の炎を噴き上げた。吹き上がる炎の中から勇ましい固体ロケットブースターの点火音が轟き、褐色の噴煙で炎を吹き飛ばしながら、二発の大型艦対艦ミサイルが天高く昇って行く。褐色の噴煙は直ぐに白煙へと変わり、白煙は彼女が進む速度との合成風で瞬く間に背後へと流れ去っていく。
一定高度へ達した艦対艦ミサイル二発は、先に発射された一発が「編隊長」となって、もう一基の対艦ミサイルを誘う。固体ロケットブースターが燃焼を終えると、ラムジェットエンジンに切り替え、マッハ二・五へと加速しつつ、稼いだ高度から徐々に低空へと降りて、海面を這う様に飛び抜けて行く。この対艦ミサイルからすれば一万二〇〇〇メートルの距離は至近距離と言って良く、その分だけ弾頭に充填された高性能爆薬五〇〇キログラムのHE弾頭に加えて、ミサイルに内蔵された余りの燃料と言う可燃物が添加される。
二発の艦対艦ミサイルの編隊は、迎撃を受けて編隊長となるミサイルが撃ち落とされれば、僚機となるミサイルがその任を引き継ぐ仕様であったが、この時の相手にはミサイル迎撃の概念が存在しなかった。妨げる存在の無い、標的演習にも等しい、戦闘と呼ぶのも烏滸がましいレベルの戦いとなった。
再び飛来した二発の艦対艦ミサイルはタ級二隻に命中した。リ級を一撃で屠った対艦ミサイルを食らったタ級の戦艦の装甲が射抜かれ、内側から膨れ上がる爆発にタ級は文字通り四散した。当然であろう、戦艦級の重装甲を誇るオーシアの空母のバルジを貫く事を想定して開発された大型艦対艦ミサイルにとって、elite級でもflagship級でもないタ級の装甲など、紙装甲も同然であったのだから。
一瞬にして轟沈するタ級二隻の爆発炎に、残るタ級とリ級は混乱しつつも、統率は維持した。深追いを避け、獲物を目の前にして潔く残存艦は反転して離脱に移行した。
「ストーンヘッドより入電。敵重巡二隻、敵戦艦二隻の轟沈を確認。敵残存艦は反転し、遁走する模様」
「了解」
そう答えてから、彼女は無線周波数を切り替え、見覚えのあるIFFコードを発信している臨時艦隊との回線を繋げると、巻き舌と噛み気味な、日本人で言うなれば東北弁訛りの標準弁の日本語で通信を入れた。
「こちら、栄えあるユーク海軍ミサイル巡洋艦ウミェールイ。これより貴艦隊の護衛の任につく!」
ユークトバニア海軍の制帽の鍔を掴んで、被り直しながらウミェールイの主機が増速の白波を後ろへと流す。ケストレルの原子炉より出力は劣るが、それでも同じ原子力の力で動く機関部と、その膨大な機関出力を与えられた主機が、ウミェールイの身体を洋上に走らせた。
約一五分前。
自身の艤装を保管している格納庫は幸いにも無事だった事はウミェールイの行動を助けた。港湾部では、崩壊した港湾区画に呑まれた要員の救助作業や、発艦不能になった艦娘の脱出行動、港湾区画崩壊の津波に呑まれた艦娘の救出等で騒がしく、ウミェールイの艤装が置かれた格納庫内には誰も居なかった。
専用の囲いの中に置かれた艤装を前に、ウミェールイは仕様書も何もない状況で、ほぼ自身の人の姿を得てから授かった動物的本能と、ストレンジリアル世界の頃の軍艦だった自身の記憶を頼りに、艤装の装着作業を始めた。本来であればクレーンで装備される重量のある艤装を、掛け声とともに身にまとっていく。非常に重いとは言え、艦娘の艤装は大体戦艦艦娘の物を除けば、艦娘が一人で装着出来る程度の重量に収まっている。腕が攣らない様に、腰と背中を痛めない様に気を配りながら、ウミェールイは病院服を脱ぎ捨てて、この世界に漂着してきた際に来ていた制服の上に、艤装を纏っていく。
「艤装コントロールは大丈夫……油圧系は……異常なし。機関音良好、整備士さん達に感謝。予備ボイラーの燃料チェック、これだけあれば問題なしね。火器管制装置も問題無し」
背部の艤装内で原子炉が起動し、艤装各部へとエネルギーを伝達していく。
「APU起動良し、機関部タービン回転数上昇、定速回転」
ウミェールイの艤装の各種電子装備各種が立ち上がっていく。それまで沈黙と共に眠っていた火器管制、レーダー、航法機器各種が目覚めていく。舵操作確認。足元の踵でラダーが左右に軋む音も無く振れる。
「コンプリート、ミサイル巡洋艦ウミェールイ、抜錨します!」
コンクリートの地面の上で走るヒールの高い足音を鳴らしながら、ミサイル巡洋艦艦娘ウミェールイが海面へと飛び降りた。
飛沫と波紋を広げて、降り立つ海面の感覚は懐かしさすら思い起こさせる。鼻を突く潮気、五感を揺らす波の動揺。帰って来た、という思いがウミェールイの胸に込み上げて来る。
次いでウミェールイはヘッドセットの通信チャンネルを調整し、味方の無線、特に司令部からの無線が聞こえる周波数に合わせると、自身の抜錨を申告した。
「こちらミサイル巡洋艦艦娘ウミェールイです。抜錨します!」
「格納庫を見ろ、誰だ? 誰が抜錨しようとしてるんだ?」
救助作業中の手を止め、視界の端に映る見慣れない艦娘らしき影を見て、深雪が訝しむ声を上げる。
抜錨していく見慣れないスラヴ系の顔立ちの艦娘を見て、深雪は誰何した。
「おい、アンタ誰だ?」
「ウミェールイです。緊急出港します!」
ウミェールイなる艦娘の話は深雪も小耳に挟むくらいには聞いていたが、明らかに事前の艦娘としての訓練もしていない状況での抜錨だ。練度レベル1の艦娘を無理やり激戦が続く最前線に放り込むのと同義の状況で、深雪は慌てて引き留めにかかる。
「お前さんにはまだ無理だ! 艦娘としての基礎学習が済んでいない」
「もう間に合わない。気を付けてくださいウミェールイさん、援護します」
行かせてあげなよ、という深雪の姉、吹雪の言葉に深雪は無茶言うなと言う目を返す。
その時、再びショートランド泊地に空襲警報が鳴り響き始める。辛うじて無事だったサイレンから、警報が響き始めると同時に、指令室からの警報が流れ出す。
≪ストーンヘッド並びにレーダーサイトより入電。敵戦爆連合、数凡そ五〇機。当泊地に向け接近中。全部署に発令、対空戦闘用意≫
瓦礫の山を避けて、港湾部の海面に降り立った艦娘達に緊張が走る。弾薬は余り装填されていないし、燃料だってラバウル迄の距離を何とか渡れるかくらいの量しかない。回避行動を行えばそれだけラバウルを前に燃料切れになる可能性は高くなる。ショートランド泊地に備蓄されていた燃料や弾薬は、崩壊した港湾区画ごとその殆どが失われてしまったから、留まって完全補充を行うと言う事も出来ない。
「対空戦闘用意!」
発令したは良いものの、吹雪もその手に構える主砲の軽さは、不安を大きくして胸の内側を相対的に重くさせていた。対空弾の在庫が足りない。
途方に暮れかける艦娘達の中で、一人ウミェールイだけが、対応を始めていた。
「対空戦闘用意! FCSセクター捜索始め」
「FCS目標探知。目標はエネミー五〇」
「対空戦闘、CIC指示の目標。トラックナンバー7001からトラックナンバー7012まで、艦対空ミサイル攻撃始め!」
艤装内部のCICで、ウミェールイと共にこの世界に流れ着いて来たCIC妖精が空席の目立つオペレーター席を複数持ちして、射撃準備を整える。
「艦対空ミサイル、発射始め! アゴーン!」
ウミェールイの号令と共に、左舷艤装のVLSから突発音と共にガス発生機で生成されたガスの圧力で艦対空ミサイルが宙へと放り上げる様に射出された。ウミェールイの頭の上まで噴き上がったミサイルは、空中でブースターに点火し、目標へ向かって急速に上昇していく。コールドローンチと呼ばれる、ストレンジリアル世界ではユークトバニアやベルカ連邦と言った一部の国の艦艇で採用されている独特な発射方式だ。現実世界で言うロシア艦等の旧共産圏の国の海軍艦艇で多用されている方式でもある。
コールドローンチで打ち上げられた艦対空ミサイルは、急上昇して規定高度に達するとブースターが燃焼を止め、滑空しながら目標を追跡し始める。ウミェールイの艦対空ミサイルを掌る防空システムは、イージス艦に匹敵する同時多目標対応能力を有するので、その防空能力は極めて高い。防空を掌る既存の艦娘が良くて二目標までが同時対応の限界であり、三式弾の広範囲にわたる制圧砲撃で同時に複数機を偶発的に撃墜するような事例を除けば、ウミェールイの対応能力は文字通り破格の数だった。
矢継ぎ早に打ち上げられた艦対空ミサイルの第一波が、深海艦載機群に襲い掛かる。飛翔音と共に迫って来た艦対空ミサイルが、弾頭の近接信管が近くの艦載機から跳ね返って来たドップラー波を検出し、信管を作動させた。多少距離が離れていようと、弾頭から無数に放たれる鉄の欠片の豪雨の前には着弾点からの距離と言う概念は意味を成さない。
直撃、或いは散弾を浴びた深海復讐艦攻と深海地獄艦爆、合わせて一二機が次々に被弾し、制御不能になって砕けた機体の破片をショートランド近海の大海へと投げ落としていく。唐突な僚機の爆散に、艦攻、艦爆が動揺する中、第二波、第三波の艦対空ミサイルが爆装を抱えている艦攻、艦爆を捉える。
最後のミサイルが起爆し、鉄の雨を深海地獄艦爆に叩き付け、ボロボロの残骸に変えた後、五〇機の深海艦載機群が、ショートランド泊地の陸地上空に到達する事は無かった。
「吹雪よお、ウミェールイが抜錨するようだけど、このまま見てるのかい?」
「いいえ、出来る事あらかた終わりましたし、ウミェールイさんの随伴護衛につきましょう」
「了解、あいつをフォローしてやろうぜ」
「残弾が余り無いけど、やれるだけの事はやりましょう」
「マジか……」
吹雪に続いていて白雪、初雪、深雪がウミェールイの周囲を囲う様に展開を開始し、艦娘の姿になれているとは言い難いであろうウミェールイを先導して、瓦礫をよけながら港外へと向かう。
「先導します。ついて来て下さい」
「ウミェールイ、こっちへ来い。吹雪の後に付け」
ウミェールイを中心とする輪形陣を見た艤装整備員達が驚きの余り、消火器を放り出して駆けだす。
「あの無茶な野郎は……!」
「戻れ、戻るんだ!」
「何時でも助けられるように準備をしておけ」
慌てふためき、ウミェールイへ怒号を張り上げる艤装整備員達に、艤装整備長がその背中から肩に手を置いた。
「止めるな、行かせてやれ」
「こちらミサイル巡洋艦艦娘ウミェールイ。指令室並びに展開中の全艦娘へ。これより本艦は第一一駆逐隊と共にショートランド泊地より脱出に移行します」
そう宣告するウミェールイに、司令部指令室の無線の相手が驚きの余り言葉を喪うのが分かった。ウミェールイだと? まだ艦娘としての射撃訓練は愚か、航海に必要な基礎教育すら受けていない新人中の新人、いや素人に毛が生えたような艦娘だ。艦籍登録こそ済んでいるが、彼女を艦娘たらしめる訓練は全くやっていない。
しかし、直ぐにその脇から入り込む様に、ミューラーの言葉が返される。
≪こちら司令部、了解。吹雪、白雪、初雪、深雪、彼女を頼んだぞ。ウミェールイの安航を祈る≫
お前はまだ無理だ、と強引に引き留めるのではなく、寧ろそっと背中をトンと押して、送り出してくれるかのような、信頼さえ置いた様なその言葉に、ウミェールイは端正な顔に嬉し気な笑みを浮かべる。何時以来だろうか、そうストレンジリアル世界で、故国ユークトバニア連邦共和国のオクチャブルスクの船台で進水式を上げた時、海に送り出してくれた多くの造船技官や工員達が初めてだったかも知れない。行ってこい、と背中を押してもらえるように大海へ漕ぎだす自分を見送ってくれた大勢の人たちの視線を忘れた事は無い。
今、世界は違えどショートランド泊地の崩落した港湾部に目を向ければ、艤装整備員達が先程とは違って、始めての船出に出る自分に向かって敬礼して見送ってくれている。不安そうな表情を浮かべている者も居るが、古参の整備員や艤装整備長たちは煤けた顔にはにかんだ笑みを浮かべて、見送ってくれている。
すっと右手を上げ、こめかみのあたりにかざして答礼しながら、ウミェールイは笑顔を浮かべて見送りに答えた。
「行って来ます」
程なくしてショートランド泊地から艦娘艦隊の第二陣が出港を開始した。
ウミェールイを旗艦とする第一一駆逐隊の四人の計五人の艦隊の後に、戦艦比叡、霧島、空母赤城、加賀の一航戦の二人、航巡利根、筑摩、軽巡五十鈴、ブルックリン、フェニックス、練巡香取、鹿島、駆逐艦長波、朝霜、五月雨、涼風、ジョンストン、リチャード・P・リアリーからなる残存艦娘が出港していく。ショートランド泊地が襲撃を受けた時、展開する艦娘艦隊戦力の半分近くがウィスキー島へ前進展開していたのが、ある意味功を奏した形で、主力艦娘の大半は無傷だった。港湾区画崩壊の津波に呑まれたアメリカ駆逐艦娘達も、緊急展開する浮き輪のお陰で沈没は免れており、艤装をパージして身を軽くし、立ち泳ぎしながら救助の複合艇に拾われている。
≪こちら統合空中管制指揮官ストーンヘッド。巡洋艦艦娘ウミェールイは速やかに先行する臨時艦隊の援護に回れ。敵深海棲艦艦隊が接近しているが、同艦隊は残弾払底により対応困難だ。貴艦の艤装で敵艦隊を一掃せよ≫
「こちらウミェールイ、了解。全艦、最大戦速。先行する臨時艦隊の後を追います」
「一一駆、吹雪了解。一一駆全艦、最大戦速。ウミェールイさんの後に続きます」
第二陣の艦娘艦隊から別れ、増速して深海棲艦に苦しい戦いを強いられようとしている先行の臨時艦隊に追いつくべく、ウミェールイの艤装が猛然とタービンの回転数を上げ、原子力艦ならではの破格の機関出力でダッシュをかけた。その後を、既存の内燃機関艦娘の吹雪達が必死に追いかけた。
臨時艦隊に追従し、追い付いたウミェールイのお陰で臨時艦隊は辛うじて深海棲艦艦隊の追撃隊によって、蹂躙される事は免れた。
自身が含まれる一群の少し後ろに吹雪、白雪、初雪、深雪の四人を引き連れて進むウミェールイの姿を見て、ケストレルは感慨深いものを覚えていた。ついこの間まで、ストレンジリアル世界での自身の罪の意識に苛まれ、病み切っていたウミェールイは何処へやら、往時の栄えあるユークトバニア海軍機動艦隊旗艦としての堂々たる姿を思わせるしっかりとした姿勢でミサイル巡洋艦艦娘は航行している。基礎訓練もしてない、新兵相当の筈だが、その波を越える動作に危なげな所は一切なく、まるで始めから艦娘としての動きが完成されているかのようにも見えた。
「問題は無さそうね」
「何か言いました?」
不思議そうに反応して来る狭霧に、ケストレルは何でもない、と軽く首を横に振った。
深海棲艦の襲撃は、ウミェールイが退けた航空攻撃を最後に終了した。向こうからすれば、送り出した攻撃隊が一機も帰って来なかった異常事態だから、再攻撃を見送る、または中断し、作戦そのものを中止するには充分過ぎる理由とも言えよう。ケストレルなら、送り出した攻撃隊が、殆ど間を置かずに全滅したなら、作戦中止とはいかずとも、一時様子見には移行する。敵の未知の兵器を前に屍を重ねるよりも、まずは情報を集める事にシフトを変えるのが賢明だ。
ぱたりと航空攻撃も水上艦隊の襲撃の気配が止んで、数時間後、ストーンヘッドから危険領域の指定が解除される通告が発せられた。全艦娘が「ウィンドホバー」に収容されるまで、燃料が許す限りは見守ってくれる。
更にラバウルから飛び立った戦闘機隊が艦隊の上空に飛来した。
「驚いたわね。空軍の第六四戦隊の一式隼Ⅱ型だわ。それに台南空の零戦三二型、東海第九〇一航空隊も居るわね」
遠くの空から接近するゴマ粒の様な機影の味方機を見上げ、高い裸眼視力で粒の様な小さい機影を見分けた瑞鶴が、口笛交じりに言う。エアカバーを行う空軍と海軍航空隊の戦闘機隊に、対潜哨戒機と言う手厚い上空援護の飛行隊が、艦娘達に聞き慣れ親しんだエンジン音を響かせて近づいて来る。戦闘機隊の内、隼Ⅱ型で構成される空軍の第六四戦隊一個中隊と東海対潜哨戒機二機は臨時艦隊の頭上で旋回しながら張り付き、空と海中に警戒の目を向ける。
「味方機の援護があれば、もう心配はありません」
安堵した様に翔鶴がケストレルに言う。
「味方機……ですか」
レシプロ機なんて、ストレンジリアル世界ではレース競技機や民間機、軍用輸送機で見た事はあるけれど、レシプロ戦闘機が空を飛んで自分の上で戦闘空中哨戒につく機会が訪れるなど、ケストレルからすれば夢にも思った事は無かった。レシプロ戦闘機が廃れて随分久しい時代に生まれたものだから、本当に不思議な気持ちになる。ウミェールイはそこの所どう思っているのだろうか。
上空援護が来たとは言え、潜水艦の脅威は残る。その不安が拭え切れない艦娘達が休む事無く航行を続け、洋上で一夜を明かした翌朝、全速力で救援に来た艦娘母艦「ウィンドホバー」の小島の様な黒々した艦影が、薄暗い海上に浮かび上がって来た。
二人のストレンジリアル世界からの艦娘の初陣はこうして、艦娘母艦への収容と同時にその序章のページを閉じた。
余談:Youtubeで実際のキーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦のP-700グラニート対艦ミサイルの発射シーンを見て、それをウミェールイの対艦ミサイル攻撃のシーンの参考にしています。すんごいブラストを出すんですねP-700って。
感想評価ご自由にどうぞ、低評価は流石にモチベ下がりますが。
また次回のお話でお会いしましょう。